第11話 缶コーヒーで乾杯!【後編】
ー/ー
「でも、無断欠勤くらい誰でも一度はするものですよね? オレも遅刻のペナルティとして無断欠席扱いにされたことがありますし……」
三田村さんと安藤さんを少しでも元気づけようと一応のフォローを試みるが、二人に差した影はますます濃くなった。言葉の選択ミスだと気がついたけれども、一度吐いた言葉は引っ込められない。
「警察官の無断欠勤は、学校を無断欠席するのとは訳が違うよ。署内の大問題なんだ」
「クビになるってことですか?」
「それ以上だ」
「それ以上?」
訊ねてみたが、三田村さんは応えてくれなかった。
高校生に応えても意味がないと踏んだのか、それとも何か言えない別な事情があるのか。
三田村さんの狼狽振りを見ていると、もしかしたら、ロビーで出くわした警察官僚たちは藤木さん失踪の件で、桜並木警察署を訪れていたのかもしれないと思えてきた。
警察官の失踪はオレが想像するよりも遥かに異常事態なのだろう。
しかし、ひとりの警察官が姿を消したくらいで、お偉いさん総動員で動くものなのだろうか。
「まさか、藤木さんが事件に巻き込まれた可能性があるんですか?」
「まだ、そうと決まったわけじゃないさ……」
三田村さんは自分に言い聞かせているようだった。その声はフワフワとして、まるで力がない。例えるならば、言葉を発するごとに気力をひとつずつ落としているような意気消沈ぶりだ。
「崎山クンに訊きたいんだけど、アナタ、藤木サンとどんな話をしたの?」
悄然とした三田村さんを見るに見かねてか、安藤さんはしっかりと地に足をつけた物言いをした。
「どんな些細なことでもいいから、藤木サンとの会話を思い出して」
そこに「弱気になった上司をフォローするのが部下の勤め」といった気概は全く感じられないが、三田村さんに比べ、安藤さんの方が冷静さを保っているのは明らかだ。
「「ええと……」」
オレと真之助は閉じたばかりの昨日の記憶を、包み紙を広げるように丁寧に開いていった。
「放課後に友人A君に呼び出されて梅見原中央公園に行ったら」と真之助。
「偶然、藤木さんに会って、戻るついでだから車で桜並木駅まで送ってあげるよと言われて」とオレ。
「お言葉に甘えたんだ。車内では友人A君のことや幽霊坂の話をしたよね。で、駅まで送ってもらったあと」とまた真之助。
「別れ際、藤木さんはこのあとも会わなきゃならない人がいると言っていました。それが誰かは聞きませんでしたけど、ひとりだけ見当がついている人がいます」とまたオレ。
「誰なんだい?」
「戸高莉帆の母親です」
その一言で三田村さんと安藤さんがハッと息を呑んだのがわかった。
「戸高って……三年前に起こった通り魔事件の被害者の名前じゃないか」
「手がかりになるかわかりませんけど、白状するとオレ、警察署に来る前に、戸高莉帆の家にいたんですよ」
「キミはどうして彼女を知っているんだい?」
三田村さんが前のめりになると、三人分の缶コーヒーが僅かに宙に浮いた。
「ええと、その、アレだ。莉帆はオレの友達の友達で、生前お世話になったんですよ。ずっと交通事故で亡くなったものとばかり思っていたんですけど、さっき、焼香するついでにお母さんから通り魔事件の話を初めて聞かされて驚きました」
嘘を吐いたことに対する罪悪感より、嘘でも上野を友達と表現したことに、オレは自己嫌悪に襲われていた。目に見えない発疹が全身に発症し、掻きむしりたい気持ちになる。
「それで、莉帆のお母さんはこんなことも言っていました。昨日、莉帆の命日に藤木さんが花を手向けに来たと」
「フジの報告書には戸高さんの家に訪問した記録は残っていないな。真君のお手柄だ」
「莉帆と藤木さんは仲がよかったんですよね?」
「ああ。自分が補導した少年少女を分け隔てなくしっかり自立できるまで見守るのがフジ流だからね。だから、フジを慕っている子供たちも多い。彼女もそのうちのひとりだった」
「本当にそれだけですか?」
「どういうことだい?」
三田村さんは手元の資料に落とした視線を一瞬だけオレの方に向けた。その眼光が思いのほか鋭く怯みそうになるが、奥歯を噛みしめ、なんとか踏ん張った。
「莉帆と藤木さんの間に、何か繋がりはありませんでしたか? 莉帆は藤木さんのことが好きで、大ちゃんと呼んで慕っていましたよね」
「まさか、キミは二人が付き合っていたとでも言いたいのかい?」
