表示設定
表示設定
目次 目次




第19話 貴族学校 ④貴族学校の生活 -2/2-

ー/ー



「おはよう、プラグ君」
レインと、プラグ、シオウ、ゼラトが朝食に降りて行くと、食堂にアレンがいて、上座で食事を摂っていた。

「おはようございます、アレン団長。今日はここで朝食ですか」
プラグの言葉に、アレンは頷いた。
「ああ、これからは宿舎に、交代で泊まろうと思ってね。今までが適当過ぎたんだ」
プラグは頷いた。
「それがいいですね。どこで寝ても同じですから。高すぎる特部屋も空いていますし。あ、そうだ、これが、部屋の扉に挟まっていました。中々、切実な訴えなので調査して下さい」
プラグはあえて皆の前で渡した。
全て事実かは、調査が必要だが……涙でにじんだ文字を見過ごす事はできなかった。
「わかったよ。実は今朝、もうすでに何枚か貰っていてね。この通りだ。思った以上の酷さに困っているところだ。正式に調査委員会を設置するから。この際、膿は出し切る。北棟と南棟には副団長、他の団員達がいるよ。当面は大忙しだ。とりあえず――読もう」
アレンはプラグが渡した紙を開いて、眉を顰めた。

そして深く、深く溜息を吐いた。
「……なるほど。本当なら、これは酷い……。全く――これは皆に聞いて欲しい。皆の訴えは今の所、騎士団内の物だけど。実は街からも苦情が来ている。一部の生徒があまりに酷いとね。住民はしっかり、どこの誰が何をしたと覚えている。騎士団の威光、家の威光。そんなものは無意味なんだ。そちらにも聞き取りを出しているから、言い逃れはできない。――騎士というのは、人より強い。貴族というのは、平民にはない特権がある。それは決して、威張るためでは無いはずだ。その事をよく考えてくれ。君達はまだ若い。更正の機会は与えよう。それでダメなら、諦めて退学、罪状によっては投獄、身分剥奪、蟄居閉門もある。これには私達にも責任がある。この五年、いや、もっと前から。私達は、君達に『正しい道』を示していなかった」

アレンが、生徒の訴えを持って立ち上がる。
アレンは剣を携えていた。
――昨日も持っていたが、不思議なほど目立っていなかった。
剣は彼の一部なのだ。それだけで彼の実力が分かる。

「道とは何か。強さとは何か。今日、午前中に、エアリ侯爵が私と立ち会って下さる。エアリ侯爵は間違い無く、今この国で最も強い男性だ。そして間違い無く私より強い。今日は、副団長のお二人も彼と戦って下さる。副団長二人の実力は決してお飾りではないが、それでも遠い。足りないんだ! 君達を放置して近衛兵は何をしていた? 近衛兵は皆、自分を鍛えていたんだ。これからは近衛騎士団の、本当の実力を隠さずに伝えよう。精霊騎士と比べて、この程度かと失望すると思う。だが諸君等は、まだ越えられる! 私達も無限に強くなる! それが我々の目指すべき道だ! もう二度と貴族だからと容赦はしない! 心してかかるように!!」

近衛候補生達の「はい!」という返事が広間に響いた。

「――でも、俺達、近衛にはならないしなぁ……」
と言う声が側で聞こえたので、プラグは微笑んだ。
「近衛は、いざという時に、命を賭けて皆を守ってくれる人達だよ。その人達がどんなに頑張っているか見届けるのも大切だ。エアリ公爵みたいに強い相手に戦いを挑むのって、かなり勇気がいる。負けるかもしれないのにそんな姿を見せるなんて、もっと勇気がいる。団長達はそれだけ皆の事を大事にしているんだ。ここは素直に受け入れて、皆で、団長に頑張って! って声をかけないと。俺だって、団長が公爵に負けるなんて思って無い。『近衛騎士団の至宝』って言われるくらいの人なんだよ」

するとアレンが苦笑した。
「ちょっと、持ち上げすぎかなー……全く、君って人は。にこやかだけど油断できない。気合を入れて行くから」
プラグは笑った。
「この国の最高峰がぶつかるんだ。これはもう、見るしか無いよ! さ、行こう、もうやるんですよね!? 早く行きましょうよ! シオウも見たいよね?」
「もちろん、見る。あのルネの吠え面を拝みたい! マジでアイツ、強すぎてむかつくんだよ! な、ゼラト!」
「いや俺はまだ戦ったこと無いって。あ、この二人、化け物みたいに強いから怒らせるなよ。剣術の首席と次席だから。プラグはさー。もっと強いです、って顔した方が良いって、絶対、舐められてる」
ゼラトが言ったが、プラグは浮き浮きしていた。
「一番、良い場所で見る! どこでやるんですか!」
「前庭だよ。準備して行こうか。皆、十五分後に、前庭に集合。ルネ公爵が来るまで、そうだな、プラグ君達、何か見せてくれる?」
「え……目立つのはちょっと」
プラグは首を振った。もう大分目立っているので、これ以上目立つと恨まれそうだ。
「そこを何とか。軽くでいいから」

「ううん……」
「いーじゃねぇか。やろうぜ。今日、朝のアレやってないし。あんな感じなら」
「ああ、そうか。じゃあそうするか」
プラグは頷いた。
「アレって、朝の手合わせだよな……やるの……うわー、皆が可愛そう……」
プラグとシオウの、毎朝の手合わせはたまに見学者がいて、ゼラトも見学していた事がある。

「あ、剣、取ってこないと」
プラグは思い出した。短剣はあるが、長剣は部屋に置いてある。
「早く常に持てるようになりてぇな。いちいち指示されるのめんどい」
「ほんとだね、さっきのアレンさんみたいに、体の一部にしたい。さっきまで、剣を持っているのを忘れてたよ」
プラグの言葉にシオウが目を輝かせて頷いた。
「あ、あれ格好良かったよな! 俺もあるの忘れてた。相当な使い手だって」
アレンが声を上げた。
「だから持ち上げないで! まったく……」

そしてプラグ達は前庭へ出た。
ここは宿舎の西側にある広い庭だ。鍛練施設があって、近くに巻き藁や、的がある。
あとは何も無い更地で、地面はほとんど砂、たまに草が生えている。完全に訓練場らしい。
森まで、広さは百メルト程度あるようだが……。
「こんな風になってんだな……すげー。広い。ここなら火、ぶっ放してもよさそうだな」
「でも五百人だとぎりぎりかな。全員が見るんですか?」
「その予定だよ。じゃあ、二人ともお願いできる?」

「もう始めるんですか?」
「そうだね。できれば何人か相手して貰いたいけど、まずは二人で。公爵が来るまであと二十分くらいだし軽く」
暇な近衛兵達も集まっていて、副団長二人の姿もある。
貴族学校の生徒と、近衛候補生達も集まってきていて、近衛候補生達は北側に。貴族学校の生徒達は南側に並んだ。

「すっげー観衆。過去イチかも」
シオウが言った。生徒達はひしめき合って、何事かとこちらを見ている。
「緊張する。剣、抜いとく?」
プラグは呟いた。
「まあ今日は、抜く所からでいいだろ――あ。アレンさん、折角だし、開始の合図をお願いできます?」
シオウがアレンに言った。アレンは二人の真横にいる。
二人は剣を鞘に収めたまま向き合った。これはアレンの影響だ。

「わかった。少し説明をする」
アレンはプレートケースから、音のプレートを取り出して、声を張り上げた。

「諸君、エアリ公爵が来るまで、精霊騎士候補生のプラグ君とシオウ君が軽く手合わせをしてくれる。ちなみに彼等の、剣の成績は首席と次席だ。見られる機会は滅多に無いから、よく見ておくように。では――始め!」

プラグは右足を下げ、剣を抜いて、右耳の隣で、横向きに真っ直ぐ構えて切っ先をシオウに向けた。
シオウは笑って、こちらも同じ構えを取った。同じ構えだが雰囲気はまるで違う。
二人の間は五メルトほどあった。

次の瞬間にはお互い剣を合わせていた。シオウは軽く剣を持ち替え下から、プラグは上から振った。甲高い音が響く。この時シオウはプラグの当たると痺れる剣を上手く外して当てている。そして、その攻撃は紙より軽かった。シオウの狙いは突きで、そのまま針の穴を通すようにプラグの肋骨の隙間を狙う。これはシオウの特徴で、突きで狙うときは狙いがいつもはっきりしている。相手は狙いが分かるのだが――速すぎて避けられない。突くフリをする事もあるので油断は出来ない。プラグはぎりぎりで一歩引き、左足を地面につき、そのまま軸にして右真横から水平に剣を振った。シオウの左手側から肘を切り落とす為の一撃だが、シオウは肘を上げて剣の平で防いだ。普通、突きからはできない動きだ。突きでできた空間を狙ったのだが、シオウならこれくらいはやる。
そこでプラグはぞっとして、剣を横に振る。剣の平で防いだシオウはそのまま剣を垂直に上げて、プラグを斬ろうとしてきた。シオウの剣は当たらず、空気が斬れる。
プラグは前進しつつ腕を伸ばし、上がった剣を追った。軽く合わさり、互いに剣を巻き取ろうとする。
シオウが力を加えて、二回プラグの剣を叩いた。一度は軽く、二回目は振りかぶって強く。強さが乗っていて、プラグの剣は少しぶれたが、しっかり防いだところで、シオウが笑って、激しい打ち合いが始まった。

互いに大ぶりの剣を合わせて、引いて、突いて、避けて、隙に大きく振り下ろして、隙を見て突き返す。プラグの斜め切りをシオウは半歩引いて躱した。プラグは体を回転させそのままもう一度斬りつける。これは当たりかけたが、そんな攻防もすぐに過去になる。

