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7話 不屈の心

ー/ー



(最低な人生だったな……)

 ザクロの腕に抱えられながらアンズはこれまでの出来事を回顧する。

 ザクロは何か必死に叫んでいるが、彼女にはもうその声が届かない。

 スモモは涙と鼻水を流しながら、泣き声で音波を発してしまわないように必死で耐える。

 自分を思う仲間たち。

「……まあ、ある意味最高の死に方かもしれないけどね」

 *

 かつて武装勢力の集合体である「大東京連合」が関東で覇権を握り、総がかりで「アドバンス」をかき集め出すまで、アンズは能力を隠して母と貧しくも穏やかに過ごしていた。

 アンズは外遊びするのが好きな子供だった。

 だが日々変わっていく東京の情勢、いつ供給が止まるかもしれない食料や水、そしていずれ軍に奪われてしまう一人娘の存在。

 様々な要素が絡まり合ってアンズの母は狂った。

 ある日、禁じられていた外出をアンズがしようとしているのを見つけた時、母はアンズの顔を切り付けたのだ。

 割れたガラスの破片によって抉られ、大きく切り裂かれた彼女の顔には醜い傷跡が残った。

 母による凶行は「アンズが外へ出られない顔になればずっと一緒にいられる」といった歪んでしまった愛情から生まれたのだ。

 彼女の目論見通り、アンズは外に出なくなった。

 崩れた顔を他人に見せたくなかったし、そこまでして母が自分と共に暮らしたかったという思いを汲んだのだ。

 アンズは母親を恨まなかった。

 母親を狂わせた時代を恨んだ。

 けれどもそれは、顔の傷を受け入れる理由にはならなかった。

 そんな母娘の思いもむなしく、さらに本格的になった「アドバンス」捜索作戦によってあっけなく捕まったアンズは強制的に軍に徴用されてしまう。

 長らく家に引きこもっていたアンズの身体能力は、平均的な「アドバンス」のそれを大きく下回っていたが、「透明化」という能力が高く評価され「新兵特殊訓練チーム」へと回されることになった。

 通称「特練」と呼ばれるその部隊は他の訓練部隊とは異なり、より能力を磨き上げ強力無比な「アドバンス」兵士を生み出すことを目的とした部隊。

 そこでアンズはザクロや、彼女たちに合わせてオリーブと改名する前の少女と出会った。

 訓練生時代からザクロの身体能力には他のどんな能力者も太刀打ちできず、アンズの透明化も稀有な能力として高く評価されていた。

 ザクロやアンズ、オリーブの三人は 「東京軍」所属を辞退しチームを立ち上げた。

 それが「極殺小隊」である。

 あまり字の読めない彼女たちに漢字を教えた軍の士官が苦笑していたことをアンズは覚えている。

 途中から訓練部隊を脱走したスモモもメンバーとして加わり、彼女たちは向う所敵なしになった。

 そしてアンズはそんな「極殺」に負けをもたらすきっかけが、自分だということが悔しくてならなかった。

 *

「起きろ……! なあ、おい……!」

「スモモ泣いちゃうよ、泣いちゃうから……!」

 自らが狙われるよう目立つために、赤く染めたザクロの髪がアンズの顔に当たる。

「くすぐったいな……」

 絞り出すように、アンズが傷を引きつらせながら微笑むと彼女は姿を消した。

 呆然とするザクロの腕を押しのけて弱々しく立ち上がるアンズ。

 既に聴覚を失い、視界も霞む中で彼女は最後にザクロへのメッセージを残した。

「レインコート、ありがとう」

 天気に関わらず彼女が着ていたレインコート。

 それは彼女らがチームとして独立した際に、最初の報酬からザクロがアンズへと買い与えたものだった。

 フードで顔の傷が隠れる、サイズの合わないものを。

 その一言からアンズの覚悟を受け止めたザクロは撤退を決意するのだった。

「アイツら行っちゃうけどルナっち的には大丈夫なん?」

「まあね。というより途中で生死不明の透明人間が襲ってくるリスクは避けたいかな」

 ルナを追ってやってきた渚に対して彼女は肩をすくめてみせる。

 生きているのか死んでいるのか。

 そもそも本当にこの近くにまだ留まっているのか。

 ルナたちを疑心暗鬼に陥らせるため、あえて残った透明人間……アンズ。

 彼女が稼いだ時間で、ザクロとスモモは「便利屋コロシ部」から距離を取ることができた。

「なんでさ〜? この辺にいるならさ、渚ちゃんが衝撃波パナして確殺じゃないの?」

「別にそれでもいいけど……相手が自爆する気で向かってきたとき、爆風が届く前に決着するならの話になるけど?」

「いじわる言う〜」

 ビルへと引き返す二人。

 実際のところ、ルナは本気でアンズを警戒しているわけではない。

(あの透明人間側からこちらに攻めてくる余力はないはず。なら私のすべきことは……)

