7 潰れた未来
ー/ー 呆然としてロビーに立ち尽くす私。
(何かを決定的に間違えた。だからきっとこんな目に……)
リクルートスーツに身を固めた本気で就職を望む人たちの中、ほんわかと推し活をしていたからバチが当たったのだろうか。
自業自得だけれど、とてもつらい。
だって……。
(烏丸さんは私の推しなのよおおおお)
人目がなければ、きっと私、崩れ落ちてる。
推しに会いに来て嫌われて追い出されるなんて。
こんな不幸、他にある???
身悶えしそうなほどの後悔に私は苛まれていた。
推し活は大失敗。
勇気をもらいたかっただけなのに。
御尊顔を遠くから眺めたかっただけなのに。
彼の声を収集したかっただけなのに。
(そうよ。声!)
私は青ざめた。
(……スマホには、さっきの失態が録音されている……最悪だわ!!)
一刻も早く削除せねばとアプリを立ち上げる。
「大丈夫ですか? 倉田ひかりさん」
誰かに名前を呼ばれ、私はハッとして振り向いた。
と、さっき外へ出るように促した男性と目が合った。
なんだか楽しげに見えるのは気の所為だろうか。
「あっ。やっぱり。近くで見たら、そうだ。土手で叫んでたでしょ。あの時の子だ」
「あっ」
瞬時に私も思い出す。
「元気なワンちゃんだね」
そんな風に笑っていたデート中のイケメン。
道理で既視感があると思ったんだ。
「なんだ。こんな所で会えるなんて、もしかして俺たち赤い糸で」
イケメンの言葉を、大音量の別な声がかき消した。
「どんなに長生きしたところで人の寿命はたった100年。人生には限りがある。その時間を使って、何をする? 誰と会う? よく考えてほしい。そうしたらわかるはずだ。無駄な事に費やす時間など、一秒もないってことを」
烏丸さんの声!
録音アプリの削除ボタンと間違えて、再生を押してしまったらしい。
それだけじゃない。
「なんて素敵な声なんだろ……」
能天気な私の独り言まで入っている。
「え? もしかして君、怜が好きなの?」
ポカン、とした表情でイケメンは言い、私は硬直した。
好き、だなんて恐れおおいけれど、でもでも、推しということは、つまり、そういう事になるの!????
「……俺、人がリアルに赤くなるの、初めて見た」
感心したようにそう言われ、私は羞恥心で泣きたくなってしまう。
「ごめんなさいっ。失礼しましたっ」
獣と獣が命のやりとりを行う神聖な狩りの場。
そこに物見遊山なレジャー客がお邪魔するなんて。
きっと、何かを封じ込めた祠を壊してしまう、とか。
式典でわざと大暴れして何等かの爪痕を残そうとする愚か者、とか。
その罪に匹敵するほどのやらかしだった、と私は心から思い知る。
頭をペコリと下げ、その場から立ち去った。
「あ、ちょっと、君!」
イケメンの呼ぶ声が聞こえたけれど、当然振り返ることすら出来なかった。
数時間前、私は推しに会うために、意気揚々と迎賓館に続く街路を歩いていた。
その道を背中を半分に折り曲げながらトボトボと折り返している。
「あんた、死相がでておるぞ」
突然誰かに声をかけられる。はっと目をやると、街路の隅に卓をかまえた占い師が私を見ていた。
白髪の小柄な老人である。
日焼けした顔に刻まれた笑い皺が、不穏なセリフとは裏腹に柔らかい。
「死相? 私、死ぬんですか!? 祠を壊した罰ですか!?」
落ち込みきったハートにその言葉はクリーンヒット。
私はすがりつくように占い師を見た。
「あ、失敬。死にかけの金魚みたいな顔、と言いたかったのじゃ。言葉のあや、じゃよ」
「良かった……」
死にかけの金魚は気になるが、まあ、バチが当たるわけではないらしい。
「何か、悩んでいるようじゃの」
占い師さんは神妙な顔でそう言った。
「はい」
私は頷く。素直なのが私の長所だ。
「ちょうど暇での。あんたの未来を見てしんぜよう。無料でな」
私の……未来。
「あなたの未来を潰してすみません」
店長にもらった呪いのような言葉が頭に響きわたる。
「潰れたりなんてしないですよね……」
私は半泣きでそう言いながら、そそくさと椅子に腰掛ける。実際干上がりそうなほど悩んでおり、誰かに気持ちを打ち明けたかった。
「……それはわからん。水晶のお告げ次第じゃな」
占い師の目が左右に揺れる。
「ううっ」
嘘でもいいから、大丈夫と言ってほしかった。
「なるほど。つまり衆人環視の中、馬鹿と連呼。無駄のテンプレートと名付けられ追い出された。と」
「おっしゃる通りです」
「最悪じゃの」
「ううっ」
欲を言えば、些細な事じゃと笑い飛ばしてほしかった。
でも現実は厳しい。
「しかしとんでもない社長じゃの。どこの会社かな?」
「それは伏せます……万が一、足を引っ張りたくはありませんので」
「わしならやられたら倍返ししてやるがの。SNSに書き込み大衆を扇動。株価を下げ、最終的にはそいつを社長の座から引きずりおろす」
「そんなつもりは全くありません……!」
だって、烏丸さんは推しなんですっ!
