薄曇りの朝。
まだ陽は昇りきっていないのに、湿った熱気が部屋の中に満ちていた。
自警団本部──木造の壁は古びて軋み、隣には鉄格子で組まれた簡易の牢が暗がりを落としている。床に敷かれた藁は湿り、乾いた葉の匂いが微かに漂っていた。
その中央で、ひょろりとした老人が椅子に腰かけている。
パニア。
表情はどこか飄々としているのに、背筋には妙な迫力がある。“ただの老人”という印象で切り捨てられない、わずかな鋭さ。
その前に立つカルレンは、右腕だけで帯刀の柄に軽く触れ、左肩をわずかに揺らして呼吸を整えるように間を置いて──低い声で口をひらいた。
「パニアって言ってたな。色々と聞かせてもらうが……いいか?」
「構わんよ。なにを聞きたいんじゃ?」
声は枯れているのに、不思議に芯がある。
カルレンは一拍置き、核心を突いた。
「リノアを攫った理由だ。……光魔法をアデルってガキに使わせるため。それだけなのか?」
「それだけじゃよ」
パニアは肩を竦めた。
「わしらの住む場所にはポーションも薬草もない。アデルは深く傷ついておった。あのままでは死ぬ。聖女様だけが頼りじゃったんじゃよ。急がねばならんかった。……罪は理解しとるがの」
カルレンは眉間に皺を寄せる。
「それで攫って叫び島に連れて行った……か。リノアによれば、アデルの傷は相当だったらしい。あいつ、なんでそんなに酷い怪我を負った?」
パニアは軽くため息をついた。
「アデルが、自分の強さを過信しての。ハンドベアーにちょっかいを出して返り討ちにあったんじゃ」
「はああ!?」
カルレンは声を張り上げた。
「あいつ、ハンドベアーに手を出したのか!? 死人が出る魔物だぞ!」
「まったくの。あれほど“絶対に手を出すな”と言っておったというのに……」
パニアは呆れたような顔で、しかしどこか誇らしげにも見える微妙な表情をした。
「アデルはなんでそんな無茶を?」
「ビックボアを一人で倒せるようになったからじゃろうな。次の強敵に挑みたかったんじゃろ」
静寂が落ちた。
カルレンの口が、驚愕と半信半疑の混じった形で開く。
「……ビックボアを、一人で?」
「聖女様も、そうしておったろう?」
パニアは笑った。
「船の上でわしに言っとった。“わたし、ビックボア一人で倒したよ”とな。アデルと同じ歳と聞いて感心したわい」
カルレンは額に手を当てた。
「……あのガキ、どんだけ化け物なんだ」
パニアの目が細くなる。
「化け物と言えばの──」
パニアは遠い目をした。
「昔、一度だけ、竜極者(りゅうきょくしゃ)のひとりに会ったことがある」
カルレンの体が跳ねる。
「……誰だ?」
「剣老ベーエルじゃよ。森でな、立派な木があっての。わしが立ちションしておったら、同じように反対側で立ちションしてての。軽く会話したくらいじゃが……まあ、立ちション仲間というやつじゃの」
カルレンは全身を震わせて立ち上がった。
「ちょ、待て!! べエール・グラフィセン!? 五つ目闇獣ミジェロを単独で討伐した男だぞ!! なんでそんな奴と立ちションなんだよ!!!」
「さあのう。縁じゃろ」
パニアは本当に飄々としている。
カルレンはようやく腰をおろし、深く息を吸った。
「……アデルは、親はどうした?」
パニアの顔がほんのわずか沈む。
「アデルは……森で捨てられておった」
静かな言葉だが、その裏にある重さは濃い。
「五年前じゃ。わしが叫び島に着いたその日。森を歩いていたら、産声が聞こえての。そこに赤子が一人、木の根元に置かれておった。周りには誰もおらん。……だからわしが育てたんじゃ」
カルレンは拳を握った。
「……そんな話、聞いたことねぇぞ。村で叫び島まで行くような奴……いたのか?」
「わからん。もし誰か心当たりがあれば知らせてほしいのう」
カルレンは静かに頷く。
「探してみる」
「で……パニア。攫った件は、無罪とはいかねぇ」
「当然じゃ」
