第64話 宝石よりも価値のある

ー/ー



 賑やかさにも程があるパエデロスの市場を、令嬢とメイドが歩く。
 それだけならまだ金持ちの道楽で済まされていたと思われる。

 しかし、それが通りすがりの連中の目を惹いていたことは否定できない。

 その令嬢というのはとどのつまり、パエデロスでも名物扱いされている偽令嬢。
 そのメイドというのは先日、盗人を蹴り一発でのした怪力のオキザリス。

 ある種の相乗効果といえたのかもしれない。
 そうでなくとも、今のオキザリスは結構な大きさの石を三つも両腕に抱えて、何食わぬ顔でスタスタ歩いている。

 オキザリス自身、この我よりも背丈があるとはいえ小柄であることも相まって、異様な光景に見えたのではないだろうか。

 我もこのことを考慮できていなかった。これでは悪目立ちする一方ではないか。

 万引き犯を一撃で仕留める超人メイドが、あのパエデロスの名物令嬢と並んで歩いている。さらには、華奢な小娘では一個さえも持てないであろう鉱石を三つも軽々と抱えている。

 まるで、狂犬を飼い慣らして散歩しているかのよう。我に歯向かうものはメイドにより冥土送りとでも知らしめんばかりだな。

 なんというか感覚的な話なのだが、あたかも我とオキザリスの歩く先を開くかの如く、人垣が割れているように思えた。
 その証拠に、自然と立ち止まることなく帰路につけておるし。ただの買い物だというのに、仰々しいことこの上ない。

 ま、パエデロスの住民たちが気を遣ってくれるのなら、こちらも深くまで気にすることもないだろう。後はもうミモザの店に帰るだけなのだし。

「この石で18シルバとは大した値段ですね。最上の品質なのでしょうか」
 両腕に抱えるその鉱石に視線を送りながらもオキザリスが言う。

「別に最上なんてことはない。さっきも言ったが誰かが勝手につけた値段など関係ないぞ。それは自分で見極めるもの。我が欲しいと思ったまでだ」
「それでは高く値段を吹っ掛けられた可能性もあるということですか?」
「さあな。だが、これは我にとっては十分な価値だから払ったまでよ。1ブロンじゃ安すぎると思ったし、1ゴルドじゃ少々高いと思っただろう」

 あのヒゲ男も魔鉱石のキラキラ度合いや重量だけで値段を決めていたのだろうしな。我なら秘めている魔力をも見定めて値段をつけるところだ。ひょっとしなくとも、同じものでも全く異なる値をつけられていた可能性も十分ある。

「オキザリス。誰もが全ての本質的な価値を見出だせると思うな。そも、そんなものなんて存在しないのだからな」

 今、運んでいる魔鉱石だって、ミモザの開発しようとしている魔具に適した品質に沿っているだけ。
 これが最良の選択である保証などない。
 それに、もし別な魔具の開発、はたまた宝石への加工なんて考えていたらもっといい鉱石もいくらでもあったはずだ。

 オキザリスからしてもそうだろう。こんなちょっと重いくらいの石ころ三つに18シルバも払いたいなどとは思わないはずだ。

「そのものの価値は、それを手元に置いたものの価値観に過ぎない。相場など知ったことか。このパエデロスにおいては尚更な」
 オキザリスも何とはなしに察していることとは思うが、いくら治安が改善されているとはいえ、値段が相応ではない場面も多々ある。
 こればかりはしようのない話。

「やはり、これだけ異種族がたむろしていると、そういう側面にも注意すべきということなのでしょうか」
「そういう意味でもないのだが――」
 そこでふと、オキザリスが異種族差別の傾向が強いレッドアイズ国の出身であることが頭を過ぎる。

「オキザリスにとっては、人間以外の種族など価値がないに等しいか?」
 その意地の悪い言葉を聞いてか、オキザリスの眉がピクリと動く。
 あたかも、自分の失言を咎められたかのような反応だ。

