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第八話 血風

ー/ー



「この船デカイな! 初めて乗ったぞ!」

「たしかに大きいよね! 貨物とかも載せてるからだと思う」

「ふーん」

二人で手すりに寄りかかり、きらきら光る海を眺めていると、後ろからがらっとした声が飛んできた。

「おーい! おまえら、すごい乗りかたしたな!」

振り返ると――頭の上には丸い耳、口元からは鋭い牙。
大柄な体を全身茶色の毛で覆った獣人が、ニコニコしながら近づいてくる。

「デケー犬がしゃべってる!!! なんだおまえ!!」

「ちょっとアデル!! 彼は獣人族なの!! すいません、アデルが失礼なこと言って……」

「ガハハ! 気にしなくていいぞ。坊主、獣人見るのは初めてか?」

「初めてだ!! にしても毛がすげーふかふかだ!!」

アデルは興味津々で、遠慮なくその腕の毛をむにむに触る。

「コラ! アデル!!」

「別にいいだろ!」

「仲がいいじゃねーか、ガハハ」

獣人は本気で気にしていないようで、楽しそうに笑う。

「聖女さん、別に気にする必要はねーよ。この坊主が初めて見るって言ってるからな、思う存分触ってやれ」

「ありがとうございます!」

「おい、獣人! おまえ名前なんて言うんだ?」

「おう? なんだ坊主。俺はガルルって言うんだ」

「ガルルか! オレはアデル! よろしくな!」

アデルはぐいっと手を差し出す。
ガルルもにやりと笑い、その手をがっしり握り返した。

「これでオレ達仲間だな!!」

「清々しいな、おまえ。おう、よろしくなアデル! ……それより、今日乗ってこないと思ってたぞ。お金は先にもらってたから、どうすっかなーって悩んでたところだ」

「オレのジャンプすごいだろ!!」

「無茶な乗り方してごめんなさい……」

「怪我してねぇなら大丈夫だ。ガハハハ! おまえら、やっぱりトートル諸島にある塔の攻略で、この船に乗ったんだよな?」

「そうです! その為に乗りました!」

「やっぱりな。聖女様だもんな、そうだと思ったぜ。たしか、あの塔の名前は――トラウス、だっけな?」

「おいガルル、塔に名前なんてあったのかよ! リノア、知ってたか?」

「わたしも初めて知ったよ」

「塔はな、聖女達の試練場でもあるが――神大時代に起こった“光闇戦争”で活躍した英雄の墓でもあるんだ」

「知らなかったぞ!」

アデルはふと足元の海を見下ろし、目を見開く。
船の真下を、銀色の影がうねりながら何層にも重なって泳いでいた。

「おい!! なんだこの魚の量は!!」

「驚くだろ! あれは“パニックフィッシュ”の群れだな。あいつらは常に群れで行動してるんだ」

「オレ豚魚しか見たことねー」

「豚魚か! カスボ村にはそいつら多く生息してるんだな。ガハハハ」

「あのー、ガルルさん」

「ん? なんだ聖女様」

「トートル諸島に着くまで、どれくらい掛かるんですか?」

「そうだな……五日ぐらいだな」

「五日も掛かるんですね」

「こればっかしは、しょうがないんだ。風と潮次第よ。また何か困ったことがあったら、いつでも船員に言っていいからな。俺はちょっと荷物の方見てくるわ」

「ありがとうございます、ガルルさん」

ガルルが去っていき、甲板には潮風と波の音だけが残る。

アデルはまだ海面を覗き込み、目をきらきらさせている。
リノアはそんなアデルの隣に立ち、頬を撫でる風の心地よさを感じながら、胸の奥でもう一度、自分の目的をぎゅっと握り直した。

「よしっ!」

「どうした? リノア?」

「べ、別になんでもないよ! ……アデルも、初めて旅に出るでしょ。不安な気持ちあったりしない?」

「不安? そんなもんあるわけねーだろ。オレは今、すげーワクワクしてるんだぞ! 早く塔攻略してーし、あとはいろんな魔物と戦いたくてウズウズしてんだ!!」

アデルは興奮気味に身振り手振りを交えながら、今の気持ちをぶちまける。

「やっぱりアデルはアデルだね」

「オレはオレだ! ……って、なに笑ってんだよ」

リノアも大きい船に乗るのは初めてだ。
少し緊張しつつも、好奇心に背中を押され、船内を歩いて見て回る。

乗客は自分たち以外いないらしく、見かけるのは甲板や船室を忙しなく行き来する船員だけ。
振り返ってみると、カスボ島はもう豆粒みたいに遠く、青い空と海の境目に溶けかけていた。

「五日間の移動か〜……あ! そうだ!!」

リノアは何か大事なことを思い出したように、ぱっと顔を上げると、アデルの方へ駆け寄る。

「アデル! 持っていた荷物、そういえばどうしたの?……」

「荷物? なんの事だ? ……ん? ……あああ!! やべー! あの時リノアを抱っこする為、荷物置いたんだった!」

「ど、どうしよー……あの荷物には寝袋や、旅に必要なお金が入ってるのに〜!」

「ガルルに頼んで、船引き返すように伝えるか!」

「急には無理だよ……少しだけお金持ってるけど、二十バルだけじゃ、鳥車に頼んでもトーメル王国まで着けない……」

「トーメル王国? なんでそのままトラウスの塔まで行けばいいじゃん」

「トーメル王国には“ギルド”があるから登録したいの。お金稼ぐ為には必要な場所だから」

「ふーん……まあ、ウダウダ考えたってしょうがねー。とりあえず、着いたら考えようぜ」

「ううっ……そうだね……アデル……」

リノアは不安を抱えながらも、それでも前に進むしかないと、ぎゅっと拳を握る。
二人を乗せた船は、白い波を切り、トートル諸島へと向かっていく。





「やっと着いたああああああ!!!! うおおおお!! 地面だ!!!!!」

「アデル!! 声がデカい!!」

船から降りたアデルは、港の石畳に両手をついて大げさに感動している。

「長旅おつかれさん!! おまえら、無事に塔攻略してこいよ!」

「ガルルのおっさん! あんがとな!」

「ガルルさん、ありがとうございます」

「おうよ! そんじゃ、元気でなー!!」

ガルルはひらひら手を振り、再び船内の仕事へ戻っていった。

ここはトートル諸島の玄関口――グロージ漁港。
外に出ると、すぐ目の前には新鮮な魚を山のように並べた露店や、魚料理の香りを漂わせる屋台がずらりと並んでいる。

「すげーー! めちゃくちゃいい匂いするし! 見たことねー魚いるし! 人めっちゃいるし!!」

「アデル! 迷子になっちゃうから、よそ見しないで着いて来て」

二人は人混みをかき分けながら、なんとか通りを進んでいく。

「リノア!!! なんだあの建物!」

アデルが興奮して指さした先には、周りの建物とは明らかに違う、でっかいドーム状の建物があった。

「わたしも初めて見る」

「リノア! 見に行こうぜ!!」

「ちょっ! アデル!!」

アデルはすでに駆け出していて、リノアは慌ててその背中を追いかける。

ドーム状の建物の前に着くと、入り口付近には大勢の人だかり。
その真ん中で、真っ赤な服を着たおじさんが、景気よく声を張り上げていた。

「さあ! お客様達! どの魚にお金を賭けるか決まったかー! 決まったならチケット買った買った!!」

「あの赤い服着たおっさん、声デカ! お金を賭ける? チケット? 何言ってんだ?」

「アデル、見て。あそこ、すごい列だね。あのチケット買ってるのかな?」

リノアが列に目を向けている間に――気付けばアデルは、もう赤服のおっさんの目の前にいた。

「おい、おっさん!!」

「ん? なんだ坊主。いきなり“おっさん”って」

「さっきからデカい声出して何してんだ? お金賭けるとか、何言ってんだ?」

「坊主、“競魚(けいぎょ)”知らないのか?」

「けい、ぎょ? なんだそれ」

「ちょっとアデル」

リノアも慌てて横へ並び、軽く会釈する。

「すいません、お仕事の邪魔して」

「あんた、聖女さんか。そりゃ珍しい。……それより坊主、競魚について教えてやろう」

赤い服のおっさんは胸を張ると、得意げに説明し始める。

「競魚ってのはな、十匹の魚が同時に泳ぎ出して、どの魚が一番先にゴールするか予想する遊びだ! お客さんは“こいつが一等だ!”と思う魚にお金を賭けるんだ」

「ただそれだけか?」

「あー、そうさ。ただそれだけだ。もし予想が当たれば、賭けた金の倍の金額が懐に入ってくるからな! ちなみに賭け金は金貨一枚からだ!」

「へー、それだけでお金貰えるのか!! リノア! これやろうぜ!」

「アデル! やるわけないでしょ! 二十バルしかないんだよ! あと、トーメル王国に向かうのが先なの!!」

「おまえさんら、金ねーのか。だったら俺が金貸し紹介してやるぜ?」

「結構です!! アデル、いくよ!!」

リノアはアデルの腕を掴み、その場からずるずる引き離す。

丁度その時、ドーム入口からわらわらと人が出てきて、ざわめきがさらに大きくなる。
その中で、一人だけ地面にへたり込み、頭を抱えながら叫んでいる男がいた。

「どうしてだああああ!!! なんで今日に限って一位でゴールしてないんだよおおおおお!! あああああああああああ!! ドラバンフィッシュに金貨百枚賭けたんだぞおおおお!! どうしてなんだああああ!!!」

