第七話 旅立ち
ー/ー〜叫び島にて〜
「アネマ・ラミーナ!」
鋭い風の刃が、空気ごと裂いて走る。
「っとあぶねぇ!! 首、吹っ飛ぶところだったわ!」
紙一重で身を捻り、アデルは笑った。足元の砂がざり、と抉れて、さっきまで彼の首があったあたりの空間を、風が遅れて悲鳴を上げる。
「なんでアデルに当たらないのよ! もー!!」
リノアは頬を膨らませながらも、次の詠唱に意識を切り替えていた。空気は湿り、海風が二人の汗をなぞって通り過ぎていく。
「おまえらー! 飯の時間だぞー! そろそろやめてこっち来い!
パニアが豚魚焼いてるから、焦げる前に行くぞ!」
海側からカルレンの声が飛んでくる。
「おとうさん、わかったー!」
リノアが手を振り、詠唱を中断する。
「カルレンが来たか。よかったな、オレにぶっ飛ばされなくて!」
アデルは肩をぐるぐる回しながら、ニヤリと口角を上げる。
「はあーー!? アデルこそ首つながっててよかったね!」
「なにぃーー!」
空気がもう一度きな臭くなりかけたところで──
「いいかげんにしろ、おまえら。飯食ったあとで、いくらでも戦えるだろ」
カルレンの声が、潮騒よりもよく通る。
「次こそ、リノアのアネマ・アルマ全部ぶち壊してやるからな!」
「アデルには一生無理だね!」
そんな言い合いを続けながら、二人は浜辺の焚き火へと歩いていく。
◆
焚き火の上で、串に刺された豚魚が脂を弾かせていた。
香ばしい匂いが、海風に乗ってあたり一面に広がっている。
「お〜、おまえ達。ちょうどいい頃合いに来たの〜。
ほれ、焼けてるからお食べ」
パニアは、いつものように飄々とした笑みを浮かべて串を差し出す。
「わぁ〜! 美味しそう! ありがとう、パニアさん!」
「ほら、カルレンも食べなはれ」
「悪いな、パニア」
アデルはというと──パニアの手から受け取る前に、すでに二本を抱え込んでいた。
「うめぇーー!! 動いたあとに食う飯は最高だな!」
熱い脂が口の中で爆ぜる。アデルは目を細め、心底幸せそうに笑った。
「アデルよ、聖女様との修行はどうじゃ?」
パニアが、焼けた串を三本目としてアデルに放る。アデルは片手で受け取りながら、当然の顔で言った。
「余裕だ、余裕。リノアの攻撃、まったく当たんなかったしな」
「何を嘘ついてるのよ!!」
リノアはすかさず噛みつく。「さっきまで傷だらけだったじゃない!」
「はぁ? あれは避けたときに葉っぱに引っかかっただけだし!」
「そんなわけないでしょ!」
「おまえら、今は飯を食え。言い合いはそのあとだ」
カルレンは思わず額に手を当てる。
「ホッホッホ〜。若いってのは、こういう事を言うんじゃの」
パニアは目を細めた。
その瞳の奥には、どこか戦場を知る者特有の、鋭く静かな光が宿っている。
時は流れ、いつしか八年が過ぎていた。
ハンドベアーを単独で斃せるほどの実力を身につけたリノアは、
週に三度叫び島を訪れ、アデルと模擬戦を続けてきた。
明日──彼らはカスボ島を出航し、トートル諸島へ向かう。
塔の旅路が、本格的に始まるのだ。
「よっしゃーー!! 腹、満たされた!!
リノア! 模擬戦の続きやるぞ!!」
「いいよ、アデル! 今度こそコテンパンにしてあげる!」
「おいおい、おまえらな……」
カルレンが呆れた声を出す。「今、飯食ったばっかだぞ。少し休め」
その声を聞いたはずの二人の姿は──
気づけば、焚き火の周りから消えていた。
「……移動すんの、早すぎるだろ」
◆
森の外れ。風が通り抜ける、ひらけた地形。
何度も地面が抉られ、立木が折れた跡が残っている。
ここが、二人の“八年間”が刻まれた場所だった。
「リノア。準備は整ったか?」
アデルが軽く首を鳴らす。
「ちょっと待って。──アネマ・アルマ」
緑がかった風が、リノアの身体を薄く包み込む。
衣服の裾がふわりと浮いたかと思うと、すぐに何事もなかったように落ち着いた。
だが、そこに確かに“鎧”があるのを、アデルの肌は知っている。
「その風の鎧、ほんとえげつねぇよな。
オレのパンチ当たっても押し返されるし、見た目も変わらねぇし」
「すごく便利なんだよ、これ。ある程度の攻撃なら防いでくれるし、
多少の衝撃は伝わるけど、前線で戦うにはこれくらい必要なの。
安心して突っ込めるしね」
「確かにグイグイくるよな、おまえ。
気づいたら懐に入られてて、マジでビビったことあるからな」
「そんな驚くことかなぁ。それよりアデルが魔法使えないほうが驚きだよ」
「そうか? 世界広いんだし、一人くらいオレみたいなのいるだろ」
「いや、アデルが異常なの。
魔法が“ひとつも”使えない人なんて、聞いたことないもん。
赤ちゃんのときに鑑定石を使えば、どの属性持ちかだいたいわかるのに」
「パニア爺の鑑定石がポンコツだったんじゃねーのか?
オレの中にマナは流れてるんだろ?」
「うん。ヒールかけるとき、アデルの中のマナの流れはちゃんと感じるよ」
「どっかに、魔法に詳しい奴でもいねぇかな」
「これから世界を冒険するんだよ? どこかで出会えるって。
──よし、準備オッケー。お待たせ、アデル。やろうか」
「よし。音石、投げるぞ。落ちて音が鳴ったら始めだ」
「わかった!」
アデルは小さな音石を空高く放る。
二人は目を閉じ、呼吸を整える。
──カン。
小さな金属音が響いた瞬間、二人の足が同時に地を蹴った。
◆
(まずは距離を取る!)
「アネマ! アネマ!!」
リノアは、近づいてくるアデルに向かって風の刃を連続で放ちつつ、
じり、じりと後ろへ下がる。
アデルはそれをすべて、紙一重で躱していく。
風が頬を掠めるたび、皮膚がひりついた。
(うっとうしいな……!)
「くそ、リノアのやろう。ホントうざってぇ撃ちかたしやがって」
視界を一瞬で奪うように、彼女は足元へ向けて魔法を撃ち込んだ。
「アネマ!」
地面が爆ぜ、砂埃が一気に舞い上がる。
視界は一瞬で、灰色の霧に塗り潰された。
「ッ……!」
アデルは、あえて目を閉じた。
代わりに、耳をすべて開く。
(音……風……空気の裂け方……)
ヒュン──。
左斜め上。
空気を割って、風の刃が迫る気配。
「上か!」
アデルは前へ飛び込み、そのまま転がるように跳び出した。
背中のすぐ後ろを、二本の風刃が通り抜け、木の幹を断ち割る音がした。
◆
(避けられた! 今の完璧だったのに!)
リノアは奥歯を噛む。
風の反動で、自分の身体がふわりと浮いた感覚。
砂埃で視界を殺し、上空から刃を落とす。
奇襲としては理想的だった。
だが、アデルはまだ、彼女の居場所を正確には掴めていないはず。
(こっちの位置は、ぼんやりわかる。今のうちに──ラミーナ!)
リノアは、アデルの気配がある方角めがけて風刃を放つ。
しかし、手応えはない。
(……反応がない? どこに行ったの、アデル)
耳を澄ませると、背後から土を蹴る音が聞こえた。
「嘘……」
振り返るよりも早く、アデルの気配が一気に迫る。
「アネマ・ラミーナ!」
慌てて背後に向けて放った風刃を、アデルはギリギリで躱した。
距離は一気に詰まる。
(このままじゃ近接の間合いに入られる……!)
リノアはすぐに選択を切り替える。
「ラミーナ!」
まず、アデルが突っ込んでくる軌道上へ一発。
続けて、真上へもう一発。
(ジャンプで避けても、どっちみち上から当たる──これで決まり!)
勝ちを確信した、その瞬間。
「残念だったな」
アデルは、地面すれすれに膝を滑らせた。
膝をついたままのスライディングで、二つの風刃の死角をすり抜ける。
「っ──!」
(まずい!)
油断の一瞬。
リノアの身体が固まる。
「捉えたぞ、リノア!!」
アデルの右フックが、風鎧ごとリノアのボディを打ち抜いた。
アネマ・アルマが衝撃を受け、風が弾けてリノアの身体を後ろに押しやる。
その反動を利用して、アデルは回転蹴りへとつなげた。
蹴りが横腹にヒットする。
「きゃっ!」
リノアの身体が軽く宙に浮き、地面を転がった。
「はっはっはー! オレの勝ちだな、リノア」
アデルはニヤリと笑い、挑発気味に顎を上げる。
「油断したー!! もう! ちょっとは手加減して攻撃してよ! 痛いんだから!」
「ふざけんな。風鎧まとってんだから大したダメージねぇだろ。
こっちはおまえの魔法、まともに食ったら普通に痛いんだよ!」
「うるさい! 近接バカ!!」
「はあ!? 黙れ、遠距離バカ!」
「──もういい。アデルの土俵で戦ってあげる」
「は? 魔法しか撃てねぇくせに、どうやってオレと同じ土俵に上がるんだよ」
リノアは息を整え、右手を突き出した。
「アネマ・フラッゲルム」
薄緑の光が集まり、リノアの手に“風の鞭”が形を成す。
ぶん、と振るうと、空気を裂く音と共に、小さな爆ぜる音が鳴った。
「どう、アデル。これ当たったら痛いわよ?」
「おまえ、いつの間にそんな魔法覚えたんだよ!」
「これ、身につけるまでほんと大変だったんだから。
さ、続きをやろうか、アデル」
リノアは鞭を軽く振り、アデルを睨み据える。
「オレもちょうど体が温まってきたところだ。……行くぞ、リノア!」
アデルが再び地を蹴る。
彼の突進は、風を巻き込んで一直線だった。
「ほんっと、よく突っ込むわね!」
リノアは、彼の突進に合わせて風の鞭を振るう。
風が裂ける音が連続し、アデルはそれをギリギリで避け続ける。
「どうしたの、アデル? 避けてばっかりだよ!」
鞭の速度が上がる。
風圧が頬を叩き、軌跡が残像となって残る。
(そろそろだな……)
アデルは歯を食いしばり、一歩踏み込んだ。
「おらああああ!」
風の鞭が振り下ろされる瞬間、その軌道を読み切り、拳を叩きつけた。
パン、と乾いた音が響く。
鞭の形が崩れ、風が散る。
「アデル!! いい加減、降参しなさいよ!」
「誰が降参するか!!」
鞭と拳がぶつかるたびに、ボン、ボン、と小さな衝撃波が生まれる。
周囲の木々の枝が折れ、葉が雨のように降った。
「はぁああああ!!」
「おらぁあああ!!」
アデルの手が、ついに風の鞭を掴んだ。
「捕まえた!」
「しま──!」
そのままリノアの身体が引き寄せられる。
手を離すタイミングが一瞬遅れた。
(まずい、この距離はアデルの間合い──!)
「これで終わりだ、リノア!!」
アデルの拳に、力が凝縮されていく。
(まだ……諦めない!)
リノアは左手にマナを集中させる。
(アデルの射程に入る前に──ラミーナを叩き込む!)