 ルナの真の目的はちんけなヤクザからの報酬や「極殺小隊」を撃退したという名声でもない。

 彼女の本命は今回「極殺小隊」に命を狙われていたヤクザ、香川にあった。

 *

「おーいー! この戦闘員何も吐かないぜー!」

 渚の放った衝撃波で全身を打撲し、身動きの取れなくなった兵士をアカネが尋問しているのだ。

 意識が兵士に移ったまま、自決もできずに元の体に戻れなくなったオリーブ。

 彼女が乗っ取った肉体から元の体に戻るには奪った肉体の死が必要だった。

 正体が「極殺小隊」の正規メンバーとも知らずに、手足を縛られ転がっているオリーブの横へ立ち、タバコに火をつける香川。

「今日だけで何回死んだと思ったかわからんが……とにかく世話になったな、報酬は全額振り込んでおく。コイツを吐かせるのは俺ら『不二組』の仕事だ……もうすぐ遅れてた増援も来るからな」

「嘘」

 ルナの冷たい一言に香川の表情が凍り付く。

「増援なんかいない。あの『極殺』相手に役に立つヤクザの増援って何? それに隅にある金庫……随分頑丈な作りだけど、それだけじゃ不自然なくらいに香川さんの視線は金庫に向かなかったよ。私が見てる間は一度も」

「なるほどなぁ。じゃあ怪しいのは時計だな。このヤクザ、ウチらが来たときからチラチラと時計ばっか見てやがった。しかもよく見りゃ軍用のご立派なやつだ。もしかして『金庫』ってのは……」

 ルナとアカネの指摘に香川はあからさまに挙動不審になり、タバコを取り落とす。

 香川は人生で最大のミスを犯した。

 彼は戦いの中で「便利屋コロシ部」を仲間だと錯覚してしまっていたのだ。

 だからこそルナに隙を見せてしまった。

 後ずさりしながら時計をした左腕を突き出し、ただの時計であることをアピールしながら、少女の姿をした怪物たちに弁明する香川。

「違う! 増援……本当に増援の時間を待ってた……! それにこの時計は兵隊との賭けに勝って奪ったもんだ! 嬢ちゃんらにあれこれ言われる筋合いはないだろうが!」

 すかさずアカネが腕を締め上げ、取り押さえる。

 アカネに取り押さえながら必死にもがく香川だったが、急に動きを止めてルナの顔を食い入るように見つめる。

「お前、まさか……!」

「やっと思い出した?」

 拳銃を香川の額に突き付けるルナ。

「何やってんだ! バカルナ!」

「そ、そうだよ……部長。依頼人殺しはご法度……口に出すだけで、こ、怖い……」

 香川にも、先に死んだ部下のヤクザの何人かにも、ルナには見覚えがあった。

「やめろ……俺は、俺は『あの時』ただの末端だった! 仕方なかったんだ……!」

「『極殺』は撃退、金庫は無事。だから依頼も達成済み。その時計に生体認証があるなら解除して、しないなら目玉でも指でも持っていくから」

 確かに香川の持っていた時計は軍用の時計だった。

 だが軍の研究員の記録用時計だ。兵士のするものではない。

 東京を崩壊させ日本を二分させる大きな要因となった歴史的な事件「ヒイラギ・ヒナタ事件」の当事者、柊陽向(ひいらぎひなた)

 食い詰めたヤクザになるまでの経緯は知らないが、確かに香川は陽向を実験材料にした研究所で働く職員だった。

 腕時計をルナに手渡すと這うように逃げていく香川。

(やっと手繰り寄せた、姉さんの手がかり……)