アデルとリノアは、その迫力に思わず足を止める。

周りからは、ひそひそとした声がこぼれた。

「あいつあの様子だと、借金して金用意したんだな」
「あいつ終わったな。借金返せなかったら奴隷商に売られるな」
「数年前にもドラバンフィッシュに金貨百枚賭けた奴いなかったか?」
「いたなー。たしかあれ聖女だったろ。あれくらい騒いでなかったか?」

「アデル、見た!? 賭けごとは、大抵損する事が多いの!」

「あの赤い服のおっさん、損する事なんて一言も言わなかったぞ」

「チケット買わせるために、わざと言ってなかったのかもね」

「あの野郎! ぶっ飛ばす!」

「アデル! そんな事しなくていいから、行くよ!」

リノアはまたアデルの腕を引き、港の喧騒から少し外れたほうへ歩き出す。

しばらく進むと、鳥車(ちょうしゃ)が一台だけ停まっている場所に出た。
少し離れた位置からでも、車を引く巨大な鳥の迫力がわかる。

二人は駆け足で近づき、御者を探す。

「お客さんかい?」

声の方を見ると、茶色い羽を櫛でとかしている男がいた。
粗末な服装だが、ドュドュの扱いには慣れているのが仕草から伝わってくる。

「クソデケー鳥だな!!」

アデルが素直な感想を叫ぶと、御者はふっと笑った。

「なんだ、“ドュドュ”初めて見るのかい?」

「そうだな! 初めて見るぞ! この鳥、ドュドュって言うのか」

「そうだ! かっこいいだろ。撫でてみるかい?」

「え!! いいのか!! ……毛がスゲー柔らかいなー!」

「だろ? 毛がすごく気持ちいいんだ。……それより、お客様方、どこかへ向かうんだろ?」

リノアは少し緊張しながら、御者に話しかける。

「あのー! トーメル王国まで行きたいんですけど……」

「トーメル王国ね。それなら、八百バルだ」

「……あの、二十バルしかないので、行ける所まで乗せてもらえる事って出来ますか……?」

「はあー? 二十バルしかないだと? それは無理だ! 他の御者へ頼みな!」

「おいおっさん! 別にいいじゃねーか! 途中まででも!!」

御者の顔色が少し険しくなる。

「あのな坊主、こっちも商売でやってんだ。大抵の御者はな、道中、魔物か盗賊に襲われないように“冒険者”を雇ってんだ。そいつらにも報酬を支払わないといけない。たったそれっぽっちじゃ報酬代にもならん! 他あたってくれ!!」

「ならオレ達も雇っとってくれよ! それならいいだろ!!」

「なにを言ってるんだ? おまえさんら、冒険者ギルドにも入ってないだろ!」

「入ってるし!! だから雇え!」

「ならプレートを見せてくれ。冒険者なら、みんな持ってるぞ」

「は? プレートってなんだ?」

御者は深いため息をつく。

「プレートは冒険者の証だ。それがないと冒険者とは言わない! ……それに、君たち弱そうだしな。雇ってもグレイウルフ一匹に勝てなそうだし」

「このジジイ!! グレイウルフは知らねーけど、オレとリノアはビックボア、ハンドベヤーを、一人で倒せるんだぞ!」

「ほー、そうか。――嘘は誰でも吐けるからな。聖女様はまだわかる。だけど坊主は、強く見えないね」

御者のその一言で、アデルの堪忍袋の緒がぷちんと切れる。

「おい! テメェー!! なめるのもいい加減にしろよ……!!」

「ちょっと!! アデル! ダメッ!!」

リノアが慌てて止めるが、アデルの拳はもう半分ほど振り上げられている。

「ひいっ!」

「雇主さーん! お客見つかった?」

アデルが殴りかかろうとした、その瞬間。
カリッ、とパンをかじる音と一緒に、のんびりした女性の声が聞こえてきた。

アデルが振り返ると、革製の防具を身につけた女性が、口にパンを咥えたまま近づいてきていた。

「この子達、お客様?」

「ち、違う! こいつら、俺を殴ろうとしてきたんだ!!」

御者はすかさず、その女性冒険者の後ろに隠れる。

「君たちー、暴力はよくないよー?」

「まだ殴ってねー!!」

「皆さん本当にすいません!」

リノアはぺこりと頭を下げる。

「リノア! なんで謝るんだよ!! こいつ、オレの事舐めてたんだぞ!!」

「もう!! アデル!! いい加減にして!! ムカついているからって、なんですぐ殴ろうとするの!! そんなじゃ、仲間もできないよ!! ……それに、お金ないわたし達が悪いの。だから歩いて王国まで行くよ! 御者さん、ご迷惑かけてすいません。アデルも謝るの!!」

リノアはアデルの頭をぐいっと押さえて、無理やりお辞儀させる。

「なんだー? 揉め事か?」

頭を上げると、さきほどの女性と同じ防具を着た二人の男性冒険者が近づいてくる。

「御者さん、お客さん連れてきたよ。トーメル王国行きたいらしい」

男冒険者がそう言って指さした先には、かなり高価そうな服と装飾品を身につけた老夫婦がいた。

御者は女性冒険者の背中からそっと出てきて、老夫婦を鳥車へ案内する。
アデル達を一度だけねめつけるように睨み、そのまま無言で横を通り過ぎて行った。

「坊やー、すぐケンカ腰になっちゃダメだよ〜」

女性冒険者は、アデルの頭をポンポンと叩き、それから自分の装備を整え始める。
男性二人も剣や盾を確認し、移動する準備を整える。

「アデル、あの人達が御者さんの雇った冒険者なんだね。首元にプレートあるの見た? 星のマークが一つあったよ」

「あっそ」

アデルはまだ、自分が“弱い”と言われたことにイラついているようで、御者の背中を睨み続けている。

「アデル、イライラしてもしょうがないから、もう歩いてトーメル王国まで行くよ。野宿しながら進みましょう!」

御者は、アデルの視線を完全に無視して、老夫婦を乗せると、ドュドュに合図を出して走り出す。
鳥の背に跨った冒険者たちも、その後を追って走り去っていった。

「アデル、行くよ!」

リノアはトーメル王国へ向かう街道に歩み出す。
アデルもまだ不満げな表情のまま、しかし一応リノアの後ろについて歩き出した。





「リノア!! あのデケー牛なんだ! 毛で前見えてないだろ!!」

しばらく歩くうちに、アデルの機嫌はいつの間にか元に戻っていた。
見たことのない魔物や家畜を見るたびに、好奇心が勝ってしまうらしい。

「あれ、カラバオだと思う。前におとうさんが言ってた」

「カラバオか! 肉旨いのか?」

「そこまではわからないよ〜」

「それよりトートル諸島だっけ? クソ広いな!! 平原がずっと続いて景色に飽きちゃうな!!」

「わたし達が住んでた島より圧倒的に大きいよね。アデルの言う通り、景色には飽きちゃうかも」

「だろー! あとどれくらいで着くんだよー。魔物はいるけど、人全然見ないな」

「人、いないね〜。鳥車に乗って移動するのが主流なのかな? それか、さっきの冒険者みたいにドュドュに乗って移動してるのかもね」

「ドュドュ、オレも乗りてー!!」

くだらない話を続けながら歩いていると、やがて前方に森の影が見えてきた。

「アデル、そろそろ日が暮れそうだから、この森の中で一晩過ごそ」

「まだ行けるだろ! どんどん進もうぜ」

「まだまだ長旅になりそうだから、体力を休めるのが重要なの。わたし疲れたし、真っ暗になった森進むのは危ないし!」

「オレは真っ暗でも余裕だぞ!」

「わたしは余裕じゃないの! 休めそうな場所、一緒に探すよ」

「ハイハイ、仕方ねーなー」

二人は森の中へと入っていく。
木々がびっしり生い茂り、陽の光はほとんど届かない。薄暗い空気が、じっとり肌にまとわりつくようだ。

「木多いな!! オレの住んでた森より多いぞ!! どっかにツノムシいねーかなー」

「ちょっとアデル! 真面目に休めそうなとこ探して!」

「うるせーなー、探してるっちゅーの!」

アデルがふと右側へ視線を向けた、その時。

地面の上に、何か白いものが転がっているのが目に入った。

「リノア!!」

「どうしたの! 急に声出してビックリするじゃん!」

「リノア、人の手らしきものが、あそこにあるぞ!!」

「アデル!! 怖い事言わないの! わたしビビんないもん!」

アデルはその“手らしきもの”の方へ歩いていく。

「ちょっとアデル〜」

リノアも震える足を無理やり動かし、ついて行く。

恐る恐る近づいて確認すると――それは本当に“人の右腕”だった。
斬られたような綺麗な切断面ではない。骨と肉がむき出しになった、引きちぎられたような断面。

リノアはこみ上げてくる吐き気を必死にこらえる。

アデルはさらに奥へと歩いていく。

そこには――少し前に鳥車のところにいた、男性冒険者二人の死体が転がっていた。

一人目は右腕がなく、胸には深い爪跡。
二人目は、首と左足が消えていて、少し離れた茂みの中には、目を見開いたままの生首が転がっている。

「う、うっ……!」

背後からえずく音がした。
アデルが振り返ると、リノアが両手を震わせながら、その場に膝をつき、必死に呼吸を整えようとしていた。
ついに耐えきれず、胃の中のものを吐き出してしまう。

