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ー/ー



「ご苦労だったな」

 友康の肩を、石黒刑事課長が叩いた。

「しかし、マル害の死亡時刻にギターを弾きに現れるなんざ、鎮魂歌(レクイエム)のつもりかねえ」

 石黒は、刑事二人に両脇を固められた林田の背中を見送りながら、ある種の感慨を抱いたように言った。

 林田の促された方向にはパトカーが待ち受けている。

「あの曲のタイトルは『贖罪』ではなく、本当は『僕らの明日(みらい)』だそうです。二人がユニット結成当時にできた代表曲で、作詞は中村、作曲は林田だとファンの話を聞くことができました」

 林田は中村との口論の末、偶然に近い状態で階段から突き落としたのだろう。恐らく、ほとんど殺意と呼べるものを抱いていなかったはずだ。

「林田は、俺と同じなんです。形こそ違えど、俺だって友人を殺しているんです」

 友康のたった一言が、秀彦を死に至らしめた。

 言葉は容赦なく人を殺す。『死ね』なんて本気で吐いていい台詞ではないことくらい知っている。

 だが、互いに罪を犯してしまったことに違いはない。

 パトカーに乗せられる林田は、呆然としていて意志というものが欠落してしまっているように見えた。

「あそこに乗っているのだって、俺自身だったのかも――」

「違うかもしれねえぞ」

 石黒は友康の言葉をねじ伏せた。

「俺は当時の捜査に関わっちゃいねえから確かなことは分からねえ。でもな、今、お前のダチは自殺じゃねえと確信したよ」

 友康は石黒の五十顔に目を見張った。

「だって、そうだろう。大事なギターをぶっ壊してまで死のうとするかい? 林田はギターを榎本に託しただろう。ギターを生かしたかったのさ。本当に心酔しきったやつなら相棒を殺しやしねえよ」

 林田から受け渡されたギターケースを持つ手に力がこもった。

「借金苦の人間が、賠償金請求の恐れがある踏切自殺を起こすかい? 親思いのいい息子が借金だけを残すかい? 酔っ払っちまって、知らず知らずのうちに線路の上で寝むっちまった。俺の見解は事故死だね」

『榎本は明日あいてるか?』

 秀彦の屈託のない笑い声。

 今から死のうとする人間が、果たして友康に接触を望むだろうか。

「憶測にすぎねえけど電話をかけてきたのは、榎本に相談したかったんじゃねえかな。お前がサツ官になったのを知っていたから、解決したかったのよ、そいつは」

『俺も世話になるよ、お巡りさん――』

 秀彦。

 本当の意味は、真意はそっちなのか?

 石黒は同情でもなく、慰めでもなく、ぶっきらぼうに継いだ。

「まあ、あくまで俺の意見だがね」

 秀彦――。

 友康はせり上がってくる熱いものをぐっと堪え、歩き出した石黒の背に声を投げた。

「課長、林田と会話する時間と演奏を許可して頂きまして、ありがとうございました!」

 石黒はおもむろに振り返り、はにかんだ表情を見せた。

「もし、来年の捜査専科講習で署長に推薦してやるって言ったら、お前どうする?」

 石黒は刑事にしてやると言っているのだ。迷う理由は何もなかった。

 即答した。

「もちろん、喜んで課長の足になります」

 死人に口なし。

 秀彦の死の真相は本人にしか知るよしもない。自殺か、事故死か。いずれにせよ、これからも友康が秀彦の死を背負ってゆくことに変わりはない。

 林田を乗せたパトカーが、音もなく赤色灯を点滅させ、遠ざかっていく。

 東の空が白み始め、朝日に消えていくイルミネーションと入れ替わるようにして輝く赤色灯は、なぜか、幼い頃に見たクリスマスツリーを彷彿させ、幾年ぶりに顔を覗かせたクリスマスの幕開けを思わせた。




みんなのリアクション

「ご苦労だったな」
 友康の肩を、石黒刑事課長が叩いた。
「しかし、マル害の死亡時刻にギターを弾きに現れるなんざ、|鎮魂歌《レクイエム》のつもりかねえ」
 石黒は、刑事二人に両脇を固められた林田の背中を見送りながら、ある種の感慨を抱いたように言った。
 林田の促された方向にはパトカーが待ち受けている。
「あの曲のタイトルは『贖罪』ではなく、本当は『僕らの|明日《みらい》』だそうです。二人がユニット結成当時にできた代表曲で、作詞は中村、作曲は林田だとファンの話を聞くことができました」
 林田は中村との口論の末、偶然に近い状態で階段から突き落としたのだろう。恐らく、ほとんど殺意と呼べるものを抱いていなかったはずだ。
「林田は、俺と同じなんです。形こそ違えど、俺だって友人を殺しているんです」
 友康のたった一言が、秀彦を死に至らしめた。
 言葉は容赦なく人を殺す。『死ね』なんて本気で吐いていい台詞ではないことくらい知っている。
 だが、互いに罪を犯してしまったことに違いはない。
 パトカーに乗せられる林田は、呆然としていて意志というものが欠落してしまっているように見えた。
「あそこに乗っているのだって、俺自身だったのかも――」
「違うかもしれねえぞ」
 石黒は友康の言葉をねじ伏せた。
「俺は当時の捜査に関わっちゃいねえから確かなことは分からねえ。でもな、今、お前のダチは自殺じゃねえと確信したよ」
 友康は石黒の五十顔に目を見張った。
「だって、そうだろう。大事なギターをぶっ壊してまで死のうとするかい? 林田はギターを榎本に託しただろう。ギターを生かしたかったのさ。本当に心酔しきったやつなら相棒を殺しやしねえよ」
 林田から受け渡されたギターケースを持つ手に力がこもった。
「借金苦の人間が、賠償金請求の恐れがある踏切自殺を起こすかい? 親思いのいい息子が借金だけを残すかい? 酔っ払っちまって、知らず知らずのうちに線路の上で寝むっちまった。俺の見解は事故死だね」
『榎本は明日あいてるか?』
 秀彦の屈託のない笑い声。
 今から死のうとする人間が、果たして友康に接触を望むだろうか。
「憶測にすぎねえけど電話をかけてきたのは、榎本に相談したかったんじゃねえかな。お前がサツ官になったのを知っていたから、解決したかったのよ、そいつは」
『俺も世話になるよ、お巡りさん――』
 秀彦。
 本当の意味は、真意はそっちなのか?
 石黒は同情でもなく、慰めでもなく、ぶっきらぼうに継いだ。
「まあ、あくまで俺の意見だがね」
 秀彦――。
 友康はせり上がってくる熱いものをぐっと堪え、歩き出した石黒の背に声を投げた。
「課長、林田と会話する時間と演奏を許可して頂きまして、ありがとうございました!」
 石黒はおもむろに振り返り、はにかんだ表情を見せた。
「もし、来年の捜査専科講習で署長に推薦してやるって言ったら、お前どうする?」
 石黒は刑事にしてやると言っているのだ。迷う理由は何もなかった。
 即答した。
「もちろん、喜んで課長の足になります」
 死人に口なし。
 秀彦の死の真相は本人にしか知るよしもない。自殺か、事故死か。いずれにせよ、これからも友康が秀彦の死を背負ってゆくことに変わりはない。
 林田を乗せたパトカーが、音もなく赤色灯を点滅させ、遠ざかっていく。
 東の空が白み始め、朝日に消えていくイルミネーションと入れ替わるようにして輝く赤色灯は、なぜか、幼い頃に見たクリスマスツリーを彷彿させ、幾年ぶりに顔を覗かせたクリスマスの幕開けを思わせた。


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