「っラミ──」
「はい、おしまいじゃ〜」
「きゃっ!」
「うおっ!?」
二人のど真ん中に、いつの間にかパニアが立っていた。
老人の両掌が、ぱん、と一度打ち鳴らされる。
その瞬間、空気がはじけ飛び、爆風が二人を左右に吹き飛ばした。
◆
「ホッホッホ〜。いくらなんでも、白熱しすぎじゃ」
パニアの足元には、抉れた地面と倒れた木々。
模擬戦という言葉で片付けるには、被害が大きすぎる光景だった。
「まったく、パニアの言う通りだ。……周りを見てみろ、おまえら」
カルレンが額を押さえる。
地面は何本もの溝を刻まれ、立木はへし折れ、葉が一面に散っていた。
少し離れたところでは、さっきまで焚き火で使っていた薪の予備まで吹き飛ばされている。
「ちくしょう、邪魔すんなよクソジジイ!!」
アデルが不満そうに叫ぶ。
「バカタレ。聖女様を殺す気か」
パニアの拳骨が、アデルの頭頂に炸裂した。
「いってぇー!!」
リノアは土だらけになった服を軽く払う。
「あと少しだったのに〜……」
「リノアもやりすぎだ!」
カルレンにたしなめられ、リノアは素直に頭を下げた。
「ごめんなさい。……ちょっと、気持ち入りすぎちゃった」
風は潮の気配を運び、遠くでカモメが鳴いた。
「アデル。この勝負、引き分けでいい?」
「ふん。オレが勝ってたけどな。引き分けにしてやるよ」
「わたしが勝ってたんだけどね! 絶対!!」
「なにぃーー!」
「おまえら、もうやめろ。今日出発だってのに、ここで喧嘩してどうする」
カルレンの言葉に、リノアはハッとする。
「そうだった……。アデル、続きは今度ね!」
「上等だ。次は絶対ぶっ倒してやる!」
「とりあえず、ヒール」
リノアの手が光り、アデルの身体を包み込む。
傷口が塞がり、筋肉のきしみがすっと消えていく。
「おお〜……やっぱ回復魔法はすげぇな。さすが聖女様だ」
「もっと褒めていいわよ?」
「これ以上どこ褒めろってんだ!」
そんなやり取りを交わしながら、彼らは浜辺へ戻り始めた。
「おまえら〜。そろそろカスボ岬に行かんといかんぞい。
荷物まとめて、船に乗せてしまえ〜」
パニアの声に、アデルとリノアは顔を見合わせる。
「わかったー! 行こ、アデル!」
「おう!」
二人は荷物を回収しに走り出す。
パニアとカルレンだけが、その場にしばし佇んだ。
「……全くの。時間が経つのは、早いの〜。
カルレン殿、もう一人の娘さんも聖女様だったかの?」
「ああ。モニカだ。……手紙だけ残して、旅立っていったがな」
「そうか、そうか。元気にしとるといいがの」
カルレンは苦笑した。
「モニカは大丈夫だろ。小せぇころから異常に強かったしな。
光以外に二属性持ちだし」
「な、なんと! 二属性持ちじゃと!!」
パニアの顔色が本気で変わる。「二属性持ちなんてあった事ないわい!実在するとは思わなんだわい……」
「俺たちも、そろそろ船に向かうか」
「そうじゃな」
二人は浜辺の小さな桟橋へと歩き出した。
そこには、荷物を積み終えたアデルとリノアが待っていた。
◆
「おとうさん、おそーい!」
「おまえらが早すぎるんだ。……パニアは島に残るんだな?」
「そうじゃ。わしは人混みが苦手での。
それに、この島はわしの“前線”じゃ」
アデルが一歩、パニアへ近寄る。
「パニア爺。オレは今以上に強くなって、また戻ってくる。
そのときは、また組み手してくれ。今度こそ、パニア爺を倒す。
オレはパニア爺を超える!」
「そうか、そうか」
パニアの顔に、くしゃくしゃな笑みが浮かぶ。
「わしは楽しみにしておるぞ。
……それと──」
アデルをまっすぐ見据える。
「死ぬなよ、アデル」
「死なねぇよ。世界一になる男が、こんなとこでくたばるかよ」
「そうじゃったな」
アデルは、少し照れたように顔をそらした。
「あとパニア爺! オレをここまで育ててくれて、ありがとな!!」
ぶっきらぼうに言い捨てると、そのまま船に飛び乗る。
リノアはスカート──いや、今は動きやすいズボン姿で
丁寧に一礼し、カルレンも同じように頭を下げた。
カルレンは「アネマ」と呟き、風を起こして小舟を押し出す。
帆に風が満ち、船はゆるやかに動き出した。
リノアとアデルは、パニアの姿が点になるまで、岸に向かって手を振り続けた。
「……ありがとう、か」
誰もいなくなった岸辺で、パニアはぽつりと言う。
「ほんに、あの子の口から、そんな言葉が出るとはの……。
死ぬんじゃないぞ、アデル」
うっすらと浮かんだ涙を指で拭い、老人はゆっくりと森の奥へ戻っていった。
◆
「アデル〜。もしかして泣いてるの〜?」
揺れる船の上で、リノアがにやにや笑いながら覗き込む。
「はぁ!? 泣いてねぇよ! ちょっと虫が目に入っただけだ!」
「それにしては、鼻水すごいけど……」
「うっせぇ! こっち見るな!!」
「おまえら、あんま喋ってると舌噛むぞ〜」
カルレンが笑い混じりに注意する。
たわいもない会話を続けているうちに、やがてカスボ島の岸が見えてきた。
岸には、三つの影が立っている。
クロン、ニーナ、ギアン──八年前に別れを交わした、幼馴染たちだ。
小さな桟橋の手前で、三つの影が待っている。
クロン、ニーナ、ギアン──八年ぶりに肩を並べる、その顔ぶれだ。
「遅かったな! アデル!」
腕を組んだクロンが、いつもの少し尖った声で叫んだ。
「そうか? 割と早めに来たつもりだぞ」
アデルは肩をすくめる。
「それより、おまえらに会うの、一年ぶりか。元気にしてたか?」
「ニーナ達はいつでも元気です〜!」
ニーナはいつもの調子で両手を振る。
「それよりね、クロンくんが言いたいことあるみたいだよ!」
「……アデル!」
クロンは一歩前に出て、アデルをまっすぐ睨みつけた。
「八年前に話したこと、覚えてるか!」
「ああ、覚えてるよ」
アデルは即答した。
その目は、当たり前のように自信に満ちている。
「俺が勝ったら、俺たちもリノア達と一緒に旅に出る。
負けたら──旅の同行は諦める」
「へぇ」
アデルは口の端を吊り上げた。
「てっきり、“リノアの旅に付いてくな”って言いに来たのかと思ったけど、そうは言わねぇんだな」
「俺だってバカじゃない」
クロンは唇を結び、低く続ける。
「おまえがどれだけ強いか、十分わかってる。
それに──聖女の旅が、どれだけ過酷かも」
潮風が、言葉の間を抜けていく。
「なのに、そんな負けそうな顔して戦う意味あるのか?」
アデルの問いは、残酷なほど真っ直ぐだ。
「ある!!」
クロンは声を張り上げた。
「俺だって、この八年間サボってたわけじゃない!
毎日毎日、剣の稽古して……魔法だって、マナ切れ起こすギリギリまで撃ち続けた!
必死で修行してきたんだ!」
握った拳が震える。
「でもな……だんだんわかってくるんだよ……
リノアと、おまえの強さが。
前に──ニーナとギアン連れて叫び島に行って、おまえらの模擬戦を見た時に思った。
“あれは人の戦いじゃない。魔物同士のぶつかり合いだ”って」
喉が詰まり、クロンは一度息を吸いなおした。
「俺はリノアをサポートするために修行してきた。
だけど……このままじゃ、サポートどころか足手まといになるって……!」
「そこまでわかってるなら、戦う必要なくね?」
アデルはあくまで淡々としている。
「俺は──」
クロンは首を振った。
「アデルと自分の“差”を、ちゃんと知りたい。
どれだけ離れてるのか、どれくらい近づけたのか。
それを知らないまま、ここで止まるのは……嫌だ!」
金色に焼けた海面が、揺れる視界の端で光った。
「俺はまだ、諦めてない!!
リノアの旅に同行することも!
今の俺が、どこまでおまえに通用するのか──
少しでも、おまえらに近づくために!!」
ギアンとニーナが、不安そうにクロンを見る。
「だから頼む、アデル……!
俺を殺すつもりで──本気で来い!!」
「……おまえ、意外にしっかり考えてんだな」
アデルはふっと笑う。
「ちょっとびっくりしたわ」
「俺は、アデルみたいなバカじゃないからな」
「クソクロンが」
アデルも一歩、前に出る。
「いいぜ。本気で行ってやる。
おまえ、火属性だったよな。魔法も全部使っていい」
「元々そのつもりだ!!」
クロンは木刀を構え、高く振りかぶる。
「行くぞ、バカアデル!!」
「上等だ」
アデルは軽く腰を落とし、拳を握り締めた。
港の喧噪が遠のいて、二人の呼吸音だけが際立つ。
「わたし、音石持ってるから」
リノアが二人の中間へ歩み出る。
「石が落ちて音が鳴ったら……始めてね」
白い指が小さな石を空へと放る。
石は陽光を反射しながら舞い上がり──
やがて、地面に落ちて「カン」と澄んだ音を響かせた。
◆
「フォルマ!!」
クロンの右手から、小さな炎の弾が撃ち出される。
炎は真っ直ぐアデルの胸を目がけ──
すでに、そこにアデルの姿はなかった。
「なっ……!」
クロンは息を呑む。
(どこだ──)
背後に、微かな気配。
反射的に木刀を振り抜く。
「おりゃ──!」
しかし手応えはない。
空を切った木刀が、遅れて風を鳴らす。
前へ向き直った瞬間──
視界一杯に、アデルの拳が迫っていた。
鼻先すれすれで、拳がぴたりと止まる。
「……オレの勝ちだな、クロン」
アデルの声は、さっきまでと同じ調子なのに、ひどく遠く聞こえた。
「まあ、動きは悪くなかったんじゃねーか?」
「な……」
クロンの膝が、かくんと揺れる。
「なにも……できなかった……。くそ……!」
乾いた土の匂いが、やけに鮮やかだった。
「ニーナとギアンも、おそらく実力はおまえと大差ねぇ」
アデルは拳を下ろし、淡々と続ける。
「だから──リノアとの旅は諦めろ。
おまえらじゃ、すぐ死ぬ。
庇ってる余裕も、たぶんねぇ」
「おれはぁ!!」
込み上げるものを押し殺せず、クロンは叫んだ。
「あきらめなぁい!! ぜったいに!!」
涙と声が一緒に喉から飛び出す。
「アデル!! リノアを頼んだ……!!
もしリノアが、死ぬような事があったら──
俺がおまえを殺す!!
わかったか、アデル!!!」
アデルはその宣言を受け止めるように、じっとクロンを見つめ、
何も言わずに踵を返した。
片手をひらひらと振りながら、カスボ港のほうへと歩いていく。
◆
「クロン! わたしのために心配してくれて、ありがとう」
リノアがそっと声をかける。
「ニーナも、ギアンも……ありがとう」
「うわあああああん!! リノアちゃああん!!」
ニーナが飛びつく。顔はぐしゃぐしゃだ。
「ニーナだって、付いていきたいよぉおお!!」
「ニーナ、泣かないで」
リノアは彼女の背中を優しく叩いた。
「わたしだって、本当は連れていきたいよ。
でも──わたしの旅に同行して、もしも死んじゃったら……嫌なの。
大切な友達だから。だから、ごめん……」
「リノアさん……」
ギアンも拳を握りしめたまま、うつむく。
「旅が落ち着いたら、必ず顔出しに帰ってくる。
だから……待ってて。ね?」
クロンは袖で乱暴に目元を拭った。
「……俺は、ギルドに入る」
絞り出すような声で、前を向く。
「ギルドに入って、六つ星ハンターになる!!
そうして──必ず、リノアの助けになってやる!」
「クロン……」
ニーナは涙を一度大きく拭い、意識的に笑顔を作る。
「だったらニーナも、クロンと一緒に六つ星ハンター目指す!!
もちろんギアンもだよね!!」
「もちろんです!」
ギアンは力強く頷いた。
「だから、リノアさん。待っていてください。
僕たち、ちゃんと追いつきますから!」
「みんな……」
リノアは目尻を指で押さえながら、それでも笑おうとする。
「うん。わかった。待ってる!」
「若いって、ええのう……」
少し離れたところで様子を見ていたカルレンが、ぽつりと漏らす。
「リノア、そろそろ行くぞ。アデルに怒られる」
「そうだね。バカアデルに怒られちゃう……。
みんな、行ってきます!」
「「「リノア! 行ってらっしゃい!!」」」
三人は、リノアの背が人混みに紛れ、見えなくなるまで、何度も何度も手を振った。
・
・
・
少し歩いてから、ニーナがふと口を尖らせる。
「ニーナ達、ここでお別れしなくても、港まで行けばよかったのにね」
「……すげぇ混んでると思うぞ」
クロンは空を仰ぐ。
「村総出でリノアを見送るだろ。
だから俺はいかない。ここで修行する」
「ほんとかな〜? アデルの顔見るのが嫌ってだけじゃないの〜?」
「そ、そんなわけあるか!!