言えない言葉を私は飲み込む。
やらかして嫌われたからと言って、自分に原因がある以上、どうして彼を憎めようか。
それどころか……。
(今でも彼の幸せを祈ってます……もう2度とあいたくはないけれど)
綺麗ごとに聞こえるだろうが、これが推し心理というものだ。
ここまで洗脳されている私に復讐なんて思いつくわけがない。
今の私が欲しているのは「過去なんて関係ない。大切なのは今、ここからだ」という都合のいい免罪符である。
(つまり、そう。烏丸語録……)
その彼に嫌われた。
「うっ……ううううう」
占い師の前だと言うのに、思わず悶絶してしまう私。
しかし、いつまでも過去を悔いても仕方ない。
私は必死に訴えた。
「私が知りたいのはこの先の未来です。こんな私にも明るい未来が、来るでしょうか」
「必死じゃの。とりあえず水晶に聞いてみるわな」
占い師は、真剣な表情で大きな玉を覗き込む。そして、
「ん?」
眉根に大きな皺を寄せる。
「ど、どうしたんですか? やっぱり死相が」
「いや、うむむ」
占い師は不思議そうに私を見る。
「あんたの未来は見えんかった。これはな、わしとあんたが近しい存在の場合に起きる現象じゃ。不思議なものよの」
何度も首を振りながら、占い師は水晶玉を覗き込む。
「ああ、無理じゃ。なんも見えん」
匙を投げたようにそう言うと、視線を私に向け語り始める。
「やり方を変えよう。社長の顔を、ここに描きんさい」
占い師さんはペンとノートを差し出した。
「絵、ですか? ごめんなさい、私、下手くそで……」
「彼の魂さえ見えりゃええ。下手でも手の赴くままに描いてみんさい」
言われるがままに、かつての推しをサラサラと描く。
「これは……目つきの悪いブサイクな猫……?」
「ピューマです……あ、ごめんなさい。魂っておっしゃったから、そう見えた、と言いたくて」
ギラついた目で、周りを追い詰めていく様子が、サバンナを駆ける野生動物に見えた私。
人間をうまく描写できるほどの絵心がなく、ノーシンキングでメタファーの彼を描いてしまった。
「今すぐ描き直しますね!」
すぐさま取り掛かった私の、ひょろ長いてるてる坊主にしか見えない彼を見た占い師は、ピューマの絵を手に取った。
「いや、これでよし」
占い師は頷く。
「あんたをどん底に突き落としたこのブサイクな猫じゃがな」
「うわっ。違うんです!」
推しに変なキャッチコピーをつけられるのは、信者としての矜持が許さない。
「本物は……すごく美しいんです! もう少し待ってください!」
私は真剣な眼差しで付け焼き刃な似顔絵に取り掛かる。
「いや、本当に、これで十分。ピューマじゃの」
占い師さんはよっぽど迷惑だったのか、かなりキツめに辞退した。
「無駄のテンプレートとあんたをなじったこの男は……そのうち間違いに気づくじゃろう」
「間違い、ですか?」
私の未来を聞いたのに、何故か占い師は烏丸さんの未来を語る。
「無駄こそ、人生の宝じゃ。無駄があるからこそ人生は輝く。生存と生殖。それ以外の、意味のない楽しみに時間を使えるのが人間よ。あんたとの出会いはこの男にとって、大きな意味があったのかもしれんの」
私と烏丸さんの出会いは無駄じゃなくて、ちゃんと、意味があったのかも……。
胸の中が、ポワポワと温かくなっていく。
(そうか。私が欲しかったのはこういう言葉だわ……)