「だが、悪意がなかったことはリノアも証言してる。村人の手前、罰は必要だが……」
カルレンは牢を顎で示した。
「一週間入ってもらう」
「……ふむ。それだけでよいのか?」
「リノアが“パニアさん、罰なんていらないよ”と言うからな。まあ、このくらいで済ませる」
パニアは深く頭を下げる。
「感謝する、カルレン殿」
「やめろよ。そんな柄じゃねえ」
パニアは牢に入り、鉄格子が音を立てて閉じられる。
その瞬間──
今まで張りつめていたものが切れたように、老人は壁にもたれ、震えながら涙を落とした。
「……アデルが……生きていて……よかった……」
その声は、誰にも聞こえないほど小さかった。
ー夕刻ー
自警団から解放されたリノアは、村の広場で友達に囲まれていた。
空は茜から群青へ変わるところで、村の家々の影が長く伸びている。風は海の匂いを運び、遠くで波が砕ける音が混じっていた。
「リノアが無事でよかったぜ!」
真っ先に駆け寄ったのはクロンだった。剣の練習で鍛えた腕のように強い声。
その後ろでニーナが頷き、ギアンが胸に手を当てる。
「ほんとだよ〜! もう帰ってこないかと思ったもん!」
「ごめんね、みんな。心配かけたね」
「ボ、ボク……すぐに助けられなくてごめん……」
「そんなことないよ、ギアン。ギアンが知らせてくれなかったら、自警団も来られなかったし!」
ギアンの頬が赤くなる。胸元をぎゅっと握りしめた。
そのとき、クロンが思い出したように眉間をしかめた。
「……にしても、叫び島に人いたんだな」
「ね! ニーナもびっくりしたよ。あの茶色の髪の子……アデル? なんか怖かった……」
ギアンが首をかしげる。
「アデルくんって……木をへし折ってた子?」
リノアはこくりと頷く。
「うん。あの蹴り……すごかった」
クロンが腕を組み、大袈裟にため息をつく。
「あんな太い木が折れるかよ……あいつ、ビックボアくらいなら一撃じゃねえか?」
「えー!? そんな強いの!? ボクも見たかったな〜!」
ニーナが目を輝かせると、リノアは小さな声で呟いた。
「……強かったよ」
ほんの少し、悔しさの混じる声だった。
彼女は誰よりも努力している。
カルレンの娘で、光魔法を扱う聖女だからこそ、幼いながら鍛練を続けてきた。
ビックボアなら一人で倒せる。
──でも、あの少年は違った。
「……負けたくない」
思わず漏れたリノアの呟きに、クロンが慌てて振り返る。
「な、なんだ? 今なんて言った?」
「ん? なんでもないよ!」
「い、いや……なんか嫌な予感するんだけど……!」
ニーナがクスクス笑い、ギアンが心配そうに見つめた。
(強くなりたい。もっと──あの子よりも)
リノアの胸に灯ったのは、恐怖ではなく、強烈な負けん気だった。
・
・
・
同じ頃。
叫び島は、黒雲の下に沈んでいた。雨は斜めに打ちつけ、海風が森を揺らしている。
その中央、岩場に立つ一人の少年。
アデル。
全身を泥と血で汚しながら、拳を岩に叩きつけていた。
「クソッ……! クソぉぉ……!」
拳がめり込む。
皮が裂け、血がにじむ。雨が落ち、血を薄めて流していく。
「オレの……せいだ」
低い声は、雨音にかき消されそうだったが、確かに震えていた。
「オレがハンドベアーに挑まなければ……!
パニア爺は……聖女を攫わずに済んだ……!
全部、オレのせいだ……!」
拳がまた岩を殴り、亀裂が走る。
「……違う……! 違う……!
オレが……“弱かった”からだ……!」
雷鳴のような咆哮が、少年の喉からほとばしる。
「弱いから……守れなかった……!
弱いから……パニア爺を罪人にさせた……!
弱いと、全部……悪い方向にいくんだぁぁぁ!!」
雨が叩きつける。
アデルの背丈ほどあった岩が、強烈な一撃で砕け飛ぶ。
「オレは……もう二度と負けねえ!」
呼吸を荒げながら、アデルは最後の拳を振り抜いた。
「世界に……名を刻む男になる……!