俺は、まだ修行するためにここにいるんだ!!」
ギアンが、おずおずと手を挙げた。
「あの……クロンさん。リノアさんに告白しなくてよかったんですか?
好きなんですよね、リノアさんのこと」
「ちょっ! なに言ってんだあ!! ギアン!!」
「やっぱりそうなんだ〜、クロンくん」
ニーナがニヤニヤする。
「だああああ!! だまれえええ!!」
「今から走って、“ニーナがクロンくん好きだって〜”って言ってあげよっか?」
「マジでやめろぉおおおお!!!」
「クロンくん、顔すごい真っ赤〜。あははっ!」
「ほ、本当ですね。ふっ……ふふっ……」
「ギアーン!!! 笑うなぁああ!!」
港からの潮風が、三人の笑い声をさらっていった。
◆
「リノア、あれでよかったのか?」
港へ向かう道すがら、カルレンが問う。
「……大丈夫」
リノアは短く答えた。
「クロン達は、諦め悪いから。きっと、ちゃんと強くなる。
だから、大丈夫」
「そうか」
カルレンは軽く笑い、ポケットから白い布を取り出した。
「ほら。目、真っ赤だぞ」
「あ、ありが……とう」
リノアはハンカチで目元を押さえ、深呼吸を一つした。
しばらく進むと、自警団の一人が砂煙を上げて駆け寄ってくる。
「カルレンさん!! 賢者様が……賢者様が起きられました!!」
「なに!」
カルレンの表情が引き締まる。
「すまん、リノア! 先に港に行っててくれ。
俺は教会に行って、賢者ドラノフの様子を見てくる!」
「わたしも行く!」
「アデルが待ってるから、俺だけでいい。
おまえは港に向かえ。後で合流する」
カルレンはそれだけ言うと、教会の方角へ全力で走り出した。
賢者ドラノフ──
一週間前。浜辺に人が倒れていると自警団から報告があり、
駆けつけたカルレンは、砂の上に横たわる白髪の老人の顔を見て凍りついた。
それが、かつて共に旅をした賢者ドラノフだったからだ。
意識はかろうじてあった。
すぐさま教会へ運び込み、事情をシスターへ説明して部屋を借りた。
リノアがヒールを試みるも、ドラノフは逆に苦しみ出し──
最後はポーションを無理やり飲ませることで呼吸が落ち着き、そのまま深い眠りについた。
以来、今日まで一度も目を覚ましていなかったのだ。
「ドラノフさんが、やっと目覚めた……。何があったのか、聞かねぇと」
カルレンは足に、いつも以上に力を込めた。
◆
一方その頃、リノアは港へ向かう途中で足を止めた。
人混みの向こうに、見慣れた後ろ姿を見つけたからだ。
「アーーーーデーーールーーーーー!!」
「ん? リノアか」
アデルが振り返る。
「おまえ、おせーよ。何してたんだ?」
「アデル聞いて! ドラノフさんが起きたんだって!」
「マジか! 前、おまえが言ってた、すげー強い奴だよな?」
「そう。おとうさん、様子見に教会行ったんだ。
船の出航まで、まだ少し時間あるはずだし……わたし達も行かない?」
「決まってんだろ。そう何度も会える人じゃねぇしな。行くぞ!」
二人は、そのまま教会へ駆け出した。
◆
「ふう〜……やっと教会に着いた」
少し息を切らしたアデルの前に、白い法衣姿のシスターが現れる。
「あ、リノアちゃん!それにアデルくん」
「シスター!」
リノアが駆け寄る。
「ドラノフさん、起きたんだよね!? 中に入っていい?」
「もちろんです。さぁ、こちらへ!」
教会の中は、いつ来ても澄んだ空気に満ちていた。
レナウスを祀る祭壇は磨き抜かれており、床も壁も隅々まで掃除が行き届いている。
「ここです。ドラノフ様、入りますね」
シスターが扉をノックし、中へ入る。
ドラノフは、簡素なベッドの上で上体を起こし、
食器をテーブルに置くところだった。
「よい……しょっと。
お、シスター。食事ありがとう。実に美味しくいただけた……。
……ん?」
視線がカルレンを捕らえる。
「おお。カルレンじゃないか。久しぶりだな。二十年ぶりか?
なぜここにいる?」
シスターは食器を持ち、静かに部屋を後にする。
「ドラノフさんと別れたあと、この島に流れ着いたんだ。
レノラがカスボジュース好きでな……。
“カスボの実を山ほど育ててる島がある”って話を聞いて、ここに住むことにした」
「なるほどのう。面白い理由で暮らしておる……。
久しぶりに聖女レノラにも会いたいものだ。
……それより、その左腕は、大丈夫か?」
カルレンは残った右手で肩をさすり、短く頷く。
「ああ。大丈夫だ。
レノラは……妻は──十三年前に、亡くなった」
「……そうか」
ドラノフは目を伏せる。
「すまん。無神経なことを聞いてしまったな」
重く沈みかけた空気を、一つの声が切り裂いた。
「おとうさーん!!」
リノアが勢いよく扉を開ける。その後ろにはアデル。
「リノア。港に行ってなかったのか。しかもアデルまで連れてきて……」
「えへへ。だって、ドラノフさんとちょっとだけ話したかったし。
出航まで、まだ時間あるしね」
「オレも、“めちゃくちゃ強い”って聞いたからな。
どんな奴か見ておきたくて来た。
──そいつが賢者か。思ったよりジジイだな」
「アデル!」
カルレンが慌てて制する。
「口を慎め。賢者ドラノフさんだぞ」
「カルレン、よせ」
ドラノフは苦笑する。
「もう今は、賢者なんて呼ばれるのはむず痒いだけだ。
……わしはもう、ほとんど魔法が使えん」
「どういう意味だ?」
カルレンが眉をひそめる。
「それより──カルレン。この二人は誰だ?
さっき“おとうさん”と呼ばれていたが、おまえの娘か?」
「ああ」
カルレンは、少しだけ誇らしげな顔をした。
「レノラと俺の娘だ。
こいつがリノア。もう一人、モニカって娘もいる。今は聖女の旅に出てる」
「……おまえさんの娘、二人とも聖女なのか。
そうか……そうか」
リノアが一歩前に出て、スカートの裾──いや今は旅装だ──をつまみ、礼をする。
「初めまして、賢者ドラノフ様。
わたしはカルレンの娘、リノア=ヴェントルと申します」
「そうか、そうか。リノアと申すのだな」
ドラノフは目を細める。
「わしはドラノフ。昔、おぬしの父と共に、少しだけ冒険したことがあってな」
「ジジイ、本当にカルレンと冒険してたのかよ!」
アデルが思わず声を上げる。
「ちょっとアデル! “ドラノフさん”でしょ!」
「元気がよいな」
ドラノフはくつくつと笑う。
「坊主。おまえの名は?」
「オレはアデル!
塔を全部攻略して、この世界にオレの名を響かせる男だ。よろしくな、ドラノフ!」
「アデルか。……よい名だ。よろしくな」
二人はがっしりと握手を交わした。
「それで、ドラノフさん」
カルレンが真剣な顔に戻る。
「あなたに、一体何があった?」
「……あまり、覚えておらんのだ」
ドラノフの声は低い。
「わし以外に、三人ほど一緒にいたのは確かじゃが……。
ここで目覚めるまでの記憶が、途切れ途切れでな。
浜辺で見つかったのは、わし一人だけか?」
「ああ。浜に倒れていたのも、ここまで運べたのも……ドラノフさんだけだ」
「そうか……」
ドラノフは視線を落とし、静かに肩を震わせる。
誰も、すぐに次の言葉を紡げなかった。
部屋の中の空気が固まりかけたその時──
ドラノフの胸元が、びくりと跳ねた。
「っ……あ、ああああ!!」
「ドラノフさん!?」
ドラノフが胸を押さえ、激しく身をよじる。
「リノア! ドラノフさんにヒールを!」
「ヒール!!」
リノアの手が光に包まれ、ドラノフを照らす。
だが──光を浴びたドラノフは、逆に苦しみを強めた。
「どうして……! 効かない!」
ドラノフの腕に、黒い血管のようなものが浮き上がっていく。
「リノア! もう一度だ!」
「おとうさん!!」
リノアの額に汗がにじむ。
「ヒールしても、ドラノフさんからマナの流れが感じられないの!!
まるで……空っぽみたいで!やっぱりわたしの魔法が効かない........」
「なに……?」
カルレンが顔をしかめた瞬間、扉が開く。
シスターと神父が、慌ただしく飛び込んできた。
神父は無言で小瓶を取り出し、ドラノフの口をこじ開ける。
「ぐっ……!」
暴れる喉へ、透明な液体を流し込む。
やがて──荒かった呼吸が、徐々に落ち着き始めた。
黒く浮き上がっていた血管も、すこしずつ沈んでいく。
アデルは、その小瓶をじっと見つめていた。
「神父。ジジイに何飲ませたんだ?」
「これはポーションです」
神父は短く答える。
「痛みを和らげる効果と、傷を癒す力がある薬ですよ」
「へぇ……そんなすげーもんがあるのか」
アデルは感心したように目を丸くする。
シスターは、ドラノフの額の汗を丁寧に拭き取り、脈を確かめる。
「呼吸も落ち着きましたし……眠っておられます。
今は、安定していると思います」
その言葉に、部屋の空気が一気に緩んだ。
「なぁ、神父様」
カルレンが尋ねる。
「やはりポーションじゃないと効かないのか?」
「そうですね...ドラノフさんがまだ目覚めない中、同じように発作を何度か起こしてるんです」
神父は静かに説明した。
「ポーションを飲ませたら、症状がおさまりまして……。
なので、いつ発作が起きてもいいように、必ず用意しているんです」
「……そういうことか」
カルレンは納得し、再びドラノフの寝顔へ目をやった。
(ヒールが効かない状態で……ポーションだけが効く。
……いったい、ドラノフさんの身に何が起きてる)
答えの見えない問いが、胸に重く沈んだ。
◆
「リノアちゃーーん!!」
唐突に、背後から柔らかい衝撃が飛び込んでくる。
「シ、シスター!? いきなりだからびっくりしたよ!」
シスターが、リノアをぎゅうっと抱きしめていた。
「ごめんね〜! もう出発しちゃったかと思って!
あ、アデルくん、こんにちは!」
「お、おう」
アデルはやや気まずそうに片手を挙げる。
リノアがカスボ島にアデルを連れてきては、
教会でけが人へヒールを行う──
そのたびにシスターとは顔を合わせていた。
「そうだ!」
シスターはぴょん、と一歩下がる。
「リノアちゃんとアデルくんに、渡したいものがあったんだ!
出航してたら渡せなかったから、間に合ってよかった〜!
ここじゃあれだから、更衣室に来て!」
シスターは勢いよく部屋を出ていく。
神父が微笑みながら言った。
「お二人とも、私と一緒に来てください。カルレンさんは、ここで」
カルレンは椅子に座り直し、ドラノフの様子を見守ることにした。
教会の中は、祭壇のある広間ほどの天井の高さはなく、
廊下は人ひとりと少しが通れるほどの幅だ。
「なんか、外から見るより中は普通なんだな」
アデルがきょろきょろ周囲を見渡す。
「広間がやたら広いだけで、それ以外は普通の家っぽい」
「アデル、失礼だよ」
「はは……まぁ、そうなんですよね」
神父は苦笑した。
「ここが更衣室です」
扉の前で声をかけると、中からぱたぱたと足音が聞こえた。
「アデルくん、先に入って!」
「えっ、おい──」
シスターに腕を掴まれ、そのまま中へ押し込まれる。
中にはシスター達の修道服が何着も掛けられ、
隅には神父の祭服も丁寧に畳まれて置かれていた。
「アデルくんには、新しい服を用意しました!」
シスターの目がきらきらしている。
「やっぱり、新しい場所で冒険を始めるなら、服も新しくしないとね?
