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第3話 勇者コンビニに来る(1回目)。 後編

ー/ー



「き、貴様ら……一体、何の魔法を使った……?」
「魔法じゃありません。ただの物理的な事故です」
「物理……だと? あの柔らかさで、我が伝説の兜を圧迫するほどの弾力……まさか、高位の『スライム・クイーン』か何かなのか……?」

 少年剣士はよろよろと身を起こすと、オレの制服に包まれた母さんを、戦慄と羨望が入り混じった目で見つめる。

「そ、それで……ここは一体どこなのだ? 見たこともない透明な箱(陳列棚)に、色とりどりの宝具が並んでいるが……」

 少年剣士の視線が、お菓子売り場や雑誌コーナー、そしてレジ横のホットスナックケースに向けられる。
 オレはため息をつきつつ、営業スマイル(コンビニ店員スキル)を発動させた。

「ここは『コンビニエンスストア・アイザワ』。異世界……いや、この世界で言うところの『よろず屋』みたいなもんですかね」

「よろず屋……?」

 少年剣士は訝しげに立ち上がると、ふらふらとドリンクコーナーへ近づいた。

 少年は、冷蔵ショーケースの前で立ち止まった。
 ガラスの向こうに整然と並ぶ、色とりどりのペットボトルや缶。少年の視線は、特に赤いラベルの炭酸飲料に釘付けになっている。

「……見事だ。これほど透明度の高い氷の中に、毒々しい色の秘薬を封じ込めるとは。貴様たち、錬金術師か?」
「いや、ただのガラス戸ですって」

 俺が横から手を伸ばし、ショーケースの取っ手を引く。

 プシュッ……。

 気密性の高いドアが開くと同時に、冷気が ボワッ と溢れ出した。

「んあっ……♥」

 少年剣士の口から、艶っぽい吐息が漏れた。

 重厚な甲冑を着込んでる上に母さんによって熱くなった体。 中はそうとう蒸れていたのだろう。
 冷房の効いた店内の空気よりもさらに冷たい冷蔵庫の冷気が、少年の火照った肌を撫で回したのだ。

「す、凄い……冷気の精霊が、ボクの鎧の隙間に入り込んでくる……聖女の治癒魔法よりも霊験あらたかで賢者の状態回復よりも爽快だ。 こんなの戦場でも味わったことがない……」

「感想がいちいちマニアックだな!」

 少年剣士は恍惚とした表情で身をよじると、震える手で赤いボトルのコーラを掴み取った。

「この黒い水……魔力が満ちているのを感じる。喉が渇いていたのだ、貰い受けるぞ」
「あ、お客さん! お代は……」

 言いかけたオレの目の前に、キラリと光るものが投げ渡された。

 オレが慌ててキャッチしたのは、ずっしりと重い銀色の硬貨。五百円玉より一回り大きく、表面には見たこともない紋章が刻まれている。

「こ、これ……まさか本物の銀貨?」
「銀貨一枚だ。釣りはいらん」

 銀貨一枚!? ファンタジー相場は分からないが、コーラ一本に払う額じゃない気がする。

 これ、もしかしてボロ儲けなんじゃ……?

 俺の頭のそろばんが、カチャカチャと量子コンピュータばりに邪な計算を弾く。

「ぐふふ……異世界でコンビニすれば……借金返せる……」
 
 邪悪に微笑むオレの隣で母さんは『?』を浮かべて心配そうに息子を見ている。

「あっお客さん、ボトルをひねるのよ」 

 母さんに教わり「こうか?」少年は不器用な手つきでキャップを捻り、開ける。

 プシュッ! という炭酸の抜ける音に「魔獣の威嚇音か!?」とビクつく。

 母さんは、少年のリアクションにクスクス微笑み、暖かく見守る。母が子を見つめるように……。

 隣でオレは、嫉妬でイライラ。オレの母さんだぞ!! 

 早く飲め!!