プラグが真上から振り降ろした一撃を、シオウが剣の鍔で受けた。瞬間的に、シオウが鍔を絡めてプラグの剣を防ぎ、それと同時に右足で蹴りを入れた。プラグから見ると左から飛んでくるので一番避けやすい左が封じられた。右に半歩ずれて避け、一歩引き、剣を引き――しかしシオウも読んでいて、プラグが斬る動作に入る前に、一歩引いて、間合いを取り直して、結果、また剣がぶつかった。反応が早い。
お互い力が乗った一撃だが、プラグはやや体勢不利。しかし我が儘を言って、そのまま斬り込んだ。その時には体を正しく直しているので、お手本のような振りになる。
何度か斬り下ろすが全てシオウに防がれる。シオウが攻撃に転じて今度はプラグが防ぎきる。
シオウの切っ先を外に反らすが、切っ先はすぐ戻り、突きが来て、突きを躱す。シオウの横振りをプラグは剣に手を添え、防ごうとした、その時。
「おい、やめろっ!」
と言う声した瞬間に、プラグとシオウ目掛けて複数の何かが飛んで来た。十人ほど――貴族学校の生徒達から放たれたのは小型クロスボウの矢だった。大きさは三十セリチほど。青いケープの下に隠してあった。向かいの候補生は悲鳴を上げた。プラグとシオウは背を向けていて、避けられない――と思った瞬間。

「防ぎます……!」
ナダ=エルタとアール=ララフが二人の左右に氷と土で壁を作り、全ての矢を防いだ。
同時に、近くの近衛が矢を放った生徒達を取り押さえる。
そして中央の空間を囲んでいた近衛の精霊達が姿を現した。
アレンが声を上げる。
「今、怪しい動きをした者を捕縛!」
「はっ!」
近衛が動く。
……おかげでプラグは無事、シオウの攻撃を受けることができた。これに当たると真っ二つだった。
シオウが口の端を上げ、剣を引いて、観衆に目を向ける。
矢を放った生徒達は逃げようとしたが、あっと言う間に拘束された。
それ以外にも、近衛候補生の中で、近衛に捕縛された者がいた。
長い黒髪で、背の高い美貌の青年だった。
年は十八。名前はオーザ・ダビド・ラ・フォキア。
「オーザ。今、手紙で指示を出したな。はっきり聞いたぞ」
言ったのはレインだ。彼はオーザの斜め後ろにいた。
近衛兵が頷き。オーザを中央に連れて行く。
「っ! マウロ!」
オーザが呼んだのは金髪の、こちらも美貌の青年だったが、その青年も既に拘束されていた。

貴族学校の生徒達、候補生達がざわつく。
混乱が起きそうになりかけたが。アレンや近衛、精霊が鎮める。
プラグも「大丈夫なので、動かずに待機して下さーい」と呑気な声を上げて協力した。
「その場で待機だってよー。動くなよ」
シオウも反対側に向かって声をかけている。生徒はどよめき、ざわついている。

アレンが声を上げて生徒を宥める。
「大丈夫だ。諸君、静かに! その場を動くな! こういうこともあると言うだけだ。彼等は前から別件で調査していたから、このまま取り調べを受けてもらう。脅されて従った子には情状酌量があるから、大丈夫だ。連れて行って」
アレンは『音』のプレートを使っているので、声は隅々まで届く。
「はっ!」
近衛兵が生徒達を連れて行った。

残った大勢はざわついている。
「オーザとマウロが……?」
「えっ? あいつら何かやってたのか……?」
「マウロはともかく、オーザ様?」
「あの二人、仲が悪かったよな……?」

「諸君には、授業の一環と言う事で、簡単に説明しよう」
アレンが微笑んで、懐から小瓶を取り出した。
……中には小さな緑色の丸薬が三分の一ほど入っている。
丸薬は小さく、爪で摘まめる程度だった。

「この瓶の中にあるのは『アバラソウ』と言う禁止植物から作られた丸薬だ。これが近頃、ストラヴェルで出回っていた。そしてこの学校でも誰かが流通させていたらしい。その犯人の特定に近衛は尽力していた。プラグ君、アバラソウにはどんな性質がある?」
アレンがプラグに質問をした。
プラグは剣を収めて、姿勢を正して答える。
「はい。アバラソウは、名前の通り、肋(アバラ)のように細く枝分かれた葉を持つ植物です。精製された丸薬は経口摂取すると、霊力を一時的高める効果がありますが、常用すると、体に害が出ます。具体的には、心肺機能の低下。血栓や不整脈。特に心臓に負担が掛かります。後は神経の麻痺。長期間の服用では死に至る場合が多いです。初期症状は目眩、手足の痺れ、視力低下、皮膚のただれです。中期では、引っ掻いたところがしばらく赤くなることが多いそうです。肌に小さな鬱血や痣が残る場合や、古傷が浮かび上がる場合もあります。末期では判断力の低下、幻覚、理性の消失、失明、突然死などがあります。――これを服用すると、初期は酩酊感、高揚感が得られます。最大の特徴として初期は『治療のプレートが効く』ので、気軽に手を出す人が後を絶ちません。しかし、高い中毒性があり、禁断症状として不快な幻覚を見る事があります。連続服用による症状の進行は一年程度と早く、気が付いたら『治療』が利かなくなっている……なんてこともあるそうです。ストラヴェルでは違法ですが、一部の国では合法とされていて、騎士団、傭兵、軍隊で使われます」
アレンが頷いた。
「そうだね。ありがとう。合法とされる国もある。しかしこの国では所持は禁止。精製も栽培も禁止されている。それを、一部では『聖女の恩恵』なんて言って子供や、霊力の低い者に売る輩がいる。確かにこれを使うと霊力は高まる。治療のプレートを使っていれば、初期は問題なく過ごせるが……だが残念ながら中毒性がとても高い。そして高価だ。この瓶一つで、五十万グランはする。これはある候補生の部屋から発見された物だ。彼はもっと安く、初めは無料で貰ったと言っている。その候補生は今、もう治療を受けている。――こう言う物を!」
アレンは瓶を地面に叩き付けた。瓶は砕けた。
「子供に売りつける大人も、それに乗ってしまう子供も。合法とする国も! 実に愚かだ!」

アレンは続けた。
「一時的に霊力が増える、これは魅力的だけどね。死亡率は皆が思っているより高い――これで国が滅んだ例もあるんだ。残念ながら今日は、エアリ公爵は留守だった。また、落ち着いたら彼の授業も受けられる。今日は、今から全員、順番に健康診断を受けてもらう。医者は手配してある。重症者は入院だ。末期でも『聖女の力』があれば助かる事もある。幸い我が国には聖母様がいらっしゃる……大丈夫だから、落ち着いて、決して自棄にならないように」

■ ■ ■

全員の診察が終わる頃には夕方になっていた。
夕刻、プラグ達は何となく集まって、プラグの部屋で自習をして過ごした。
そこにはレインもいる。彼も、プラグ達も診察を終えて、結果は問題なし。
ゼラトは溜息を吐いた。
「そんな物があるって知らなかったよ。でも、授業ではやったよね……本当にあるんだって感じ。皆、凄い沢山、引っかかってた……恐い」
精霊騎士課程でも、危険な植物として勉強していたが。ここでは、診察を見ていただけで、三分の一ほどの生徒が引っかかっていた。まだまだ増えそうで近衛の表情は硬かった。

ゼラトの言葉にレインが頷いた。
「二年前、俺がここに俺が入った時には、既に一部の生徒達は持っていたが、これほど蔓延したのはここ一年ほどだな。だがまあ、俺には不要だったし断った。危険性も理解していたからな。だが、悪戯で食事に混ぜられる例もあったから警戒していた。初期は簡単に治療できてしまうのが問題だ」

シオウはベッドに座って『パロン族の戦い』を読んでいたが、顔を上げ、溜息を吐いた。
「あの葉っぱ、合法な所もあるからなぁ……セラ国でも確か、一部使用みたいな感じで使ってたよな? 痛み止め、熱冷ましくらいに」
プラグは頷いた。
「でも、それは毒性を抑えて、改良してある薬だ。毒は薬にもなる……痛み止めと熱冷ましは、ストラヴェルでも合法だし、教会でも処方される」
シオウが頷いた。
「霊力が欲しいヤツはいっぱいるからな……昔の『聖女の恩寵』ってのも、こういうモンだったのかもな」
シオウの言葉にプラグは首を振った
「そんな事は無いと思うよ。何となく。継続的に『戦士(ゼイン)』に霊力を与えるってなると。もう少し違う物か『契約』を合わせた物だったんだと思う。俺の想像だけど」
「ゼイン?」
シオウが首を傾げた。
「あ、うん、ゼクナ語で強い戦士のこと。カルタでもそう言うんだ」
プラグは言い訳した。うっかり古い言葉を使ってしまった。
「ああ。パロン族も言うな、そういや……この本にも出てた」
パロン族がいたのはかなり前だ。シオウはそれで口をつぐんだ。

するとゼラトが溜息を吐いた。
「俺は霊力で困った事は無いけど、もし困ったら、手、出したかもな……いや死ぬなら駄目だけど。皆、治るんだよね?」
「それ駄目だぞ」
シオウが言って、続けた。
「俺、使ったヤツ見た事あるんだけど――つか、俺の家では、いらないヤツに使わせて、力や霊力を強くして、訓練相手にしてたんだけどよ。まあ、あっと言う間にコロッと死ぬんだよ。幻覚にうなされて、薬欲しがって。体中を引っ掻いて血だらけになって死ぬ。ありゃ本当にどうしようもない」
シオウの言葉にレインが頷いた。
「俺の家でもやっていた。拷問の練習として少しずつ与えて、脅したり、懐柔したりするんだ。俺がやった分は量は加減していたが、その後はどうなったか知らない。『治療』も末期になると効かないからな。唯一の望みは聖女だが、実家にいる訳もない」
レインの言葉に、プラグもしっかりと頷いた。
「初期なら治療が効く。でも中毒性が高いんだよ。大抵、一瓶いくらでまとめて売ってるから、気軽に一粒って思ってると、いつのまにか日常的に使うようになる。病院で『お菓子みたいな物』って言っている人がいたけどね。そう言う人達はあっと言う間に死んでしまったよ。小さいけど、かなり強い毒なんだ。絶対に、使ったら駄目だ。誤飲したらすぐ、『治療』を使って、その後は病院だ」
「げ……分かった」
ゼラトは頷いた。
すると部屋がノックされた。

