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6話 月の光

ー/ー



 渚の能力の本質は念動力を放つことであり、彼女自身はそれを「念波」と呼んでいる。

 そして渚はその「念波」が何にぶつかったか、そして何にぶつからなかったかを的確に感知することができた。

 スラムで育った渚の本質は臆病で、常に軽口を叩くのはある種の防衛反応のようなものとも言える。

 「念波」はその性質を表したかのような能力だった。

 彼女は人間が知覚できないほどの「念波」を放つことによって、敵陣営の把握という分野で「便利屋コロシ部」の活動に貢献してきた。

 そして逆に最大の威力で放つことによって、アンズやオリーブを一撃で制圧し、再生途中の凛子をビルから放り捨ててしまったのだった。

 *

 突然目の前に降ってきたひしゃげた肉塊。

 骨が飛び出しながらも懸命に立ち上がろうとするそれを見て、流石のザクロも圧倒されたようで足を止める。

 その凄惨な姿を見てスモモはザクロの後ろに回り、目を閉じ戦闘服にしがみついている。

「うう、すみ……ませ……」

 その肉塊から飛び出た骨が繋がり、周囲を肉が覆って体が再生していく。

 唖然としていたザクロは、目の前にいるのが敵側の再生能力者であり、ビル屋上で不測の事態が発生していることを察した。

「こ、これからあなたたちと戦います! 仕事なんです! すみません!」

 ズタズタのセーラー服姿の女……凛子の手足はすっかりと再生し、ザクロへと謝罪する。

 訓練生時代に人格否定をされ続け、歪んでしまった人格からくる謝罪癖。

 一部の「アドバンス」の力は感情の起伏が大きく影響する。

 凛子の場合、恐怖のような強い根源的感情があるとその力が強まる。

 既にその再生速度はアンズの短刀に塗った毒を無力化するほどになっていた。

 そして涙目で、無事だった拳銃をホルスターから素早く引き抜く。

 その銃口はザクロの体からはみ出たスモモに向けられていた。

 ザクロは咄嗟にスモモを庇おうとするが、スモモの能力であれば対処可能と考えてやめる。

 代わりに彼女は両耳を手で押さえた。

「わ!」

 スモモの叫びが轟音となって炸裂し、ルナたちのいるビルの窓ガラスを振るわせた。

 声を破壊音波にする能力。

 これがスモモの力であり、ザクロは何の捻りもなく「拡声器」と呼んでいた。

 計画段階では香川の「不二組」の所在するビルごと音波で破壊するプランも存在していた。

 その声を浴びた凛子の両耳、鼻から血が噴き出す。

 が、膝から崩れ落ちる寸前で体勢を立て直し、再び狙いを定める。

「わあっ!」

 先ほどより威力の増した音撃によって凛子が倒れた。

 今度こそ行動不能に追い込んだとスモモは思ったが、凛子の顔と片腕だけが動き二人に向けて発砲する。

 立て続けに三発撃たれた弾丸をザクロは全て掴み取り、パラパラと地面に落とした。

「さっきからいい加減しつこいんじゃないか?」

「……はい」

 アンズとオリーブといち早く連絡を取りたいザクロであったが、ゆらりと凛子が立ち上がったためそちらに意識を向けなくてはならない状況に陥る。

(あの再生能力の使い手、狙撃以外に秀でたものはない。だが、何かに突き動かされるような意志の力。それと再生の力が相まって厄介だな)

「すみません。こんな拳銃なんか、効かないですよね……!」

 凛子は拳を構える。

 普段装備しているナイフはビルから落ちたときにどこかへ行ってしまった。

 対してザクロも凛子に合わせて拳を握る。

(相手の土俵に乗る……心を削るにはちょうどいい)