「リノア、どうしたんだ?」

「ア、アデ……ル……はあっ……はあっ……なん、で……アデルは、へ、平気なの……? 怖く……ないの……?」

初めて目の当たりにする“人の死体”。
しかも、あまりにも無惨な姿。
リノアは、なんとか正気を保とうと必死だ。

「オレは死体見るの、初めてじゃないからなー。あと、怖くなねー」

アデルは表情を変えず、冷静に死体を観察する。

「この死体、まだ新しいかもしれん。御者と、女の冒険者がいねーな。盗賊に襲われたのか、もしくは野生の魔物に襲われたか知らねーけど……まあオレらには関係ねーから、とっとと寝床探そうぜ」

あまりにもあっさりとした物言いに、リノアは目を見開く。

なんとか呼吸を整え、唇を噛み締めながら口を開いた。

「アデル……もしかしたら御者さんや、もう一人の冒険者も近くにいるかもしれない。だから、助けに行こう」

「なに言ってんだ? おまえ、なんで助けねーといけないんだよ。オレらには関係ねーし。仮に御者だったら、オレ達を雇えばよかったんだ。そうすれば、こうはならなかったはずだ。冒険者やってる時点で、死は付きものだから、覚悟してやってるだろきっと。……ただそいつらが弱かった、それだけだ」

「ア、アデル! なんでそんな事言うの!! まだ生きてるかもしれないでしょ! せっかく救える命があるのに、なんで助けようとしないの!!」

「じゃーなんだ!! 旅してて同じ光景にバッタリ会ったら、毎回毎回助けに行くのか! バカじゃねーの!! オレ達でもいつ死ぬかわからねーのに、他人にそこまでする必要はねー! 弱い奴は冒険者なんかやらずに、家で大人しくしてればいいんだよ」

「ーー……確かにアデルの言う通りかもしれないね……でもね、アデル、そんな考えじゃダメな気がするの……言葉では言い表わせないけど……そんな事してたら、わたし達、おかしくなっちゃうと思うの」

「おまえ、さっきから何言ってんだ? 全然おかしくねーよ。仮に助けたとして、オレ達どちらか死んだら元も子もないし、御者達ももう死んでるかもしれねー。だからさっさと行こうぜ」

アデルは踵を返して歩き出すが、リノアはその場から動かなかった。

「わたし……助けに行く。……アデルは着いてこなくていいよ。御者さん達、亡くなってるかもしれないけど、生きてる可能性もあるでしょ」

「はあ!?」

「アデル……困ってる人、わたし助けたいの。世の中、悪い人やいい人もいるの。悪い人は許せない。……けど、いい人が殺されたり、死んじゃうの、嫌なの……御者さんは、わたしの中で“いい人”。冒険者の人もいい人。皆んなの為に動いてる人は、いい人なの。……だからねアデル、わたし、助けに行くね……」

アデルは舌打ちし、苛立たしげに叫ぶ。

「おいおいリノア! オレ達の旅の目的はなんだ? 塔の攻略だろ! おまえは塔を全部攻略して、母親を生き返らせるんだろ!!」

「うん、そうだよ……塔を早く攻略して、お母さんを生き返らせる。それが一番の目的だよ。でもね、アデル……お父さんに、お母さんについて一つだけ聞いたんだ。“どんな人なのか”って。そしたらね、お母さんは……困ってる人見ると、ほっとけなくて、すぐに助ける人なんだって。だから、お母さんの周りは、常に笑顔を向けてくれる人が多かったって言ってたんだ。

……わたし、凄く嬉しくて。わたしもお母さんと一緒で、困ってる人、傷ついてる人がいたら、ほっとけないんだよ。救える人がいるなら、わたしは手を差し伸べたいの。辛い顔より、笑顔になった人達がいっぱい居た方が、わたしも幸せな気持ちになれるから。

……あと、わたし“聖女”だから。聖女は塔の試練とは別に、“人を助ける”のも試練に入ってると思うの。だから、行ってくる。……アデルは着いてこなくていいよ。どんな危険があるかわからないから……」

「……っ」

少しの沈黙のあと、アデルは乱暴に頭をかく。

「待てよ。オレは最強の男になるんだぞ。危険があるだと? オレが行けば、危険な所も安全になるんだよ! あと、リノアが死なれたら、オレの目的が達成できねぇ! だからオレもついていく!」

「……いいの? 目的とは関係ないよ……?」

「うっせ! オレはカルレンに“リノアを死なせねー”って言ったからな! だから着いていくんだ!」

「あ、ありがとう……アデル!!」

「なに泣いてんだ?」

「泣いてない!!! こっち見るな!」

リノアは慌てて涙を拭う。

「その前にいいか、リノア。もし相手が“人”だった場合、どうする? 襲って来た奴、殺せるか?」

「そ、それは……」

「躊躇うなよ。一瞬でも判断ミスったら、逆に死ぬぞ!」

「……う、うん」

「腹を括れよ、リノア! とりあえず周り見て、どこに御者を襲った奴が行ったか探すぞ」

「わかった!!」

二人は手分けして周辺を探索する。
やがてリノアが、土の上に残った車輪の跡を見つけた。

「アデル!! 来て!! こっちの方へ逃げたかも!」

「わかった、すぐ行く!!」

二人は鳥車の轍を追い、森の奥へ走っていった。





「今日は最高の獲物が見つかりましたね、姐御」

「ええ、そうね。御者を今日狙って良かったわ。護衛の冒険者も弱くて助かった」

森から少し離れた場所。
大きな岩を背に、顔の下半分を黒い布で覆った男女が楽しそうに話している。
そのすぐ傍には鳥車が停められており、中からはドンドンと扉を蹴る音が鳴り響いていた。

「誰が蹴ってるんですかね、姐御」

「決まってる。女冒険者だろ。扉開けて、ちゃんと状況を把握してもらおう。トル! ビックベアー二頭連れてきな!」

「はい! 姐御!」

トルと呼ばれた男がその場を離れ、女盗賊は鳥車の方へ向かう。
ギギッと扉を開けると、そこには老夫婦、御者、女冒険者の三人がいた。

三人とも手足をきつく縄で縛られ、口にも布が巻かれている。
女冒険者は涙を流しながら何かを訴えようとするが、もちろん声にはならない。

「そんなに暴れるな。おまえらを殺したりはしないよ。ただ、ちょっとだけ――色々と“情報”だったり、“商品”になってもらうまでだよ。あと少し移動したら、我々の仮のアジトが近いからね。そこまで移動だよ」

「姐御、連れて来ました!」

トルが戻ってくる。
その手には鎖の手綱――その先には、首輪をつけられた二頭のハンドベアーが繋がれていた。

「“なつく草”の効果は本当だったんだな!」

「そうですね! 姐御! あの物売りから奪ってよかったです!! どこで手に入れたんですかね? 殺さずに、生かしておけばよかったです」

「まあ、仕方ないわね。さっさとあたしらに渡さないのが悪い」

「その通りですね! 姐御!! それよりこの女冒険者、どうします? 金にならなくないですか?」

「何言ってんだトル。こいつの顔、よく見てみろ。意外に可愛いだろ〜? 奴隷商に売れば、多少の金は手に入る。野郎どもは商品にもならねーから、ハンドベアーの餌にしてやったし」

「いや〜ハンドベアー、凄かったですね!! 男共の悲痛な叫びが、面白かったです!」

「よしトル! そろそろ行く準備するよ!」

女盗賊がトルに背を向けて話している時、御者が縛られたまま立ち上がろうとする。
しかし、それを見た女盗賊に、すぐさま頭を蹴りつけられ、地面に蹲った。

「おいおっさん。次、立とうとしたら足折るからな」

女盗賊が再び扉を閉めようとした、その時。

「アデル! あれかも!!」

「おお! やっと見つけたぞ! 鳥車!! ……ん? あれ、ハンドベアーか?」

「ほんとだ!! 襲われそうなのかな? アデル、さっさと倒して助けに行くよ!」

「言われなくても行くっての!」

「トル! なんだあのガキ達は。しかも聖女か!!」

「姐御、どうしますか? 殺しますか?」

「どっかの貴族が、“聖女の血”が欲しいって噂を聞いたことがあるな」

「そうなんですか! 姐御!!」

「一応、聖女を捕まえたあと、頭に報告して――殺すか、売るか考えるさ。……あの坊主はどうする?」

「男は売れんからな。死んでもらうしかないね。悪いね、坊主」

鳥車の中の御者たちは、さっき口論していた少年達だと気付き、なんとかここへ来ないようにと、必死に暴れようとする。
しかし女盗賊の容赦ない蹴りが腹を抉り、再び蹲るしかない。

「とりあえず、ハンドベアーの餌にしておやり!」

トルはハンドベアーの首輪を外し、鎖を解き放つ。
二頭は獲物を見つけて怒涛の勢いで、アデルたちめがけて突っ込んでくる!

