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第九話 人助け

ー/ー



「鳥車ってきもちぃーなー!! しかもはえーー!!」

「だろ!? だろ!? うちのドュドュ、パスパは最高の走りするんだ!」

「パスパ? こいつの名前か?」

「ああ、そうさ。パスパ、最高の雌鶏だ!」

「メスなのかよ! オスじゃねーのか!?」

「立派なメスだ。オスの方が力はあって、そりゃもっと速く走れるけどな」

「じゃあ、なんでメスにしたんだ?」

「オスはな、年に三回発情期が来るんだが、その時期になると興奮して攻撃的になるんだよ。強烈な蹴りが飛んでくるし、下手すりゃ死ぬ。だからどこの御者も基本ドュドュはメスにしてるんだ。……ちなみにどっかの国じゃ『クックファイト』っていってな、オスのドュドュ同士を戦わせる競技がある」

「へぇー! クックファイト、なんかすげー楽しそうじゃん!」

「坊主たちは大陸中の塔を攻略して回るんだろ? そのうちクックファイトの国にも行くさ。……っと、そういや名前まだ聞いてなかったな。俺はロラン。よろしくな」

「オレはアデルだ! よろしくな!」

 ガシッ、と男同士で手を握り合う。

「これでオレら友達だな!!」

「だな、友達だ!」

「それよりロラン、この世界って意外と小さいんだな?」

「急になんだよ。なんでそう思う?」

「あれだよ、あれ。あの壁。あれ以上行けねえんだろ?」

 アデルが指さした先には、地平線の向こうまで続く巨大な壁……のように見えるものがそびえている。真っ直ぐ伸び、頂上は雲に隠れて見えない。

「あー、あれか。ありゃ壁じゃねえ。岩山だよ。ウォーバールって名前のな」

「マジか!!! でけー岩山だな!! ロラン、あそこまで行きてぇんだけど!!」

「むりむりむり!! 絶対無理!!」

「えーっ!! なんでだよ!」

「ウォーバールの周りには底なし沼があって、とんでもなくデカい蛇がいるって噂がある。それに岩肌にはロックバードが棲みついててな、近づいただけでも襲ってくるんだ。だから冒険者でもない限り、あんなとこ行くやつはいねえよ」

「ちぇっ、なんだよそれ」

「悪いな、アデル」

 会話はいったん途切れ、鳥車の車輪の音と風の音だけがしばらく続いた。
 沈黙を破ったのはロランだった。

「なぁアデル。さっきの女冒険者に、なんであんなきつい言い方したんだ?」

「オレは当たり前のこと言っただけだ。強かったら、あいつの仲間は死なずに済んだ」

「……確かにそうかもしれねぇけどよ。長い付き合いのある仲間が急にいなくなると、やっぱ辛ぇもんだぞ。アデルだって、聖女さんが死んじまったら、きっと辛くなると思うぞ」

「リノアは死なない。オレがいる。あと、死なれたら困る。オレの目的が達成できなくなる」

「目的ってなんだよ、アデル」

「世界中の塔を全部攻略して、オレの名を世界に知らしめる。それがオレの目的だ。だからオレがいる限り、リノアは死なない」

「……そうか」

 ロランはまだ言いたいことがあったが、今のアデルに何を言っても届かないと感じて、飲み込んだ。

ーーー

 その頃、客車の中。
 リノアは窓の外をぼんやり眺めている女冒険者の様子を気にしていた。

 出発前まで泣き崩れていた彼女を、リノアがなんとか落ち着かせ、今は静かに座らせている。
 向かいの席の老夫婦も、心配そうに時おり視線を送っていた。

 重い空気をどうにかしようと思ったのか、老夫婦の女性の方が、そっとリノアに声をかける。

「あの、聖女様はどちらから来られたんですか?」

 急に話しかけられ、リノアは肩をびくっと震わせる。

「えっ! あ、わたしですか? わたしはカスボ島から来ました」

「あら、カスボ島から。確かカスボの実が有名でしたわよね? カスボジュース、私よく飲みますの。甘酸っぱくて、とても美味しいです」

「なんか照れちゃいます……。ありがとうございます、でいいのかな?」

「聖女様、本当に先ほどは助けていただいて、ありがとうございました」

「いえいえ! 当たり前のことをしただけです!!」

 自分の力で初めて人の命を救った――その事実が、リノアの胸をじんわりと満たしていた。

「あの、聖女様。よろしければお礼がしたいので、トーメル王国に着いたら私たちのお店に来ていただけませんか?」

「え!? お店をやってるんですか!! 何のお店なんですか!?」

「それは着いてからのお楽しみですわ。……あっ、自己紹介がまだでしたね。私はアリエーゼと申します。そして、こちらが旦那のダクトリーです。うちの人、人見知りでしてね。ほとんど他人と話さないんですよ」

「そうだったんですね。怒ってるのかと思ってました……」

「顔怖いですからね、ふふ」

 アリエーゼがそう言ってダクトリーに顔を向けると、彼はそっぽを向いてしまう。
 耳の先が、ほんのり赤い。

「わたしはリノアといいます。よろしくお願いします、アリエーゼさん、ダクトリーさん」

 挨拶を終えると、リノアはまた女冒険者に目をやる。
 彼女は相変わらず外を見つめたまま、景色が流れても何の反応もない。
 瞳からは光が消えたように見えた。

 それでも――放っておけなかった。

「あの、冒険者さん。お名前、教えてくれませんか?」

 数秒の沈黙のあと、小さな声が落ちた。

「……シーシャ」

 ボソッと、かすれた声。
 返事が返ってきたことに、リノアの胸がぱっと明るくなる。

「シーシャさん。さっきはアデルが失礼なこと言って、ごめんなさい……」

 リノアが深く頭を下げると、シーシャはじっとリノアを見つめた。

「ほんとの……ことだから。気にしないで……」

 そう呟くと、また視線を窓の外へ戻す。
 頬を伝って、うっすらと涙がこぼれる。

「クエッ!!!!」

 突然、ドュドュの鋭い鳴き声が響いた。
 鳥車が急停止し、同時に遠くから「アウーーーーーッ」と低い遠吠えが聞こえてくる。

 リノアは即座に立ち上がり、客車から飛び出した。

「アデル! 何かあったの!!」

 御者席に目を向けると、アデルがなぜか目をキラキラさせている。

「リノア!! あの魔物、名前知ってるか!! グレイウルフだってよ!! オレ初めて見たぞ!! カスボ島にはいねー魔物がいるぞおおお!!」

 隣で手綱を握るロランは、必死にアデルをなだめていた。

「アデル、落ち着け! 今見えてるのは四体だけだが、あれは老犬だ。アイツらは群れで行動して、まず老犬が攻撃して、若い奴らの無駄な体力と傷を減らすんだ。で、弱ったところを隠れてた若い連中が襲う。それがあいつらのパターンだ! だから周りにも十匹はいると思え!! どうすりゃいいんだよぉ!!」

「ロラン落ち着け! 大丈夫だ、オレがいる。あいつら一撃で倒してやるぜ!! ――ってことで、リノア! 鳥車は任せた! オレは目の前の四匹ぶっ潰す!!」

「アデル! “オレが”じゃなくて“オレ達”でしょ! わたしのほうが強いのにっ!」

「フンッ、うるせえ! オレの方が強え!! 行くぞ!! クソ犬!!」

 アデルは御者席から飛び出し、地面を蹴る。
 グレイウルフの群れの目の前に着地した瞬間、四匹が牙をむき出しにして一斉に飛びかかってきた。

「いきなり四匹かよ! しかも近くで見ると意外にデケーな! くらえ、クソ犬!!」

 右足の蹴りが一匹の顎を捉え、グレイウルフが横へ吹っ飛ぶ。
 すぐさま後ろを振り向き、背後から飛びかかってきた二匹目の顔面に拳を叩き込んだ。

「残り二匹、余裕――……おいマジか、二匹とももう起き上がってんのかよ」

 よろめきながらも、グレイウルフたちはすぐさま体勢を立て直してくる。

「しつけえな……だったら何度でも叩き潰すまでだ!」

 そう言った瞬間、足首に鋭い痛みが走る。

「ぐっ……このクソ犬!! オレの足を噛みやがったな!!」

 殴り飛ばそうと腕を振り上げたところで、今度は左肩にも激痛。
 二匹が噛みつき、そのまま牙を深く食い込ませてくる。

「ちっ……全然離れねえ……!」

 振りほどこうと暴れるが、逆に肉が裂けていく感覚が強くなるだけ。
 そこへ、残り一匹がアデルの首元めがけて一直線に突進してくる。

「なめんな……よ!!」

 アデルは自分に飛びかかってきたグレイウルフの顔面へ、頭突きをぶち込んだ。
 ぐらりと崩れ落ちるグレイウルフ。

「おおおおッ!!」

 続けざま、肩に噛みついている個体の腹へ思い切り拳を叩き込む。
 「キャン!」と悲鳴を上げて地面に転がる。

 そして、足に噛みついている最後の一匹の頭に渾身のパンチを叩き込むと、その場に沈んだ。

 荒い息を吐きながら顔を上げると、唯一残った老犬が「アウーーーーッ」と大きく遠吠えを上げる。
 その声に応えるように――鳥車の近くの茂みから、新たに五匹のグレイウルフが姿を現した。

ーーー

「聖女様!! グ、グレイウルフが増えやがった!! どうすりゃいいんだぁ!!」

 ロランは腰を抜かさんばかりに叫ぶ。

「落ち着いてください!」

 リノアはちらりとアデルの方を見る。
 まだ一匹の老犬と激しくやり合っていて、決着はつきそうにない。

「まだ時間かかりそうね……。御者さん!! 客車に入ってください!!」

「お、おう……わかった!!」

 ロランはグレイウルフを刺激しないよう、そっと御者席から降りようとした――が、足を滑らせて尻もちをついた。

 その音が合図になったのか、五匹のグレイウルフが一斉に飛び出してくる。

「ひっ、ひぃっ! せ、聖女さまぁぁぁ!! 奴らが……来るぅぅぅ!!!」

 ロランは腰が抜けて立てず、地面を這うように後ずさる。
 一匹がロランの喉元へ食らいつこうとした、その瞬間――。

「ラミーナ!」

 凛とした声と同時に、グレイウルフの頭に淡い風刃が直撃した。
 血しぶきが上がり、その場に倒れ込む。

「ひやあああ!! 血がああ!! 噛まれたああ!! 聖女さまああ!! 助けてぇぇ!!」

 自分の血だと思い込んで、さらにパニックになるロラン。

「御者さん、落ち着いてください! それ、あなたの血じゃなくて、グレイウルフの血です!」

「へ? あ、ほんとだぁ!! で、でもっ……残り四匹が来るっ!! 聖女さまぁぁ!!」

「アネマ・フラッゲルム!」

 リノアが詠唱すると、右手に風の鞭がシュルン、と現れる。
 彼女がそれを軽く振ると、空気を裂くような乾いた音が辺りに響いた。

「御者さん、早く客車に入ってください。そこに居られると、守りづらいです!」

「す、すまない、聖女様!!」

 ロランは慌てて客車へ飛び込む。
 中では老夫婦が不安そうに身を寄せ合い、シーシャがじっと外の様子をうかがっていた。

「あ、あんた冒険者だろ!! あいつら倒してくれよ!! 何ぼーっとしてるんだよ!!」

 ロランに怒鳴られ、シーシャはぎゅっと唇を噛む。
 数瞬迷ったあと、決意したように客車を飛び出した。

 外では、リノアがすでに五匹を相手に立ち回っている。

「えいっ! はっ! ……くっ、すばしっこくて攻撃が当たらない……。魔物なのに、連携がちゃんと取れてる……。うまく攻め込めない……。アデルもまだ苦戦してるし、体力とフラッゲルムのマナも、いつまで持つかわからない。せめてアデルがこっちに来てくれたら――」

 四方八方から迫る牙と爪を、リノアは必死に避け、鞭でいなしていく。
 だが、グレイウルフたちは「殺し切る」と決めたらしい。
 一匹が再び雄叫びを上げると、茂みからさらに三匹、黒い影が飛び出してきた。

「うそ……」

 その一瞬の動揺。
 横からのタックルをもろに受けて、リノアの身体が地面に叩きつけられる。

「っ……!」

 視界がぐらぐらと揺れる中、一匹がリノア目がけて飛びかかってくる。
 牙が迫る――。

 ――キャンッ!!

