強襲
ー/ー 通りを駆け抜ける人々の叫び声が、町の空気を震わせていた。鍋を落とす音、泣き叫ぶ子ども、雪を蹴り上げて逃げる足音。
「おい、どうしたっていうんだよ!」
ランパが走り去る男の腕をつかんだ。
「へ、変なおっさんが急に化け物に変わっちまったんだよ! 広場のほうで、めちゃくちゃに暴れ回ってる! あんたらも早く逃げな!」
男はそれだけ言い残すと、息を切らしながら雪煙の中へ消えた。
「私を呼ぶ声が聞こえたと思ったら……これはただ事ではありませんね」
曇った声が背後からした。家の戸口に立つトゥーレが、眉間に深い皺を刻みながら外を見つめている。後ろにはチカップとペックの姿もあった。
「クラバンめ、もうここまで来ましたか。ペック、王女は?」
「地下に」
「よろしい」
トゥーレは、わずかにねじれた黒い杖を握りしめた。木目とも鱗ともつかない模様の奥で、先端の縦長の宝石が生き物の瞳のように鈍く光る。
クラバン大臣。
勇斗の右手がわずかに震えた。かつて受けた拷問が思い出される。耳の奥で響く、あの男の笑い声。吐き気のような恐怖が喉の奥からこみ上げる。
落ち着け、と勇斗は自分に言い聞かせる。ドラシガーを咥え、拳を握りしめた。
「チカップくんは民衆の避難誘導をしてください。ペックは負傷者の手当を。クラバンは私たちで討ちます。さあ、行きますよ」
トゥーレの声が、冬の空気を切り裂いた。
勇斗はうなずき、ランパとともに駆け出す。
冷たい風が頬を打った。
ウルパの広場には、異形の塊がうごめいていた。
そこにいたのは、体長三メートルを超える巨大な芋虫だった。膨張した肉の塊がゆっくりと波打ち、ぬめる粘液が地面に滴り落ちていた。全身に走る黒い血管が脈動している。先端には、かつて人間だったクラバン大臣の顔が貼りついていた。皮膚は灰色にただれ、口元からは瘴気が漏れている。
血走った目がぎょろりと動き、笑った。
「ようやく現れましたか、トゥーレ殿。待ちくたびれましたぞ」
化け物は、ゆっくりと人の言葉を吐いた。
その瞬間、広場を叩くような衝撃波が駆け抜け、積もった雪が一気に舞い上がった。
「私の故郷で、これ以上好き勝手はさせません」
トゥーレが杖を構え、目を細める。
「クラバン、ここで死になさい」
「ほざけ、若造がぁ!」
クラバンが体を震わせた瞬間、周囲に黒い穴が次々と出現した。
穴の奥から、何かが這い出してきた。
鎧をまとった兵士たちだった。しかし、顔は溶け、瞳は虚ろだった。
「行け、私の可愛い部下たちよ。やつらを八つ裂きにしろ!」
ゾンビ兵たちは関節を軋ませながら、ゆっくりと近づいてくる。さびた鉄と腐敗した肉の臭いが冷たい風に乗って流れてくる。
「やれやれ、自分は高みの見物ですか。ユートくん、彼らはソレイン騎士団の成れの果てです」
トゥーレの声は静かだった。
「遠慮はいりません。叩きのめしてください」
勇斗とランパはうなずいた。
その瞬間、勇斗の右目に痛みが走った。
光が反転した。
視界の色がすべて反転し、音が遠のく。
「クラバン、あなたも道連れです」
トゥーレの周囲に巨大な魔法陣が展開される。紫と蒼の光が空へ昇り、クラバンの体を包み込んだ。
世界が震えた。轟音。閃光。
爆発。
「う、あっ!」
勇斗は右目を押さえて膝をついた。
「おい、ユート! 大丈夫か?」
今の映像は、一体何だったんだ。
勇斗はゆっくりと立ち上がり、鞘から聖剣クトネシスを引き抜く。
戦えるか、とランパが問う。
勇斗はうなずいた。
左腕も、左目も、右耳もない。だけど、戦うしかない。
勇斗は短く息を整え、足に力を込めた。雪を蹴り上げ、ゾンビ兵の群れへと駆け出した。
ドラシガーの煙の向こうで、死者たちの影がゆらゆらと揺れていた。
左の世界が欠けている。右耳の奥では血の鼓動ばかりが響き、左からの音は何も届かない。
最初の一体が、濁った唸り声とともに襲いかかる。
勇斗は片腕で聖剣を振るった。重い手応え。斬り裂かれた肉片が雪上に散る。
