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恋文

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 ようやく冬が来た。冬は特別な季節だ。あの夜、僕は君の温もりに包まれて夢を見ていた。日付は忘れたけど、年の瀬のあの夜は、間違いなく聖夜だった。
 かつて僕は、美の欠点は悲しみだと思っていた。でも、君は悲しみすら愛しいと言う。その意味をやっと理解できた。君の面影は、いつも悲しみと共にある。
 君と別れて早十年。僕は三十路を過ぎ、タマも年老いた。
 タマは相変わらず散歩好きだけど、朝から雪が降り続き、今日はずっと横で丸まっている。
 僕は売り出しで買ったコーヒーを飲みながら、ぼんやりと雪を眺めている。
 僕の夢は、ただ一つ。
 タマを抱く君の車椅子を押し、名所を巡り歩くこと。
 覚えているかい。トゥーレーヌの谷間に咲く花々を。華やかな舞踏会を。僕は忘れない。あの悲しくも美しい日々を。

 だめだ。恋文は本当に難しい。もう十年も考えているのに、どう書けば良いかわからない。文学を彷徨ってもだめだった。
 文学は役に立たない。でも手放すことはできない。それは彼女の忘れ形見だから。

 私は名著を漁るような学生だった。小説の中の恋に憧れ、文学は人を幸せにすると信じていた。
 サークル仲間に、女優顔負けの美人がいた。加奈子は成績も優秀で、男子の注目の的だった。
 私はバイトで貯めた金で服を揃え、彼女を食事に誘った。
「ごめんなさい。その日は用事があって」
 なら別の日になんて惨めすぎて言えない。「そうなんだ。残念だなあ」と言って笑うしかなかった。
 彼女の用事とは、私のサークル仲間とのディナーだった。彼の父は大きな福祉施設を経営していた。私の大学では大半が医療従事者になる。つまり彼女は勝ち馬を選んだわけだ。
 それは当然のことだ。小説かぶれの世間知らずとサラブレッド。よほどの馬鹿じゃなきゃ私を選ぶわけがない。

 私の大学は福祉系で、介護施設などで実習することができた。
 大学三年の春、難病患者の療養所での実習計画が持ち上がった。でも加奈子の彼氏は乗り気ではなかった。
「難病患者でなくても実習はできるだろ」
「でも貴重な経験になると思うわ」
 加奈子がそう言うと、彼は黙った。この計画を言い出したのは彼女なのだ。

 仲間内での私の立ち位置は便利屋だ。私が大学の総務に計画書を提出し、療養所と日程の調整をした。
 大学前から電車を乗り継ぎ、寂れた無人駅で降りた。美しい渓谷に沿って歩いていると、やがて建物が見えてきた。
 四階建ての白い病棟が、人里離れた山間に建っている。一見すると田舎の小学校に見えなくもないが、病棟に入れば死の影を感じた。
 職員の話を聞きながら重篤患者のフロアを歩いていると、キャスターのついた担架が通り過ぎた。白布で覆われた「小さなもの」が乗っていたが、何であるかは察しがついた。
 加奈子は「気の毒ね」とさらりと言った。医療従事者の仕事は同情することじゃない。彼女は有能な人間なのだ。

 私たちは患者の話を聞きながら、満開の桜の下で車椅子を押した。私が押したのは、やせた少女の車椅子だ。
 事前に付き添いの職員から、彼女は目に障害があるが、中庭の散策を好むと聞いていた。
 私は少女の髪についた桜の花びらを手に取り、彼女に握らせた。
 なぜ、そんなことをしたのだろう。今も理由がわからない。でも、人が生まれる理由が無いのと同じで、行動が生まれる理由も無いのかもしれない。理由とは所詮言い訳なんだ。
 彼女に花びらを握らせた理由は無くていい。ただその事実が生まれ、それが私の運命を変えた。ただ、それだけだ。

 彼女は花びらをずっと握りしめていた。
「してほしいことは何でも言ってね」と話し掛けても返事はない。聴覚の問題を疑っていると、付き添いの職員が私の耳元でささやいた。
「全緘黙なんです」
「ぜんかんもく……」
 職員は事前の説明不足をわびると、私を離れた場所へ誘い、話し始めた。
「話す能力自体はあるのですが、心理的な要因により、声を出すことができないのです」
 説明を聞きながら、遠目に少女を見ると、花びらを握る手が震えていた。こちらの声が聞こえている。聴覚が優れているのだ。

 実習を終えると、玄関で職員たちに挨拶をして帰途についた。
 来た道を歩いていると、加奈子の彼氏が小料理屋を見つけた。
「反省会でもするか?」
 みんな賛成したが、私は酒を飲む気にはなれなかった。すると携帯が鳴り、出ると先ほどの職員だった。
「あなたに車椅子を押してもらった女性が、お礼を言いたいと言っているのですが」
「そんな。お礼なんていいですよ」
「彼女がどうしてもと」
「わかりました。まだ近くにいますので、すぐに行きます」
 急用を理由に飲み会を断り、施設へ引き返すことにした。だが、向かう途中で気づいた。お礼を言う? 話すことができないのに。