アデルくんは“野生児”のイメージが強いから……
ハンドベアーの毛皮を使った服を、商人さんに頼んで作ってもらったの!」
そう言って、ずっしりとした毛皮の服を手渡す。
「……シスター。部屋から出ないのか? ちょい恥ずかしいんだけど」
「大丈夫だよ、気にしないで! 服の着方、間違ってないか見ててあげるから!」
「いやそこは出ろよ……」
アデルは頭を掻きながらも、しぶしぶ服を着替え始めた。
途中で、後ろから「おぉぉ……」とか「やっぱり似合う……」とか
妙な声が聞こえてきたが、敢えて無視した。
「よし、着替えたぞ」
「それじゃ、リノアちゃんにお披露目だね!」
更衣室の扉を開けて外へ出ると、
廊下で神父と話していたリノアが、ぱっと振り向いた。
「どうだ、リノア」
アデルは腕を軽く広げてみせる。
素朴だった布服は消え、
代わりに、肩から腰にかけて厚い毛皮が巻かれている。
下も同じ毛皮で統一され、腰には太い革帯。
腕と脚には簡素だが頑丈そうな布と革が巻かれ──
まさに野生の獣を思わせる戦士の装いだ。
「オレ、強くなった気がしねぇか?」
「……うん。なんか、“野生”感はすごくなったね。
強くなったんじゃない?」
「だろ! はっはっは!」
アデルが吠えるように笑うと、シスターが今度はリノアを招く。
「じゃあ次はリノアちゃんの番! こっち来て!」
「え、う、うん……」
リノアは少し頬を赤くしながら、更衣室の中へ入っていった。
「リノアちゃんにはね、すご〜く似合う服を選んだんだよ!
さぁ、これに着替えてみて!」
「ありがと……えっと、シスター……部屋からは……?」
「服の着方がわからないところがあったら、すぐ教えてあげれるようにね!
破けたら悲しいし!」
鼻息の荒いシスターを意識しつつ、リノアは服を身に通す。
途中で聞こえる「はぁぁ……」「尊い……」といった声も、全力で無視した。
「シスター。どう?」
「……ああ、ああ、リノアちゃん……!! ああ、可愛い!!
よし、アデルくんに見せびらかしに行こう!」
扉が勢いよく開く。
シスターの後ろから、リノアが少し恥ずかしそうに姿を現した。
「アデルくん! 見て見て! 前よりもっと可愛くなったでしょ!」
「アデル……ど、どう? に、似合ってる……?」
リノアの服装は、以前の地味なスカート姿とはまるで違っていた。
肩とおへそが少しだけ露出する、水色がかったトップス。
腰には短めの薄茶のショートパンツ。
動きやすさを重視したデザインで、
白い脚が太ももからすらりと伸びている。
「どう? アデルくん」
シスターが胸を張る。
「リノアちゃんは前線で戦う魔法士だから、動きやすいショートパンツにしたの!
可愛さと機動力の両立だよ!」
アデルは、しばらく無言でリノアを見つめていた。
目線が、肩→おへそ→太もも→顔──と忙しく往復する。
「リノア。肩と腹、出してると風邪ひくぞ。
それともそこだけ、破れてんのか?」
「破れてないよ!! こういうデザインなの!!
ちょっと恥ずかしいけど……こんなお高そうな服、普段買えないし」
シスターは興奮のあまり、その場にへたり込んでいた。
「シスター、大丈夫か? さっきからフガフガ言ってたけど。
……前からこんな感じだったか?」
リノアは苦笑いで流す。
「リノアさん、アデルさん」
神父が柔らかく微笑んだ。
「とてもよく似合っています。
ささやかですが、旅立ちのプレゼントとして受け取ってください」
「神父さん、ありがとう! すごく嬉しい!」
「サンキューな」
「それでは、ドラノフ様がいらっしゃる部屋へ戻りましょう」
いまだ床にへたり込んで「尊い……」と呟いているシスターを置いて、
三人は部屋へ戻った。
◆
部屋に戻ると、ドラノフはまだ眠ったまま。
その横で、カルレンが椅子に腰掛けていた。
二人の装いを見て、カルレンが目を丸くする。
「おまえら……なんか、雰囲気変わったな」
「でしょ!」
「だろ!」
二人は同時に胸を張った。
「カルレン。ドラノフ、まだ起きねぇのか?」
アデルが近づいて顔を覗き込む。
「出航前に、一回手合わせ出来ると思ってたんだけど」
「こんな状態で戦えるわけねぇだろ」
カルレンはため息をつく。
「それより出航時間は大丈夫か?」
「大丈夫だよ、おとうさん」
リノアが答えた。
「今から行けば、出航十分前に港に着くの。
……村の人たちと挨拶する時間が、ちょっと短くなっちゃうけどね。
アデル、ドラノフさんとの勝負は、また今度にしよ?」
「しゃーねぇな」
アデルは鼻を鳴らす。
「カルレンは教会に残るのか?」
「ああ。そのつもりだ。
もう少しドラノフさんの様子を見ておきたい。
神父様、俺が残ってても大丈夫か?」
「もちろんです」
神父は頷いた。
「それより、アデルさん、リノアさん。少しこちらへ」
神父は二人を部屋の隅に呼び寄せ、
右手をリノアの額に、左手をアデルの額にそっと翳す。
「お二人に、レナウス様のご加護があらんことを」
低い祈りの言葉と共に、温かな気配が額へと染み込んでいく。
神父は手を離した。
「神父、オレ達に何したんだ?」
アデルが眉をひそめる。
「神父様はね、わたし達の旅が危なくならないように、お祈りしてくれたんだよ」
リノアが先に答える。
「そういうことか。ありがとな、神父!」
「私に出来ることは、このくらいですから」
リノアは深く頭を下げた。
「本当に、ありがとうございます」
アデルもリノアに肘でつつかれ、いくらかぎこちない礼をする。
カルレンが立ち上がり、アデルの方へ歩いていく。
「なんだよ、カルレン」
アデルが不思議そうに首を傾げると──
カルレンは、いきなり頭を下げた。
アデルの目が丸くなる。
「リノアを……頼む、アデル」
床へ向かって低い声が落ちる。
「本当は、俺も一緒に行きてぇ。
だが、この体じゃ、おまえらの足を引っ張るだけだ。
だから──アデル。
俺の、大事な娘を……頼む」
「お、おとうさん……!」
リノアは思わず声を上げる。
「急になに言ってるの。わたし、大丈夫だよ……!」
それでもカルレンは頭を下げたまま、顔を上げない。
「──断る」
アデルの短い一言に、部屋の空気が固まった。
カルレンは顔を上げ、アデルを睨む。
「アデル。てめぇ……!」
今にも殴りかかりそうな雰囲気を察し、
リノアと神父が慌てて腕を掴んだ。
「おとうさん! 落ち着いて!」
「カルレンさん、どうか……!」
だがアデルは一歩も引かず、いつものように真っ直ぐに言う。
「オレは、リノアのお守りをするために付いて行くんじゃねぇ」
琥珀色の瞳が、揺るぎなくカルレンを捉える。
「オレは、“最強の男”になるためにリノアに着いていく。
それがオレの目的だ」
アデルは指で天井をさしながら続ける。
「そのためには、塔を全部攻略しなきゃならねぇ。
でも塔は──聖女がいないと越えらんねぇ。
だから、リノアには死なれると困る。
リノアが死んだら、オレの目的が果たせなくなるからな」
カルレンは、その言葉を聞いて、八年前の会話を思い出す。
(……確かに、あの時も同じようなことを言っていた)
「ってわけで、安心しろ」
アデルは、ふと口元を歪めた。
「オレが生きてる限り、リノアは死なねぇよ」
「な、何それ!」
リノアが反射的に噛みつく。
「“死なれたら困る”ってなに!
わたし、そんなに弱くないし!
アデルのほうが弱いもん!
わたしの風鎧、一回だって破れたことないくせに!」
「はぁ!? 鎧なかったら、一撃でくたばるレベルだろーが!」
アデルも即座にやり返す。
「誰があほリノアに守られるか!!」
「なによ、バカアデル!!」
二人の言い合いは、あっという間にいつもの調子に戻る。
カルレンは、深くため息を吐き……
二人の頭へ、それぞれそっと手を置いた。
「……頑張って行ってこい」
声は、先ほどよりもずっと柔らかい。
「いつでも帰ってきていいからな。
それと──船の出航時間、もうすぐじゃないか?」
「えっ、うそ!!」
リノアの顔が真っ青になる。
「アデル、行くよ! 乗り遅れちゃう!」
「マジかよ! あれだけ余裕あったのに!」
「おとうさん! 神父様、ありがとう!!」
リノアは二人に向かって深く礼をする。
「そして──おとうさん。
わたし、願いを叶えるまで絶対死なないから。
だから安心して!」
「行くぞ、アデル!」
「おう! カルレン、神父。じゃーな!」
二人は勢いよく部屋を飛び出して行った。
神父が小さく笑う。
「カルレンさん。あの二人なら、きっと大丈夫ですよ」
「まったく……」
カルレンは椅子に腰を下ろした。
「アデルが、もう少し素直に“任せてください”って言えば、
こっちの不安も少しはマシになるってのに」
「でも、“リノアさんを死なせない”って、はっきり言ってました」
神父は穏やかな目でカルレンを見る。
「あれが、彼なりの精一杯なんでしょう」
「本当、初めて会った時から生意気なガキだよ」
そう言いながら──カルレンの口元は、わずかに緩んでいる。
「カルレンさん。何、にやけてるんですか?」
「俺の顔を見るな」
カルレンは視線をそらす。
その時、布団から低い声がした。
「……いいコンビだろ、あの二人は」
「ドラノフさん! 起きてたのか!」
「そりゃあれだけ騒げば、いやでも起きるわ」
ドラノフは薄く笑う。
「騒がしくして、すまない」
「構わんよ。生きてる音がするほうがいい。
……リノアとアデルか。
いいコンビだと思うがな、カルレン」
「思わない」
即答するカルレンの顔は、どう見ても満更でもなかった。
「も〜う、カルレンさん!」
神父は苦笑しながら首を振った。
◆
「アデル、早くしないと本当に乗り遅れる!!」
「わかってるって! 急いで走ってんだろ!!」
港への道を、二人は全力で駆ける。
「アデルがさっき立ちションしなかったら、もう着いてるのに!
なんであんなに長かったのよ!」
「我慢してたんだからしょうがねぇだろ!!」
息を切らしながら、ようやく港が見えてきた。
「人が……多い」
「村の人が、わたしを見送るために集まってくれたの。
本当は、一人ひとりに挨拶するつもりだったのに……!」
桟橋の先では、大きめの船が帆を張り、
今まさに出航しようとしていた。
「……あれ、もう動いてねぇか?」
「う、うそ……! 間に合わない!!」
リノアの顔から血の気が引く。
その瞬間、アデルは背中の荷物を放り投げた。
「ちょっ──アデル!?」
驚くリノアを、そのままひょいと抱き上げる。
お姫様抱っこだった。
「な、なにしてるの!!」
「いいから黙って掴まってろ!」
アデルの足が、地を蹴り砕くように動く。
一気に加速。視界が線になって後ろへ流れていく。
桟橋の端で、アデルは大きく跳んだ。
海風が、二人の髪を乱暴になぶる。
次の瞬間──
船の甲板に、どん、と重い着地音が響いた。
「「リノア様だ!!」」
「「リノア様! どうかお気をつけて行ってきてください!!」」
港に残った村人達が、一斉に声を上げる。
リノアはアデルの腕の中から身を起こし、大きく手を振った。
「アデル!! 無茶しすぎ!
