第71話 水浸しの遺跡

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 物凄く腹が立つのだが、やはりコーベは腕の立つ冒険者だ。洞窟内を先導し、的確に危険を察知し、適切な対処をしていく。
 手元の心許ない灯りだけではどう考えても視界が悪いはずなのだが、その暗闇の中でも目が利いているかのようにスイスイと動き回っている。

 猛毒コウモリの巣も回避し、硫酸のたまった天然の落とし穴も避けて、無臭であるはずのガスが噴き出している位置も把握して、確実な安全を確保する。
 我一人では攻略など無理だったことが明瞭だ。
 多分、もっと早い段階で魔石が尽きてる。

「シャーハッハッハァ! ほっぺにチューしてもいいんだぜぇ? それともおっぱい揉ませてくれる? あひゃひゃひゃひゃ」

 マジでなんなんコイツ。元盗賊とは聞いたが、いや、盗賊ってそういうんだっけ?
 こんなヤバい奴、名前も聞いたことがないというのが腑に落ちない。
 パエデロスの外側の人間だとしてももう少し有名になっているはずでは。

「あー、ヤバいね。ここらも粗方掘り起こされてるっぽい」
 ヤツリが残念そうな声を挙げる。目の前に広がるのは、希少鉱石がザックザク――だったと思われる鉱脈の跡だ。見るからに人の手が入ってる。
 さっきからこんな調子だ。鉱石の欠片も見当たらない。

 聞くところによれば、本当はもっと浅い層にもいくらかあったらしいが、ここも冒険者たちにとって人気スポットだったこともあり、どんどん採掘されて、深い層まで潜らないといけなくなってしまったようだ。

 期待はしていたのだが、掘り尽くされてしまっているのではどうしようもない。
 ここまできてまるで成果なしなんて、完璧に骨折り損ではないか。

「ちぇー、こうなったら遺跡の方まで降りるっきゃねぇかぁ~? あ~あ」
 コーベが気怠そうな声で言う。余裕こいてばかりだったコーベがここまで面倒臭そうな意思表示をするということは、そっちはよっぽどヤバいルートなのだろう。

「遺跡に行くなら僕はここで下ります」
「俺も抜~けた。命がいくつあっても足らんし」
 ケノザとヤツリがあっさりと辞退する。
 え? だってここまで成果なしだよ? 結構命がけの冒険してきたと思うんだけど、それで鉱石の一個も手に入ってないのにそんな直ぐ諦めちゃうの?

 この二人もコーベに劣るとは言えかなりの熟練冒険者じゃん。その二人が手を引くなんてどんだけヤバいんだよ、遺跡ルート。

 事前情報曰く、この洞窟には旧時代の文明がある。そこに辿り着いたものは多くはないとも聞いている。元々、我のメインはそっちの方だ。
 ほとんど手つかずの財宝が眠っているというのなら、選ばない道はない。

 しかし、よりにもよってコーベしか行く気がないのか。
 他の二人がいないことの不安が大きい。
 かといって、我一人で遺跡を目指すのは無理だという確信もある。

「カシアちゃんはどーするー?」
 ニヤニヤ面でコーベがこちらを見ている。
 同行しますか? と聞かれたら我は何と答えたらよいのやら。

 悲しいことに、我は手ぶらで帰るわけにはいかない。
 何故って、このままでは貧乏令嬢まっしぐらだからだ。
 日を改めて、違うダンジョンを探すことも考えついたが、そう逃げてばかりでは手に入るものも手に入らん。一攫千金のチャンスは今しかないだろう。

 コーベと二人きり。
 そう考えただけで吐き気を催す。とっとと帰りたいと本能が訴える。
 ぐむむむむむむぅぅ……。

「ええい! ここまで来て引き下がれるかっ! コーベ! 指一本でも我に触れたら骨も残らぬと思え! いいな!」
「やったぜ。カシアちゃんと二人きりのデートだ~っ」
 で、いきなり肩を抱こうとするでないわ! 汚らわしい!