 少なからずとも我の目を見据えて、言葉を選ぼうとしている様子が見てとれた。
 相変わらず目つきが悪くて怖いのだが。

「ワタクシめには人種に価値などという言葉は割り当てられません」
 どうにも我の耳には言い訳がましく聞こえてしまう言葉だ。
 本心なのかどうかは本人も分かっていないような気もする。

「……価値という言葉は憚れますが、ワタクシめは使用人の身。主(あるじ)たるお嬢様は最上級の宝石も比較にはなりません」
 両腕一杯にとびきり重いであろう鉱石をがっしりと抱きかかえながらもオキザリスはハッキリとそう言い切った。

 無難な発言のようには思えたが、そこであえて我を引き合いに出すということはとどのつまり、価値観という意味合いでは亜人である我に何か引け目のある感情を持っていたことを自白しているようなものではないか。

 ま、我の言葉を汲み取った上で配慮した回答なのだろう。
 そも、今日オキザリスを連れて二人きりになったのは我自身がオキザリスを見定める意味合いもあったわけで、その辺りも何となくは察していたのかもしれない。

 やれやれ。呆れるほどに立派なメイドだ。
 仕事は文句言わずにこなすし、結局手綱の握り加減でしかないのだな。

 せいぜいミモザの店が潰れないよう目を光らせておくとしよう。

「ワタクシめも、お嬢様にとって価値のある使用人になれますよう尽くす所存です」
 当人からもこう言われてしまわれたからには、やはり手放すわけにもいかぬな。
 二度目の合格としといてやろう。我の懐が広くてよかったな、オキザリスよ。

 ※ ※ ※

 夕闇が被さってくる商店街の通りを、我とオキザリスが並んで歩く。
 結構な重量があったはずの魔鉱石も、パンのように軽々と持ち運べることにはもう驚くことはないだろう。

 馴染みのある店が見えてくる。その玄関の前にはミモザもちょこんと立って待っていた。こちらの姿を確認するなり、いつものようにトコトコと駆けてくる。

「フィ~しゃ~んっ!」
 それを抱き抱えるように我は両腕で迎え入れる。
 ミモザの太陽に照らされる小麦のごとく金色の髪が視界いっぱいに広がり、そして柔らかく優しい匂いが鼻腔に迫る。

 自然と頭の先に手が延びる。さすさすと愛おしく、撫で上げたところで、顔がすくりとこちらの方へと向き直る。透き通る空のような色をした瞳が我を見上げる。

「ふへへへぇ~……」
 なんと可愛らしい笑顔だろうか。守りたい、この笑顔。

「丁度良さそうな魔鉱石が手に入ったぞ」
 オキザリスの方に目配せする。すかさずミモザはその両手に抱え込まれていた魔鉱石をジッと眺める。とても満足げな顔だ。

「いいでふね! これならいいものが作れましゅ!」
 ミモザが上機嫌で何よりだ。
 ついぞ先日は、オキザリスの暴挙により早々閉店となってしまったからな。
 在庫も残っていることだし、今度の再開は存外、早そうだ。

 そうでなくとも、ミモザの腕前もメキメキと上がってきていて、以前よりも数倍以上の早さで魔具を作り上げられるくらいには効率化も進んでいる。
 それに関しては我の熱心な教鞭と、それと一応ダリアのおかげ、でもあるか。

 我としては、あまりミモザに無茶ばかり押しつけたくはないのだが、こればかりはミモザのやりたいことである以上、引き留める理由も何もない。だったら精一杯応援して背中を押してやるのが親友というものだろう。ふふ……親友だ。

「……まるで、宝石のようですね」
 ふと、オキザリスが自分の腕の中にある魔鉱石を眺めながら、そう呟いた。
 確かに魔鉱石の表面は魔力が結晶化してキラキラと宝石のようではあるが、ソレは元より宝石の原石ではないか。今さらそんなことを言う必要があったのだろうか。




