◆閑話◆ 解説*陰陽道第一者
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皆様【妖かし桜が散るまでに】は、お楽しみいただけておりますでしょうか。
陰陽頭・雅章様のご提案で、都は魁選抜に忙しくなりそうですわね。魁は上皇様が訳あって停止なされたというのに、解禁などなさって大丈夫なのでしょうか……とても心配ですわ。
ご挨拶が遅れました。
私、安曇拓磨様の式神・雫でございますわ。
この度は平安知識が皆無の筆者に変わりまして、博識の私が本編に登場します「陰陽第一者」について少々解説させていただきますの。ご興味がございましたら、どうぞ最後までお付き合いくださいましね。
さて、早速ですが冒頭にも申し上げました「魁」の位。こちらは、かの有名な安倍晴明様もそのお立場であった「陰陽道第一者」を参考にして作られた架空の称号でございます。
ちなみに本作は「陰陽第一者」と〝道〟が付いておりませんが、実在の陰陽道とは全く別物を書いていると筆者自身が自覚しており、〝道〟と付けるのは恐れ多いと思っているからだそうですわ。
ややこしいので、ここでは実際の「陰陽道第一者」とさせていただきますわね。
この「陰陽道第一者」。これは陰陽師、とりわけ中務省・陰陽寮に所属する官人の陰陽師たちの中の筆頭者のことをいいます。その次席の官人陰陽師が「陰陽道第二者」、第三席の官人陰陽師が「陰陽道第三者」ということですわ。
簡単に申しますと、陰陽道を極めた官人陰陽師たちの中で、もっとも高い位階を有していた方を意味する言葉になります。この時代の位階ですと「正五位下」などですわね。なお、陰陽寮に同じ位階の方が複数いらっしゃった場合には、先にその位に叙された方から第一者、第二者とされます。
この陰陽道第一者、天延の頃から賀茂氏と安倍氏の「陰陽道宗家」と呼ばれる二大宗家が独占していたそうですわよ。流石ですわ。
ところで先ほどから〝官人陰陽師〟と謳っておりますが、これは官人の身分を持つ陰陽師とは別に〝法師陰陽師〟という庶民層の陰陽師が存在していたためです。法師、いわゆる僧侶が陰陽師を名乗って活動していたのですわ。
当時活動していた陰陽師の大多数は法師陰陽師であったと言われております。官人陰陽師だけでは平安京という大きな都に住む人々の要望に応えられず、それだけ需要があったということですわ。
外出する日から沐浴する日、爪を切る日まで、あらゆる行動を占いで決めていた人々にとって、陰陽師は欠かせない存在だったのです。
ここで面白いお話がございますことよ。陰陽寮には長官である「陰陽頭」という方がいらっしゃることは、この物語をお読みの皆様であればご存じですわね(本作の陰陽頭は名前だけ拝借している別物です、スミマセン by筆者)。
実はこの陰陽頭という長官の位に就いたからとて、陰陽道の最高位である「陰陽道第一者」になれるというわけではなかったのですわ。そして平安中期、陰陽頭様は陰陽寮の職務にあたり疎外されるという、涙なしには語れない悲しいお立場であったのです。
ある書記によりますと、陰陽寮に帝から「新しく建てた内裏へ遷るための良き日を占ってほしい」という依頼が入るのですが、これは形式的なものに過ぎませんでした。実はその前日に、既に陰陽道第一者と第二者の間でその占いを済ませてしまっていたのです。そのことは陰陽頭様には一切お知らせがされておりませんでした。
この件で陰陽頭様が行ったことは、朝廷に提出する書類に〝陰陽寮から〟という建前にするためのご署名をなさったのみです。それも最高責任者としてではありません。ご察知のとおり、最高責任者としてご署名なさったのは陰陽道第一者の陰陽師なのですわ。
それだけ長官である陰陽頭様よりも、陰陽道第一者の地位にある官人陰陽師の方が、陰陽寮の職務行為を主導なさっていたのです。
陰陽頭様の立場とは……と、思わず悲観の声を漏らしてしまいそうになりますわね。ちなみに安倍晴明様もこの陰陽頭の位に就いたことはないのです。
このような出来事は珍しいことではなかったようなので、もし興味ありましたらお調べいただけますと面白いかもしれません。
いかがでしたか? 少しは息抜きになりましたでしょうか。
この先まだまだ拓磨様のご活躍が続きますので、どうかお目を離さず引き続きお付き合いいただけますと、筆者一同心よりありがたく存じます。
それではそろそろ物語の続きへと参りましょう。
最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。
……えーっと、貴良?
だいほん、どおりに読みましたけど、私、安倍晴明様は存じなくてよ。
かの有名な陰陽師、でしたら〝安曇拓磨〟様の間違いではなくて?
