第一章:オルヴェインの村
ー/ーヴェルトミアを発って二日目。
山脈の影が濃く落ちる峠道を越えると、不意に視界がひらけ、切り立った岩壁に抱かれた小さな盆地が現れた。
そこに寄り添うように築かれた村――オルヴェインがあった。

「オル」は谷間を、「ヴェイン」は鉱脈や水脈を意味する。名の通り、この地は厳しい環境にありながらも地下水と特定の鉱石資源に恵まれている。工夫さえすれば生きていける土地だった。
馬車の車輪は大石に乗り上げるたび軋みを上げ、その振動がアリナの細い肩を揺らした。コアを酷使した直後の旅路は、彼女にはあまりに過酷だった。瞼の裏に鈍痛がのぼり、息を吸うたび胸の奥がきゅうと縮む。
リグは彼女の疲弊を察していた。
(……本来なら白き沼で体力を戻させるべきだった)
だが、それは叶わない。封印騎士団がアリナの失踪を知れば、捜索の手は真っ先に沼に向かう。迷っている時間などなかった。
(あいつなら……アリナの異常な共鳴の理由を、何か掴めるかもしれない)
古き知己――黒羽の知者、オルネス博士。
その名が胸の奥で静かに響く。巻き込むべきではないと分かっている。それでも、選ぶべき道はもはや一つしかなかった。
盆地の入口の石橋を渡ると、村人たちの視線がすぐさま二人に吸い寄せられた。
こうした土地では、外からの旅人は脅威にも救いにもなり得る。好奇と警戒と期待が入り混じった空気が、静かに二人を包み込んだ。
「……新しい、巫女様か?」
「そうだ、代わりの巫女に違いない」
囁きは細い糸のように村に広がり、途端に数人の村人が縋るような表情で近づいてきた。
リグは反射的にアリナの前へ出る。彼女の肩がわずかに震えているのが、掌越しに伝わる。
「違う。この娘は巫女ではない」
きっぱりと告げたが、その声色にはかすかな自嘲があった。
(……もう巫女ではない。彼女自身がその重荷を降ろしたのだ)
ざわめきが波紋のように村へ広がる。
その中心で、年配の女性が肩を落としながら口を開いた。
「……なんだ。巫女様なら、また村も前みたいに……と思ったがね」
その表情には、失望よりも“疲れ”の色が濃かった。
「この村はね、巫女様を失ってから、いろいろ不便になったよ。水も鉱石もあるけれど……あの頃の豊かさは、もう戻らないねぇ」
横にいた若い男がつぶやく。
「不便どころか、暮らし向きは前よりずっと悪い。代わりの巫女が来ても、何も変わっちゃいねぇんだ」
男の瞳には“期待しないことで自分を守る”そんな陰が落ちていた。
リグは無言で彼らの想いを受け止めるしかなかった。巫女はただ信仰の象徴ではない。彼女たちは、村の生存と直結している。“あの力”なしで立ち行く村は少ない。
離れた場所では、子どもたちが古い祠の前に跪き、小さな手を合わせていた。
「……巫女様が、幸せでありますように」
透明な声が霧へと消えていく。願いは純粋で、残酷なほど美しかった。
(……これが、巫女を失った村の姿か)
胸の奥で古傷が疼くように痛む。
(あの賊の噂……巫女を攫っていたとは。何の目的で……?)
思考は暗い淵へと沈んでいく。
◆
「……リグ」
アリナの細い声が、意識を引き戻した。振り返ると、彼女は今にも倒れそうに揺れていた。
「少し休もう」
言葉より早く、リグは彼女の肩を支えていた。広場の端に置かれた木製の長椅子へとそっと導く。
アリナは座ると、両手を膝の上でぎゅっと握りしめた。顔色は青白く、その瞳の奥では何かが静かに崩れ落ちていた。
「何か食べて力をつけろ。何か買ってくる」
そう言い残してリグが去ると、周囲のざわめきが急に遠のいたように感じた。
アリナは空を見上げる。盆地の空は狭く、逃げ場のない想いが胸の内に溜まっていく。
(……オルマヴィンは、今どうなっているの……?)
自分を慕ってくれた人々。笑顔で手を振ってくれた子どもたち。
全部裏切ったのではないか――そんな思いが刃のように胸を刺す。
(村の幸せだけを願い、道具として……村に留まればよかったの?)