みんなー!! 行ってきます!!」
「文句が多い女だな」
「うるさい!!」
甲板の上で、二人の声が海に放り出される。
船は白い波を切り裂きながら、トートル諸島の方角へと滑り出した。
「アネマ・ラミーナ!」
鋭い風の刃が、空気ごと裂いて走る。
「っとあぶねぇ!! 首、吹っ飛ぶところだったわ!」
紙一重で身を捻り、アデルは笑った。足元の砂がざり、と抉れて、さっきまで彼の首があったあたりの空間を、風が遅れて悲鳴を上げる。
「なんでアデルに当たらないのよ! もー!!」
リノアは頬を膨らませながらも、次の詠唱に意識を切り替えていた。空気は湿り、海風が二人の汗をなぞって通り過ぎていく。
「おまえらー! 飯の時間だぞー! そろそろやめてこっち来い!
パニアが豚魚焼いてるから、焦げる前に行くぞ!」
海側からカルレンの声が飛んでくる。
「おとうさん、わかったー!」
リノアが手を振り、詠唱を中断する。
「カルレンが来たか。よかったな、オレにぶっ飛ばされなくて!」
アデルは肩をぐるぐる回しながら、ニヤリと口角を上げる。
「はあーー!? アデルこそ首つながっててよかったね!」
「なにぃーー!」
空気がもう一度きな臭くなりかけたところで──
「いいかげんにしろ、おまえら。飯食ったあとで、いくらでも戦えるだろ」
カルレンの声が、潮騒よりもよく通る。
「次こそ、リノアのアネマ・アルマ全部ぶち壊してやるからな!」
「アデルには一生無理だね!」
そんな言い合いを続けながら、二人は浜辺の焚き火へと歩いていく。
◆
焚き火の上で、串に刺された豚魚が脂を弾かせていた。
香ばしい匂いが、海風に乗ってあたり一面に広がっている。
「お〜、おまえ達。ちょうどいい頃合いに来たの〜。
ほれ、焼けてるからお食べ」
パニアは、いつものように飄々とした笑みを浮かべて串を差し出す。
「わぁ〜! 美味しそう! ありがとう、パニアさん!」
「ほら、カルレンも食べなはれ」
「悪いな、パニア」
アデルはというと──パニアの手から受け取る前に、すでに二本を抱え込んでいた。
「うめぇーー!! 動いたあとに食う飯は最高だな!」
熱い脂が口の中で爆ぜる。アデルは目を細め、心底幸せそうに笑った。
「アデルよ、聖女様との修行はどうじゃ?」
パニアが、焼けた串を三本目としてアデルに放る。アデルは片手で受け取りながら、当然の顔で言った。
「余裕だ、余裕。リノアの攻撃、まったく当たんなかったしな」
「何を嘘ついてるのよ!!」
リノアはすかさず噛みつく。「さっきまで傷だらけだったじゃない!」
「はぁ? あれは避けたときに葉っぱに引っかかっただけだし!」
「そんなわけないでしょ!」
「おまえら、今は飯を食え。言い合いはそのあとだ」
カルレンは思わず額に手を当てる。
「ホッホッホ〜。若いってのは、こういう事を言うんじゃの」
パニアは目を細めた。
その瞳の奥には、どこか戦場を知る者特有の、鋭く静かな光が宿っている。
時は流れ、いつしか八年が過ぎていた。
ハンドベアーを単独で斃せるほどの実力を身につけたリノアは、
週に三度叫び島を訪れ、アデルと模擬戦を続けてきた。
明日──彼らはカスボ島を出航し、トートル諸島へ向かう。
塔の旅路が、本格的に始まるのだ。
「よっしゃーー!! 腹、満たされた!!
リノア! 模擬戦の続きやるぞ!!」
「いいよ、アデル! 今度こそコテンパンにしてあげる!」
「おいおい、おまえらな……」
カルレンが呆れた声を出す。「今、飯食ったばっかだぞ。少し休め」
その声を聞いたはずの二人の姿は──
気づけば、焚き火の周りから消えていた。
「……移動すんの、早すぎるだろ」
◆
森の外れ。風が通り抜ける、ひらけた地形。
何度も地面が抉られ、立木が折れた跡が残っている。
ここが、二人の“八年間”が刻まれた場所だった。
「リノア。準備は整ったか?」
アデルが軽く首を鳴らす。
「ちょっと待って。──アネマ・アルマ」
緑がかった風が、リノアの身体を薄く包み込む。
衣服の裾がふわりと浮いたかと思うと、すぐに何事もなかったように落ち着いた。
だが、そこに確かに“鎧”があるのを、アデルの肌は知っている。
「その風の鎧、ほんとえげつねぇよな。
オレのパンチ当たっても押し返されるし、見た目も変わらねぇし」
「すごく便利なんだよ、これ。ある程度の攻撃なら防いでくれるし、
多少の衝撃は伝わるけど、前線で戦うにはこれくらい必要なの。
安心して突っ込めるしね」
「確かにグイグイくるよな、おまえ。
気づいたら懐に入られてて、マジでビビったことあるからな」
「そんな驚くことかなぁ。それよりアデルが魔法使えないほうが驚きだよ」
「そうか? 世界広いんだし、一人くらいオレみたいなのいるだろ」
「いや、アデルが異常なの。
魔法が“ひとつも”使えない人なんて、聞いたことないもん。
赤ちゃんのときに鑑定石を使えば、どの属性持ちかだいたいわかるのに」
「パニア爺の鑑定石がポンコツだったんじゃねーのか?
オレの中にマナは流れてるんだろ?」
「うん。ヒールかけるとき、アデルの中のマナの流れはちゃんと感じるよ」
「どっかに、魔法に詳しい奴でもいねぇかな」
「これから世界を冒険するんだよ? どこかで出会えるって。
──よし、準備オッケー。お待たせ、アデル。やろうか」
「よし。音石、投げるぞ。落ちて音が鳴ったら始めだ」
「わかった!」
アデルは小さな音石を空高く放る。
二人は目を閉じ、呼吸を整える。
──カン。
小さな金属音が響いた瞬間、二人の足が同時に地を蹴った。
◆
(まずは距離を取る!)
「アネマ! アネマ!!」
リノアは、近づいてくるアデルに向かって風の刃を連続で放ちつつ、
じり、じりと後ろへ下がる。
アデルはそれをすべて、紙一重で躱していく。
風が頬を掠めるたび、皮膚がひりついた。
(うっとうしいな……!)
「くそ、リノアのやろう。ホントうざってぇ撃ちかたしやがって」
視界を一瞬で奪うように、彼女は足元へ向けて魔法を撃ち込んだ。
「アネマ!」
地面が爆ぜ、砂埃が一気に舞い上がる。
視界は一瞬で、灰色の霧に塗り潰された。
「ッ……!」
アデルは、あえて目を閉じた。
代わりに、耳をすべて開く。
(音……風……空気の裂け方……)
ヒュン──。
左斜め上。
空気を割って、風の刃が迫る気配。
「上か!」
アデルは前へ飛び込み、そのまま転がるように跳び出した。
背中のすぐ後ろを、二本の風刃が通り抜け、木の幹を断ち割る音がした。
◆
(避けられた! 今の完璧だったのに!)
リノアは奥歯を噛む。
風の反動で、自分の身体がふわりと浮いた感覚。
砂埃で視界を殺し、上空から刃を落とす。
奇襲としては理想的だった。
だが、アデルはまだ、彼女の居場所を正確には掴めていないはず。
(こっちの位置は、ぼんやりわかる。今のうちに──ラミーナ!)
リノアは、アデルの気配がある方角めがけて風刃を放つ。
しかし、手応えはない。
(……反応がない? どこに行ったの、アデル)
耳を澄ませると、背後から土を蹴る音が聞こえた。
「嘘……」
振り返るよりも早く、アデルの気配が一気に迫る。
「アネマ・ラミーナ!」
慌てて背後に向けて放った風刃を、アデルはギリギリで躱した。
距離は一気に詰まる。
(このままじゃ近接の間合いに入られる……!)
リノアはすぐに選択を切り替える。
「ラミーナ!」
まず、アデルが突っ込んでくる軌道上へ一発。
続けて、真上へもう一発。
(ジャンプで避けても、どっちみち上から当たる──これで決まり!)
勝ちを確信した、その瞬間。
「残念だったな」
アデルは、地面すれすれに膝を滑らせた。
膝をついたままのスライディングで、二つの風刃の死角をすり抜ける。
「っ──!」
(まずい!)
油断の一瞬。
リノアの身体が固まる。
「捉えたぞ、リノア!!」
アデルの右フックが、風鎧ごとリノアのボディを打ち抜いた。
アネマ・アルマが衝撃を受け、風が弾けてリノアの身体を後ろに押しやる。
その反動を利用して、アデルは回転蹴りへとつなげた。
蹴りが横腹にヒットする。
「きゃっ!」
リノアの身体が軽く宙に浮き、地面を転がった。
「はっはっはー! オレの勝ちだな、リノア」
アデルはニヤリと笑い、挑発気味に顎を上げる。
「油断したー!! もう! ちょっとは手加減して攻撃してよ! 痛いんだから!」
「ふざけんな。風鎧まとってんだから大したダメージねぇだろ。
こっちはおまえの魔法、まともに食ったら普通に痛いんだよ!」
「うるさい! 近接バカ!!」
「はあ!? 黙れ、遠距離バカ!」
「──もういい。アデルの土俵で戦ってあげる」
「は? 魔法しか撃てねぇくせに、どうやってオレと同じ土俵に上がるんだよ」
リノアは息を整え、右手を突き出した。
「アネマ・フラッゲルム」
薄緑の光が集まり、リノアの手に“風の鞭”が形を成す。
ぶん、と振るうと、空気を裂く音と共に、小さな爆ぜる音が鳴った。
「どう、アデル。これ当たったら痛いわよ?」
「おまえ、いつの間にそんな魔法覚えたんだよ!」
「これ、身につけるまでほんと大変だったんだから。
さ、続きをやろうか、アデル」
リノアは鞭を軽く振り、アデルを睨み据える。
「オレもちょうど体が温まってきたところだ。……行くぞ、リノア!」
アデルが再び地を蹴る。
彼の突進は、風を巻き込んで一直線だった。
「ほんっと、よく突っ込むわね!」
リノアは、彼の突進に合わせて風の鞭を振るう。
風が裂ける音が連続し、アデルはそれをギリギリで避け続ける。
「どうしたの、アデル? 避けてばっかりだよ!」
鞭の速度が上がる。
風圧が頬を叩き、軌跡が残像となって残る。
(そろそろだな……)
アデルは歯を食いしばり、一歩踏み込んだ。
「おらああああ!」
風の鞭が振り下ろされる瞬間、その軌道を読み切り、拳を叩きつけた。
パン、と乾いた音が響く。
鞭の形が崩れ、風が散る。
「アデル!! いい加減、降参しなさいよ!」
「誰が降参するか!!」
鞭と拳がぶつかるたびに、ボン、ボン、と小さな衝撃波が生まれる。
周囲の木々の枝が折れ、葉が雨のように降った。
「はぁああああ!!」
「おらぁあああ!!」
アデルの手が、ついに風の鞭を掴んだ。
「捕まえた!」
「しま──!」
そのままリノアの身体が引き寄せられる。
手を離すタイミングが一瞬遅れた。
(まずい、この距離はアデルの間合い──!)
「これで終わりだ、リノア!!」
アデルの拳に、力が凝縮されていく。
(まだ……諦めない!)
リノアは左手にマナを集中させる。
(アデルの射程に入る前に──ラミーナを叩き込む!)