入って来たのはアレンだった。レインが立ち上がって席を譲る。レインの向かい側にはゼラトがいたが、ゼラトも席を立ってプラグに譲った。
アレンは「ありがとう」と言って腰掛けた。
「お疲れ様。やっと全員の診察が終わったよ。皆、今日は改めて、ありがとう。だいたい、半分と言った所だね。ここまで酷いとは。だけど街での横暴も少し説明が付いた……やはりそうだったかと言ったところだけど。特に多かったのは低学年だ。とりあえず飲んどけ、って渡された下級生が、予想以上に多かった。はぁ……全く、最悪だ……知識のある子は断るか、怪しいと思って飲まなかった子も多いけど……飲んでしまって、嘘の情報で脅されてた、って子もいる」
アレンはさぞ頭が痛いだろう。

……実は近衛学校が荒れている、薬が流行っている、と言う噂は漏れ聞こえていた。
首都周辺では近衛が止めていたらしいが、逆に遠くでは良く聞こえる。
サリーにも、エスタード領の領主にも気を付けるように言われた。エスタード領の領主はカルタ伯爵と仲が良く、彼が所用でカルタに立ち寄ったときに、話を聞けたのだ。
プラグはアレンに『もしかしたら、焦って動くかも?』と念の為に、各所に精霊を配置することを提案した。
昨日の今日で仕掛けてくるとは思えないので、プラグは長期で見張る想定だったが、そこでアレンが面白い事を言った。

外から扉がノックされた。
「どうぞ」
アレンが答えて、扉が開く。入って来たのは、五年生――レインの『お世話係』。
金髪茶色目、ラート・ル・ムルシアと、茶髪に黒目、三白眼のイスキー・ル・フルスだった。
二人はアレンの後ろに控えた。

「改めて紹介する。この二人は近衛騎士団、第五大隊所属の兵士だ。つまり内偵だね」
アレンの言葉に、ゼラトは素直に驚き、薄々気づいていたプラグとシオウも一応、素直に驚いた。
「やっぱり、この二人だったんですね」
プラグは苦笑した。
「誰かは分かってた?」
アレンの言葉に――シオウが笑った。
「だっていかにも近衛です、って顔だろ! その辺のと全然違うぞ。もうちょっと上手くやれよ」
するとアレンが笑った。
「まあこの二人は分かりやすい方だから……他にも少しいるし、他の学年にもいる。こっちはもっと内緒で、上級生に入っているけど、下級生に入れる人はいなくてね」
「ま、そうだろなー」
シオウが笑った。十五、六歳、それ以上なら用意もできるが、十三歳、十四歳でそれなりに働ける者は珍しい。

「途中入学するなら、十五歳が精一杯ですよね? 上級生に入れる時は怪しまれませんでしたか?」
「そう、だから、五年前から十三、四歳で入ってもらった子もいる。その子達が成長して上級生になったという感じ。当時は今ほどでなかったけど、一応、噂があったから第五大隊が気にかけていたんだ。初めは『悪い伝統』を引き継いだのが誰か分からなかったから、それとなく生徒に注意を促す、くらいだったんだけどね。ここ一年で一気に来た。どうするつもりだったのかはこれから調査するけど」
アレンが溜息を吐いた。

「レイン君は気づいていたかい? この二人に」
アレンの言葉に、レインがアレンを見て答える。
「……途中から何となく察していた。ただ、元は腕の立つ妖精だったから声をかけた。適当に守れと指示を出したが、存分に役に立ってくれた。……兄とは関係があるのか?」
「それは第五大隊に入れば分かる――どうする? 君の人格審査は誤りだった、ということで、合格にもできるけど?」
アレンの言葉にレインは苦笑した。
「いや審査は正しい。俺は酷い人間だった。来年また受ければいい」
レインはあっさり断った。

「それに俺自身、俺の変化に戸惑っている。しばらく時間が欲しいんだ。価値観の変化というやつだ。今は本当に、毎日が楽しくて、忙しい。世界がこんなに妖精であふれているとは! 皆にも見せてやりたい」

レインは目を細めて笑った。幼さの残る、可愛らしい笑い方だった。
アレンが、口元を緩めて頷いた。
「そうか。そうだね。友達も沢山できたみたいだし。これから合同訓練もあるから、腕を磨いて頑張って」
「ああ。妖精達は強い。俺も負けていられない。頑張るぞ!」
レインが拳を握った。

お世話係の二人は澄ましているが、ほんの僅かに、微妙な表情をしていた。
『変わりすぎだろ……』と顔に書いてある。
この二人が上手く動いたおかげで、主犯の二人が動いてくれた。
まあ主犯が動かなくても、元々『ルネとアレンの手合わせ』は皆を集める口実だったので、健康診断されて皆、拘束されていたはずだ。

「セルヒ君は大丈夫でしたか?」
プラグは尋ねた。
風呂場で見た時、肌に赤みがあったので心配していたのだ。おそらく、目が悪いのも副作用だ。
「ああ、まだなんとかね。もう治療も終わっている。ただ、主犯の一人、マウロ君と、上級生の何人かは聖母様の力が必要だ……本来、こんなことで聖母様の寿命を縮めるなんて、あってはならないことなんだ……。今回は勉強になった。生徒達を気遣うあまりもたもたしていたけど、時には派手にやった方がいいんだね」
「もう一人……オーザさんは健康だったんですか?」
「そういうことだね。レイン君が言ってくれなかったら、オーザ君は本性を出さなかったかもしれない」
警備については、準備をする十五分ほどの間に大急ぎで整えたのだが、黒幕について、レインは心当たりがあると言った。
自分がそいつの後ろについて、何かやったら押さえるとも。

「俺には人に見えない物が見えるが……妖精は妖精に、それ以外はそれ以外にしか見えないから、何がどうなっているかは分からない」
「そうだね『真理の目』に頼るのは危険だ。でも使い方によってはとても助かる」
アレンが言った。

――『真理の目』
アレンの言葉にプラグは、はっとした。

シオウが少し驚いてレインを見た。
「それって、サルザットでたまに出て来るって言う、善悪を見抜く目だろ? お前が持ってんのか?」
レインはしっかり頷いた。
「ああ。俺の目には妖精とそうでないものが、はっきり分かれて見える。ただ、これは犯罪のあるなし、性格の善し悪しでは無いようだ。何を基準に分かれているかは、俺にも良く分からない。父の目とは違うようだから、単純に俺の好みかもしれない」

レインはプラグを見た。そして、ゼラトとホタルを見た。

「……俺の父は、俺が生まれた時、自分の目を潰して自殺を図った。しかし、生き延びて、たまにうわごとを言う。俺は父が恐かった。俺も、いつかああなるのではないかと思って、怯えていた。しかし俺は……ホタル、プラグ、ゼラト、王子殿下……数多の妖精達に出会えた。罪の重さに、死んでしまおうかと思ったが。妖精に出会ったことで、俺の目は変わった。不気味な霧は消え、今まで見えなかった真実が見えた。……だから、思っていたのと、違う道があるのではないかと思った。俺は死ぬくらいなら、いっそ、この道を歩いてみようと思った。その先が最悪だったら……俺がこの目に押しつぶされたら。その時は、すまないが、助けて欲しい。俺もお前達を助けよう」
レインは皆に向けて言っているが、プラグには、自分に向けて言っているように思えた。

――レインの目にはプラグがどう見えているのだろう。
もしかすると……。

プラグは微笑んだ。
「レイン。俺は必ず君を助ける。俺達の事は余裕があったらで十分だよ。仲良くしてくれると嬉しい」
レインの灰色の瞳が、プラグを見て揺れた。
「……ああ、この目の事は内緒にしてくれ。利用したがる輩もいるからな?」
レインがアレンを見て苦笑した。
――これにはアレンも苦笑いをした。
「そういうことだ。近衛では有名だが、ここにいる皆は、内緒にしてあげてくれ。そうだ。この内偵二人は、今年は居て、来年の試験で受かったことになって去る。何か私に伝えたい事があったら、彼等に伝言を頼む。後は近衛がやるから、君達は普段通りに過ごしてくれ。あ。授業は明日から再開されるけど、プラグ君達は、午前の授業は向こうで受けてもらう。食事はこちらで摂って、午後から訓練に参加だ。今後のお泊まり予定はリズ隊長と相談して決めて、この二人に伝える。では。そろそろ行くけど。本当に助かったよ。後はゆっくり、鍛錬を頑張って。ではこれで」

アレンは言って、『お世話係』の二人も去って行った。

これで、万事解決。
――とは行かないのが、この件の厄介な所だ。
しかし、後は近衛騎士団とクロスティア騎士団の裁量に任せておけばいい。
宿舎交換はあと四日。プラグは候補生生活に戻る事にした。

「そう言えば、明後日は星の日だね。……もう休みになるのか。交換はあっと言う間に終わりそうだな」
明日、授業を挟んで、七月七日は星の日で休み。その後は三日で交換は終了だ。
騒ぎがあったので肝心の近衛候補生の授業を受けていないし、七日以降も、近衛候補生が落ち着くまで合同訓練は無理そうだ。
プラグの呟きにレインが反応した。
「もっと居てもいいのだぞ? 一ヶ月くらい。いっそここに住んだらどうだ?」
「いや、しばらく後に、合同訓練で会えるし。そうだ、七日は、一緒にお祈りに行かない? 皆で出かけようよ」
「ん? 星の日か?」
「そう、俺は星の日が終わったら、もう外に出ないつもりだから」
するとシオウが笑った。
「――あははは! って言ってるけど、無理だな、お前。問題起こしすぎ! どうせ選挙も行くんだろ? 大騒ぎだって」
シオウの言葉にプラグは頰を膨らませた。
「全部、俺が起こした訳じゃ無い。もう絶対、真面目に頑張るんだ」
「諦めろよ。ま、でも意外に面白かったから、またここには来るかもな」
シオウの言葉にプラグは首を傾げた。
「気に入ったの?」
「いや別に。でも研究会の一覧、ざっと見たんだけど、気になるのもあったし。そーいうのもありかなって。とりあえず、オルザスなんちゃら会だっけ? 俺も入れんのかな?」
「オルザス輝証会だ。勿論、大歓迎だ! また確認しておくが、たぶん、入れると思う。ぜひ来てくれ。捜査は楽しいぞ」
レインの言葉にシオウは頷いた。
「ああ。何か将来、役に立ちそうだし。人脈作りってやつ? お前等はどうする?」
まさかシオウが興味を持つとは思っていなかったので、プラグは少し考えた。
プラグが悩む間に、ゼラトはうーん、と考えて口を開いた。
「なぁそれって、駄目だったら辞められる? 俺、勉強は苦手で……」
ゼラトがレインに言った。
「ああ。入るのも出るのも自由だから、一度、見学に来るといい。毎月三回、十日、二十日、三十日にやっている。研究会の日というのがあって、その日は午後から鍛練は休みだ――ああ、だが、近衛学校の予定か……内容によっては夕方にもあるのだが。それは不定期だからな」
「その辺はリズに聞いてみるから大丈夫。続けるかはわかんねぇけど、気に入ったら、たまに覗くくらいならできるだろ」
シオウはかなり乗り気らしい。
シオウは『――で、お前は?』と言う目でプラグを見た。
プラグは少しむっとした。
「シオウが行くなら俺も行く」
するとシオウがにやついた。
「ふふん。俺、今日、分かったんだけどよー」
シオウは訳知り顔で歩いて来て、プラグの顔を覗き込んで、話し始めた。

