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【使用人】都会メイドと田舎エルフと魔法のポット

ー/ー



「えと、オキザリスしゃん? は、レッドアイズ国から来たんれすよね?」
「はい、そうですよ」

 工房に残った技師エルフのミモザと、何処ぞの令嬢に仕えるメイドのオキザリスは何の経緯があってか、二人きりになっていた。
 窓の外はもうすっかり暗くなっており、工房の明かりを除けば、その建物内は時が止まっていると誤認するほどに静寂だった。

「私、都会って知らないんでふよ。森での暮らしも長かったれすが、パエデロスに来てからここを離れることもなかったので」
 キュッキュッと手拭いで鉱石の表面を磨き上げながらもミモザは恥ずかしそうな顔を浮かべる。

 エルフといったら森の民の代名詞。むしろ森の外にいること自体が珍しいといっても過言ではない。

「フィーしゃんにもお話は聞いていたのですが、やっぱりどんなところなのかなぁって気になって」
「そうですね。レッドアイズはミモザ様のおっしゃる通り、都会という認識で相違ありません。ここにはないものが沢山ありますよ」
 オキザリスは何を意識しているのかは不明だが、やや優しい口調で答える。

 辺境の地パエデロスとレッドアイズ国とでは、色々な観点から見ても比較にならない要素が多いだろう。街と国ではそもそもの規模も違うし、面積だけで言えばレッドアイズ国は三パエデロスくらいの広さはある。

 パエデロスの治安維持を勤めているのは、かつて魔王を討伐したという勇者率いる自警団の面々だが、その一方でレッドアイズ国ではその勇者の仲間たちに加え、魔王討伐に貢献してきた軍隊だ。
 ついでにいってしまえば、魔力を動力源として稼働する命なき兵隊、魔導機兵(オートマタ)などといったものまで昼夜問わずレッドアイズ国中を警備している。

 生活水準なんてものを言い出したらそれこそ雲泥の差だ。
 一応はパエデロスも遠方からの数多くの商人が訪れることもあり、ものには不自由しない程度には栄えている土地ではあるものの、その実、パエデロスの周囲の環境は割と劣悪なもので、農業や工業は皆無に等しい。

 近辺に数多くのダンジョンのあるパエデロスは輸入でまかなっている特異な地域ともいえる。住み着いている一部の貴族も大体パエデロスの外から持ち込んだもので生活環境を整えている。

 じゃあレッドアイズ国はといったら、国土面積は広く、農業も盛んで、さらにはその国の象徴といっても過言ではないくらい工業が抜きん出ている。
 国内には魔導列車という馬車よりも速く移動できる機構も整備されているし、パエデロスからしてみたら時代が一回り二回りも先に進んでいる。

「――例えば、自動にお茶を作れるポットや、火の調節が自在なオーブンなんてものもありました。お嬢様の屋敷にはそういったものはありませんでしたね」
「ふおぉぉぉ……そういうものもあるんでふか!」
 お目々をキラキラと輝かせて、ミモザが前のめりになる。

「あ、は、はい……ワタクシめにはどういう仕組みのものかまでは分かりかねますが、熱を操作する魔法を利用するものなのだとか」
「ふむふむふむ、つまり、それは、こう、ええと、ああして……」
 食い入るようにオキザリスの言葉に耳を傾けていたミモザは唐突に顔を俯かせ、唸るように小声で呟く。何かスイッチが入った様子だ。

 そうして徐に、丁度先ほど、オキザリスが持ってきたお茶の入っていたポットを手に取り、さらにはキュッキュと磨き上げていた魔鉱石をよいしょとテーブルの上に置く。そこに敷かれていた魔法陣の配置を規則的に動かし出す。