「っラミ──」
「はい、おしまいじゃ〜」
「きゃっ!」
「うおっ!?」
二人のど真ん中に、いつの間にかパニアが立っていた。
老人の両掌が、ぱん、と一度打ち鳴らされる。
その瞬間、空気がはじけ飛び、爆風が二人を左右に吹き飛ばした。
◆
「ホッホッホ〜。いくらなんでも、白熱しすぎじゃ」
パニアの足元には、抉れた地面と倒れた木々。
模擬戦という言葉で片付けるには、被害が大きすぎる光景だった。
「まったく、パニアの言う通りだ。……周りを見てみろ、おまえら」
カルレンが額を押さえる。
地面は何本もの溝を刻まれ、立木はへし折れ、葉が一面に散っていた。
少し離れたところでは、さっきまで焚き火で使っていた薪の予備まで吹き飛ばされている。
「ちくしょう、邪魔すんなよクソジジイ!!」
アデルが不満そうに叫ぶ。
「バカタレ。聖女様を殺す気か」
パニアの拳骨が、アデルの頭頂に炸裂した。
「いってぇー!!」
リノアは土だらけになった服を軽く払う。
「あと少しだったのに〜……」
「リノアもやりすぎだ!」
カルレンにたしなめられ、リノアは素直に頭を下げた。
「ごめんなさい。……ちょっと、気持ち入りすぎちゃった」
風は潮の気配を運び、遠くでカモメが鳴いた。
「アデル。この勝負、引き分けでいい?」
「ふん。オレが勝ってたけどな。引き分けにしてやるよ」
「わたしが勝ってたんだけどね! 絶対!!」
「なにぃーー!」
「おまえら、もうやめろ。今日出発だってのに、ここで喧嘩してどうする」
カルレンの言葉に、リノアはハッとする。
「そうだった……。アデル、続きは今度ね!」
「上等だ。次は絶対ぶっ倒してやる!」
「とりあえず、ヒール」
リノアの手が光り、アデルの身体を包み込む。
傷口が塞がり、筋肉のきしみがすっと消えていく。
「おお〜……やっぱ回復魔法はすげぇな。さすが聖女様だ」
「もっと褒めていいわよ?」
「これ以上どこ褒めろってんだ!」
そんなやり取りを交わしながら、彼らは浜辺へ戻り始めた。
「おまえら〜。そろそろカスボ岬に行かんといかんぞい。
荷物まとめて、船に乗せてしまえ〜」
パニアの声に、アデルとリノアは顔を見合わせる。
「わかったー! 行こ、アデル!」
「おう!」
二人は荷物を回収しに走り出す。
パニアとカルレンだけが、その場にしばし佇んだ。
「……全くの。時間が経つのは、早いの〜。
カルレン殿、もう一人の娘さんも聖女様だったかの?」
「ああ。モニカだ。……手紙だけ残して、旅立っていったがな」
「そうか、そうか。元気にしとるといいがの」
カルレンは苦笑した。
「モニカは大丈夫だろ。小せぇころから異常に強かったしな。
光以外に二属性持ちだし」
「な、なんと! 二属性持ちじゃと!!」
パニアの顔色が本気で変わる。「二属性持ちなんてあった事ないわい!実在するとは思わなんだわい……」
「俺たちも、そろそろ船に向かうか」
「そうじゃな」
二人は浜辺の小さな桟橋へと歩き出した。
そこには、荷物を積み終えたアデルとリノアが待っていた。
◆
「おとうさん、おそーい!」
「おまえらが早すぎるんだ。……パニアは島に残るんだな?」
「そうじゃ。わしは人混みが苦手での。
それに、この島はわしの“前線”じゃ」
アデルが一歩、パニアへ近寄る。
「パニア爺。オレは今以上に強くなって、また戻ってくる。
そのときは、また組み手してくれ。今度こそ、パニア爺を倒す。
オレはパニア爺を超える!」
「そうか、そうか」
パニアの顔に、くしゃくしゃな笑みが浮かぶ。
「わしは楽しみにしておるぞ。
……それと──」
アデルをまっすぐ見据える。
「死ぬなよ、アデル」
「死なねぇよ。世界一になる男が、こんなとこでくたばるかよ」
「そうじゃったな」
アデルは、少し照れたように顔をそらした。
「あとパニア爺! オレをここまで育ててくれて、ありがとな!!」
ぶっきらぼうに言い捨てると、そのまま船に飛び乗る。
リノアはスカート──いや、今は動きやすいズボン姿で
丁寧に一礼し、カルレンも同じように頭を下げた。
カルレンは「アネマ」と呟き、風を起こして小舟を押し出す。
帆に風が満ち、船はゆるやかに動き出した。
リノアとアデルは、パニアの姿が点になるまで、岸に向かって手を振り続けた。
「……ありがとう、か」
誰もいなくなった岸辺で、パニアはぽつりと言う。
「ほんに、あの子の口から、そんな言葉が出るとはの……。
死ぬんじゃないぞ、アデル」
うっすらと浮かんだ涙を指で拭い、老人はゆっくりと森の奥へ戻っていった。
◆
「アデル〜。もしかして泣いてるの〜?」
揺れる船の上で、リノアがにやにや笑いながら覗き込む。
「はぁ!? 泣いてねぇよ! ちょっと虫が目に入っただけだ!」
「それにしては、鼻水すごいけど……」
「うっせぇ! こっち見るな!!」
「おまえら、あんま喋ってると舌噛むぞ〜」
カルレンが笑い混じりに注意する。
たわいもない会話を続けているうちに、やがてカスボ島の岸が見えてきた。
岸には、三つの影が立っている。
クロン、ニーナ、ギアン──八年前に別れを交わした、幼馴染たちだ。
小さな桟橋の手前で、三つの影が待っている。
クロン、ニーナ、ギアン──八年ぶりに肩を並べる、その顔ぶれだ。
「遅かったな! アデル!」
腕を組んだクロンが、いつもの少し尖った声で叫んだ。
「そうか? 割と早めに来たつもりだぞ」
アデルは肩をすくめる。
「それより、おまえらに会うの、一年ぶりか。元気にしてたか?」
「ニーナ達はいつでも元気です〜!」
ニーナはいつもの調子で両手を振る。
「それよりね、クロンくんが言いたいことあるみたいだよ!」
「……アデル!」
クロンは一歩前に出て、アデルをまっすぐ睨みつけた。
「八年前に話したこと、覚えてるか!」
「ああ、覚えてるよ」
アデルは即答した。
その目は、当たり前のように自信に満ちている。
「俺が勝ったら、俺たちもリノア達と一緒に旅に出る。
負けたら──旅の同行は諦める」
「へぇ」
アデルは口の端を吊り上げた。
「てっきり、“リノアの旅に付いてくな”って言いに来たのかと思ったけど、そうは言わねぇんだな」
「俺だってバカじゃない」
クロンは唇を結び、低く続ける。
「おまえがどれだけ強いか、十分わかってる。
それに──聖女の旅が、どれだけ過酷かも」
潮風が、言葉の間を抜けていく。
「なのに、そんな負けそうな顔して戦う意味あるのか?」
アデルの問いは、残酷なほど真っ直ぐだ。
「ある!!」
クロンは声を張り上げた。
「俺だって、この八年間サボってたわけじゃない!
毎日毎日、剣の稽古して……魔法だって、マナ切れ起こすギリギリまで撃ち続けた!
必死で修行してきたんだ!」
握った拳が震える。
「でもな……だんだんわかってくるんだよ……
リノアと、おまえの強さが。
前に──ニーナとギアン連れて叫び島に行って、おまえらの模擬戦を見た時に思った。
“あれは人の戦いじゃない。魔物同士のぶつかり合いだ”って」
喉が詰まり、クロンは一度息を吸いなおした。
「俺はリノアをサポートするために修行してきた。
だけど……このままじゃ、サポートどころか足手まといになるって……!」
「そこまでわかってるなら、戦う必要なくね?」
アデルはあくまで淡々としている。
「俺は──」
クロンは首を振った。
「アデルと自分の“差”を、ちゃんと知りたい。
どれだけ離れてるのか、どれくらい近づけたのか。
それを知らないまま、ここで止まるのは……嫌だ!」
金色に焼けた海面が、揺れる視界の端で光った。
「俺はまだ、諦めてない!!
リノアの旅に同行することも!
今の俺が、どこまでおまえに通用するのか──
少しでも、おまえらに近づくために!!」
ギアンとニーナが、不安そうにクロンを見る。
「だから頼む、アデル……!
俺を殺すつもりで──本気で来い!!」
「……おまえ、意外にしっかり考えてんだな」
アデルはふっと笑う。
「ちょっとびっくりしたわ」
「俺は、アデルみたいなバカじゃないからな」
「クソクロンが」
アデルも一歩、前に出る。
「いいぜ。本気で行ってやる。
おまえ、火属性だったよな。魔法も全部使っていい」
「元々そのつもりだ!!」
クロンは木刀を構え、高く振りかぶる。
「行くぞ、バカアデル!!」
「上等だ」
アデルは軽く腰を落とし、拳を握り締めた。
港の喧噪が遠のいて、二人の呼吸音だけが際立つ。
「わたし、音石持ってるから」
リノアが二人の中間へ歩み出る。
「石が落ちて音が鳴ったら……始めてね」
白い指が小さな石を空へと放る。
石は陽光を反射しながら舞い上がり──
やがて、地面に落ちて「カン」と澄んだ音を響かせた。
◆
「フォルマ!!」
クロンの右手から、小さな炎の弾が撃ち出される。
炎は真っ直ぐアデルの胸を目がけ──
すでに、そこにアデルの姿はなかった。
「なっ……!」
クロンは息を呑む。
(どこだ──)
背後に、微かな気配。
反射的に木刀を振り抜く。
「おりゃ──!」
しかし手応えはない。
空を切った木刀が、遅れて風を鳴らす。
前へ向き直った瞬間──
視界一杯に、アデルの拳が迫っていた。
鼻先すれすれで、拳がぴたりと止まる。
「……オレの勝ちだな、クロン」
アデルの声は、さっきまでと同じ調子なのに、ひどく遠く聞こえた。
「まあ、動きは悪くなかったんじゃねーか?」
「な……」
クロンの膝が、かくんと揺れる。
「なにも……できなかった……。くそ……!」
乾いた土の匂いが、やけに鮮やかだった。
「ニーナとギアンも、おそらく実力はおまえと大差ねぇ」
アデルは拳を下ろし、淡々と続ける。
「だから──リノアとの旅は諦めろ。
おまえらじゃ、すぐ死ぬ。
庇ってる余裕も、たぶんねぇ」
「おれはぁ!!」
込み上げるものを押し殺せず、クロンは叫んだ。
「あきらめなぁい!! ぜったいに!!」
涙と声が一緒に喉から飛び出す。
「アデル!! リノアを頼んだ……!!
もしリノアが、死ぬような事があったら──
俺がおまえを殺す!!
わかったか、アデル!!!」
アデルはその宣言を受け止めるように、じっとクロンを見つめ、
何も言わずに踵を返した。
片手をひらひらと振りながら、カスボ港のほうへと歩いていく。
◆
「クロン! わたしのために心配してくれて、ありがとう」
リノアがそっと声をかける。
「ニーナも、ギアンも……ありがとう」
「うわあああああん!! リノアちゃああん!!」
ニーナが飛びつく。顔はぐしゃぐしゃだ。
「ニーナだって、付いていきたいよぉおお!!」
「ニーナ、泣かないで」
リノアは彼女の背中を優しく叩いた。
「わたしだって、本当は連れていきたいよ。
でも──わたしの旅に同行して、もしも死んじゃったら……嫌なの。
大切な友達だから。だから、ごめん……」
「リノアさん……」
ギアンも拳を握りしめたまま、うつむく。
「旅が落ち着いたら、必ず顔出しに帰ってくる。
だから……待ってて。ね?」
クロンは袖で乱暴に目元を拭った。
「……俺は、ギルドに入る」
絞り出すような声で、前を向く。
「ギルドに入って、六つ星ハンターになる!!
そうして──必ず、リノアの助けになってやる!」
「クロン……」
ニーナは涙を一度大きく拭い、意識的に笑顔を作る。
「だったらニーナも、クロンと一緒に六つ星ハンター目指す!!
もちろんギアンもだよね!!」
「もちろんです!」
ギアンは力強く頷いた。
「だから、リノアさん。待っていてください。
僕たち、ちゃんと追いつきますから!」
「みんな……」
リノアは目尻を指で押さえながら、それでも笑おうとする。
「うん。わかった。待ってる!」
「若いって、ええのう……」
少し離れたところで様子を見ていたカルレンが、ぽつりと漏らす。
「リノア、そろそろ行くぞ。アデルに怒られる」
「そうだね。バカアデルに怒られちゃう……。
みんな、行ってきます!」
「「「リノア! 行ってらっしゃい!!」」」
三人は、リノアの背が人混みに紛れ、見えなくなるまで、何度も何度も手を振った。
・
・
・
少し歩いてから、ニーナがふと口を尖らせる。
「ニーナ達、ここでお別れしなくても、港まで行けばよかったのにね」
「……すげぇ混んでると思うぞ」
クロンは空を仰ぐ。
「村総出でリノアを見送るだろ。
だから俺はいかない。ここで修行する」
「ほんとかな〜? アデルの顔見るのが嫌ってだけじゃないの〜?」
「そ、そんなわけあるか!!