「お前、俺の事、かなり意識してるだろ。負けたくないって。やる気満々。ここに来てからも、ずっと視線を感じてたし?」
「う……」
図星だったのでプラグは黙り込んだ。
「そのくせ、目立ちたくねぇーとか変な事思ってんの」
「……う」
これも図星だ。シオウが頭をぽんぽんと叩いてくる。
「つーわけで、俺が参加すれば、お前も参加せざるを得ない。なぜなら、俺に負けたくないから。……連れて行ってやるから、一緒に参加しようぜ。お前、このまま一生、部屋に閉じこもる気だろ。首席の余裕を見せろよ。こいつらも目立つし、皆で一緒に行動すりゃ目立たないって。行きたいんだろー? 本当は」
「ううう……」
プラグは唸った。全て見抜かれている。
役目が、使命が、あれがそれが、領主試験の勉強が……と色々葛藤した結果、プラグは項垂れて、頷いた。
「分かった、行く……シオウが行くところだけ……」
「ははは。お前、正直に、俺に負けてたまるか、って言えばいいのによ。よし決まり。また行こうぜ。ゼラトもよろしくな。レインも。コイツを外に引っ張り出してくれ。本当は出かけるの大好きだから。そして俺が一位を取る作戦!」

プラグはかなり感動してしまった。
プラグはずっと、シオウはこうだろう、ああだろう、と決めつけていたが、シオウはプラグが思う以上に行動的で、機知に富んだ良い奴だったのだ。
しかし思い返してみても、プラグがシオウに好かれる理由が見当たらないのだが……シオウはいつもプラグに優しい。いや、誰にでも優しい気がする。
「優しい……。ありがとう」
プラグが呟くとシオウは、はぁ? と呟いて、素知らぬ顔をした。
「お前、恥ずかしいヤツだなー……」
シオウは顔を背けて、やれやれと深く溜息を吐いた。
見ていたゼラトはにやけつつ、しっかり頷いている。
「わかった、俺も参加してみる。レインも一緒に。どんな事やってるんだ?」
ゼラトの言葉にレインは、資料があるから取ってくる、と言って、慌ただしく部屋を出て……すぐ戻って来た。

「――朗報だ、明日、エアリ公爵が皆に稽古を付けて下さるそうだ!」
レインの言葉に、プラグは思わず顔をしかめた。

■ ■ ■

翌朝。七月六日。
プラグ、シオウ、ゼラトは精霊騎士課程の授業を受けるため、候補生宿舎へ向かった。
午後からは近衛候補生の授業があるので、レインと一緒に受ける事になっている。
……忙しい近衛騎士団の代わりに、名乗り出たのはルネだった。

――近衛候補生達は、この国の恐ろしさをなるべく早めに知るべきだろう。
王女殿下は男と同室だし、王族縁者はその辺を歩いているし、リズやルネは目茶苦茶だし。近衛騎士団長は普通そうに見えてとても変わっているし、黒ローブには要注意だし、捜査は的確だ。
……元々、アレンは事前捜査をしていて、何が子供達にとって最善かを考えていた。
今回の件は規模が大きく、下手に摘発すると子供達の未来が潰れる。
そして選んだのが宿舎交換という荒療治だ。宿舎交換に合わせてアバラソウの検診するために、元々、医者の確保をしてあったのだ。
プラグの役目は目くらましだ。プラグが目立たなくても、きっと全部、解決しただろう。

そして、ルネの登場は『待っていました』と言わんばかりだ。
この辺りも、間違い無く情報が伝わっている。
ルネに聞けば「元々そのつもりだった」あるいは「そう頼まれていた」と言うだろう。
プラグは、最初からルネがいれば荒れなかっただろうな……と思った。仇役も必要なのだ。

プラグは痛め付けの見本にならないように、なるべく端にいようと思った。
(大丈夫だと思うけど……指名されたらシオウにお願いしよう)
プラグは逃げる気満々だ。さすがに無いと信じたい。
痛めつけるなら、思い上がった近衛候補生が効果的だ。そうであると信じたい。
……ルネの突飛な行動は、プラグ自身が痛くなければ、そこまで嫌いでは無い。

近衛宿舎から、精霊騎士候補生宿舎まで、移動距離は思ったよりあったが、実際に歩いてみると十分程度だった。
意外に早く着いてしまったため、他の候補生達はまだ走っていた。
それでも事務の候補生や、戦闘クラスの候補生もちらほら戻っていて「どうだった?」と聞かれた。
「いやもう、色々、スゲーよ! 広かった! 飯も凄かった! ベッドもふかふか! カーテンついてた!」
ゼラトが興奮気味に語る。
プラグも頷いた。
「雰囲気も悪くないから、そのうち交代で行けるかもね」
「へぇー。そうなんだ? 女子は行けそう?」
ペイトが尋ねてきた。女子は興味津々だ。
ゼラトが腕を組んで考える。
「女子かー。もうちょっと後なら行けるかも? 小さい風呂があって、それを使えば。あ、トイレが各階に三カ所あって、しかもスイセンなんだよ! 建物は三階建てだし!」
女子達は首を傾げた。
「スイセンって何?」
ゼラトが女子達に説明をする。
皆が「すごーい!」と言った。

シオウはプラグの左側に座って、頬杖をついて目を伏せていた。
ずっと、シオウは他人に興味がないのだと思っていたが、そうではないらしい。
寝ている時もあるが、一応、会話は聞いているのだ。
たった二日だが、この仕草も懐かしい。
「あーこの狭さ、落ち着く……」
シオウは呟き、おもむろに足を伸ばし……少しぶつけ。
すっと目を開け、口を開いた。
「でも、この椅子! ちいっさ! やっぱそうだよな!? 小さいよな? ここ、全部ちいっさ!」
シオウはずっとそう思っていたらしい。
言われてみればそうかもしれない。プラグも笑って頷いた。
「確かに。あっちは全体的にゆったりしていたよね。こっちは十四歳用だからかな」
「だよな。子供用なんだよ。だからってもう少し大きくても……ハァ。 ベッドも狭いし。最近、足がはみ出るんだよ」
プラグは丁度良いが、シオウは背が高い方なので気になるのだろう。
プラグ達の会話にゼラトが振り返った。
「でも、あそこ無駄に広いよな。食堂の椅子も背もたれに背中が届かないもんな」
ゼラトに同意を求められてプラグは頷いた。食堂の椅子は大きくて、背中が少し余る。
「勉強机も背中にクッションが欲しいよね」

そこで、候補生達がぞろぞろと戻って来た。
「あ、ゼラト」「プラグもいる! おかえりー!」
「シオウだ」「よう、おかえりー」

席も埋まり、もう少しで始まる、と言うときにアルスが入って来た。
「あ、おかえりなさい!」
アルスはプラグ達を見て手を振った。プラグも手を振り返す。

彼女の後ろには訓練着の近衛候補生が三人いる。これはレインが教えてくれたが、初回の交換は『普通に血統主義』の無害な候補生だったらしい。
要するに、悪さはしないが威張る候補生だ。
アルスの部屋だけではなく、アドニスの部屋にも一人入っている。
この三人は先に健康診断をしてあると、今朝『お世話係』の二人が言っていた。
レインの『目』は貴重なので、護衛の役目もあるのだろう。ただし、レインが変わってしまって驚いているのは本当らしい。

「ほら、貴方達も適当に座って、始まるわ。あ、女子で挟もうかしら。アドニスの隣はどう?」
「――とんでもない!」「うぁああ」「……ひいッ」
考えてみればまだ二日だ。
彼らはアルスに慣れていないのだろう。アルスも王女としてはかなり変わっている。
……プラグ達の順応が速すぎるのかもしれない。リズやルネに鍛えられた成果だろうか。
リルカが笑って手招きする。
「アドニスの隣、空けてあるわよー」
プラグ達の一つ前の列は、左端にアドニスがいて、後は見事に開けてある。
「皆さん、僕の隣へどうぞ」
アドニスが言って、アルスが「挟んじゃおうかしら」と言って、血統主義の三人はアドニスとアルスの間に挟まれて座った。

プラグの隣も一つ空いている。いつもならここにアルスが座る。
「……隣が良かったな」
プラグがこぼしたところ、アルスがぱっと振り返り。
「なぁに、私がいなくて寂しいの?」
と悪戯っぽい笑顔で言った。
プラグは戸惑って「そんなことない」と慌てて否定したが、周囲が一斉にプラグを見てニヤついた。

「あー寂しいんだ? アルスも寂しがってたわよー」
すかさずペイトがからかってきた。
「三人じゃないと落ち着かない?」「会いたかったんだよねー?」
リルカとバーバラが含み笑いをして聞いてきた。
なぜか女子が皆、にやにやしている。

「そんな事ないって……」
あまりに見られるので、プラグは教科書で顔を隠した。

〈おわり〉


スタンプを贈って作者を応援しよう!



