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#105 源泉吸収 (カグヤ視点)

ー/ー



「『夜陰を急ぐ密行者(シークレット・エクスプレス)』」


 地図を見せて貰って、瘴気が溢れる源泉の位置と距離を確認してから、全員に触れて空間転移魔法を発動。
 私たちの身は城の応接室を離れ、どす黒く濃厚な気が満ちる、万物を呪う魔の地へと移る。


「何と、一瞬で……城から三十キロは離れていると言うのに……」


 一変した景色にモルジェオが戸惑う。


「本当に一瞬で移動しちまうとは凄えな……。いっそこれで曙光島に侵入して、教皇たちを暗殺しちまったらどうだ?」
「やろうと思えばできるでしょうね。でもカグヤは……まあ、過去に色々あって、殺人に加担できるような性格じゃないんですよ」


 ベリオやジェフのように、栄耀教会の行いに憤りを感じているのは私も同じだが、私の『望月』は弱者を救済するためにあるのであって、悪党に制裁を加えるためのものではない。
 暗殺なら私の知らない所でやって欲しい。


「喋っている暇はありませんよ。歓迎の宴が始まるようです」


 エレノアの言葉で辺りを見回すと、この地の変異魔物とアンデッドが私たちをぐるりと取り囲んでいた。
 無数の血走った眼が向けられ、じりじりとにじり寄って来る。


「私が瘴気を吸収する間、皆さんには護りをお願いします」
「引き受けた」
「我々もフェンデリン一族、魔物の相手には覚えがあります」


 モルジェオもカルステッドも臆すること無く、応戦の構えを取る。


「ただし、中級以下のアンデッドの相手をする必要はありません」
「何故?」


 その辺りのことは、まだオズガルドたちから聞いていなかったようだ。


『ゾンビ』『スケルトン』『ゴースト』といった下級アンデッドと、『バンシー』『グール』『アースバウンド』『デュラハン』『スペクター』のような中級アンデッドで、アンデッド全体の八割以上を占めると言われれている。


 今ここに居るアンデッドもやはり中級以下ばかりで、見た限りでは上級アンデッドは──勿論ダスクを除く──確認できない。


「『不浄なる魂へ響く魔声(デッドマンズ・コントロール)』──この一帯の中級以下のアンデッドは全て、既に私の支配下に入りました」


 アンデッドたちが一斉に私たちに背を向け、近付いて来る変異魔物の方へ向き直る。


「だが、まだ変異魔物がかなり居る。そちらはどうする?」
「このアンデッドたちを戦わせます」


 敵を味方に転じるのは、兵法でも説かれている合理的な戦法。
 彼らは私を指揮官とする、恐怖も苦痛も感じない不死者の軍勢だ。


「おっと、あれはトロールか」
「来るぞ……!」


 右腕が異様に肥大化した亜人型魔物トロールが、薬物中毒者のような狂乱の雄叫びを上げる。
 ドスドスと地面を踏み鳴らし、自慢の右腕で進路上のゾンビやスケルトンを薙ぎ払いつつ猛進してきたが、それはすぐに阻まれる。


「何と……魔物ゾンビたちが、変異トロールの足に噛み付いたぞ……!」
「あのように強力なアンデッドを、これだけ大量に使役するとは……」


 巣を荒らしに来たスズメバチに殺到するミツバチの群れの如く、変異トロールにアンデッドたちが纏わり付いて行動を阻害する。


「的が固定されていると、実にやり易いな」


 文字通り足止めされたそこへダスクの刃が襲い掛かり、変異トロールの首と右腕を瞬時に刎ね飛ばした。


「付いて来たんだ、お前も手伝え」
「分かってるぜ」


 ダスクに促されてベリオも鎚を構え、オズガルド、エレノア、ジェフ、モルジェオ、カルステッドも魔法を使って応戦を開始する。
 彼らのような精鋭が変異魔物の相手をしてくれるのなら、安心して瘴気の吸収に集中できる。


