8話 出会い
ー/ー ルナが柊美月という名前を捨てて「東京軍」に入隊したのは、戦うための力が欲しかったことに加え、目的を同じとする仲間を作りたかったからだった。
「わ、私が何か失礼をしましたでしょうか……?」
「いえ『特練』の先輩に聞いておきたいことがあって」
「私はいつまでも訓練課程を終えられない、出来損ないの、劣等生ですから……」
入隊したルナが最初に声をかけたのは、この「新兵特殊訓練チーム」での在籍期間が一番長いという先輩だった。
ルナは彼女からこの部隊についての情報を可能な限り聞き出すつもりだったのだ。
だが、この先輩訓練生の異常なまでの自己肯定感の低さにルナは驚く。
「あらゆる訓練科目に挑戦されていると聞きましたけど」
「それは私に何の取り柄もないせいで、せめて一つくらい得意分野を身につけないと『特練』の教官が恥をかくからであって。そもそもここはあれもこれも学びに来る場所じゃないんです。本来能力に関係する分野の技術を習得して戦い方の幅を広げて『アドバンス』としての力を高める場所なのに、私なんか接近戦向きの能力持ちのくせにそれを活かすための分野はまるでダメで、逆に能力とは全然関係のない遠くからこそこそとする分野しか身に付かなくて。それを習得する間に何故か誰よりも『特練』にいるベテランみたいになっていて、あと訓練生のベテランってなんかとても恥ずかしくて。みんなに挨拶しても無視されるし、そもそも私に話しかける価値なんてないですから。だから他の方を当たった方がいいんじゃないでしょうか!?」
あらゆる分野の訓練を受け、彼女は持ち前の再生能力を活かせる分野への適性が無いことをとことん実感した。
数年に渡って教官から人格否定をされ続けた経験は、異常なまでの卑屈な人格を形成させたのだ。
どうやらこの先輩は「特練」にいながら「特練」の話題自体が地雷のようだとルナは察した。
ただ、それではルナとしてはとても困る。
彼女にはこの部隊のメンバーの能力や性格について精通する人物が必要だからだった。
「差し出がましいですけど、それだけ先輩にリソースを費やす価値があると教官たちが判断しているからじゃないでしょうか?」
「う……つまりは限られたリソースを無駄にしているのが私だって、そういうことですね!?」
埒が明かないため一度話を切り上げようと思ったルナだったが、その前に一つ思いついたことがあった。
「そうじゃなくて……先輩、お名前は?」
「その、リンコです。えっ、あっ。教官に私の態度について報告するつもりなんですね。もう勝手にしてください……」
リンコが言い終える前にルナが声を張り上げる。
「新兵のみんな! リンコ先輩からお話があります! やっぱり別に新兵じゃなくてもいいから、とにかく聞いて!」
夕飯後のちょっとした団欒の時間。
そこにはいくつかの訓練兵のグループや、所在なげにしている新兵たちの姿があった。
彼女たちの視線を一斉に浴びるルナとリンコ。
リンコは状況が理解できず逃げ出そうとするが、その手をルナががっちりと掴んで離さない。
「リンコ先輩を代弁して言います! 我々は訓練生ではあっても軍人の端くれ。そして軍と上下関係は切っても切り離せないもの。ならば我々のような新兵は先輩方……特にリンコ先輩のような様々な分野に精通したエキスパートへきちんと挨拶すべきだと。そして諸先輩方。リンコ先輩の挨拶を無視? あなたたちに関してはリンコ先輩への敬意が足りていません」
ルナは自分でもめちゃくちゃなことを言っていると思い、気を抜くと顔が緩みそうになる。
隣のリンコは最早何も言えずに口をパクパクとしている。
どよめきと失笑。
近くのテーブルからリンコを馬鹿にする声が聞こえた。
「先輩ったって昔で言う『留年』ってやつだろ……」
「今の奴、前に来い!」
ルナが能力を発現させる。
彼女の能力は「引き寄せと反発」という空間に干渉する能力であった。
声の主はルナの「引き寄せ」によって座っていた椅子ごと二人の前に引きずり出される。
「文句があるなら先輩に代わって私が相手をするから」
「上等だよ! いいか、新米がいっちょ前に……」
「新米じゃない。ルナって名前があるから。よろしく、先輩」
ルナの「引き寄せ」の力は空間そのものを縮め、対象と自身の距離を近づけることができた。
そして相手が椅子から立ち上がると同時に、縮めていた「空間」を元のサイズに戻す。
これが「反発」の力。
弾き飛ばされる名もなき訓練生は椅子ごと吹き飛ばされテーブルに直撃、あえなく気絶した。
大きくなるどよめきの声。
「誰か教官を呼んで来い……!」
「やめとけ。みっともないからよぉ……どう説明するつもりだ? 新米が暴れて取り押さえられませんってかぁ? ウチら『特練』の訓練生がか?」
「すいません……! アカネさん……!」
立ち上がったのは金髪の少女。
手には刀。近接戦に特化した能力であることを隠そうともしていない。
(この金髪、それなりにこの場への影響力があると見た。本命だ……!)