 そしてルナは陽向の妹であり、本来の名を柊美月(ひいらぎみづき)といった。


次のエピソードへ進む 8話 出会い


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(最低な人生だったな……)
 ザクロの腕に抱えられながらアンズはこれまでの出来事を回顧する。
 ザクロは何か必死に叫んでいるが、彼女にはもうその声が届かない。
 スモモは涙と鼻水を流しながら、泣き声で音波を発してしまわないように必死で耐える。
 自分を思う仲間たち。
「……まあ、ある意味最高の死に方かもしれないけどね」
 *
 かつて武装勢力の集合体である「大東京連合」が関東で覇権を握り、総がかりで「アドバンス」をかき集め出すまで、アンズは能力を隠して母と貧しくも穏やかに過ごしていた。
 アンズは外遊びするのが好きな子供だった。
 だが日々変わっていく東京の情勢、いつ供給が止まるかもしれない食料や水、そしていずれ軍に奪われてしまう一人娘の存在。
 様々な要素が絡まり合ってアンズの母は狂った。
 ある日、禁じられていた外出をアンズがしようとしているのを見つけた時、母はアンズの顔を切り付けたのだ。
 割れたガラスの破片によって抉られ、大きく切り裂かれた彼女の顔には醜い傷跡が残った。
 母による凶行は「アンズが外へ出られない顔になればずっと一緒にいられる」といった歪んでしまった愛情から生まれたのだ。
 彼女の目論見通り、アンズは外に出なくなった。
 崩れた顔を他人に見せたくなかったし、そこまでして母が自分と共に暮らしたかったという思いを汲んだのだ。
 アンズは母親を恨まなかった。
 母親を狂わせた時代を恨んだ。
 けれどもそれは、顔の傷を受け入れる理由にはならなかった。
 そんな母娘の思いもむなしく、さらに本格的になった「アドバンス」捜索作戦によってあっけなく捕まったアンズは強制的に軍に徴用されてしまう。
 長らく家に引きこもっていたアンズの身体能力は、平均的な「アドバンス」のそれを大きく下回っていたが、「透明化」という能力が高く評価され「新兵特殊訓練チーム」へと回されることになった。
 通称「特練」と呼ばれるその部隊は他の訓練部隊とは異なり、より能力を磨き上げ強力無比な「アドバンス」兵士を生み出すことを目的とした部隊。
 そこでアンズはザクロや、彼女たちに合わせてオリーブと改名する前の少女と出会った。
 訓練生時代からザクロの身体能力には他のどんな能力者も太刀打ちできず、アンズの透明化も稀有な能力として高く評価されていた。
 ザクロやアンズ、オリーブの三人は 「東京軍」所属を辞退しチームを立ち上げた。
 それが「極殺小隊」である。
 あまり字の読めない彼女たちに漢字を教えた軍の士官が苦笑していたことをアンズは覚えている。
 途中から訓練部隊を脱走したスモモもメンバーとして加わり、彼女たちは向う所敵なしになった。
 そしてアンズはそんな「極殺」に負けをもたらすきっかけが、自分だということが悔しくてならなかった。
 *
「起きろ……! なあ、おい……!」
「スモモ泣いちゃうよ、泣いちゃうから……!」
 自らが狙われるよう目立つために、赤く染めたザクロの髪がアンズの顔に当たる。
「くすぐったいな……」
 絞り出すように、アンズが傷を引きつらせながら微笑むと彼女は姿を消した。
 呆然とするザクロの腕を押しのけて弱々しく立ち上がるアンズ。
 既に聴覚を失い、視界も霞む中で彼女は最後にザクロへのメッセージを残した。
「レインコート、ありがとう」
 天気に関わらず彼女が着ていたレインコート。
 それは彼女らがチームとして独立した際に、最初の報酬からザクロがアンズへと買い与えたものだった。
 フードで顔の傷が隠れる、サイズの合わないものを。
 その一言からアンズの覚悟を受け止めたザクロは撤退を決意するのだった。
「アイツら行っちゃうけどルナっち的には大丈夫なん?」
「まあね。というより途中で生死不明の透明人間が襲ってくるリスクは避けたいかな」
 ルナを追ってやってきた渚に対して彼女は肩をすくめてみせる。
