7 潰れた未来

ー/ー



 呆然としてロビーに立ち尽くす私。

(何かを決定的に間違えた。だからきっとこんな目に……)

 リクルートスーツに身を固めた本気で就職を望む人たちの中、ほんわかと推し活をしていたからバチが当たったのだろうか。
 自業自得だけれど、とてもつらい。

 だって……。

(烏丸さんは私の推しなのよおおおお)

 人目がなければ、きっと私、崩れ落ちてる。
 推しに会いに来て嫌われて追い出されるなんて。
 こんな不幸、他にある???
 身悶えしそうなほどの後悔に私は苛まれていた。

 推し活は大失敗。

 勇気をもらいたかっただけなのに。
 御尊顔を遠くから眺めたかっただけなのに。
 彼の声を収集したかっただけなのに。

(そうよ。声!)

 私は青ざめた。

(……スマホには、さっきの失態が録音されている……最悪だわ!!)

 一刻も早く削除せねばとアプリを立ち上げる。

「大丈夫ですか? 倉田ひかりさん」

 誰かに名前を呼ばれ、私はハッとして振り向いた。
 と、さっき外へ出るように促した男性と目が合った。
 なんだか楽しげに見えるのは気の所為だろうか。

「あっ。やっぱり。近くで見たら、そうだ。土手で叫んでたでしょ。あの時の子だ」
「あっ」

 瞬時に私も思い出す。

「元気なワンちゃんだね」

 そんな風に笑っていたデート中のイケメン。
 道理で既視感があると思ったんだ。

「なんだ。こんな所で会えるなんて、もしかして俺たち赤い糸で」

 イケメンの言葉を、大音量の別な声がかき消した。

「どんなに長生きしたところで人の寿命はたった100年。人生には限りがある。その時間を使って、何をする? 誰と会う? よく考えてほしい。そうしたらわかるはずだ。無駄な事に費やす時間など、一秒もないってことを」

 烏丸さんの声!
 録音アプリの削除ボタンと間違えて、再生を押してしまったらしい。
 それだけじゃない。

「なんて素敵な声なんだろ……」

 能天気な私の独り言まで入っている。

「え? もしかして君、怜が好きなの?」

 ポカン、とした表情でイケメンは言い、私は硬直した。
 好き、だなんて恐れおおいけれど、でもでも、推しということは、つまり、そういう事になるの!????

「……俺、人がリアルに赤くなるの、初めて見た」

 感心したようにそう言われ、私は羞恥心で泣きたくなってしまう。

「ごめんなさいっ。失礼しましたっ」

 獣と獣が命のやりとりを行う神聖な狩りの場。
 そこに物見遊山なレジャー客がお邪魔するなんて。

 きっと、何かを封じ込めた祠を壊してしまう、とか。
 式典でわざと大暴れして何等かの爪痕を残そうとする愚か者、とか。
 その罪に匹敵するほどのやらかしだった、と私は心から思い知る。

 頭をペコリと下げ、その場から立ち去った。

「あ、ちょっと、君!」

 イケメンの呼ぶ声が聞こえたけれど、当然振り返ることすら出来なかった。



 数時間前、私は推しに会うために、意気揚々と迎賓館に続く街路を歩いていた。
 その道を背中を半分に折り曲げながらトボトボと折り返している。

「あんた、死相がでておるぞ」

 突然誰かに声をかけられる。はっと目をやると、街路の隅に卓をかまえた占い師が私を見ていた。
 白髪の小柄な老人である。
 日焼けした顔に刻まれた笑い皺が、不穏なセリフとは裏腹に柔らかい。