 傍から見たら、オキザリスにはミモザが何をしているのかよく分からない。
 テーブルの上にポットと石ころを置いて、魔法陣を書き足しているくらい。

 ちなみに、ポットの中身はちゃぷんちゃぷんとそれなりに入っているが、ミモザが全く手をつけなかったため、もう冷めてしまっている。

「ええとつまり……、ここで……、だから……」
 ブツブツと独り言を続けながら、ミモザの手元の魔法陣が発光していく。何が起きているのかは定かではないが、少なからずともポットが酷くカタカタと震え出していることに、オキザリスは一抹の不安を覚えていた。

 何をしているのか質問しようとも考えたが、邪魔をしてはならないという主の命令に忠実に従うがごとく、オキザリスは閉口した。

 そうこうしているうちにもミモザの指先は複雑にうねり、目の前のものがみるみるうちに加工されていく。

「ふひぃ~……」
 ミモザが一息ついたそのときには、そこに置いてあったポットの口から湯気と香りが立ち上っていた。

「オキザリスしゃん、お茶一杯お願いしまふ」
 いつの間にか額にじっとりと汗をかいたミモザにお願いされるがまま、オキザリスはそのポットを手に取り、空っぽのティーカップに注いだ。

 透き通る琥珀色のソレは心を落ち着かせるような芳醇な香りを立ち上らせ、鼻腔をくすぐる。その温かさときたら淹れ立ての紅茶としか言いようがない。

「最適の温度。素晴らしいですね」
 関心深い感想をもらしたところで、ミモザはそのアツアツのカップではなく、もう一つそこにあった空っぽのカップをその隣に置いた。

 何のつもりなのか、まだオキザリスの手元にあったポットに指先で触れる。
 いや、正確にはポットの取っ手の上の部分にいつの間にかあった出っ張りのようなものを押し込んだ。

「え……?」
 オキザリスはその違和感にすぐに気付いたが、ミモザは「どうぞ」とでも言わんばかりに、空っぽの方のカップに手を添える。
 何が何やらという状態ではあったが、促されるまま、オキザリスはポットの中身をそちらのカップに注ぐ。

 同じ、透き通るような琥珀色。しかし、湯気など立っていない。逆に、ソレはひんやりとしていた。上手くいったという面持ちで、ミモザはニッコリと笑う。

「上手くいきましらね」
 これにはオキザリスもポカーンとする。
 今の今まで冷めていた紅茶は、あっという間にクツクツと温まったかと思えば、次の瞬間にはまるで氷でも放り込まれたかのように冷えてしまっていた。

「レッドアイズ国って面白いものがあるんでふねぇ~」
 えへへ、と呟きつつ、汗をかいていたミモザは冷たい方の紅茶を手にとり、クピクピと飲む。

 オキザリスが驚いたのは、ミモザが直ぐさま魔具を作り上げたからではない。
 こんなポットなどからだ。

 確かにオキザリスは言った。自動的にお茶を作れるポットがあると。
 しかしそれは、せいぜい湯沸かし機能を持っている程度。
 言ってみれば中に入っている水を温めるだけのもの。

 冷めたお茶が瞬時に飲める状態まで温まるわけではない。
 ましてや、瞬時に冷却するなんて機能など想定もしていなかった。

「――失礼。ミモザ様はエルフでしたね。エルフの里ではこういう魔法も珍しくないのでしょうか?」
「いやいやぁ、そんなことはないでふよ。お茶の温度を調節する魔法なんて私も聞いたことないれす。オキザリスしゃんの話を聞いて思いついただけれふ」

 それはとどのつまり、即興で魔法を開発したということになる。それがどれだけのことなのか、ミモザはまるで自覚している様子もない。
 さしものオキザリスも魔法の知識に富んでいるわけではない。ただ、魔法一つ扱うのにも途方もない労力が必要ということくらい。

「じゃあ次はオーブンを作りまふか!」
 そんなあっけらかんとした健気な声で、ミモザは次の魔具の製作に取りかかった。
 なるほど、これは宝石だ。そう確信いった顔でオキザリスは見守ることにした。