間を置かず、もう一体が飛びかかってくる。
反応が遅れる。
音がずれる。光が遠のく。世界が半歩、遅れて見える。
背後で風が鳴った。
左の死角。振り返るより早く、槍の穂先が頬を掠めた。熱い。血が滲む。白い雪の上に、血が走った。
心が折れそうだった。こんな体じゃ満足に戦えない。手足が震える。視界が揺らぐ。呼吸が乱れる。
一瞬の隙。目の前に、斧が迫る。避けられない。
「ユートッ!」
風を裂く音。次の瞬間、巨大な木の実がゾンビ兵の顔面を直撃した。
ランパの援護射撃だった。
「ぼーっとすんなよ!」
止まったら終わる。
勇斗は鋭く息を吸い込んだ。煙が体内に流れ込み、胸の奥にある何かが脈動する。
世界が静まった。
空気の中に、細い光の線が浮かび上がる。敵の動き、呼吸、筋肉の震え。すべてが線となって、時間の先を描いていく。
剣を振る。その線をなぞるように。動く前に、結果がわかる。
ゾンビ兵が次々と切り裂かれていく。
これは、一体。
――ホッホ。久しぶりですね、勇者ユート。
脳内に、声が響いた。
――まさか私の精霊石が合成されるとは思いませんでした。まあ、こうして再び声を届けられるのですから、悪くはありません。
声の主は始祖精霊コタだった。
――あなたが装着している精霊眼。それはラマシルとの共鳴によって、ほんの少し先の未来を映すことができるのです。
確かに、見える。相手の動きが、息のリズムが、すべて線になって流れていく。
――この力、存分に使ってください。では、私は再び眠りにつきます。頑張ってくださいね、勇者ユート。
コタの声が、溶けるように消えた。
勇斗は聖剣を構え直した。次がくる。
ずしり、と地が鳴った。一歩ごとに、雪が沈む。音ではない。質量そのものが迫ってくる。
靄の向こうに、影が見えた。巨大な、鎧のような肉体。引きずられる大剣が、地面をえぐりながら金属音を立てている。
「ユウシャ、コロス、コロス……」
姿を現したのは、騎士団長ダンガスだった。瞳は黒く濁り、皮膚の下で金属のような筋肉が蠢いていた。
黒い大剣が唸りを上げた。風圧で雪が爆ぜ、地面が裂ける。
ダンガスが突進してきた。
見える。
勇斗の右目が淡く緑色に光る。精霊眼が、次の一手を線として描き出す。
刹那、勇斗は身体をずらし、斬撃を紙一重でかわした。
雪煙が舞い、風が唸る。
すれ違いざま、勇斗はランパに目で合図を送った。
その瞬間、地面から無数の蔦が伸び上がり、ダンガスの両脚を絡め取る。鎖のように締め上げ、巨体が軋む。
勇斗は大きく息を吸い込んだ。
聖剣クトネシスが震えた。刃に水の大精霊の力が集まる。
水煙とともに、勇斗の姿がかき消えた。
次の瞬間、勇斗はダンガスの背後に立っていた。
ダンガスの体が、音もなく真っ二つに割れた。断面から溢れる黒い霧が、風に散っていく。
勇斗は聖剣を静かに鞘へ収めた。ドラシガーを口から離し、煙を吐く。緑煙が雪と混ざり合い、天に消えた。
気づけば、辺りは静まり返っていた。
勇斗とランパが倒したのは半分だけだった。残る半分は、トゥーレが一人で殲滅していた。
「やったな、ユート!」
ランパが駆け寄ってきた。雪の中でも、その笑顔は眩しかった。
「うん。ぐっ……」
勇斗は答える間もなく、膝から崩れ落ちた。体の奥から、力が抜けていく。
「病み上がりの体で無茶をさせすぎましたね」
トゥーレの声は落ち着いていた。
「ここから先は、私に任せてください」
彼はゆっくりと、クラバンの方へ歩み出した。
「ぐぐぐ、私の部下たちを……よくも!」
異形と化したクラバンが、憎悪のこもった目でトゥーレを睨みつける。その声は、地の底から響くような濁音だった。
「すぐに、片をつけます」
「ほざけぇぇぇっ!」
クラバンの咆哮とともに、黒炎が放たれた。地を這う炎がトゥーレを飲み込もうとする。
トゥーレは即座に魔法陣を描いた。氷の盾が展開され、黒炎を弾く。蒸気が上がる。
「今度はこちらからいきますよ」