占い師はきっと私の顔色を読み、欲しい言葉を探し当ててくれたのだろう。
今じゃなくても、数年後でも。
たった一度、会社説明会で会った私の事を、「ちょっと面白い女だったな」なんて思い出してくれたりしたら……。
「言い過ぎたな」なんて、反省してくれたら。
つまり、記憶の片隅に私の事が残ってくれたら。
推しとしては本望というか、今日の失態なんて秒で忘れられるかも。
そんな現実、絶対ないってわかってる。でも、私がほしいのは、前を向ける物語だ。
そう。
現実なんてどうでもいい。
全ての出来事は無駄じゃなかった、と私が思いこめさえすれば、私は未来へまた歩き出せる。
「ありがとうございます。今の言葉、響きました」
私はもじもじしながらそう呟く。
烏丸さんほどの威力ではないけれど、占い師の声や伝え方にも、人の心を動かす力を感じた。
「これから前向きに生きますねっ」
ところが、占い師は無言である。
顔を硬直させたまま不自然なほど動かない。
「占い師さん?」
名前を呼ぶと同時にゴッという鈍い音がして、占い師が机に突っ伏した。
(えっ?)
占い師の紙のように白い顔が目に入った。
「占い師さん!! しっかり!」
焦りながらも小柄な体を起こす。
占い師は荒い息を吐いていた。
(何かを決定的に間違えた。だからきっとこんな目に……)
リクルートスーツに身を固めた本気で就職を望む人たちの中、ほんわかと推し活をしていたからバチが当たったのだろうか。
自業自得だけれど、とてもつらい。
だって……。
(烏丸さんは私の推しなのよおおおお)
人目がなければ、きっと私、崩れ落ちてる。
推しに会いに来て嫌われて追い出されるなんて。
こんな不幸、他にある???
身悶えしそうなほどの後悔に私は苛まれていた。
推し活は大失敗。
勇気をもらいたかっただけなのに。
御尊顔を遠くから眺めたかっただけなのに。
彼の声を収集したかっただけなのに。
(そうよ。声!)
私は青ざめた。
(……スマホには、さっきの失態が録音されている……最悪だわ!!)
一刻も早く削除せねばとアプリを立ち上げる。
「大丈夫ですか? 倉田ひかりさん」
誰かに名前を呼ばれ、私はハッとして振り向いた。
と、さっき外へ出るように促した男性と目が合った。
なんだか楽しげに見えるのは気の所為だろうか。
「あっ。やっぱり。近くで見たら、そうだ。土手で叫んでたでしょ。あの時の子だ」
「あっ」
瞬時に私も思い出す。
「元気なワンちゃんだね」
そんな風に笑っていたデート中のイケメン。
道理で既視感があると思ったんだ。
「なんだ。こんな所で会えるなんて、もしかして俺たち赤い糸で」
イケメンの言葉を、大音量の別な声がかき消した。
「どんなに長生きしたところで人の寿命はたった100年。人生には限りがある。その時間を使って、何をする? 誰と会う? よく考えてほしい。そうしたらわかるはずだ。無駄な事に費やす時間など、一秒もないってことを」
烏丸さんの声!
録音アプリの削除ボタンと間違えて、再生を押してしまったらしい。
それだけじゃない。
「なんて素敵な声なんだろ……」
能天気な私の独り言まで入っている。
「え? もしかして君、怜が好きなの?」
ポカン、とした表情でイケメンは言い、私は硬直した。
好き、だなんて恐れおおいけれど、でもでも、推しということは、つまり、そういう事になるの!????