 職員に案内されて三階の個室に入ると、キーボードをひざに乗せた少女が介護ベッドの背にもたれていた。
 ベッドの横の丸椅子に腰掛け、「お礼なんていいのに」と言うと、少女は目を閉じたままキーを叩く。
「冷たい花びらに触れたとき、白い桜が見えました。感謝しています」
 液晶画面を乗せているのは古びた木の本棚だ。
「本を読めるのですか?」と職員に聞いた。
「お母さんが読んでいたのですが、去年亡くなられました。時間があれば、読んであげたいのですが」
 立ち並ぶ単行本の中に、バルザックやスタンダールの小説があった。
 職員に少女の年齢を聞くと、意外にも自分と同い年だった。
「僕が読みましょうか?」と言うと、「ありがとうございます」と液晶に文字が映った。

 彼女の名は小百合。私は週末になると施設を訪ね、小説を読んであげた。
 でも、いつの間にか大学をさぼってまで行くようになった。奉仕は口実で、真の目的は彼女との密会だ。
 彼女は小説から様々なことを学んでいたが、その思想はロマン主義ではなく、小説での経験に基づく現実主義だ。だから彼女はときに私を利用したが、それは好意の印とも受け取れるやり方だった。
 小説の選択は私に任せられ、それはすべて受け入れられた。彼女は経験を渇望していたのだ。
 彼女は小説世界に入り込み、自分の心を素直に表した。痩せた小鳥のように体を震わせ、涙することさえあった。

 液晶を乗せた本棚に、彼女の母の日記があった。
『今日も小百合に小説を読んであげた。嬉しそうな娘の顔を見ていると、やはり産んで良かったと思う。この幸せが、ずっと続いてほしい』
 私は無断で読んだことを彼女にわびた。
「いいんです。それより、私に母の言葉を聞かせてください」
 私が読み終えると、彼女はキーを叩いた。
「私は現実の世界では幸せになれない。だから母は小説を読んでくれたのです。ただ……」
「ただ?」
「現実の世界を知りたいと思うときがあります。たとえ不幸になっても」
 実は敢えて彼女に聞かせなかった部分がある。
『あの子を産んで本当に良かったのか。でも、どうしても産みたかった。病弱な私でも、命を宿すことができたのだから。でも、あの子の将来が心配。私が死んだら、あの子は独りぼっちになってしまう』
 私は彼女たちの力になりたかった。

 人には外界と内界があり、小百合は明らかに内界の比重が大きい。
 でも、外界を排除して本当の幸せは掴めない。内界で幸せを得ても、「本当の幸せじゃない」と心はうずく。
 すべきは内界の幸せに手を貸すことじゃない。外界の幸せに導くことだ。
 でも、小説かぶれの世間知らずに、そんなことができるのか? 方向音痴の船長が、不幸な娘を乗せて大海に出るに等しい。

 小百合の楽しみは小説と中庭の散策だけだが、私には散策のほうが新鮮だった。
 車椅子を押していると、彼女はよく手の平を前に向けた。
 それは止まれの合図。でも何が起こるわけでもない。彼女は静かに風を楽しむだけ。彼女と一緒に風を浴びていると、不思議なほど安らかな気持ちになれた。
 そう言えば、こんなこともあった。
 いつものように車椅子を押していると、遠くで雷の音がして、ぱらぱらと雨が降り始めた。
 慌てて病棟に戻ろうとすると、小百合が止まれの合図を出した。
「早く戻らないと、ずぶ濡れになる」
 ごろごろと雷鳴が響き、雨脚が強まっても、彼女は止まれの姿勢を崩さない。
 彼女が空を見上げると、大粒の雨が顔を打ち、閉ざされた瞳から涙がこぼれた。
 病棟に戻ると、私は職員から叱責された。ただの風邪でも、彼女にとっては危険な病なのだ。
 散々注意されて個室に戻ると、寝巻きを着せられた彼女が、ベッドの背にもたれて待っていた。
「ごめんなさい。雨に打たれたかったのです」と液晶に映っていた。
 雨に打たれることは現実世界における経験であり、彼女はそれを手に入れた。私は嬉しかった。自分が本当の幸福へ導いている。そう思えたからだ。