 目当ての場所はすぐ近くにあった。
 学校のプールほどもある、まるでコールタールが溜まったような暗黒の沼。


 今オズガルドたちが着けているような吸気浄化マスクが無ければ、大量の瘴気で人間など生きていられないそうだが、魔力が闇属性に特化している私にはダスクと同様に害にならず、『無明の極致(ダーケスト・イグノランス)』と同じ感覚操作──自分自身の嗅覚を遮断してしまえば()せ返るような悪臭も気にならない。


 倒壊した柱だろうか、源泉を囲むように人工物の残骸がゴロゴロ散らばっていたため、その一つに登って全体の様子を確認する。


「『朔に誘われる黒き潮汐(ハイ・タイド・オブ・クレセント)』」


 眼を閉じ、手を合わせて深呼吸。
 辺りに充満していた膨大な量の瘴気が流れ込んで来るのが、全身の感覚ではっきりと感じ取れる。


「す、凄い……本当に、瘴気が吸い寄せられていく……」


 静かな集中の中、カルステッドが感嘆する声が聞こえた。


 取り込んだ瘴気は私の中で魔力に変換され、先程まで感じていた体の不調もそれに伴って治まっていく。


「この魔力の波動、何という凄まじさか……これがたった一人の人間の力なのか……!?」


 半分以上欠けていた月が、あっと言う間に満ちていく。


「では……『原点へ立ち返る期(リターン・オブ・ザ・ネイティヴ)』」


 瘴気の吸収は未完了だが、まずは邪魔な変異魔物への対処が先だ。
 身に馴染む闇属性魔素(マナ)を大量に吸収して充分に満ちた『望月』を以て、変異魔物の大群を早急に本来の状態に戻し、護衛を務めてくれているダスクたちの負担を取り除く。


 水面に波紋が広がるが如く、時間回帰の効果が私を中心に拡散する。
 闇の魔力の波に優しく撫でられた変異魔物は、見る見るその異形と狂気を失ってあるべき姿へ帰っていく。


「うおおおおーッ、マジで戻っていくぜ……!」


 理解と常識を超越した光景に、ベリオが感極まった叫びを上げる。


 元の姿と正気を取り戻しても魔物は魔物、縄張りを荒らす人間たちを見て襲い掛かって来るかと思いきや、


「魔物たちが引き潮のように去っていく……」


 まるで一日の激務から解放され、疲労感と共に駅へ向かうサラリーマンのように、フラフラトボトボと無気力な様子でそれぞれの方角へ進んで行く。
 闘争心を(みなぎ)らせる者が一体たりとも居なくなったことを確認して、瘴気吸収を再開。


不浄なる魂へ響く魔声(デッドマンズ・コントロール)』で支配したアンデッドたちも、元に戻った魔物たちが去ってしまえばもう用は無いので、自壊させて魂を解放してやる。


「──終わりました」


 吸収開始からほんの数分で、源泉から溢れる瘴気は吸い尽くされ、完全に枯渇した。
 汚されていた天地の景色も晴れ、星々と月の輝きが澄み渡る夜空の中にくっきりと見える。


「ほ、本当に瘴気を根こそぎ吸収してしまうとは……それもこの短時間に……」
「そうだな。それに(くだん)の『聖女』に関して、瘴気の浄化とアンデッドの滅却はできても、変異魔物を戻したという話は聞かない。しかし、カグヤ殿はそれさえも成し得てしまった……」


『邪神の息吹』に対抗する上では、テルサの『旭日』よりも私の『望月』の方が有効なのかも知れない。


「ふぅ……」


 達成感と安堵が込み上げ、大き目の溜め息を吐き出す。


「ルーンベイルに来てからと言うもの、ずっと動き通しだったからな。少し休むか?」


 ダスクが気遣ってくれるが、


「いえ、問題ありません。次の源泉へ向かいましょう」


 フェンデリン家が領有するレーゲン地方中央部には、ここ以外にも瘴気の源泉が複数点在している。
 それらも吸い尽くしてここのように干乾(ひから)びさせれば、フェンデリン一族と領民は救済される。


