第48話 聖女の三年戦争
ー/ー
「お嬢様、ただいま戻りました」
「ご苦労さま、ブラナ」
国境の山脈に掘られた拠点となるアジトに、ブラナとアサシンスパイダーが戻ってきた。
クロナはというと、以前のようにおどおどとした様子を見せておらず、堂々とした態度でブラナたちを迎えていた。実の兄と親友の死によって完全に吹っ切れてしまっていたのだ。
「ふふふっ、まったくもって運のいい連中ですよ」
「……お嬢様?」
不気味に笑い出すクロナに、さすがのブラナも困惑を隠しきれないでいる。おとなしくて柔らかな笑顔を見せていたクロナの姿は、もうそこになかったのだから。
「この聖女である私の命を狙いに来るなんて、とんだ罰当たりなことです。本来ならば、万死に値することでしょう」
首を傾けながら、邪悪な笑みを浮かべてしゃべるクロナ。見たことのないクロナの姿に、ブラナの息がつまってしまう。
聖女を守るためとその命を捧げる誓いをしたアサシンスパイダーですら、その身を強張らせてしまうくらいだ。
「ですが、私がこの手で誰かを殺してしまえば、私は完全に魔族に堕ちてしまうというのですからね。私が直接手を下せないなんて、本当に運がいいとしか言いようがありません」
「お嬢様……」
肩を大きく震わせながら笑っているクロナの姿に、ブラナの胸がチクリと痛む。
あの野に咲くような可憐で美しいクロナの姿が、もうどこにもないのだから。これでまだ三年のうちの二か月程度しか経っていないのだ。はたしてこのような状況で、自分の精神がもつかという心配が湧き上がってきてしまうのだ。
はっきりいって、今のクロナの姿は痛くてとてもではないが見ていられないのだ。
しかし、ブラナはクロナに一生仕えると心に決めた過去があるので、ここまで心がすさんでしまったクロナであっても、ブラナは守り続けなければならない。
十三歳の誕生日を迎えた時に、絶対に報われると信じて……。
「ブラナ」
「な、なんでしょうか、お嬢様」
急にクロナから名前を呼ばれて、ブラナは慌てた様子を見せている。
「いずれ王国の連中が、私を本気で殺しに来るでしょう。そのために、戦力を増やしたいのですが、いい案はありませんかね?」
ブラナは動揺しているが、クロナの方がまったく動じていない。それどころか、冷静に自分の戦力増強をどうしたらいいかと尋ねてきた。
聞かれてしまえば考えるしかない。ブラナはクロナの忠実な侍女なのだから。
「そうでございますね……。クロナお嬢様のその頭の触覚の関係か、ここまで眷属となっているのは蟲たちでございます。ならば、蟲の魔物をさらに配下に加えるのがよいでしょうね」
「なるほど……。確かにそのようですね」
ブラナからの返答を聞いて、クロナは納得しているようだ。
「では、何かよさそうな蟲系の魔物はいますでしょうかね」
じろりと鋭い視線でもって、クロナはブラナを見つめている。
今までならとてもではないが考えられなかったクロナの視線に、ブラナの衝撃は計り知れなかった。ここまで睨みつけるような視線を向けるなど、誰が想像しただろうか。
……クロナは完全にその心が壊れているのだ。
『それでしたら、キラーホーネットがよろしいかと』
尋ねられたブラナではなく、アサシンスパイダーが答えていた。
「キラーホーネットですか。どのような魔物ですかね」
ブラナは名前の挙がった魔物のことを知らないので、アサシンスパイダーに詳しく説明するように求めている。
『キラービーよりもさらに凶暴性が高い魔物ですね。空を飛ぶことができますので、上空からの偵察も行えます。実は私どもアサシンスパイダーの天敵でもあるのですよ』
「それはまた強そうですね。どこに行けば会えるでしょうか」
『……聖女様であれば大丈夫だとは思います。ですが、私としてはぜひともあやつらと会うのは遠慮をしたい限りですね』