刀の鞘で肩を叩きながら気だるげに近づいてくる金髪の少女、アカネ。
訓練生たちは彼女の通り道にあったテーブルや椅子をどかしていく。
ルナが想像した通り、この部隊で力を持った人物のようだ。
「どしたんすかぁリンちゃん。いきなりやかましい舎弟連れて……」
「敬語!」
リンコにガンを飛ばしていたアカネの顔面は、突き出したルナの拳に吸い込まれるように激突した。
引き寄せ。
「テメェ……!」
痛みに耐え、殴られながら刀を抜いていたアカネ。
流石は「特練」の訓練生だと内心ルナは感心する。
しかし。
アカネは体勢を立て直せない。
顔が拳に吸い付くような、むしろ顔が拳にめり込んでいくような錯覚に陥る。
引き寄せ。引き寄せ。引き寄せ。
二発。三発。四発と立て続けに殴られているかのような衝撃がアカネの頭部を揺さぶる。
引き寄せ。引き寄せ。引き寄せ。
そしてアカネの意識がなくなったところで……反発。
アカネは歩いてきた道を一直線に吹き飛ばされ、壁に叩きつけられた。
「あ、アカネさん……!」
「で、挨拶するのか。しないのか。選んで」
騒ぎを聞きつけた教官が怒鳴り込んでくるまで、訓練生たちによる放心状態のリンコへの挨拶は続くのだった。
そしてルナは一週間独房にぶち込まれた。
*
彼女が独房から解放される頃にはリンコに対して舐めた態度をとる訓練生はいなくなったらしい。
ルナが外に出てきた際にアカネと同じ目に遭うと思ったのだろうか。
逆にルナと同期の新兵たちは、様々な分野の知識をリンコから教えてもらっているようだ。
「せんぱ~い! 銃の整備してたら元にもどらなくなっちゃった~! あはは!」
「それはちょっと『あはは』じゃ済まないかな……」
混み合った食堂。ルナの周囲だけぽっかりと穴が開いたようで、誰も座ろうとしない。
そこに軍服のサイズが合っていない少女が整備しかけの銃をリンコに預けてルナのところまで駆け寄ってきた。
「お~っす。ルナちゃん。いや、ルナっち! 同期のナギサちゃんだよ~。自分で言うのもアレだけどナギサちゃんってばそれなりに優秀だから、ヨロシク!」
「よろしくナギサちゃん。でもどうして私のところに? 怖くないの?」
ナギサは軍服の余った袖でわざとらしく口元を隠して言う。
「だってわかるもんね。挨拶しろ~とかめちゃくちゃなこと言ってたけど。そんなのは建前。ホンネで言えばルナっちは値踏みしてるんでしょ~? アカネパイセンをボコしたけど、あれはアピールでさ。そんなことでいちいちビビらない奴らの中から、使える奴を仲間にしたいっていうか~。そんなとこ?」
「そうかもね。じゃあナギサちゃんは私に売り込みしにきたってこと? 悪くないけど、銃の整備は自分でできるようになってもらおうかな」
「あはは~聞こえてた〜!」
リンコがナギサに押し付けられた銃を手渡す。
「あの、その、ルナさん。あ、ありがとう……! 私なんかのために……」
「ルナちゃんでいいですよ。リンコ先輩」
「じゃあ、その、ルナ……ちゃん。その、よろしくね。えっと、敬語はいらない……から」
それだけ言い終えたリンコは何かを見つけた様子で、そそくさとその場を去った。
まだ顔の腫れた金髪の少女、アカネだった。
「……まずはお前の一勝。それは認める。だけどいつまでもそうやってられると思うなよ? あぁ?」
「別にそんなこと思ってないけど……」
「とにかく……アカネだ。ウチも容赦しねぇからお前も容赦なんかするな。この前みたいによぉ」
それだけ言うとアカネもどこかへ行った。
その後も数人の訓練生から挨拶があり、ルナは思った。
(私、あの一件でめちゃくちゃ挨拶に厳しい人だと思われてるなあ)
ともかく、これが後の「便利屋コロシ部」結成メンバーたちとルナとの出会いだった。
みんなのリアクション
まだリアクションはありません。最初の一歩を踏み出しましょう!