詠唱後、トゥーレの周囲に四色の魔法陣が浮かび上がる。赤、青、緑、茶――四つの光が旋回し、唸りを上げた。炎の矢、氷の剣、風の刃、そして無数の岩石。四属性の魔法が同時に放たれ、轟音とともにクラバンへと殺到する。
爆風が走る。だが――
「効かんなあ!」
クラバンは不気味に笑った。芋虫ボディは黒く硬化し、鎧のように変質している。
「我が肉体は、魔神様の力を得たもの! ヤワな魔法では、かすり傷ひとつつけられませんぞぉ!」
ゲヘゲヘと笑い、クラバンは巨体に似合わぬ跳躍を見せた。着地の衝撃だけで地面が割れ、マグマの円柱がトゥーレを取り囲む。
「ペック!」
「はいはいーっ!」
ペックが猛スピードで飛び、光の羽をトゥーレの背に授けた。
トゥーレは空へと舞い上がる。
どれだけ魔法を放ってもクラバンの体には傷ひとつつかない。
トゥーレの息が荒くなる。
「くっ、まさか、ここまでとは」
「やばいねぇ!」
「隙あり!」
クラバンが大口を開いた。口から伸びた鋭い触手が、トゥーレの腹部を貫いた。血が雪を染める。
「トゥーレさんっ!」
勇斗が叫ぶ。
トゥーレは、微笑んだ。
「ただでは終わりません」
トゥーレの身体が触手に引き寄せられる。
「ユートくん、シグネリア王女を、頼みます。あなたたちは生きてください」
「え?」
「クラバン、あなたも道連れです」
トゥーレの足元に、巨大な魔法陣が展開された。紫と蒼の光が交錯し、夜空を貫く。
光が、クラバンの巨体を包み込んでいく。地面が震え、空気が裂ける。
勇斗の脳裏を、さっきの映像がよぎった。
「トゥーレさん!」
叫びも、光に飲まれた。
轟音。閃光。世界が白く染まり、時間が止まった。
そして――爆発。
すべての音が消えた。
勇斗とランパは、吹き飛ばされ雪の上を転がった。
やがて静寂が訪れた。
顔を上げると、広場の中心には巨大なクレーターができていた。
そこにクラバンの姿はなく、黒い灰だけが風に流れていた。
トゥーレとペックの姿もなかった。
雪が、静かに降っていた。
「おい、どうしたっていうんだよ!」
ランパが走り去る男の腕をつかんだ。
「へ、変なおっさんが急に化け物に変わっちまったんだよ! 広場のほうで、めちゃくちゃに暴れ回ってる! あんたらも早く逃げな!」
男はそれだけ言い残すと、息を切らしながら雪煙の中へ消えた。
「私を呼ぶ声が聞こえたと思ったら……これはただ事ではありませんね」
曇った声が背後からした。家の戸口に立つトゥーレが、眉間に深い皺を刻みながら外を見つめている。後ろにはチカップとペックの姿もあった。
「クラバンめ、もうここまで来ましたか。ペック、王女は?」
「地下に」
「よろしい」
トゥーレは、わずかにねじれた黒い杖を握りしめた。木目とも鱗ともつかない模様の奥で、先端の縦長の宝石が生き物の瞳のように鈍く光る。
クラバン大臣。
勇斗の右手がわずかに震えた。かつて受けた拷問が思い出される。耳の奥で響く、あの男の笑い声。吐き気のような恐怖が喉の奥からこみ上げる。
落ち着け、と勇斗は自分に言い聞かせる。ドラシガーを咥え、拳を握りしめた。
「チカップくんは民衆の避難誘導をしてください。ペックは負傷者の手当を。クラバンは私たちで討ちます。さあ、行きますよ」
トゥーレの声が、冬の空気を切り裂いた。
勇斗はうなずき、ランパとともに駆け出す。
冷たい風が頬を打った。
ウルパの広場には、異形の塊がうごめいていた。
そこにいたのは、体長三メートルを超える巨大な芋虫だった。膨張した肉の塊がゆっくりと波打ち、ぬめる粘液が地面に滴り落ちていた。全身に走る黒い血管が脈動している。先端には、かつて人間だったクラバン大臣の顔が貼りついていた。皮膚は灰色にただれ、口元からは瘴気が漏れている。
血走った目がぎょろりと動き、笑った。
「ようやく現れましたか、トゥーレ殿。待ちくたびれましたぞ」
化け物は、ゆっくりと人の言葉を吐いた。
その瞬間、広場を叩くような衝撃波が駆け抜け、積もった雪が一気に舞い上がった。