自問は止まらない。後悔と葛藤が絡み合い、心の底で泥のように沈殿する。
そこへ――暖かな影が落ちた。
リグが小さな包みを手に戻ってきた。
「これなら、腹に優しいだろう」
差し出されたのは、雑穀で作られた素朴なフラットブレッドに干し肉とチーズを挟んだ簡素なサンド。
アリナはためらった。
残してきた村の姿が脳裏をかすめる。罪悪感が喉を塞ぐ。
しかし、リグの手を、拒むことが出来なかった。
おずおずとひとかじりした。
少し固い。素朴な塩気。チーズのかすかなコク。それが、空っぽの体に染みていく。
「……美味しい」
その言葉は、小さくても確かな救いだった。
リグはその笑みを見て、胸の奥底でほっと息をついた。
(……無理をさせすぎたな。すまない、アリナ)
◆
小休憩を終え、二人は村はずれの古い道へ足を踏み入れた。
向かう先は――山裾の、さらに奥。人の視線から逃れるように存在する隠された里だ。
道は細く、両脇には黒々とした木々が寄り添うように立ち並び、風が通るたびに枝葉が低く鳴く。霧が地面を這い、足首にまとわりつくようだ。
その奥に、やがて古びた石垣と苔むした屋根が、霧の向こうからゆっくりと姿を現した。
――オルネス博士の住処だ。
ひっそりとした佇まいなのに、どこか“世界の継ぎ目”のような静謐さがある。
リグは足を止め、深く息を吸った。
冷たい空気が肺を満たす。
(——博士。また、世話になる)
山脈の影が濃く落ちる峠道を越えると、不意に視界がひらけ、切り立った岩壁に抱かれた小さな盆地が現れた。
そこに寄り添うように築かれた村――オルヴェインがあった。

「オル」は谷間を、「ヴェイン」は鉱脈や水脈を意味する。名の通り、この地は厳しい環境にありながらも地下水と特定の鉱石資源に恵まれている。工夫さえすれば生きていける土地だった。
馬車の車輪は大石に乗り上げるたび軋みを上げ、その振動がアリナの細い肩を揺らした。コアを酷使した直後の旅路は、彼女にはあまりに過酷だった。瞼の裏に鈍痛がのぼり、息を吸うたび胸の奥がきゅうと縮む。
リグは彼女の疲弊を察していた。
(……本来なら白き沼で体力を戻させるべきだった)
だが、それは叶わない。封印騎士団がアリナの失踪を知れば、捜索の手は真っ先に沼に向かう。迷っている時間などなかった。
(あいつなら……アリナの異常な共鳴の理由を、何か掴めるかもしれない)
古き知己――黒羽の知者、オルネス博士。
その名が胸の奥で静かに響く。巻き込むべきではないと分かっている。それでも、選ぶべき道はもはや一つしかなかった。
盆地の入口の石橋を渡ると、村人たちの視線がすぐさま二人に吸い寄せられた。
こうした土地では、外からの旅人は脅威にも救いにもなり得る。好奇と警戒と期待が入り混じった空気が、静かに二人を包み込んだ。
「……新しい、巫女様か?」
「そうだ、代わりの巫女に違いない」
囁きは細い糸のように村に広がり、途端に数人の村人が縋るような表情で近づいてきた。
リグは反射的にアリナの前へ出る。彼女の肩がわずかに震えているのが、掌越しに伝わる。
「違う。この娘は巫女ではない」
きっぱりと告げたが、その声色にはかすかな自嘲があった。
(……もう巫女ではない。彼女自身がその重荷を降ろしたのだ)
ざわめきが波紋のように村へ広がる。
その中心で、年配の女性が肩を落としながら口を開いた。
「……なんだ。巫女様なら、また村も前みたいに……と思ったがね」
その表情には、失望よりも“疲れ”の色が濃かった。
「この村はね、巫女様を失ってから、いろいろ不便になったよ。水も鉱石もあるけれど……あの頃の豊かさは、もう戻らないねぇ」
横にいた若い男がつぶやく。
「不便どころか、暮らし向きは前よりずっと悪い。代わりの巫女が来ても、何も変わっちゃいねぇんだ」
男の瞳には“期待しないことで自分を守る”そんな陰が落ちていた。
リグは無言で彼らの想いを受け止めるしかなかった。巫女はただ信仰の象徴ではない。彼女たちは、村の生存と直結している。“あの力”なしで立ち行く村は少ない。
離れた場所では、子どもたちが古い祠の前に跪き、小さな手を合わせていた。
「……巫女様が、幸せでありますように」
透明な声が霧へと消えていく。願いは純粋で、残酷なほど美しかった。
(……これが、巫女を失った村の姿か)
胸の奥で古傷が疼くように痛む。
(あの賊の噂……巫女を攫っていたとは。何の目的で……?)