 ある日、短編を読み終えた私たちは、紅葉を迎えた中庭を散策した。青空が広がり、冷たい風が木の葉を散らしていた。
 石畳の上で車椅子を押していると、小百合が手の平を前に向けた。
 風の音しか聞こえない。だが、しばらくすると落ち葉を踏む足音が近づいてきた。
「何かいるのかな?」
 毛玉のような子猫が木陰から顔を出した。
 子猫はゆっくりと近づいてきて、小百合の前で鳴き始めた。すると彼女も反応した。まるで心が通じ合っているかのように。
 子猫が彼女のひざに登って丸くなると、私はまた車椅子を押した。
 彼女は子猫をなでながら散策を楽しみ、病棟の入り口の前に着くと、子猫は膝から降りて走り去った。
 個室に戻ると、私は彼女に言った。
「人懐っこい子猫だね」
「お母さんが、いないからです」
「なぜ、わかるの?」
「触れていると、わかるのです」

 私たちは子猫をタマと名付け、穏やかな日々を共にした。
 だが、いったん仮象の世界に入れば、『谷間の百合』や『赤と黒』の主人公たちと共に、十八世紀のフランスを満喫した。
 フェリックスとモルソフ伯爵夫人の密会に同席し、彼らと一緒にトゥーレーヌの谷間で花を摘んだ。
 バルザックに飽きれば、ジュリアン・ソレルと馬車に乗り込み、貴族たちの集いに参加した。
 豪華絢爛たる舞踏会。私が小百合の腰に手を添えると、彼女は私の肩に手をおきダンスを踊る。彼女は美しかった。マチルド・ラ・モールでさえ色あせるほどに。

 ただ、長編である『赤と黒』を一日で読み終えることはできない。
 面会時間は午後六時まで。続きはまた明日と言うと、小百合は私の腕をつかんだ。
「でも、もう時間が」
 腕をつかむ手が震えている。彼女は必死なのだ。
「なら特別に許可をもらってくる」
 だが面会時間の延長は厳禁だ。
 私は非常階段に出る扉を解錠してから受付に行き、来院者名簿に退出時間を書いて建物を出ると、そっと裏にまわって非常階段を上った。
 私が戻ると、小百合は素早くキーを叩いた。
「六時半から七時の間に夕食が運ばれます。食器を運ぶ音が聞こえたら隠れてください」
 施設に忍び込むなんて、下手をすれば警察沙汰だ。彼女にそこまでの意識は無かったと思うが、規則違反とは知っていたはず。
 でも責めることはできない。彼女は明日は来ないという不安と常に戦っていたのだから。
 ベッドの下に隠れて晩飯時をやり過ごすと、彼女の枕元の明かりをつけて『赤と黒』の後半を読む。
 雪が降っているが、室内は暖かく、窓ガラスが曇っている。読み終えた時には、帰りの電車はもうなかった。
「ごめんなさい」と液晶に文字が浮かぶ。
「気にしないで。駅のホームで野宿するから」
「この寒さで野宿なんて無理です。ボタンを押さなければ誰も来ないから、私の横で寝てください」
「それはできないから、床で寝るよ」
「なら私の毛布を使ってください」
 彼女の温もりに包まれ、しばらく横になっていると、旅行の続きが始まった。それは審美的な仮象の世界。完璧な芸術作品だった。
 朝の五時。まだ星が輝いていて、部屋は薄暗い。彼女はぐっすりと眠っている。私はその頬にそっと触れ、静かに言った。
「いつか、タマを連れて旅行に行こう」
 彼女が小さく頷いたような気がした。

 大晦日は朝から大雪で、中庭は深く雪に埋もれていた。
「雪が積もってますね。見えなくてもわかります。中庭に出していただけますか?」
 そう小百合は文字を打つが、私は無茶だと言った。
「雪に包まれてみたいのです」
「そんなことをしたら、凍え死んでしまう」
「構いません」
 彼女は震える指で何度もキーを叩いたが、私は譲らなかった。私は生きることの意味を、よくわかっていなかったのだ。

 年が明けても、私は足繁く小百合の元へ通う。サークル仲間は講義をさぼる私を不審に思っていた。
 大学なんて中退で構わない。卒業後の数十年より、小百合と過ごす一時間の方が大切だ。
 一月半ばの休日。また小百合の横で短編を読んだ。
 ランボーの散文詩『地獄の季節』。なぜ、そんな作品を選んだのだ? 軽率だった。それだけか?
 小百合にとって小説は世界だ。つまり私の立場は神に近く、責任は測り知れない。なのに私は自分の力に酔っていた。
 小百合が破滅的な美に没入していると、手元で携帯が鳴った。加奈子からだった。彼女は講義をさぼる私を心配していた。と言うより、仲間内から落ちこぼれを出したくなかった。
 適当に誤魔化して電話を切ると、小百合が素早くキーを叩いた。
「誰ですか?」
「大学の友達」
「女の人?」
「うん。それがどうかしたの?」
「いえ、別に」