「スモモが先に行ってアンズ姉とオリーブ姉の様子見てくる!」

「ダメだ。ここにいろ」

 向かってくる凛子に対し、ザクロはただ一撃。

 一発のボディストレート。

 繰り出されたそれは凛子のガードを粉砕し、胴を貫いた。

「一体何がお前をそこまで駆り立てる。私に勝てないことはわかってるだろう」

「だって……私なんか、結果が出せなきゃ……捨てられちゃう……」

 不死身の敵をいくら相手してもキリがないと判断したザクロは凛子の心を折りにかかる。

「そうだな、役立たず。さっきからお前は私に対して何ができた? そろそろお仲間も失望している頃合いだ……もう諦めろ」

 貫かれた胴の穴が再生能力によって狭まりザクロの腕を挟む。

 傷を広げるように腕を引き抜くザクロ。

 ゾンビのように何度も倒され、起き上がってきた凛子の膝が地に着く。

「みんな……」

 泣き始めた凛子へ追い打ちをかけるようにザクロが言い放つ。

「お前は生き証人になれ。何もできずただ仲間が私に殺されていく様を……『極殺小隊』に歯向かうという意味をな」

 ザクロの精神攻撃により、もともと打たれ弱い凛子の心は壊れかかっていた。

 本当にあと一言で崩れてしまうほどに。

 そんな時。

「そんなことない! リンちゃん先輩は役立たずなんかじゃないし、私たちは死なない!」

 二人の格闘戦の間にビルから出てきたセーラー服を着た黒髪の少女。その少女が大声でザクロに返した。

 凛子が着ているのと同じ服を着ている点から、何者かは一目瞭然だった。

 だが、ザクロはあえて聞く。

「誰だ、お前」

「ルナ。リンちゃん先輩の後輩で『便利屋コロシ部』の部長」

 敵のリーダーがわざわざ放置したところで問題ない再生能力者をわざわざ助けに来たことが、ザクロには理解不能だった。

「目的は?」

「あなたとの一騎打ち。あなたの仲間を一人捕虜にした。乗らないと殺す」

 ザクロはこの言葉を聞いて思案する。

 捕まっているのがオリーブであれば殺されても意識が元の体に戻るだけだ、何も問題はない。

 だがアンズが捕まっているなら話が変わる。

(私の仲間と言い切るくらいだ……捕まっているのは兵士の体のオリーブではないな。だが何故? 何のために一騎打ちを望む?)

「ここでお前を殺せば、再生女の心も折れて一石二鳥というわけか……乗ってやろうじゃないか」

「ぶ、部長は負けないよ……!」

 ついさっきまで絶望の淵にあった凛子の目には、ルナの参戦で再び強い意志が灯りはじめていた。

 彼女にとってルナは光そのものだったからだ。

「仲間思いなんだね。『私たちの戦力を削る』って言うけど、本当は屋上で連絡を絶った仲間が心配でしょうがない……そうでしょ?」

「黙れ!」

 様々な勢力が見守る前で、格下の敵に部下を殺され、見世物にされ……その上での挑発。

 そんな中で持ちかけられた意図の読めない一騎打ち。

 ザクロがその不自然さに気付いていても、乗ってしまうのに十分な理由があった。

(これ以上舐められるものか……!)

 ザクロは一気に距離を詰め、ルナ目がけて凛子を貫いたとき以上の速度で右ストレートを放つ。

 寸分の狂いもなくルナの頭部目がけて放たれた拳は髪をかすめて空を切っていた。

(外した……!?)

「あなたの能力は『アドバンス』として高まった身体能力に、さらにパワーを上乗せする化物染みた身体能力そのもの。だよね?」

 二撃、三撃とザクロの拳は立て続けに外れる。

(何故だ……!?)

 そんな中、ザクロはルナの後方にアンズの気配を感じる。

 透明ではあるが、いつものようには気配を消せていない。おそらく屋上で負傷したのだとザクロは判断する。

 そしてルナの台詞がブラフであることも判明し、ザクロは少し落ち着きを取り戻した。

 ザクロはアンズがいるであろう位置に一方的なアイコンタクトを送る。

 透明が故にアンズの反応はわからないが、通じたはずだとザクロは次の手に向けて動き始める。

 挟撃。

 単純ではあるが、不自然なまでに攻撃が当たらないルナに対する策。

 不可視のアンズが取り押さえた相手をザクロが攻撃する。実戦で何度も行ってきたコンビネーションだった。

(次の一撃だ……アンズなら合わせられるはず……)

 大振りのストレートが合図だった。

 アンズごと攻撃しないように、ルナを確実に殺せるように、調整を重ねた一撃。

 引き絞って、放つ。

 放ってから気付く。

 ザクロの目の前にあるはずのルナの姿が無いことに、気付く。

 ただ、ザクロの拳からは確かに肉を貫く感触がした。

「どうかした?」

 ザクロは声のした位置を見る。正面から右方向。そこにはそのままの姿勢で立っているルナの姿があった。

(避ける動きはなかった……何故そこに。なら、だったら……私は誰を……?)