ルナが柊美月という名前を捨てて「東京軍」に入隊したのは、戦うための力が欲しかったことに加え、目的を同じとする仲間を作りたかったからだった。
「わ、私が何か失礼をしましたでしょうか……?」
「いえ『特練』の先輩に聞いておきたいことがあって」
「私はいつまでも訓練課程を終えられない、出来損ないの、劣等生ですから……」
入隊したルナが最初に声をかけたのは、この「新兵特殊訓練チーム」での在籍期間が一番長いという先輩だった。
ルナは彼女からこの部隊についての情報を可能な限り聞き出すつもりだったのだ。
だが、この先輩訓練生の異常なまでの自己肯定感の低さにルナは驚く。
「あらゆる訓練科目に挑戦されていると聞きましたけど」
「それは私に何の取り柄もないせいで、せめて一つくらい得意分野を身につけないと『特練』の教官が恥をかくからであって。そもそもここはあれもこれも学びに来る場所じゃないんです。本来能力に関係する分野の技術を習得して戦い方の幅を広げて『アドバンス』としての力を高める場所なのに、私なんか接近戦向きの能力持ちのくせにそれを活かすための分野はまるでダメで、逆に能力とは全然関係のない遠くからこそこそとする分野しか身に付かなくて。それを習得する間に何故か誰よりも『特練』にいるベテランみたいになっていて、あと訓練生のベテランってなんかとても恥ずかしくて。みんなに挨拶しても無視されるし、そもそも私に話しかける価値なんてないですから。だから他の方を当たった方がいいんじゃないでしょうか!?」
あらゆる分野の訓練を受け、彼女は持ち前の再生能力を活かせる分野への適性が無いことをとことん実感した。
数年に渡って教官から人格否定をされ続けた経験は、異常なまでの卑屈な人格を形成させたのだ。
どうやらこの先輩は「特練」にいながら「特練」の話題自体が地雷のようだとルナは察した。
ただ、それではルナとしてはとても困る。
彼女にはこの部隊のメンバーの能力や性格について精通する人物が必要だからだった。
「差し出がましいですけど、それだけ先輩にリソースを費やす価値があると教官たちが判断しているからじゃないでしょうか?」
「う……つまりは限られたリソースを無駄にしているのが私だって、そういうことですね!?」
埒が明かないため一度話を切り上げようと思ったルナだったが、その前に一つ思いついたことがあった。
「そうじゃなくて……先輩、お名前は?」
「その、リンコです。えっ、あっ。教官に私の態度について報告するつもりなんですね。もう勝手にしてください……」
リンコが言い終える前にルナが声を張り上げる。
「新兵のみんな! リンコ先輩からお話があります! やっぱり別に新兵じゃなくてもいいから、とにかく聞いて!」
夕飯後のちょっとした団欒の時間。
そこにはいくつかの訓練兵のグループや、所在なげにしている新兵たちの姿があった。
彼女たちの視線を一斉に浴びるルナとリンコ。
リンコは状況が理解できず逃げ出そうとするが、その手をルナががっちりと掴んで離さない。
「リンコ先輩を代弁して言います! 我々は訓練生ではあっても軍人の端くれ。そして軍と上下関係は切っても切り離せないもの。ならば我々のような新兵は先輩方……特にリンコ先輩のような様々な分野に精通したエキスパートへきちんと挨拶すべきだと。そして諸先輩方。リンコ先輩の挨拶を無視? あなたたちに関してはリンコ先輩への敬意が足りていません」
ルナは自分でもめちゃくちゃなことを言っていると思い、気を抜くと顔が緩みそうになる。
隣のリンコは最早何も言えずに口をパクパクとしている。
どよめきと失笑。
近くのテーブルからリンコを馬鹿にする声が聞こえた。
「先輩ったって昔で言う『留年』ってやつだろ……」
「今の奴、前に来い!」
ルナが能力を発現させる。
彼女の能力は「引き寄せと反発」という空間に干渉する能力であった。
声の主はルナの「引き寄せ」によって座っていた椅子ごと二人の前に引きずり出される。
「文句があるなら先輩に代わって私が相手をするから」
「上等だよ! いいか、新米がいっちょ前に……」
「新米じゃない。ルナって名前があるから。よろしく、先輩」
ルナの「引き寄せ」の力は空間そのものを縮め、対象と自身の距離を近づけることができた。
そして相手が椅子から立ち上がると同時に、縮めていた「空間」を元のサイズに戻す。
これが「反発」の力。
弾き飛ばされる名もなき訓練生は椅子ごと吹き飛ばされテーブルに直撃、あえなく気絶した。
大きくなるどよめきの声。
「誰か教官を呼んで来い……!」
「やめとけ。みっともないからよぉ……どう説明するつもりだ? 新米が暴れて取り押さえられませんってかぁ? ウチら『特練』の訓練生がか?」
「すいません……! アカネさん……!」
立ち上がったのは金髪の少女。
手には刀。近接戦に特化した能力であることを隠そうともしていない。
(この金髪、それなりにこの場への影響力があると見た。本命だ……!)