 甲高い悲鳴が耳を打った。

 恐る恐る目を開けると、目の前には見慣れた後ろ姿が立っていた。

「シー……シャ……。大丈夫なの……?」

「リノアちゃん、ごめんね。遅くなって。……わたし、強くなりたいから。逃げない。だから戦う!」

「シーシャ……!」

 差し伸べられた手を、リノアはぎゅっと握り返す。

「一緒に戦おう、リノア!」

「うん! 一撃でこいつら倒しちゃおう!!」

 グレイウルフたちは二人を警戒し、じりじりと円を描くように動きながら、距離を詰めようとしない。

「アネマ!」

 リノアの放った風弾が、素早く踏み込んできた一匹を捉えた。
 反応が遅れたその個体は、光に貫かれ、そのまま動かなくなる。

「す、すごい……リノアちゃん!! わたしも負けてられない!
 アクア!!」

 シーシャの足元に水の渦が巻き起こり、それが矢のようにグレイウルフへと放たれる。
 だが、六匹とも散開し、紙一重で避けていく。

「くっ、外した……! こうなったら近接でいく! たああ!!」

 シーシャは腰の剣を抜き放つと、真っ先に突っ込んでいった。

「アネマ・フラッゲルム!」

 さっき倒れたときに解除されていた鞭を、リノアが再展開する。
 風の鞭を握り直し、シーシャの後に続いて前線に踊り出た。

ーーー

「このボケが!! いい加減くたばれっての!!」

 アデルは最後に残った老犬グレイウルフと、未だに一対一でやり合っていた。

「こいつ……オレの攻撃、わかってきてやがる……? 段々パンチが当たらなくなってきたぞ!」

 グレイウルフの猛攻を紙一重で避け続けていると、ふいに足がもつれる。
 体勢を崩した――ように見えた。

 その瞬間、グレイウルフが大きく踏み込み、一気に距離を詰める。
 首を噛み砕こうと、鋭い牙が迫る――。

「……引っかかったな、駄犬が!!」

 アデルはわざと体勢を崩したフリをして、相手が一直線に飛び込んでくる瞬間を作っていた。

「ルーナ・カルキブス!!(三日月蹴り)」

 三日月を描くような軌道を描いて、アデルの足が唸る。
 横から突き上げるように蹴り込まれた一撃は、グレイウルフの顔面に綺麗に命中し、そのまま地面に叩き伏せた。

「ふぅ……クソ。時間かかった……。リノアは――」

 振り向けば、リノアたちの周りには、倒れたグレイウルフが転がっていた。

「おー、やるじゃねーか……」

 ほっと安堵したところで、視線の先にシーシャの姿を見つけた。

「てめえ、何してんだ」

「アデル! “てめえ”じゃないってば! この子はシーシャっていうの!」

 シーシャはアデルの前に歩み出て、ぎこちなく頭を下げた。

「いきなり何してんだ、てめえ」

「……アデルだったよね、名前。リノアがそう言ってた。
 助けてくれて、ありがとう。それと……現実、突きつけてくれてありがと……。
 わたし、強くなるから……いなく、なった……みんなの、ために……っ……つよく、なるから!!」

 途中で言葉が詰まり、涙がぽろぽろと溢れてくる。

「ふん。わかりゃいいんだよ」

 アデルはそっぽを向いてから、ロランに向き直る。

「おいロラン! グレイウルフは片付いたぞ!! さっさと出発しようぜ!!」

「お、おう! 本当に助かった……!」

 ロランは震える手で御者席に戻る。アデルもその隣に腰を下ろす。
 シーシャは涙をぐっと拭き、自分の頬をぺちんっと叩いて、「よし」と小さく呟いた。

 そして、客車に乗り込む。リノアもその後に続いた。

 全員が乗ったのを確認すると、ロランは手綱を握り、パスパに合図を送る。
 「クエッ!」という鳴き声とともに、鳥車は再び走り出した。

「いやーアデル、助かったわ。お前さんらがいなかったら、今ごろ俺達、アイツらの餌だったわ。アデル達、トーメル王国に着いたらギルドに登録するんだろ? もしよかったら、俺が護衛雇うとき、お前らを雇っていいか?」

「え? オレら弱っちいぞ?」

「あん時のことは悪かったって……ほんとにすまん! それでも、いいか?」

「……その時次第だな」

「くぅ……わかった……」

ーーー

「シーシャ、一緒に戦ってくれてありがとう!!」

「お礼なんていいよ。元々、わたし雇われてるし。それに、強くなるって決めたから。逃げないって。……それにしても、リノアとアデル、本当に強いね。しかもアデルなんて魔法使わずに素手で戦ってるし。アデルって、どんな魔法使うの? リノア、教えてよ」

「んー、それがね……アデル、魔法使えないの……」

「へ?」

 老夫婦とシーシャが、同時に目を丸くしてリノアを見る。

「そ、そそそれ……ほんと……なの?」

「うん。マナは流れてるみたいなんだけど、全く撃てないんだよね、アデル」

「へぇ……そんな人、今まで会ったことないよ。全員、何かしら魔法使えるもんだと思ってた。……他にも魔法使えない人、いるのかもね。
 でも、魔法使えなくてあの強さなら、問題ないね。……それに、リノアはマナの流れがわかるんだ」

「うん。触れるとわかるの。マナがどう流れてるか、少しだけね。ただそれだけ」

「それだけでも十分すごいよ……。二人とも本当に強いし、羨ましい……。負けてらんないな……」

 そう言って微笑んだあと、シーシャはそっと窓の外へ視線を移した。

「また助けていただきましたね、リノアさん。シーシャさんも、本当にありがとうございます」

 アリエーゼが深々と頭を下げる。ダクトリーもそれに続き、無言で頭を垂れた。

「お二人が無事でよかったです。また魔物が来たら、そのときも任せてください!」

「ふふ、頼もしいわね。お願いします」

ーーー

「ロラン、まだ着かないのかよ! もう飽きたわ。魔物こねーかなー」

「あと二時間くらいだ。……って、バカなこと言うな。お前らはいいかもしれんが、俺たちは魔物が怖いんだ! もう出てこなくていい!!」

「なんだよ、ビビり野郎!」

「俺はビビりなんだよ!! ……それより、塔には二人だけで挑むのか?」

「あ? そうだけど。ダメなのかよ」

「いや、ダメとは言わねえが……。他に仲間入れねえのかなって思ってな」

「オレ達だけで大丈夫だろ。魔物の強さも大体わかったし、塔の試練もどんなのか知らねーけど、どうせ大したことねーって」

「おいおいアデル。魔物を甘く見ないほうがいいぞ。お前らが今まで戦った魔物は、一つ星ハンターなら誰でも倒せるレベルだ。冒険者基準だと、正直そこまで強くない。……まあ、俺は到底勝てねえけどな!」

「なんだよ。他にもっと強い魔物がいっぱいいるのかよ。あと、その一つ星ハンターってなんだ」

「当たり前だろ。うじゃうじゃいるわ。詳しく聞きたいならギルドに行け。あそこなら色々教えてもらえる」

「ギルドか!! 待ってろギルドおおおお!!」

 アデルのテンションだけが、無駄に上がっていった。





「おい! ロラン!! また壁だぞ!! ウォーバールか!!」

「やっと着いたな。あれがトーメル王国だ!」

「ついに着いたんだな!! にしても……ほんとに壁みてーだな! ん? あそこ、人が入ってってるぞ」

「あそこが入口だ。俺らもあそこから入る。……あと最近、盗人が多いらしいから、気をつけろよ」

「盗人? そんな奴、オレが一撃でぶっ飛ばす!!」

 やがて鳥車は城門前に辿り着く。
 門兵が二人立っており、そのうちの一人がロランに近づいた。

「入門料、五千バルね」

「いつも高いねぇ、兵士さん。ほらよ」

「通ってよし」

 鳥車は門をくぐり、トーメル王国へと入っていく。

「お客さん達、着きましたよ!」

「すっげえーーー!! なんだこの人の量!! カスボ島とは大違いだぞ!!」

「うわぁーー!! 人、多いね!! わたしもびっくりだよ!!」

 石畳の通りの両側には出店が並び、威勢のいい呼び込みの声が響いている。
 二人は目をキラキラさせながら、きょろきょろと辺りを見回した。

 シーシャと老夫婦も鳥車から降りたところで、ロランがアデルとリノアに声をかける。

「アデル、聖女さん。本当に助かった。無事に着けたのは、お前らのおかげだ。……これ、俺の気持ちだ。受け取ってくれ」

 ロランは金貨一枚を差し出す。だがアデルは、その手を押し返した。

「なんだアデル、足りなかったか? それならもう一枚――」

「いらん!! そんなもん!!」

 シーシャ、老夫婦、リノアまでもが、目を丸くして固まった。

「い、いらんって……金貨二枚だぞ?」

「ロラン! オレ達、友達だろ!! だからいらねえ!! それに、ここまで連れてきてもらうって条件で乗せてもらったんだ。だから金は受け取れねえ!!」

「アデルの言う通りです、ロラン。わたし達をここまで連れてくるのが条件でしたから、お金は受け取れないです」

「オレ達はギルドに行く! お前ら、じゃあな!」

 アデルはそう言って、通りの方へ歩き出す。

「アデル、ちょっと待って。アリエーゼさんがね、助けてもらったお礼でお店に連れてってくれるみたいなの」

「アリエーゼって誰だ?」

「こちらの方々だよ」

「アデルさん。本当にありがとうございます。リノアさんのおっしゃった通り、お礼がしたいので、ぜひお店に来てください」

「なんだ? 飯か? ……ってことでロラン、またなー!」

「ま、待ってぇ!!」

「っ! なんだよ!!」

 振り返ると、シーシャが立っていた。

「なんだ、ヘタレ女」

「あの……ありがとう!! 助けてくれて!! それと、君――いや、アデルの言った通り、わたしは弱い。でもね、みんなと約束したから!! 冒険者で成功して、億万長者になるって!! そして、貧しい子供たちを助けるって!! だから強くなる、必ず!! アデル、リノアよりも強くなるから!!」

