その夜、宿屋の女将さんが笑顔で言った。
「今日は空いているから、勇者さんは一人部屋にしておいたわよ。」
「えっ……ほんとに?ありがとう!」
久々の一人部屋。
誰にも気を遣わず、ゆっくり眠れる。そう思って部屋に入った。
ランプの光を落とし、ベッドに腰掛けて鎧を外す。窓の外には静かな夜空。
風がカーテンを揺らした――その瞬間だった。
「こんばんは、勇者。」
「……えっ?」
振り向くと、窓辺に影が立っていた。
長い外套、鋭い瞳、口元に妖しい笑み。
「ま、魔王……!?」
その存在感だけで、全身の毛が逆立つ。だが、声は低く、どこか甘さを帯びていた。
「君を見に来た。強い人間だと聞いてね。」
「な、なんで私の部屋に……!」
「決まっているだろう。興味が湧いたからだ。」
近づく魔王。私の腕を取る手が熱い。
逃げなきゃ、そう思うのに、体が動かない。
深い瞳に絡め取られるように――
その夜、私は抵抗する間もなく、魔王に抱きすくめられた。
翌朝、私は頭を抱えていた。昨夜の出来事が、まるで夢のように脳裏をよぎる。
けれど、ベッドの乱れたシーツと、肌に残る温もりが現実を物語っていた。
「……やっちゃった……。」
ドアを開けると、廊下で待っていた三人が一斉にこちらを見た。
顔が赤い。視線が妙に泳いでいる。
「……昨夜……すごかったですね……。」とユリエルが小声で言った。
「声、聞こえちゃって……。」とリッドが耳まで真っ赤にする。
「……まさか、俺たち以外の……?」とガルドが拳を握りしめる。
「ちょ、ちょっと待って!!違うの!誤解だから!」
「誤解……ですか?」
「その……相手は……魔王だったの!!!」
「……えええええ!?!?!?!?」
三人の絶叫が宿中に響いた。私は必死に昨夜のことを説明する。
「罠だったとか、隙を突かれたとか……でも、でも、確かに……その……!」
「……まさか勇者様が、魔王と……。」
「ちょっと待ってよ!私だって、こんなことになるとは思わなかったんだから!!」
混乱する三人を前に、私は深呼吸をした。胸の奥に、熱いものがこみ上げてくる。
「……いい?このままじゃダメだと思うの。誤解を解くためにも、私……魔王を倒す!」
「リサラ様……!」
「……わかりました。ならば俺たちも全力で。」
「よし、次は魔王討伐だな!」
三人の瞳が真剣な光を宿す。私も剣を握りしめた。昨夜の記憶を振り払い、強く決意する。
「行くわよ、みんな。打倒、魔王!」
「「「おおっ!!」」」
こうして、一行は新たな決意を胸に、魔王城を目指す旅へと歩みを進めた。胸の奥が痛むような、くすぐったいような感覚を抱えながら――。