「ん? あのハンドベアー、こっちに来るぞ。リノアは左をやってくれ。オレは右をやる」

「わかった! 任せて!」

まずリノア側に来たハンドベアーが、唸りながら爪を振り下ろしてくる。
リノアは一歩、右へ滑るように避け、右手を前に構えた。

「ラミーナ!!」

風の刃が、ハンドベアーの首筋を一閃。
次の瞬間、その太い首は綺麗に切断され、巨体が地面に崩れ落ちた。

「姐御!!!!! 一瞬でハンドベアーが、や、やられました!!」

「は!? ……聖女って、こんなに強いの!? ……なら、あのガキは?」

女盗賊がアデルの方を見ると――
そこには、ハンドベアーの振り下ろした腕を片手で受け止めている少年の姿があった。

盗賊たちも、鳥車の中の人たちも、その光景に言葉を失う。

「トル。あたしらの仲間で、あのガキみたいな事できる奴、いる?」

「そ、そんなやつ……いるわけないじゃないですか!! なんなんですか、あのガキ……!」

アデルは掴んでいた腕をぐっと押し返し、一言呟く。

「ペガルイム・プルス」

一瞬、空気が歪んだかと思うと、ハンドベアーの巨体がふっ飛び、盗賊達の方へ吹き飛ばされる。
鳥車の真横に叩きつけられたハンドベアーは、口から血を垂らし、そのまま動かなくなっていた。

「は? え? ……なにが起こって……」

「あ、姐御……」

アデルはそんな盗賊達をちらりと見ると、鳥車へと歩み寄る。

「おまえら、大丈夫か? ……ん? なんでこいつら縛られてるんだ?」

アデルが少し油断した瞬間、トルが懐からナイフを取り出し、背後から飛びかかる!

「トル、やめろ!!」

女盗賊の制止も間に合わない――が。

アデルは振り返りもせず、ひょいと体をずらし、そのままトルの首に回し蹴りを叩き込んだ。

「ぐぼっ!」

嫌な音とともに、トルの首はあり得ない角度に曲がり、そのまま地面に倒れ込む。

「……ーーー、わ、わるかった……」

腰を抜かした女盗賊が、顔を真っ青にして震える。

「なんで謝ってるんだ、おまえ?」

アデルは首をかしげながら、鳥車の扉を開け、中の縄を解いていく。

「アデル、早すぎ。それより、何があったの? ……!! 御者さん達、大丈夫ですか!! 今、紐解きますね!」

女盗賊は、自分も殺されると思ったのか、その場で立ち上がることも出来ず、ガタガタと震えている。

リノアも鳥車の中へ入り、老夫婦と女冒険者の縄を解き始めた。

「あ、あり……がとう……坊主達……」

「助かった……本当にありがとう!!」

拘束から解放された老夫婦は、何度も何度も頭を下げる。

その時――女冒険者が立ち上がると、ふらふらと女盗賊の方へ歩いて行き、いきなり思いっきり蹴りを入れた。

「おまえらのせいでええええ!! あたしらの仲間がぁ……っ……このっ……!! 死ね! 死ね!! 死ねえええ!!」

女盗賊は地面で丸まり、その上から何度も何度も蹴りが降る。

「落ち着いてください!!」

リノアは慌てて女冒険者の腕を掴むが、力任せに突き飛ばされ、背中から鳥車の壁にぶつかった。

「いっ……!」

「おい!」

アデルが女冒険者の肩を掴む。

「触るなああ!!」

女冒険者の拳がアデルに飛ぶ――その瞬間。

アデルは彼女の顔の目の前で、両手をぱんっ! と叩いた。
乾いた音が車内に響き渡る。

「落ち着いたか、ボケ!」

女冒険者は、その場に崩れ落ち、声を上げて泣き出した。

「リノア、大丈夫か?」

「へっちゃらだよ! それより、何があったんですか?」

リノアは立ち上がり、辺りを見回す。
御者の人が腹部を押さえてうずくまっていたので、すぐに近づきヒールをかける。

「……あ、ありがとう!!! 本当にありがとう!! 俺達は、普通に道沿いに進んでいたら、急にハンドベアーが現れて襲われてな。途中から盗賊も来て、今の有り様だ……」

「そうだったんですね……この後どうするんですか?」

「トーメル王国のギルドに報告するつもりだ。助けてくれてありがとう!!」

御者はまた頭を下げる。それに続いて老夫婦も、涙ぐみながら何度も礼を言う。

女冒険者はまだへたり込んだまま動けず、肩を震わせていた。

リノアはどんな言葉をかければいいのか分からず、迷っていると――
アデルが、ずかずかと女冒険者の前に立つ。

「おまえが弱いから、こんな結果になったんだ」

「アデル!! いきなり何言って……」

「リノアは黙ってろ!」

アデルは女冒険者を見下ろしたまま、言葉を続ける。

「おまえが強かったら、仲間は死なずに済んだ。ただ、それだけだ」

パシンッ!

乾いた音が鳴った。
アデルの頬が、くっきり赤く染まる。

「いってえな!! なにすんだよ!!」

「大切な仲間を失ったんだよ!! なんでそんな酷いこと言うの!!」

リノアは涙を浮かべてアデルを睨む。

「聖女……さん……もう、いいの……」

女冒険者が、かすれた声でぽつりと呟く。

「少年……の言うとおり……弱い……わたしが、悪いの……っ……ぅ……なにも……できなかったの……怖くて……っ……動けなかった……」

女冒険者は涙をぼろぼろこぼしながら、自分を責め続ける。
リノアはそっと隣に座り込み、優しく抱きしめた。

「……大丈夫……大丈夫だよ……」

そんな様子を見ていた御者が、口を開く。

「あの、申し訳ないが――いち早くこの場を離れたい。聖女さん達、お代はいらないから、この鳥車の護衛を頼みたい。トーメル王国までお客さんを送って行くから、聖女さん達も丁度いいだろ? だから頼む!! ……あと、坊主。さっきは悪かった。坊主、とても強いんだな!!」

アデルはさっき叩かれた頬をさすりながら、どや顔になる。

「あたりまえだ! オレは強いんだ!! 歩くの疲れたし、丁度いいわ。護衛は任せろ」

「客車が四人しか入れないから、坊主は御者席に座ってくれるか?」

「一番前だな! いいぜ!」

アデルはちらっとリノア達を見る。
リノアは女冒険者の背中をゆっくり撫でながら、「大丈夫、大丈夫」と優しく繰り返している。

アデルはそれ以上何も言わず、鳥車から出て御者席へと跳び乗った。

「それじゃー、出発するぜ」

御者が手綱を握り、ドュドュに合図を送る。
ドュドュは「クェ!」と鳴き、力強く地面を蹴って走り出した。

ーーーーーー
魔物図鑑

魚類
ドラバンフィッシュ(淡水、海水どっちでも可)
黒い体と赤い目が特徴の魚、最大で二メートルまで成長する
獰猛な性格で、自分より大きな奴でも容赦なく襲いかかる
基本逃げる事はなく、勝つか負けるしかない
ごく稀に逃げ出す個体がいる場合があり、その時は体から黒いぬめりを出して逃げる、そのぬめりには美肌効果ある、だが逃げる個体がとても少なく中々入手しづらい
魚の味はまずい

パニックフィッシュ
基本群れで行動する魚、群れから離れてしまうと、パニックになりあちこち泳ぎまくって力尽きて死んでしまう
ごく稀に一匹でも行動できる個体が現れるらしいとの噂