次のエピソードへ進む 第65話 本物の偽令嬢とは一体


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「えと、オキザリスしゃん? は、レッドアイズ国から来たんれすよね?」
「はい、そうですよ」
 工房に残った技師エルフのミモザと、何処ぞの令嬢に仕えるメイドのオキザリスは何の経緯があってか、二人きりになっていた。
 窓の外はもうすっかり暗くなっており、工房の明かりを除けば、その建物内は時が止まっていると誤認するほどに静寂だった。
「私、都会って知らないんでふよ。森での暮らしも長かったれすが、パエデロスに来てからここを離れることもなかったので」
 キュッキュッと手拭いで鉱石の表面を磨き上げながらもミモザは恥ずかしそうな顔を浮かべる。
 エルフといったら森の民の代名詞。むしろ森の外にいること自体が珍しいといっても過言ではない。
「フィーしゃんにもお話は聞いていたのですが、やっぱりどんなところなのかなぁって気になって」
「そうですね。レッドアイズはミモザ様のおっしゃる通り、都会という認識で相違ありません。ここにはないものが沢山ありますよ」
 オキザリスは何を意識しているのかは不明だが、やや優しい口調で答える。
 辺境の地パエデロスとレッドアイズ国とでは、色々な観点から見ても比較にならない要素が多いだろう。街と国ではそもそもの規模も違うし、面積だけで言えばレッドアイズ国は三パエデロスくらいの広さはある。
 パエデロスの治安維持を勤めているのは、かつて魔王を討伐したという勇者率いる自警団の面々だが、その一方でレッドアイズ国ではその勇者の仲間たちに加え、魔王討伐に貢献してきた軍隊だ。
 ついでにいってしまえば、魔力を動力源として稼働する命なき兵隊、魔導機兵《オートマタ》などといったものまで昼夜問わずレッドアイズ国中を警備している。
 生活水準なんてものを言い出したらそれこそ雲泥の差だ。
 一応はパエデロスも遠方からの数多くの商人が訪れることもあり、ものには不自由しない程度には栄えている土地ではあるものの、その実、パエデロスの周囲の環境は割と劣悪なもので、農業や工業は皆無に等しい。
 近辺に数多くのダンジョンのあるパエデロスは輸入でまかなっている特異な地域ともいえる。住み着いている一部の貴族も大体パエデロスの外から持ち込んだもので生活環境を整えている。
 じゃあレッドアイズ国はといったら、国土面積は広く、農業も盛んで、さらにはその国の象徴といっても過言ではないくらい工業が抜きん出ている。
 国内には魔導列車という馬車よりも速く移動できる機構も整備されているし、パエデロスからしてみたら時代が一回り二回りも先に進んでいる。
「――例えば、自動にお茶を作れるポットや、火の調節が自在なオーブンなんてものもありました。お嬢様の屋敷にはそういったものはありませんでしたね」
「ふおぉぉぉ……そういうものもあるんでふか!」
 お目々をキラキラと輝かせて、ミモザが前のめりになる。
「あ、は、はい……ワタクシめにはどういう仕組みのものかまでは分かりかねますが、熱を操作する魔法を利用するものなのだとか」
「ふむふむふむ、つまり、それは、こう、ええと、ああして……」
 食い入るようにオキザリスの言葉に耳を傾けていたミモザは唐突に顔を俯かせ、唸るように小声で呟く。何かスイッチが入った様子だ。
 そうして徐に、丁度先ほど、オキザリスが持ってきたお茶の入っていたポットを手に取り、さらにはキュッキュと磨き上げていた魔鉱石をよいしょとテーブルの上に置く。そこに敷かれていた魔法陣の配置を規則的に動かし出す。
 傍から見たら、オキザリスにはミモザが何をしているのかよく分からない。
 テーブルの上にポットと石ころを置いて、魔法陣を書き足しているくらい。