 太陽が昇って朝が訪れる前に、全てを終わらせる。


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「『|夜陰を急ぐ密行者《シークレット・エクスプレス》』」
 地図を見せて貰って、瘴気が溢れる源泉の位置と距離を確認してから、全員に触れて空間転移魔法を発動。
 私たちの身は城の応接室を離れ、どす黒く濃厚な気が満ちる、万物を呪う魔の地へと移る。
「何と、一瞬で……城から三十キロは離れていると言うのに……」
 一変した景色にモルジェオが戸惑う。
「本当に一瞬で移動しちまうとは凄えな……。いっそこれで曙光島に侵入して、教皇たちを暗殺しちまったらどうだ?」
「やろうと思えばできるでしょうね。でもカグヤは……まあ、過去に色々あって、殺人に加担できるような性格じゃないんですよ」
 ベリオやジェフのように、栄耀教会の行いに憤りを感じているのは私も同じだが、私の『望月』は弱者を救済するためにあるのであって、悪党に制裁を加えるためのものではない。
 暗殺なら私の知らない所でやって欲しい。
「喋っている暇はありませんよ。歓迎の宴が始まるようです」
 エレノアの言葉で辺りを見回すと、この地の変異魔物とアンデッドが私たちをぐるりと取り囲んでいた。
 無数の血走った眼が向けられ、じりじりとにじり寄って来る。
「私が瘴気を吸収する間、皆さんには護りをお願いします」
「引き受けた」
「我々もフェンデリン一族、魔物の相手には覚えがあります」
 モルジェオもカルステッドも臆すること無く、応戦の構えを取る。
「ただし、中級以下のアンデッドの相手をする必要はありません」
「何故?」
 その辺りのことは、まだオズガルドたちから聞いていなかったようだ。
『ゾンビ』『スケルトン』『ゴースト』といった下級アンデッドと、『バンシー』『グール』『アースバウンド』『デュラハン』『スペクター』のような中級アンデッドで、アンデッド全体の八割以上を占めると言われれている。
 今ここに居るアンデッドもやはり中級以下ばかりで、見た限りでは上級アンデッドは──勿論ダスクを除く──確認できない。
「『|不浄なる魂へ響く魔声《デッドマンズ・コントロール》』──この一帯の中級以下のアンデッドは全て、既に私の支配下に入りました」
 アンデッドたちが一斉に私たちに背を向け、近付いて来る変異魔物の方へ向き直る。
「だが、まだ変異魔物がかなり居る。そちらはどうする?」
「このアンデッドたちを戦わせます」
 敵を味方に転じるのは、兵法でも説かれている合理的な戦法。
 彼らは私を指揮官とする、恐怖も苦痛も感じない不死者の軍勢だ。
「おっと、あれはトロールか」
「来るぞ……!」
 右腕が異様に肥大化した亜人型魔物トロールが、薬物中毒者のような狂乱の雄叫びを上げる。
 ドスドスと地面を踏み鳴らし、自慢の右腕で進路上のゾンビやスケルトンを薙ぎ払いつつ猛進してきたが、それはすぐに阻まれる。
「何と……魔物ゾンビたちが、変異トロールの足に噛み付いたぞ……!」
「あのように強力なアンデッドを、これだけ大量に使役するとは……」
 巣を荒らしに来たスズメバチに殺到するミツバチの群れの如く、変異トロールにアンデッドたちが纏わり付いて行動を阻害する。
「的が固定されていると、実にやり易いな」
 文字通り足止めされたそこへダスクの刃が襲い掛かり、変異トロールの首と右腕を瞬時に刎ね飛ばした。
「付いて来たんだ、お前も手伝え」
「分かってるぜ」
 ダスクに促されてベリオも鎚を構え、オズガルド、エレノア、ジェフ、モルジェオ、カルステッドも魔法を使って応戦を開始する。
 彼らのような精鋭が変異魔物の相手をしてくれるのなら、安心して瘴気の吸収に集中できる。
 目当ての場所はすぐ近くにあった。