 二月の休日。私は致命的な過ちを犯す。彼女の心に気づいていれば、もっと救いのある小説を選べたのに。
『カストロの尼僧』
 スタンダールが古文書を調査して書いた恋愛小説の傑作である。
 16世紀イタリア屈指の貴族カンピレアーリ家の娘エレーナ・ダ・カンピレアーリと、勇敢な戦士ジュリオ・ブランチフォルテの恋物語。
 高貴な家柄の娘が、よりによって山賊に恋をした。
 ただ山賊と言っても犯罪者ではない。それは革命勢力という意味に近い。山賊は農民を苦しめる豪族と戦っていたのだ。
 実際ジュリオは敬虔なキリスト教徒であり、勇気と教養を兼ね備えた高潔な若者だ。
 しかし、その恋を貴族である両親が許すはずもなく、エレーナは警護された修道院に幽閉される。
 ジュリオはエレーナを奪還すべく一戦交えるが、鉄砲で反撃されて兵士を失い、自身も負傷して作戦は失敗に終わる。
 やがて幽閉されているエレーナの元にジュリオの筆跡による「冷たい手紙」が届き始め、それが途絶えると、ジュリオの訃報が届いた。
 それでもエレーナは恋人は生きていると信じ、十年以上も彼を待ち続けた。
 だが三十路を過ぎたころ、エレーナはついにジュリオをあきらめ、好きでもない青年司教に身をまかせる。
 純真な娘が十年以上も恋人を待ち続けたあげく、悲しみを肉体的な快楽で癒すしかないとは、一体どんな苦行なのだ。私は読んでいて泣きそうになった。
 エレーナの不幸はそれで終わらない。ある日、ジュリオが生きており、再会を待ち望んでいると知らされる。
 ジュリオからの冷たい手紙と彼の訃報は、すべてエレーナの母による術策だった。頭の切れる母ヴィットリアは、恋を断念させるため、娘のまわりを嘘で塗り固めたのだ。
 エレーナはジュリオとの再会を望まなかった。彼女は短剣で心臓を貫いて、死んでしまうのだ。

「やはり恋は盲目なんだ」と私は小百合に言った。
「いいえ。恋人は真実を見ている」
「真実を見てるのに、なぜ不幸になるの?」
「恋は悲しくて愛しい真実だから」
 小百合は美しいものを美しいと表現し、悲しいものを愛しいと表現した。
 盲目でも彼女は真実を捉えていたし、死に裏打ちされた洞察は、哲人をも凌駕していたに違いない。

 卒業が近づくにつれ忙しくなり、小百合に会えなくなった。それでも彼女のことが常に頭にあった。
 なんとか卒論を書き終えて提出すると、その足で彼女に会いにゆき告白をした。
「好きな人がいるんだ」
「私にもいる」と液晶に映った。
 私は動揺した。会えない間ずっと恋に悩まされ、彼女の横で卒論を書こうとさえ考えた。
「この施設の人?」
「いいえ」
 なら誰なんだと声を荒らげると、「あなたなのよ。わからないの?」と液晶に文字が映った。
 私は慌てた。文豪の言葉を借りるなんて馬鹿げた真似はできない。そんなものは彼女に通用しない。自分の言葉で語らねばならない。でも、私はそれを持ち合わせてはいない。
「愛してくれる?」と文字が浮かぶと、私はその手を握りしめ、握り続けた。
 私の手は震えていたが、彼女は手をゆだねていた。その手に唇を押しつけると、閉ざされた目から涙がこぼれ落ちた。

 卒業式が終わると、その足で小百合の元へ急いだ。
 帰郷はしない。ずっとそばにいると早く伝えたかった。
 施設の玄関を通りぬけ、早足で廊下を歩いていると、何かが横を通りすぎたような気がした。
 振り向くと、裏口から一台の担架が運び出されていた。
 階段を駆け上がり、息を切らして彼女の部屋に飛び込んだ。ベッドの手すりに紐がぶら下がり、その下にキーボードが落ちていた。
 拾い上げてキーを叩くと、液晶に言葉が浮かび上がった。
「文字を打つことさえ辛くなってきました。もうすぐ私はチューブに繋がれ、息だけをして生きることになります。あなたに車椅子を押してもらって、旅行をしてみたかった。でも、あなたの人生の邪魔をしたくありません。さようなら。あなたがいたから幸せでした」
 何が起こったか、わからなかった。大きな叫び声が聞こえたが、自分の声と気づいたのは少ししてからだった。
 しばらくすると、私は彼女の言葉の下に「愛し続ける」と文字を打ち、その場を後にした。
 病棟を出て、中庭を歩いていると、タマが木陰から私を見ていた。
「タマ。おいで」
 石畳にひざをつくと、タマは身をすり寄せ、私に向かって何度も鳴いた。
「彼女は、もういないんだ」

 あれから早十年。私は三十路を過ぎ、タマも年老いた。
 タマは相変わらず散歩が好きだ。でも朝から雪が降り続き、今日はずっと横で丸まっている。
 私は売り出しで買ったコーヒーを飲みながら、ぼんやりと雪を眺めている。