三田村さんはバカバカしいと一笑に付すと、オレの視線を意図的に避けたのだろう。莉帆の名前が記載された頁を閉じた。
「ささ、もう打ち上げは終了だ。出口まで送るよ」
誰もがコーヒーを飲み終えていないのに強引に宴の閉幕を告げられる。安藤さんに限ってはまだプルタブも開けていない。
「待ってください、話の途中です。警察官僚がここに来ていた理由は藤木さんが通り魔だったからですよね? 違いますか」
「面白い推理だね。キミ、将来ミステリー作家にでもなったらどうだい」
「はぐらかさないでください。オレから情報を搾取しておいて、三田村さんは自分の手の内を明かさないなんてズルいじゃないですか」
捜査中の事件だから部外者に詳細を話せないのは仕方がないとしても、大人の汚い部分が際立ち、不公平さに腹が立った。
しかし口を尖らせ、これ以上不満を垂れ流したところで、すでにドアは開かれ、密室は破られている。
「何と言われようとも、取り調べは終了さ。ご苦労様」
渋々ながら席を立とうとしたとき、真之助が滑り込んだ。
「莉帆ちゃんは亡くなる数日前に痴漢の被害届を出したけど、たった一日で取り下げたと資料にあったよ!」
いつの間に三田村さんの資料を盗み見たのか、特ダネをすっぱ抜いた記者のように真之助は得意げに口角を上げた。
真之助の引いたカードがどんな意味を持つのか不明だが、勝機を掴んだ笑顔に背中を押され、オレは真之助の言葉をなぞる。「資料が見えちゃいましたよ」と理由を取ってつけるのも忘れない。
すると、三田村さんは自分の失態を嘆くように額に手をあて、大きな溜め息を洩らした。
「真君は俺たちに内緒で事件の捜査しそうだから、知られたくなかったんだよな」
「それじゃあ、教えてくれるんですか?」
「仕方がない、キミの疑問に応えよう」
いきなりのロイヤルフラッシュだった。オレはこっそり真之助に向けて「グッジョブ」と親指を立てた。
こういうときの守護霊はほとんど無敵に近く、真之助の引きの強さに瞠目せずにはいられない。
「さあ、何から話そうか」
席に戻った三田村さんはデスクに両肘をついて、口元で指を組んだ。
対峙して、オレも再び腰を下ろす。
訊きたいことは山のようにある。
まだリアクションはありません。最初の一歩を踏み出しましょう!
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三田村さんと安藤さんを少しでも元気づけようと一応のフォローを試みるが、二人に差した影はますます濃くなった。言葉の選択ミスだと気がついたけれども、一度吐いた言葉は引っ込められない。
「警察官の無断欠勤は、学校を無断欠席するのとは訳が違うよ。署内の大問題なんだ」
「クビになるってことですか?」
「それ以上だ」
「それ以上?」
訊ねてみたが、三田村さんは応えてくれなかった。
高校生に応えても意味がないと踏んだのか、それとも何か言えない別な事情があるのか。
三田村さんの|狼狽《ろうばい》振りを見ていると、もしかしたら、ロビーで出くわした警察官僚たちは藤木さん失踪の件で、桜並木警察署を訪れていたのかもしれないと思えてきた。
警察官の失踪はオレが想像するよりも遥かに異常事態なのだろう。
しかし、ひとりの警察官が姿を消したくらいで、お偉いさん総動員で動くものなのだろうか。
「まさか、藤木さんが事件に巻き込まれた可能性があるんですか?」
「まだ、そうと決まったわけじゃないさ……」
三田村さんは自分に言い聞かせているようだった。その声はフワフワとして、まるで力がない。例えるならば、言葉を発するごとに気力をひとつずつ落としているような意気消沈ぶりだ。
「崎山クンに訊きたいんだけど、アナタ、藤木サンとどんな話をしたの?」
|悄然《しょうぜん》とした三田村さんを見るに見かねてか、安藤さんはしっかりと地に足をつけた物言いをした。
「どんな些細なことでもいいから、藤木サンとの会話を思い出して」
そこに「弱気になった上司をフォローするのが部下の勤め」といった気概は全く感じられないが、三田村さんに比べ、安藤さんの方が冷静さを保っているのは明らかだ。
「「ええと……」」
オレと真之助は閉じたばかりの昨日の記憶を、包み紙を広げるように丁寧に開いていった。
「放課後に友人A君に呼び出されて梅見原中央公園に行ったら」と真之助。
「偶然、藤木さんに会って、戻るついでだから車で桜並木駅まで送ってあげるよと言われて」とオレ。