「死相? 私、死ぬんですか!? 祠を壊した罰ですか!?」

 落ち込みきったハートにその言葉はクリーンヒット。
 私はすがりつくように占い師を見た。

「あ、失敬。死にかけの金魚みたいな顔、と言いたかったのじゃ。言葉のあや、じゃよ」
「良かった……」

 死にかけの金魚は気になるが、まあ、バチが当たるわけではないらしい。

「何か、悩んでいるようじゃの」

 占い師さんは神妙な顔でそう言った。

「はい」

 私は頷く。素直なのが私の長所だ。

「ちょうど暇での。あんたの未来を見てしんぜよう。無料でな」

 私の……未来。

「あなたの未来を潰してすみません」

 店長にもらった呪いのような言葉が頭に響きわたる。

「潰れたりなんてしないですよね……」

 私は半泣きでそう言いながら、そそくさと椅子に腰掛ける。実際干上がりそうなほど悩んでおり、誰かに気持ちを打ち明けたかった。

「……それはわからん。水晶のお告げ次第じゃな」

 占い師の目が左右に揺れる。

「ううっ」

 嘘でもいいから、大丈夫と言ってほしかった。




「なるほど。つまり衆人環視の中、馬鹿と連呼。無駄のテンプレートと名付けられ追い出された。と」
「おっしゃる通りです」
「最悪じゃの」
「ううっ」

 欲を言えば、些細な事じゃと笑い飛ばしてほしかった。
 でも現実は厳しい。

「しかしとんでもない社長じゃの。どこの会社かな?」
「それは伏せます……万が一、足を引っ張りたくはありませんので」
「わしならやられたら倍返ししてやるがの。SNSに書き込み大衆を扇動。株価を下げ、最終的にはそいつを社長の座から引きずりおろす」
「そんなつもりは全くありません……!」

 だって、烏丸さんは推しなんですっ!
 言えない言葉を私は飲み込む。
 やらかして嫌われたからと言って、自分に原因がある以上、どうして彼を憎めようか。
 それどころか……。

(今でも彼の幸せを祈ってます……もう2度とあいたくはないけれど)

 綺麗ごとに聞こえるだろうが、これが推し心理というものだ。
 ここまで洗脳されている私に復讐なんて思いつくわけがない。
 今の私が欲しているのは「過去なんて関係ない。大切なのは今、ここからだ」という都合のいい免罪符である。

(つまり、そう。烏丸語録……)

 その彼に嫌われた。

「うっ……ううううう」

 占い師の前だと言うのに、思わず悶絶してしまう私。
 しかし、いつまでも過去を悔いても仕方ない。
 私は必死に訴えた。

「私が知りたいのはこの先の未来です。こんな私にも明るい未来が、来るでしょうか」
「必死じゃの。とりあえず水晶に聞いてみるわな」

 占い師は、真剣な表情で大きな玉を覗き込む。そして、

「ん?」

 眉根に大きな皺を寄せる。

「ど、どうしたんですか? やっぱり死相が」
「いや、うむむ」

 占い師は不思議そうに私を見る。

「あんたの未来は見えんかった。これはな、わしとあんたが近しい存在の場合に起きる現象じゃ。不思議なものよの」

 何度も首を振りながら、占い師は水晶玉を覗き込む。

「ああ、無理じゃ。なんも見えん」

 匙を投げたようにそう言うと、視線を私に向け語り始める。

「やり方を変えよう。社長の顔を、ここに描きんさい」

 占い師さんはペンとノートを差し出した。

「絵、ですか? ごめんなさい、私、下手くそで……」
「彼の魂さえ見えりゃええ。下手でも手の赴くままに描いてみんさい」

 言われるがままに、かつての推しをサラサラと描く。

「これは……目つきの悪いブサイクな猫……?」
「ピューマです……あ、ごめんなさい。魂っておっしゃったから、そう見えた、と言いたくて」

 ギラついた目で、周りを追い詰めていく様子が、サバンナを駆ける野生動物に見えた私。
 人間をうまく描写できるほどの絵心がなく、ノーシンキングでメタファーの彼を描いてしまった。

「今すぐ描き直しますね!」

 すぐさま取り掛かった私の、ひょろ長いてるてる坊主にしか見えない彼を見た占い師は、ピューマの絵を手に取った。

「いや、これでよし」

 占い師は頷く。

「あんたをどん底に突き落としたこのブサイクな猫じゃがな」
「うわっ。違うんです!」

 推しに変なキャッチコピーをつけられるのは、信者としての矜持が許さない。

「本物は……すごく美しいんです! もう少し待ってください!」

 私は真剣な眼差しで付け焼き刃な似顔絵に取り掛かる。

「いや、本当に、これで十分。ピューマじゃの」

 占い師さんはよっぽど迷惑だったのか、かなりキツめに辞退した。

「無駄のテンプレートとあんたをなじったこの男は……そのうち間違いに気づくじゃろう」
「間違い、ですか?」

 私の未来を聞いたのに、何故か占い師は烏丸さんの未来を語る。

「無駄こそ、人生の宝じゃ。無駄があるからこそ人生は輝く。生存と生殖。それ以外の、意味のない楽しみに時間を使えるのが人間よ。あんたとの出会いはこの男にとって、大きな意味があったのかもしれんの」