この島の最強なんかじゃ足りねえ……
もっと……もっと強くならねえと……!」
そしてアデルは走り出した。
森の奥──誰も踏み込まない、危険な領域へ。
雨は止むことなく、彼の背中を打ち続けた。
〜一週間後〜
潮風が強い日だった。
岸には小舟が二艘、波に揺れている。
カルレンは荷を積み、村人と話しながら準備を進めていた。
「おとうさん、わたしも行く!! 叫び島に!」
リノアが駆け寄り、真剣な瞳で言った。
カルレンは眉をひそめる。
「どうしてだ? 用はないだろ」
「アデルに会いたいの!
それに──八年後、わたしの旅に来てほしいから!!」
カルレンは思わず息を呑む。
「おまえ……クロン達じゃダメなのか?」
「違うの。ダメとかじゃなくて……」
何か言いかけたその瞬間、
「待たせたの〜!」
自警団がパニアを伴ってやってきた。
リノアは自警団へ駆け寄る。
パニアは腕を掻きながらカルレンの前に来る。
「カルレン、ちと文句言わせてくれんかの」
「どうした?」
「牢屋……吸血虫多すぎじゃ。体中かゆくてたまらん」
「すまん!!」
カルレンが素直に頭を下げると、自警団が笑った。
そのとき、後ろから声が飛ぶ。
「俺達も行く!!」
クロン、ニーナ、ギアン。
三人が勢いよく走ってくる。
「叫び島に行かせてくれ! カルレン!」
「理由は?」
クロンは一瞬言い淀むが──
「クロンくんがね! アデルくんと勝負したいんだって!!」
ニーナが爆弾を投げた。
「ちょっ……おまえぇぇぇ!!」
ギアンも続ける。
「ボ、ボクも聞きました!」
クロンは真っ赤になり、頭を抱えた。
パニアは腹を抱えて笑う。
「ええじゃろう。アデル、同年代の友がおらんかったでの〜」
カルレンはため息をつきつつ船を指す。
「わかった。だが絶対に俺達から離れるな!」
「「「はい!!」」」
リノアも元気よく手を上げた。
小舟は潮風を切り、叫び島へ向かっていく。
島へ足を踏み入れた瞬間、カルレンの眉がぴくりと動いた。
「……森が、騒いでるな」
波の音よりも深く重い“地鳴り”が、地面の奥から響いている。
木々がざわざわと揺れ、鳥たちはいつもより高く飛び去っていく。
パニアが眼光を鋭くする。
「……嫌な気配じゃ。魔物の理(ことわり)にそぐわん動きじゃ」
リノアは息を呑む。
ニーナとギアンは不安そうにカルレンの背にくっつく。
「お、おとうさん……なにか来るの?」
「わからん。だが──ハンドベアーの気配だ。しかも……一頭じゃない音だぞ」
「う、嘘……!」
クロンでさえ、無意識に拳を握り締めて後退った。
“ズズン……ッ”
“ズズズン……ッ”
木々が押し倒されるように揺れ、地面が微かに跳ねる。
ハンドベアーは重量級の魔獣だ。
木を手で折り、ひと踏みで地をえぐる。
それが……こちらへ来ている。
「全員、俺の後ろに!」
カルレンが抜刀し、パニアも前へ出る。
「クロン、おまえもしっかり後ろに下がっとけ。来たら死ぬぞ」
「わ、わかってるっ!!」
リノアは震える指先を握りしめ、光魔法の詠唱準備を整えた。
森は風で唸るように揺れていたが──
その唸りに混じって、もう一つの音が響いてきた。
痛んだ魔物の、苦しみの声。
「……ウオォ……ッ……」
「……様子がおかしいの〜。あれは戦いの声じゃ。怒りより……恐怖の色が濃い」
パニアの言葉に、カルレンは息を呑む。
ハンドベアーが“怯える”ことなど、滅多に無い。
「来るぞ!」
カルレンが叫び、剣を構えた瞬間──
森の奥から、暴れる影が飛び出した。
巨大な熊獣、ハンドベアー。
全長三メートルを超えるその巨体が、地面を削りながら倒れこむ。
“ドガァンッ!!”
その衝撃で地面の苔が跳ね、木々の葉がばらまかれる。
クロンやニーナが悲鳴をあげる。
「し、死んでる……?」
クロンは震えながら呟いた。
ハンドベアーの腹部は深く凹み、骨が砕ける鈍い音すら残ったままだ。
その周囲には拳の跡のような陥没が幾つも走っている。
カルレンの喉が乾く。
(これを……倒せるのは……成人した熟練冒険者でも極わずかだ……
まして、一撃で仕留めたように見える……?)
