#8
ー/ー「悪い。うっかりカマクラで寝てたの忘れてた」
「いえ別に。すぐに直せましたし」
さっきまで眠っていた女は豪快に笑いながら謝罪するが、本当に反省しているのかライアンには分からなかった。屋根から突き出した頭が外気にさらされ瞬時に覚醒した女は、「あっ」と短く呟くと直ぐに頭を引っ込め小さな入り口から這い出てきたのだが、その姿は知識の乏しい少年にとって余りにも異様であった。
頭髪が雪と同じ色というのも珍しいが、なによりまず薄着が過ぎる。腰に何かの毛皮を巻いているがその丈は膝までしかなく、テレビで見たエジプトの壁画のロインクロスを彷彿とさせた。
どう見ても雪深い地域に生きる者のそれではないし、上半身に至っては革を巻いて胸を隠しているだけで歴史に消えた蛮族さながらの装いである。
もしかすると寒さに強い一族なのかと思いもしたのだが、カマクラを出て一言目が両手で肩を抱きながら「さっむ。中で話そうぜ」だったので何でこんな服装でこの辺りをうろついているのか謎が増えるばかりだった。
カラマツを蹴り土に汚れていない雪で天井の穴を補修してからタローに続いて中に入ると、蠟の香りに混ざった獣臭さが少年の鼻を突く。朝と同じく入り口に向けて伏せる犬の背を長机のようにして、少年は向かい合う形で腰を落ち着け女を観察した。
ネリット族に限らずこの辺りの民族は小柄で大人でも身長150㎝程度なのに対し、先程立ち上がった目の前の女のそれは頭一つ分以上高かったように思う。肌の露出具合は赤道近くの国を想起させるが、髪と同じく肌も白くあの辺りの民族ではなさそうだ。何より全身を覆う筋肉はボディービルをやっている者とまではいかないが、まるで無駄のない肉の付き方をしている。
もしかするとアスリートなのかもしれないが、それにしては切り傷や銃創のような物まで見受けられるのは不可解ではないか。
少年は女の出自を推理していたが、無言で考えを巡らせる子供に女の方から話を切り出した。
「坊ず、名前は?」
「ライアン。貴方は?」
「強そうな名前だな。俺は久峩耳のシロだ。」
「ジロー?」
「違う濁らない。シ、ロ、だ」
「わかった。それでジロー、どうしてそんなに薄着なの?」
「わかってねえじゃねえか。まあいい、日本名は耳馴染みねえだろうし。んで服装」
「日本!日本だって!?知ってるよ確か忍者の国だよね!漫画で読んだんだ、日本人って凄く高く飛べて布で空も飛べるんでしょ!ジローも出来るの?それとも刀で鉄を切るっていう侍?それともそれともネリッツに」
「待て待て待て、なんだ急にテンション上げんな。質問は一つずつちゃんと答えるから落ち着け」
小声で「これだからガキは苦手なんだ」とボヤキながらも女の視線が自分の背後にあることに気が付いた少年は、家からくすねて来た干し肉やお菓子を犬の背に載せ勧めてみる。すると女はありがたそうに礼を言い、鋭い犬歯で噛み千切った干し肉を咀嚼しながらゆっくりと話し始めた。
「まず俺は忍者じゃねえし侍でもねえ。期待に沿えなくて悪いがあの仕事に就いてるのは日本人のほんの一部で殆ど居ない。夢を壊して悪いがそうそう出会えるもんじゃねーよ」
「でも漫画では洪水おこしたり隕石を呼ぶ術使ってたし、遠目なら戦ってる所とか見えないの?」
「遠目ならな。でも近づこうとなんて思うなよ。巻き添え食らったら洒落にならんし、後で口封じに殺されたら笑い話にもできやしない」
「口封じ、流石プロだね。じゃあ侍は?」
「居合術はあるが侍はいない。代わりに公務員がいるからな」
「公務員?」
「ほら役所で住民移動や税金の手続き、他にも市民の相談とか受けてるやついるだろ?あれが侍の仕事受け継いでんだよ。」
「でも日本のドラマで見たけど皆刀着けてなかったよ?」
「必要ないからな。大事なのは剣術じゃなくて処理能力と寄り添う心だ」
「じゃあ侍と一緒に刀も滅んじゃったんだ。残念」
「ところが刀は残ってる。さっき言った居合っていう武道で振るうし日本に行けば結構あちこちで展示もされてるぜ。触ろうとしたら免許がいるが」
「触った事ある?」
「もちろん、とびきりのヤツを振ったことがある。薄緑っていうんだが」