「オレの方が先に強くなる!! お前なんかに負けねえ!!!」

「わたしはシーシャ!! いつか“龍極者”になる冒険者だよ! 覚えといて!!」

 そう言い残し、シーシャは人混みの中へ消えていく。

「りゅうきょくしゃ? なんだそれ。……まあいっか。アリエーゼ、早く店連れてってくれ」

「ふふ。わかりました。それでは参りましょう」

 アデル達はアリエーゼ夫妻と共に歩き出す。
 アデルは右腕を軽く上げ、遠ざかるロランにひらひらと手を振った。

「行っちまったな……。盗賊の件も含めて、色々と報告しねえとな……」





 しばらく歩くと、ひときわ目立つ真っ白な店が見えてきた。

「すげー白いな、あの店」

「あの店が、私たちのお店ですよ」

 近づいて中に入ると、そこは白一色の内装に、色とりどりの宝石がずらりと並んだ眩しい空間だった。

「すごーい!! きれいー!!」

「なんだ、食いもんじゃねーのかよ」

「遅くなりましたね、トットル。お客さんを連れてきましたよ」

 アリエーゼが声をかけると、奥の方から慌ただしい足音と共に、一人の青年が現れた。

「お、おそいですよ、母さん!! 父さんも、おかえりなさい!」

 ダクトリーは一礼だけすると、すぐに奥の部屋へ引っ込んでいった。

「慌てないの、トットル。……リノアさん、アデルさん、紹介します。私の息子、トットルです。このお店の職人でしてね」

 アリエーゼが誇らしげに微笑む。

「「職人??」」

 二人は顔を見合わせた。

「お二人方、はじめまして。トットルと申します。ここにある宝石を使って、ネックレスやブレスレットなどを作っております。もし気になる宝石があれば、好きなアクセサリーに加工いたしますので、どうぞごゆっくりお選びください」

「えええっ! いいんですか!! わたしたち、お金ないですよ!!」

「リノアさん、気にしないでください。あなた方は、私達夫婦の命の恩人です。お代はいりません。どうか、なんでもお好きな宝石を選んでください」

「母さん達に、何かあったんですか!?」

 トットルは驚いた様子でアリエーゼを見る。

「それは後で詳しく話すわ。……それでは、お二人方、ごゆっくりどうぞ」

 そう言い残し、アリエーゼとダクトリーは奥へと消えていく。トットルもそれに続いた。

「別に宝石なんか興味ねーよー」

「アデル、せっかくなんだから選ぼうよ。中々買えるもんじゃないよ? ほら、この宝石見て。金貨五十枚って書いてあるよ」

「たけえのか? 金についてはさっぱりわからん」

「高いに決まってるでしょ……。どれくらい働けばいいのか考えただけで頭痛くなるよ……って、アデル、聞いてる?」

「オレはこの石にする!!」

「急に決めた!? どれどれ……」

 リノアがアデルの指さした宝石を見ると、水色に澄んだ綺麗な石だった。

「きれいー。アデルにしては中々だね!」

「きれい? いや、カッコいいだろこの石! あとなんか……強さを感じる!!」

「へ? そ、そうなんだ……。いいと思うよ……」

 リノアは店内を歩き回り、あれこれと宝石を眺めて回る。
 やがて、一際目を引く白い宝石の前で足を止めた。
 それは星のようにキラキラと輝いている。

「わたしはこれにする」

「どれだ?」

 アデルが覗き込む。

「白かよ。これのどこがいいんだ?」

「角度変えて見てみて」

「……お、キラキラしてるぞ」

「きれいでしょー。だからこれにするの」

 ちょうどその時、奥からトットルが慌てて戻ってきた。

「お二人方!! 父さんと母さんを助けてくださり、本当にありがとうございます!! 母さんから話を聞いて、びっくりしましたよ! ビックベアーとグレイウルフ、そして盗賊まで討伐したって……あなた方、本当に強いんですね!!」

「まーーーーな!! そりゃ強いに決まってる! オレは最強だからな!!」

「アデル、調子乗らないの! 当たり前のことしただけなんだから。……頭上げてください、トットルさん」

「いえいえ、とんでもない。……それで、宝石はお選びになりましたか?」

 二人は選んだ宝石をそれぞれ伝える。

「アデル様が選ばれた宝石は、“写魂石(しゃこんせき)”といいます。魂の波長が合った者が手にすると、前の持ち主の記憶や経験が、その魂に刻まれると言われている石ですね」

「ん? つまり、強くなれるってことか?」

「まあ、前の持ち主が戦闘ばかりしていた人なら、その記憶や経験が刻まれて、強くなるかもしれませんね。ただ、これは原石から加工したものなので……たぶん、そういった効果は出ないと思います」

「なんだよ!! 意味ねーじゃん!!」

「別の宝石に変えますか?」

「変えなくていい! この石にする!! 強そうだからな!!」

「かしこまりました。……では、リノア様が選ばれたのは、“白星石(はくせいせき)”といいます。幸運をもたらし、願いが叶う石と言われていますよ」

「へえー! そうなんだ!!」

「白は縁起の良い色ですからね。さすが聖女様。とても素晴らしい石をお選びになりました」

「えへへっ」

「それで、この宝石をどのようなアクセサリーにいたしましょう? ネックレス、ブレスレット、指輪……なんでも構いません」

「オレはトットルに任せる!!」

「わたしもよくわからないので、トットルさんにお任せします」

「承知しました。それでは、一時間ほどお時間をいただきます。その間は自由に過ごしていただいて構いません。店内を見て回っていただいてもいいですし、外で色々なお店を見て回っていただいても大丈夫です」

「トットルさん、ありがとうございます! せっかくなので、色んなお店見て回りたいです。アデル、いいよね?」

「いいぜ。オレも初めて見るもんが多いからな。色々な店、興味あるし」

「それでは、一時間後。楽しみにしていてください」

 トットルは二人の宝石を大事そうに持ち、奥の部屋へと消えていった。

「アデル、色々なお店見に行こう。お金ないから、見るだけになっちゃうけど」

「金ねーのか! あーー、ロランから貰っときゃよかった……」

 宝石店を出て、二人は通りを歩き始める。

「クソー! あちこちからいい匂いがする!!」

 アデルの腹が盛大に鳴った。

「本当に、お腹空く匂いばっかりだね。見渡す限り、食堂とか屋台だらけだよ」

「はぁーーー……金手に入ったら、たらふく食ってやる!!」

 しばらく歩いていると、前方にフルーツを山積みにした店が見えてきた。
 その前で、身なりの貧しい、アデル達と同じくらいか少し下くらいの年齢の男女二人が、キョロキョロと周囲を警戒しながら、フルーツを一個ずつつまみ取った。

「リノア! あいつら、勝手にフルーツ取ったぞ!!」

「わたしも見た!! お店の人が困っちゃうから、あの子達捕まえて、フルーツ返そう!」

「え、マジかよ……めんど――」

「アデル!!」

「……はぁー、わかったよ」

 二人は男女を追いかける。
 子供たちは人混みを器用にすり抜けて、細い路地へと消えていった。

 リノアとアデルも、なんとか人ごみをかき分けて路地へ入る。

「なんだここ……急に空気が重くなったな」

「雰囲気がさっきまでと全然違うね。あの子達、どこ行ったんだろう……」

 しばらく進むと、開けた場所に出た。
 そこには道端で寝転がっている老人や、ぶつぶつと独り言を言いながら歩く人影が散見される。
 皆、痩せこけていて、服もボロボロだ。

「どうなってんだ、ここは……」

「アデル、あんまりじろじろ見ないで。行こ」

 さらに進んでいくと、小さな子供の声が聞こえてきた。
 二人はその声を頼りに細い道へ入る。アデルは文句を言いながらも、リノアの後ろをついていく。

 やがて、古びた住宅が立ち並ぶ一角に出た。
 しかしどの家も壁や屋根は壊れ、ほとんど人の気配がない。

 ただ、一軒だけは壁や屋根に板が打ち付けてあり、なんとか雨風をしのげるように補修されている。
 その家の扉の横に、小さな椅子が置かれ、そこで少年が居眠りしていた。見た目は五歳くらいだ。

「ねえ、ボク。ここで何してるの?」

 リノアがそっと声をかけると、少年は「うああっ!?」と椅子から転げ落ちた。

「だ、大丈夫?? 怪我してない?」

「な、なんだ!! おまえ!!」

 少年は飛び起きて身構える。

「なんだ? このクソガキ」

 アデルがじろりとにらむ。

「アデル!! 睨まないの!! まだ小さいんだよ」

 アデルに睨まれた少年の足は、小刻みに震えていた。

「こ、ここは通さないぞ! ア、アニキの家だからな! おれ達はアニキに“家の留守、頼んだぞ”って言われてるんだ! だから通さない!!」

「アニキ? 何言ってんだ。オレらはただ、お前がここで寝てたから声かけただけだぞ」

「お、おまえ達……盗賊じゃないのか……?」

「違うよ。わたしはリノア。それで、こっちがアデルって言うの。君は?」

 リノアは少年と同じ目線になるよう膝をつく。

「おれは、ジート」

「ジートくんね。さっき“おれ達”って言ってたけど、一緒に住んでる人が他にもいるの?」

「いるよ。あと五人いる。だからおれを襲ったら、四人のおれ達の仲間にボコボコにされるぞ!!」

「ん? 四人にボコボコ? 五人じゃねーのか?」

「アニキは、当分帰ってこないんだ。だから四人。アニキが帰ってきたら五人になる!」

「ジート、ジート達には親はいないの?」

「親なんて、そんなもんおれ達にはいねーよ!! ただ、去年までは爺ちゃんがいた。みんなの爺ちゃん。勉強とか、戦い方まで教えてもらってた。アニキなんて、爺ちゃんから戦い方教わって、すっげぇ強くなったんだ! 三つ星ハンターだぞ!! 爺ちゃんとアニキは、ほんとすげーんだ。アニキは任務で、しばらく帰ってこないけど……」

 ジートは少し誇らしげに、早口で話す。

「一つ星とか三つ星とか知らねーけど……その爺さんはどこにいるんだ?」

「爺ちゃんは死んだよ……。おれ達を助けるために……殺されたんだ……」

「……! 殺された? 魔物にか?」

「違う!! 盗賊に!! “血哭旅団(けっこくりょだん)”に、殺されたんだ!!」

 ジートの顔に、憎しみの色が浮かぶ。
 リノアはそっと、ジートの手を握った。

「ジート……殺されたって、何があったの?」

 手を握られ、ジートは少し照れたように顔を赤くするが、ちゃんとリノアの目を見て話し始めた。

「ある時な、“血哭旅団”がここ、カヒラパに来たんだ。そんで、ここを“おれたちの拠点にする”って言って、毎月金貨十枚、要求してくるようになった。カヒラパの人達は金なんて持ってねーし、ろくに飯も食えない。だから爺ちゃんは反抗したんだ。そしたらアイツら、何度も……何度も殴ってきた。そのあと、ヤツらは“金を納められなかったら殺す”って言って去っていった」

「なんでジジイはやり返さねーんだよ。強いんだろ?」

「おれだって言ったよ!! 爺ちゃんに!! でも“反抗したって理由で、今度は誰かが殺されるかもしれん”って言って、やり返さなかったんだ……」

「それなら、アニキもいるって言ってたよね。アニキはそのとき何してたの?」

「アニキはギルドの任務で、去年からずっと帰ってきてない……」

 ジートはうつむき、表情が暗くなる。

「それで、爺ちゃんはカヒラパの人たちを集めて、話し合いをしたんだ」

「あのさ、ちょっと気になったんだけど。この国には騎士がいるよね? 盗賊が来たの、騎士に報告して、捕まえてもらおうとはしなかったの?」

「騎士にも言った!! だけど、全部無視された!! どの騎士に言っても、見て見ぬふり。ある奴なんて、“お前らゴミの頼みは聞かん”って言いやがった!」

「ひ、ひどい……そんなのおかしいよ……」

「それがこの国なんだ。おれ達のことなんて、王も騎士も“ゴミ”だと思ってる。……だから爺ちゃんは、金貨十枚集めるために盗みをした。生きるために。他の人も、みんなで盗みに手を出したんだ」

 ジートはぎゅっと拳を握りしめる。

「騎士に捕まる奴もいた。けど、それでもなんとか金貨十枚は集めた。……そして“金を納める日”が来て、盗賊が三十人くらいでやって来た。爺ちゃんは金貨の入った袋を持ってって、アイツらに渡したんだ……っ……」