「……私の命令でもですか?」
クロナの視線が厳しくなる。あまりにも冷酷な視線だったので、アサシンスパイダーはその身を震え上がらせてしまう。
『めめめ、滅相もございません。聖女様のご命令であるのなら、私も同行いたしましょう……』
アサシンスパイダーですらも、クロナの変貌ぶりには戸惑うばかりである。
傭兵たちですら恐怖するというアサシンスパイダーではあるが、今のクロナはそれ以上に恐ろしい存在となっているようだった。
クロナには殺しをしてはならないという制約がかかっているので死ぬ心配はないだろうが、おそらく下手に逆らうと死ぬ以上の恐怖を味わわされる可能性すら感じてしまうのだ。
「そうですね……。あなたにも何か名前があった方がいいかしらね。アサシンスパイダーだと種族名ですから、特別な存在ということでね」
『な、名前ですか?! 聖女様にお付けいただけるとは、実に身に余る光栄でございます』
アサシンスパイダーは、クロナに対して精一杯ひれ伏している。魔物にとって名前というのはとても特異なものだからだ。
どんな名前にしようかと、クロナは一生懸命考え始める。その様子を、アサシンスパイダーはドキドキとしながら見守っている。
しばらく考え込んだクロナだったが、いきなりポンと手を叩いている。
「ええ、いい名前が決まりました。あなたの名前は、イトナということにしましょう」
『承知致しました。では、ただいまより私はイトナと名乗ることとします』
クロナの告げた名前を、アサシンスパイダーは快く受け入れたようである。
クロナ、ブラナ、イトナ、それに大量のスチールアントたち。三年間を無事に過ごすための、最初の集団がここに正式に誕生したのである。
まだリアクションはありません。最初の一歩を踏み出しましょう!
おすすめ作品を読み込み中です…
この作品と似た作品
似た傾向の作品は見つかりませんでした。
この作品を読んだ人が読んでいる作品
読者の傾向からおすすめできる作品がありませんでした。
おすすめ作品は現在準備中です。
おすすめ作品の取得に失敗しました。時間をおいて再度お試しください。
「お嬢様、ただいま戻りました」
「ご苦労さま、ブラナ」
国境の山脈に掘られた拠点となるアジトに、ブラナとアサシンスパイダーが戻ってきた。
クロナはというと、以前のようにおどおどとした様子を見せておらず、堂々とした態度でブラナたちを迎えていた。実の兄と親友の死によって完全に吹っ切れてしまっていたのだ。
「ふふふっ、まったくもって運のいい連中ですよ」
「……お嬢様?」
不気味に笑い出すクロナに、さすがのブラナも困惑を隠しきれないでいる。おとなしくて柔らかな笑顔を見せていたクロナの姿は、もうそこになかったのだから。
「この聖女である私の命を狙いに来るなんて、とんだ罰当たりなことです。本来ならば、万死に値することでしょう」
首を傾けながら、邪悪な笑みを浮かべてしゃべるクロナ。見たことのないクロナの姿に、ブラナの息がつまってしまう。
聖女を守るためとその命を捧げる誓いをしたアサシンスパイダーですら、その身を強張らせてしまうくらいだ。
「ですが、私がこの手で誰かを殺してしまえば、私は完全に魔族に堕ちてしまうというのですからね。私が直接手を下せないなんて、本当に運がいいとしか言いようがありません」
「お嬢様……」
肩を大きく震わせながら笑っているクロナの姿に、ブラナの胸がチクリと痛む。
あの野に咲くような可憐で美しいクロナの姿が、もうどこにもないのだから。これでまだ三年のうちの二か月程度しか経っていないのだ。はたしてこのような状況で、自分の精神がもつかという心配が湧き上がってきてしまうのだ。
はっきりいって、今のクロナの姿は痛くてとてもではないが見ていられないのだ。
