行く当てなんかない音色はあの日と同じように歩いているだけだった。気が付けばあの遊歩道……。もうこの辺は来ることもないだろうと思っていた以前勤めていた会社の界隈……。この川の向こう岸には振り返りたい思い出など存在しない領域。
「はぁーあ」
深く吐く息には声を混じえるしかない。
(水……冷たいのかな?)
ふとそんなことを思う……。風が水面を揺らすと光が波打つ。キラキラと催眠術のように音色をまやかすと、川に吸い込まれそうになる。
「若いおなごが土左衛門なんておよしなさい」
不意に身体を遊歩道側に引っ張られた。尻もちを着く音色。
「いった―い……」
尻をさすりながら顔を上げると、そこには小春おじさんが音色を見下ろしていた。
「前にも同じような女がいた……」
小春は言葉を止めた、一瞬音色が分からなかったようだ。以前のあの地味な音色ではない……垢ぬけた、メイクされた音色だ。顔を背けながら嬉しそうに笑った。
尻が痛いわけではない、音色は目に涙を浮かべた……。