「お言葉に甘えたんだ。車内では友人A君のことや幽霊坂の話をしたよね。で、駅まで送ってもらったあと」とまた真之助。
「別れ際、藤木さんはこのあとも会わなきゃならない人がいると言っていました。それが誰かは聞きませんでしたけど、ひとりだけ見当がついている人がいます」とまたオレ。
「誰なんだい?」
「|戸高莉帆《とだかりほ》の母親です」
その一言で三田村さんと安藤さんがハッと息を呑んだのがわかった。
「戸高って……三年前に起こった通り魔事件の被害者の名前じゃないか」
「手がかりになるかわかりませんけど、白状するとオレ、|警察署《ここ》に来る前に、戸高莉帆の家にいたんですよ」
「キミはどうして彼女を知っているんだい?」
三田村さんが前のめりになると、三人分の缶コーヒーが僅かに宙に浮いた。
「ええと、その、アレだ。莉帆はオレの友達の友達で、生前お世話になったんですよ。ずっと交通事故で亡くなったものとばかり思っていたんですけど、さっき、焼香するついでにお母さんから通り魔事件の話を初めて聞かされて驚きました」
嘘を吐いたことに対する罪悪感より、嘘でも上野を友達と表現したことに、オレは自己嫌悪に襲われていた。目に見えない発疹が全身に発症し、掻きむしりたい気持ちになる。
「それで、莉帆のお母さんはこんなことも言っていました。昨日、莉帆の命日に藤木さんが花を手向けに来たと」
「フジの報告書には戸高さんの家に訪問した記録は残っていないな。|真《まこと》君のお手柄だ」
「莉帆と藤木さんは仲がよかったんですよね?」
「ああ。自分が補導した少年少女を分け隔てなくしっかり自立できるまで見守るのがフジ流だからね。だから、フジを慕っている子供たちも多い。彼女もそのうちのひとりだった」
「本当にそれだけですか?」
「どういうことだい?」
三田村さんは手元の資料に落とした視線を一瞬だけオレの方に向けた。その眼光が思いのほか鋭く怯みそうになるが、奥歯を噛みしめ、なんとか踏ん張った。
「莉帆と藤木さんの間に、何か繋がりはありませんでしたか? 莉帆は藤木さんのことが好きで、大ちゃんと呼んで慕っていましたよね」
「まさか、キミは二人が付き合っていたとでも言いたいのかい?」
三田村さんはバカバカしいと一笑に付すと、オレの視線を意図的に避けたのだろう。莉帆の名前が記載された|頁《ページ》を閉じた。
「ささ、もう打ち上げは終了だ。出口まで送るよ」
誰もがコーヒーを飲み終えていないのに強引に|宴《うたげ》の閉幕を告げられる。安藤さんに限ってはまだプルタブも開けていない。
「待ってください、話の途中です。警察官僚がここに来ていた理由は藤木さんが通り魔だったからですよね? 違いますか」
「面白い推理だね。キミ、将来ミステリー作家にでもなったらどうだい」
「はぐらかさないでください。オレから情報を搾取しておいて、三田村さんは自分の手の内を明かさないなんてズルいじゃないですか」
捜査中の事件だから部外者に詳細を話せないのは仕方がないとしても、大人の汚い部分が際立ち、不公平さに腹が立った。
しかし口を尖らせ、これ以上不満を垂れ流したところで、すでにドアは開かれ、密室は破られている。
「何と言われようとも、取り調べは終了さ。ご苦労様」
渋々ながら席を立とうとしたとき、真之助が滑り込んだ。
「莉帆ちゃんは亡くなる数日前に痴漢の被害届を出したけど、たった一日で取り下げたと資料にあったよ!」
いつの間に三田村さんの資料を盗み見たのか、特ダネをすっぱ抜いた記者のように真之助は得意げに口角を上げた。
真之助の引いたカードがどんな意味を持つのか不明だが、勝機を掴んだ笑顔に背中を押され、オレは真之助の言葉をなぞる。「資料が見えちゃいましたよ」と理由を取ってつけるのも忘れない。
すると、三田村さんは自分の失態を嘆くように額に手をあて、大きな溜め息を洩らした。
「真君は俺たちに内緒で事件の捜査しそうだから、知られたくなかったんだよな」
「それじゃあ、教えてくれるんですか?」
「仕方がない、キミの疑問に応えよう」
いきなりのロイヤルフラッシュだった。オレはこっそり真之助に向けて「グッジョブ」と親指を立てた。
こういうときの守護霊はほとんど無敵に近く、真之助の引きの強さに|瞠目《どうもく》せずにはいられない。
「さあ、何から話そうか」
席に戻った三田村さんはデスクに両肘をついて、口元で指を組んだ。
対峙して、オレも再び腰を下ろす。
訊きたいことは山のようにある。