 言葉が途中で途切れ、ジートの目に涙が溜まる。

「おい、なんで急に泣くんだよ。早く続き喋れよ」

「アデル!! ちょっと黙って!!」

 リノアはジートを抱きしめる。
 しばらく泣かせてから、ジートは自分で涙を拭った。

「アイツらは、おれ達一人ひとりに金貨十枚要求してたんだ……。爺ちゃんは“そんなの無理だ”って言って、なんとか今渡した十枚で勘弁してくれって頼んだ。他の人も一緒に頼んだ。……でも盗賊たちは“約束だからな”って言って、土魔法でおれ達を囲って、カヒラパの人たちを襲って、殺し始めたんだ……」

「うそ、だろ……」

「逃げても殺される。隠れても殺される。命乞いしても、笑いながら殺される……。アイツらは笑いながら、みんなを殺しまくった……!!
 おれは爺ちゃんに“ついてくるな”って言われてたのに、こっそりついて行った。必死で逃げて、隠れた。しばらくしたら、叫び声も聞こえなくなって……隠れてたところから出たら、爺ちゃんだけ生きてた。爺ちゃんがみんなの代表で金貨渡してたから、おれは安心したんだ……でも、おれは油断した……。盗賊が後ろにいることに、気づかなかった……」

 ジートの拳は震えていた。唇を噛み、血がにじむ。

「おれは殺されそうになった。……そのとき、爺ちゃんが“その金貨十枚、おれの孫が納めたことにしてくれ”って、盗賊に頼んだ。それで……おれの目の前で、爺ちゃんは首を切られて……殺された……」

 ジートの頬を、また静かに涙が伝う。

 アデルは、ジートの正面に立った。

「なんでてめえは戦わなかったんだ!! 戦ったら、何か変わったかもしれねえだろ!!」

「アイツらに勝てるわけないだろ……。おれだって、力があれば……アイツらを殺して、爺ちゃんも、みんなも助けたかった……。でも……無理なんだ……おれは弱いんだ……っ……」

 リノアは、キッとアデルを睨む。

「アデル……みんなが、アデルみたいに強いわけじゃないんだよ……。だからロランはシーシャや、わたし達を雇ったんだよ。
 今のアデルの言い方だと、ジートに“戦って死ね”って言ってるのと同じだよ……。ジートのために命を捧げたお爺さんが、そんなこと望むと思う?
 アデルは、大切な人のために命を賭けられる? ……シーシャの仲間も、ジートのお爺さんも、大切な人を守るために命を賭けたんだよ。
 アデル……“力”だけが“強さ”じゃないんだよ……」

 リノアの言葉を聞いた瞬間、アデルの頭に別の光景がよみがえる。

ーーー

「パニア爺!! オレ、もうハンドベアー余裕で倒せるぞ!! この調子でどんどん力つけて、強くなってやるぜ!!」

「アデルよ。力だけが強さではないぞ。この世で一番強い力は、ここにある」

 パニアはアデルの胸──心臓のあたりにこつんと拳を当てた。

「は? なんで心臓なんだよ。意味わかんねえ」

「アデルよ。誰かのために命を投げ出すことはできるかの?」

「できるわけねーじゃん。なんで他人のために死ななきゃいけねーんだよ。そんなことできるやつ、いねーだろ」

「ホッホッホ。まだまだ若いのう、アデル。誰かを思う気持ちは、ただの力より何倍も強くなるんじゃ。……まあ、いずれわかる日が来るじゃろ」

「一生わかるわけねーよ!!」

ーーー

 アデルは無意識に、自分の胸に手を当てていた。

「誰かを思う気持ち、か……」

「どうしたの、アデル?」

 リノアとジートが、不思議そうにアデルを見つめる。
 数秒の沈黙のあと、アデルはジートに向き直って口を開いた。

「ジート。お前を育ててくれた爺さんは、厳しい人だったか?」

「厳しくなんてないよ。ただ、おれが興味本位で王国からこっそり出て、グレイウルフ見に行ったことがあって……それを爺ちゃんに言ったら、すげー怒られた。“なんでそんな危ないことするんだ”って言って、ゲンコツくらった」

 アデルは、ビッグボアに挑んでパニアに殴られた日のことを思い出す。
 いつの間にか、ジートと自分を重ねていた。

「ジート。盗賊のアジトはどこだ。オレがそいつら、一撃でぶっ飛ばす!!」

「っ!?」

 アデルの言葉に、リノアとジートは同時に目を見開いた。

「ジート。そうすりゃ、お前らはもう殺されずに済むんだよな」

「アデル、急にどうしたの?」

「あいつの話、聞いてたらよ……なんかよくわかんねえモヤモヤが、ここに溜まってきてよ。
 なあリノア。人を殺すときって、普通は笑いながらやるもんなのか? それも、抵抗もしねえ奴らをだ。
 オレには分かんねえ。あいつらの考えが。
 ……でもな、一つだけはっきりした。
 ゆるせねえ」

 アデルの眼光が、ギラリと鋭くなる。

「……そうだね、アデル。わたしも許せない。
 ジート。アイツらのアジト、教えて?」

「アジトに行っても、盗賊共はいないよ……」

「は? どういうことだよ」

「盗賊共は、金を回収するときにしか、カヒラパに来ないんだ。だから今は、いない」

「……ジート。それじゃ、次はいつ来る?」

「一カ月後。昨日、金回収されたから……次は一カ月後に来る」

「クソ!! 今からボコボコにしたかったのによ!! ボケどもが!!」

「アデル、落ち着いて。
 ……ジート、もう一つ気になってたんだけど。ジート達って、金どうやって集めてるの? 盗み?」

「おれ達は、食べ物だけは盗む。他は盗まない。……お金は、アニキが送ってくれるんだ。“イルバード”を通じてな」

「「イルバード?」」

「なんだそれ。魔物か?」

「イルバードは、ギルドで何羽か飼ってる魔獣なんだ。どういう仕組みか知らないけど、届けてほしい相手のところにちゃんと飛んでく。アニキはそれ使って、いつもお金くれるんだ。金貨十枚。だから今までは金払えてた。でも、それで全部なくなるから、食べ物買えなくて……だから食べ物だけは盗むしかない」

 ジートのお腹がぐう、と鳴る。

「おまえ、飯食ってないのか?」

「食べてない。留守番だから、他の奴らが食べ物盗んできてくれるの待ってるんだ」

「なあ、ギルド行けばそんなに稼げるのか?」

「うん。稼げるよ。そのかわり……強くないと、稼げないけど……」

「ちょっとアデル。ジートに“ギルド行って稼げ”って言うつもり?」

 リノアがきつめの視線を向ける。

「違えよ。……オレがギルドで稼いだ金を、ジート達に渡すんだよ」

「……え?」

 リノアとジートの目が、同時にまん丸になる。

「アデル、今なんて言ったの?」

「だから、オレが稼いだ金をこいつらにあげるって言ったんだよ。お前らのアニキって奴みたいに、金貨十枚稼いでよ。……オレが渡した金で、たらふく飯食え」

「なんでそこまでするんだよ。おれ達、今日知り合っただけだろ……」

 アデルはニッと笑い、手を差し出した。

「ジート。握手しろ」

「き、急になんだよ……」

 戸惑いながらも、ジートはその手を掴んだ。
 アデルは上下にブンブンと大げさに振る。

「オレはアデル! よろしくな!!」

 リノアもジートの左手をそっと握る。

「わたしはリノア。改めて、よろしくね。ジート」

「なんなんだよ……おまえら……」

 ずっと“ゴミ”と呼ばれ、蔑まれてきた。
 殴られ、蹴られ、睨まれ続けてきた。
 けれど、この茶髪の少年と聖女は――そんなこと一切関係ないとばかりに、真っ直ぐ自分を見て、話を聞いて、友達になろうと言ってくれる。

 ジートの目から、大粒の涙がこぼれ落ちた。

「お、おい。何泣いてんだよ! リノア、てめえジートになにしたんだ!!」

「わたしは何もしてない!! バカアデルの顔が怖いからでしょ!!」

「誰がバカだ!!」

 ジートは涙を拭いて、笑った。

「……アデル、リノア。ありがとう!! これから、よろしくな!!」

「よし。とりあえず、さっさとギルド行くか。そうしねえと金もらえねーしな」

「そうだね。……ジート、一カ月後にまた来るから。もし何かあったら、ギルドに来てね」

「じゃあな!! ジート!!」

「うん!! バイバイ!!!」

 ジートは、二人の姿が見えなくなるまで、ずっと手を振り続けた。

「ジート、誰に手振ってるんだよ」

「いつもご飯くれる叔父さんでも来たの?」

「タタン、サミン。今日は早えな!!」

 アデル、リノアと同じくらいの年頃の男女が、ジートに声をかける。

「ジート、問題はなかったか? ドランとスーニャは、まだ帰ってきてないのか?」

「まだだよ。それより……なんで今日はこんなに早いんだ?」

 タタンが口を開こうとしたところで、サミンが横から割って入る。

「それはだね、ジート君! 人に追われてたからなのだよ! ウチらと同じくらいの男女二人にね。でも上手く撒いたけどね!」

 サミンはピースサインをして笑う。

「それよりジート君は、誰に手を振ってたの?」

「あのね!! さっきね……」

 ジートは、アデルとリノアとの出来事を、二人に語り始めた。

ーーー

「カヒラパの周り見てると、ボロボロの服着てる奴多いし……寝てんのか、死んでんのかわかんねー奴もいるな」

「アデル、あんまり口に出して言わないの。……でも、ひどいね。本当に。血哭旅団、絶対許せない」

「なあ、リノア。オレ、前に人を殺したことがある。叫び島にいたときだ」

「え……?」

「修行終えて家帰ったら、よくわからんおっさんが、勝手に食糧盗んで食ってたんだ。んで、オレを見つけるなり、いきなり襲ってきた。何話しても無視で、持ってたナイフでオレを殺そうとしてきた。だからオレは、自分を守るために、そいつを殺した」

「……そんなことが、あったんだね……」

「……パニア爺が戻ってきて色々調べたらよ、岸にちっせぇ小舟が流れ着いてたんだ。どこから来たかもわからねえ。
 ――でも、たぶんそいつも“生きるために必死だった”んだよ。
 オレに殺されると思って、先にオレを殺そうとした。
 だからオレは……自分を守るために殴った。それだけだ。

 “生きる覚悟”がある奴が、死ぬ覚悟をして突っ込んでくるなら……そりゃ仕方ねえ。お互い様だ。

 でもな――カヒラパの連中は違うだろ。

 あいつらは必死に生きようとしてただけだ。盗みはしたかもしれねえけど、人を殺したわけじゃねぇ。
 “死ぬ覚悟”なんて、持つ必要もねぇ普通の奴らだ。

 なのに……クズどもは笑いながら殺したんだぞ。
 逃げても、泣いても、命乞いしても……関係なく。
 ジートの爺ちゃんも、他の奴らも、皆まとめて“おもしれぇ玩具みてぇに”殺したんだ。