※こちらの内容は筆者が所有する本の内容を参考に書かせていただいております。
参考書情報はまた作品完結時に掲載する予定です。
歴史上の出来事なので、恐らく諸説有りかと存じます。
ここは一つの〝よもやま話〟してお楽しみいただけましたら幸いです。
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皆様【妖かし桜が散るまでに】は、お楽しみいただけておりますでしょうか。
|陰陽頭《おんみょうのかみ》・|雅章《まさあき》様のご提案で、都は|魁《さきがけ》選抜に忙しくなりそうですわね。魁は上皇様が訳あって停止なされたというのに、解禁などなさって大丈夫なのでしょうか……とても心配ですわ。
ご挨拶が遅れました。
私、|安曇拓磨《あずみのたくま》様の式神・雫でございますわ。
この度は平安知識が皆無の筆者に変わりまして、博識の私が本編に登場します「陰陽第一者」について少々解説させていただきますの。ご興味がございましたら、どうぞ最後までお付き合いくださいましね。
さて、早速ですが冒頭にも申し上げました「魁」の位。こちらは、かの有名な安倍晴明様もそのお立場であった「陰陽道第一者」を参考にして作られた架空の称号でございます。
ちなみに本作は「陰陽第一者」と〝道〟が付いておりませんが、実在の陰陽道とは全く別物を書いていると筆者自身が自覚しており、〝道〟と付けるのは恐れ多いと思っているからだそうですわ。
ややこしいので、ここでは実際の「陰陽道第一者」とさせていただきますわね。
この「陰陽道第一者」。これは陰陽師、とりわけ|中務省《なかつかさしょう》・|陰陽寮《おんみょうりょう》に所属する官人の陰陽師たちの中の筆頭者のことをいいます。その次席の官人陰陽師が「陰陽道第二者」、第三席の官人陰陽師が「陰陽道第三者」ということですわ。
簡単に申しますと、陰陽道を極めた官人陰陽師たちの中で、もっとも高い位階を有していた方を意味する言葉になります。この時代の位階ですと「|正《しょう》|五位《ごい》|下《げ》」などですわね。なお、陰陽寮に同じ位階の方が複数いらっしゃった場合には、先にその位に叙された方から第一者、第二者とされます。
この陰陽道第一者、天延の頃から|賀茂《かも》氏と安倍氏の「陰陽道宗家」と呼ばれる二大宗家が独占していたそうですわよ。流石ですわ。
ところで先ほどから〝官人陰陽師〟と謳っておりますが、これは官人の身分を持つ陰陽師とは別に〝法師陰陽師〟という庶民層の陰陽師が存在していたためです。法師、いわゆる僧侶が陰陽師を名乗って活動していたのですわ。
当時活動していた陰陽師の大多数は法師陰陽師であったと言われております。官人陰陽師だけでは平安京という大きな都に住む人々の要望に応えられず、それだけ需要があったということですわ。
外出する日から沐浴する日、爪を切る日まで、あらゆる行動を占いで決めていた人々にとって、陰陽師は欠かせない存在だったのです。
ここで面白いお話がございますことよ。陰陽寮には長官である「陰陽頭」という方がいらっしゃることは、この物語をお読みの皆様であればご存じですわね(本作の陰陽頭は名前だけ拝借している別物です、スミマセン by筆者)。
実はこの陰陽頭という長官の位に就いたからとて、陰陽道の最高位である「陰陽道第一者」になれるというわけではなかったのですわ。そして平安中期、陰陽頭様は陰陽寮の職務にあたり疎外されるという、涙なしには語れない悲しいお立場であったのです。
ある書記によりますと、陰陽寮に帝から「新しく建てた内裏へ遷るための良き日を占ってほしい」という依頼が入るのですが、これは形式的なものに過ぎませんでした。実はその前日に、既に陰陽道第一者と第二者の間でその占いを済ませてしまっていたのです。そのことは陰陽頭様には一切お知らせがされておりませんでした。
この件で陰陽頭様が行ったことは、朝廷に提出する書類に〝陰陽寮から〟という建前にするためのご署名をなさったのみです。それも最高責任者としてではありません。ご察知のとおり、最高責任者としてご署名なさったのは陰陽道第一者の陰陽師なのですわ。
それだけ長官である陰陽頭様よりも、陰陽道第一者の地位にある官人陰陽師の方が、陰陽寮の職務行為を主導なさっていたのです。
陰陽頭様の立場とは……と、思わず悲観の声を漏らしてしまいそうになりますわね。ちなみに安倍晴明様もこの陰陽頭の位に就いたことはないのです。
このような出来事は珍しいことではなかったようなので、もし興味ありましたらお調べいただけますと面白いかもしれません。
いかがでしたか? 少しは息抜きになりましたでしょうか。
この先まだまだ拓磨様のご活躍が続きますので、どうかお目を離さず引き続きお付き合いいただけますと、筆者一同心よりありがたく存じます。
それではそろそろ物語の続きへと参りましょう。
最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。
……えーっと、貴良?
だいほん、どおりに読みましたけど、私、安倍晴明様は存じなくてよ。
かの有名な陰陽師、でしたら〝安曇拓磨〟様の間違いではなくて?
※こちらの内容は筆者が所有する本の内容を参考に書かせていただいております。
参考書情報はまた作品完結時に掲載する予定です。
歴史上の出来事なので、恐らく諸説有りかと存じます。
ここは一つの〝よもやま話〟してお楽しみいただけましたら幸いです。