 そしてザクロは、恐る恐る前方を、拳の先を見る。

 そこには透明化の解けた瀕死のアンズの姿があり……ザクロは拳を引き抜き、倒れ込むアンズを前にただ茫然とするしかなかった。

 二人の息はぴったりと合っていた。

 これはザクロたちの動き次第では、そのままルナが二人を相手取って戦うことになる危険な賭け。

「私の能力は『引き寄せ』ること。さっきまでの拳は私に当たらない方へ『引き寄せ』て外したし、最後の一撃は私自身を真横に『引き寄せ』て躱した」

 賭けに勝ったのは、ザクロたちの連携を信頼したルナだった。

「私があなたの立場でも、仲間の力を信じて同じ戦法を取るよ。だから勝てた」


次のエピソードへ進む 7話 不屈の心


みんなのリアクション

 渚の能力の本質は念動力を放つことであり、彼女自身はそれを「念波」と呼んでいる。
 そして渚はその「念波」が何にぶつかったか、そして何にぶつからなかったかを的確に感知することができた。
 スラムで育った渚の本質は臆病で、常に軽口を叩くのはある種の防衛反応のようなものとも言える。
 「念波」はその性質を表したかのような能力だった。
 彼女は人間が知覚できないほどの「念波」を放つことによって、敵陣営の把握という分野で「便利屋コロシ部」の活動に貢献してきた。
 そして逆に最大の威力で放つことによって、アンズやオリーブを一撃で制圧し、再生途中の凛子をビルから放り捨ててしまったのだった。
 *
 突然目の前に降ってきたひしゃげた肉塊。
 骨が飛び出しながらも懸命に立ち上がろうとするそれを見て、流石のザクロも圧倒されたようで足を止める。
 その凄惨な姿を見てスモモはザクロの後ろに回り、目を閉じ戦闘服にしがみついている。
「うう、すみ……ませ……」
 その肉塊から飛び出た骨が繋がり、周囲を肉が覆って体が再生していく。
 唖然としていたザクロは、目の前にいるのが敵側の再生能力者であり、ビル屋上で不測の事態が発生していることを察した。
「こ、これからあなたたちと戦います! 仕事なんです! すみません!」
 ズタズタのセーラー服姿の女……凛子の手足はすっかりと再生し、ザクロへと謝罪する。
 訓練生時代に人格否定をされ続け、歪んでしまった人格からくる謝罪癖。
 一部の「アドバンス」の力は感情の起伏が大きく影響する。
 凛子の場合、恐怖のような強い根源的感情があるとその力が強まる。
 既にその再生速度はアンズの短刀に塗った毒を無力化するほどになっていた。
 そして涙目で、無事だった拳銃をホルスターから素早く引き抜く。
 その銃口はザクロの体からはみ出たスモモに向けられていた。
 ザクロは咄嗟にスモモを庇おうとするが、スモモの能力であれば対処可能と考えてやめる。
 代わりに彼女は両耳を手で押さえた。
「わ!」
 スモモの叫びが轟音となって炸裂し、ルナたちのいるビルの窓ガラスを振るわせた。
 声を破壊音波にする能力。
 これがスモモの力であり、ザクロは何の捻りもなく「拡声器」と呼んでいた。
 計画段階では香川の「不二組」の所在するビルごと音波で破壊するプランも存在していた。
 その声を浴びた凛子の両耳、鼻から血が噴き出す。
 が、膝から崩れ落ちる寸前で体勢を立て直し、再び狙いを定める。
「わあっ!」
 先ほどより威力の増した音撃によって凛子が倒れた。
 今度こそ行動不能に追い込んだとスモモは思ったが、凛子の顔と片腕だけが動き二人に向けて発砲する。
 立て続けに三発撃たれた弾丸をザクロは全て掴み取り、パラパラと地面に落とした。
「さっきからいい加減しつこいんじゃないか?」
「……はい」
 アンズとオリーブといち早く連絡を取りたいザクロであったが、ゆらりと凛子が立ち上がったためそちらに意識を向けなくてはならない状況に陥る。
(あの再生能力の使い手、狙撃以外に秀でたものはない。だが、何かに突き動かされるような意志の力。それと再生の力が相まって厄介だな)
「すみません。こんな拳銃なんか、効かないですよね……!」
 凛子は拳を構える。
 普段装備しているナイフはビルから落ちたときにどこかへ行ってしまった。
 対してザクロも凛子に合わせて拳を握る。
(相手の土俵に乗る……心を削るにはちょうどいい)
「スモモが先に行ってアンズ姉とオリーブ姉の様子見てくる!」
「ダメだ。ここにいろ」
 向かってくる凛子に対し、ザクロはただ一撃。
 一発のボディストレート。
 繰り出されたそれは凛子のガードを粉砕し、胴を貫いた。
「一体何がお前をそこまで駆り立てる。私に勝てないことはわかってるだろう」
「だって……私なんか、結果が出せなきゃ……捨てられちゃう……」
 不死身の敵をいくら相手してもキリがないと判断したザクロは凛子の心を折りにかかる。