「……俺、人がリアルに赤くなるの、初めて見た」
感心したようにそう言われ、私は羞恥心で泣きたくなってしまう。
「ごめんなさいっ。失礼しましたっ」
獣と獣が命のやりとりを行う神聖な狩りの場。
そこに物見遊山なレジャー客がお邪魔するなんて。
きっと、何かを封じ込めた祠を壊してしまう、とか。
式典でわざと大暴れして何等かの爪痕を残そうとする愚か者、とか。
その罪に匹敵するほどのやらかしだった、と私は心から思い知る。
頭をペコリと下げ、その場から立ち去った。
「あ、ちょっと、君!」
イケメンの呼ぶ声が聞こえたけれど、当然振り返ることすら出来なかった。
数時間前、私は推しに会うために、意気揚々と迎賓館に続く街路を歩いていた。
その道を背中を半分に折り曲げながらトボトボと折り返している。
「あんた、死相がでておるぞ」
突然誰かに声をかけられる。はっと目をやると、街路の隅に卓をかまえた占い師が私を見ていた。
白髪の小柄な老人である。
日焼けした顔に刻まれた笑い皺が、不穏なセリフとは裏腹に柔らかい。
「死相? 私、死ぬんですか!? 祠を壊した罰ですか!?」
落ち込みきったハートにその言葉はクリーンヒット。
私はすがりつくように占い師を見た。
「あ、失敬。死にかけの金魚みたいな顔、と言いたかったのじゃ。言葉のあや、じゃよ」
「良かった……」
死にかけの金魚は気になるが、まあ、バチが当たるわけではないらしい。
「何か、悩んでいるようじゃの」
占い師さんは神妙な顔でそう言った。
「はい」
私は頷く。素直なのが私の長所だ。
「ちょうど暇での。あんたの未来を見てしんぜよう。無料でな」
私の……未来。
「あなたの未来を潰してすみません」
店長にもらった呪いのような言葉が頭に響きわたる。
「潰れたりなんてしないですよね……」
私は半泣きでそう言いながら、そそくさと椅子に腰掛ける。実際干上がりそうなほど悩んでおり、誰かに気持ちを打ち明けたかった。
「……それはわからん。水晶のお告げ次第じゃな」
占い師の目が左右に揺れる。
「ううっ」
嘘でもいいから、大丈夫と言ってほしかった。
「なるほど。つまり衆人環視の中、馬鹿と連呼。無駄のテンプレートと名付けられ追い出された。と」
「おっしゃる通りです」
「最悪じゃの」
「ううっ」
欲を言えば、些細な事じゃと笑い飛ばしてほしかった。
でも現実は厳しい。
「しかしとんでもない社長じゃの。どこの会社かな?」
「それは伏せます……万が一、足を引っ張りたくはありませんので」
「わしならやられたら倍返ししてやるがの。SNSに書き込み大衆を扇動。株価を下げ、最終的にはそいつを社長の座から引きずりおろす」
「そんなつもりは全くありません……!」
だって、烏丸さんは推しなんですっ!
言えない言葉を私は飲み込む。
やらかして嫌われたからと言って、自分に原因がある以上、どうして彼を憎めようか。
それどころか……。
(今でも彼の幸せを祈ってます……もう2度とあいたくはないけれど)
綺麗ごとに聞こえるだろうが、これが推し心理というものだ。
ここまで洗脳されている私に復讐なんて思いつくわけがない。
今の私が欲しているのは「過去なんて関係ない。大切なのは今、ここからだ」という都合のいい免罪符である。
(つまり、そう。烏丸語録……)
その彼に嫌われた。
「うっ……ううううう」
占い師の前だと言うのに、思わず悶絶してしまう私。
しかし、いつまでも過去を悔いても仕方ない。
私は必死に訴えた。
「私が知りたいのはこの先の未来です。こんな私にも明るい未来が、来るでしょうか」
「必死じゃの。とりあえず水晶に聞いてみるわな」
占い師は、真剣な表情で大きな玉を覗き込む。そして、
「ん?」
眉根に大きな皺を寄せる。
「ど、どうしたんですか? やっぱり死相が」
「いや、うむむ」
占い師は不思議そうに私を見る。
「あんたの未来は見えんかった。これはな、わしとあんたが近しい存在の場合に起きる現象じゃ。不思議なものよの」
何度も首を振りながら、占い師は水晶玉を覗き込む。
「ああ、無理じゃ。なんも見えん」