少年は最初の寒そうな装いについての疑問などすっかりり忘れ去り、初めて観る日本人という自国から殆ど出て来ないレア民族へ質問をぶつける。一つ一つ律儀に答えてくれる女の話はアジアに行ったことのない少年には興味深く、その後も怪獣やヒーローの話に夢中になっているとタローが小さく吠えた。
鼻先で時計の確認を促され、そろそろ帰らないとまずい事を教えたのだと少年は這い出し始めた。
「いけない、ばれる前に帰らないといけないんだった。いったん家に戻るけど直ぐにまた来るから、それまで本でも読んで待ってて。」
足早に少し広がった入り口を抜け左手に横たわる白熊に今一度ぎょっとしたが、すぐに死んでいる事を思い出し犬の名を呼んで共に家路を急ぐ。
「ここで待ってて」
広場を抜け自宅の前でタローを伏せてから、昨夜のまま自室から垂れ下がるコートを掴んで部屋に戻り、服を手繰って回収しクローゼットに押し込んだ。
時計を見ると午前八時でもうすぐ空が白み始め太陽が顔を出す時刻だった。
「いえ別に。すぐに直せましたし」
さっきまで眠っていた女は豪快に笑いながら謝罪するが、本当に反省しているのかライアンには分からなかった。屋根から突き出した頭が外気にさらされ瞬時に覚醒した女は、「あっ」と短く呟くと直ぐに頭を引っ込め小さな入り口から這い出てきたのだが、その姿は知識の乏しい少年にとって余りにも異様であった。
頭髪が雪と同じ色というのも珍しいが、なによりまず薄着が過ぎる。腰に何かの毛皮を巻いているがその丈は膝までしかなく、テレビで見たエジプトの壁画のロインクロスを彷彿とさせた。
どう見ても雪深い地域に生きる者のそれではないし、上半身に至っては革を巻いて胸を隠しているだけで歴史に消えた蛮族さながらの装いである。
もしかすると寒さに強い一族なのかと思いもしたのだが、カマクラを出て一言目が両手で肩を抱きながら「さっむ。中で話そうぜ」だったので何でこんな服装でこの辺りをうろついているのか謎が増えるばかりだった。
カラマツを蹴り土に汚れていない雪で天井の穴を補修してからタローに続いて中に入ると、蠟の香りに混ざった獣臭さが少年の鼻を突く。朝と同じく入り口に向けて伏せる犬の背を長机のようにして、少年は向かい合う形で腰を落ち着け女を観察した。
ネリット族に限らずこの辺りの民族は小柄で大人でも身長150㎝程度なのに対し、先程立ち上がった目の前の女のそれは頭一つ分以上高かったように思う。肌の露出具合は赤道近くの国を想起させるが、髪と同じく肌も白くあの辺りの民族ではなさそうだ。何より全身を覆う筋肉はボディービルをやっている者とまではいかないが、まるで無駄のない肉の付き方をしている。
もしかするとアスリートなのかもしれないが、それにしては切り傷や銃創のような物まで見受けられるのは不可解ではないか。
少年は女の出自を推理していたが、無言で考えを巡らせる子供に女の方から話を切り出した。
「坊ず、名前は?」
「ライアン。貴方は?」
「強そうな名前だな。俺は久峩耳のシロだ。」
「ジロー?」
「違う濁らない。シ、ロ、だ」
「わかった。それでジロー、どうしてそんなに薄着なの?」
「わかってねえじゃねえか。まあいい、日本名は耳馴染みねえだろうし。んで服装」
「日本!日本だって!?知ってるよ確か忍者の国だよね!漫画で読んだんだ、日本人って凄く高く飛べて布で空も飛べるんでしょ!ジローも出来るの?それとも刀で鉄を切るっていう侍?それともそれともネリッツに」
「待て待て待て、なんだ急にテンション上げんな。質問は一つずつちゃんと答えるから落ち着け」
小声で「これだからガキは苦手なんだ」とボヤキながらも女の視線が自分の背後にあることに気が付いた少年は、家からくすねて来た干し肉やお菓子を犬の背に載せ勧めてみる。すると女はありがたそうに礼を言い、鋭い犬歯で噛み千切った干し肉を咀嚼しながらゆっくりと話し始めた。
「まず俺は忍者じゃねえし侍でもねえ。期待に沿えなくて悪いがあの仕事に就いてるのは日本人のほんの一部で殆ど居ない。夢を壊して悪いがそうそう出会えるもんじゃねーよ」
「でも漫画では洪水おこしたり隕石を呼ぶ術使ってたし、遠目なら戦ってる所とか見えないの?」