みんなのリアクション

 ようやく冬が来た。冬は特別な季節だ。あの夜、僕は君の温もりに包まれて夢を見ていた。日付は忘れたけど、年の瀬のあの夜は、間違いなく聖夜だった。
 かつて僕は、美の欠点は悲しみだと思っていた。でも、君は悲しみすら愛しいと言う。その意味をやっと理解できた。君の面影は、いつも悲しみと共にある。
 君と別れて早十年。僕は三十路を過ぎ、タマも年老いた。
 タマは相変わらず散歩好きだけど、朝から雪が降り続き、今日はずっと横で丸まっている。
 僕は売り出しで買ったコーヒーを飲みながら、ぼんやりと雪を眺めている。
 僕の夢は、ただ一つ。
 タマを抱く君の車椅子を押し、名所を巡り歩くこと。
 覚えているかい。トゥーレーヌの谷間に咲く花々を。華やかな舞踏会を。僕は忘れない。あの悲しくも美しい日々を。
 だめだ。恋文は本当に難しい。もう十年も考えているのに、どう書けば良いかわからない。文学を彷徨ってもだめだった。
 文学は役に立たない。でも手放すことはできない。それは彼女の忘れ形見だから。
 私は名著を漁るような学生だった。小説の中の恋に憧れ、文学は人を幸せにすると信じていた。
 サークル仲間に、女優顔負けの美人がいた。加奈子は成績も優秀で、男子の注目の的だった。
 私はバイトで貯めた金で服を揃え、彼女を食事に誘った。
「ごめんなさい。その日は用事があって」
 なら別の日になんて惨めすぎて言えない。「そうなんだ。残念だなあ」と言って笑うしかなかった。
 彼女の用事とは、私のサークル仲間とのディナーだった。彼の父は大きな福祉施設を経営していた。私の大学では大半が医療従事者になる。つまり彼女は勝ち馬を選んだわけだ。
 それは当然のことだ。小説かぶれの世間知らずとサラブレッド。よほどの馬鹿じゃなきゃ私を選ぶわけがない。
 私の大学は福祉系で、介護施設などで実習することができた。
 大学三年の春、難病患者の療養所での実習計画が持ち上がった。でも加奈子の彼氏は乗り気ではなかった。
「難病患者でなくても実習はできるだろ」
「でも貴重な経験になると思うわ」
 加奈子がそう言うと、彼は黙った。この計画を言い出したのは彼女なのだ。
 仲間内での私の立ち位置は便利屋だ。私が大学の総務に計画書を提出し、療養所と日程の調整をした。
 大学前から電車を乗り継ぎ、寂れた無人駅で降りた。美しい渓谷に沿って歩いていると、やがて建物が見えてきた。
 四階建ての白い病棟が、人里離れた山間に建っている。一見すると田舎の小学校に見えなくもないが、病棟に入れば死の影を感じた。
 職員の話を聞きながら重篤患者のフロアを歩いていると、キャスターのついた担架が通り過ぎた。白布で覆われた「小さなもの」が乗っていたが、何であるかは察しがついた。
 加奈子は「気の毒ね」とさらりと言った。医療従事者の仕事は同情することじゃない。彼女は有能な人間なのだ。
 私たちは患者の話を聞きながら、満開の桜の下で車椅子を押した。私が押したのは、やせた少女の車椅子だ。
 事前に付き添いの職員から、彼女は目に障害があるが、中庭の散策を好むと聞いていた。
 私は少女の髪についた桜の花びらを手に取り、彼女に握らせた。
 なぜ、そんなことをしたのだろう。今も理由がわからない。でも、人が生まれる理由が無いのと同じで、行動が生まれる理由も無いのかもしれない。理由とは所詮言い訳なんだ。
 彼女に花びらを握らせた理由は無くていい。ただその事実が生まれ、それが私の運命を変えた。ただ、それだけだ。
 彼女は花びらをずっと握りしめていた。
「してほしいことは何でも言ってね」と話し掛けても返事はない。聴覚の問題を疑っていると、付き添いの職員が私の耳元でささやいた。
「全緘黙なんです」
「ぜんかんもく……」
 職員は事前の説明不足をわびると、私を離れた場所へ誘い、話し始めた。
「話す能力自体はあるのですが、心理的な要因により、声を出すことができないのです」
 説明を聞きながら、遠目に少女を見ると、花びらを握る手が震えていた。こちらの声が聞こえている。聴覚が優れているのだ。
 実習を終えると、玄関で職員たちに挨拶をして帰途についた。
 来た道を歩いていると、加奈子の彼氏が小料理屋を見つけた。
「反省会でもするか?」
 みんな賛成したが、私は酒を飲む気にはなれなかった。すると携帯が鳴り、出ると先ほどの職員だった。
「あなたに車椅子を押してもらった女性が、お礼を言いたいと言っているのですが」
「そんな。お礼なんていいですよ」