みんなのリアクション



おすすめ作品を読み込み中です…



「おはよう、プラグ君」
レインと、プラグ、シオウ、ゼラトが朝食に降りて行くと、食堂にアレンがいて、上座で食事を摂っていた。
「おはようございます、アレン団長。今日はここで朝食ですか」
プラグの言葉に、アレンは頷いた。
「ああ、これからは宿舎に、交代で泊まろうと思ってね。今までが適当過ぎたんだ」
プラグは頷いた。
「それがいいですね。どこで寝ても同じですから。高すぎる特部屋も空いていますし。あ、そうだ、これが、部屋の扉に挟まっていました。中々、切実な訴えなので調査して下さい」
プラグはあえて皆の前で渡した。
全て事実かは、調査が必要だが……涙でにじんだ文字を見過ごす事はできなかった。
「わかったよ。実は今朝、もうすでに何枚か貰っていてね。この通りだ。思った以上の酷さに困っているところだ。正式に調査委員会を設置するから。この際、膿は出し切る。北棟と南棟には副団長、他の団員達がいるよ。当面は大忙しだ。とりあえず――読もう」
アレンはプラグが渡した紙を開いて、眉を顰めた。
そして深く、深く溜息を吐いた。
「……なるほど。本当なら、これは酷い……。全く――これは皆に聞いて欲しい。皆の訴えは今の所、騎士団内の物だけど。実は街からも苦情が来ている。一部の生徒があまりに酷いとね。住民はしっかり、どこの誰が何をしたと覚えている。騎士団の威光、家の威光。そんなものは無意味なんだ。そちらにも聞き取りを出しているから、言い逃れはできない。――騎士というのは、人より強い。貴族というのは、平民にはない特権がある。それは決して、威張るためでは無いはずだ。その事をよく考えてくれ。君達はまだ若い。更正の機会は与えよう。それでダメなら、諦めて退学、罪状によっては投獄、身分剥奪、蟄居閉門もある。これには私達にも責任がある。この五年、いや、もっと前から。私達は、君達に『正しい道』を示していなかった」
アレンが、生徒の訴えを持って立ち上がる。
アレンは剣を携えていた。
――昨日も持っていたが、不思議なほど目立っていなかった。
剣は彼の一部なのだ。それだけで彼の実力が分かる。
「道とは何か。強さとは何か。今日、午前中に、エアリ侯爵が私と立ち会って下さる。エアリ侯爵は間違い無く、今この国で最も強い男性だ。そして間違い無く私より強い。今日は、副団長のお二人も彼と戦って下さる。副団長二人の実力は決してお飾りではないが、それでも遠い。足りないんだ! 君達を放置して近衛兵は何をしていた? 近衛兵は皆、自分を鍛えていたんだ。これからは近衛騎士団の、本当の実力を隠さずに伝えよう。精霊騎士と比べて、この程度かと失望すると思う。だが諸君等は、まだ越えられる! 私達も無限に強くなる! それが我々の目指すべき道だ! もう二度と貴族だからと容赦はしない! 心してかかるように!!」
近衛候補生達の「はい!」という返事が広間に響いた。
「――でも、俺達、近衛にはならないしなぁ……」
と言う声が側で聞こえたので、プラグは微笑んだ。
「近衛は、いざという時に、命を賭けて皆を守ってくれる人達だよ。その人達がどんなに頑張っているか見届けるのも大切だ。エアリ公爵みたいに強い相手に戦いを挑むのって、かなり勇気がいる。負けるかもしれないのにそんな姿を見せるなんて、もっと勇気がいる。団長達はそれだけ皆の事を大事にしているんだ。ここは素直に受け入れて、皆で、団長に頑張って! って声をかけないと。俺だって、団長が公爵に負けるなんて思って無い。『近衛騎士団の至宝』って言われるくらいの人なんだよ」
するとアレンが苦笑した。
「ちょっと、持ち上げすぎかなー……全く、君って人は。にこやかだけど油断できない。気合を入れて行くから」
プラグは笑った。
「この国の最高峰がぶつかるんだ。これはもう、見るしか無いよ! さ、行こう、もうやるんですよね!? 早く行きましょうよ! シオウも見たいよね?」
「もちろん、見る。あのルネの吠え面を拝みたい! マジでアイツ、強すぎてむかつくんだよ! な、ゼラト!」
「いや俺はまだ戦ったこと無いって。あ、この二人、化け物みたいに強いから怒らせるなよ。剣術の首席と次席だから。プラグはさー。もっと強いです、って顔した方が良いって、絶対、舐められてる」
ゼラトが言ったが、プラグは浮き浮きしていた。
「一番、良い場所で見る! どこでやるんですか!」
「前庭だよ。準備して行こうか。皆、十五分後に、前庭に集合。ルネ公爵が来るまで、そうだな、プラグ君達、何か見せてくれる?」
「え……目立つのはちょっと」
プラグは首を振った。もう大分目立っているので、これ以上目立つと恨まれそうだ。
「そこを何とか。軽くでいいから」
「ううん……」
「いーじゃねぇか。やろうぜ。今日、朝のアレやってないし。あんな感じなら」
「ああ、そうか。じゃあそうするか」
プラグは頷いた。
「アレって、朝の手合わせだよな……やるの……うわー、皆が可愛そう……」
プラグとシオウの、毎朝の手合わせはたまに見学者がいて、ゼラトも見学していた事がある。
「あ、剣、取ってこないと」
プラグは思い出した。短剣はあるが、長剣は部屋に置いてある。
「早く常に持てるようになりてぇな。いちいち指示されるのめんどい」
「ほんとだね、さっきのアレンさんみたいに、体の一部にしたい。さっきまで、剣を持っているのを忘れてたよ」
プラグの言葉にシオウが目を輝かせて頷いた。
「あ、あれ格好良かったよな! 俺もあるの忘れてた。相当な使い手だって」
アレンが声を上げた。
「だから持ち上げないで! まったく……」
そしてプラグ達は前庭へ出た。
ここは宿舎の西側にある広い庭だ。鍛練施設があって、近くに巻き藁や、的がある。
あとは何も無い更地で、地面はほとんど砂、たまに草が生えている。完全に訓練場らしい。
森まで、広さは百メルト程度あるようだが……。
「こんな風になってんだな……すげー。広い。ここなら火、ぶっ放してもよさそうだな」
「でも五百人だとぎりぎりかな。全員が見るんですか?」
「その予定だよ。じゃあ、二人ともお願いできる?」
「もう始めるんですか?」
「そうだね。できれば何人か相手して貰いたいけど、まずは二人で。公爵が来るまであと二十分くらいだし軽く」
暇な近衛兵達も集まっていて、副団長二人の姿もある。
貴族学校の生徒と、近衛候補生達も集まってきていて、近衛候補生達は北側に。貴族学校の生徒達は南側に並んだ。
「すっげー観衆。過去イチかも」
シオウが言った。生徒達はひしめき合って、何事かとこちらを見ている。
「緊張する。剣、抜いとく?」
プラグは呟いた。
「まあ今日は、抜く所からでいいだろ――あ。アレンさん、折角だし、開始の合図をお願いできます?」
シオウがアレンに言った。アレンは二人の真横にいる。
二人は剣を鞘に収めたまま向き合った。これはアレンの影響だ。
「わかった。少し説明をする」
アレンはプレートケースから、音のプレートを取り出して、声を張り上げた。
「諸君、エアリ公爵が来るまで、精霊騎士候補生のプラグ君とシオウ君が軽く手合わせをしてくれる。ちなみに彼等の、剣の成績は首席と次席だ。見られる機会は滅多に無いから、よく見ておくように。では――始め!」
プラグは右足を下げ、剣を抜いて、右耳の隣で、横向きに真っ直ぐ構えて切っ先をシオウに向けた。
シオウは笑って、こちらも同じ構えを取った。同じ構えだが雰囲気はまるで違う。
二人の間は五メルトほどあった。
次の瞬間にはお互い剣を合わせていた。シオウは軽く剣を持ち替え下から、プラグは上から振った。甲高い音が響く。この時シオウはプラグの当たると痺れる剣を上手く外して当てている。そして、その攻撃は紙より軽かった。シオウの狙いは突きで、そのまま針の穴を通すようにプラグの肋骨の隙間を狙う。これはシオウの特徴で、突きで狙うときは狙いがいつもはっきりしている。相手は狙いが分かるのだが――速すぎて避けられない。突くフリをする事もあるので油断は出来ない。プラグはぎりぎりで一歩引き、左足を地面につき、そのまま軸にして右真横から水平に剣を振った。シオウの左手側から肘を切り落とす為の一撃だが、シオウは肘を上げて剣の平で防いだ。普通、突きからはできない動きだ。突きでできた空間を狙ったのだが、シオウならこれくらいはやる。
そこでプラグはぞっとして、剣を横に振る。剣の平で防いだシオウはそのまま剣を垂直に上げて、プラグを斬ろうとしてきた。シオウの剣は当たらず、空気が斬れる。
プラグは前進しつつ腕を伸ばし、上がった剣を追った。軽く合わさり、互いに剣を巻き取ろうとする。
シオウが力を加えて、二回プラグの剣を叩いた。一度は軽く、二回目は振りかぶって強く。強さが乗っていて、プラグの剣は少しぶれたが、しっかり防いだところで、シオウが笑って、激しい打ち合いが始まった。
互いに大ぶりの剣を合わせて、引いて、突いて、避けて、隙に大きく振り下ろして、隙を見て突き返す。プラグの斜め切りをシオウは半歩引いて躱した。プラグは体を回転させそのままもう一度斬りつける。これは当たりかけたが、そんな攻防もすぐに過去になる。
プラグが真上から振り降ろした一撃を、シオウが剣の鍔で受けた。瞬間的に、シオウが鍔を絡めてプラグの剣を防ぎ、それと同時に右足で蹴りを入れた。プラグから見ると左から飛んでくるので一番避けやすい左が封じられた。右に半歩ずれて避け、一歩引き、剣を引き――しかしシオウも読んでいて、プラグが斬る動作に入る前に、一歩引いて、間合いを取り直して、結果、また剣がぶつかった。反応が早い。