刀の鞘で肩を叩きながら気だるげに近づいてくる金髪の少女、アカネ。
訓練生たちは彼女の通り道にあったテーブルや椅子をどかしていく。
ルナが想像した通り、この部隊で力を持った人物のようだ。
「どしたんすかぁリンちゃん。いきなりやかましい舎弟連れて……」
「敬語!」
リンコにガンを飛ばしていたアカネの顔面は、突き出したルナの拳に吸い込まれるように激突した。
引き寄せ。
「テメェ……!」
痛みに耐え、殴られながら刀を抜いていたアカネ。
流石は「特練」の訓練生だと内心ルナは感心する。
しかし。
アカネは体勢を立て直せない。
顔が拳に吸い付くような、むしろ顔が拳にめり込んでいくような錯覚に陥る。
引き寄せ。引き寄せ。引き寄せ。
二発。三発。四発と立て続けに殴られているかのような衝撃がアカネの頭部を揺さぶる。
引き寄せ。引き寄せ。引き寄せ。
そしてアカネの意識がなくなったところで……反発。
アカネは歩いてきた道を一直線に吹き飛ばされ、壁に叩きつけられた。
「あ、アカネさん……!」
「で、挨拶するのか。しないのか。選んで」
騒ぎを聞きつけた教官が怒鳴り込んでくるまで、訓練生たちによる放心状態のリンコへの挨拶は続くのだった。
そしてルナは一週間独房にぶち込まれた。
*
彼女が独房から解放される頃にはリンコに対して舐めた態度をとる訓練生はいなくなったらしい。
ルナが外に出てきた際にアカネと同じ目に遭うと思ったのだろうか。
逆にルナと同期の新兵たちは、様々な分野の知識をリンコから教えてもらっているようだ。
「せんぱ~い! 銃の整備してたら元にもどらなくなっちゃった~! あはは!」
「それはちょっと『あはは』じゃ済まないかな……」
混み合った食堂。ルナの周囲だけぽっかりと穴が開いたようで、誰も座ろうとしない。
そこに軍服のサイズが合っていない少女が整備しかけの銃をリンコに預けてルナのところまで駆け寄ってきた。
「お~っす。ルナちゃん。いや、ルナっち! 同期のナギサちゃんだよ~。自分で言うのもアレだけどナギサちゃんってばそれなりに優秀だから、ヨロシク!」
「よろしくナギサちゃん。でもどうして私のところに? 怖くないの?」
ナギサは軍服の余った袖でわざとらしく口元を隠して言う。
「だってわかるもんね。挨拶しろ~とかめちゃくちゃなこと言ってたけど。そんなのは建前。ホンネで言えばルナっちは値踏みしてるんでしょ~? アカネパイセンをボコしたけど、あれはアピールでさ。そんなことでいちいちビビらない奴らの中から、使える奴を仲間にしたいっていうか~。そんなとこ?」
「そうかもね。じゃあナギサちゃんは私に売り込みしにきたってこと? 悪くないけど、銃の整備は自分でできるようになってもらおうかな」
「あはは~聞こえてた〜!」
リンコがナギサに押し付けられた銃を手渡す。
「あの、その、ルナさん。あ、ありがとう……! 私なんかのために……」
「ルナちゃんでいいですよ。リンコ先輩」
「じゃあ、その、ルナ……ちゃん。その、よろしくね。えっと、敬語はいらない……から」
それだけ言い終えたリンコは何かを見つけた様子で、そそくさとその場を去った。
まだ顔の腫れた金髪の少女、アカネだった。
「……まずはお前の一勝。それは認める。だけどいつまでもそうやってられると思うなよ? あぁ?」
「別にそんなこと思ってないけど……」
「とにかく……アカネだ。ウチも容赦しねぇからお前も容赦なんかするな。この前みたいによぉ」
それだけ言うとアカネもどこかへ行った。
その後も数人の訓練生から挨拶があり、ルナは思った。
(私、あの一件でめちゃくちゃ挨拶に厳しい人だと思われてるなあ)
ともかく、これが後の「便利屋コロシ部」結成メンバーたちとルナとの出会いだった。