匙を投げたようにそう言うと、視線を私に向け語り始める。
「やり方を変えよう。社長の顔を、ここに描きんさい」
占い師さんはペンとノートを差し出した。
「絵、ですか? ごめんなさい、私、下手くそで……」
「彼の魂さえ見えりゃええ。下手でも手の赴くままに描いてみんさい」
言われるがままに、かつての推しをサラサラと描く。
「これは……目つきの悪いブサイクな猫……?」
「ピューマです……あ、ごめんなさい。魂っておっしゃったから、そう見えた、と言いたくて」
ギラついた目で、周りを追い詰めていく様子が、サバンナを駆ける野生動物に見えた私。
人間をうまく描写できるほどの絵心がなく、ノーシンキングでメタファーの彼を描いてしまった。
「今すぐ描き直しますね!」
すぐさま取り掛かった私の、ひょろ長いてるてる坊主にしか見えない彼を見た占い師は、ピューマの絵を手に取った。
「いや、これでよし」
占い師は頷く。
「あんたをどん底に突き落としたこのブサイクな猫じゃがな」
「うわっ。違うんです!」
推しに変なキャッチコピーをつけられるのは、信者としての矜持が許さない。
「本物は……すごく美しいんです! もう少し待ってください!」
私は真剣な眼差しで付け焼き刃な似顔絵に取り掛かる。
「いや、本当に、これで十分。ピューマじゃの」
占い師さんはよっぽど迷惑だったのか、かなりキツめに辞退した。
「無駄のテンプレートとあんたをなじったこの男は……そのうち間違いに気づくじゃろう」
「間違い、ですか?」
私の未来を聞いたのに、何故か占い師は烏丸さんの未来を語る。
「無駄こそ、人生の宝じゃ。無駄があるからこそ人生は輝く。生存と生殖。それ以外の、意味のない楽しみに時間を使えるのが人間よ。あんたとの出会いはこの男にとって、大きな意味があったのかもしれんの」
私と烏丸さんの出会いは無駄じゃなくて、ちゃんと、意味があったのかも……。
胸の中が、ポワポワと温かくなっていく。
(そうか。私が欲しかったのはこういう言葉だわ……)
占い師はきっと私の顔色を読み、欲しい言葉を探し当ててくれたのだろう。
今じゃなくても、数年後でも。
たった一度、会社説明会で会った私の事を、「ちょっと面白い女だったな」なんて思い出してくれたりしたら……。
「言い過ぎたな」なんて、反省してくれたら。
つまり、記憶の片隅に私の事が残ってくれたら。
推しとしては本望というか、今日の失態なんて秒で忘れられるかも。
そんな現実、絶対ないってわかってる。でも、私がほしいのは、前を向ける物語だ。
そう。
現実なんてどうでもいい。
全ての出来事は無駄じゃなかった、と私が思いこめさえすれば、私は未来へまた歩き出せる。
「ありがとうございます。今の言葉、響きました」
私はもじもじしながらそう呟く。
烏丸さんほどの威力ではないけれど、占い師の声や伝え方にも、人の心を動かす力を感じた。
「これから前向きに生きますねっ」
ところが、占い師は無言である。
顔を硬直させたまま不自然なほど動かない。
「占い師さん?」
名前を呼ぶと同時にゴッという鈍い音がして、占い師が机に突っ伏した。
(えっ?)
占い師の紙のように白い顔が目に入った。
「占い師さん!! しっかり!」
焦りながらも小柄な体を起こす。
占い師は荒い息を吐いていた。
みんなのリアクション
まだリアクションはありません。最初の一歩を踏み出しましょう!
呆然としてロビーに立ち尽くす私。
(何かを決定的に間違えた。だからきっとこんな目に……)
リクルートスーツに身を固めた本気で就職を望む人たちの中、ほんわかと推し活をしていたからバチが当たったのだろうか。
自業自得だけれど、とてもつらい。
自業自得だけれど、とてもつらい。
だって……。
(烏丸さんは私の推しなのよおおおお)
人目がなければ、きっと私、崩れ落ちてる。
推しに会いに来て嫌われて追い出されるなんて。
こんな不幸、他にある???
身悶えしそうなほどの後悔に私は苛まれていた。
推しに会いに来て嫌われて追い出されるなんて。
こんな不幸、他にある???