「私の故郷で、これ以上好き勝手はさせません」
トゥーレが杖を構え、目を細める。
「クラバン、ここで死になさい」
「ほざけ、若造がぁ!」
クラバンが体を震わせた瞬間、周囲に黒い穴が次々と出現した。
穴の奥から、何かが這い出してきた。
鎧をまとった兵士たちだった。しかし、顔は溶け、瞳は虚ろだった。
「行け、私の可愛い部下たちよ。やつらを八つ裂きにしろ!」
ゾンビ兵たちは関節を軋ませながら、ゆっくりと近づいてくる。さびた鉄と腐敗した肉の臭いが冷たい風に乗って流れてくる。
「やれやれ、自分は高みの見物ですか。ユートくん、彼らはソレイン騎士団の成れの果てです」
トゥーレの声は静かだった。
「遠慮はいりません。叩きのめしてください」
勇斗とランパはうなずいた。
その瞬間、勇斗の右目に痛みが走った。
光が反転した。
視界の色がすべて反転し、音が遠のく。
「クラバン、あなたも道連れです」
トゥーレの周囲に巨大な魔法陣が展開される。紫と蒼の光が空へ昇り、クラバンの体を包み込んだ。
世界が震えた。轟音。閃光。
爆発。
「う、あっ!」
勇斗は右目を押さえて膝をついた。
「おい、ユート! 大丈夫か?」
今の映像は、一体何だったんだ。
勇斗はゆっくりと立ち上がり、鞘から聖剣クトネシスを引き抜く。
戦えるか、とランパが問う。
勇斗はうなずいた。
左腕も、左目も、右耳もない。だけど、戦うしかない。
勇斗は短く息を整え、足に力を込めた。雪を蹴り上げ、ゾンビ兵の群れへと駆け出した。
ドラシガーの煙の向こうで、死者たちの影がゆらゆらと揺れていた。
左の世界が欠けている。右耳の奥では血の鼓動ばかりが響き、左からの音は何も届かない。
最初の一体が、濁った唸り声とともに襲いかかる。
勇斗は片腕で聖剣を振るった。重い手応え。斬り裂かれた肉片が雪上に散る。
間を置かず、もう一体が飛びかかってくる。
反応が遅れる。
音がずれる。光が遠のく。世界が半歩、遅れて見える。
背後で風が鳴った。
左の死角。振り返るより早く、槍の穂先が頬を掠めた。熱い。血が滲む。白い雪の上に、血が走った。
心が折れそうだった。こんな体じゃ満足に戦えない。手足が震える。視界が揺らぐ。呼吸が乱れる。
一瞬の隙。目の前に、斧が迫る。避けられない。
「ユートッ!」
風を裂く音。次の瞬間、巨大な木の実がゾンビ兵の顔面を直撃した。
ランパの援護射撃だった。
「ぼーっとすんなよ!」
止まったら終わる。
勇斗は鋭く息を吸い込んだ。煙が体内に流れ込み、胸の奥にある何かが脈動する。
世界が静まった。
空気の中に、細い光の線が浮かび上がる。敵の動き、呼吸、筋肉の震え。すべてが線となって、時間の先を描いていく。
剣を振る。その線をなぞるように。動く前に、結果がわかる。
ゾンビ兵が次々と切り裂かれていく。
これは、一体。
――ホッホ。久しぶりですね、勇者ユート。
脳内に、声が響いた。
――まさか私の精霊石が合成されるとは思いませんでした。まあ、こうして再び声を届けられるのですから、悪くはありません。
声の主は始祖精霊コタだった。
――あなたが装着している精霊眼。それはラマシルとの共鳴によって、ほんの少し先の未来を映すことができるのです。
確かに、見える。相手の動きが、息のリズムが、すべて線になって流れていく。
――この力、存分に使ってください。では、私は再び眠りにつきます。頑張ってくださいね、勇者ユート。
コタの声が、溶けるように消えた。
勇斗は聖剣を構え直した。次がくる。
ずしり、と地が鳴った。一歩ごとに、雪が沈む。音ではない。質量そのものが迫ってくる。
靄の向こうに、影が見えた。巨大な、鎧のような肉体。引きずられる大剣が、地面をえぐりながら金属音を立てている。
「ユウシャ、コロス、コロス……」
姿を現したのは、騎士団長ダンガスだった。瞳は黒く濁り、皮膚の下で金属のような筋肉が蠢いていた。
黒い大剣が唸りを上げた。風圧で雪が爆ぜ、地面が裂ける。