お互い力が乗った一撃だが、プラグはやや体勢不利。しかし我が儘を言って、そのまま斬り込んだ。その時には体を正しく直しているので、お手本のような振りになる。
何度か斬り下ろすが全てシオウに防がれる。シオウが攻撃に転じて今度はプラグが防ぎきる。
シオウの切っ先を外に反らすが、切っ先はすぐ戻り、突きが来て、突きを躱す。シオウの横振りをプラグは剣に手を添え、防ごうとした、その時。
「おい、やめろっ!」
と言う声した瞬間に、プラグとシオウ目掛けて複数の何かが飛んで来た。十人ほど――貴族学校の生徒達から放たれたのは小型クロスボウの矢だった。大きさは三十セリチほど。青いケープの下に隠してあった。向かいの候補生は悲鳴を上げた。プラグとシオウは背を向けていて、避けられない――と思った瞬間。
「防ぎます……!」
ナダ=エルタとアール=ララフが二人の左右に氷と土で壁を作り、全ての矢を防いだ。
同時に、近くの近衛が矢を放った生徒達を取り押さえる。
そして中央の空間を囲んでいた近衛の精霊達が姿を現した。
アレンが声を上げる。
「今、怪しい動きをした者を捕縛!」
「はっ!」
近衛が動く。
……おかげでプラグは無事、シオウの攻撃を受けることができた。これに当たると真っ二つだった。
シオウが口の端を上げ、剣を引いて、観衆に目を向ける。
矢を放った生徒達は逃げようとしたが、あっと言う間に拘束された。
それ以外にも、近衛候補生の中で、近衛に捕縛された者がいた。
長い黒髪で、背の高い美貌の青年だった。
年は十八。名前はオーザ・ダビド・ラ・フォキア。
「オーザ。今、手紙で指示を出したな。はっきり聞いたぞ」
言ったのはレインだ。彼はオーザの斜め後ろにいた。
近衛兵が頷き。オーザを中央に連れて行く。
「っ! マウロ!」
オーザが呼んだのは金髪の、こちらも美貌の青年だったが、その青年も既に拘束されていた。
貴族学校の生徒達、候補生達がざわつく。
混乱が起きそうになりかけたが。アレンや近衛、精霊が鎮める。
プラグも「大丈夫なので、動かずに待機して下さーい」と呑気な声を上げて協力した。
「その場で待機だってよー。動くなよ」
シオウも反対側に向かって声をかけている。生徒はどよめき、ざわついている。
アレンが声を上げて生徒を宥める。
「大丈夫だ。諸君、静かに! その場を動くな! こういうこともあると言うだけだ。彼等は前から別件で調査していたから、このまま取り調べを受けてもらう。脅されて従った子には情状酌量があるから、大丈夫だ。連れて行って」
アレンは『音』のプレートを使っているので、声は隅々まで届く。
「はっ!」
近衛兵が生徒達を連れて行った。
残った大勢はざわついている。
「オーザとマウロが……?」
「えっ? あいつら何かやってたのか……?」
「マウロはともかく、オーザ様?」
「あの二人、仲が悪かったよな……?」
「諸君には、授業の一環と言う事で、簡単に説明しよう」
アレンが微笑んで、懐から小瓶を取り出した。
……中には小さな緑色の丸薬が三分の一ほど入っている。
丸薬は小さく、爪で摘まめる程度だった。
「この瓶の中にあるのは『アバラソウ』と言う禁止植物から作られた丸薬だ。これが近頃、ストラヴェルで出回っていた。そしてこの学校でも誰かが流通させていたらしい。その犯人の特定に近衛は尽力していた。プラグ君、アバラソウにはどんな性質がある?」
アレンがプラグに質問をした。
プラグは剣を収めて、姿勢を正して答える。
「はい。アバラソウは、名前の通り、肋(アバラ)のように細く枝分かれた葉を持つ植物です。精製された丸薬は経口摂取すると、霊力を一時的高める効果がありますが、常用すると、体に害が出ます。具体的には、心肺機能の低下。血栓や不整脈。特に心臓に負担が掛かります。後は神経の麻痺。長期間の服用では死に至る場合が多いです。初期症状は目眩、手足の痺れ、視力低下、皮膚のただれです。中期では、引っ掻いたところがしばらく赤くなることが多いそうです。肌に小さな鬱血や痣が残る場合や、古傷が浮かび上がる場合もあります。末期では判断力の低下、幻覚、理性の消失、失明、突然死などがあります。――これを服用すると、初期は酩酊感、高揚感が得られます。最大の特徴として初期は『治療のプレートが効く』ので、気軽に手を出す人が後を絶ちません。しかし、高い中毒性があり、禁断症状として不快な幻覚を見る事があります。連続服用による症状の進行は一年程度と早く、気が付いたら『治療』が利かなくなっている……なんてこともあるそうです。ストラヴェルでは違法ですが、一部の国では合法とされていて、騎士団、傭兵、軍隊で使われます」
アレンが頷いた。
「そうだね。ありがとう。合法とされる国もある。しかしこの国では所持は禁止。精製も栽培も禁止されている。それを、一部では『聖女の恩恵』なんて言って子供や、霊力の低い者に売る輩がいる。確かにこれを使うと霊力は高まる。治療のプレートを使っていれば、初期は問題なく過ごせるが……だが残念ながら中毒性がとても高い。そして高価だ。この瓶一つで、五十万グランはする。これはある候補生の部屋から発見された物だ。彼はもっと安く、初めは無料で貰ったと言っている。その候補生は今、もう治療を受けている。――こう言う物を!」
アレンは瓶を地面に叩き付けた。瓶は砕けた。
「子供に売りつける大人も、それに乗ってしまう子供も。合法とする国も! 実に愚かだ!」
アレンは続けた。
「一時的に霊力が増える、これは魅力的だけどね。死亡率は皆が思っているより高い――これで国が滅んだ例もあるんだ。残念ながら今日は、エアリ公爵は留守だった。また、落ち着いたら彼の授業も受けられる。今日は、今から全員、順番に健康診断を受けてもらう。医者は手配してある。重症者は入院だ。末期でも『聖女の力』があれば助かる事もある。幸い我が国には聖母様がいらっしゃる……大丈夫だから、落ち着いて、決して自棄にならないように」
■ ■ ■
全員の診察が終わる頃には夕方になっていた。
夕刻、プラグ達は何となく集まって、プラグの部屋で自習をして過ごした。
そこにはレインもいる。彼も、プラグ達も診察を終えて、結果は問題なし。
ゼラトは溜息を吐いた。
「そんな物があるって知らなかったよ。でも、授業ではやったよね……本当にあるんだって感じ。皆、凄い沢山、引っかかってた……恐い」
精霊騎士課程でも、危険な植物として勉強していたが。ここでは、診察を見ていただけで、三分の一ほどの生徒が引っかかっていた。まだまだ増えそうで近衛の表情は硬かった。
ゼラトの言葉にレインが頷いた。
「二年前、俺がここに俺が入った時には、既に一部の生徒達は持っていたが、これほど蔓延したのはここ一年ほどだな。だがまあ、俺には不要だったし断った。危険性も理解していたからな。だが、悪戯で食事に混ぜられる例もあったから警戒していた。初期は簡単に治療できてしまうのが問題だ」
シオウはベッドに座って『パロン族の戦い』を読んでいたが、顔を上げ、溜息を吐いた。
「あの葉っぱ、合法な所もあるからなぁ……セラ国でも確か、一部使用みたいな感じで使ってたよな? 痛み止め、熱冷ましくらいに」
プラグは頷いた。
「でも、それは毒性を抑えて、改良してある薬だ。毒は薬にもなる……痛み止めと熱冷ましは、ストラヴェルでも合法だし、教会でも処方される」
シオウが頷いた。
「霊力が欲しいヤツはいっぱいるからな……昔の『聖女の恩寵』ってのも、こういうモンだったのかもな」
シオウの言葉にプラグは首を振った
「そんな事は無いと思うよ。何となく。継続的に『戦士(ゼイン)』に霊力を与えるってなると。もう少し違う物か『契約』を合わせた物だったんだと思う。俺の想像だけど」
「ゼイン?」
シオウが首を傾げた。
「あ、うん、ゼクナ語で強い戦士のこと。カルタでもそう言うんだ」
プラグは言い訳した。うっかり古い言葉を使ってしまった。
「ああ。パロン族も言うな、そういや……この本にも出てた」
パロン族がいたのはかなり前だ。シオウはそれで口をつぐんだ。
するとゼラトが溜息を吐いた。
「俺は霊力で困った事は無いけど、もし困ったら、手、出したかもな……いや死ぬなら駄目だけど。皆、治るんだよね?」
「それ駄目だぞ」
シオウが言って、続けた。
「俺、使ったヤツ見た事あるんだけど――つか、俺の家では、いらないヤツに使わせて、力や霊力を強くして、訓練相手にしてたんだけどよ。まあ、あっと言う間にコロッと死ぬんだよ。幻覚にうなされて、薬欲しがって。体中を引っ掻いて血だらけになって死ぬ。ありゃ本当にどうしようもない」
シオウの言葉にレインが頷いた。
「俺の家でもやっていた。拷問の練習として少しずつ与えて、脅したり、懐柔したりするんだ。俺がやった分は量は加減していたが、その後はどうなったか知らない。『治療』も末期になると効かないからな。唯一の望みは聖女だが、実家にいる訳もない」
レインの言葉に、プラグもしっかりと頷いた。
「初期なら治療が効く。でも中毒性が高いんだよ。大抵、一瓶いくらでまとめて売ってるから、気軽に一粒って思ってると、いつのまにか日常的に使うようになる。病院で『お菓子みたいな物』って言っている人がいたけどね。そう言う人達はあっと言う間に死んでしまったよ。小さいけど、かなり強い毒なんだ。絶対に、使ったら駄目だ。誤飲したらすぐ、『治療』を使って、その後は病院だ」
「げ……分かった」
ゼラトは頷いた。
すると部屋がノックされた。
入って来たのはアレンだった。レインが立ち上がって席を譲る。レインの向かい側にはゼラトがいたが、ゼラトも席を立ってプラグに譲った。
