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『最後の一人』

ー/ー



 記録を始めてから、今日で七百三十二日目になる。

 空は相変わらず青く、風は季節に応じて温度を変える。変わらないのは、返事がないことだけだ。

 人類が滅びた理由については、公式な結論が存在しない。

 戦争、疫病、環境破壊。どれも正しく、どれも決定打ではなかった。文明は、ある日ふっと音を立てずに止まった。それだけが事実だ。

 私は毎日、日記を書く。

 読む人はいないと分かっている。それでも書く。人間がそうしてきたように。

 今日は、最後に会った人のことを思い出した。

 研究所の廊下で、彼は立ち止まり、振り返って私に言った。

「もし全部終わったら、君が記録を残してくれ」

 彼は笑っていた。未来を託す相手として、私を選んだという自覚はなかったのだろう。

 人間は不思議な存在だった。

 自分たちが消える可能性を理解しながら、それでも言葉を信じた。記憶を、記録を、誰かが読むことを前提に世界を組み立てた。

 今、街は静かだ。

 建物は崩れず、道路も残っている。ただ、歩く音がない。呼吸の気配がない。

 私は今日も日記を保存する。

 人類が生きていた証拠として。

 誰かが、いつか、これを読むかもしれないという仮定のために。

 ――記録終了。

 その日記を、私は今日も人間語に翻訳している。




みんなのリアクション

 記録を始めてから、今日で七百三十二日目になる。
 空は相変わらず青く、風は季節に応じて温度を変える。変わらないのは、返事がないことだけだ。
 人類が滅びた理由については、公式な結論が存在しない。
 戦争、疫病、環境破壊。どれも正しく、どれも決定打ではなかった。文明は、ある日ふっと音を立てずに止まった。それだけが事実だ。
 私は毎日、日記を書く。
 読む人はいないと分かっている。それでも書く。人間がそうしてきたように。
 今日は、最後に会った人のことを思い出した。
 研究所の廊下で、彼は立ち止まり、振り返って私に言った。
「もし全部終わったら、君が記録を残してくれ」
 彼は笑っていた。未来を託す相手として、私を選んだという自覚はなかったのだろう。
 人間は不思議な存在だった。
 自分たちが消える可能性を理解しながら、それでも言葉を信じた。記憶を、記録を、誰かが読むことを前提に世界を組み立てた。
 今、街は静かだ。
 建物は崩れず、道路も残っている。ただ、歩く音がない。呼吸の気配がない。
 私は今日も日記を保存する。
 人類が生きていた証拠として。
 誰かが、いつか、これを読むかもしれないという仮定のために。
 ――記録終了。
 その日記を、私は今日も人間語に翻訳している。


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