みんなのリアクション

 賑やかさにも程があるパエデロスの市場を、令嬢とメイドが歩く。
 それだけならまだ金持ちの道楽で済まされていたと思われる。
 しかし、それが通りすがりの連中の目を惹いていたことは否定できない。
 その令嬢というのはとどのつまり、パエデロスでも名物扱いされている偽令嬢。
 そのメイドというのは先日、盗人を蹴り一発でのした怪力のオキザリス。
 ある種の相乗効果といえたのかもしれない。
 そうでなくとも、今のオキザリスは結構な大きさの石を三つも両腕に抱えて、何食わぬ顔でスタスタ歩いている。
 オキザリス自身、この我よりも背丈があるとはいえ小柄であることも相まって、異様な光景に見えたのではないだろうか。
 我もこのことを考慮できていなかった。これでは悪目立ちする一方ではないか。
 万引き犯を一撃で仕留める超人メイドが、あのパエデロスの名物令嬢と並んで歩いている。さらには、華奢な小娘では一個さえも持てないであろう鉱石を三つも軽々と抱えている。
 まるで、狂犬を飼い慣らして散歩しているかのよう。我に歯向かうものはメイドにより冥土送りとでも知らしめんばかりだな。
 なんというか感覚的な話なのだが、あたかも我とオキザリスの歩く先を開くかの如く、人垣が割れているように思えた。
 その証拠に、自然と立ち止まることなく帰路につけておるし。ただの買い物だというのに、仰々しいことこの上ない。
 ま、パエデロスの住民たちが気を遣ってくれるのなら、こちらも深くまで気にすることもないだろう。後はもうミモザの店に帰るだけなのだし。
「この石で18シルバとは大した値段ですね。最上の品質なのでしょうか」
 両腕に抱えるその鉱石に視線を送りながらもオキザリスが言う。
「別に最上なんてことはない。さっきも言ったが誰かが勝手につけた値段など関係ないぞ。それは自分で見極めるもの。我が欲しいと思ったまでだ」
「それでは高く値段を吹っ掛けられた可能性もあるということですか?」
「さあな。だが、これは我にとっては十分な価値だから払ったまでよ。1ブロンじゃ安すぎると思ったし、1ゴルドじゃ少々高いと思っただろう」
 あのヒゲ男も魔鉱石のキラキラ度合いや重量だけで値段を決めていたのだろうしな。我なら秘めている魔力をも見定めて値段をつけるところだ。ひょっとしなくとも、同じものでも全く異なる値をつけられていた可能性も十分ある。
「オキザリス。誰もが全ての本質的な価値を見出だせると思うな。そも、そんなものなんて存在しないのだからな」
 今、運んでいる魔鉱石だって、ミモザの開発しようとしている魔具に適した品質に沿っているだけ。
 これが最良の選択である保証などない。
 それに、もし別な魔具の開発、はたまた宝石への加工なんて考えていたらもっといい鉱石もいくらでもあったはずだ。
 オキザリスからしてもそうだろう。こんなちょっと重いくらいの石ころ三つに18シルバも払いたいなどとは思わないはずだ。
「そのものの価値は、それを手元に置いたものの価値観に過ぎない。相場など知ったことか。このパエデロスにおいては尚更な」
 オキザリスも何とはなしに察していることとは思うが、いくら治安が改善されているとはいえ、値段が相応ではない場面も多々ある。
 こればかりはしようのない話。
「やはり、これだけ異種族がたむろしていると、そういう側面にも注意すべきということなのでしょうか」
「そういう意味でもないのだが――」
 そこでふと、オキザリスが異種族差別の傾向が強いレッドアイズ国の出身であることが頭を過ぎる。
「オキザリスにとっては、人間以外の種族など価値がないに等しいか?」
 その意地の悪い言葉を聞いてか、オキザリスの眉がピクリと動く。