アレンは「ありがとう」と言って腰掛けた。
「お疲れ様。やっと全員の診察が終わったよ。皆、今日は改めて、ありがとう。だいたい、半分と言った所だね。ここまで酷いとは。だけど街での横暴も少し説明が付いた……やはりそうだったかと言ったところだけど。特に多かったのは低学年だ。とりあえず飲んどけ、って渡された下級生が、予想以上に多かった。はぁ……全く、最悪だ……知識のある子は断るか、怪しいと思って飲まなかった子も多いけど……飲んでしまって、嘘の情報で脅されてた、って子もいる」
アレンはさぞ頭が痛いだろう。
……実は近衛学校が荒れている、薬が流行っている、と言う噂は漏れ聞こえていた。
首都周辺では近衛が止めていたらしいが、逆に遠くでは良く聞こえる。
サリーにも、エスタード領の領主にも気を付けるように言われた。エスタード領の領主はカルタ伯爵と仲が良く、彼が所用でカルタに立ち寄ったときに、話を聞けたのだ。
プラグはアレンに『もしかしたら、焦って動くかも?』と念の為に、各所に精霊を配置することを提案した。
昨日の今日で仕掛けてくるとは思えないので、プラグは長期で見張る想定だったが、そこでアレンが面白い事を言った。
外から扉がノックされた。
「どうぞ」
アレンが答えて、扉が開く。入って来たのは、五年生――レインの『お世話係』。
金髪茶色目、ラート・ル・ムルシアと、茶髪に黒目、三白眼のイスキー・ル・フルスだった。
二人はアレンの後ろに控えた。
「改めて紹介する。この二人は近衛騎士団、第五大隊所属の兵士だ。つまり内偵だね」
アレンの言葉に、ゼラトは素直に驚き、薄々気づいていたプラグとシオウも一応、素直に驚いた。
「やっぱり、この二人だったんですね」
プラグは苦笑した。
「誰かは分かってた?」
アレンの言葉に――シオウが笑った。
「だっていかにも近衛です、って顔だろ! その辺のと全然違うぞ。もうちょっと上手くやれよ」
するとアレンが笑った。
「まあこの二人は分かりやすい方だから……他にも少しいるし、他の学年にもいる。こっちはもっと内緒で、上級生に入っているけど、下級生に入れる人はいなくてね」
「ま、そうだろなー」
シオウが笑った。十五、六歳、それ以上なら用意もできるが、十三歳、十四歳でそれなりに働ける者は珍しい。
「途中入学するなら、十五歳が精一杯ですよね? 上級生に入れる時は怪しまれませんでしたか?」
「そう、だから、五年前から十三、四歳で入ってもらった子もいる。その子達が成長して上級生になったという感じ。当時は今ほどでなかったけど、一応、噂があったから第五大隊が気にかけていたんだ。初めは『悪い伝統』を引き継いだのが誰か分からなかったから、それとなく生徒に注意を促す、くらいだったんだけどね。ここ一年で一気に来た。どうするつもりだったのかはこれから調査するけど」
アレンが溜息を吐いた。
「レイン君は気づいていたかい? この二人に」
アレンの言葉に、レインがアレンを見て答える。
「……途中から何となく察していた。ただ、元は腕の立つ妖精だったから声をかけた。適当に守れと指示を出したが、存分に役に立ってくれた。……兄とは関係があるのか?」
「それは第五大隊に入れば分かる――どうする? 君の人格審査は誤りだった、ということで、合格にもできるけど?」
アレンの言葉にレインは苦笑した。
「いや審査は正しい。俺は酷い人間だった。来年また受ければいい」
レインはあっさり断った。
「それに俺自身、俺の変化に戸惑っている。しばらく時間が欲しいんだ。価値観の変化というやつだ。今は本当に、毎日が楽しくて、忙しい。世界がこんなに妖精であふれているとは! 皆にも見せてやりたい」
レインは目を細めて笑った。幼さの残る、可愛らしい笑い方だった。
アレンが、口元を緩めて頷いた。
「そうか。そうだね。友達も沢山できたみたいだし。これから合同訓練もあるから、腕を磨いて頑張って」
「ああ。妖精達は強い。俺も負けていられない。頑張るぞ!」
レインが拳を握った。
お世話係の二人は澄ましているが、ほんの僅かに、微妙な表情をしていた。
『変わりすぎだろ……』と顔に書いてある。
この二人が上手く動いたおかげで、主犯の二人が動いてくれた。
まあ主犯が動かなくても、元々『ルネとアレンの手合わせ』は皆を集める口実だったので、健康診断されて皆、拘束されていたはずだ。
「セルヒ君は大丈夫でしたか?」
プラグは尋ねた。
風呂場で見た時、肌に赤みがあったので心配していたのだ。おそらく、目が悪いのも副作用だ。
「ああ、まだなんとかね。もう治療も終わっている。ただ、主犯の一人、マウロ君と、上級生の何人かは聖母様の力が必要だ……本来、こんなことで聖母様の寿命を縮めるなんて、あってはならないことなんだ……。今回は勉強になった。生徒達を気遣うあまりもたもたしていたけど、時には派手にやった方がいいんだね」
「もう一人……オーザさんは健康だったんですか?」
「そういうことだね。レイン君が言ってくれなかったら、オーザ君は本性を出さなかったかもしれない」
警備については、準備をする十五分ほどの間に大急ぎで整えたのだが、黒幕について、レインは心当たりがあると言った。
自分がそいつの後ろについて、何かやったら押さえるとも。
「俺には人に見えない物が見えるが……妖精は妖精に、それ以外はそれ以外にしか見えないから、何がどうなっているかは分からない」
「そうだね『真理の目』に頼るのは危険だ。でも使い方によってはとても助かる」
アレンが言った。
――『真理の目』
アレンの言葉にプラグは、はっとした。
シオウが少し驚いてレインを見た。
「それって、サルザットでたまに出て来るって言う、善悪を見抜く目だろ? お前が持ってんのか?」
レインはしっかり頷いた。
「ああ。俺の目には妖精とそうでないものが、はっきり分かれて見える。ただ、これは犯罪のあるなし、性格の善し悪しでは無いようだ。何を基準に分かれているかは、俺にも良く分からない。父の目とは違うようだから、単純に俺の好みかもしれない」
レインはプラグを見た。そして、ゼラトとホタルを見た。
「……俺の父は、俺が生まれた時、自分の目を潰して自殺を図った。しかし、生き延びて、たまにうわごとを言う。俺は父が恐かった。俺も、いつかああなるのではないかと思って、怯えていた。しかし俺は……ホタル、プラグ、ゼラト、王子殿下……数多の妖精達に出会えた。罪の重さに、死んでしまおうかと思ったが。妖精に出会ったことで、俺の目は変わった。不気味な霧は消え、今まで見えなかった真実が見えた。……だから、思っていたのと、違う道があるのではないかと思った。俺は死ぬくらいなら、いっそ、この道を歩いてみようと思った。その先が最悪だったら……俺がこの目に押しつぶされたら。その時は、すまないが、助けて欲しい。俺もお前達を助けよう」
レインは皆に向けて言っているが、プラグには、自分に向けて言っているように思えた。
――レインの目にはプラグがどう見えているのだろう。
もしかすると……。
プラグは微笑んだ。
「レイン。俺は必ず君を助ける。俺達の事は余裕があったらで十分だよ。仲良くしてくれると嬉しい」
レインの灰色の瞳が、プラグを見て揺れた。
「……ああ、この目の事は内緒にしてくれ。利用したがる輩もいるからな?」
レインがアレンを見て苦笑した。
――これにはアレンも苦笑いをした。
「そういうことだ。近衛では有名だが、ここにいる皆は、内緒にしてあげてくれ。そうだ。この内偵二人は、今年は居て、来年の試験で受かったことになって去る。何か私に伝えたい事があったら、彼等に伝言を頼む。後は近衛がやるから、君達は普段通りに過ごしてくれ。あ。授業は明日から再開されるけど、プラグ君達は、午前の授業は向こうで受けてもらう。食事はこちらで摂って、午後から訓練に参加だ。今後のお泊まり予定はリズ隊長と相談して決めて、この二人に伝える。では。そろそろ行くけど。本当に助かったよ。後はゆっくり、鍛錬を頑張って。ではこれで」
アレンは言って、『お世話係』の二人も去って行った。
これで、万事解決。
――とは行かないのが、この件の厄介な所だ。
しかし、後は近衛騎士団とクロスティア騎士団の裁量に任せておけばいい。
宿舎交換はあと四日。プラグは候補生生活に戻る事にした。
「そう言えば、明後日は星の日だね。……もう休みになるのか。交換はあっと言う間に終わりそうだな」
明日、授業を挟んで、七月七日は星の日で休み。その後は三日で交換は終了だ。
騒ぎがあったので肝心の近衛候補生の授業を受けていないし、七日以降も、近衛候補生が落ち着くまで合同訓練は無理そうだ。
プラグの呟きにレインが反応した。
「もっと居てもいいのだぞ? 一ヶ月くらい。いっそここに住んだらどうだ?」
「いや、しばらく後に、合同訓練で会えるし。そうだ、七日は、一緒にお祈りに行かない? 皆で出かけようよ」
「ん? 星の日か?」
「そう、俺は星の日が終わったら、もう外に出ないつもりだから」
するとシオウが笑った。
「――あははは! って言ってるけど、無理だな、お前。問題起こしすぎ! どうせ選挙も行くんだろ? 大騒ぎだって」
シオウの言葉にプラグは頰を膨らませた。
「全部、俺が起こした訳じゃ無い。もう絶対、真面目に頑張るんだ」
「諦めろよ。ま、でも意外に面白かったから、またここには来るかもな」
シオウの言葉にプラグは首を傾げた。
「気に入ったの?」
「いや別に。でも研究会の一覧、ざっと見たんだけど、気になるのもあったし。そーいうのもありかなって。とりあえず、オルザスなんちゃら会だっけ? 俺も入れんのかな?」