「そうだな、役立たず。さっきからお前は私に対して何ができた? そろそろお仲間も失望している頃合いだ……もう諦めろ」
 貫かれた胴の穴が再生能力によって狭まりザクロの腕を挟む。
 傷を広げるように腕を引き抜くザクロ。
 ゾンビのように何度も倒され、起き上がってきた凛子の膝が地に着く。
「みんな……」
 泣き始めた凛子へ追い打ちをかけるようにザクロが言い放つ。
「お前は生き証人になれ。何もできずただ仲間が私に殺されていく様を……『極殺小隊』に歯向かうという意味をな」
 ザクロの精神攻撃により、もともと打たれ弱い凛子の心は壊れかかっていた。
 本当にあと一言で崩れてしまうほどに。
 そんな時。
「そんなことない! リンちゃん先輩は役立たずなんかじゃないし、私たちは死なない!」
 二人の格闘戦の間にビルから出てきたセーラー服を着た黒髪の少女。その少女が大声でザクロに返した。
 凛子が着ているのと同じ服を着ている点から、何者かは一目瞭然だった。
 だが、ザクロはあえて聞く。
「誰だ、お前」
「ルナ。リンちゃん先輩の後輩で『便利屋コロシ部』の部長」
 敵のリーダーがわざわざ放置したところで問題ない再生能力者をわざわざ助けに来たことが、ザクロには理解不能だった。
「目的は?」
「あなたとの一騎打ち。あなたの仲間を一人捕虜にした。乗らないと殺す」
 ザクロはこの言葉を聞いて思案する。
 捕まっているのがオリーブであれば殺されても意識が元の体に戻るだけだ、何も問題はない。
 だがアンズが捕まっているなら話が変わる。
(私の仲間と言い切るくらいだ……捕まっているのは兵士の体のオリーブではないな。だが何故? 何のために一騎打ちを望む?)
「ここでお前を殺せば、再生女の心も折れて一石二鳥というわけか……乗ってやろうじゃないか」
「ぶ、部長は負けないよ……!」
 ついさっきまで絶望の淵にあった凛子の目には、ルナの参戦で再び強い意志が灯りはじめていた。
 彼女にとってルナは光そのものだったからだ。
「仲間思いなんだね。『私たちの戦力を削る』って言うけど、本当は屋上で連絡を絶った仲間が心配でしょうがない……そうでしょ?」
「黙れ!」
 様々な勢力が見守る前で、格下の敵に部下を殺され、見世物にされ……その上での挑発。
 そんな中で持ちかけられた意図の読めない一騎打ち。
 ザクロがその不自然さに気付いていても、乗ってしまうのに十分な理由があった。
(これ以上舐められるものか……!)
 ザクロは一気に距離を詰め、ルナ目がけて凛子を貫いたとき以上の速度で右ストレートを放つ。
 寸分の狂いもなくルナの頭部目がけて放たれた拳は髪をかすめて空を切っていた。
(外した……!?)
「あなたの能力は『アドバンス』として高まった身体能力に、さらにパワーを上乗せする化物染みた身体能力そのもの。だよね?」
 二撃、三撃とザクロの拳は立て続けに外れる。
(何故だ……!?)
 そんな中、ザクロはルナの後方にアンズの気配を感じる。
 透明ではあるが、いつものようには気配を消せていない。おそらく屋上で負傷したのだとザクロは判断する。
 そしてルナの台詞がブラフであることも判明し、ザクロは少し落ち着きを取り戻した。
 ザクロはアンズがいるであろう位置に一方的なアイコンタクトを送る。
 透明が故にアンズの反応はわからないが、通じたはずだとザクロは次の手に向けて動き始める。
 挟撃。
 単純ではあるが、不自然なまでに攻撃が当たらないルナに対する策。
 不可視のアンズが取り押さえた相手をザクロが攻撃する。実戦で何度も行ってきたコンビネーションだった。
(次の一撃だ……アンズなら合わせられるはず……)
 大振りのストレートが合図だった。
 アンズごと攻撃しないように、ルナを確実に殺せるように、調整を重ねた一撃。
 引き絞って、放つ。
 放ってから気付く。
 ザクロの目の前にあるはずのルナの姿が無いことに、気付く。
 ただ、ザクロの拳からは確かに肉を貫く感触がした。
「どうかした?」
 ザクロは声のした位置を見る。正面から右方向。そこにはそのままの姿勢で立っているルナの姿があった。
(避ける動きはなかった……何故そこに。なら、だったら……私は誰を……?)
 そしてザクロは、恐る恐る前方を、拳の先を見る。
 そこには透明化の解けた瀕死のアンズの姿があり……ザクロは拳を引き抜き、倒れ込むアンズを前にただ茫然とするしかなかった。
 二人の息はぴったりと合っていた。
 これはザクロたちの動き次第では、そのままルナが二人を相手取って戦うことになる危険な賭け。
「私の能力は『引き寄せ』ること。さっきまでの拳は私に当たらない方へ『引き寄せ』て外したし、最後の一撃は私自身を真横に『引き寄せ』て躱した」
 賭けに勝ったのは、ザクロたちの連携を信頼したルナだった。
「私があなたの立場でも、仲間の力を信じて同じ戦法を取るよ。だから勝てた」