ドュドュ
飛べない大きな鳥、羽の色は色々ある、オスは足がメスよりも太く爪も鋭い年に三回発情期があり、その時期は凶暴な性格になる

なつく草
非常に珍しい草、魔物に食べさせるとある程度の魔物は食べさせた人になつく、似てる草としてなつき草もある魔物に与えても特に効果がない

ーーーーーー
競魚
十コースあり、誰が早くゴールに着くか予想しお金を賭ける場者

お金
金貨=1万バル
白金=金貨千枚


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「この船デカイな! 初めて乗ったぞ!」
「たしかに大きいよね! 貨物とかも載せてるからだと思う」
「ふーん」
二人で手すりに寄りかかり、きらきら光る海を眺めていると、後ろからがらっとした声が飛んできた。
「おーい! おまえら、すごい乗りかたしたな!」
振り返ると――頭の上には丸い耳、口元からは鋭い牙。
大柄な体を全身茶色の毛で覆った獣人が、ニコニコしながら近づいてくる。
「デケー犬がしゃべってる!!! なんだおまえ!!」
「ちょっとアデル!! 彼は獣人族なの!! すいません、アデルが失礼なこと言って……」
「ガハハ! 気にしなくていいぞ。坊主、獣人見るのは初めてか?」
「初めてだ!! にしても毛がすげーふかふかだ!!」
アデルは興味津々で、遠慮なくその腕の毛をむにむに触る。
「コラ! アデル!!」
「別にいいだろ!」
「仲がいいじゃねーか、ガハハ」
獣人は本気で気にしていないようで、楽しそうに笑う。
「聖女さん、別に気にする必要はねーよ。この坊主が初めて見るって言ってるからな、思う存分触ってやれ」
「ありがとうございます!」
「おい、獣人! おまえ名前なんて言うんだ?」
「おう? なんだ坊主。俺はガルルって言うんだ」
「ガルルか! オレはアデル! よろしくな!」
アデルはぐいっと手を差し出す。
ガルルもにやりと笑い、その手をがっしり握り返した。
「これでオレ達仲間だな!!」
「清々しいな、おまえ。おう、よろしくなアデル! ……それより、今日乗ってこないと思ってたぞ。お金は先にもらってたから、どうすっかなーって悩んでたところだ」
「オレのジャンプすごいだろ!!」
「無茶な乗り方してごめんなさい……」
「怪我してねぇなら大丈夫だ。ガハハハ! おまえら、やっぱりトートル諸島にある塔の攻略で、この船に乗ったんだよな?」
「そうです! その為に乗りました!」
「やっぱりな。聖女様だもんな、そうだと思ったぜ。たしか、あの塔の名前は――トラウス、だっけな?」
「おいガルル、塔に名前なんてあったのかよ! リノア、知ってたか?」
「わたしも初めて知ったよ」
「塔はな、聖女達の試練場でもあるが――神大時代に起こった“光闇戦争”で活躍した英雄の墓でもあるんだ」
「知らなかったぞ!」
アデルはふと足元の海を見下ろし、目を見開く。
船の真下を、銀色の影がうねりながら何層にも重なって泳いでいた。
「おい!! なんだこの魚の量は!!」
「驚くだろ! あれは“パニックフィッシュ”の群れだな。あいつらは常に群れで行動してるんだ」
「オレ豚魚しか見たことねー」
「豚魚か! カスボ村にはそいつら多く生息してるんだな。ガハハハ」
「あのー、ガルルさん」
「ん? なんだ聖女様」
「トートル諸島に着くまで、どれくらい掛かるんですか?」
「そうだな……五日ぐらいだな」
「五日も掛かるんですね」
「こればっかしは、しょうがないんだ。風と潮次第よ。また何か困ったことがあったら、いつでも船員に言っていいからな。俺はちょっと荷物の方見てくるわ」
「ありがとうございます、ガルルさん」
ガルルが去っていき、甲板には潮風と波の音だけが残る。
アデルはまだ海面を覗き込み、目をきらきらさせている。
リノアはそんなアデルの隣に立ち、頬を撫でる風の心地よさを感じながら、胸の奥でもう一度、自分の目的をぎゅっと握り直した。
「よしっ!」
「どうした? リノア?」
「べ、別になんでもないよ! ……アデルも、初めて旅に出るでしょ。不安な気持ちあったりしない?」
「不安? そんなもんあるわけねーだろ。オレは今、すげーワクワクしてるんだぞ! 早く塔攻略してーし、あとはいろんな魔物と戦いたくてウズウズしてんだ!!」
アデルは興奮気味に身振り手振りを交えながら、今の気持ちをぶちまける。
「やっぱりアデルはアデルだね」
「オレはオレだ! ……って、なに笑ってんだよ」
リノアも大きい船に乗るのは初めてだ。
少し緊張しつつも、好奇心に背中を押され、船内を歩いて見て回る。
乗客は自分たち以外いないらしく、見かけるのは甲板や船室を忙しなく行き来する船員だけ。
振り返ってみると、カスボ島はもう豆粒みたいに遠く、青い空と海の境目に溶けかけていた。
「五日間の移動か〜……あ! そうだ!!」
リノアは何か大事なことを思い出したように、ぱっと顔を上げると、アデルの方へ駆け寄る。
「アデル! 持っていた荷物、そういえばどうしたの?……」
「荷物? なんの事だ? ……ん? ……あああ!! やべー! あの時リノアを抱っこする為、荷物置いたんだった!」
「ど、どうしよー……あの荷物には寝袋や、旅に必要なお金が入ってるのに〜!」
「ガルルに頼んで、船引き返すように伝えるか!」
「急には無理だよ……少しだけお金持ってるけど、二十バルだけじゃ、鳥車に頼んでもトーメル王国まで着けない……」
「トーメル王国? なんでそのままトラウスの塔まで行けばいいじゃん」
「トーメル王国には“ギルド”があるから登録したいの。お金稼ぐ為には必要な場所だから」
「ふーん……まあ、ウダウダ考えたってしょうがねー。とりあえず、着いたら考えようぜ」
「ううっ……そうだね……アデル……」
リノアは不安を抱えながらも、それでも前に進むしかないと、ぎゅっと拳を握る。
二人を乗せた船は、白い波を切り、トートル諸島へと向かっていく。