身悶えしそうなほどの後悔に私は苛まれていた。
推し活は大失敗。
勇気をもらいたかっただけなのに。
御尊顔を遠くから眺めたかっただけなのに。
彼の声を収集したかっただけなのに。
御尊顔を遠くから眺めたかっただけなのに。
彼の声を収集したかっただけなのに。
(そうよ。声!)
私は青ざめた。
(……スマホには、さっきの失態が録音されている……最悪だわ!!)
一刻も早く削除せねばとアプリを立ち上げる。
「大丈夫ですか? 倉田ひかりさん」
誰かに名前を呼ばれ、私はハッとして振り向いた。
と、さっき外へ出るように促した男性と目が合った。
なんだか楽しげに見えるのは気の所為だろうか。
と、さっき外へ出るように促した男性と目が合った。
なんだか楽しげに見えるのは気の所為だろうか。
「あっ。やっぱり。近くで見たら、そうだ。土手で叫んでたでしょ。あの時の子だ」
「あっ」
「あっ」
瞬時に私も思い出す。
「元気なワンちゃんだね」
そんな風に笑っていたデート中のイケメン。
道理で既視感があると思ったんだ。
道理で既視感があると思ったんだ。
「なんだ。こんな所で会えるなんて、もしかして俺たち赤い糸で」
イケメンの言葉を、大音量の別な声がかき消した。
「どんなに長生きしたところで人の寿命はたった100年。人生には限りがある。その時間を使って、何をする? 誰と会う? よく考えてほしい。そうしたらわかるはずだ。無駄な事に費やす時間など、一秒もないってことを」
烏丸さんの声!
録音アプリの削除ボタンと間違えて、再生を押してしまったらしい。
それだけじゃない。
録音アプリの削除ボタンと間違えて、再生を押してしまったらしい。
それだけじゃない。
「なんて素敵な声なんだろ……」
能天気な私の独り言まで入っている。
「え? もしかして君、怜が好きなの?」
ポカン、とした表情でイケメンは言い、私は硬直した。
好き、だなんて恐れおおいけれど、でもでも、推しということは、つまり、そういう事になるの!????
好き、だなんて恐れおおいけれど、でもでも、推しということは、つまり、そういう事になるの!????
「……俺、人がリアルに赤くなるの、初めて見た」
感心したようにそう言われ、私は羞恥心で泣きたくなってしまう。
「ごめんなさいっ。失礼しましたっ」
獣と獣が命のやりとりを行う神聖な狩りの場。
そこに物見遊山なレジャー客がお邪魔するなんて。
そこに物見遊山なレジャー客がお邪魔するなんて。
きっと、何かを封じ込めた祠を壊してしまう、とか。
式典でわざと大暴れして何等かの爪痕を残そうとする愚か者、とか。
その罪に匹敵するほどのやらかしだった、と私は心から思い知る。
式典でわざと大暴れして何等かの爪痕を残そうとする愚か者、とか。
その罪に匹敵するほどのやらかしだった、と私は心から思い知る。
頭をペコリと下げ、その場から立ち去った。
「あ、ちょっと、君!」
イケメンの呼ぶ声が聞こえたけれど、当然振り返ることすら出来なかった。
数時間前、私は推しに会うために、意気揚々と迎賓館に続く街路を歩いていた。
その道を背中を半分に折り曲げながらトボトボと折り返している。
その道を背中を半分に折り曲げながらトボトボと折り返している。
「あんた、死相がでておるぞ」
突然誰かに声をかけられる。はっと目をやると、街路の隅に卓をかまえた占い師が私を見ていた。
白髪の小柄な老人である。
日焼けした顔に刻まれた笑い皺が、不穏なセリフとは裏腹に柔らかい。
白髪の小柄な老人である。
日焼けした顔に刻まれた笑い皺が、不穏なセリフとは裏腹に柔らかい。
「死相? 私、死ぬんですか!? 祠を壊した罰ですか!?」
落ち込みきったハートにその言葉はクリーンヒット。
私はすがりつくように占い師を見た。
私はすがりつくように占い師を見た。
「あ、失敬。死にかけの金魚みたいな顔、と言いたかったのじゃ。言葉のあや、じゃよ」
「良かった……」
「良かった……」
