第63話 ヒゲ男、腰を抜かす

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 当初の予定通り、我とオキザリスの二人きりの買い物が始まる。
 市場を並んで歩くご令嬢とメイドの昼下がりの午後はなかなか絵になると思う。

 ただ、我の心境としては複雑極まりない。
 このメイド、やはり取り扱い注意にもほどがある。

 口を滑らせないならそれに越したことはないが、傍に置いておくだけで色々な秘密が暴かれそうな予感がビンビンだ。
 我の正体が実は魔王とまで知られた日にゃ、メイドキックをおみまいされる未来が見えてくるくらい。

「さて、お嬢様。何から調達いたしましょうか」
「そうだな。この先に西方からの商人の馬車が来ているそうだ。魔鉱石をいくらか手に入れば十分だろう。あっちは炭鉱で有名だからな」
 そしらぬ顔で会話を交わす。オキザリスとしては仕事の方が優先なのだろう。無論、そうでなくては困るのだが。

「加工された宝石であればそこの出店でも売られているようですが、こちらは必要がないのでしょうか?」
 そういってオキザリスは通りがかりに店を指さす。
 確かにそこには宝石商がいた。ずらりと並べられているが、あれはダメだ。

「論外だな。原石が好ましい。ああなってしまえば魔力の欠片もない」
 魔具を作るのにただの宝石を使ってどうするんだ。
 魔力をすっかり削ぎ落とされた鉱石など、ただの石ころも同然だ。

「そうなのですか。宝石にこそ魔力が宿るものとばかり」
 もしかしなくても、オキザリスには魔力を感知する能力がないのか。
 よくよく考えてもみれば筋肉ムキムキのゴリゴリマッチョだし、魔法に関する知識こそあれど、魔法を扱うようなメイドではなかったな。

 そういうとこは普通の人間なのな、オキザリス。少しホッとしたぞ。

「媒体にしやすいという意味では正しい。事実、宝石をベースにしてる魔具も多い。魔導師の使う杖も大体宝石だし。お前の元いたレッドアイズ国の、あの魔導機兵(オートマタ)とやらも核は宝石を使っていたしな」
「お嬢様は大変博識なのですね」
 そこでハッとする。あまり下手にペラペラ喋りすぎるのもよくないのでは。
 変な詮索されたらそれはそれで大問題だ。

「ワタクシめも不勉強なもので……高価な宝石ほど魔力を秘めているものかと」
「値段なんぞ人間どもが勝手につけてるだけだ。形がいいから高い、色がよくないから安いなんてな。本質的な価値は自分自身で見極めるものに決まっておるだろうが」
 つい話題を切ろう切ろうと急いてしまう。我も大概、おしゃべりが過ぎる。

「さあ、無駄話はもういい。目当てのものを買いに行くぞ」
 オキザリスの華奢なくせにゴツい手を握り、人混みの中へと突っ込む。
 我の腕力からしても引っ張っても動きそうにもなさそうだったが、どうもオキザリスの方から動いているようで、足取りが止まることはとりあえずなかった。

 人混みが捌けたその先、大きな馬車が何台か並んでいた。そしてその周囲には商人たちが簡易なテントを張り、商品を卸しているのが見えた。
 開封された木箱の中に並んでいるのは、色とりどりな石。これぞまさしく原石。
 これを磨いたり、加工したりすれば宝石として貴族や富豪どもの手に渡るわけだ。

 ただし、今回の目的ではそのようなことはしない。この状態のまま、ミモザの手によって特殊な加工を施され、魔石であったり、魔具に変える。
 ともなれば、相応しい魔力を秘めたものをチョイスせねば。

 無論、魔力にだって性質もある。火の魔法に適したものであったり、水の魔法に適したものであったり。さらにそこからタバコ程度の火か、竈ほどの炎か、品質まで考え出すとなかなか見極めが難しい。

 ちなみに、ミモザの目なら一発で最良のものを見抜く。
 むしろ、一番良すぎるものを引くから加減なぞ知らない。
 我だって魔力感知や目利きには引け劣らぬつもりだが、あれは天才すぎる。