 ※ ※ ※

 我は選択を間違えてしまったのだろうか。
 ケノザとヤツリの二人はキャンプを張ってもらい、待機してもらうこととなり、我とコーベの二人きりで、悲しい悲しい洞窟探検だ。

 一応はケノザから必要な荷物を幾らか借りることはできた。呼吸ができなくなったときのための酸素供給魔石とか、猛毒を浴びたときのための解毒薬セットとか。
 ないよりかはマシってだけで安心かどうかは別問題だ。

 何より、コーベ以外に誰もいないことが不安で仕方ない。
 コイツときたら、隙あらば我に迫ってくるのだから。

「おっと危ねぇ! 毒ムカデだ。なかなかしぶてぇんだわ、コレ。カシアちゃん、うっかり踏みつけないようにね、そこにいるよ」

 こうやって余裕のない状況なら頼りにはなるのだがな。

「うっし! この地点を抜けたら遺跡だ。カシアちゃ~ん、抱きついてもいいんだぜ~? ヒュ~、頼りになるぅ~って」

 ウザい、黙れ、近寄るな、前だけ見てろ、チャラ男。

「まったく……いちいち疲れる男だ。その遺跡というのはそんなに大変なところなのか? あの二人も素人ではないのだろう?」
「そりゃあね。ここまでは自然の洞窟、自然のトラップ満載だけどさ、遺跡は違うの。人工物よ、人工物。古の民の叡智が結集された悪意のかたまりだもんでね」
 悪意のかたまり、ねぇ。

「こんな地中深くにそんな遺跡があるのも眉唾な話だな」
「元々は地上で栄えた都市の一部だったらしいよ。んで、地盤沈下でズドドーンって落っこちて、埋もれて、今に至るって感じ。知ってる? 地盤沈下。地面が沈む現象のことだよ」
「知っとるわ!」
 コイツめ、まだ我を無知扱いするか。

「この洞窟はご覧の通り地下が入り組んでてね、地下水も溜まりやすい構造してっから、そういうのも多いって話。ま、遺跡が丸々すっぽりと洞窟の中に収まったのは奇跡的っつーか、めたくそ堅牢な造りだったのが逆に災いしたって感じ?」
 意外に博識なのも腹が立つ。お前みたいなキャラならもっとアホアホのポヘポヘで金と銅の違いも分からんような低脳なんじゃないのか。

 そうこう無駄話をしているうちに、件の遺跡が見えてきた。
 あたかも、最初からそこに建造されたものだと主張しているかのように、どっしりと構えて鎮座しているように見えた。

 というのも、まだ格段と広い広い空間の中、地底湖のド真ん中にあったからだ。
 周りを水に囲まれてる感じもまた、元々そういうデザインで造られた感がある。

 さっきのコーベの話の通りだとするならば、本来はここは地下水の溜まったプールで、それが要因となって地盤を溶かすなり何なりで崩落した結果、大きな空洞となり、それによって遺跡が上の地層から落下してきたということになるのだろう。

 もうどれだけ放置されたのかは知らんが、すっかり水を祀る遺跡みたいになってしまっているぞ。幸いにも湖の底に沈んでいないから中への侵入は容易そうだ。

「カシアちゃん、もっかい言っとくけど、派手な魔法は勘弁ね。遺跡もかなり脆くなってるし、洞窟自体も一気にガガガガーンってくるかもだから」
「分かっとる。せいぜい加減しておくわ」
 やたら炎系の魔法は使うなだとか、派手な魔法は使うなだとか、みんな我に魔法を使わせないようなことばかり言うのだな。

「コーベ、キサマこそ、下手こいて失敗するでないぞ」
「ダイジョーブ、ダイジョーブ、オレ、本番に強いタイプだからさ。こーゆーときにはふざけないって決めてんの」
 本当かなぁ~? 全然そこんところばかりは信用できないんだが。
 まあ、コーベがこう言うということはこの先にはもう余裕がないということだ。