 そんなの――ゆるせるわけねぇだろ!!!」


「アデル……わたしも許せないよ。だから一カ月後、盗賊達を倒そう。……同じことが二度と起きないように」

「一撃で、ぶっ潰してやる!!」

ーーーー


 二人はカヒラパから抜けて、再び街の賑やかな通りへと戻る。

「アデル、一時間くらい経ったし……そろそろ宝石店戻ろ?」

「おう。せっかくなら、出来上がり早く見てえしな」

 二人は足早に、真っ白な宝石店へと向かって歩き出した。

ーーーーーー
魔物 魔獣図鑑

イルバード(鳥類)
現代で言う伝書鳩見たいな役割をしてくれる魔獣
戦闘能力はないどのギルドにも五羽いる



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次のエピソードへ進む 第十話 ギルドの洗礼


みんなのリアクション



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「鳥車ってきもちぃーなー!! しかもはえーー!!」
「だろ!? だろ!? うちのドュドュ、パスパは最高の走りするんだ!」
「パスパ? こいつの名前か?」
「ああ、そうさ。パスパ、最高の雌鶏だ!」
「メスなのかよ! オスじゃねーのか!?」
「立派なメスだ。オスの方が力はあって、そりゃもっと速く走れるけどな」
「じゃあ、なんでメスにしたんだ?」
「オスはな、年に三回発情期が来るんだが、その時期になると興奮して攻撃的になるんだよ。強烈な蹴りが飛んでくるし、下手すりゃ死ぬ。だからどこの御者も基本ドュドュはメスにしてるんだ。……ちなみにどっかの国じゃ『クックファイト』っていってな、オスのドュドュ同士を戦わせる競技がある」
「へぇー! クックファイト、なんかすげー楽しそうじゃん!」
「坊主たちは大陸中の塔を攻略して回るんだろ? そのうちクックファイトの国にも行くさ。……っと、そういや名前まだ聞いてなかったな。俺はロラン。よろしくな」
「オレはアデルだ! よろしくな!」
 ガシッ、と男同士で手を握り合う。
「これでオレら友達だな!!」
「だな、友達だ!」
「それよりロラン、この世界って意外と小さいんだな?」
「急になんだよ。なんでそう思う?」
「あれだよ、あれ。あの壁。あれ以上行けねえんだろ?」
 アデルが指さした先には、地平線の向こうまで続く巨大な壁……のように見えるものがそびえている。真っ直ぐ伸び、頂上は雲に隠れて見えない。
「あー、あれか。ありゃ壁じゃねえ。岩山だよ。ウォーバールって名前のな」
「マジか!!! でけー岩山だな!! ロラン、あそこまで行きてぇんだけど!!」
「むりむりむり!! 絶対無理!!」
「えーっ!! なんでだよ!」
「ウォーバールの周りには底なし沼があって、とんでもなくデカい蛇がいるって噂がある。それに岩肌にはロックバードが棲みついててな、近づいただけでも襲ってくるんだ。だから冒険者でもない限り、あんなとこ行くやつはいねえよ」
「ちぇっ、なんだよそれ」
「悪いな、アデル」
 会話はいったん途切れ、鳥車の車輪の音と風の音だけがしばらく続いた。
 沈黙を破ったのはロランだった。
「なぁアデル。さっきの女冒険者に、なんであんなきつい言い方したんだ?」
「オレは当たり前のこと言っただけだ。強かったら、あいつの仲間は死なずに済んだ」
「……確かにそうかもしれねぇけどよ。長い付き合いのある仲間が急にいなくなると、やっぱ辛ぇもんだぞ。アデルだって、聖女さんが死んじまったら、きっと辛くなると思うぞ」
「リノアは死なない。オレがいる。あと、死なれたら困る。オレの目的が達成できなくなる」
「目的ってなんだよ、アデル」
「世界中の塔を全部攻略して、オレの名を世界に知らしめる。それがオレの目的だ。だからオレがいる限り、リノアは死なない」
「……そうか」
 ロランはまだ言いたいことがあったが、今のアデルに何を言っても届かないと感じて、飲み込んだ。
ーーー
 その頃、客車の中。
 リノアは窓の外をぼんやり眺めている女冒険者の様子を気にしていた。
 出発前まで泣き崩れていた彼女を、リノアがなんとか落ち着かせ、今は静かに座らせている。
 向かいの席の老夫婦も、心配そうに時おり視線を送っていた。
 重い空気をどうにかしようと思ったのか、老夫婦の女性の方が、そっとリノアに声をかける。
「あの、聖女様はどちらから来られたんですか?」
 急に話しかけられ、リノアは肩をびくっと震わせる。
「えっ! あ、わたしですか? わたしはカスボ島から来ました」
「あら、カスボ島から。確かカスボの実が有名でしたわよね? カスボジュース、私よく飲みますの。甘酸っぱくて、とても美味しいです」
「なんか照れちゃいます……。ありがとうございます、でいいのかな?」
「聖女様、本当に先ほどは助けていただいて、ありがとうございました」
「いえいえ! 当たり前のことをしただけです!!」
 自分の力で初めて人の命を救った――その事実が、リノアの胸をじんわりと満たしていた。
「あの、聖女様。よろしければお礼がしたいので、トーメル王国に着いたら私たちのお店に来ていただけませんか?」
「え!? お店をやってるんですか!! 何のお店なんですか!?」
「それは着いてからのお楽しみですわ。……あっ、自己紹介がまだでしたね。私はアリエーゼと申します。そして、こちらが旦那のダクトリーです。うちの人、人見知りでしてね。ほとんど他人と話さないんですよ」
「そうだったんですね。怒ってるのかと思ってました……」
「顔怖いですからね、ふふ」
 アリエーゼがそう言ってダクトリーに顔を向けると、彼はそっぽを向いてしまう。
 耳の先が、ほんのり赤い。
「わたしはリノアといいます。よろしくお願いします、アリエーゼさん、ダクトリーさん」
 挨拶を終えると、リノアはまた女冒険者に目をやる。
 彼女は相変わらず外を見つめたまま、景色が流れても何の反応もない。
 瞳からは光が消えたように見えた。
 それでも――放っておけなかった。
「あの、冒険者さん。お名前、教えてくれませんか?」
 数秒の沈黙のあと、小さな声が落ちた。
「……シーシャ」
 ボソッと、かすれた声。
 返事が返ってきたことに、リノアの胸がぱっと明るくなる。
「シーシャさん。さっきはアデルが失礼なこと言って、ごめんなさい……」
 リノアが深く頭を下げると、シーシャはじっとリノアを見つめた。
「ほんとの……ことだから。気にしないで……」
 そう呟くと、また視線を窓の外へ戻す。
 頬を伝って、うっすらと涙がこぼれる。
「クエッ!!!!」
 突然、ドュドュの鋭い鳴き声が響いた。
 鳥車が急停止し、同時に遠くから「アウーーーーーッ」と低い遠吠えが聞こえてくる。
 リノアは即座に立ち上がり、客車から飛び出した。
「アデル! 何かあったの!!」
 御者席に目を向けると、アデルがなぜか目をキラキラさせている。
「リノア!! あの魔物、名前知ってるか!! グレイウルフだってよ!! オレ初めて見たぞ!! カスボ島にはいねー魔物がいるぞおおお!!」
 隣で手綱を握るロランは、必死にアデルをなだめていた。
「アデル、落ち着け! 今見えてるのは四体だけだが、あれは老犬だ。アイツらは群れで行動して、まず老犬が攻撃して、若い奴らの無駄な体力と傷を減らすんだ。で、弱ったところを隠れてた若い連中が襲う。それがあいつらのパターンだ! だから周りにも十匹はいると思え!! どうすりゃいいんだよぉ!!」
「ロラン落ち着け! 大丈夫だ、オレがいる。あいつら一撃で倒してやるぜ!! ――ってことで、リノア! 鳥車は任せた! オレは目の前の四匹ぶっ潰す!!」
「アデル! “オレが”じゃなくて“オレ達”でしょ! わたしのほうが強いのにっ!」
「フンッ、うるせえ! オレの方が強え!! 行くぞ!! クソ犬!!」
 アデルは御者席から飛び出し、地面を蹴る。
 グレイウルフの群れの目の前に着地した瞬間、四匹が牙をむき出しにして一斉に飛びかかってきた。
「いきなり四匹かよ! しかも近くで見ると意外にデケーな! くらえ、クソ犬!!」
 右足の蹴りが一匹の顎を捉え、グレイウルフが横へ吹っ飛ぶ。
 すぐさま後ろを振り向き、背後から飛びかかってきた二匹目の顔面に拳を叩き込んだ。
「残り二匹、余裕――……おいマジか、二匹とももう起き上がってんのかよ」
 よろめきながらも、グレイウルフたちはすぐさま体勢を立て直してくる。
「しつけえな……だったら何度でも叩き潰すまでだ!」
 そう言った瞬間、足首に鋭い痛みが走る。
「ぐっ……このクソ犬!! オレの足を噛みやがったな!!」
 殴り飛ばそうと腕を振り上げたところで、今度は左肩にも激痛。
 二匹が噛みつき、そのまま牙を深く食い込ませてくる。
「ちっ……全然離れねえ……!」
 振りほどこうと暴れるが、逆に肉が裂けていく感覚が強くなるだけ。
 そこへ、残り一匹がアデルの首元めがけて一直線に突進してくる。
「なめんな……よ!!」
 アデルは自分に飛びかかってきたグレイウルフの顔面へ、頭突きをぶち込んだ。
 ぐらりと崩れ落ちるグレイウルフ。
「おおおおッ!!」
 続けざま、肩に噛みついている個体の腹へ思い切り拳を叩き込む。
 「キャン!」と悲鳴を上げて地面に転がる。
 そして、足に噛みついている最後の一匹の頭に渾身のパンチを叩き込むと、その場に沈んだ。
 荒い息を吐きながら顔を上げると、唯一残った老犬が「アウーーーーッ」と大きく遠吠えを上げる。
 その声に応えるように――鳥車の近くの茂みから、新たに五匹のグレイウルフが姿を現した。
ーーー
「聖女様!! グ、グレイウルフが増えやがった!! どうすりゃいいんだぁ!!」
 ロランは腰を抜かさんばかりに叫ぶ。
「落ち着いてください!」
 リノアはちらりとアデルの方を見る。
 まだ一匹の老犬と激しくやり合っていて、決着はつきそうにない。
「まだ時間かかりそうね……。御者さん!! 客車に入ってください!!」
「お、おう……わかった!!」
 ロランはグレイウルフを刺激しないよう、そっと御者席から降りようとした――が、足を滑らせて尻もちをついた。
 その音が合図になったのか、五匹のグレイウルフが一斉に飛び出してくる。
「ひっ、ひぃっ! せ、聖女さまぁぁぁ!! 奴らが……来るぅぅぅ!!!」
 ロランは腰が抜けて立てず、地面を這うように後ずさる。
 一匹がロランの喉元へ食らいつこうとした、その瞬間――。
「ラミーナ!」
 凛とした声と同時に、グレイウルフの頭に淡い風刃が直撃した。
 血しぶきが上がり、その場に倒れ込む。
「ひやあああ!! 血がああ!! 噛まれたああ!! 聖女さまああ!! 助けてぇぇ!!」
 自分の血だと思い込んで、さらにパニックになるロラン。
「御者さん、落ち着いてください! それ、あなたの血じゃなくて、グレイウルフの血です!」
「へ? あ、ほんとだぁ!! で、でもっ……残り四匹が来るっ!! 聖女さまぁぁ!!」
「アネマ・フラッゲルム!」
 リノアが詠唱すると、右手に風の鞭がシュルン、と現れる。
 彼女がそれを軽く振ると、空気を裂くような乾いた音が辺りに響いた。
「御者さん、早く客車に入ってください。そこに居られると、守りづらいです!」
「す、すまない、聖女様!!」
 ロランは慌てて客車へ飛び込む。
 中では老夫婦が不安そうに身を寄せ合い、シーシャがじっと外の様子をうかがっていた。
「あ、あんた冒険者だろ!! あいつら倒してくれよ!! 何ぼーっとしてるんだよ!!」
 ロランに怒鳴られ、シーシャはぎゅっと唇を噛む。
 数瞬迷ったあと、決意したように客車を飛び出した。
 外では、リノアがすでに五匹を相手に立ち回っている。
「えいっ! はっ! ……くっ、すばしっこくて攻撃が当たらない……。魔物なのに、連携がちゃんと取れてる……。うまく攻め込めない……。アデルもまだ苦戦してるし、体力とフラッゲルムのマナも、いつまで持つかわからない。せめてアデルがこっちに来てくれたら――」
 四方八方から迫る牙と爪を、リノアは必死に避け、鞭でいなしていく。
 だが、グレイウルフたちは「殺し切る」と決めたらしい。
 一匹が再び雄叫びを上げると、茂みからさらに三匹、黒い影が飛び出してきた。
「うそ……」
 その一瞬の動揺。
 横からのタックルをもろに受けて、リノアの身体が地面に叩きつけられる。
「っ……!」
 視界がぐらぐらと揺れる中、一匹がリノア目がけて飛びかかってくる。
 牙が迫る――。
 ――キャンッ!!
 甲高い悲鳴が耳を打った。
 恐る恐る目を開けると、目の前には見慣れた後ろ姿が立っていた。
「シー……シャ……。大丈夫なの……?」
「リノアちゃん、ごめんね。遅くなって。……わたし、強くなりたいから。逃げない。だから戦う!」
「シーシャ……!」
 差し伸べられた手を、リノアはぎゅっと握り返す。
「一緒に戦おう、リノア!」
「うん! 一撃でこいつら倒しちゃおう!!」
 グレイウルフたちは二人を警戒し、じりじりと円を描くように動きながら、距離を詰めようとしない。
「アネマ!」
 リノアの放った風弾が、素早く踏み込んできた一匹を捉えた。
 反応が遅れたその個体は、光に貫かれ、そのまま動かなくなる。
「す、すごい……リノアちゃん!! わたしも負けてられない!
 アクア!!」
 シーシャの足元に水の渦が巻き起こり、それが矢のようにグレイウルフへと放たれる。
 だが、六匹とも散開し、紙一重で避けていく。
「くっ、外した……! こうなったら近接でいく! たああ!!」
 シーシャは腰の剣を抜き放つと、真っ先に突っ込んでいった。
「アネマ・フラッゲルム!」
 さっき倒れたときに解除されていた鞭を、リノアが再展開する。
 風の鞭を握り直し、シーシャの後に続いて前線に踊り出た。
ーーー
「このボケが!! いい加減くたばれっての!!」
 アデルは最後に残った老犬グレイウルフと、未だに一対一でやり合っていた。
「こいつ……オレの攻撃、わかってきてやがる……? 段々パンチが当たらなくなってきたぞ!」
 グレイウルフの猛攻を紙一重で避け続けていると、ふいに足がもつれる。
 体勢を崩した――ように見えた。
 その瞬間、グレイウルフが大きく踏み込み、一気に距離を詰める。
 首を噛み砕こうと、鋭い牙が迫る――。
「……引っかかったな、駄犬が!!」
 アデルはわざと体勢を崩したフリをして、相手が一直線に飛び込んでくる瞬間を作っていた。
「ルーナ・カルキブス!!(三日月蹴り)」
 三日月を描くような軌道を描いて、アデルの足が唸る。
 横から突き上げるように蹴り込まれた一撃は、グレイウルフの顔面に綺麗に命中し、そのまま地面に叩き伏せた。
「ふぅ……クソ。時間かかった……。リノアは――」
 振り向けば、リノアたちの周りには、倒れたグレイウルフが転がっていた。
「おー、やるじゃねーか……」
 ほっと安堵したところで、視線の先にシーシャの姿を見つけた。
「てめえ、何してんだ」
「アデル! “てめえ”じゃないってば! この子はシーシャっていうの!」
 シーシャはアデルの前に歩み出て、ぎこちなく頭を下げた。
「いきなり何してんだ、てめえ」
「……アデルだったよね、名前。リノアがそう言ってた。
 助けてくれて、ありがとう。それと……現実、突きつけてくれてありがと……。
 わたし、強くなるから……いなく、なった……みんなの、ために……っ……つよく、なるから!!」
 途中で言葉が詰まり、涙がぽろぽろと溢れてくる。
「ふん。わかりゃいいんだよ」
 アデルはそっぽを向いてから、ロランに向き直る。
「おいロラン! グレイウルフは片付いたぞ!! さっさと出発しようぜ!!」
「お、おう! 本当に助かった……!」
 ロランは震える手で御者席に戻る。アデルもその隣に腰を下ろす。
 シーシャは涙をぐっと拭き、自分の頬をぺちんっと叩いて、「よし」と小さく呟いた。
 そして、客車に乗り込む。リノアもその後に続いた。
 全員が乗ったのを確認すると、ロランは手綱を握り、パスパに合図を送る。
 「クエッ!」という鳴き声とともに、鳥車は再び走り出した。
「いやーアデル、助かったわ。お前さんらがいなかったら、今ごろ俺達、アイツらの餌だったわ。アデル達、トーメル王国に着いたらギルドに登録するんだろ? もしよかったら、俺が護衛雇うとき、お前らを雇っていいか?」
「え? オレら弱っちいぞ?」
「あん時のことは悪かったって……ほんとにすまん! それでも、いいか?」
「……その時次第だな」
「くぅ……わかった……」
ーーー
「シーシャ、一緒に戦ってくれてありがとう!!」
「お礼なんていいよ。元々、わたし雇われてるし。それに、強くなるって決めたから。逃げないって。……それにしても、リノアとアデル、本当に強いね。しかもアデルなんて魔法使わずに素手で戦ってるし。アデルって、どんな魔法使うの? リノア、教えてよ」
「んー、それがね……アデル、魔法使えないの……」
「へ?」
 老夫婦とシーシャが、同時に目を丸くしてリノアを見る。
「そ、そそそれ……ほんと……なの?」
「うん。マナは流れてるみたいなんだけど、全く撃てないんだよね、アデル」
「へぇ……そんな人、今まで会ったことないよ。全員、何かしら魔法使えるもんだと思ってた。……他にも魔法使えない人、いるのかもね。
 でも、魔法使えなくてあの強さなら、問題ないね。……それに、リノアはマナの流れがわかるんだ」
「うん。触れるとわかるの。マナがどう流れてるか、少しだけね。ただそれだけ」
「それだけでも十分すごいよ……。二人とも本当に強いし、羨ましい……。負けてらんないな……」
 そう言って微笑んだあと、シーシャはそっと窓の外へ視線を移した。
「また助けていただきましたね、リノアさん。シーシャさんも、本当にありがとうございます」
 アリエーゼが深々と頭を下げる。ダクトリーもそれに続き、無言で頭を垂れた。
「お二人が無事でよかったです。また魔物が来たら、そのときも任せてください!」
「ふふ、頼もしいわね。お願いします」
ーーー
「ロラン、まだ着かないのかよ! もう飽きたわ。魔物こねーかなー」
「あと二時間くらいだ。……って、バカなこと言うな。お前らはいいかもしれんが、俺たちは魔物が怖いんだ! もう出てこなくていい!!」
「なんだよ、ビビり野郎!」
「俺はビビりなんだよ!! ……それより、塔には二人だけで挑むのか?」
「あ? そうだけど。ダメなのかよ」
「いや、ダメとは言わねえが……。他に仲間入れねえのかなって思ってな」
「オレ達だけで大丈夫だろ。魔物の強さも大体わかったし、塔の試練もどんなのか知らねーけど、どうせ大したことねーって」
「おいおいアデル。魔物を甘く見ないほうがいいぞ。お前らが今まで戦った魔物は、一つ星ハンターなら誰でも倒せるレベルだ。冒険者基準だと、正直そこまで強くない。……まあ、俺は到底勝てねえけどな!」
「なんだよ。他にもっと強い魔物がいっぱいいるのかよ。あと、その一つ星ハンターってなんだ」
「当たり前だろ。うじゃうじゃいるわ。詳しく聞きたいならギルドに行け。あそこなら色々教えてもらえる」
「ギルドか!! 待ってろギルドおおおお!!」
 アデルのテンションだけが、無駄に上がっていった。