 私と烏丸さんの出会いは無駄じゃなくて、ちゃんと、意味があったのかも……。

 胸の中が、ポワポワと温かくなっていく。

(そうか。私が欲しかったのはこういう言葉だわ……)

 占い師はきっと私の顔色を読み、欲しい言葉を探し当ててくれたのだろう。
 今じゃなくても、数年後でも。
 たった一度、会社説明会で会った私の事を、「ちょっと面白い女だったな」なんて思い出してくれたりしたら……。
「言い過ぎたな」なんて、反省してくれたら。
 つまり、記憶の片隅に私の事が残ってくれたら。
 推しとしては本望というか、今日の失態なんて秒で忘れられるかも。
 そんな現実、絶対ないってわかってる。でも、私がほしいのは、前を向ける物語だ。
 そう。
 現実なんてどうでもいい。
 全ての出来事は無駄じゃなかった、と私が思いこめさえすれば、私は未来へまた歩き出せる。

「ありがとうございます。今の言葉、響きました」

 私はもじもじしながらそう呟く。
 烏丸さんほどの威力ではないけれど、占い師の声や伝え方にも、人の心を動かす力を感じた。

「これから前向きに生きますねっ」

 ところが、占い師は無言である。
 顔を硬直させたまま不自然なほど動かない。

「占い師さん?」

 名前を呼ぶと同時にゴッという鈍い音がして、占い師が机に突っ伏した。

(えっ?)