しかし、ブラナはクロナに一生仕えると心に決めた過去があるので、ここまで心がすさんでしまったクロナであっても、ブラナは守り続けなければならない。
十三歳の誕生日を迎えた時に、絶対に報われると信じて……。
「ブラナ」
「な、なんでしょうか、お嬢様」
急にクロナから名前を呼ばれて、ブラナは慌てた様子を見せている。
「いずれ王国の連中が、私を本気で殺しに来るでしょう。そのために、戦力を増やしたいのですが、いい案はありませんかね?」
ブラナは動揺しているが、クロナの方がまったく動じていない。それどころか、冷静に自分の戦力増強をどうしたらいいかと尋ねてきた。
聞かれてしまえば考えるしかない。ブラナはクロナの忠実な侍女なのだから。
「そうでございますね……。クロナお嬢様のその頭の触覚の関係か、ここまで眷属となっているのは蟲たちでございます。ならば、蟲の魔物をさらに配下に加えるのがよいでしょうね」
「なるほど……。確かにそのようですね」
ブラナからの返答を聞いて、クロナは納得しているようだ。
「では、何かよさそうな蟲系の魔物はいますでしょうかね」
じろりと鋭い視線でもって、クロナはブラナを見つめている。
今までならとてもではないが考えられなかったクロナの視線に、ブラナの衝撃は計り知れなかった。ここまで睨みつけるような視線を向けるなど、誰が想像しただろうか。
……クロナは完全にその心が壊れているのだ。
『それでしたら、キラーホーネットがよろしいかと』
尋ねられたブラナではなく、アサシンスパイダーが答えていた。
「キラーホーネットですか。どのような魔物ですかね」
ブラナは名前の挙がった魔物のことを知らないので、アサシンスパイダーに詳しく説明するように求めている。
『キラービーよりもさらに凶暴性が高い魔物ですね。空を飛ぶことができますので、上空からの偵察も行えます。実は私どもアサシンスパイダーの天敵でもあるのですよ』
「それはまた強そうですね。どこに行けば会えるでしょうか」
『……聖女様であれば大丈夫だとは思います。ですが、私としてはぜひともあやつらと会うのは遠慮をしたい限りですね』
「……私の命令でもですか?」
クロナの視線が厳しくなる。あまりにも冷酷な視線だったので、アサシンスパイダーはその身を震え上がらせてしまう。
『めめめ、滅相もございません。聖女様のご命令であるのなら、私も同行いたしましょう……』
アサシンスパイダーですらも、クロナの変貌ぶりには戸惑うばかりである。
傭兵たちですら恐怖するというアサシンスパイダーではあるが、今のクロナはそれ以上に恐ろしい存在となっているようだった。
クロナには殺しをしてはならないという制約がかかっているので死ぬ心配はないだろうが、おそらく下手に逆らうと死ぬ以上の恐怖を味わわされる可能性すら感じてしまうのだ。
「そうですね……。あなたにも何か名前があった方がいいかしらね。アサシンスパイダーだと種族名ですから、特別な存在ということでね」
『な、名前ですか?! 聖女様にお付けいただけるとは、実に身に余る光栄でございます』
アサシンスパイダーは、クロナに対して精一杯ひれ伏している。魔物にとって名前というのはとても特異なものだからだ。
どんな名前にしようかと、クロナは一生懸命考え始める。その様子を、アサシンスパイダーはドキドキとしながら見守っている。
しばらく考え込んだクロナだったが、いきなりポンと手を叩いている。
「ええ、いい名前が決まりました。あなたの名前は、イトナということにしましょう」
『承知致しました。では、ただいまより私はイトナと名乗ることとします』
クロナの告げた名前を、アサシンスパイダーは快く受け入れたようである。
クロナ、ブラナ、イトナ、それに大量のスチールアントたち。三年間を無事に過ごすための、最初の集団がここに正式に誕生したのである。