思考は暗い淵へと沈んでいく。
◆
「……リグ」
アリナの細い声が、意識を引き戻した。振り返ると、彼女は今にも倒れそうに揺れていた。
「少し休もう」
言葉より早く、リグは彼女の肩を支えていた。広場の端に置かれた木製の長椅子へとそっと導く。
アリナは座ると、両手を膝の上でぎゅっと握りしめた。顔色は青白く、その瞳の奥では何かが静かに崩れ落ちていた。
「何か食べて力をつけろ。何か買ってくる」
そう言い残してリグが去ると、周囲のざわめきが急に遠のいたように感じた。
アリナは空を見上げる。盆地の空は狭く、逃げ場のない想いが胸の内に溜まっていく。
(……オルマヴィンは、今どうなっているの……?)
自分を慕ってくれた人々。笑顔で手を振ってくれた子どもたち。
全部裏切ったのではないか――そんな思いが刃のように胸を刺す。
(村の幸せだけを願い、道具として……村に留まればよかったの?)
自問は止まらない。後悔と葛藤が絡み合い、心の底で泥のように沈殿する。
そこへ――暖かな影が落ちた。
リグが小さな包みを手に戻ってきた。
「これなら、腹に優しいだろう」
差し出されたのは、雑穀で作られた素朴なフラットブレッドに干し肉とチーズを挟んだ簡素なサンド。
アリナはためらった。
残してきた村の姿が脳裏をかすめる。罪悪感が喉を塞ぐ。
しかし、リグの手を、拒むことが出来なかった。
おずおずとひとかじりした。
少し固い。素朴な塩気。チーズのかすかなコク。それが、空っぽの体に染みていく。
「……美味しい」
その言葉は、小さくても確かな救いだった。
リグはその笑みを見て、胸の奥底でほっと息をついた。
(……無理をさせすぎたな。すまない、アリナ)
◆
小休憩を終え、二人は村はずれの古い道へ足を踏み入れた。
向かう先は――山裾の、さらに奥。人の視線から逃れるように存在する隠された里だ。
道は細く、両脇には黒々とした木々が寄り添うように立ち並び、風が通るたびに枝葉が低く鳴く。霧が地面を這い、足首にまとわりつくようだ。
その奥に、やがて古びた石垣と苔むした屋根が、霧の向こうからゆっくりと姿を現した。
――オルネス博士の住処だ。
ひっそりとした佇まいなのに、どこか“世界の継ぎ目”のような静謐さがある。
リグは足を止め、深く息を吸った。
冷たい空気が肺を満たす。
(——博士。また、世話になる)
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ヴェルトミアを発って二日目。
山脈の影が濃く落ちる峠道を越えると、不意に視界がひらけ、切り立った岩壁に抱かれた小さな盆地が現れた。
そこに寄り添うように築かれた村――オルヴェインがあった。
山脈の影が濃く落ちる峠道を越えると、不意に視界がひらけ、切り立った岩壁に抱かれた小さな盆地が現れた。
そこに寄り添うように築かれた村――オルヴェインがあった。
「オル」は谷間を、「ヴェイン」は鉱脈や水脈を意味する。名の通り、この地は厳しい環境にありながらも地下水と特定の鉱石資源に恵まれている。工夫さえすれば生きていける土地だった。
馬車の車輪は大石に乗り上げるたび軋みを上げ、その振動がアリナの細い肩を揺らした。コアを酷使した直後の旅路は、彼女にはあまりに過酷だった。瞼の裏に鈍痛がのぼり、息を吸うたび胸の奥がきゅうと縮む。
リグは彼女の疲弊を察していた。
(……本来なら白き沼で体力を戻させるべきだった)
だが、それは叶わない。封印騎士団がアリナの失踪を知れば、捜索の手は真っ先に沼に向かう。迷っている時間などなかった。
(あいつなら……アリナの異常な共鳴の理由を、何か掴めるかもしれない)
