三番目
ー/ー
人生というのは数奇な巡り合わせの連続で、幸福と災難、不幸が絶妙に均衡し合って続いているのだと、そう物思いに耽っていました。
薫さんを見つけて保護したという連絡をクリスカさんから受けた私は祈る様に繋いでいた両手を振り解いて安堵します。
そして数十分が経過した現在。私は対面で食事を嗜む二人の傍で、彼女達の対談を見守るという大役をクリスカさんから与えられたのでした。それも吸血鬼の主様へお従えする給仕の正装、俗にいうメイド服の姿で。けれど彼女から一つだけ至上命令とも呼ぶべき禁忌を告げられます。
「勝手な行動はしないこと。私の言うことに忠実に従いなさい」
拒否する理由は見当たりません。自信をもって頷いて了承しました。
ただ、会話のない重苦しい空気が漂う貸し切り状態のそこは現実感すらつかめない虚の世界。入り込む余地はない。人物は私達三人だけ、まるで他の人がこの世界からその存在を消し去ってしまったような静寂です。
「……いつ」
「え?」
破ったのは薫さんでした。死に際で前にした光景が蘇るのか、あるいは首を吊った時の苦痛が肌を撫でているのか、憔悴しきった表情と瞳で問いました。
「出会ったその瞬間からよ。貴方が列車に乗っていたとき、というほうが正しいかしら」
飄々としながらも、少し誇らしげに語り始めたのはクリスカさんです。
「正確には私の同行者、要するに連れのこの娘かしらね。よく見つけてくれたと褒めてあげたいところだけど」
「あ、はい! ありがとうございます!」
「あなたのパソコンのフォルダに遺書というタイトルのテキストファイルがあった時点で、傍目だと希死念慮のある人間だと勘づくわ。けれど、貴方は作家。外面では腐っていても体裁ではそう。だからこそ、そういうタイトルの作品なのかともその事前情報さえあれば思えたかもしれない」
例え誰かを欺く嘘だったとしても、赤の他人なら関心なんてないのですから、鵜呑みにされるでしょう。
「迷いはなかったのか?」
「それはご本人さんから聞いてください」
「えっ?! 私ですか!?」
「他に誰がいるの? 小さな救世主さん」
「えっとその。貴方と書いている文章の雰囲気が、まるでフィクションじゃないように感じたからです」
触れた程度でしたが、その文中や文末に「この命の代償に」とか「今までありがとう、ごめんなさい」などと述べられていることで気がつきます。もしフィクションなら、もっと憐憫を思わせるような他の言い回しがあってもいいはず。
ようするに、リアリティが突出していたのが、この結果を招いたと言ってもいい。
「……意味がわからない」
「上手く言葉にはできないんですけど、少し前の私と同じに見えたんです。瘴気を放っているというか。それに薫さん自身も言ってたじゃないですか」
「覚えがないな」
「今変えられるのは足元ぐらいで、次の駅で降りるか、終点まで居座るか、はたまた窓を突き破って死ぬかの三つだと。仮に選ぶとしたら」
「思い出した。三番だ。でも冗談と突き返したはずだ」
「冗談にはとても思えなかった、というのが私の本心です。でも確信はありませんでした」
「大切な友人、もとい付き人の憂いている姿にもどかしくてむず痒くなった私はもう居てもたってもいられなかった。曰く、遺書というタイトルの付いた作品を目にしたけれど、登場人物の名前も無ければ、創作というような感じもしなかった、とか。それで私が持てる力の三割くらいを使って調べ上げた」
年齢や出身、住所から経歴まで全て。厳密には彼女の友人たちと言うべき人々に頼んだというのが正しいでしょう。
まだリアクションはありません。最初の一歩を踏み出しましょう!
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そして数十分が経過した現在。私は対面で食事を嗜む二人の傍で、彼女達の対談を見守るという大役をクリスカさんから与えられたのでした。それも吸血鬼の主様へお従えする給仕の正装、俗にいうメイド服の姿で。けれど彼女から一つだけ至上命令とも呼ぶべき禁忌を告げられます。
「勝手な行動はしないこと。私の言うことに忠実に従いなさい」
拒否する理由は見当たりません。自信をもって頷いて了承しました。
ただ、会話のない重苦しい空気が漂う貸し切り状態のそこは現実感すらつかめない虚の世界。入り込む余地はない。人物は私達三人だけ、まるで他の人がこの世界からその存在を消し去ってしまったような静寂です。
「……いつ」
「え?」
破ったのは薫さんでした。死に際で前にした光景が蘇るのか、あるいは首を吊った時の苦痛が肌を撫でているのか、憔悴しきった表情と瞳で問いました。
「出会ったその瞬間からよ。貴方が列車に乗っていたとき、というほうが正しいかしら」
飄々としながらも、少し誇らしげに語り始めたのはクリスカさんです。
「正確には私の同行者、要するに連れのこの娘かしらね。よく見つけてくれたと褒めてあげたいところだけど」
「あ、はい! ありがとうございます!」
「あなたのパソコンのフォルダに遺書というタイトルのテキストファイルがあった時点で、傍目だと希死念慮のある人間だと勘づくわ。けれど、貴方は作家。外面では腐っていても体裁ではそう。だからこそ、そういうタイトルの作品なのかともその事前情報さえあれば思えたかもしれない」
例え誰かを欺く嘘だったとしても、赤の他人なら関心なんてないのですから、鵜呑みにされるでしょう。
「迷いはなかったのか?」
「それはご本人さんから聞いてください」
「えっ?! 私ですか!?」
「他に誰がいるの? 小さな救世主さん」
「えっとその。貴方と書いている文章の雰囲気が、まるでフィクションじゃないように感じたからです」
触れた程度でしたが、その文中や文末に「この命の代償に」とか「今までありがとう、ごめんなさい」などと述べられていることで気がつきます。もしフィクションなら、もっと憐憫を思わせるような他の言い回しがあってもいいはず。
ようするに、リアリティが突出していたのが、この結果を招いたと言ってもいい。
「……意味がわからない」
「上手く言葉にはできないんですけど、少し前の私と同じに見えたんです。瘴気を放っているというか。それに薫さん自身も言ってたじゃないですか」
「覚えがないな」
「今変えられるのは足元ぐらいで、次の駅で降りるか、終点まで居座るか、はたまた窓を突き破って死ぬかの三つだと。仮に選ぶとしたら」
「思い出した。三番だ。でも冗談と突き返したはずだ」
「冗談にはとても思えなかった、というのが私の本心です。でも確信はありませんでした」
「大切な友人、もとい付き人の憂いている姿にもどかしくてむず痒くなった私はもう居てもたってもいられなかった。曰く、遺書というタイトルの付いた作品を目にしたけれど、登場人物の名前も無ければ、創作というような感じもしなかった、とか。それで私が持てる力の三割くらいを使って調べ上げた」
年齢や出身、住所から経歴まで全て。厳密には彼女の友人たちと言うべき人々に頼んだというのが正しいでしょう。