「全て石ころのように見えますが、これらを片っ端から買い占めればよろしいのでしょうか」
 オキザリスらしからぬ間の抜けた発言が飛んできた。全部買ってたまるか。
 中には本当に石ころみたいなものも混ざっておるのだぞ。

 宝石にするならそれでもいいのだが、一応、経費はミモザが持つことになっているのだから無駄な金も使ってられない。

 我が自腹を切るならそれもできたのだがな。
 今はソレやるとミモザがプンプンプンスコ怒り出すから最近はやらん。

「買うのは必要なものだけだ」
 そう言い放ってやると、一瞬呆気にとられたかのような顔を浮かべ、オキザリスは鉱石の並ぶ木箱を前にズンと腰を落とし、ジーっと穴の空くほど睨みを利かせる。

 元々目つきが悪いから一層のこと怖い。
 あまりの凝視っぷりに行商人がたじろいておるぞ。

 堅苦しく、クソ真面目で、仕事もキビキビとこなす、そんな印象の強いオキザリスではあったが、本格的に真っ正面、猪突猛進な性格なのだが。

「この鉱石で如何でしょうか」
 青い鉱石を指さす。噴水が作れそうな規模の魔力はありそうだな。
「こちらの鉱石では如何でしょう」
 白い鉱石を指さす。触ったらパチっとする程度の静電気を帯びているな。
「このような鉱石なら如何でしょうか」
 それ、もはや魔力のないただの石だぞ。

 性質も品質も全部バラバラ。本当に魔力が分からないようだ。
 分からないんだったら何もそこまでムキにならなくても。

 前向きなのは使用人としては素晴らしく長所のような気もするし、その性格だからこそ積み上げてきた経験や実績もある。

 だが、こればかりはどうしようもないだろう。
 相手はパンや野菜じゃないんだ。魔力を感知できなければ全て石ころ同然。
 ますますオキザリスの目つきが悪くなる一方。
 行商人が怯えているからその辺りにしておいてくれ。

 第一、今欲しいのは最良の鉱石ではない。
 よしんば目利きで選び抜いても、目的に沿ったものでなければ意味がない。

 なんかそれでも必死になって石ころを睨むオキザリスが幼く、可愛らしくみえてこないでもない。ものすっごく目つきは怖いのだが。

「め、メイドのおチビちゃん。いくら睨んだってダメさ。俺ぁこの筋で長いこと商売してるが魔鉱石の質は全く見極められん。こればかりは生まれ持ってのセンスさね。一目見て分からんっつうなら分からんのよ」
 とうとう痺れを切らしたのか、無精ヒゲをたくわえた行商人の男が苦笑しながら言う。さすがにこうも張り付かれていては他の客も寄ってこないだろうしな。

 この手の買い物は我とミモザ、あとはダリアの奴くらいじゃないとまともにできないような気がする。宝石に加工するだけならまた違うのだろうが。

 さてと、いつまでもこんなところで油を売っている場合ではない。
 こちらは石を買いに来たのだから。

 今ミモザの考案している魔具に適しているのは――

「この魔鉱石と、その魔鉱石、ついでにそこのをくれ」
「あ、あいよ。まいどありっ」
 行商人のヒゲ面男が、むんずとそのがっしりとした腕でいかにも重そうな魔鉱石を木箱から取り出してくる。実際に、我の椀力では一つも持ち上げられないと思う。

「オキザリス、頼めるか?」
 鉱石の目利きができなかったことが大層残念だったのか、目をぱちくりとさせ、オキザリスは気持ちを切り替えるよう「はい、分かりました」と二つ返事。

「いや、大丈夫かい? 誰か他に大人の人は……」
 ヒゲ男の心配をよそに、オキザリスは魔鉱石三つをヒゲ男の腕の中から掴み取る。普通は台車か何かで運ぶレベルの重量だが、全く顔色一つ変えていない。