「やっと着いたああああああ!!!! うおおおお!! 地面だ!!!!!」
「アデル!! 声がデカい!!」
船から降りたアデルは、港の石畳に両手をついて大げさに感動している。
「長旅おつかれさん!! おまえら、無事に塔攻略してこいよ!」
「ガルルのおっさん! あんがとな!」
「ガルルさん、ありがとうございます」
「おうよ! そんじゃ、元気でなー!!」
ガルルはひらひら手を振り、再び船内の仕事へ戻っていった。
ここはトートル諸島の玄関口――グロージ漁港。
外に出ると、すぐ目の前には新鮮な魚を山のように並べた露店や、魚料理の香りを漂わせる屋台がずらりと並んでいる。
「すげーー! めちゃくちゃいい匂いするし! 見たことねー魚いるし! 人めっちゃいるし!!」
「アデル! 迷子になっちゃうから、よそ見しないで着いて来て」
二人は人混みをかき分けながら、なんとか通りを進んでいく。
「リノア!!! なんだあの建物!」
アデルが興奮して指さした先には、周りの建物とは明らかに違う、でっかいドーム状の建物があった。
「わたしも初めて見る」
「リノア! 見に行こうぜ!!」
「ちょっ! アデル!!」
アデルはすでに駆け出していて、リノアは慌ててその背中を追いかける。
ドーム状の建物の前に着くと、入り口付近には大勢の人だかり。
その真ん中で、真っ赤な服を着たおじさんが、景気よく声を張り上げていた。
「さあ! お客様達! どの魚にお金を賭けるか決まったかー! 決まったならチケット買った買った!!」
「あの赤い服着たおっさん、声デカ! お金を賭ける? チケット? 何言ってんだ?」
「アデル、見て。あそこ、すごい列だね。あのチケット買ってるのかな?」
リノアが列に目を向けている間に――気付けばアデルは、もう赤服のおっさんの目の前にいた。
「おい、おっさん!!」
「ん? なんだ坊主。いきなり“おっさん”って」
「さっきからデカい声出して何してんだ? お金賭けるとか、何言ってんだ?」
「坊主、“競魚(けいぎょ)”知らないのか?」
「けい、ぎょ? なんだそれ」
「ちょっとアデル」
リノアも慌てて横へ並び、軽く会釈する。
「すいません、お仕事の邪魔して」
「あんた、聖女さんか。そりゃ珍しい。……それより坊主、競魚について教えてやろう」
赤い服のおっさんは胸を張ると、得意げに説明し始める。
「競魚ってのはな、十匹の魚が同時に泳ぎ出して、どの魚が一番先にゴールするか予想する遊びだ! お客さんは“こいつが一等だ!”と思う魚にお金を賭けるんだ」
「ただそれだけか?」
「あー、そうさ。ただそれだけだ。もし予想が当たれば、賭けた金の倍の金額が懐に入ってくるからな! ちなみに賭け金は金貨一枚からだ!」
「へー、それだけでお金貰えるのか!! リノア! これやろうぜ!」
「アデル! やるわけないでしょ! 二十バルしかないんだよ! あと、トーメル王国に向かうのが先なの!!」
「おまえさんら、金ねーのか。だったら俺が金貸し紹介してやるぜ?」
「結構です!! アデル、いくよ!!」
リノアはアデルの腕を掴み、その場からずるずる引き離す。
丁度その時、ドーム入口からわらわらと人が出てきて、ざわめきがさらに大きくなる。
その中で、一人だけ地面にへたり込み、頭を抱えながら叫んでいる男がいた。
「どうしてだああああ!!! なんで今日に限って一位でゴールしてないんだよおおおおお!! あああああああああああ!! ドラバンフィッシュに金貨百枚賭けたんだぞおおおお!! どうしてなんだああああ!!!」
アデルとリノアは、その迫力に思わず足を止める。
周りからは、ひそひそとした声がこぼれた。
「あいつあの様子だと、借金して金用意したんだな」
「あいつ終わったな。借金返せなかったら奴隷商に売られるな」
「数年前にもドラバンフィッシュに金貨百枚賭けた奴いなかったか?」
「いたなー。たしかあれ聖女だったろ。あれくらい騒いでなかったか?」
「アデル、見た!? 賭けごとは、大抵損する事が多いの!」
「あの赤い服のおっさん、損する事なんて一言も言わなかったぞ」
「チケット買わせるために、わざと言ってなかったのかもね」
「あの野郎! ぶっ飛ばす!」
「アデル! そんな事しなくていいから、行くよ!」
リノアはまたアデルの腕を引き、港の喧騒から少し外れたほうへ歩き出す。
しばらく進むと、鳥車(ちょうしゃ)が一台だけ停まっている場所に出た。
少し離れた位置からでも、車を引く巨大な鳥の迫力がわかる。
二人は駆け足で近づき、御者を探す。
「お客さんかい?」
声の方を見ると、茶色い羽を櫛でとかしている男がいた。
粗末な服装だが、ドュドュの扱いには慣れているのが仕草から伝わってくる。
「クソデケー鳥だな!!」
アデルが素直な感想を叫ぶと、御者はふっと笑った。
「なんだ、“ドュドュ”初めて見るのかい?」
「そうだな! 初めて見るぞ! この鳥、ドュドュって言うのか」
「そうだ! かっこいいだろ。撫でてみるかい?」
「え!! いいのか!! ……毛がスゲー柔らかいなー!」
「だろ? 毛がすごく気持ちいいんだ。……それより、お客様方、どこかへ向かうんだろ?」
リノアは少し緊張しながら、御者に話しかける。
「あのー! トーメル王国まで行きたいんですけど……」
「トーメル王国ね。それなら、八百バルだ」
「……あの、二十バルしかないので、行ける所まで乗せてもらえる事って出来ますか……?」
「はあー? 二十バルしかないだと? それは無理だ! 他の御者へ頼みな!」
「おいおっさん! 別にいいじゃねーか! 途中まででも!!」
御者の顔色が少し険しくなる。
「あのな坊主、こっちも商売でやってんだ。大抵の御者はな、道中、魔物か盗賊に襲われないように“冒険者”を雇ってんだ。そいつらにも報酬を支払わないといけない。たったそれっぽっちじゃ報酬代にもならん! 他あたってくれ!!」
「ならオレ達も雇っとってくれよ! それならいいだろ!!」
「なにを言ってるんだ? おまえさんら、冒険者ギルドにも入ってないだろ!」
「入ってるし!! だから雇え!」
「ならプレートを見せてくれ。冒険者なら、みんな持ってるぞ」
「は? プレートってなんだ?」
御者は深いため息をつく。
「プレートは冒険者の証だ。それがないと冒険者とは言わない! ……それに、君たち弱そうだしな。雇ってもグレイウルフ一匹に勝てなそうだし」
「このジジイ!! グレイウルフは知らねーけど、オレとリノアはビックボア、ハンドベヤーを、一人で倒せるんだぞ!」
「ほー、そうか。――嘘は誰でも吐けるからな。聖女様はまだわかる。だけど坊主は、強く見えないね」
御者のその一言で、アデルの堪忍袋の緒がぷちんと切れる。
「おい! テメェー!! なめるのもいい加減にしろよ……!!」
「ちょっと!! アデル! ダメッ!!」
リノアが慌てて止めるが、アデルの拳はもう半分ほど振り上げられている。
「ひいっ!」
「雇主さーん! お客見つかった?」
アデルが殴りかかろうとした、その瞬間。
カリッ、とパンをかじる音と一緒に、のんびりした女性の声が聞こえてきた。
アデルが振り返ると、革製の防具を身につけた女性が、口にパンを咥えたまま近づいてきていた。
「この子達、お客様?」
「ち、違う! こいつら、俺を殴ろうとしてきたんだ!!」
御者はすかさず、その女性冒険者の後ろに隠れる。
「君たちー、暴力はよくないよー?」
「まだ殴ってねー!!」
「皆さん本当にすいません!」
リノアはぺこりと頭を下げる。
「リノア! なんで謝るんだよ!! こいつ、オレの事舐めてたんだぞ!!」
「もう!! アデル!! いい加減にして!! ムカついているからって、なんですぐ殴ろうとするの!! そんなじゃ、仲間もできないよ!! ……それに、お金ないわたし達が悪いの。だから歩いて王国まで行くよ! 御者さん、ご迷惑かけてすいません。アデルも謝るの!!」
リノアはアデルの頭をぐいっと押さえて、無理やりお辞儀させる。
「なんだー? 揉め事か?」
頭を上げると、さきほどの女性と同じ防具を着た二人の男性冒険者が近づいてくる。
「御者さん、お客さん連れてきたよ。トーメル王国行きたいらしい」
男冒険者がそう言って指さした先には、かなり高価そうな服と装飾品を身につけた老夫婦がいた。
御者は女性冒険者の背中からそっと出てきて、老夫婦を鳥車へ案内する。
アデル達を一度だけねめつけるように睨み、そのまま無言で横を通り過ぎて行った。
「坊やー、すぐケンカ腰になっちゃダメだよ〜」
女性冒険者は、アデルの頭をポンポンと叩き、それから自分の装備を整え始める。
男性二人も剣や盾を確認し、移動する準備を整える。
「アデル、あの人達が御者さんの雇った冒険者なんだね。首元にプレートあるの見た? 星のマークが一つあったよ」
「あっそ」
アデルはまだ、自分が“弱い”と言われたことにイラついているようで、御者の背中を睨み続けている。
「アデル、イライラしてもしょうがないから、もう歩いてトーメル王国まで行くよ。野宿しながら進みましょう!」
御者は、アデルの視線を完全に無視して、老夫婦を乗せると、ドュドュに合図を出して走り出す。
鳥の背に跨った冒険者たちも、その後を追って走り去っていった。
「アデル、行くよ!」
リノアはトーメル王国へ向かう街道に歩み出す。
アデルもまだ不満げな表情のまま、しかし一応リノアの後ろについて歩き出した。