「彼女がどうしてもと」
「わかりました。まだ近くにいますので、すぐに行きます」
 急用を理由に飲み会を断り、施設へ引き返すことにした。だが、向かう途中で気づいた。お礼を言う? 話すことができないのに。
 職員に案内されて三階の個室に入ると、キーボードをひざに乗せた少女が介護ベッドの背にもたれていた。
 ベッドの横の丸椅子に腰掛け、「お礼なんていいのに」と言うと、少女は目を閉じたままキーを叩く。
「冷たい花びらに触れたとき、白い桜が見えました。感謝しています」
 液晶画面を乗せているのは古びた木の本棚だ。
「本を読めるのですか?」と職員に聞いた。
「お母さんが読んでいたのですが、去年亡くなられました。時間があれば、読んであげたいのですが」
 立ち並ぶ単行本の中に、バルザックやスタンダールの小説があった。
 職員に少女の年齢を聞くと、意外にも自分と同い年だった。
「僕が読みましょうか?」と言うと、「ありがとうございます」と液晶に文字が映った。
 彼女の名は小百合。私は週末になると施設を訪ね、小説を読んであげた。
 でも、いつの間にか大学をさぼってまで行くようになった。奉仕は口実で、真の目的は彼女との密会だ。
 彼女は小説から様々なことを学んでいたが、その思想はロマン主義ではなく、小説での経験に基づく現実主義だ。だから彼女はときに私を利用したが、それは好意の印とも受け取れるやり方だった。
 小説の選択は私に任せられ、それはすべて受け入れられた。彼女は経験を渇望していたのだ。
 彼女は小説世界に入り込み、自分の心を素直に表した。痩せた小鳥のように体を震わせ、涙することさえあった。
 液晶を乗せた本棚に、彼女の母の日記があった。
『今日も小百合に小説を読んであげた。嬉しそうな娘の顔を見ていると、やはり産んで良かったと思う。この幸せが、ずっと続いてほしい』
 私は無断で読んだことを彼女にわびた。
「いいんです。それより、私に母の言葉を聞かせてください」
 私が読み終えると、彼女はキーを叩いた。
「私は現実の世界では幸せになれない。だから母は小説を読んでくれたのです。ただ……」
「ただ?」
「現実の世界を知りたいと思うときがあります。たとえ不幸になっても」
 実は敢えて彼女に聞かせなかった部分がある。
『あの子を産んで本当に良かったのか。でも、どうしても産みたかった。病弱な私でも、命を宿すことができたのだから。でも、あの子の将来が心配。私が死んだら、あの子は独りぼっちになってしまう』
 私は彼女たちの力になりたかった。
 人には外界と内界があり、小百合は明らかに内界の比重が大きい。
 でも、外界を排除して本当の幸せは掴めない。内界で幸せを得ても、「本当の幸せじゃない」と心はうずく。
 すべきは内界の幸せに手を貸すことじゃない。外界の幸せに導くことだ。
 でも、小説かぶれの世間知らずに、そんなことができるのか? 方向音痴の船長が、不幸な娘を乗せて大海に出るに等しい。
 小百合の楽しみは小説と中庭の散策だけだが、私には散策のほうが新鮮だった。
 車椅子を押していると、彼女はよく手の平を前に向けた。
 それは止まれの合図。でも何が起こるわけでもない。彼女は静かに風を楽しむだけ。彼女と一緒に風を浴びていると、不思議なほど安らかな気持ちになれた。
 そう言えば、こんなこともあった。
 いつものように車椅子を押していると、遠くで雷の音がして、ぱらぱらと雨が降り始めた。
 慌てて病棟に戻ろうとすると、小百合が止まれの合図を出した。
「早く戻らないと、ずぶ濡れになる」
 ごろごろと雷鳴が響き、雨脚が強まっても、彼女は止まれの姿勢を崩さない。
 彼女が空を見上げると、大粒の雨が顔を打ち、閉ざされた瞳から涙がこぼれた。
 病棟に戻ると、私は職員から叱責された。ただの風邪でも、彼女にとっては危険な病なのだ。
 散々注意されて個室に戻ると、寝巻きを着せられた彼女が、ベッドの背にもたれて待っていた。
「ごめんなさい。雨に打たれたかったのです」と液晶に映っていた。
 雨に打たれることは現実世界における経験であり、彼女はそれを手に入れた。私は嬉しかった。自分が本当の幸福へ導いている。そう思えたからだ。
 ある日、短編を読み終えた私たちは、紅葉を迎えた中庭を散策した。青空が広がり、冷たい風が木の葉を散らしていた。
 石畳の上で車椅子を押していると、小百合が手の平を前に向けた。
 風の音しか聞こえない。だが、しばらくすると落ち葉を踏む足音が近づいてきた。
「何かいるのかな?」