 ゴツい石を両腕に抱えてケロッとしたメイドに、いっそ周囲までざわついた。


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 当初の予定通り、我とオキザリスの二人きりの買い物が始まる。
 市場を並んで歩くご令嬢とメイドの昼下がりの午後はなかなか絵になると思う。
 ただ、我の心境としては複雑極まりない。
 このメイド、やはり取り扱い注意にもほどがある。
 口を滑らせないならそれに越したことはないが、傍に置いておくだけで色々な秘密が暴かれそうな予感がビンビンだ。
 我の正体が実は魔王とまで知られた日にゃ、メイドキックをおみまいされる未来が見えてくるくらい。
「さて、お嬢様。何から調達いたしましょうか」
「そうだな。この先に西方からの商人の馬車が来ているそうだ。魔鉱石をいくらか手に入れば十分だろう。あっちは炭鉱で有名だからな」
 そしらぬ顔で会話を交わす。オキザリスとしては仕事の方が優先なのだろう。無論、そうでなくては困るのだが。
「加工された宝石であればそこの出店でも売られているようですが、こちらは必要がないのでしょうか?」
 そういってオキザリスは通りがかりに店を指さす。
 確かにそこには宝石商がいた。ずらりと並べられているが、あれはダメだ。
「論外だな。原石が好ましい。ああなってしまえば魔力の欠片もない」
 魔具を作るのにただの宝石を使ってどうするんだ。
 魔力をすっかり削ぎ落とされた鉱石など、ただの石ころも同然だ。
「そうなのですか。宝石にこそ魔力が宿るものとばかり」
 もしかしなくても、オキザリスには魔力を感知する能力がないのか。
 よくよく考えてもみれば筋肉ムキムキのゴリゴリマッチョだし、魔法に関する知識こそあれど、魔法を扱うようなメイドではなかったな。
 そういうとこは普通の人間なのな、オキザリス。少しホッとしたぞ。
「媒体にしやすいという意味では正しい。事実、宝石をベースにしてる魔具も多い。魔導師の使う杖も大体宝石だし。お前の元いたレッドアイズ国の、あの魔導機兵《オートマタ》とやらも核は宝石を使っていたしな」
「お嬢様は大変博識なのですね」
 そこでハッとする。あまり下手にペラペラ喋りすぎるのもよくないのでは。
 変な詮索されたらそれはそれで大問題だ。
「ワタクシめも不勉強なもので……高価な宝石ほど魔力を秘めているものかと」
「値段なんぞ人間どもが勝手につけてるだけだ。形がいいから高い、色がよくないから安いなんてな。本質的な価値は自分自身で見極めるものに決まっておるだろうが」
 つい話題を切ろう切ろうと急いてしまう。我も大概、おしゃべりが過ぎる。
「さあ、無駄話はもういい。目当てのものを買いに行くぞ」
 オキザリスの華奢なくせにゴツい手を握り、人混みの中へと突っ込む。
 我の腕力からしても引っ張っても動きそうにもなさそうだったが、どうもオキザリスの方から動いているようで、足取りが止まることはとりあえずなかった。
 人混みが捌けたその先、大きな馬車が何台か並んでいた。そしてその周囲には商人たちが簡易なテントを張り、商品を卸しているのが見えた。
 開封された木箱の中に並んでいるのは、色とりどりな石。これぞまさしく原石。
 これを磨いたり、加工したりすれば宝石として貴族や富豪どもの手に渡るわけだ。
 ただし、今回の目的ではそのようなことはしない。この状態のまま、ミモザの手によって特殊な加工を施され、魔石であったり、魔具に変える。
 ともなれば、相応しい魔力を秘めたものをチョイスせねば。
 無論、魔力にだって性質もある。火の魔法に適したものであったり、水の魔法に適したものであったり。さらにそこからタバコ程度の火か、竈ほどの炎か、品質まで考え出すとなかなか見極めが難しい。
 ちなみに、ミモザの目なら一発で最良のものを見抜く。