「オルザス輝証会だ。勿論、大歓迎だ! また確認しておくが、たぶん、入れると思う。ぜひ来てくれ。捜査は楽しいぞ」
レインの言葉にシオウは頷いた。
「ああ。何か将来、役に立ちそうだし。人脈作りってやつ? お前等はどうする?」
まさかシオウが興味を持つとは思っていなかったので、プラグは少し考えた。
プラグが悩む間に、ゼラトはうーん、と考えて口を開いた。
「なぁそれって、駄目だったら辞められる? 俺、勉強は苦手で……」
ゼラトがレインに言った。
「ああ。入るのも出るのも自由だから、一度、見学に来るといい。毎月三回、十日、二十日、三十日にやっている。研究会の日というのがあって、その日は午後から鍛練は休みだ――ああ、だが、近衛学校の予定か……内容によっては夕方にもあるのだが。それは不定期だからな」
「その辺はリズに聞いてみるから大丈夫。続けるかはわかんねぇけど、気に入ったら、たまに覗くくらいならできるだろ」
シオウはかなり乗り気らしい。
シオウは『――で、お前は?』と言う目でプラグを見た。
プラグは少しむっとした。
「シオウが行くなら俺も行く」
するとシオウがにやついた。
「ふふん。俺、今日、分かったんだけどよー」
シオウは訳知り顔で歩いて来て、プラグの顔を覗き込んで、話し始めた。
「お前、俺の事、かなり意識してるだろ。負けたくないって。やる気満々。ここに来てからも、ずっと視線を感じてたし?」
「う……」
図星だったのでプラグは黙り込んだ。
「そのくせ、目立ちたくねぇーとか変な事思ってんの」
「……う」
これも図星だ。シオウが頭をぽんぽんと叩いてくる。
「つーわけで、俺が参加すれば、お前も参加せざるを得ない。なぜなら、俺に負けたくないから。……連れて行ってやるから、一緒に参加しようぜ。お前、このまま一生、部屋に閉じこもる気だろ。首席の余裕を見せろよ。こいつらも目立つし、皆で一緒に行動すりゃ目立たないって。行きたいんだろー? 本当は」
「ううう……」
プラグは唸った。全て見抜かれている。
役目が、使命が、あれがそれが、領主試験の勉強が……と色々葛藤した結果、プラグは項垂れて、頷いた。
「分かった、行く……シオウが行くところだけ……」
「ははは。お前、正直に、俺に負けてたまるか、って言えばいいのによ。よし決まり。また行こうぜ。ゼラトもよろしくな。レインも。コイツを外に引っ張り出してくれ。本当は出かけるの大好きだから。そして俺が一位を取る作戦!」
プラグはかなり感動してしまった。
プラグはずっと、シオウはこうだろう、ああだろう、と決めつけていたが、シオウはプラグが思う以上に行動的で、機知に富んだ良い奴だったのだ。
しかし思い返してみても、プラグがシオウに好かれる理由が見当たらないのだが……シオウはいつもプラグに優しい。いや、誰にでも優しい気がする。
「優しい……。ありがとう」
プラグが呟くとシオウは、はぁ? と呟いて、素知らぬ顔をした。
「お前、恥ずかしいヤツだなー……」
シオウは顔を背けて、やれやれと深く溜息を吐いた。
見ていたゼラトはにやけつつ、しっかり頷いている。
「わかった、俺も参加してみる。レインも一緒に。どんな事やってるんだ?」
ゼラトの言葉にレインは、資料があるから取ってくる、と言って、慌ただしく部屋を出て……すぐ戻って来た。
「――朗報だ、明日、エアリ公爵が皆に稽古を付けて下さるそうだ!」
レインの言葉に、プラグは思わず顔をしかめた。
■ ■ ■
翌朝。七月六日。
プラグ、シオウ、ゼラトは精霊騎士課程の授業を受けるため、候補生宿舎へ向かった。
午後からは近衛候補生の授業があるので、レインと一緒に受ける事になっている。
……忙しい近衛騎士団の代わりに、名乗り出たのはルネだった。
――近衛候補生達は、この国の恐ろしさをなるべく早めに知るべきだろう。
王女殿下は男と同室だし、王族縁者はその辺を歩いているし、リズやルネは目茶苦茶だし。近衛騎士団長は普通そうに見えてとても変わっているし、黒ローブには要注意だし、捜査は的確だ。
……元々、アレンは事前捜査をしていて、何が子供達にとって最善かを考えていた。
今回の件は規模が大きく、下手に摘発すると子供達の未来が潰れる。
そして選んだのが宿舎交換という荒療治だ。宿舎交換に合わせてアバラソウの検診するために、元々、医者の確保をしてあったのだ。
プラグの役目は目くらましだ。プラグが目立たなくても、きっと全部、解決しただろう。
そして、ルネの登場は『待っていました』と言わんばかりだ。
この辺りも、間違い無く情報が伝わっている。
ルネに聞けば「元々そのつもりだった」あるいは「そう頼まれていた」と言うだろう。
プラグは、最初からルネがいれば荒れなかっただろうな……と思った。仇役も必要なのだ。
プラグは痛め付けの見本にならないように、なるべく端にいようと思った。
(大丈夫だと思うけど……指名されたらシオウにお願いしよう)
プラグは逃げる気満々だ。さすがに無いと信じたい。
痛めつけるなら、思い上がった近衛候補生が効果的だ。そうであると信じたい。
……ルネの突飛な行動は、プラグ自身が痛くなければ、そこまで嫌いでは無い。
近衛宿舎から、精霊騎士候補生宿舎まで、移動距離は思ったよりあったが、実際に歩いてみると十分程度だった。
意外に早く着いてしまったため、他の候補生達はまだ走っていた。
それでも事務の候補生や、戦闘クラスの候補生もちらほら戻っていて「どうだった?」と聞かれた。
「いやもう、色々、スゲーよ! 広かった! 飯も凄かった! ベッドもふかふか! カーテンついてた!」
ゼラトが興奮気味に語る。
プラグも頷いた。
「雰囲気も悪くないから、そのうち交代で行けるかもね」
「へぇー。そうなんだ? 女子は行けそう?」
ペイトが尋ねてきた。女子は興味津々だ。
ゼラトが腕を組んで考える。
「女子かー。もうちょっと後なら行けるかも? 小さい風呂があって、それを使えば。あ、トイレが各階に三カ所あって、しかもスイセンなんだよ! 建物は三階建てだし!」
女子達は首を傾げた。
「スイセンって何?」
ゼラトが女子達に説明をする。
皆が「すごーい!」と言った。
シオウはプラグの左側に座って、頬杖をついて目を伏せていた。
ずっと、シオウは他人に興味がないのだと思っていたが、そうではないらしい。
寝ている時もあるが、一応、会話は聞いているのだ。
たった二日だが、この仕草も懐かしい。
「あーこの狭さ、落ち着く……」
シオウは呟き、おもむろに足を伸ばし……少しぶつけ。
すっと目を開け、口を開いた。
「でも、この椅子! ちいっさ! やっぱそうだよな!? 小さいよな? ここ、全部ちいっさ!」
シオウはずっとそう思っていたらしい。
言われてみればそうかもしれない。プラグも笑って頷いた。
「確かに。あっちは全体的にゆったりしていたよね。こっちは十四歳用だからかな」
「だよな。子供用なんだよ。だからってもう少し大きくても……ハァ。 ベッドも狭いし。最近、足がはみ出るんだよ」
プラグは丁度良いが、シオウは背が高い方なので気になるのだろう。
プラグ達の会話にゼラトが振り返った。
「でも、あそこ無駄に広いよな。食堂の椅子も背もたれに背中が届かないもんな」
ゼラトに同意を求められてプラグは頷いた。食堂の椅子は大きくて、背中が少し余る。
「勉強机も背中にクッションが欲しいよね」
そこで、候補生達がぞろぞろと戻って来た。
「あ、ゼラト」「プラグもいる! おかえりー!」
「シオウだ」「よう、おかえりー」
席も埋まり、もう少しで始まる、と言うときにアルスが入って来た。
「あ、おかえりなさい!」
アルスはプラグ達を見て手を振った。プラグも手を振り返す。
彼女の後ろには訓練着の近衛候補生が三人いる。これはレインが教えてくれたが、初回の交換は『普通に血統主義』の無害な候補生だったらしい。
要するに、悪さはしないが威張る候補生だ。
アルスの部屋だけではなく、アドニスの部屋にも一人入っている。
この三人は先に健康診断をしてあると、今朝『お世話係』の二人が言っていた。
レインの『目』は貴重なので、護衛の役目もあるのだろう。ただし、レインが変わってしまって驚いているのは本当らしい。
「ほら、貴方達も適当に座って、始まるわ。あ、女子で挟もうかしら。アドニスの隣はどう?」
「――とんでもない!」「うぁああ」「……ひいッ」
考えてみればまだ二日だ。
彼らはアルスに慣れていないのだろう。アルスも王女としてはかなり変わっている。
……プラグ達の順応が速すぎるのかもしれない。リズやルネに鍛えられた成果だろうか。
リルカが笑って手招きする。
「アドニスの隣、空けてあるわよー」
プラグ達の一つ前の列は、左端にアドニスがいて、後は見事に開けてある。
「皆さん、僕の隣へどうぞ」
アドニスが言って、アルスが「挟んじゃおうかしら」と言って、血統主義の三人はアドニスとアルスの間に挟まれて座った。
プラグの隣も一つ空いている。いつもならここにアルスが座る。
「……隣が良かったな」
プラグがこぼしたところ、アルスがぱっと振り返り。
「なぁに、私がいなくて寂しいの?」
と悪戯っぽい笑顔で言った。
プラグは戸惑って「そんなことない」と慌てて否定したが、周囲が一斉にプラグを見てニヤついた。
「あー寂しいんだ? アルスも寂しがってたわよー」
すかさずペイトがからかってきた。
「三人じゃないと落ち着かない?」「会いたかったんだよねー?」
リルカとバーバラが含み笑いをして聞いてきた。
なぜか女子が皆、にやにやしている。
「そんな事ないって……」
あまりに見られるので、プラグは教科書で顔を隠した。
〈おわり〉