 少年は意を決してボトルの口を咥え、上を向いた。
 
 ゴクゴク!! ゴクゴク!!……。 黒い液体が、少年の白く細い喉を通っていく。

 次の瞬間。

「んぐっ!? ん……んんんんっ!?!?」

 少年が目を見開き、身体をビクビクと震わせた。

「な、なんだこれは!? 口の中で無数の針が暴れ回っている!? 痛い、いや、痛くない……弾ける! 喉が、喉が焼けるように熱くて、でも冷たくて……!」

「あはは、炭酸初めてなんだねぇ。無理しないでね?」

 オレの制服をダボダボに着た母さんが、心配そうに覗き込む。
 だが、少年はその刺激に魅入られたようだ。

「くっ、ボクを殺す気か……だが、悪くない……むしろ、身体の奥底から力が湧いてくるようだ……!」

 少年はボトルの底に残った最後の一滴までを喉に流し込むと、勢いよく口を離した。

「ぷはぁっ……!!」

 艶めかしい吐息と共に、少年の口元から黒い雫がタラリと垂れ、白銀の胸当て(プレートメイル)を汚す。

 炭酸の刺激と糖分の奔流に、少年の瞳はとろんと蕩け、頬は上気して桜色に染まっていた。

「げふっ……! あ、はうっ!?」

 可愛らしいゲップが漏れ、少年は慌てて両手で口を押さえる。
 その拍子に、ガチャリと甲冑が音を立て、全身をビクンと震わせた。

「はしたない……! 勇者たる僕が、このような……しかし、この飲み物は一体何なのだ?」

「コーラよ」

「コーラとな? う~ん黒い聖水だな……恐るべき中毒性だ。口の中が痺れているのに、もう一口欲しているボクがいる……」

 少年剣士は空になったボトルを愛おしそうに抱きしめ「ふはぁ~♥」と荒い息を吐いている。

 完全にジャンクフードの虜(トリコ)だ。異世界人の味覚に、現代の砂糖と添加物の暴力は強すぎたらしい。

 つーか今、母さんとの会話の途中でこのガキ、なんか重要なこと言ってたな……。

「あ、あのぉ、ボク? もしかしてお腹も空いてたりする?」

 カウンターの中から、母さんがおっとりと声をかける。
 オレのダボダボの制服を着ているせいで、カウンターに身を乗り出すと、大きく開いた襟元から鎖骨と、その奥にある豊かな谷間の稜線が丸見えになってる。