「リノア!! あのデケー牛なんだ! 毛で前見えてないだろ!!」
しばらく歩くうちに、アデルの機嫌はいつの間にか元に戻っていた。
見たことのない魔物や家畜を見るたびに、好奇心が勝ってしまうらしい。
「あれ、カラバオだと思う。前におとうさんが言ってた」
「カラバオか! 肉旨いのか?」
「そこまではわからないよ〜」
「それよりトートル諸島だっけ? クソ広いな!! 平原がずっと続いて景色に飽きちゃうな!!」
「わたし達が住んでた島より圧倒的に大きいよね。アデルの言う通り、景色には飽きちゃうかも」
「だろー! あとどれくらいで着くんだよー。魔物はいるけど、人全然見ないな」
「人、いないね〜。鳥車に乗って移動するのが主流なのかな? それか、さっきの冒険者みたいにドュドュに乗って移動してるのかもね」
「ドュドュ、オレも乗りてー!!」
くだらない話を続けながら歩いていると、やがて前方に森の影が見えてきた。
「アデル、そろそろ日が暮れそうだから、この森の中で一晩過ごそ」
「まだ行けるだろ! どんどん進もうぜ」
「まだまだ長旅になりそうだから、体力を休めるのが重要なの。わたし疲れたし、真っ暗になった森進むのは危ないし!」
「オレは真っ暗でも余裕だぞ!」
「わたしは余裕じゃないの! 休めそうな場所、一緒に探すよ」
「ハイハイ、仕方ねーなー」
二人は森の中へと入っていく。
木々がびっしり生い茂り、陽の光はほとんど届かない。薄暗い空気が、じっとり肌にまとわりつくようだ。
「木多いな!! オレの住んでた森より多いぞ!! どっかにツノムシいねーかなー」
「ちょっとアデル! 真面目に休めそうなとこ探して!」
「うるせーなー、探してるっちゅーの!」
アデルがふと右側へ視線を向けた、その時。
地面の上に、何か白いものが転がっているのが目に入った。
「リノア!!」
「どうしたの! 急に声出してビックリするじゃん!」
「リノア、人の手らしきものが、あそこにあるぞ!!」
「アデル!! 怖い事言わないの! わたしビビんないもん!」
アデルはその“手らしきもの”の方へ歩いていく。
「ちょっとアデル〜」
リノアも震える足を無理やり動かし、ついて行く。
恐る恐る近づいて確認すると――それは本当に“人の右腕”だった。
斬られたような綺麗な切断面ではない。骨と肉がむき出しになった、引きちぎられたような断面。
リノアはこみ上げてくる吐き気を必死にこらえる。
アデルはさらに奥へと歩いていく。
そこには――少し前に鳥車のところにいた、男性冒険者二人の死体が転がっていた。
一人目は右腕がなく、胸には深い爪跡。
二人目は、首と左足が消えていて、少し離れた茂みの中には、目を見開いたままの生首が転がっている。
「う、うっ……!」
背後からえずく音がした。
アデルが振り返ると、リノアが両手を震わせながら、その場に膝をつき、必死に呼吸を整えようとしていた。
ついに耐えきれず、胃の中のものを吐き出してしまう。
「リノア、どうしたんだ?」
「ア、アデ……ル……はあっ……はあっ……なん、で……アデルは、へ、平気なの……? 怖く……ないの……?」
初めて目の当たりにする“人の死体”。
しかも、あまりにも無惨な姿。
リノアは、なんとか正気を保とうと必死だ。
「オレは死体見るの、初めてじゃないからなー。あと、怖くなねー」
アデルは表情を変えず、冷静に死体を観察する。
「この死体、まだ新しいかもしれん。御者と、女の冒険者がいねーな。盗賊に襲われたのか、もしくは野生の魔物に襲われたか知らねーけど……まあオレらには関係ねーから、とっとと寝床探そうぜ」
あまりにもあっさりとした物言いに、リノアは目を見開く。
なんとか呼吸を整え、唇を噛み締めながら口を開いた。
「アデル……もしかしたら御者さんや、もう一人の冒険者も近くにいるかもしれない。だから、助けに行こう」
「なに言ってんだ? おまえ、なんで助けねーといけないんだよ。オレらには関係ねーし。仮に御者だったら、オレ達を雇えばよかったんだ。そうすれば、こうはならなかったはずだ。冒険者やってる時点で、死は付きものだから、覚悟してやってるだろきっと。……ただそいつらが弱かった、それだけだ」
「ア、アデル! なんでそんな事言うの!! まだ生きてるかもしれないでしょ! せっかく救える命があるのに、なんで助けようとしないの!!」
「じゃーなんだ!! 旅してて同じ光景にバッタリ会ったら、毎回毎回助けに行くのか! バカじゃねーの!! オレ達でもいつ死ぬかわからねーのに、他人にそこまでする必要はねー! 弱い奴は冒険者なんかやらずに、家で大人しくしてればいいんだよ」
「ーー……確かにアデルの言う通りかもしれないね……でもね、アデル、そんな考えじゃダメな気がするの……言葉では言い表わせないけど……そんな事してたら、わたし達、おかしくなっちゃうと思うの」
「おまえ、さっきから何言ってんだ? 全然おかしくねーよ。仮に助けたとして、オレ達どちらか死んだら元も子もないし、御者達ももう死んでるかもしれねー。だからさっさと行こうぜ」
アデルは踵を返して歩き出すが、リノアはその場から動かなかった。
「わたし……助けに行く。……アデルは着いてこなくていいよ。御者さん達、亡くなってるかもしれないけど、生きてる可能性もあるでしょ」
「はあ!?」
「アデル……困ってる人、わたし助けたいの。世の中、悪い人やいい人もいるの。悪い人は許せない。……けど、いい人が殺されたり、死んじゃうの、嫌なの……御者さんは、わたしの中で“いい人”。冒険者の人もいい人。皆んなの為に動いてる人は、いい人なの。……だからねアデル、わたし、助けに行くね……」
アデルは舌打ちし、苛立たしげに叫ぶ。
「おいおいリノア! オレ達の旅の目的はなんだ? 塔の攻略だろ! おまえは塔を全部攻略して、母親を生き返らせるんだろ!!」
「うん、そうだよ……塔を早く攻略して、お母さんを生き返らせる。それが一番の目的だよ。でもね、アデル……お父さんに、お母さんについて一つだけ聞いたんだ。“どんな人なのか”って。そしたらね、お母さんは……困ってる人見ると、ほっとけなくて、すぐに助ける人なんだって。だから、お母さんの周りは、常に笑顔を向けてくれる人が多かったって言ってたんだ。
……わたし、凄く嬉しくて。わたしもお母さんと一緒で、困ってる人、傷ついてる人がいたら、ほっとけないんだよ。救える人がいるなら、わたしは手を差し伸べたいの。辛い顔より、笑顔になった人達がいっぱい居た方が、わたしも幸せな気持ちになれるから。
……あと、わたし“聖女”だから。聖女は塔の試練とは別に、“人を助ける”のも試練に入ってると思うの。だから、行ってくる。……アデルは着いてこなくていいよ。どんな危険があるかわからないから……」
「……っ」
少しの沈黙のあと、アデルは乱暴に頭をかく。
「待てよ。オレは最強の男になるんだぞ。危険があるだと? オレが行けば、危険な所も安全になるんだよ! あと、リノアが死なれたら、オレの目的が達成できねぇ! だからオレもついていく!」
「……いいの? 目的とは関係ないよ……?」
「うっせ! オレはカルレンに“リノアを死なせねー”って言ったからな! だから着いていくんだ!」
「あ、ありがとう……アデル!!」
「なに泣いてんだ?」
「泣いてない!!! こっち見るな!」
リノアは慌てて涙を拭う。
「その前にいいか、リノア。もし相手が“人”だった場合、どうする? 襲って来た奴、殺せるか?」
「そ、それは……」
「躊躇うなよ。一瞬でも判断ミスったら、逆に死ぬぞ!」
「……う、うん」
「腹を括れよ、リノア! とりあえず周り見て、どこに御者を襲った奴が行ったか探すぞ」
「わかった!!」
二人は手分けして周辺を探索する。
やがてリノアが、土の上に残った車輪の跡を見つけた。
「アデル!! 来て!! こっちの方へ逃げたかも!」
「わかった、すぐ行く!!」
二人は鳥車の轍を追い、森の奥へ走っていった。