そこへ、足音。
規則的ではない。
重心が乱れ、足を引きずる、血の滴る音。
“ザッ……ザッ……ザッ……”
カルレンが叫ぶ。
「全員下がれ!! まだなにか来るぞ!!」
パニアが木の陰へと前進し、気配を読む。
(この気配……魔物ではない……しかし荒れすぎておる……)
すると、倒れたハンドベアーの向こうで、影が動いた。
人影だ。
そして──
「オレは最強だああああああああ!!!!」
叫びとともに、茶髪の少年が姿を現した。
雨で濡れ、泥にまみれ、全身傷だらけ。
しかしその瞳は、恐ろしく澄んでいた。
「アデル!!」
リノアの声が跳ねる。
パニアは驚きに目を見開いた。
「おまえ……まさか……この島で最強の魔物を……倒したのか……!?
五歳で……!? アデル……お主……何をした……」
アデルは肩で息をしながらも、腕を高く突き上げる。
「クソ熊が……! オレを……舐めるな……!!
この島最強は……オレだッ!!」
雄叫びは、雨に混じりながら島全土に響き渡った。
カルレンは膝が震えた。
(こ……これは……竜極者の“核”を持つ者の……片鱗……!?
五歳で……!?
そんな馬鹿げた話……!)
アデルは皆へ視線を向け、すぐにパニアへ駆け寄る。
「パニア爺!!
おそかったじゃねーか!! もう殺されたと思ったんだぞ!!」
抱きつき、涙を浮かべるアデル。
その瞬間、パニアも表情を緩めた。
「すまんの……アデル……よく、生きておった……!」
それを見たカルレン達は……誰一人として声を出せなかった。
ただ思った。
──この少年は、間違いなく“世界”に名を残す。
その確信だけだった。
そして、アデルはリノアに気づく。
「あっ! 聖女!……名前なんだっけ!」
リノアは駆け寄り、光を纏う手を差し出した。
「ヒール!」
アデルの身体を覆う傷が、一瞬で癒える。
「すっげぇ!! やっぱおまえ、聖女だな!!」
「リノアだよ。リノア=ヴェントル。よろしくね!」
笑顔で手を差し出すと、アデルも握り返す。
「よし! 八年後の旅、オレも行くからな!!
楽しみにしとけ!!」
そこに割って入ったのは──クロン。
「勝手に決めてんじゃねぇ!!
リノアはそんな許可してねえ!!」
アデルは無表情でクロンを見た。
「誰だおまえ?」
「お、おれはクロンだ!!」
「……雑魚の名前、覚えられねーわ」
「なっ……てめぇ!!!」
ニーナとギアンが慌てるが、リノアが叫んで制止した。
「クロン!! やめて!!
アデルは──ハンドベアーを倒したんだよ!!
絶対勝てない!!」
クロンの拳が震える。
「……くそ……!
じゃあ、八年後だ!!
冒険に出る前、おまえに勝てたら──リノアと旅に出る!!
いいな!!」
「はん。いいぜ。
勝てたらな」
二人の睨み合いは互いにすぐ目を逸らさないほど濃かったが──
アデルのほうが圧倒的に落ちついていた。
(絶対……勝つ。
そしてリノアと──俺が……!)
クロンは決意を固めて拳を握った。
ハンドベアーの死骸を後ろに、
島の空気は、つい先ほどまでの“死の森”とは異なる匂いを帯びていた。
雨は細く、静かに降り続いている。
濡れた土の匂いが強くなり、海から吹く風が冷たく肌を撫でた。
カルレンはアデルの方を見ながら、重い息を吐く。
(信じ難い……五歳が、ハンドベアーを……)
自警団員たちでさえ、まだ半ば呆然と立ち尽くしている。
ニーナがギアンに耳打ちしている。
「ギアン……見た?あの熊……」
「う、うん……あれ……夢じゃないよね……?」
「夢なら、もっとかわいい夢にしてほしいよ……」
そんな中、リノアだけは別のものを見ていた。
アデルの全身に残る“戦いの余韻”。
体が治った後でも残る、肌のわずかな震え。
戦気(せんき)の残滓のようなもの。
リノアは、胸が強くつかまれるような感覚に襲われていた。
(……強い。
わたしより、ずっと……
でも、悔しい……悔しい……!!)