 母さん胸ーー!! 注意しようとした瞬間。

 グゥゥゥゥ~~~……

 少年の腹の虫が、正直すぎる返事をする。

「うっ……! こ、これは違う! 魔王7大将軍の一柱ヴァグザードを倒すので魔力を消耗しただけで……!」

「あらっその年でもう働いてるの? えらいのねっ。ちょっと待ってて、ふふっ、ちょうど揚げたての『プレミアムチキン』があるのよぉ。食べる?」

 母さんがトングをカチカチと鳴らし、ホットスナックのケースを開ける。
 途端に、スパイシーな衣とジューシーな肉汁の香りが店内に充満した。

 それは、保存食の干し肉や硬いパンしか知らないであろう異世界人にとって、暴力的なまでの『飯テロ』だった。

「な、なんだこの芳醇な香りは……!? 嗅ぐだけで唾液が止まらなくなる……!」

「はい、どうぞぉ♥」

 母さんが紙袋に入れたチキンを差し出す。

 その時、事件は起きた。

 母さんがカウンター越しに手を伸ばしたせいで、前傾姿勢になり、ブカブカの襟元が重力に従って垂れ下がる。

 少年の視線の先には――黄金色に輝くチキン。
 そしてその奥に広がる、たわわに実った母さんのおっぱい(スイーツ)の絶景。

「こ、これは……二重の罠(トラップ)……!? くっ、ボクを殺す気か……」

 チキンとおっぱい(スイーツ)の発する黄金のオーラは、痛みも苦しみも、すべてを包み込み、すべてを浄化する。

【究極治癒魔法―聖なる母の愛の輝き(Ultimate Healing Magic - Holy Mother's Love)】

 中学生には直視できない。 ……オレにも出来ない。

「まだ中学生くらいなのに働いてえらいわね。 サービスしておいたわよ♪ いっぱいお食べ♡」
 
 紙袋が破裂しそうな程にチキンがいっぱい入ってる。

「うぅ……」

 少年の瞳に涙がたまっていく……。

「故郷の母様を思い出すぅぅ……」

 少年はチキンをもぐもぐと食べながら、母さんの愛で涙をこぼす……。

「よしよし」

 母さんが少年の頭を伝説の兜越しに撫でる。 
 その優しさに、戦闘で気を張りつづけた少年の心が弛緩する。
  
「うぅぅ……うわ~んママ~」
 
 地震で商品が散乱した店内に響く少年の泣き声。

 一見、殺伐としているのに、その光景はあたたかい。

 母さんのように……。

 このコンビニは母さんそのものだ。

「異世界コンビニ生活、初日からこれかよ」

 前途多難すぎるぜ。

「でもきっと繁盛する」

 母さんがいるから……。

 つづく




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「き、貴様ら……一体、何の魔法を使った……?」
「魔法じゃありません。ただの物理的な事故です」
「物理……だと? あの柔らかさで、我が伝説の兜を圧迫するほどの弾力……まさか、高位の『スライム・クイーン』か何かなのか……?」
 少年剣士はよろよろと身を起こすと、オレの制服に包まれた母さんを、戦慄と羨望が入り混じった目で見つめる。
「そ、それで……ここは一体どこなのだ? 見たこともない透明な箱(陳列棚)に、色とりどりの宝具が並んでいるが……」
 少年剣士の視線が、お菓子売り場や雑誌コーナー、そしてレジ横のホットスナックケースに向けられる。
 オレはため息をつきつつ、営業スマイル(コンビニ店員スキル)を発動させた。
「ここは『コンビニエンスストア・アイザワ』。異世界……いや、この世界で言うところの『よろず屋』みたいなもんですかね」
「よろず屋……?」
 少年剣士は訝しげに立ち上がると、ふらふらとドリンクコーナーへ近づいた。
 少年は、冷蔵ショーケースの前で立ち止まった。
 ガラスの向こうに整然と並ぶ、色とりどりのペットボトルや缶。少年の視線は、特に赤いラベルの炭酸飲料に釘付けになっている。
「……見事だ。これほど透明度の高い氷の中に、毒々しい色の秘薬を封じ込めるとは。貴様たち、錬金術師か?」
「いや、ただのガラス戸ですって」
 俺が横から手を伸ばし、ショーケースの取っ手を引く。
 プシュッ……。
 気密性の高いドアが開くと同時に、冷気が ボワッ と溢れ出した。
「んあっ……♥」
 少年剣士の口から、艶っぽい吐息が漏れた。
 重厚な甲冑を着込んでる上に母さんによって熱くなった体。 中はそうとう蒸れていたのだろう。
 冷房の効いた店内の空気よりもさらに冷たい冷蔵庫の冷気が、少年の火照った肌を撫で回したのだ。
「す、凄い……冷気の精霊が、ボクの鎧の隙間に入り込んでくる……聖女の治癒魔法よりも霊験あらたかで賢者の状態回復よりも爽快だ。 こんなの戦場でも味わったことがない……」
「感想がいちいちマニアックだな!」
 少年剣士は恍惚とした表情で身をよじると、震える手で赤いボトルのコーラを掴み取った。
「この黒い水……魔力が満ちているのを感じる。喉が渇いていたのだ、貰い受けるぞ」
「あ、お客さん! お代は……」
 言いかけたオレの目の前に、キラリと光るものが投げ渡された。
 オレが慌ててキャッチしたのは、ずっしりと重い銀色の硬貨。五百円玉より一回り大きく、表面には見たこともない紋章が刻まれている。
「こ、これ……まさか本物の銀貨?」
「銀貨一枚だ。釣りはいらん」
 銀貨一枚!? ファンタジー相場は分からないが、コーラ一本に払う額じゃない気がする。