 学校のプールほどもある、まるでコールタールが溜まったような暗黒の沼。
 今オズガルドたちが着けているような吸気浄化マスクが無ければ、大量の瘴気で人間など生きていられないそうだが、魔力が闇属性に特化している私にはダスクと同様に害にならず、『|無明の極致《ダーケスト・イグノランス》』と同じ感覚操作──自分自身の嗅覚を遮断してしまえば|噎《む》せ返るような悪臭も気にならない。
 倒壊した柱だろうか、源泉を囲むように人工物の残骸がゴロゴロ散らばっていたため、その一つに登って全体の様子を確認する。
「『|朔に誘われる黒き潮汐《ハイ・タイド・オブ・クレセント》』」
 眼を閉じ、手を合わせて深呼吸。
 辺りに充満していた膨大な量の瘴気が流れ込んで来るのが、全身の感覚ではっきりと感じ取れる。
「す、凄い……本当に、瘴気が吸い寄せられていく……」
 静かな集中の中、カルステッドが感嘆する声が聞こえた。
 取り込んだ瘴気は私の中で魔力に変換され、先程まで感じていた体の不調もそれに伴って治まっていく。
「この魔力の波動、何という凄まじさか……これがたった一人の人間の力なのか……!?」
 半分以上欠けていた月が、あっと言う間に満ちていく。
「では……『|原点へ立ち返る期《リターン・オブ・ザ・ネイティヴ》』」
 瘴気の吸収は未完了だが、まずは邪魔な変異魔物への対処が先だ。
 身に馴染む闇属性|魔素《マナ》を大量に吸収して充分に満ちた『望月』を以て、変異魔物の大群を早急に本来の状態に戻し、護衛を務めてくれているダスクたちの負担を取り除く。
 水面に波紋が広がるが如く、時間回帰の効果が私を中心に拡散する。
 闇の魔力の波に優しく撫でられた変異魔物は、見る見るその異形と狂気を失ってあるべき姿へ帰っていく。
「うおおおおーッ、マジで戻っていくぜ……!」
 理解と常識を超越した光景に、ベリオが感極まった叫びを上げる。
 元の姿と正気を取り戻しても魔物は魔物、縄張りを荒らす人間たちを見て襲い掛かって来るかと思いきや、
「魔物たちが引き潮のように去っていく……」
 まるで一日の激務から解放され、疲労感と共に駅へ向かうサラリーマンのように、フラフラトボトボと無気力な様子でそれぞれの方角へ進んで行く。
 闘争心を|漲《みなぎ》らせる者が一体たりとも居なくなったことを確認して、瘴気吸収を再開。
『|不浄なる魂へ響く魔声《デッドマンズ・コントロール》』で支配したアンデッドたちも、元に戻った魔物たちが去ってしまえばもう用は無いので、自壊させて魂を解放してやる。
「──終わりました」
 吸収開始からほんの数分で、源泉から溢れる瘴気は吸い尽くされ、完全に枯渇した。
 汚されていた天地の景色も晴れ、星々と月の輝きが澄み渡る夜空の中にくっきりと見える。
「ほ、本当に瘴気を根こそぎ吸収してしまうとは……それもこの短時間に……」
「そうだな。それに|件《くだん》の『聖女』に関して、瘴気の浄化とアンデッドの滅却はできても、変異魔物を戻したという話は聞かない。しかし、カグヤ殿はそれさえも成し得てしまった……」
『邪神の息吹』に対抗する上では、テルサの『旭日』よりも私の『望月』の方が有効なのかも知れない。
「ふぅ……」
 達成感と安堵が込み上げ、大き目の溜め息を吐き出す。
「ルーンベイルに来てからと言うもの、ずっと動き通しだったからな。少し休むか?」
 ダスクが気遣ってくれるが、
「いえ、問題ありません。次の源泉へ向かいましょう」
 フェンデリン家が領有するレーゲン地方中央部には、ここ以外にも瘴気の源泉が複数点在している。
 それらも吸い尽くしてここのように|干乾《ひから》びさせれば、フェンデリン一族と領民は救済される。
 太陽が昇って朝が訪れる前に、全てを終わらせる。