 むしろ、一番良すぎるものを引くから加減なぞ知らない。
 我だって魔力感知や目利きには引け劣らぬつもりだが、あれは天才すぎる。
「全て石ころのように見えますが、これらを片っ端から買い占めればよろしいのでしょうか」
 オキザリスらしからぬ間の抜けた発言が飛んできた。全部買ってたまるか。
 中には本当に石ころみたいなものも混ざっておるのだぞ。
 宝石にするならそれでもいいのだが、一応、経費はミモザが持つことになっているのだから無駄な金も使ってられない。
 我が自腹を切るならそれもできたのだがな。
 今はソレやるとミモザがプンプンプンスコ怒り出すから最近はやらん。
「買うのは必要なものだけだ」
 そう言い放ってやると、一瞬呆気にとられたかのような顔を浮かべ、オキザリスは鉱石の並ぶ木箱を前にズンと腰を落とし、ジーっと穴の空くほど睨みを利かせる。
 元々目つきが悪いから一層のこと怖い。
 あまりの凝視っぷりに行商人がたじろいておるぞ。
 堅苦しく、クソ真面目で、仕事もキビキビとこなす、そんな印象の強いオキザリスではあったが、本格的に真っ正面、猪突猛進な性格なのだが。
「この鉱石で如何でしょうか」
 青い鉱石を指さす。噴水が作れそうな規模の魔力はありそうだな。
「こちらの鉱石では如何でしょう」
 白い鉱石を指さす。触ったらパチっとする程度の静電気を帯びているな。
「このような鉱石なら如何でしょうか」
 それ、もはや魔力のないただの石だぞ。
 性質も品質も全部バラバラ。本当に魔力が分からないようだ。
 分からないんだったら何もそこまでムキにならなくても。
 前向きなのは使用人としては素晴らしく長所のような気もするし、その性格だからこそ積み上げてきた経験や実績もある。
 だが、こればかりはどうしようもないだろう。
 相手はパンや野菜じゃないんだ。魔力を感知できなければ全て石ころ同然。
 ますますオキザリスの目つきが悪くなる一方。
 行商人が怯えているからその辺りにしておいてくれ。
 第一、今欲しいのは最良の鉱石ではない。
 よしんば目利きで選び抜いても、目的に沿ったものでなければ意味がない。
 なんかそれでも必死になって石ころを睨むオキザリスが幼く、可愛らしくみえてこないでもない。ものすっごく目つきは怖いのだが。
「め、メイドのおチビちゃん。いくら睨んだってダメさ。俺ぁこの筋で長いこと商売してるが魔鉱石の質は全く見極められん。こればかりは生まれ持ってのセンスさね。一目見て分からんっつうなら分からんのよ」
 とうとう痺れを切らしたのか、無精ヒゲをたくわえた行商人の男が苦笑しながら言う。さすがにこうも張り付かれていては他の客も寄ってこないだろうしな。
 この手の買い物は我とミモザ、あとはダリアの奴くらいじゃないとまともにできないような気がする。宝石に加工するだけならまた違うのだろうが。
 さてと、いつまでもこんなところで油を売っている場合ではない。
 こちらは石を買いに来たのだから。
 今ミモザの考案している魔具に適しているのは――
「この魔鉱石と、その魔鉱石、ついでにそこのをくれ」
「あ、あいよ。まいどありっ」
 行商人のヒゲ面男が、むんずとそのがっしりとした腕でいかにも重そうな魔鉱石を木箱から取り出してくる。実際に、我の椀力では一つも持ち上げられないと思う。
「オキザリス、頼めるか?」
 鉱石の目利きができなかったことが大層残念だったのか、目をぱちくりとさせ、オキザリスは気持ちを切り替えるよう「はい、分かりました」と二つ返事。
「いや、大丈夫かい? 誰か他に大人の人は……」
 ヒゲ男の心配をよそに、オキザリスは魔鉱石三つをヒゲ男の腕の中から掴み取る。普通は台車か何かで運ぶレベルの重量だが、全く顔色一つ変えていない。
 ゴツい石を両腕に抱えてケロッとしたメイドに、いっそ周囲までざわついた。