「今日は最高の獲物が見つかりましたね、姐御」
「ええ、そうね。御者を今日狙って良かったわ。護衛の冒険者も弱くて助かった」
森から少し離れた場所。
大きな岩を背に、顔の下半分を黒い布で覆った男女が楽しそうに話している。
そのすぐ傍には鳥車が停められており、中からはドンドンと扉を蹴る音が鳴り響いていた。
「誰が蹴ってるんですかね、姐御」
「決まってる。女冒険者だろ。扉開けて、ちゃんと状況を把握してもらおう。トル! ビックベアー二頭連れてきな!」
「はい! 姐御!」
トルと呼ばれた男がその場を離れ、女盗賊は鳥車の方へ向かう。
ギギッと扉を開けると、そこには老夫婦、御者、女冒険者の三人がいた。
三人とも手足をきつく縄で縛られ、口にも布が巻かれている。
女冒険者は涙を流しながら何かを訴えようとするが、もちろん声にはならない。
「そんなに暴れるな。おまえらを殺したりはしないよ。ただ、ちょっとだけ――色々と“情報”だったり、“商品”になってもらうまでだよ。あと少し移動したら、我々の仮のアジトが近いからね。そこまで移動だよ」
「姐御、連れて来ました!」
トルが戻ってくる。
その手には鎖の手綱――その先には、首輪をつけられた二頭のハンドベアーが繋がれていた。
「“なつく草”の効果は本当だったんだな!」
「そうですね! 姐御! あの物売りから奪ってよかったです!! どこで手に入れたんですかね? 殺さずに、生かしておけばよかったです」
「まあ、仕方ないわね。さっさとあたしらに渡さないのが悪い」
「その通りですね! 姐御!! それよりこの女冒険者、どうします? 金にならなくないですか?」
「何言ってんだトル。こいつの顔、よく見てみろ。意外に可愛いだろ〜? 奴隷商に売れば、多少の金は手に入る。野郎どもは商品にもならねーから、ハンドベアーの餌にしてやったし」
「いや〜ハンドベアー、凄かったですね!! 男共の悲痛な叫びが、面白かったです!」
「よしトル! そろそろ行く準備するよ!」
女盗賊がトルに背を向けて話している時、御者が縛られたまま立ち上がろうとする。
しかし、それを見た女盗賊に、すぐさま頭を蹴りつけられ、地面に蹲った。
「おいおっさん。次、立とうとしたら足折るからな」
女盗賊が再び扉を閉めようとした、その時。
「アデル! あれかも!!」
「おお! やっと見つけたぞ! 鳥車!! ……ん? あれ、ハンドベアーか?」
「ほんとだ!! 襲われそうなのかな? アデル、さっさと倒して助けに行くよ!」
「言われなくても行くっての!」
「トル! なんだあのガキ達は。しかも聖女か!!」
「姐御、どうしますか? 殺しますか?」
「どっかの貴族が、“聖女の血”が欲しいって噂を聞いたことがあるな」
「そうなんですか! 姐御!!」
「一応、聖女を捕まえたあと、頭に報告して――殺すか、売るか考えるさ。……あの坊主はどうする?」
「男は売れんからな。死んでもらうしかないね。悪いね、坊主」
鳥車の中の御者たちは、さっき口論していた少年達だと気付き、なんとかここへ来ないようにと、必死に暴れようとする。
しかし女盗賊の容赦ない蹴りが腹を抉り、再び蹲るしかない。
「とりあえず、ハンドベアーの餌にしておやり!」
トルはハンドベアーの首輪を外し、鎖を解き放つ。
二頭は獲物を見つけて怒涛の勢いで、アデルたちめがけて突っ込んでくる!
「ん? あのハンドベアー、こっちに来るぞ。リノアは左をやってくれ。オレは右をやる」
「わかった! 任せて!」
まずリノア側に来たハンドベアーが、唸りながら爪を振り下ろしてくる。
リノアは一歩、右へ滑るように避け、右手を前に構えた。
「ラミーナ!!」
風の刃が、ハンドベアーの首筋を一閃。
次の瞬間、その太い首は綺麗に切断され、巨体が地面に崩れ落ちた。
「姐御!!!!! 一瞬でハンドベアーが、や、やられました!!」
「は!? ……聖女って、こんなに強いの!? ……なら、あのガキは?」
女盗賊がアデルの方を見ると――
そこには、ハンドベアーの振り下ろした腕を片手で受け止めている少年の姿があった。
盗賊たちも、鳥車の中の人たちも、その光景に言葉を失う。
「トル。あたしらの仲間で、あのガキみたいな事できる奴、いる?」
「そ、そんなやつ……いるわけないじゃないですか!! なんなんですか、あのガキ……!」
アデルは掴んでいた腕をぐっと押し返し、一言呟く。
「ペガルイム・プルス」
一瞬、空気が歪んだかと思うと、ハンドベアーの巨体がふっ飛び、盗賊達の方へ吹き飛ばされる。
鳥車の真横に叩きつけられたハンドベアーは、口から血を垂らし、そのまま動かなくなっていた。
「は? え? ……なにが起こって……」
「あ、姐御……」
アデルはそんな盗賊達をちらりと見ると、鳥車へと歩み寄る。
「おまえら、大丈夫か? ……ん? なんでこいつら縛られてるんだ?」
アデルが少し油断した瞬間、トルが懐からナイフを取り出し、背後から飛びかかる!
「トル、やめろ!!」
女盗賊の制止も間に合わない――が。
アデルは振り返りもせず、ひょいと体をずらし、そのままトルの首に回し蹴りを叩き込んだ。
「ぐぼっ!」
嫌な音とともに、トルの首はあり得ない角度に曲がり、そのまま地面に倒れ込む。
「……ーーー、わ、わるかった……」
腰を抜かした女盗賊が、顔を真っ青にして震える。
「なんで謝ってるんだ、おまえ?」
アデルは首をかしげながら、鳥車の扉を開け、中の縄を解いていく。
「アデル、早すぎ。それより、何があったの? ……!! 御者さん達、大丈夫ですか!! 今、紐解きますね!」
女盗賊は、自分も殺されると思ったのか、その場で立ち上がることも出来ず、ガタガタと震えている。
リノアも鳥車の中へ入り、老夫婦と女冒険者の縄を解き始めた。
「あ、あり……がとう……坊主達……」
「助かった……本当にありがとう!!」
拘束から解放された老夫婦は、何度も何度も頭を下げる。
その時――女冒険者が立ち上がると、ふらふらと女盗賊の方へ歩いて行き、いきなり思いっきり蹴りを入れた。
「おまえらのせいでええええ!! あたしらの仲間がぁ……っ……このっ……!! 死ね! 死ね!! 死ねえええ!!」
女盗賊は地面で丸まり、その上から何度も何度も蹴りが降る。
「落ち着いてください!!」
リノアは慌てて女冒険者の腕を掴むが、力任せに突き飛ばされ、背中から鳥車の壁にぶつかった。
「いっ……!」
「おい!」
アデルが女冒険者の肩を掴む。
「触るなああ!!」
女冒険者の拳がアデルに飛ぶ――その瞬間。
アデルは彼女の顔の目の前で、両手をぱんっ! と叩いた。
乾いた音が車内に響き渡る。
「落ち着いたか、ボケ!」
女冒険者は、その場に崩れ落ち、声を上げて泣き出した。
「リノア、大丈夫か?」
「へっちゃらだよ! それより、何があったんですか?」
リノアは立ち上がり、辺りを見回す。
御者の人が腹部を押さえてうずくまっていたので、すぐに近づきヒールをかける。
「……あ、ありがとう!!! 本当にありがとう!! 俺達は、普通に道沿いに進んでいたら、急にハンドベアーが現れて襲われてな。途中から盗賊も来て、今の有り様だ……」
「そうだったんですね……この後どうするんですか?」
「トーメル王国のギルドに報告するつもりだ。助けてくれてありがとう!!」
御者はまた頭を下げる。それに続いて老夫婦も、涙ぐみながら何度も礼を言う。
女冒険者はまだへたり込んだまま動けず、肩を震わせていた。
リノアはどんな言葉をかければいいのか分からず、迷っていると――
アデルが、ずかずかと女冒険者の前に立つ。
「おまえが弱いから、こんな結果になったんだ」
「アデル!! いきなり何言って……」
「リノアは黙ってろ!」
アデルは女冒険者を見下ろしたまま、言葉を続ける。
「おまえが強かったら、仲間は死なずに済んだ。ただ、それだけだ」
パシンッ!
乾いた音が鳴った。
アデルの頬が、くっきり赤く染まる。
「いってえな!! なにすんだよ!!」
「大切な仲間を失ったんだよ!! なんでそんな酷いこと言うの!!」
リノアは涙を浮かべてアデルを睨む。
「聖女……さん……もう、いいの……」
女冒険者が、かすれた声でぽつりと呟く。
「少年……の言うとおり……弱い……わたしが、悪いの……っ……ぅ……なにも……できなかったの……怖くて……っ……動けなかった……」
女冒険者は涙をぼろぼろこぼしながら、自分を責め続ける。
リノアはそっと隣に座り込み、優しく抱きしめた。
「……大丈夫……大丈夫だよ……」
そんな様子を見ていた御者が、口を開く。
「あの、申し訳ないが――いち早くこの場を離れたい。聖女さん達、お代はいらないから、この鳥車の護衛を頼みたい。トーメル王国までお客さんを送って行くから、聖女さん達も丁度いいだろ? だから頼む!! ……あと、坊主。さっきは悪かった。坊主、とても強いんだな!!」
アデルはさっき叩かれた頬をさすりながら、どや顔になる。
「あたりまえだ! オレは強いんだ!! 歩くの疲れたし、丁度いいわ。護衛は任せろ」
「客車が四人しか入れないから、坊主は御者席に座ってくれるか?」
「一番前だな! いいぜ!」
アデルはちらっとリノア達を見る。
リノアは女冒険者の背中をゆっくり撫でながら、「大丈夫、大丈夫」と優しく繰り返している。
アデルはそれ以上何も言わず、鳥車から出て御者席へと跳び乗った。
「それじゃー、出発するぜ」
御者が手綱を握り、ドュドュに合図を送る。
ドュドュは「クェ!」と鳴き、力強く地面を蹴って走り出した。
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魔物図鑑
魚類
ドラバンフィッシュ(淡水、海水どっちでも可)
黒い体と赤い目が特徴の魚、最大で二メートルまで成長する
獰猛な性格で、自分より大きな奴でも容赦なく襲いかかる
基本逃げる事はなく、勝つか負けるしかない
ごく稀に逃げ出す個体がいる場合があり、その時は体から黒いぬめりを出して逃げる、そのぬめりには美肌効果ある、だが逃げる個体がとても少なく中々入手しづらい
魚の味はまずい
パニックフィッシュ
基本群れで行動する魚、群れから離れてしまうと、パニックになりあちこち泳ぎまくって力尽きて死んでしまう
ごく稀に一匹でも行動できる個体が現れるらしいとの噂
ドュドュ
飛べない大きな鳥、羽の色は色々ある、オスは足がメスよりも太く爪も鋭い年に三回発情期があり、その時期は凶暴な性格になる
なつく草
非常に珍しい草、魔物に食べさせるとある程度の魔物は食べさせた人になつく、似てる草としてなつき草もある魔物に与えても特に効果がない
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競魚
十コースあり、誰が早くゴールに着くか予想しお金を賭ける場者
お金
金貨=1万バル
白金=金貨千枚