古き知己――黒羽の知者、オルネス博士。
その名が胸の奥で静かに響く。巻き込むべきではないと分かっている。それでも、選ぶべき道はもはや一つしかなかった。
(……本来なら白き沼で体力を戻させるべきだった)
だが、それは叶わない。封印騎士団がアリナの失踪を知れば、捜索の手は真っ先に沼に向かう。迷っている時間などなかった。
(あいつなら……アリナの異常な共鳴の理由を、何か掴めるかもしれない)
古き知己――黒羽の知者、オルネス博士。
その名が胸の奥で静かに響く。巻き込むべきではないと分かっている。それでも、選ぶべき道はもはや一つしかなかった。
盆地の入口の石橋を渡ると、村人たちの視線がすぐさま二人に吸い寄せられた。
こうした土地では、外からの旅人は脅威にも救いにもなり得る。好奇と警戒と期待が入り混じった空気が、静かに二人を包み込んだ。
こうした土地では、外からの旅人は脅威にも救いにもなり得る。好奇と警戒と期待が入り混じった空気が、静かに二人を包み込んだ。
「……新しい、巫女様か?」
「そうだ、代わりの巫女に違いない」
「そうだ、代わりの巫女に違いない」
囁きは細い糸のように村に広がり、途端に数人の村人が縋るような表情で近づいてきた。
リグは反射的にアリナの前へ出る。彼女の肩がわずかに震えているのが、掌越しに伝わる。
リグは反射的にアリナの前へ出る。彼女の肩がわずかに震えているのが、掌越しに伝わる。
「違う。この娘は巫女ではない」
きっぱりと告げたが、その声色にはかすかな自嘲があった。
(……もう巫女ではない。彼女自身がその重荷を降ろしたのだ)
きっぱりと告げたが、その声色にはかすかな自嘲があった。
(……もう巫女ではない。彼女自身がその重荷を降ろしたのだ)
ざわめきが波紋のように村へ広がる。
その中心で、年配の女性が肩を落としながら口を開いた。
その中心で、年配の女性が肩を落としながら口を開いた。
「……なんだ。巫女様なら、また村も前みたいに……と思ったがね」
その表情には、失望よりも“疲れ”の色が濃かった。
「この村はね、巫女様を失ってから、いろいろ不便になったよ。水も鉱石もあるけれど……あの頃の豊かさは、もう戻らないねぇ」
「この村はね、巫女様を失ってから、いろいろ不便になったよ。水も鉱石もあるけれど……あの頃の豊かさは、もう戻らないねぇ」
横にいた若い男がつぶやく。
「不便どころか、暮らし向きは前よりずっと悪い。代わりの巫女が来ても、何も変わっちゃいねぇんだ」
「不便どころか、暮らし向きは前よりずっと悪い。代わりの巫女が来ても、何も変わっちゃいねぇんだ」
男の瞳には“期待しないことで自分を守る”そんな陰が落ちていた。
リグは無言で彼らの想いを受け止めるしかなかった。巫女はただ信仰の象徴ではない。彼女たちは、村の生存と直結している。“あの力”なしで立ち行く村は少ない。
リグは無言で彼らの想いを受け止めるしかなかった。巫女はただ信仰の象徴ではない。彼女たちは、村の生存と直結している。“あの力”なしで立ち行く村は少ない。
離れた場所では、子どもたちが古い祠の前に跪き、小さな手を合わせていた。
「……巫女様が、幸せでありますように」
透明な声が霧へと消えていく。願いは純粋で、残酷なほど美しかった。
「……巫女様が、幸せでありますように」
透明な声が霧へと消えていく。願いは純粋で、残酷なほど美しかった。
(……これが、巫女を失った村の姿か)
胸の奥で古傷が疼くように痛む。
(あの賊の噂……巫女を攫っていたとは。何の目的で……?)
思考は暗い淵へと沈んでいく。
胸の奥で古傷が疼くように痛む。
(あの賊の噂……巫女を攫っていたとは。何の目的で……?)