「おい! ロラン!! また壁だぞ!! ウォーバールか!!」
「やっと着いたな。あれがトーメル王国だ!」
「ついに着いたんだな!! にしても……ほんとに壁みてーだな! ん? あそこ、人が入ってってるぞ」
「あそこが入口だ。俺らもあそこから入る。……あと最近、盗人が多いらしいから、気をつけろよ」
「盗人? そんな奴、オレが一撃でぶっ飛ばす!!」
 やがて鳥車は城門前に辿り着く。
 門兵が二人立っており、そのうちの一人がロランに近づいた。
「入門料、五千バルね」
「いつも高いねぇ、兵士さん。ほらよ」
「通ってよし」
 鳥車は門をくぐり、トーメル王国へと入っていく。
「お客さん達、着きましたよ!」
「すっげえーーー!! なんだこの人の量!! カスボ島とは大違いだぞ!!」
「うわぁーー!! 人、多いね!! わたしもびっくりだよ!!」
 石畳の通りの両側には出店が並び、威勢のいい呼び込みの声が響いている。
 二人は目をキラキラさせながら、きょろきょろと辺りを見回した。
 シーシャと老夫婦も鳥車から降りたところで、ロランがアデルとリノアに声をかける。
「アデル、聖女さん。本当に助かった。無事に着けたのは、お前らのおかげだ。……これ、俺の気持ちだ。受け取ってくれ」
 ロランは金貨一枚を差し出す。だがアデルは、その手を押し返した。
「なんだアデル、足りなかったか? それならもう一枚――」
「いらん!! そんなもん!!」
 シーシャ、老夫婦、リノアまでもが、目を丸くして固まった。
「い、いらんって……金貨二枚だぞ?」
「ロラン! オレ達、友達だろ!! だからいらねえ!! それに、ここまで連れてきてもらうって条件で乗せてもらったんだ。だから金は受け取れねえ!!」
「アデルの言う通りです、ロラン。わたし達をここまで連れてくるのが条件でしたから、お金は受け取れないです」
「オレ達はギルドに行く! お前ら、じゃあな!」
 アデルはそう言って、通りの方へ歩き出す。
「アデル、ちょっと待って。アリエーゼさんがね、助けてもらったお礼でお店に連れてってくれるみたいなの」
「アリエーゼって誰だ?」
「こちらの方々だよ」
「アデルさん。本当にありがとうございます。リノアさんのおっしゃった通り、お礼がしたいので、ぜひお店に来てください」
「なんだ? 飯か? ……ってことでロラン、またなー!」
「ま、待ってぇ!!」
「っ! なんだよ!!」
 振り返ると、シーシャが立っていた。
「なんだ、ヘタレ女」
「あの……ありがとう!! 助けてくれて!! それと、君――いや、アデルの言った通り、わたしは弱い。でもね、みんなと約束したから!! 冒険者で成功して、億万長者になるって!! そして、貧しい子供たちを助けるって!! だから強くなる、必ず!! アデル、リノアよりも強くなるから!!」
「オレの方が先に強くなる!! お前なんかに負けねえ!!!」
「わたしはシーシャ!! いつか“龍極者”になる冒険者だよ! 覚えといて!!」
 そう言い残し、シーシャは人混みの中へ消えていく。
「りゅうきょくしゃ? なんだそれ。……まあいっか。アリエーゼ、早く店連れてってくれ」
「ふふ。わかりました。それでは参りましょう」
 アデル達はアリエーゼ夫妻と共に歩き出す。
 アデルは右腕を軽く上げ、遠ざかるロランにひらひらと手を振った。
「行っちまったな……。盗賊の件も含めて、色々と報告しねえとな……」