「だったらもう少し、信用されるような態度をとれ。何を信用しろというのか」
「いやぁ信用してほしいなぁ~、オレ、これでも勇者の仲間だったんだぜ?」


 …………は? 何それ、一番信用できない言葉を吐かれたんだが。




みんなのリアクション

 物凄く腹が立つのだが、やはりコーベは腕の立つ冒険者だ。洞窟内を先導し、的確に危険を察知し、適切な対処をしていく。
 手元の心許ない灯りだけではどう考えても視界が悪いはずなのだが、その暗闇の中でも目が利いているかのようにスイスイと動き回っている。
 猛毒コウモリの巣も回避し、硫酸のたまった天然の落とし穴も避けて、無臭であるはずのガスが噴き出している位置も把握して、確実な安全を確保する。
 我一人では攻略など無理だったことが明瞭だ。
 多分、もっと早い段階で魔石が尽きてる。
「シャーハッハッハァ! ほっぺにチューしてもいいんだぜぇ? それともおっぱい揉ませてくれる? あひゃひゃひゃひゃ」
 マジでなんなんコイツ。元盗賊とは聞いたが、いや、盗賊ってそういうんだっけ?
 こんなヤバい奴、名前も聞いたことがないというのが腑に落ちない。
 パエデロスの外側の人間だとしてももう少し有名になっているはずでは。
「あー、ヤバいね。ここらも粗方掘り起こされてるっぽい」
 ヤツリが残念そうな声を挙げる。目の前に広がるのは、希少鉱石がザックザク――だったと思われる鉱脈の跡だ。見るからに人の手が入ってる。
 さっきからこんな調子だ。鉱石の欠片も見当たらない。
 聞くところによれば、本当はもっと浅い層にもいくらかあったらしいが、ここも冒険者たちにとって人気スポットだったこともあり、どんどん採掘されて、深い層まで潜らないといけなくなってしまったようだ。
 期待はしていたのだが、掘り尽くされてしまっているのではどうしようもない。
 ここまできてまるで成果なしなんて、完璧に骨折り損ではないか。
「ちぇー、こうなったら遺跡の方まで降りるっきゃねぇかぁ~? あ~あ」
 コーベが気怠そうな声で言う。余裕こいてばかりだったコーベがここまで面倒臭そうな意思表示をするということは、そっちはよっぽどヤバいルートなのだろう。
「遺跡に行くなら僕はここで下ります」
「俺も抜~けた。命がいくつあっても足らんし」
 ケノザとヤツリがあっさりと辞退する。
 え? だってここまで成果なしだよ? 結構命がけの冒険してきたと思うんだけど、それで鉱石の一個も手に入ってないのにそんな直ぐ諦めちゃうの?
 この二人もコーベに劣るとは言えかなりの熟練冒険者じゃん。その二人が手を引くなんてどんだけヤバいんだよ、遺跡ルート。
 事前情報曰く、この洞窟には旧時代の文明がある。そこに辿り着いたものは多くはないとも聞いている。元々、我のメインはそっちの方だ。
 ほとんど手つかずの財宝が眠っているというのなら、選ばない道はない。
 しかし、よりにもよってコーベしか行く気がないのか。
 他の二人がいないことの不安が大きい。
 かといって、我一人で遺跡を目指すのは無理だという確信もある。
「カシアちゃんはどーするー?」
 ニヤニヤ面でコーベがこちらを見ている。
 同行しますか? と聞かれたら我は何と答えたらよいのやら。
 悲しいことに、我は手ぶらで帰るわけにはいかない。
 何故って、このままでは貧乏令嬢まっしぐらだからだ。
 日を改めて、違うダンジョンを探すことも考えついたが、そう逃げてばかりでは手に入るものも手に入らん。一攫千金のチャンスは今しかないだろう。
 コーベと二人きり。
 そう考えただけで吐き気を催す。とっとと帰りたいと本能が訴える。
 ぐむむむむむむぅぅ……。
「ええい! ここまで来て引き下がれるかっ! コーベ! 指一本でも我に触れたら骨も残らぬと思え! いいな!」
「やったぜ。カシアちゃんと二人きりのデートだ~っ」