俺は、まだ修行するためにここにいるんだ!!」
ギアンが、おずおずと手を挙げた。
「あの……クロンさん。リノアさんに告白しなくてよかったんですか?
好きなんですよね、リノアさんのこと」
「ちょっ! なに言ってんだあ!! ギアン!!」
「やっぱりそうなんだ〜、クロンくん」
ニーナがニヤニヤする。
「だああああ!! だまれえええ!!」
「今から走って、“ニーナがクロンくん好きだって〜”って言ってあげよっか?」
「マジでやめろぉおおおお!!!」
「クロンくん、顔すごい真っ赤〜。あははっ!」
「ほ、本当ですね。ふっ……ふふっ……」
「ギアーン!!! 笑うなぁああ!!」
港からの潮風が、三人の笑い声をさらっていった。
◆
「リノア、あれでよかったのか?」
港へ向かう道すがら、カルレンが問う。
「……大丈夫」
リノアは短く答えた。
「クロン達は、諦め悪いから。きっと、ちゃんと強くなる。
だから、大丈夫」
「そうか」
カルレンは軽く笑い、ポケットから白い布を取り出した。
「ほら。目、真っ赤だぞ」
「あ、ありが……とう」
リノアはハンカチで目元を押さえ、深呼吸を一つした。
しばらく進むと、自警団の一人が砂煙を上げて駆け寄ってくる。
「カルレンさん!! 賢者様が……賢者様が起きられました!!」
「なに!」
カルレンの表情が引き締まる。
「すまん、リノア! 先に港に行っててくれ。
俺は教会に行って、賢者ドラノフの様子を見てくる!」
「わたしも行く!」
「アデルが待ってるから、俺だけでいい。
おまえは港に向かえ。後で合流する」
カルレンはそれだけ言うと、教会の方角へ全力で走り出した。
賢者ドラノフ──
一週間前。浜辺に人が倒れていると自警団から報告があり、
駆けつけたカルレンは、砂の上に横たわる白髪の老人の顔を見て凍りついた。
それが、かつて共に旅をした賢者ドラノフだったからだ。
意識はかろうじてあった。
すぐさま教会へ運び込み、事情をシスターへ説明して部屋を借りた。
リノアがヒールを試みるも、ドラノフは逆に苦しみ出し──
最後はポーションを無理やり飲ませることで呼吸が落ち着き、そのまま深い眠りについた。
以来、今日まで一度も目を覚ましていなかったのだ。
「ドラノフさんが、やっと目覚めた……。何があったのか、聞かねぇと」
カルレンは足に、いつも以上に力を込めた。
◆
一方その頃、リノアは港へ向かう途中で足を止めた。
人混みの向こうに、見慣れた後ろ姿を見つけたからだ。
「アーーーーデーーールーーーーー!!」
「ん? リノアか」
アデルが振り返る。
「おまえ、おせーよ。何してたんだ?」
「アデル聞いて! ドラノフさんが起きたんだって!」
「マジか! 前、おまえが言ってた、すげー強い奴だよな?」
「そう。おとうさん、様子見に教会行ったんだ。
船の出航まで、まだ少し時間あるはずだし……わたし達も行かない?」
「決まってんだろ。そう何度も会える人じゃねぇしな。行くぞ!」
二人は、そのまま教会へ駆け出した。
◆
「ふう〜……やっと教会に着いた」
少し息を切らしたアデルの前に、白い法衣姿のシスターが現れる。
「あ、リノアちゃん!それにアデルくん」
「シスター!」
リノアが駆け寄る。
「ドラノフさん、起きたんだよね!? 中に入っていい?」
「もちろんです。さぁ、こちらへ!」
教会の中は、いつ来ても澄んだ空気に満ちていた。
レナウスを祀る祭壇は磨き抜かれており、床も壁も隅々まで掃除が行き届いている。
「ここです。ドラノフ様、入りますね」
シスターが扉をノックし、中へ入る。
ドラノフは、簡素なベッドの上で上体を起こし、
食器をテーブルに置くところだった。
「よい……しょっと。
お、シスター。食事ありがとう。実に美味しくいただけた……。
……ん?」
視線がカルレンを捕らえる。
「おお。カルレンじゃないか。久しぶりだな。二十年ぶりか?
なぜここにいる?」
シスターは食器を持ち、静かに部屋を後にする。
「ドラノフさんと別れたあと、この島に流れ着いたんだ。
レノラがカスボジュース好きでな……。
“カスボの実を山ほど育ててる島がある”って話を聞いて、ここに住むことにした」
「なるほどのう。面白い理由で暮らしておる……。
久しぶりに聖女レノラにも会いたいものだ。
……それより、その左腕は、大丈夫か?」
カルレンは残った右手で肩をさすり、短く頷く。
「ああ。大丈夫だ。
レノラは……妻は──十三年前に、亡くなった」
「……そうか」
ドラノフは目を伏せる。
「すまん。無神経なことを聞いてしまったな」
重く沈みかけた空気を、一つの声が切り裂いた。
「おとうさーん!!」
リノアが勢いよく扉を開ける。その後ろにはアデル。
「リノア。港に行ってなかったのか。しかもアデルまで連れてきて……」
「えへへ。だって、ドラノフさんとちょっとだけ話したかったし。
出航まで、まだ時間あるしね」
「オレも、“めちゃくちゃ強い”って聞いたからな。
どんな奴か見ておきたくて来た。
──そいつが賢者か。思ったよりジジイだな」
「アデル!」
カルレンが慌てて制する。
「口を慎め。賢者ドラノフさんだぞ」
「カルレン、よせ」
ドラノフは苦笑する。
「もう今は、賢者なんて呼ばれるのはむず痒いだけだ。
……わしはもう、ほとんど魔法が使えん」
「どういう意味だ?」
カルレンが眉をひそめる。
「それより──カルレン。この二人は誰だ?
さっき“おとうさん”と呼ばれていたが、おまえの娘か?」
「ああ」
カルレンは、少しだけ誇らしげな顔をした。
「レノラと俺の娘だ。
こいつがリノア。もう一人、モニカって娘もいる。今は聖女の旅に出てる」
「……おまえさんの娘、二人とも聖女なのか。
そうか……そうか」
リノアが一歩前に出て、スカートの裾──いや今は旅装だ──をつまみ、礼をする。
「初めまして、賢者ドラノフ様。
わたしはカルレンの娘、リノア=ヴェントルと申します」
「そうか、そうか。リノアと申すのだな」
ドラノフは目を細める。
「わしはドラノフ。昔、おぬしの父と共に、少しだけ冒険したことがあってな」
「ジジイ、本当にカルレンと冒険してたのかよ!」
アデルが思わず声を上げる。
「ちょっとアデル! “ドラノフさん”でしょ!」
「元気がよいな」
ドラノフはくつくつと笑う。
「坊主。おまえの名は?」
「オレはアデル!
塔を全部攻略して、この世界にオレの名を響かせる男だ。よろしくな、ドラノフ!」
「アデルか。……よい名だ。よろしくな」
二人はがっしりと握手を交わした。
「それで、ドラノフさん」
カルレンが真剣な顔に戻る。
「あなたに、一体何があった?」
「……あまり、覚えておらんのだ」
ドラノフの声は低い。
「わし以外に、三人ほど一緒にいたのは確かじゃが……。
ここで目覚めるまでの記憶が、途切れ途切れでな。
浜辺で見つかったのは、わし一人だけか?」
「ああ。浜に倒れていたのも、ここまで運べたのも……ドラノフさんだけだ」
「そうか……」
ドラノフは視線を落とし、静かに肩を震わせる。
誰も、すぐに次の言葉を紡げなかった。
部屋の中の空気が固まりかけたその時──
ドラノフの胸元が、びくりと跳ねた。
「っ……あ、ああああ!!」
「ドラノフさん!?」
ドラノフが胸を押さえ、激しく身をよじる。
「リノア! ドラノフさんにヒールを!」
「ヒール!!」
リノアの手が光に包まれ、ドラノフを照らす。
だが──光を浴びたドラノフは、逆に苦しみを強めた。
「どうして……! 効かない!」
ドラノフの腕に、黒い血管のようなものが浮き上がっていく。
「リノア! もう一度だ!」
「おとうさん!!」
リノアの額に汗がにじむ。
「ヒールしても、ドラノフさんからマナの流れが感じられないの!!
まるで……空っぽみたいで!やっぱりわたしの魔法が効かない........」
「なに……?」
カルレンが顔をしかめた瞬間、扉が開く。
シスターと神父が、慌ただしく飛び込んできた。
神父は無言で小瓶を取り出し、ドラノフの口をこじ開ける。
「ぐっ……!」
暴れる喉へ、透明な液体を流し込む。
やがて──荒かった呼吸が、徐々に落ち着き始めた。
黒く浮き上がっていた血管も、すこしずつ沈んでいく。
アデルは、その小瓶をじっと見つめていた。
「神父。ジジイに何飲ませたんだ?」
「これはポーションです」
神父は短く答える。
「痛みを和らげる効果と、傷を癒す力がある薬ですよ」
「へぇ……そんなすげーもんがあるのか」
アデルは感心したように目を丸くする。
シスターは、ドラノフの額の汗を丁寧に拭き取り、脈を確かめる。
「呼吸も落ち着きましたし……眠っておられます。
今は、安定していると思います」
その言葉に、部屋の空気が一気に緩んだ。
「なぁ、神父様」
カルレンが尋ねる。
「やはりポーションじゃないと効かないのか?」
「そうですね...ドラノフさんがまだ目覚めない中、同じように発作を何度か起こしてるんです」
神父は静かに説明した。
「ポーションを飲ませたら、症状がおさまりまして……。
なので、いつ発作が起きてもいいように、必ず用意しているんです」
「……そういうことか」
カルレンは納得し、再びドラノフの寝顔へ目をやった。
(ヒールが効かない状態で……ポーションだけが効く。
……いったい、ドラノフさんの身に何が起きてる)
答えの見えない問いが、胸に重く沈んだ。
◆
「リノアちゃーーん!!」
唐突に、背後から柔らかい衝撃が飛び込んでくる。
「シ、シスター!? いきなりだからびっくりしたよ!」
シスターが、リノアをぎゅうっと抱きしめていた。
「ごめんね〜! もう出発しちゃったかと思って!
あ、アデルくん、こんにちは!」
「お、おう」
アデルはやや気まずそうに片手を挙げる。
リノアがカスボ島にアデルを連れてきては、
教会でけが人へヒールを行う──
そのたびにシスターとは顔を合わせていた。
「そうだ!」
シスターはぴょん、と一歩下がる。
「リノアちゃんとアデルくんに、渡したいものがあったんだ!
出航してたら渡せなかったから、間に合ってよかった〜!
ここじゃあれだから、更衣室に来て!」
シスターは勢いよく部屋を出ていく。
神父が微笑みながら言った。
「お二人とも、私と一緒に来てください。カルレンさんは、ここで」
カルレンは椅子に座り直し、ドラノフの様子を見守ることにした。
教会の中は、祭壇のある広間ほどの天井の高さはなく、
廊下は人ひとりと少しが通れるほどの幅だ。
「なんか、外から見るより中は普通なんだな」
アデルがきょろきょろ周囲を見渡す。
「広間がやたら広いだけで、それ以外は普通の家っぽい」
「アデル、失礼だよ」
「はは……まぁ、そうなんですよね」
神父は苦笑した。
「ここが更衣室です」
扉の前で声をかけると、中からぱたぱたと足音が聞こえた。
「アデルくん、先に入って!」
「えっ、おい──」
シスターに腕を掴まれ、そのまま中へ押し込まれる。
中にはシスター達の修道服が何着も掛けられ、
隅には神父の祭服も丁寧に畳まれて置かれていた。
「アデルくんには、新しい服を用意しました!」
シスターの目がきらきらしている。
「やっぱり、新しい場所で冒険を始めるなら、服も新しくしないとね?