 ちなみに、ポットの中身はちゃぷんちゃぷんとそれなりに入っているが、ミモザが全く手をつけなかったため、もう冷めてしまっている。
「ええとつまり……、ここで……、だから……」
 ブツブツと独り言を続けながら、ミモザの手元の魔法陣が発光していく。何が起きているのかは定かではないが、少なからずともポットが酷くカタカタと震え出していることに、オキザリスは一抹の不安を覚えていた。
 何をしているのか質問しようとも考えたが、邪魔をしてはならないという主の命令に忠実に従うがごとく、オキザリスは閉口した。
 そうこうしているうちにもミモザの指先は複雑にうねり、目の前のものがみるみるうちに加工されていく。
「ふひぃ~……」
 ミモザが一息ついたそのときには、そこに置いてあったポットの口から湯気と香りが立ち上っていた。
「オキザリスしゃん、お茶一杯お願いしまふ」
 いつの間にか額にじっとりと汗をかいたミモザにお願いされるがまま、オキザリスはそのポットを手に取り、空っぽのティーカップに注いだ。
 透き通る琥珀色のソレは心を落ち着かせるような芳醇な香りを立ち上らせ、鼻腔をくすぐる。その温かさときたら淹れ立ての紅茶としか言いようがない。
「最適の温度。素晴らしいですね」
 関心深い感想をもらしたところで、ミモザはそのアツアツのカップではなく、もう一つそこにあった空っぽのカップをその隣に置いた。
 何のつもりなのか、まだオキザリスの手元にあったポットに指先で触れる。
 いや、正確にはポットの取っ手の上の部分にいつの間にかあった出っ張りのようなものを押し込んだ。
「え……?」
 オキザリスはその違和感にすぐに気付いたが、ミモザは「どうぞ」とでも言わんばかりに、空っぽの方のカップに手を添える。
 何が何やらという状態ではあったが、促されるまま、オキザリスはポットの中身をそちらのカップに注ぐ。
 同じ、透き通るような琥珀色。しかし、湯気など立っていない。逆に、ソレはひんやりとしていた。上手くいったという面持ちで、ミモザはニッコリと笑う。
「上手くいきましらね」
 これにはオキザリスもポカーンとする。
 今の今まで冷めていた紅茶は、あっという間にクツクツと温まったかと思えば、次の瞬間にはまるで氷でも放り込まれたかのように冷えてしまっていた。
「レッドアイズ国って面白いものがあるんでふねぇ~」
 えへへ、と呟きつつ、汗をかいていたミモザは冷たい方の紅茶を手にとり、クピクピと飲む。
 オキザリスが驚いたのは、ミモザが直ぐさま魔具を作り上げたからではない。
 こんなポットなど《《レッドアイズ国にもなかった》》からだ。
 確かにオキザリスは言った。自動的にお茶を作れるポットがあると。
 しかしそれは、せいぜい湯沸かし機能を持っている程度。
 言ってみれば中に入っている水を温めるだけのもの。
 冷めたお茶が瞬時に飲める状態まで温まるわけではない。
 ましてや、瞬時に冷却するなんて機能など想定もしていなかった。
「――失礼。ミモザ様はエルフでしたね。エルフの里ではこういう魔法も珍しくないのでしょうか?」
「いやいやぁ、そんなことはないでふよ。お茶の温度を調節する魔法なんて私も聞いたことないれす。オキザリスしゃんの話を聞いて思いついただけれふ」
 それはとどのつまり、即興で魔法を開発したということになる。それがどれだけのことなのか、ミモザはまるで自覚している様子もない。
 さしものオキザリスも魔法の知識に富んでいるわけではない。ただ、魔法一つ扱うのにも途方もない労力が必要ということくらい。
「じゃあ次はオーブンを作りまふか!」
 そんなあっけらかんとした健気な声で、ミモザは次の魔具の製作に取りかかった。
 なるほど、これは宝石だ。そう確信いった顔でオキザリスは見守ることにした。