 これ、もしかしてボロ儲けなんじゃ……?
 俺の頭のそろばんが、カチャカチャと量子コンピュータばりに邪な計算を弾く。
「ぐふふ……異世界でコンビニすれば……借金返せる……」
 邪悪に微笑むオレの隣で母さんは『?』を浮かべて心配そうに息子を見ている。
「あっお客さん、ボトルをひねるのよ」 
 母さんに教わり「こうか?」少年は不器用な手つきでキャップを捻り、開ける。
 プシュッ! という炭酸の抜ける音に「魔獣の威嚇音か!?」とビクつく。
 母さんは、少年のリアクションにクスクス微笑み、暖かく見守る。母が子を見つめるように……。
 隣でオレは、嫉妬でイライラ。オレの母さんだぞ!! 
 早く飲め!!
 少年は意を決してボトルの口を咥え、上を向いた。
 ゴクゴク!! ゴクゴク!!……。 黒い液体が、少年の白く細い喉を通っていく。
 次の瞬間。
「んぐっ!? ん……んんんんっ!?!?」
 少年が目を見開き、身体をビクビクと震わせた。
「な、なんだこれは!? 口の中で無数の針が暴れ回っている!? 痛い、いや、痛くない……弾ける! 喉が、喉が焼けるように熱くて、でも冷たくて……!」
「あはは、炭酸初めてなんだねぇ。無理しないでね?」
 オレの制服をダボダボに着た母さんが、心配そうに覗き込む。
 だが、少年はその刺激に魅入られたようだ。
「くっ、ボクを殺す気か……だが、悪くない……むしろ、身体の奥底から力が湧いてくるようだ……!」
 少年はボトルの底に残った最後の一滴までを喉に流し込むと、勢いよく口を離した。
「ぷはぁっ……!!」
 艶めかしい吐息と共に、少年の口元から黒い雫がタラリと垂れ、白銀の胸当て(プレートメイル)を汚す。
 炭酸の刺激と糖分の奔流に、少年の瞳はとろんと蕩け、頬は上気して桜色に染まっていた。
「げふっ……! あ、はうっ!?」
 可愛らしいゲップが漏れ、少年は慌てて両手で口を押さえる。
 その拍子に、ガチャリと甲冑が音を立て、全身をビクンと震わせた。
「はしたない……! 勇者たる僕が、このような……しかし、この飲み物は一体何なのだ?」
「コーラよ」
「コーラとな? う~ん黒い聖水だな……恐るべき中毒性だ。口の中が痺れているのに、もう一口欲しているボクがいる……」
 少年剣士は空になったボトルを愛おしそうに抱きしめ「ふはぁ~♥」と荒い息を吐いている。
 完全にジャンクフードの虜(トリコ)だ。異世界人の味覚に、現代の砂糖と添加物の暴力は強すぎたらしい。
 つーか今、母さんとの会話の途中でこのガキ、なんか重要なこと言ってたな……。
「あ、あのぉ、ボク? もしかしてお腹も空いてたりする?」
 カウンターの中から、母さんがおっとりと声をかける。
 オレのダボダボの制服を着ているせいで、カウンターに身を乗り出すと、大きく開いた襟元から鎖骨と、その奥にある豊かな谷間の稜線が丸見えになってる。
 母さん胸ーー!! 注意しようとした瞬間。
 グゥゥゥゥ~~~……
 少年の腹の虫が、正直すぎる返事をする。
「うっ……! こ、これは違う! 魔王7大将軍の一柱ヴァグザードを倒すので魔力を消耗しただけで……!」
「あらっその年でもう働いてるの? えらいのねっ。ちょっと待ってて、ふふっ、ちょうど揚げたての『プレミアムチキン』があるのよぉ。食べる?」
 母さんがトングをカチカチと鳴らし、ホットスナックのケースを開ける。
 途端に、スパイシーな衣とジューシーな肉汁の香りが店内に充満した。
 それは、保存食の干し肉や硬いパンしか知らないであろう異世界人にとって、暴力的なまでの『飯テロ』だった。
「な、なんだこの芳醇な香りは……!? 嗅ぐだけで唾液が止まらなくなる……!」
「はい、どうぞぉ♥」
 母さんが紙袋に入れたチキンを差し出す。
 その時、事件は起きた。
 母さんがカウンター越しに手を伸ばしたせいで、前傾姿勢になり、ブカブカの襟元が重力に従って垂れ下がる。
 少年の視線の先には――黄金色に輝くチキン。
 そしてその奥に広がる、たわわに実った母さんのおっぱい(スイーツ)の絶景。
「こ、これは……二重の罠(トラップ)……!? くっ、ボクを殺す気か……」
 チキンとおっぱい(スイーツ)の発する黄金のオーラは、痛みも苦しみも、すべてを包み込み、すべてを浄化する。
【究極治癒魔法―聖なる母の愛の輝き(Ultimate Healing Magic - Holy Mother's Love)】
 中学生には直視できない。 ……オレにも出来ない。
「まだ中学生くらいなのに働いてえらいわね。 サービスしておいたわよ♪ いっぱいお食べ♡」
 紙袋が破裂しそうな程にチキンがいっぱい入ってる。
「うぅ……」
 少年の瞳に涙がたまっていく……。
「故郷の母様を思い出すぅぅ……」
 少年はチキンをもぐもぐと食べながら、母さんの愛で涙をこぼす……。
「よしよし」
 母さんが少年の頭を伝説の兜越しに撫でる。 
 その優しさに、戦闘で気を張りつづけた少年の心が弛緩する。
「うぅぅ……うわ~んママ~」
 地震で商品が散乱した店内に響く少年の泣き声。
 一見、殺伐としているのに、その光景はあたたかい。
 母さんのように……。
 このコンビニは母さんそのものだ。
「異世界コンビニ生活、初日からこれかよ」
 前途多難すぎるぜ。
「でもきっと繁盛する」
 母さんがいるから……。
 つづく