死にかけの金魚は気になるが、まあ、バチが当たるわけではないらしい。
「何か、悩んでいるようじゃの」
占い師さんは神妙な顔でそう言った。
「はい」
私は頷く。素直なのが私の長所だ。
「ちょうど暇での。あんたの未来を見てしんぜよう。無料でな」
私の……未来。
「あなたの未来を潰してすみません」
店長にもらった呪いのような言葉が頭に響きわたる。
「潰れたりなんてしないですよね……」
私は半泣きでそう言いながら、そそくさと椅子に腰掛ける。実際干上がりそうなほど悩んでおり、誰かに気持ちを打ち明けたかった。
「……それはわからん。水晶のお告げ次第じゃな」
占い師の目が左右に揺れる。
「ううっ」
嘘でもいいから、大丈夫と言ってほしかった。
「なるほど。つまり衆人環視の中、馬鹿と連呼。無駄のテンプレートと名付けられ追い出された。と」
「おっしゃる通りです」
「最悪じゃの」
「ううっ」
「おっしゃる通りです」
「最悪じゃの」
「ううっ」
欲を言えば、些細な事じゃと笑い飛ばしてほしかった。
でも現実は厳しい。
でも現実は厳しい。
「しかしとんでもない社長じゃの。どこの会社かな?」
「それは伏せます……万が一、足を引っ張りたくはありませんので」
「わしならやられたら倍返ししてやるがの。SNSに書き込み大衆を扇動。株価を下げ、最終的にはそいつを社長の座から引きずりおろす」
「そんなつもりは全くありません……!」
「それは伏せます……万が一、足を引っ張りたくはありませんので」
「わしならやられたら倍返ししてやるがの。SNSに書き込み大衆を扇動。株価を下げ、最終的にはそいつを社長の座から引きずりおろす」
「そんなつもりは全くありません……!」
だって、烏丸さんは推しなんですっ!
言えない言葉を私は飲み込む。
やらかして嫌われたからと言って、自分に原因がある以上、どうして彼を憎めようか。
それどころか……。
言えない言葉を私は飲み込む。
やらかして嫌われたからと言って、自分に原因がある以上、どうして彼を憎めようか。
それどころか……。
(今でも彼の幸せを祈ってます……もう2度とあいたくはないけれど)
綺麗ごとに聞こえるだろうが、これが推し心理というものだ。
ここまで洗脳されている私に復讐なんて思いつくわけがない。
今の私が欲しているのは「過去なんて関係ない。大切なのは今、ここからだ」という都合のいい免罪符である。
ここまで洗脳されている私に復讐なんて思いつくわけがない。
今の私が欲しているのは「過去なんて関係ない。大切なのは今、ここからだ」という都合のいい免罪符である。
(つまり、そう。烏丸語録……)
その彼に嫌われた。
「うっ……ううううう」
占い師の前だと言うのに、思わず悶絶してしまう私。
しかし、いつまでも過去を悔いても仕方ない。
私は必死に訴えた。
しかし、いつまでも過去を悔いても仕方ない。
私は必死に訴えた。
「私が知りたいのはこの先の未来です。こんな私にも明るい未来が、来るでしょうか」
「必死じゃの。とりあえず水晶に聞いてみるわな」
「必死じゃの。とりあえず水晶に聞いてみるわな」
占い師は、真剣な表情で大きな玉を覗き込む。そして、
「ん?」
眉根に大きな皺を寄せる。
「ど、どうしたんですか? やっぱり死相が」
「いや、うむむ」
「いや、うむむ」
占い師は不思議そうに私を見る。
「あんたの未来は見えんかった。これはな、わしとあんたが近しい存在の場合に起きる現象じゃ。不思議なものよの」
何度も首を振りながら、占い師は水晶玉を覗き込む。
「ああ、無理じゃ。なんも見えん」
匙を投げたようにそう言うと、視線を私に向け語り始める。
「やり方を変えよう。社長の顔を、ここに描きんさい」
占い師さんはペンとノートを差し出した。
「絵、ですか? ごめんなさい、私、下手くそで……」
「彼の魂さえ見えりゃええ。下手でも手の赴くままに描いてみんさい」
「彼の魂さえ見えりゃええ。下手でも手の赴くままに描いてみんさい」
言われるがままに、かつての推しをサラサラと描く。