 で、いきなり肩を抱こうとするでないわ! 汚らわしい!
 ※ ※ ※
 我は選択を間違えてしまったのだろうか。
 ケノザとヤツリの二人はキャンプを張ってもらい、待機してもらうこととなり、我とコーベの二人きりで、悲しい悲しい洞窟探検だ。
 一応はケノザから必要な荷物を幾らか借りることはできた。呼吸ができなくなったときのための酸素供給魔石とか、猛毒を浴びたときのための解毒薬セットとか。
 ないよりかはマシってだけで安心かどうかは別問題だ。
 何より、コーベ以外に誰もいないことが不安で仕方ない。
 コイツときたら、隙あらば我に迫ってくるのだから。
「おっと危ねぇ! 毒ムカデだ。なかなかしぶてぇんだわ、コレ。カシアちゃん、うっかり踏みつけないようにね、そこにいるよ」
 こうやって余裕のない状況なら頼りにはなるのだがな。
「うっし! この地点を抜けたら遺跡だ。カシアちゃ~ん、抱きついてもいいんだぜ~? ヒュ~、頼りになるぅ~って」
 ウザい、黙れ、近寄るな、前だけ見てろ、チャラ男。
「まったく……いちいち疲れる男だ。その遺跡というのはそんなに大変なところなのか? あの二人も素人ではないのだろう?」
「そりゃあね。ここまでは自然の洞窟、自然のトラップ満載だけどさ、遺跡は違うの。人工物よ、人工物。古の民の叡智が結集された悪意のかたまりだもんでね」
 悪意のかたまり、ねぇ。
「こんな地中深くにそんな遺跡があるのも眉唾な話だな」
「元々は地上で栄えた都市の一部だったらしいよ。んで、地盤沈下でズドドーンって落っこちて、埋もれて、今に至るって感じ。知ってる? 地盤沈下。地面が沈む現象のことだよ」
「知っとるわ!」
 コイツめ、まだ我を無知扱いするか。
「この洞窟はご覧の通り地下が入り組んでてね、地下水も溜まりやすい構造してっから、そういうのも多いって話。ま、遺跡が丸々すっぽりと洞窟の中に収まったのは奇跡的っつーか、めたくそ堅牢な造りだったのが逆に災いしたって感じ?」
 意外に博識なのも腹が立つ。お前みたいなキャラならもっとアホアホのポヘポヘで金と銅の違いも分からんような低脳なんじゃないのか。
 そうこう無駄話をしているうちに、件の遺跡が見えてきた。
 あたかも、最初からそこに建造されたものだと主張しているかのように、どっしりと構えて鎮座しているように見えた。
 というのも、まだ格段と広い広い空間の中、地底湖のド真ん中にあったからだ。
 周りを水に囲まれてる感じもまた、元々そういうデザインで造られた感がある。
 さっきのコーベの話の通りだとするならば、本来はここは地下水の溜まったプールで、それが要因となって地盤を溶かすなり何なりで崩落した結果、大きな空洞となり、それによって遺跡が上の地層から落下してきたということになるのだろう。
 もうどれだけ放置されたのかは知らんが、すっかり水を祀る遺跡みたいになってしまっているぞ。幸いにも湖の底に沈んでいないから中への侵入は容易そうだ。
「カシアちゃん、もっかい言っとくけど、派手な魔法は勘弁ね。遺跡もかなり脆くなってるし、洞窟自体も一気にガガガガーンってくるかもだから」
「分かっとる。せいぜい加減しておくわ」
 やたら炎系の魔法は使うなだとか、派手な魔法は使うなだとか、みんな我に魔法を使わせないようなことばかり言うのだな。
「コーベ、キサマこそ、下手こいて失敗するでないぞ」
「ダイジョーブ、ダイジョーブ、オレ、本番に強いタイプだからさ。こーゆーときにはふざけないって決めてんの」
 本当かなぁ~? 全然そこんところばかりは信用できないんだが。
 まあ、コーベがこう言うということはこの先にはもう余裕がないということだ。
「だったらもう少し、信用されるような態度をとれ。何を信用しろというのか」
「いやぁ信用してほしいなぁ~、オレ、これでも勇者の仲間だったんだぜ?」
 …………は? 何それ、一番信用できない言葉を吐かれたんだが。