「遠目ならな。でも近づこうとなんて思うなよ。巻き添え食らったら洒落にならんし、後で口封じに殺されたら笑い話にもできやしない」
「口封じ、流石プロだね。じゃあ侍は?」
「居合術はあるが侍はいない。代わりに公務員がいるからな」
「公務員?」
「ほら役所で住民移動や税金の手続き、他にも市民の相談とか受けてるやついるだろ?あれが侍の仕事受け継いでんだよ。」
「でも日本のドラマで見たけど皆刀着けてなかったよ?」
「必要ないからな。大事なのは剣術じゃなくて処理能力と寄り添う心だ」
「じゃあ侍と一緒に刀も滅んじゃったんだ。残念」
「ところが刀は残ってる。さっき言った居合っていう武道で振るうし日本に行けば結構あちこちで展示もされてるぜ。触ろうとしたら免許がいるが」
「触った事ある?」
「もちろん、とびきりのヤツを振ったことがある。薄緑っていうんだが」
少年は最初の寒そうな装いについての疑問などすっかりり忘れ去り、初めて観る日本人という自国から殆ど出て来ないレア民族へ質問をぶつける。一つ一つ律儀に答えてくれる女の話はアジアに行ったことのない少年には興味深く、その後も怪獣やヒーローの話に夢中になっているとタローが小さく吠えた。
鼻先で時計の確認を促され、そろそろ帰らないとまずい事を教えたのだと少年は這い出し始めた。
「いけない、ばれる前に帰らないといけないんだった。いったん家に戻るけど直ぐにまた来るから、それまで本でも読んで待ってて。」
足早に少し広がった入り口を抜け左手に横たわる白熊に今一度ぎょっとしたが、すぐに死んでいる事を思い出し犬の名を呼んで共に家路を急ぐ。
「ここで待ってて」
広場を抜け自宅の前でタローを伏せてから、昨夜のまま自室から垂れ下がるコートを掴んで部屋に戻り、服を手繰って回収しクローゼットに押し込んだ。
時計を見ると午前八時でもうすぐ空が白み始め太陽が顔を出す時刻だった。
みんなのリアクション
まだリアクションはありません。最初の一歩を踏み出しましょう!
「悪い。うっかりカマクラで寝てたの忘れてた」
「いえ別に。すぐに直せましたし」
「いえ別に。すぐに直せましたし」
さっきまで眠っていた女は豪快に笑いながら謝罪するが、本当に反省しているのかライアンには分からなかった。屋根から突き出した頭が外気にさらされ瞬時に覚醒した女は、「あっ」と短く呟くと直ぐに頭を引っ込め小さな入り口から這い出てきたのだが、その姿は知識の乏しい少年にとって余りにも異様であった。
頭髪が雪と同じ色というのも珍しいが、なによりまず薄着が過ぎる。腰に何かの毛皮を巻いているがその丈は膝までしかなく、テレビで見たエジプトの壁画のロインクロスを彷彿とさせた。
どう見ても雪深い地域に生きる者のそれではないし、上半身に至っては革を巻いて胸を隠しているだけで歴史に消えた蛮族さながらの装いである。
どう見ても雪深い地域に生きる者のそれではないし、上半身に至っては革を巻いて胸を隠しているだけで歴史に消えた蛮族さながらの装いである。
もしかすると寒さに強い一族なのかと思いもしたのだが、カマクラを出て一言目が両手で肩を抱きながら「さっむ。中で話そうぜ」だったので何でこんな服装でこの辺りをうろついているのか謎が増えるばかりだった。
カラマツを蹴り土に汚れていない雪で天井の穴を補修してからタローに続いて中に入ると、蠟の香りに混ざった獣臭さが少年の鼻を突く。朝と同じく入り口に向けて伏せる犬の背を長机のようにして、少年は向かい合う形で腰を落ち着け女を観察した。
ネリット族に限らずこの辺りの民族は小柄で大人でも身長150㎝程度なのに対し、先程立ち上がった目の前の女のそれは頭一つ分以上高かったように思う。肌の露出具合は赤道近くの国を想起させるが、髪と同じく肌も白くあの辺りの民族ではなさそうだ。何より全身を覆う筋肉はボディービルをやっている者とまではいかないが、まるで無駄のない肉の付き方をしている。
もしかするとアスリートなのかもしれないが、それにしては切り傷や銃創のような物まで見受けられるのは不可解ではないか。
少年は女の出自を推理していたが、無言で考えを巡らせる子供に女の方から話を切り出した。