 生きているのか死んでいるのか。
 そもそも本当にこの近くにまだ留まっているのか。
 ルナたちを疑心暗鬼に陥らせるため、あえて残った透明人間……アンズ。
 彼女が稼いだ時間で、ザクロとスモモは「便利屋コロシ部」から距離を取ることができた。
「なんでさ〜? この辺にいるならさ、渚ちゃんが衝撃波パナして確殺じゃないの?」
「別にそれでもいいけど……相手が自爆する気で向かってきたとき、爆風が届く前に決着するならの話になるけど?」
「いじわる言う〜」
 ビルへと引き返す二人。
 実際のところ、ルナは本気でアンズを警戒しているわけではない。
(あの透明人間側からこちらに攻めてくる余力はないはず。なら私のすべきことは……)
 ルナの真の目的はちんけなヤクザからの報酬や「極殺小隊」を撃退したという名声でもない。
 彼女の本命は今回「極殺小隊」に命を狙われていたヤクザ、香川にあった。
 *
「おーいー! この戦闘員何も吐かないぜー!」
 渚の放った衝撃波で全身を打撲し、身動きの取れなくなった兵士をアカネが尋問しているのだ。
 意識が兵士に移ったまま、自決もできずに元の体に戻れなくなったオリーブ。
 彼女が乗っ取った肉体から元の体に戻るには奪った肉体の死が必要だった。
 正体が「極殺小隊」の正規メンバーとも知らずに、手足を縛られ転がっているオリーブの横へ立ち、タバコに火をつける香川。
「今日だけで何回死んだと思ったかわからんが……とにかく世話になったな、報酬は全額振り込んでおく。コイツを吐かせるのは俺ら『不二組』の仕事だ……もうすぐ遅れてた増援も来るからな」
「嘘」
 ルナの冷たい一言に香川の表情が凍り付く。
「増援なんかいない。あの『極殺』相手に役に立つヤクザの増援って何? それに隅にある金庫……随分頑丈な作りだけど、それだけじゃ不自然なくらいに香川さんの視線は金庫に向かなかったよ。私が見てる間は一度も」
「なるほどなぁ。じゃあ怪しいのは時計だな。このヤクザ、ウチらが来たときからチラチラと時計ばっか見てやがった。しかもよく見りゃ軍用のご立派なやつだ。もしかして『金庫』ってのは……」
 ルナとアカネの指摘に香川はあからさまに挙動不審になり、タバコを取り落とす。
 香川は人生で最大のミスを犯した。
 彼は戦いの中で「便利屋コロシ部」を仲間だと錯覚してしまっていたのだ。
 だからこそルナに隙を見せてしまった。
 後ずさりしながら時計をした左腕を突き出し、ただの時計であることをアピールしながら、少女の姿をした怪物たちに弁明する香川。
「違う! 増援……本当に増援の時間を待ってた……! それにこの時計は兵隊との賭けに勝って奪ったもんだ! 嬢ちゃんらにあれこれ言われる筋合いはないだろうが!」
 すかさずアカネが腕を締め上げ、取り押さえる。
 アカネに取り押さえながら必死にもがく香川だったが、急に動きを止めてルナの顔を食い入るように見つめる。
「お前、まさか……!」
「やっと思い出した?」
 拳銃を香川の額に突き付けるルナ。
「何やってんだ! バカルナ!」
「そ、そうだよ……部長。依頼人殺しはご法度……口に出すだけで、こ、怖い……」
 香川にも、先に死んだ部下のヤクザの何人かにも、ルナには見覚えがあった。
「やめろ……俺は、俺は『あの時』ただの末端だった! 仕方なかったんだ……!」
「『極殺』は撃退、金庫は無事。だから依頼も達成済み。その時計に生体認証があるなら解除して、しないなら目玉でも指でも持っていくから」
 確かに香川の持っていた時計は軍用の時計だった。
 だが軍の研究員の記録用時計だ。兵士のするものではない。
 東京を崩壊させ日本を二分させる大きな要因となった歴史的な事件「ヒイラギ・ヒナタ事件」の当事者、|柊陽向《ひいらぎひなた》。
 食い詰めたヤクザになるまでの経緯は知らないが、確かに香川は陽向を実験材料にした研究所で働く職員だった。
 腕時計をルナに手渡すと這うように逃げていく香川。
(やっと手繰り寄せた、姉さんの手がかり……)
 そしてルナは陽向の妹であり、本来の名を|柊美月《ひいらぎみづき》といった。