 占い師の紙のように白い顔が目に入った。

「占い師さん!! しっかり!」

 焦りながらも小柄な体を起こす。
 占い師は荒い息を吐いていた。


次のエピソードへ進む 8 幻の再会


みんなのリアクション

 呆然としてロビーに立ち尽くす私。
(何かを決定的に間違えた。だからきっとこんな目に……)
 リクルートスーツに身を固めた本気で就職を望む人たちの中、ほんわかと推し活をしていたからバチが当たったのだろうか。
 自業自得だけれど、とてもつらい。
 だって……。
(烏丸さんは私の推しなのよおおおお)
 人目がなければ、きっと私、崩れ落ちてる。
 推しに会いに来て嫌われて追い出されるなんて。
 こんな不幸、他にある???
 身悶えしそうなほどの後悔に私は苛まれていた。
 推し活は大失敗。
 勇気をもらいたかっただけなのに。
 御尊顔を遠くから眺めたかっただけなのに。
 彼の声を収集したかっただけなのに。
(そうよ。声!)
 私は青ざめた。
(……スマホには、さっきの失態が録音されている……最悪だわ!!)
 一刻も早く削除せねばとアプリを立ち上げる。
「大丈夫ですか? 倉田ひかりさん」
 誰かに名前を呼ばれ、私はハッとして振り向いた。
 と、さっき外へ出るように促した男性と目が合った。
 なんだか楽しげに見えるのは気の所為だろうか。
「あっ。やっぱり。近くで見たら、そうだ。土手で叫んでたでしょ。あの時の子だ」
「あっ」
 瞬時に私も思い出す。
「元気なワンちゃんだね」
 そんな風に笑っていたデート中のイケメン。
 道理で既視感があると思ったんだ。
「なんだ。こんな所で会えるなんて、もしかして俺たち赤い糸で」
 イケメンの言葉を、大音量の別な声がかき消した。
「どんなに長生きしたところで人の寿命はたった100年。人生には限りがある。その時間を使って、何をする? 誰と会う? よく考えてほしい。そうしたらわかるはずだ。無駄な事に費やす時間など、一秒もないってことを」
 烏丸さんの声!
 録音アプリの削除ボタンと間違えて、再生を押してしまったらしい。
 それだけじゃない。
「なんて素敵な声なんだろ……」
 能天気な私の独り言まで入っている。
「え? もしかして君、怜が好きなの?」
 ポカン、とした表情でイケメンは言い、私は硬直した。
 好き、だなんて恐れおおいけれど、でもでも、推しということは、つまり、そういう事になるの!????
「……俺、人がリアルに赤くなるの、初めて見た」
 感心したようにそう言われ、私は羞恥心で泣きたくなってしまう。
「ごめんなさいっ。失礼しましたっ」
 獣と獣が命のやりとりを行う神聖な狩りの場。
 そこに物見遊山なレジャー客がお邪魔するなんて。
 きっと、何かを封じ込めた祠を壊してしまう、とか。
 式典でわざと大暴れして何等かの爪痕を残そうとする愚か者、とか。
 その罪に匹敵するほどのやらかしだった、と私は心から思い知る。
 頭をペコリと下げ、その場から立ち去った。
「あ、ちょっと、君!」
 イケメンの呼ぶ声が聞こえたけれど、当然振り返ることすら出来なかった。
 数時間前、私は推しに会うために、意気揚々と迎賓館に続く街路を歩いていた。
 その道を背中を半分に折り曲げながらトボトボと折り返している。
「あんた、死相がでておるぞ」
 突然誰かに声をかけられる。はっと目をやると、街路の隅に卓をかまえた占い師が私を見ていた。
 白髪の小柄な老人である。
 日焼けした顔に刻まれた笑い皺が、不穏なセリフとは裏腹に柔らかい。
「死相? 私、死ぬんですか!? 祠を壊した罰ですか!?」
 落ち込みきったハートにその言葉はクリーンヒット。
 私はすがりつくように占い師を見た。
「あ、失敬。死にかけの金魚みたいな顔、と言いたかったのじゃ。言葉のあや、じゃよ」
「良かった……」
 死にかけの金魚は気になるが、まあ、バチが当たるわけではないらしい。
「何か、悩んでいるようじゃの」
 占い師さんは神妙な顔でそう言った。
「はい」
 私は頷く。素直なのが私の長所だ。
「ちょうど暇での。あんたの未来を見てしんぜよう。無料でな」
 私の……未来。
「あなたの未来を潰してすみません」
 店長にもらった呪いのような言葉が頭に響きわたる。
「潰れたりなんてしないですよね……」
 私は半泣きでそう言いながら、そそくさと椅子に腰掛ける。実際干上がりそうなほど悩んでおり、誰かに気持ちを打ち明けたかった。
「……それはわからん。水晶のお告げ次第じゃな」
 占い師の目が左右に揺れる。
「ううっ」
 嘘でもいいから、大丈夫と言ってほしかった。
「なるほど。つまり衆人環視の中、馬鹿と連呼。無駄のテンプレートと名付けられ追い出された。と」
「おっしゃる通りです」
「最悪じゃの」
「ううっ」
 欲を言えば、些細な事じゃと笑い飛ばしてほしかった。
 でも現実は厳しい。
「しかしとんでもない社長じゃの。どこの会社かな?」
「それは伏せます……万が一、足を引っ張りたくはありませんので」