もしかするとアスリートなのかもしれないが、それにしては切り傷や銃創のような物まで見受けられるのは不可解ではないか。
少年は女の出自を推理していたが、無言で考えを巡らせる子供に女の方から話を切り出した。
「坊ず、名前は?」
「ライアン。貴方は?」
「ライアン。貴方は?」
「強そうな名前だな。俺は久峩耳のシロだ。」
「ジロー?」
「ジロー?」
「違う濁らない。シ、ロ、だ」
「わかった。それでジロー、どうしてそんなに薄着なの?」
「わかった。それでジロー、どうしてそんなに薄着なの?」
「わかってねえじゃねえか。まあいい、日本名は耳馴染みねえだろうし。んで服装」
「日本!日本だって!?知ってるよ確か忍者の国だよね!漫画で読んだんだ、日本人って凄く高く飛べて布で空も飛べるんでしょ!ジローも出来るの?それとも刀で鉄を切るっていう侍?それともそれともネリッツに」
「日本!日本だって!?知ってるよ確か忍者の国だよね!漫画で読んだんだ、日本人って凄く高く飛べて布で空も飛べるんでしょ!ジローも出来るの?それとも刀で鉄を切るっていう侍?それともそれともネリッツに」
「待て待て待て、なんだ急にテンション上げんな。質問は一つずつちゃんと答えるから落ち着け」
小声で「これだからガキは苦手なんだ」とボヤキながらも女の視線が自分の背後にあることに気が付いた少年は、家からくすねて来た干し肉やお菓子を犬の背に載せ勧めてみる。すると女はありがたそうに礼を言い、鋭い犬歯で噛み千切った干し肉を咀嚼しながらゆっくりと話し始めた。
「まず俺は忍者じゃねえし侍でもねえ。期待に沿えなくて悪いがあの仕事に就いてるのは日本人のほんの一部で殆ど居ない。夢を壊して悪いがそうそう出会えるもんじゃねーよ」
「でも漫画では洪水おこしたり隕石を呼ぶ術使ってたし、遠目なら戦ってる所とか見えないの?」
「でも漫画では洪水おこしたり隕石を呼ぶ術使ってたし、遠目なら戦ってる所とか見えないの?」
「遠目ならな。でも近づこうとなんて思うなよ。巻き添え食らったら洒落にならんし、後で口封じに殺されたら笑い話にもできやしない」
「口封じ、流石プロだね。じゃあ侍は?」
「口封じ、流石プロだね。じゃあ侍は?」
「居合術はあるが侍はいない。代わりに公務員がいるからな」
「公務員?」
「公務員?」
「ほら役所で住民移動や税金の手続き、他にも市民の相談とか受けてるやついるだろ?あれが侍の仕事受け継いでんだよ。」
「でも日本のドラマで見たけど皆刀着けてなかったよ?」
「でも日本のドラマで見たけど皆刀着けてなかったよ?」
「必要ないからな。大事なのは剣術じゃなくて処理能力と寄り添う心だ」
「じゃあ侍と一緒に刀も滅んじゃったんだ。残念」
「じゃあ侍と一緒に刀も滅んじゃったんだ。残念」
「ところが刀は残ってる。さっき言った居合っていう武道で振るうし日本に行けば結構あちこちで展示もされてるぜ。触ろうとしたら免許がいるが」
「触った事ある?」
「触った事ある?」
「もちろん、とびきりのヤツを振ったことがある。薄緑っていうんだが」
少年は最初の寒そうな装いについての疑問などすっかりり忘れ去り、初めて観る日本人という自国から殆ど出て来ないレア民族へ質問をぶつける。一つ一つ律儀に答えてくれる女の話はアジアに行ったことのない少年には興味深く、その後も怪獣やヒーローの話に夢中になっているとタローが小さく吠えた。
鼻先で時計の確認を促され、そろそろ帰らないとまずい事を教えたのだと少年は這い出し始めた。
「いけない、ばれる前に帰らないといけないんだった。いったん家に戻るけど直ぐにまた来るから、それまで本でも読んで待ってて。」
足早に少し広がった入り口を抜け左手に横たわる白熊に今一度ぎょっとしたが、すぐに死んでいる事を思い出し犬の名を呼んで共に家路を急ぐ。
「ここで待ってて」
広場を抜け自宅の前でタローを伏せてから、昨夜のまま自室から垂れ下がるコートを掴んで部屋に戻り、服を手繰って回収しクローゼットに押し込んだ。
時計を見ると午前八時でもうすぐ空が白み始め太陽が顔を出す時刻だった。
時計を見ると午前八時でもうすぐ空が白み始め太陽が顔を出す時刻だった。