アデルを見る目は、恐怖でも憧れでもない。
“競争心”そのものだった。
パニアが軽いため息をつき、皆へ頭を下げる。
「カルレン殿、色々と迷惑かけたの。
アデルを連れ帰る前に……礼を言わせてくれ」
「かまわん。アデルが無事で良かった。
……あいつは、とんでもねぇ化け物になる」
「なるじゃろうな……わしが言うのもなんじゃが」
パニアは笑うが、その笑みの奥には高揚と焦りが混ざっていた。
アデルは回復した体を軽く回し、腹筋を叩くように暴れる。
「よし!!このクソ熊倒せたんだし、オレもっと強くなるぞ!!
八年後までに、もっと、もっともっとだ!!」
その声は島の空気を震わせるように響いた。
リノアは胸を高鳴らせて、彼の横に歩み寄る。
「アデル。わたしも強くなるから!
次に会ったとき、絶対驚かせてやる!!」
「へぇ。いいじゃねーか。
でもオレのほうが強ぇけどな!」
「はぁ!? 言っとくけど追いつくからね!」
「追いつけると思ってんのか? ふん!」
言い合いながら、二人の間には確かに“競争の線”が引かれ始めていた。
その様子を見て、クロンは拳を抱え込むように握った。
(絶対……絶ッ対に、負けねぇ……!!
リノアは……俺が守るって決めてんだ……!)
クロンは荒い息をしながら叫んだ。
「聞けアデル!!
八年後、おまえに勝つ!!
リノアの旅に同行するのは俺だ!!」
「へぇ?お前さっきも同じ事言ってなかったか?
弱い奴ほど、怒鳴るんだよガキ」
「てっ……てめぇ!!お前もガキだろっ!」
自警団に押さえ込まれながらも、クロンの目だけは燃え続けていた。
ニーナが肩を押さえてなだめる。
「クロンくん!!落ち着いて!!
アデルくん強いよ!!勝てないよ!!」
「それ言うなニーナぁぁ!!
……でも、だから……だから俺は強くなるんだ!!」
ギアンも小さくうなずく。
「ボ、ボクも……みんなの力になりたい……がんばる……」
その言葉にリノアも笑った。
「三人とも……ありがと。
でも、わたしも全力で強くなるよ。
塔に挑む以上、中途半端は……死ぬだけだから」
その瞳には、幼さの奥に確かな“覚悟”が宿っていた。
カルレンはその目を見て……胸の奥が疼いた。
(……レノラに似てきたな)
亡き妻を思い浮かべ、目を細める。
アデルがパニアの袖を引っ張った。
「パニア爺、もう帰ってきたんだろ?
じゃあ修行しようぜ!! すぐやろうぜ!!」
「アデル……わしは疲れとるんじゃ……」
「知らねぇ!! ほら行くぞ!!」
アデルはパニアの手首を引っ張り、森の奥へ駆けだした。
「はぁ……はぁ……仕方ないのぉ……」
パニアは苦笑しながらも、その背中を追う。
カルレンは振り返り、皆へ号令をかけた。
「帰るぞ。
アデルも……強くなるだろう。
だが俺達も負けてられん。
リノアも、クロンも、ニーナも、ギアンも──
八年後に笑えるように、それぞれの道を歩け」
「「はい!!!」」
帰りの舟の上。
海風が冷たく、どこか痛い。
リノアは波の音を聞きながら、呟いた。
「わたし……もっと強くなる。
絶対、塔を全て攻略るんだから」
クロンは拳を固く握り、海へ向かって吠えた。
「アデル……!
ぜってぇ負けねぇからなぁぁ!!」
ニーナは空を見て笑う。
「リノアちゃん、絶対楽しい旅にしよっ!」
ギアンは胸を押さえながら、でも顔は輝いていた。
「ボ、ボクも絶対、役に立つんだから……!」
海の向こう、島では──
アデルの叫びが森に響いている。
「パニア爺!!!
今日から八年後まで地獄の修行だぁぁあああ!!!
オレは……世界で最強の男になるんだよ!!!」
薄い霧の向こうで、その声は確かに未来を照らしていた。
ーーー
魔物図鑑
ハンドベアー
ハンドベアーは四つん這い時は五メートルくらいの大きさで立ち上がると、ハメートルくらいになる
吸血虫
人の血を吸う小さな虫、吸われた所は痒くなる
読んでくださり、ありがとうございます!