ダンガスが突進してきた。
見える。
勇斗の右目が淡く緑色に光る。精霊眼が、次の一手を線として描き出す。
刹那、勇斗は身体をずらし、斬撃を紙一重でかわした。
雪煙が舞い、風が唸る。
すれ違いざま、勇斗はランパに目で合図を送った。
その瞬間、地面から無数の蔦が伸び上がり、ダンガスの両脚を絡め取る。鎖のように締め上げ、巨体が軋む。
勇斗は大きく息を吸い込んだ。
聖剣クトネシスが震えた。刃に水の大精霊の力が集まる。
水煙とともに、勇斗の姿がかき消えた。
次の瞬間、勇斗はダンガスの背後に立っていた。
ダンガスの体が、音もなく真っ二つに割れた。断面から溢れる黒い霧が、風に散っていく。
勇斗は聖剣を静かに鞘へ収めた。ドラシガーを口から離し、煙を吐く。緑煙が雪と混ざり合い、天に消えた。
気づけば、辺りは静まり返っていた。
勇斗とランパが倒したのは半分だけだった。残る半分は、トゥーレが一人で殲滅していた。
「やったな、ユート!」
ランパが駆け寄ってきた。雪の中でも、その笑顔は眩しかった。
「うん。ぐっ……」
勇斗は答える間もなく、膝から崩れ落ちた。体の奥から、力が抜けていく。
「病み上がりの体で無茶をさせすぎましたね」
トゥーレの声は落ち着いていた。
「ここから先は、私に任せてください」
彼はゆっくりと、クラバンの方へ歩み出した。
「ぐぐぐ、私の部下たちを……よくも!」
異形と化したクラバンが、憎悪のこもった目でトゥーレを睨みつける。その声は、地の底から響くような濁音だった。
「すぐに、片をつけます」
「ほざけぇぇぇっ!」
クラバンの咆哮とともに、黒炎が放たれた。地を這う炎がトゥーレを飲み込もうとする。
トゥーレは即座に魔法陣を描いた。氷の盾が展開され、黒炎を弾く。蒸気が上がる。
「今度はこちらからいきますよ」
詠唱後、トゥーレの周囲に四色の魔法陣が浮かび上がる。赤、青、緑、茶――四つの光が旋回し、唸りを上げた。炎の矢、氷の剣、風の刃、そして無数の岩石。四属性の魔法が同時に放たれ、轟音とともにクラバンへと殺到する。
爆風が走る。だが――
「効かんなあ!」
クラバンは不気味に笑った。芋虫ボディは黒く硬化し、鎧のように変質している。
「我が肉体は、魔神様の力を得たもの! ヤワな魔法では、かすり傷ひとつつけられませんぞぉ!」
ゲヘゲヘと笑い、クラバンは巨体に似合わぬ跳躍を見せた。着地の衝撃だけで地面が割れ、マグマの円柱がトゥーレを取り囲む。
「ペック!」
「はいはいーっ!」
ペックが猛スピードで飛び、光の羽をトゥーレの背に授けた。
トゥーレは空へと舞い上がる。
どれだけ魔法を放ってもクラバンの体には傷ひとつつかない。
トゥーレの息が荒くなる。
「くっ、まさか、ここまでとは」
「やばいねぇ!」
「隙あり!」
クラバンが大口を開いた。口から伸びた鋭い触手が、トゥーレの腹部を貫いた。血が雪を染める。
「トゥーレさんっ!」
勇斗が叫ぶ。
トゥーレは、微笑んだ。
「ただでは終わりません」
トゥーレの身体が触手に引き寄せられる。
「ユートくん、シグネリア王女を、頼みます。あなたたちは生きてください」
「え?」
「クラバン、あなたも道連れです」
トゥーレの足元に、巨大な魔法陣が展開された。紫と蒼の光が交錯し、夜空を貫く。
光が、クラバンの巨体を包み込んでいく。地面が震え、空気が裂ける。
勇斗の脳裏を、さっきの映像がよぎった。
「トゥーレさん!」
叫びも、光に飲まれた。
轟音。閃光。世界が白く染まり、時間が止まった。
そして――爆発。
すべての音が消えた。
勇斗とランパは、吹き飛ばされ雪の上を転がった。
やがて静寂が訪れた。
顔を上げると、広場の中心には巨大なクレーターができていた。
そこにクラバンの姿はなく、黒い灰だけが風に流れていた。
トゥーレとペックの姿もなかった。
雪が、静かに降っていた。
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