 しばらく歩くと、ひときわ目立つ真っ白な店が見えてきた。
「すげー白いな、あの店」
「あの店が、私たちのお店ですよ」
 近づいて中に入ると、そこは白一色の内装に、色とりどりの宝石がずらりと並んだ眩しい空間だった。
「すごーい!! きれいー!!」
「なんだ、食いもんじゃねーのかよ」
「遅くなりましたね、トットル。お客さんを連れてきましたよ」
 アリエーゼが声をかけると、奥の方から慌ただしい足音と共に、一人の青年が現れた。
「お、おそいですよ、母さん!! 父さんも、おかえりなさい!」
 ダクトリーは一礼だけすると、すぐに奥の部屋へ引っ込んでいった。
「慌てないの、トットル。……リノアさん、アデルさん、紹介します。私の息子、トットルです。このお店の職人でしてね」
 アリエーゼが誇らしげに微笑む。
「「職人??」」
 二人は顔を見合わせた。
「お二人方、はじめまして。トットルと申します。ここにある宝石を使って、ネックレスやブレスレットなどを作っております。もし気になる宝石があれば、好きなアクセサリーに加工いたしますので、どうぞごゆっくりお選びください」
「えええっ! いいんですか!! わたしたち、お金ないですよ!!」
「リノアさん、気にしないでください。あなた方は、私達夫婦の命の恩人です。お代はいりません。どうか、なんでもお好きな宝石を選んでください」
「母さん達に、何かあったんですか!?」
 トットルは驚いた様子でアリエーゼを見る。
「それは後で詳しく話すわ。……それでは、お二人方、ごゆっくりどうぞ」
 そう言い残し、アリエーゼとダクトリーは奥へと消えていく。トットルもそれに続いた。
「別に宝石なんか興味ねーよー」
「アデル、せっかくなんだから選ぼうよ。中々買えるもんじゃないよ? ほら、この宝石見て。金貨五十枚って書いてあるよ」
「たけえのか? 金についてはさっぱりわからん」
「高いに決まってるでしょ……。どれくらい働けばいいのか考えただけで頭痛くなるよ……って、アデル、聞いてる?」
「オレはこの石にする!!」
「急に決めた!? どれどれ……」
 リノアがアデルの指さした宝石を見ると、水色に澄んだ綺麗な石だった。
「きれいー。アデルにしては中々だね!」
「きれい? いや、カッコいいだろこの石! あとなんか……強さを感じる!!」
「へ? そ、そうなんだ……。いいと思うよ……」
 リノアは店内を歩き回り、あれこれと宝石を眺めて回る。
 やがて、一際目を引く白い宝石の前で足を止めた。
 それは星のようにキラキラと輝いている。
「わたしはこれにする」
「どれだ?」
 アデルが覗き込む。
「白かよ。これのどこがいいんだ?」
「角度変えて見てみて」
「……お、キラキラしてるぞ」
「きれいでしょー。だからこれにするの」
 ちょうどその時、奥からトットルが慌てて戻ってきた。
「お二人方!! 父さんと母さんを助けてくださり、本当にありがとうございます!! 母さんから話を聞いて、びっくりしましたよ! ビックベアーとグレイウルフ、そして盗賊まで討伐したって……あなた方、本当に強いんですね!!」
「まーーーーな!! そりゃ強いに決まってる! オレは最強だからな!!」
「アデル、調子乗らないの! 当たり前のことしただけなんだから。……頭上げてください、トットルさん」
「いえいえ、とんでもない。……それで、宝石はお選びになりましたか?」
 二人は選んだ宝石をそれぞれ伝える。
「アデル様が選ばれた宝石は、“写魂石(しゃこんせき)”といいます。魂の波長が合った者が手にすると、前の持ち主の記憶や経験が、その魂に刻まれると言われている石ですね」
「ん? つまり、強くなれるってことか?」
「まあ、前の持ち主が戦闘ばかりしていた人なら、その記憶や経験が刻まれて、強くなるかもしれませんね。ただ、これは原石から加工したものなので……たぶん、そういった効果は出ないと思います」
「なんだよ!! 意味ねーじゃん!!」
「別の宝石に変えますか?」
「変えなくていい! この石にする!! 強そうだからな!!」
「かしこまりました。……では、リノア様が選ばれたのは、“白星石(はくせいせき)”といいます。幸運をもたらし、願いが叶う石と言われていますよ」
「へえー! そうなんだ!!」
「白は縁起の良い色ですからね。さすが聖女様。とても素晴らしい石をお選びになりました」
「えへへっ」
「それで、この宝石をどのようなアクセサリーにいたしましょう? ネックレス、ブレスレット、指輪……なんでも構いません」
「オレはトットルに任せる!!」
「わたしもよくわからないので、トットルさんにお任せします」
「承知しました。それでは、一時間ほどお時間をいただきます。その間は自由に過ごしていただいて構いません。店内を見て回っていただいてもいいですし、外で色々なお店を見て回っていただいても大丈夫です」
「トットルさん、ありがとうございます! せっかくなので、色んなお店見て回りたいです。アデル、いいよね?」
「いいぜ。オレも初めて見るもんが多いからな。色々な店、興味あるし」
「それでは、一時間後。楽しみにしていてください」
 トットルは二人の宝石を大事そうに持ち、奥の部屋へと消えていった。
「アデル、色々なお店見に行こう。お金ないから、見るだけになっちゃうけど」
「金ねーのか! あーー、ロランから貰っときゃよかった……」
 宝石店を出て、二人は通りを歩き始める。
「クソー! あちこちからいい匂いがする!!」
 アデルの腹が盛大に鳴った。
「本当に、お腹空く匂いばっかりだね。見渡す限り、食堂とか屋台だらけだよ」
「はぁーーー……金手に入ったら、たらふく食ってやる!!」
 しばらく歩いていると、前方にフルーツを山積みにした店が見えてきた。
 その前で、身なりの貧しい、アデル達と同じくらいか少し下くらいの年齢の男女二人が、キョロキョロと周囲を警戒しながら、フルーツを一個ずつつまみ取った。
「リノア! あいつら、勝手にフルーツ取ったぞ!!」
「わたしも見た!! お店の人が困っちゃうから、あの子達捕まえて、フルーツ返そう!」
「え、マジかよ……めんど――」
「アデル!!」
「……はぁー、わかったよ」
 二人は男女を追いかける。
 子供たちは人混みを器用にすり抜けて、細い路地へと消えていった。
 リノアとアデルも、なんとか人ごみをかき分けて路地へ入る。
「なんだここ……急に空気が重くなったな」
「雰囲気がさっきまでと全然違うね。あの子達、どこ行ったんだろう……」
 しばらく進むと、開けた場所に出た。
 そこには道端で寝転がっている老人や、ぶつぶつと独り言を言いながら歩く人影が散見される。
 皆、痩せこけていて、服もボロボロだ。
「どうなってんだ、ここは……」
「アデル、あんまりじろじろ見ないで。行こ」
 さらに進んでいくと、小さな子供の声が聞こえてきた。
 二人はその声を頼りに細い道へ入る。アデルは文句を言いながらも、リノアの後ろをついていく。
 やがて、古びた住宅が立ち並ぶ一角に出た。
 しかしどの家も壁や屋根は壊れ、ほとんど人の気配がない。
 ただ、一軒だけは壁や屋根に板が打ち付けてあり、なんとか雨風をしのげるように補修されている。
 その家の扉の横に、小さな椅子が置かれ、そこで少年が居眠りしていた。見た目は五歳くらいだ。
「ねえ、ボク。ここで何してるの?」
 リノアがそっと声をかけると、少年は「うああっ!?」と椅子から転げ落ちた。
「だ、大丈夫?? 怪我してない?」
「な、なんだ!! おまえ!!」
 少年は飛び起きて身構える。
「なんだ? このクソガキ」
 アデルがじろりとにらむ。
「アデル!! 睨まないの!! まだ小さいんだよ」
 アデルに睨まれた少年の足は、小刻みに震えていた。
「こ、ここは通さないぞ! ア、アニキの家だからな! おれ達はアニキに“家の留守、頼んだぞ”って言われてるんだ! だから通さない!!」
「アニキ? 何言ってんだ。オレらはただ、お前がここで寝てたから声かけただけだぞ」
「お、おまえ達……盗賊じゃないのか……?」
「違うよ。わたしはリノア。それで、こっちがアデルって言うの。君は?」
 リノアは少年と同じ目線になるよう膝をつく。
「おれは、ジート」
「ジートくんね。さっき“おれ達”って言ってたけど、一緒に住んでる人が他にもいるの?」
「いるよ。あと五人いる。だからおれを襲ったら、四人のおれ達の仲間にボコボコにされるぞ!!」
「ん? 四人にボコボコ? 五人じゃねーのか?」
「アニキは、当分帰ってこないんだ。だから四人。アニキが帰ってきたら五人になる!」
「ジート、ジート達には親はいないの?」
「親なんて、そんなもんおれ達にはいねーよ!! ただ、去年までは爺ちゃんがいた。みんなの爺ちゃん。勉強とか、戦い方まで教えてもらってた。アニキなんて、爺ちゃんから戦い方教わって、すっげぇ強くなったんだ! 三つ星ハンターだぞ!! 爺ちゃんとアニキは、ほんとすげーんだ。アニキは任務で、しばらく帰ってこないけど……」
 ジートは少し誇らしげに、早口で話す。
「一つ星とか三つ星とか知らねーけど……その爺さんはどこにいるんだ?」
「爺ちゃんは死んだよ……。おれ達を助けるために……殺されたんだ……」
「……! 殺された? 魔物にか?」
「違う!! 盗賊に!! “血哭旅団(けっこくりょだん)”に、殺されたんだ!!」
 ジートの顔に、憎しみの色が浮かぶ。
 リノアはそっと、ジートの手を握った。
「ジート……殺されたって、何があったの?」
 手を握られ、ジートは少し照れたように顔を赤くするが、ちゃんとリノアの目を見て話し始めた。
「ある時な、“血哭旅団”がここ、カヒラパに来たんだ。そんで、ここを“おれたちの拠点にする”って言って、毎月金貨十枚、要求してくるようになった。カヒラパの人達は金なんて持ってねーし、ろくに飯も食えない。だから爺ちゃんは反抗したんだ。そしたらアイツら、何度も……何度も殴ってきた。そのあと、ヤツらは“金を納められなかったら殺す”って言って去っていった」
「なんでジジイはやり返さねーんだよ。強いんだろ?」
「おれだって言ったよ!! 爺ちゃんに!! でも“反抗したって理由で、今度は誰かが殺されるかもしれん”って言って、やり返さなかったんだ……」
「それなら、アニキもいるって言ってたよね。アニキはそのとき何してたの?」
「アニキはギルドの任務で、去年からずっと帰ってきてない……」
 ジートはうつむき、表情が暗くなる。
「それで、爺ちゃんはカヒラパの人たちを集めて、話し合いをしたんだ」
「あのさ、ちょっと気になったんだけど。この国には騎士がいるよね? 盗賊が来たの、騎士に報告して、捕まえてもらおうとはしなかったの?」
「騎士にも言った!! だけど、全部無視された!! どの騎士に言っても、見て見ぬふり。ある奴なんて、“お前らゴミの頼みは聞かん”って言いやがった!」
「ひ、ひどい……そんなのおかしいよ……」
「それがこの国なんだ。おれ達のことなんて、王も騎士も“ゴミ”だと思ってる。……だから爺ちゃんは、金貨十枚集めるために盗みをした。生きるために。他の人も、みんなで盗みに手を出したんだ」
 ジートはぎゅっと拳を握りしめる。