アデルくんは“野生児”のイメージが強いから……
ハンドベアーの毛皮を使った服を、商人さんに頼んで作ってもらったの!」
そう言って、ずっしりとした毛皮の服を手渡す。
「……シスター。部屋から出ないのか? ちょい恥ずかしいんだけど」
「大丈夫だよ、気にしないで! 服の着方、間違ってないか見ててあげるから!」
「いやそこは出ろよ……」
アデルは頭を掻きながらも、しぶしぶ服を着替え始めた。
途中で、後ろから「おぉぉ……」とか「やっぱり似合う……」とか
妙な声が聞こえてきたが、敢えて無視した。
「よし、着替えたぞ」
「それじゃ、リノアちゃんにお披露目だね!」
更衣室の扉を開けて外へ出ると、
廊下で神父と話していたリノアが、ぱっと振り向いた。
「どうだ、リノア」
アデルは腕を軽く広げてみせる。
素朴だった布服は消え、
代わりに、肩から腰にかけて厚い毛皮が巻かれている。
下も同じ毛皮で統一され、腰には太い革帯。
腕と脚には簡素だが頑丈そうな布と革が巻かれ──
まさに野生の獣を思わせる戦士の装いだ。
「オレ、強くなった気がしねぇか?」
「……うん。なんか、“野生”感はすごくなったね。
強くなったんじゃない?」
「だろ! はっはっは!」
アデルが吠えるように笑うと、シスターが今度はリノアを招く。
「じゃあ次はリノアちゃんの番! こっち来て!」
「え、う、うん……」
リノアは少し頬を赤くしながら、更衣室の中へ入っていった。
「リノアちゃんにはね、すご〜く似合う服を選んだんだよ!
さぁ、これに着替えてみて!」
「ありがと……えっと、シスター……部屋からは……?」
「服の着方がわからないところがあったら、すぐ教えてあげれるようにね!
破けたら悲しいし!」
鼻息の荒いシスターを意識しつつ、リノアは服を身に通す。
途中で聞こえる「はぁぁ……」「尊い……」といった声も、全力で無視した。
「シスター。どう?」
「……ああ、ああ、リノアちゃん……!! ああ、可愛い!!
よし、アデルくんに見せびらかしに行こう!」
扉が勢いよく開く。
シスターの後ろから、リノアが少し恥ずかしそうに姿を現した。
「アデルくん! 見て見て! 前よりもっと可愛くなったでしょ!」
「アデル……ど、どう? に、似合ってる……?」
リノアの服装は、以前の地味なスカート姿とはまるで違っていた。
肩とおへそが少しだけ露出する、水色がかったトップス。
腰には短めの薄茶のショートパンツ。
動きやすさを重視したデザインで、
白い脚が太ももからすらりと伸びている。
「どう? アデルくん」
シスターが胸を張る。
「リノアちゃんは前線で戦う魔法士だから、動きやすいショートパンツにしたの!
可愛さと機動力の両立だよ!」
アデルは、しばらく無言でリノアを見つめていた。
目線が、肩→おへそ→太もも→顔──と忙しく往復する。
「リノア。肩と腹、出してると風邪ひくぞ。
それともそこだけ、破れてんのか?」
「破れてないよ!! こういうデザインなの!!
ちょっと恥ずかしいけど……こんなお高そうな服、普段買えないし」
シスターは興奮のあまり、その場にへたり込んでいた。
「シスター、大丈夫か? さっきからフガフガ言ってたけど。
……前からこんな感じだったか?」
リノアは苦笑いで流す。
「リノアさん、アデルさん」
神父が柔らかく微笑んだ。
「とてもよく似合っています。
ささやかですが、旅立ちのプレゼントとして受け取ってください」
「神父さん、ありがとう! すごく嬉しい!」
「サンキューな」
「それでは、ドラノフ様がいらっしゃる部屋へ戻りましょう」
いまだ床にへたり込んで「尊い……」と呟いているシスターを置いて、
三人は部屋へ戻った。
◆
部屋に戻ると、ドラノフはまだ眠ったまま。
その横で、カルレンが椅子に腰掛けていた。
二人の装いを見て、カルレンが目を丸くする。
「おまえら……なんか、雰囲気変わったな」
「でしょ!」
「だろ!」
二人は同時に胸を張った。
「カルレン。ドラノフ、まだ起きねぇのか?」
アデルが近づいて顔を覗き込む。
「出航前に、一回手合わせ出来ると思ってたんだけど」
「こんな状態で戦えるわけねぇだろ」
カルレンはため息をつく。
「それより出航時間は大丈夫か?」
「大丈夫だよ、おとうさん」
リノアが答えた。
「今から行けば、出航十分前に港に着くの。
……村の人たちと挨拶する時間が、ちょっと短くなっちゃうけどね。
アデル、ドラノフさんとの勝負は、また今度にしよ?」
「しゃーねぇな」
アデルは鼻を鳴らす。
「カルレンは教会に残るのか?」
「ああ。そのつもりだ。
もう少しドラノフさんの様子を見ておきたい。
神父様、俺が残ってても大丈夫か?」
「もちろんです」
神父は頷いた。
「それより、アデルさん、リノアさん。少しこちらへ」
神父は二人を部屋の隅に呼び寄せ、
右手をリノアの額に、左手をアデルの額にそっと翳す。
「お二人に、レナウス様のご加護があらんことを」
低い祈りの言葉と共に、温かな気配が額へと染み込んでいく。
神父は手を離した。
「神父、オレ達に何したんだ?」
アデルが眉をひそめる。
「神父様はね、わたし達の旅が危なくならないように、お祈りしてくれたんだよ」
リノアが先に答える。
「そういうことか。ありがとな、神父!」
「私に出来ることは、このくらいですから」
リノアは深く頭を下げた。
「本当に、ありがとうございます」
アデルもリノアに肘でつつかれ、いくらかぎこちない礼をする。
カルレンが立ち上がり、アデルの方へ歩いていく。
「なんだよ、カルレン」
アデルが不思議そうに首を傾げると──
カルレンは、いきなり頭を下げた。
アデルの目が丸くなる。
「リノアを……頼む、アデル」
床へ向かって低い声が落ちる。
「本当は、俺も一緒に行きてぇ。
だが、この体じゃ、おまえらの足を引っ張るだけだ。
だから──アデル。
俺の、大事な娘を……頼む」
「お、おとうさん……!」
リノアは思わず声を上げる。
「急になに言ってるの。わたし、大丈夫だよ……!」
それでもカルレンは頭を下げたまま、顔を上げない。
「──断る」
アデルの短い一言に、部屋の空気が固まった。
カルレンは顔を上げ、アデルを睨む。
「アデル。てめぇ……!」
今にも殴りかかりそうな雰囲気を察し、
リノアと神父が慌てて腕を掴んだ。
「おとうさん! 落ち着いて!」
「カルレンさん、どうか……!」
だがアデルは一歩も引かず、いつものように真っ直ぐに言う。
「オレは、リノアのお守りをするために付いて行くんじゃねぇ」
琥珀色の瞳が、揺るぎなくカルレンを捉える。
「オレは、“最強の男”になるためにリノアに着いていく。
それがオレの目的だ」
アデルは指で天井をさしながら続ける。
「そのためには、塔を全部攻略しなきゃならねぇ。
でも塔は──聖女がいないと越えらんねぇ。
だから、リノアには死なれると困る。
リノアが死んだら、オレの目的が果たせなくなるからな」
カルレンは、その言葉を聞いて、八年前の会話を思い出す。
(……確かに、あの時も同じようなことを言っていた)
「ってわけで、安心しろ」
アデルは、ふと口元を歪めた。
「オレが生きてる限り、リノアは死なねぇよ」
「な、何それ!」
リノアが反射的に噛みつく。
「“死なれたら困る”ってなに!
わたし、そんなに弱くないし!
アデルのほうが弱いもん!
わたしの風鎧、一回だって破れたことないくせに!」
「はぁ!? 鎧なかったら、一撃でくたばるレベルだろーが!」
アデルも即座にやり返す。
「誰があほリノアに守られるか!!」
「なによ、バカアデル!!」
二人の言い合いは、あっという間にいつもの調子に戻る。
カルレンは、深くため息を吐き……
二人の頭へ、それぞれそっと手を置いた。
「……頑張って行ってこい」
声は、先ほどよりもずっと柔らかい。
「いつでも帰ってきていいからな。
それと──船の出航時間、もうすぐじゃないか?」
「えっ、うそ!!」
リノアの顔が真っ青になる。
「アデル、行くよ! 乗り遅れちゃう!」
「マジかよ! あれだけ余裕あったのに!」
「おとうさん! 神父様、ありがとう!!」
リノアは二人に向かって深く礼をする。
「そして──おとうさん。
わたし、願いを叶えるまで絶対死なないから。
だから安心して!」
「行くぞ、アデル!」
「おう! カルレン、神父。じゃーな!」
二人は勢いよく部屋を飛び出して行った。
神父が小さく笑う。
「カルレンさん。あの二人なら、きっと大丈夫ですよ」
「まったく……」
カルレンは椅子に腰を下ろした。
「アデルが、もう少し素直に“任せてください”って言えば、
こっちの不安も少しはマシになるってのに」
「でも、“リノアさんを死なせない”って、はっきり言ってました」
神父は穏やかな目でカルレンを見る。
「あれが、彼なりの精一杯なんでしょう」
「本当、初めて会った時から生意気なガキだよ」
そう言いながら──カルレンの口元は、わずかに緩んでいる。
「カルレンさん。何、にやけてるんですか?」
「俺の顔を見るな」
カルレンは視線をそらす。
その時、布団から低い声がした。
「……いいコンビだろ、あの二人は」
「ドラノフさん! 起きてたのか!」
「そりゃあれだけ騒げば、いやでも起きるわ」
ドラノフは薄く笑う。
「騒がしくして、すまない」
「構わんよ。生きてる音がするほうがいい。
……リノアとアデルか。
いいコンビだと思うがな、カルレン」
「思わない」
即答するカルレンの顔は、どう見ても満更でもなかった。
「も〜う、カルレンさん!」
神父は苦笑しながら首を振った。
◆
「アデル、早くしないと本当に乗り遅れる!!」
「わかってるって! 急いで走ってんだろ!!」
港への道を、二人は全力で駆ける。
「アデルがさっき立ちションしなかったら、もう着いてるのに!
なんであんなに長かったのよ!」
「我慢してたんだからしょうがねぇだろ!!」
息を切らしながら、ようやく港が見えてきた。
「人が……多い」
「村の人が、わたしを見送るために集まってくれたの。
本当は、一人ひとりに挨拶するつもりだったのに……!」
桟橋の先では、大きめの船が帆を張り、
今まさに出航しようとしていた。
「……あれ、もう動いてねぇか?」
「う、うそ……! 間に合わない!!」
リノアの顔から血の気が引く。
その瞬間、アデルは背中の荷物を放り投げた。
「ちょっ──アデル!?」
驚くリノアを、そのままひょいと抱き上げる。
お姫様抱っこだった。
「な、なにしてるの!!」
「いいから黙って掴まってろ!」
アデルの足が、地を蹴り砕くように動く。
一気に加速。視界が線になって後ろへ流れていく。
桟橋の端で、アデルは大きく跳んだ。
海風が、二人の髪を乱暴になぶる。
次の瞬間──
船の甲板に、どん、と重い着地音が響いた。
「「リノア様だ!!」」
「「リノア様! どうかお気をつけて行ってきてください!!」」
港に残った村人達が、一斉に声を上げる。
リノアはアデルの腕の中から身を起こし、大きく手を振った。
「アデル!! 無茶しすぎ!
みんなー!! 行ってきます!!」
「文句が多い女だな」
「うるさい!!」
甲板の上で、二人の声が海に放り出される。
船は白い波を切り裂きながら、トートル諸島の方角へと滑り出した。
ーーーー
やっと冒険の始まりです!!リノアとアデルの冒険楽しみにしててください!
本日も見てくださりありがとうございます!
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