思考は暗い淵へと沈んでいく。
◆
「……リグ」
アリナの細い声が、意識を引き戻した。振り返ると、彼女は今にも倒れそうに揺れていた。
アリナの細い声が、意識を引き戻した。振り返ると、彼女は今にも倒れそうに揺れていた。
「少し休もう」
言葉より早く、リグは彼女の肩を支えていた。広場の端に置かれた木製の長椅子へとそっと導く。
アリナは座ると、両手を膝の上でぎゅっと握りしめた。顔色は青白く、その瞳の奥では何かが静かに崩れ落ちていた。
言葉より早く、リグは彼女の肩を支えていた。広場の端に置かれた木製の長椅子へとそっと導く。
アリナは座ると、両手を膝の上でぎゅっと握りしめた。顔色は青白く、その瞳の奥では何かが静かに崩れ落ちていた。
「何か食べて力をつけろ。何か買ってくる」
そう言い残してリグが去ると、周囲のざわめきが急に遠のいたように感じた。
そう言い残してリグが去ると、周囲のざわめきが急に遠のいたように感じた。
アリナは空を見上げる。盆地の空は狭く、逃げ場のない想いが胸の内に溜まっていく。
(……オルマヴィンは、今どうなっているの……?)
自分を慕ってくれた人々。笑顔で手を振ってくれた子どもたち。
全部裏切ったのではないか――そんな思いが刃のように胸を刺す。
(……オルマヴィンは、今どうなっているの……?)
自分を慕ってくれた人々。笑顔で手を振ってくれた子どもたち。
全部裏切ったのではないか――そんな思いが刃のように胸を刺す。
(村の幸せだけを願い、道具として……村に留まればよかったの?)
自問は止まらない。後悔と葛藤が絡み合い、心の底で泥のように沈殿する。
自問は止まらない。後悔と葛藤が絡み合い、心の底で泥のように沈殿する。
そこへ――暖かな影が落ちた。
リグが小さな包みを手に戻ってきた。
「これなら、腹に優しいだろう」
リグが小さな包みを手に戻ってきた。
「これなら、腹に優しいだろう」
差し出されたのは、雑穀で作られた素朴なフラットブレッドに干し肉とチーズを挟んだ簡素なサンド。
アリナはためらった。
残してきた村の姿が脳裏をかすめる。罪悪感が喉を塞ぐ。
しかし、リグの手を、拒むことが出来なかった。
残してきた村の姿が脳裏をかすめる。罪悪感が喉を塞ぐ。
しかし、リグの手を、拒むことが出来なかった。
おずおずとひとかじりした。
少し固い。素朴な塩気。チーズのかすかなコク。それが、空っぽの体に染みていく。
「……美味しい」
その言葉は、小さくても確かな救いだった。
少し固い。素朴な塩気。チーズのかすかなコク。それが、空っぽの体に染みていく。
「……美味しい」
その言葉は、小さくても確かな救いだった。
リグはその笑みを見て、胸の奥底でほっと息をついた。
(……無理をさせすぎたな。すまない、アリナ)
(……無理をさせすぎたな。すまない、アリナ)
◆
小休憩を終え、二人は村はずれの古い道へ足を踏み入れた。
向かう先は――山裾の、さらに奥。人の視線から逃れるように存在する隠された里だ。
向かう先は――山裾の、さらに奥。人の視線から逃れるように存在する隠された里だ。
道は細く、両脇には黒々とした木々が寄り添うように立ち並び、風が通るたびに枝葉が低く鳴く。霧が地面を這い、足首にまとわりつくようだ。
その奥に、やがて古びた石垣と苔むした屋根が、霧の向こうからゆっくりと姿を現した。
その奥に、やがて古びた石垣と苔むした屋根が、霧の向こうからゆっくりと姿を現した。
――オルネス博士の住処だ。
ひっそりとした佇まいなのに、どこか“世界の継ぎ目”のような静謐さがある。
ひっそりとした佇まいなのに、どこか“世界の継ぎ目”のような静謐さがある。
リグは足を止め、深く息を吸った。
冷たい空気が肺を満たす。
(——博士。また、世話になる)
冷たい空気が肺を満たす。
(——博士。また、世話になる)