「騎士に捕まる奴もいた。けど、それでもなんとか金貨十枚は集めた。……そして“金を納める日”が来て、盗賊が三十人くらいでやって来た。爺ちゃんは金貨の入った袋を持ってって、アイツらに渡したんだ……っ……」
 言葉が途中で途切れ、ジートの目に涙が溜まる。
「おい、なんで急に泣くんだよ。早く続き喋れよ」
「アデル!! ちょっと黙って!!」
 リノアはジートを抱きしめる。
 しばらく泣かせてから、ジートは自分で涙を拭った。
「アイツらは、おれ達一人ひとりに金貨十枚要求してたんだ……。爺ちゃんは“そんなの無理だ”って言って、なんとか今渡した十枚で勘弁してくれって頼んだ。他の人も一緒に頼んだ。……でも盗賊たちは“約束だからな”って言って、土魔法でおれ達を囲って、カヒラパの人たちを襲って、殺し始めたんだ……」
「うそ、だろ……」
「逃げても殺される。隠れても殺される。命乞いしても、笑いながら殺される……。アイツらは笑いながら、みんなを殺しまくった……!!
 おれは爺ちゃんに“ついてくるな”って言われてたのに、こっそりついて行った。必死で逃げて、隠れた。しばらくしたら、叫び声も聞こえなくなって……隠れてたところから出たら、爺ちゃんだけ生きてた。爺ちゃんがみんなの代表で金貨渡してたから、おれは安心したんだ……でも、おれは油断した……。盗賊が後ろにいることに、気づかなかった……」
 ジートの拳は震えていた。唇を噛み、血がにじむ。
「おれは殺されそうになった。……そのとき、爺ちゃんが“その金貨十枚、おれの孫が納めたことにしてくれ”って、盗賊に頼んだ。それで……おれの目の前で、爺ちゃんは首を切られて……殺された……」
 ジートの頬を、また静かに涙が伝う。
 アデルは、ジートの正面に立った。
「なんでてめえは戦わなかったんだ!! 戦ったら、何か変わったかもしれねえだろ!!」
「アイツらに勝てるわけないだろ……。おれだって、力があれば……アイツらを殺して、爺ちゃんも、みんなも助けたかった……。でも……無理なんだ……おれは弱いんだ……っ……」
 リノアは、キッとアデルを睨む。
「アデル……みんなが、アデルみたいに強いわけじゃないんだよ……。だからロランはシーシャや、わたし達を雇ったんだよ。
 今のアデルの言い方だと、ジートに“戦って死ね”って言ってるのと同じだよ……。ジートのために命を捧げたお爺さんが、そんなこと望むと思う?
 アデルは、大切な人のために命を賭けられる? ……シーシャの仲間も、ジートのお爺さんも、大切な人を守るために命を賭けたんだよ。
 アデル……“力”だけが“強さ”じゃないんだよ……」
 リノアの言葉を聞いた瞬間、アデルの頭に別の光景がよみがえる。
ーーー
「パニア爺!! オレ、もうハンドベアー余裕で倒せるぞ!! この調子でどんどん力つけて、強くなってやるぜ!!」
「アデルよ。力だけが強さではないぞ。この世で一番強い力は、ここにある」
 パニアはアデルの胸──心臓のあたりにこつんと拳を当てた。
「は? なんで心臓なんだよ。意味わかんねえ」
「アデルよ。誰かのために命を投げ出すことはできるかの?」
「できるわけねーじゃん。なんで他人のために死ななきゃいけねーんだよ。そんなことできるやつ、いねーだろ」
「ホッホッホ。まだまだ若いのう、アデル。誰かを思う気持ちは、ただの力より何倍も強くなるんじゃ。……まあ、いずれわかる日が来るじゃろ」
「一生わかるわけねーよ!!」
ーーー
 アデルは無意識に、自分の胸に手を当てていた。
「誰かを思う気持ち、か……」
「どうしたの、アデル?」
 リノアとジートが、不思議そうにアデルを見つめる。
 数秒の沈黙のあと、アデルはジートに向き直って口を開いた。
「ジート。お前を育ててくれた爺さんは、厳しい人だったか?」
「厳しくなんてないよ。ただ、おれが興味本位で王国からこっそり出て、グレイウルフ見に行ったことがあって……それを爺ちゃんに言ったら、すげー怒られた。“なんでそんな危ないことするんだ”って言って、ゲンコツくらった」
 アデルは、ビッグボアに挑んでパニアに殴られた日のことを思い出す。
 いつの間にか、ジートと自分を重ねていた。
「ジート。盗賊のアジトはどこだ。オレがそいつら、一撃でぶっ飛ばす!!」
「っ!?」
 アデルの言葉に、リノアとジートは同時に目を見開いた。
「ジート。そうすりゃ、お前らはもう殺されずに済むんだよな」
「アデル、急にどうしたの?」
「あいつの話、聞いてたらよ……なんかよくわかんねえモヤモヤが、ここに溜まってきてよ。
 なあリノア。人を殺すときって、普通は笑いながらやるもんなのか? それも、抵抗もしねえ奴らをだ。
 オレには分かんねえ。あいつらの考えが。
 ……でもな、一つだけはっきりした。
 ゆるせねえ」
 アデルの眼光が、ギラリと鋭くなる。
「……そうだね、アデル。わたしも許せない。
 ジート。アイツらのアジト、教えて?」
「アジトに行っても、盗賊共はいないよ……」
「は? どういうことだよ」
「盗賊共は、金を回収するときにしか、カヒラパに来ないんだ。だから今は、いない」
「……ジート。それじゃ、次はいつ来る?」
「一カ月後。昨日、金回収されたから……次は一カ月後に来る」
「クソ!! 今からボコボコにしたかったのによ!! ボケどもが!!」
「アデル、落ち着いて。
 ……ジート、もう一つ気になってたんだけど。ジート達って、金どうやって集めてるの? 盗み?」
「おれ達は、食べ物だけは盗む。他は盗まない。……お金は、アニキが送ってくれるんだ。“イルバード”を通じてな」
「「イルバード?」」
「なんだそれ。魔物か?」
「イルバードは、ギルドで何羽か飼ってる魔獣なんだ。どういう仕組みか知らないけど、届けてほしい相手のところにちゃんと飛んでく。アニキはそれ使って、いつもお金くれるんだ。金貨十枚。だから今までは金払えてた。でも、それで全部なくなるから、食べ物買えなくて……だから食べ物だけは盗むしかない」
 ジートのお腹がぐう、と鳴る。
「おまえ、飯食ってないのか?」
「食べてない。留守番だから、他の奴らが食べ物盗んできてくれるの待ってるんだ」
「なあ、ギルド行けばそんなに稼げるのか?」
「うん。稼げるよ。そのかわり……強くないと、稼げないけど……」
「ちょっとアデル。ジートに“ギルド行って稼げ”って言うつもり?」
 リノアがきつめの視線を向ける。
「違えよ。……オレがギルドで稼いだ金を、ジート達に渡すんだよ」
「……え?」
 リノアとジートの目が、同時にまん丸になる。
「アデル、今なんて言ったの?」
「だから、オレが稼いだ金をこいつらにあげるって言ったんだよ。お前らのアニキって奴みたいに、金貨十枚稼いでよ。……オレが渡した金で、たらふく飯食え」
「なんでそこまでするんだよ。おれ達、今日知り合っただけだろ……」
 アデルはニッと笑い、手を差し出した。
「ジート。握手しろ」
「き、急になんだよ……」
 戸惑いながらも、ジートはその手を掴んだ。
 アデルは上下にブンブンと大げさに振る。
「オレはアデル! よろしくな!!」
 リノアもジートの左手をそっと握る。
「わたしはリノア。改めて、よろしくね。ジート」
「なんなんだよ……おまえら……」
 ずっと“ゴミ”と呼ばれ、蔑まれてきた。
 殴られ、蹴られ、睨まれ続けてきた。
 けれど、この茶髪の少年と聖女は――そんなこと一切関係ないとばかりに、真っ直ぐ自分を見て、話を聞いて、友達になろうと言ってくれる。
 ジートの目から、大粒の涙がこぼれ落ちた。
「お、おい。何泣いてんだよ! リノア、てめえジートになにしたんだ!!」
「わたしは何もしてない!! バカアデルの顔が怖いからでしょ!!」
「誰がバカだ!!」
 ジートは涙を拭いて、笑った。
「……アデル、リノア。ありがとう!! これから、よろしくな!!」
「よし。とりあえず、さっさとギルド行くか。そうしねえと金もらえねーしな」
「そうだね。……ジート、一カ月後にまた来るから。もし何かあったら、ギルドに来てね」
「じゃあな!! ジート!!」
「うん!! バイバイ!!!」
 ジートは、二人の姿が見えなくなるまで、ずっと手を振り続けた。
「ジート、誰に手振ってるんだよ」
「いつもご飯くれる叔父さんでも来たの?」
「タタン、サミン。今日は早えな!!」
 アデル、リノアと同じくらいの年頃の男女が、ジートに声をかける。
「ジート、問題はなかったか? ドランとスーニャは、まだ帰ってきてないのか?」
「まだだよ。それより……なんで今日はこんなに早いんだ?」
 タタンが口を開こうとしたところで、サミンが横から割って入る。
「それはだね、ジート君! 人に追われてたからなのだよ! ウチらと同じくらいの男女二人にね。でも上手く撒いたけどね!」
 サミンはピースサインをして笑う。
「それよりジート君は、誰に手を振ってたの?」
「あのね!! さっきね……」
 ジートは、アデルとリノアとの出来事を、二人に語り始めた。
ーーー
「カヒラパの周り見てると、ボロボロの服着てる奴多いし……寝てんのか、死んでんのかわかんねー奴もいるな」
「アデル、あんまり口に出して言わないの。……でも、ひどいね。本当に。血哭旅団、絶対許せない」
「なあ、リノア。オレ、前に人を殺したことがある。叫び島にいたときだ」
「え……?」
「修行終えて家帰ったら、よくわからんおっさんが、勝手に食糧盗んで食ってたんだ。んで、オレを見つけるなり、いきなり襲ってきた。何話しても無視で、持ってたナイフでオレを殺そうとしてきた。だからオレは、自分を守るために、そいつを殺した」
「……そんなことが、あったんだね……」
「……パニア爺が戻ってきて色々調べたらよ、岸にちっせぇ小舟が流れ着いてたんだ。どこから来たかもわからねえ。
 ――でも、たぶんそいつも“生きるために必死だった”んだよ。
 オレに殺されると思って、先にオレを殺そうとした。
 だからオレは……自分を守るために殴った。それだけだ。
 “生きる覚悟”がある奴が、死ぬ覚悟をして突っ込んでくるなら……そりゃ仕方ねえ。お互い様だ。
 でもな――カヒラパの連中は違うだろ。
 あいつらは必死に生きようとしてただけだ。盗みはしたかもしれねえけど、人を殺したわけじゃねぇ。
 “死ぬ覚悟”なんて、持つ必要もねぇ普通の奴らだ。
 なのに……クズどもは笑いながら殺したんだぞ。
 逃げても、泣いても、命乞いしても……関係なく。
 ジートの爺ちゃんも、他の奴らも、皆まとめて“おもしれぇ玩具みてぇに”殺したんだ。
 そんなの――ゆるせるわけねぇだろ!!!」
「アデル……わたしも許せないよ。だから一カ月後、盗賊達を倒そう。……同じことが二度と起きないように」
「一撃で、ぶっ潰してやる!!」
ーーーー
 二人はカヒラパから抜けて、再び街の賑やかな通りへと戻る。
「アデル、一時間くらい経ったし……そろそろ宝石店戻ろ?」
「おう。せっかくなら、出来上がり早く見てえしな」
 二人は足早に、真っ白な宝石店へと向かって歩き出した。
ーーーーーー
魔物 魔獣図鑑
イルバード(鳥類)
現代で言う伝書鳩見たいな役割をしてくれる魔獣
戦闘能力はないどのギルドにも五羽いる