 あたかも、自分の失言を咎められたかのような反応だ。
 少なからずとも我の目を見据えて、言葉を選ぼうとしている様子が見てとれた。
 相変わらず目つきが悪くて怖いのだが。
「ワタクシめには人種に価値などという言葉は割り当てられません」
 どうにも我の耳には言い訳がましく聞こえてしまう言葉だ。
 本心なのかどうかは本人も分かっていないような気もする。
「……価値という言葉は憚れますが、ワタクシめは使用人の身。主《あるじ》たるお嬢様は最上級の宝石も比較にはなりません」
 両腕一杯にとびきり重いであろう鉱石をがっしりと抱きかかえながらもオキザリスはハッキリとそう言い切った。
 無難な発言のようには思えたが、そこであえて我を引き合いに出すということはとどのつまり、価値観という意味合いでは亜人である我に何か引け目のある感情を持っていたことを自白しているようなものではないか。
 ま、我の言葉を汲み取った上で配慮した回答なのだろう。
 そも、今日オキザリスを連れて二人きりになったのは我自身がオキザリスを見定める意味合いもあったわけで、その辺りも何となくは察していたのかもしれない。
 やれやれ。呆れるほどに立派なメイドだ。
 仕事は文句言わずにこなすし、結局手綱の握り加減でしかないのだな。
 せいぜいミモザの店が潰れないよう目を光らせておくとしよう。
「ワタクシめも、お嬢様にとって価値のある使用人になれますよう尽くす所存です」
 当人からもこう言われてしまわれたからには、やはり手放すわけにもいかぬな。
 二度目の合格としといてやろう。我の懐が広くてよかったな、オキザリスよ。
 ※ ※ ※
 夕闇が被さってくる商店街の通りを、我とオキザリスが並んで歩く。
 結構な重量があったはずの魔鉱石も、パンのように軽々と持ち運べることにはもう驚くことはないだろう。
 馴染みのある店が見えてくる。その玄関の前にはミモザもちょこんと立って待っていた。こちらの姿を確認するなり、いつものようにトコトコと駆けてくる。
「フィ~しゃ~んっ!」
 それを抱き抱えるように我は両腕で迎え入れる。
 ミモザの太陽に照らされる小麦のごとく金色の髪が視界いっぱいに広がり、そして柔らかく優しい匂いが鼻腔に迫る。
 自然と頭の先に手が延びる。さすさすと愛おしく、撫で上げたところで、顔がすくりとこちらの方へと向き直る。透き通る空のような色をした瞳が我を見上げる。
「ふへへへぇ~……」
 なんと可愛らしい笑顔だろうか。守りたい、この笑顔。
「丁度良さそうな魔鉱石が手に入ったぞ」
 オキザリスの方に目配せする。すかさずミモザはその両手に抱え込まれていた魔鉱石をジッと眺める。とても満足げな顔だ。
「いいでふね! これならいいものが作れましゅ!」
 ミモザが上機嫌で何よりだ。
 ついぞ先日は、オキザリスの暴挙により早々閉店となってしまったからな。
 在庫も残っていることだし、今度の再開は存外、早そうだ。
 そうでなくとも、ミモザの腕前もメキメキと上がってきていて、以前よりも数倍以上の早さで魔具を作り上げられるくらいには効率化も進んでいる。
 それに関しては我の熱心な教鞭と、それと一応ダリアのおかげ、でもあるか。
 我としては、あまりミモザに無茶ばかり押しつけたくはないのだが、こればかりはミモザのやりたいことである以上、引き留める理由も何もない。だったら精一杯応援して背中を押してやるのが親友というものだろう。ふふ……親友だ。
「……まるで、宝石のようですね」
 ふと、オキザリスが自分の腕の中にある魔鉱石を眺めながら、そう呟いた。
 確かに魔鉱石の表面は魔力が結晶化してキラキラと宝石のようではあるが、ソレは元より宝石の原石ではないか。今さらそんなことを言う必要があったのだろうか。