「わしならやられたら倍返ししてやるがの。SNSに書き込み大衆を扇動。株価を下げ、最終的にはそいつを社長の座から引きずりおろす」
「そんなつもりは全くありません……!」
 だって、烏丸さんは推しなんですっ!
 言えない言葉を私は飲み込む。
 やらかして嫌われたからと言って、自分に原因がある以上、どうして彼を憎めようか。
 それどころか……。
(今でも彼の幸せを祈ってます……もう2度とあいたくはないけれど)
 綺麗ごとに聞こえるだろうが、これが推し心理というものだ。
 ここまで洗脳されている私に復讐なんて思いつくわけがない。
 今の私が欲しているのは「過去なんて関係ない。大切なのは今、ここからだ」という都合のいい免罪符である。
(つまり、そう。烏丸語録……)
 その彼に嫌われた。
「うっ……ううううう」
 占い師の前だと言うのに、思わず悶絶してしまう私。
 しかし、いつまでも過去を悔いても仕方ない。
 私は必死に訴えた。
「私が知りたいのはこの先の未来です。こんな私にも明るい未来が、来るでしょうか」
「必死じゃの。とりあえず水晶に聞いてみるわな」
 占い師は、真剣な表情で大きな玉を覗き込む。そして、
「ん?」
 眉根に大きな皺を寄せる。
「ど、どうしたんですか? やっぱり死相が」
「いや、うむむ」
 占い師は不思議そうに私を見る。
「あんたの未来は見えんかった。これはな、わしとあんたが近しい存在の場合に起きる現象じゃ。不思議なものよの」
 何度も首を振りながら、占い師は水晶玉を覗き込む。
「ああ、無理じゃ。なんも見えん」
 匙を投げたようにそう言うと、視線を私に向け語り始める。
「やり方を変えよう。社長の顔を、ここに描きんさい」
 占い師さんはペンとノートを差し出した。
「絵、ですか? ごめんなさい、私、下手くそで……」
「彼の魂さえ見えりゃええ。下手でも手の赴くままに描いてみんさい」
 言われるがままに、かつての推しをサラサラと描く。
「これは……目つきの悪いブサイクな猫……?」
「ピューマです……あ、ごめんなさい。魂っておっしゃったから、そう見えた、と言いたくて」
 ギラついた目で、周りを追い詰めていく様子が、サバンナを駆ける野生動物に見えた私。
 人間をうまく描写できるほどの絵心がなく、ノーシンキングでメタファーの彼を描いてしまった。
「今すぐ描き直しますね!」
 すぐさま取り掛かった私の、ひょろ長いてるてる坊主にしか見えない彼を見た占い師は、ピューマの絵を手に取った。
「いや、これでよし」
 占い師は頷く。
「あんたをどん底に突き落としたこのブサイクな猫じゃがな」
「うわっ。違うんです!」
 推しに変なキャッチコピーをつけられるのは、信者としての矜持が許さない。
「本物は……すごく美しいんです! もう少し待ってください!」
 私は真剣な眼差しで付け焼き刃な似顔絵に取り掛かる。
「いや、本当に、これで十分。ピューマじゃの」
 占い師さんはよっぽど迷惑だったのか、かなりキツめに辞退した。
「無駄のテンプレートとあんたをなじったこの男は……そのうち間違いに気づくじゃろう」
「間違い、ですか?」
 私の未来を聞いたのに、何故か占い師は烏丸さんの未来を語る。
「無駄こそ、人生の宝じゃ。無駄があるからこそ人生は輝く。生存と生殖。それ以外の、意味のない楽しみに時間を使えるのが人間よ。あんたとの出会いはこの男にとって、大きな意味があったのかもしれんの」
 私と烏丸さんの出会いは無駄じゃなくて、ちゃんと、意味があったのかも……。
 胸の中が、ポワポワと温かくなっていく。
(そうか。私が欲しかったのはこういう言葉だわ……)
 占い師はきっと私の顔色を読み、欲しい言葉を探し当ててくれたのだろう。
 今じゃなくても、数年後でも。
 たった一度、会社説明会で会った私の事を、「ちょっと面白い女だったな」なんて思い出してくれたりしたら……。
「言い過ぎたな」なんて、反省してくれたら。
 つまり、記憶の片隅に私の事が残ってくれたら。
 推しとしては本望というか、今日の失態なんて秒で忘れられるかも。
 そんな現実、絶対ないってわかってる。でも、私がほしいのは、前を向ける物語だ。
 そう。
 現実なんてどうでもいい。
 全ての出来事は無駄じゃなかった、と私が思いこめさえすれば、私は未来へまた歩き出せる。
「ありがとうございます。今の言葉、響きました」
 私はもじもじしながらそう呟く。
 烏丸さんほどの威力ではないけれど、占い師の声や伝え方にも、人の心を動かす力を感じた。
「これから前向きに生きますねっ」
 ところが、占い師は無言である。
 顔を硬直させたまま不自然なほど動かない。
「占い師さん?」
 名前を呼ぶと同時にゴッという鈍い音がして、占い師が机に突っ伏した。
(えっ?)
 占い師の紙のように白い顔が目に入った。
「占い師さん!! しっかり!」
 焦りながらも小柄な体を起こす。
 占い師は荒い息を吐いていた。