「これは……目つきの悪いブサイクな猫……?」
「ピューマです……あ、ごめんなさい。魂っておっしゃったから、そう見えた、と言いたくて」
「ピューマです……あ、ごめんなさい。魂っておっしゃったから、そう見えた、と言いたくて」
ギラついた目で、周りを追い詰めていく様子が、サバンナを駆ける野生動物に見えた私。
人間をうまく描写できるほどの絵心がなく、ノーシンキングでメタファーの彼を描いてしまった。
人間をうまく描写できるほどの絵心がなく、ノーシンキングでメタファーの彼を描いてしまった。
「今すぐ描き直しますね!」
すぐさま取り掛かった私の、ひょろ長いてるてる坊主にしか見えない彼を見た占い師は、ピューマの絵を手に取った。
「いや、これでよし」
占い師は頷く。
「あんたをどん底に突き落としたこのブサイクな猫じゃがな」
「うわっ。違うんです!」
「うわっ。違うんです!」
推しに変なキャッチコピーをつけられるのは、信者としての矜持が許さない。
「本物は……すごく美しいんです! もう少し待ってください!」
私は真剣な眼差しで付け焼き刃な似顔絵に取り掛かる。
「いや、本当に、これで十分。ピューマじゃの」
占い師さんはよっぽど迷惑だったのか、かなりキツめに辞退した。
「無駄のテンプレートとあんたをなじったこの男は……そのうち間違いに気づくじゃろう」
「間違い、ですか?」
「間違い、ですか?」
私の未来を聞いたのに、何故か占い師は烏丸さんの未来を語る。
「無駄こそ、人生の宝じゃ。無駄があるからこそ人生は輝く。生存と生殖。それ以外の、意味のない楽しみに時間を使えるのが人間よ。あんたとの出会いはこの男にとって、大きな意味があったのかもしれんの」
私と烏丸さんの出会いは無駄じゃなくて、ちゃんと、意味があったのかも……。
胸の中が、ポワポワと温かくなっていく。
(そうか。私が欲しかったのはこういう言葉だわ……)
占い師はきっと私の顔色を読み、欲しい言葉を探し当ててくれたのだろう。
今じゃなくても、数年後でも。
たった一度、会社説明会で会った私の事を、「ちょっと面白い女だったな」なんて思い出してくれたりしたら……。
「言い過ぎたな」なんて、反省してくれたら。
つまり、記憶の片隅に私の事が残ってくれたら。
推しとしては本望というか、今日の失態なんて秒で忘れられるかも。
そんな現実、絶対ないってわかってる。でも、私がほしいのは、前を向ける物語だ。
そう。
現実なんてどうでもいい。
全ての出来事は無駄じゃなかった、と私が思いこめさえすれば、私は未来へまた歩き出せる。
今じゃなくても、数年後でも。
たった一度、会社説明会で会った私の事を、「ちょっと面白い女だったな」なんて思い出してくれたりしたら……。
「言い過ぎたな」なんて、反省してくれたら。
つまり、記憶の片隅に私の事が残ってくれたら。
推しとしては本望というか、今日の失態なんて秒で忘れられるかも。
そんな現実、絶対ないってわかってる。でも、私がほしいのは、前を向ける物語だ。
そう。
現実なんてどうでもいい。
全ての出来事は無駄じゃなかった、と私が思いこめさえすれば、私は未来へまた歩き出せる。
「ありがとうございます。今の言葉、響きました」
私はもじもじしながらそう呟く。
烏丸さんほどの威力ではないけれど、占い師の声や伝え方にも、人の心を動かす力を感じた。
烏丸さんほどの威力ではないけれど、占い師の声や伝え方にも、人の心を動かす力を感じた。
「これから前向きに生きますねっ」
ところが、占い師は無言である。
顔を硬直させたまま不自然なほど動かない。
顔を硬直させたまま不自然なほど動かない。
「占い師さん?」
名前を呼ぶと同時にゴッという鈍い音がして、占い師が机に突っ伏した。
(えっ?)
占い師の紙のように白い顔が目に入った。
「占い師さん!! しっかり!」
焦りながらも小柄な体を起こす。
占い師は荒い息を吐いていた。
占い師は荒い息を吐いていた。