 毛玉のような子猫が木陰から顔を出した。
 子猫はゆっくりと近づいてきて、小百合の前で鳴き始めた。すると彼女も反応した。まるで心が通じ合っているかのように。
 子猫が彼女のひざに登って丸くなると、私はまた車椅子を押した。
 彼女は子猫をなでながら散策を楽しみ、病棟の入り口の前に着くと、子猫は膝から降りて走り去った。
 個室に戻ると、私は彼女に言った。
「人懐っこい子猫だね」
「お母さんが、いないからです」
「なぜ、わかるの?」
「触れていると、わかるのです」
 私たちは子猫をタマと名付け、穏やかな日々を共にした。
 だが、いったん仮象の世界に入れば、『谷間の百合』や『赤と黒』の主人公たちと共に、十八世紀のフランスを満喫した。
 フェリックスとモルソフ伯爵夫人の密会に同席し、彼らと一緒にトゥーレーヌの谷間で花を摘んだ。
 バルザックに飽きれば、ジュリアン・ソレルと馬車に乗り込み、貴族たちの集いに参加した。
 豪華絢爛たる舞踏会。私が小百合の腰に手を添えると、彼女は私の肩に手をおきダンスを踊る。彼女は美しかった。マチルド・ラ・モールでさえ色あせるほどに。
 ただ、長編である『赤と黒』を一日で読み終えることはできない。
 面会時間は午後六時まで。続きはまた明日と言うと、小百合は私の腕をつかんだ。
「でも、もう時間が」
 腕をつかむ手が震えている。彼女は必死なのだ。
「なら特別に許可をもらってくる」
 だが面会時間の延長は厳禁だ。
 私は非常階段に出る扉を解錠してから受付に行き、来院者名簿に退出時間を書いて建物を出ると、そっと裏にまわって非常階段を上った。
 私が戻ると、小百合は素早くキーを叩いた。
「六時半から七時の間に夕食が運ばれます。食器を運ぶ音が聞こえたら隠れてください」
 施設に忍び込むなんて、下手をすれば警察沙汰だ。彼女にそこまでの意識は無かったと思うが、規則違反とは知っていたはず。
 でも責めることはできない。彼女は明日は来ないという不安と常に戦っていたのだから。
 ベッドの下に隠れて晩飯時をやり過ごすと、彼女の枕元の明かりをつけて『赤と黒』の後半を読む。
 雪が降っているが、室内は暖かく、窓ガラスが曇っている。読み終えた時には、帰りの電車はもうなかった。
「ごめんなさい」と液晶に文字が浮かぶ。
「気にしないで。駅のホームで野宿するから」
「この寒さで野宿なんて無理です。ボタンを押さなければ誰も来ないから、私の横で寝てください」
「それはできないから、床で寝るよ」
「なら私の毛布を使ってください」
 彼女の温もりに包まれ、しばらく横になっていると、旅行の続きが始まった。それは審美的な仮象の世界。完璧な芸術作品だった。
 朝の五時。まだ星が輝いていて、部屋は薄暗い。彼女はぐっすりと眠っている。私はその頬にそっと触れ、静かに言った。
「いつか、タマを連れて旅行に行こう」
 彼女が小さく頷いたような気がした。
 大晦日は朝から大雪で、中庭は深く雪に埋もれていた。
「雪が積もってますね。見えなくてもわかります。中庭に出していただけますか?」
 そう小百合は文字を打つが、私は無茶だと言った。
「雪に包まれてみたいのです」
「そんなことをしたら、凍え死んでしまう」
「構いません」
 彼女は震える指で何度もキーを叩いたが、私は譲らなかった。私は生きることの意味を、よくわかっていなかったのだ。
 年が明けても、私は足繁く小百合の元へ通う。サークル仲間は講義をさぼる私を不審に思っていた。
 大学なんて中退で構わない。卒業後の数十年より、小百合と過ごす一時間の方が大切だ。
 一月半ばの休日。また小百合の横で短編を読んだ。
 ランボーの散文詩『地獄の季節』。なぜ、そんな作品を選んだのだ? 軽率だった。それだけか?
 小百合にとって小説は世界だ。つまり私の立場は神に近く、責任は測り知れない。なのに私は自分の力に酔っていた。
 小百合が破滅的な美に没入していると、手元で携帯が鳴った。加奈子からだった。彼女は講義をさぼる私を心配していた。と言うより、仲間内から落ちこぼれを出したくなかった。
 適当に誤魔化して電話を切ると、小百合が素早くキーを叩いた。
「誰ですか?」
「大学の友達」
「女の人?」
「うん。それがどうかしたの?」
「いえ、別に」
 二月の休日。私は致命的な過ちを犯す。彼女の心に気づいていれば、もっと救いのある小説を選べたのに。
『カストロの尼僧』
 スタンダールが古文書を調査して書いた恋愛小説の傑作である。
 16世紀イタリア屈指の貴族カンピレアーリ家の娘エレーナ・ダ・カンピレアーリと、勇敢な戦士ジュリオ・ブランチフォルテの恋物語。
 高貴な家柄の娘が、よりによって山賊に恋をした。
 ただ山賊と言っても犯罪者ではない。それは革命勢力という意味に近い。山賊は農民を苦しめる豪族と戦っていたのだ。
 実際ジュリオは敬虔なキリスト教徒であり、勇気と教養を兼ね備えた高潔な若者だ。
 しかし、その恋を貴族である両親が許すはずもなく、エレーナは警護された修道院に幽閉される。
 ジュリオはエレーナを奪還すべく一戦交えるが、鉄砲で反撃されて兵士を失い、自身も負傷して作戦は失敗に終わる。
 やがて幽閉されているエレーナの元にジュリオの筆跡による「冷たい手紙」が届き始め、それが途絶えると、ジュリオの訃報が届いた。
 それでもエレーナは恋人は生きていると信じ、十年以上も彼を待ち続けた。
 だが三十路を過ぎたころ、エレーナはついにジュリオをあきらめ、好きでもない青年司教に身をまかせる。
 純真な娘が十年以上も恋人を待ち続けたあげく、悲しみを肉体的な快楽で癒すしかないとは、一体どんな苦行なのだ。私は読んでいて泣きそうになった。
 エレーナの不幸はそれで終わらない。ある日、ジュリオが生きており、再会を待ち望んでいると知らされる。
 ジュリオからの冷たい手紙と彼の訃報は、すべてエレーナの母による術策だった。頭の切れる母ヴィットリアは、恋を断念させるため、娘のまわりを嘘で塗り固めたのだ。
 エレーナはジュリオとの再会を望まなかった。彼女は短剣で心臓を貫いて、死んでしまうのだ。
「やはり恋は盲目なんだ」と私は小百合に言った。
「いいえ。恋人は真実を見ている」
「真実を見てるのに、なぜ不幸になるの?」
「恋は悲しくて愛しい真実だから」
 小百合は美しいものを美しいと表現し、悲しいものを愛しいと表現した。
 盲目でも彼女は真実を捉えていたし、死に裏打ちされた洞察は、哲人をも凌駕していたに違いない。
 卒業が近づくにつれ忙しくなり、小百合に会えなくなった。それでも彼女のことが常に頭にあった。
 なんとか卒論を書き終えて提出すると、その足で彼女に会いにゆき告白をした。
「好きな人がいるんだ」
「私にもいる」と液晶に映った。
 私は動揺した。会えない間ずっと恋に悩まされ、彼女の横で卒論を書こうとさえ考えた。
「この施設の人?」
「いいえ」
 なら誰なんだと声を荒らげると、「あなたなのよ。わからないの?」と液晶に文字が映った。
 私は慌てた。文豪の言葉を借りるなんて馬鹿げた真似はできない。そんなものは彼女に通用しない。自分の言葉で語らねばならない。でも、私はそれを持ち合わせてはいない。
「愛してくれる?」と文字が浮かぶと、私はその手を握りしめ、握り続けた。
 私の手は震えていたが、彼女は手をゆだねていた。その手に唇を押しつけると、閉ざされた目から涙がこぼれ落ちた。
 卒業式が終わると、その足で小百合の元へ急いだ。
 帰郷はしない。ずっとそばにいると早く伝えたかった。
 施設の玄関を通りぬけ、早足で廊下を歩いていると、何かが横を通りすぎたような気がした。
 振り向くと、裏口から一台の担架が運び出されていた。
 階段を駆け上がり、息を切らして彼女の部屋に飛び込んだ。ベッドの手すりに紐がぶら下がり、その下にキーボードが落ちていた。
 拾い上げてキーを叩くと、液晶に言葉が浮かび上がった。
「文字を打つことさえ辛くなってきました。もうすぐ私はチューブに繋がれ、息だけをして生きることになります。あなたに車椅子を押してもらって、旅行をしてみたかった。でも、あなたの人生の邪魔をしたくありません。さようなら。あなたがいたから幸せでした」
 何が起こったか、わからなかった。大きな叫び声が聞こえたが、自分の声と気づいたのは少ししてからだった。
 しばらくすると、私は彼女の言葉の下に「愛し続ける」と文字を打ち、その場を後にした。
 病棟を出て、中庭を歩いていると、タマが木陰から私を見ていた。
「タマ。おいで」
 石畳にひざをつくと、タマは身をすり寄せ、私に向かって何度も鳴いた。
「彼女は、もういないんだ」
 あれから早十年。私は三十路を過ぎ、タマも年老いた。
 タマは相変わらず散歩が好きだ。でも朝から雪が降り続き、今日はずっと横で丸まっている。
 私は売り出しで買ったコーヒーを飲みながら、ぼんやりと雪を眺めている。


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