表示設定
表示設定
目次 目次




第62話 新人メイドとはじめてのお買い物

ー/ー



 正味な話、我はオキザリスのことを理解しているとは言い難い。

 元は文明発達の著しいレッドアイズ国からやってきたメイドで、とてつもなくメキメキに鍛え抜かれているストイックな少女ということくらいか。

 おそらく我の抱えている使用人どもの誰よりも武闘派な淑女。炊事洗濯家事暗殺いずれも完璧にこなせるのは間違いない。

 しかし、我の抱えている問題としては、誰よりも扱いが難しいという点だろう。コイツがムキムキパワーで暴れたせいで、ミモザの久しぶりの開店は早々に閉店となってしまったのだからな。

 当人としては、多少なり反省はしているものの、仕事をこなしただけですが、何か? 的な空気を醸し出している。

 いやまあ、事実、万引き野郎を取り押さえたのは大手柄ではあるんだが、この日のために我はダリアと共にミモザにみっちり家庭教師をしてきたのだぞ。

 そこんとこ台無しにされたのはいただけんな。なんだったら今後「メイドに蹴り飛ばされる店」として客足が途絶えるかもしれん。
 悪漢を圧巻させるのはいいが、それはあかん。

 有能なメイドだから雇ったというのに、なんだってこうも、ジャジャ馬娘なんだ。
 思い返してみれば、オキザリスはあの軍事国家と名高いレッドアイズ国に仕えておきながら王子のコリウスを躊躇わずぶん殴っていたっけか。

 厄介極まりないな、オキザリス。かといって手放すような人材でもないし。どうしたものか。しばらく様子を見て、今後を考えるしかないか。

 ※ ※ ※

 パエデロスの市場まで足を運んだのは、実に久しぶりのことのように思う。なんといっても、記憶の中よりも随分と出店の展開しているスペースが広くなっているような気もするし、伴って前にも増して人通りが多い。

 思えば、ここの市場に片隅にミモザがちょこんと座っていたんだったな。思い入れ深いが、その面影はどうやらとうにないようだ。

 こんな日向にエルフがいたことにもそこそこ驚いたものだが、今は今で驚愕の光景がそこにあった。

 なんか、普通にエルフが出歩いてるし、普通に店出してるし、というか、オーガみたいな種族もチラチラ見かけるし、本当、ここは何処なんだ?
 おかしいな……いや、おかしくないのか?

 ここはパエデロス。何者も拒まない辺境の街。はぐれ者も異種族もなんやかんや流れ着く場所。その認識に相違ないのだが、こんなだったっけか?

 我の記憶が確かなら、人間以外の種族はもう少し顔を隠すなり日陰に隠れていた印象だったのだが。太陽の下を歩くエルフやオーガには違和感を覚えてしまう。

 それもこれも、パエデロスの治安を守っているロータスと、それが率いる自警団の功績なのだろう。本当ちょっと目を離した隙にいきなり変化しているからビビるわ。

「まるで魔境ですね」
 一言目の感想は、えらく警戒心のこもった言葉だった。その目付きの悪い新人メイドは、悪気のないつもりで言い放ったのだと思う。

「これがパエデロスだ。平和の象徴だろうよ」
 我の口から出る言葉でもないな、これ。

 今日、市場に赴くに辺り、ボディガードとして連れてきたのはオキザリスだった。
 なんというか、我もオキザリスも背の高さについては心もとなく、視界が酷く遮られてしまっている。

 端から見たら、女の子二人が市場で迷子になっている、そんなシチュエーションだろう。多分、そう認識するものはこの街にはいないだろうが。

「とても異様な光景です。これが勇者ロータス様のお力ですか」
 オキザリスのいたレッドアイズ国では人種差別が著しかった。人間と亜人が笑顔で会話している光景など見る機会はなかったことだろう。

 かなりいぶかしんでいる様子が見てとれる。元より目付きが悪いからなおのこと際立つ。
 なんだったら、オキザリスにとっての「勇者ロータス様のお力」なるものは崇高なる洗脳魔法か何かに置換されている可能性すらあった。

 無論、そんなものあるわけないがな。勇者の地道な努力の積み重ねの結晶が目の前の光景なのだから。

 さて、なんだってオキザリスを連れて市場までやってきたのか。

 ついぞ先日、どったんばったん大騒ぎで客が逃げてしまったこともあり、また万引きした不届きな輩をお縄につかせて、ミモザの店は一旦休業。
 その間に、また次の仕込みをするべく、魔具のために色々と材料を買い漁ることになった。

 ……というのは、建前。
 材料が必要なのは事実だが、そんな買い出しなんて使用人に任せておけばいいし、そもそもわざわざ我が直々に出向く必要もなかろう。

 この買い物の目的はいたってシンプル。我の使用人としてのオキザリスを見極めるためのテストなのだ。こういう機会でも設けないとなかなか使用人と一対一で会話することも面倒臭いしな。

 面接のときはその場でアッサリ合格としてしまったのだがな。先日のようなことがあっては、今一度、こいつの扱いを考え直さねばならん。

 ミモザのお客をついうっかり殺しちゃったぁ~☆
 じゃ済まされぬのだ。そんなことをされた日にゃあ、我までロータスに殺されちゃったぁ~てへぺろ☆
 になりかねぬのだからな。

 勇者ロータスの築き上げたこのパエデロスの平穏を保つのが奴との契約。我の従者がそれを破れば、我自身が破ることと同義よ。

「ところで、オキザリスは聞いておるか。我が一体何者であるかを」
 一応念のために聞いておこう。まさか亜人だから忠義がないなどと言われてしまえば本末転倒だしな。それならそれでこのテストはここまでということになるが。

「ワタクシめは(あるじ)の詮索は致しません。しかし、存じ上げております。お嬢様は亜人であり、そして爵位を持たないということ」
 概ね無難な回答が返ってくる。聞いておいてなんだが、元魔王とまで知ってたら口から心臓が飛び出しそうだったな。

「そして、ミモザ様の姉上を演じていたということも」
「ぬぺぃ?」
 思わず鼻から脳みそがはみ出るかと思った。というか、変な声を出してしまった。

「な、な、な、なして? そそそ、そげなことばおっしゃる? あ、じゃ、じゃなく……こ、こ、荒唐無稽ではないか。何を持ってそう思ったのだ」
 咄嗟にオキザリスの口元に手を当て、周囲で誰か聞いていないかを確認する。
 ……どうやら大丈夫のようだ。

「顔つきも声も一緒でしたし、何でしたら特徴的な喋り方から察しておりました」
 なんという鋭さ。目つきだけではなかったのか、その鋭さ。

「さらに付け加えますと、レッドアイズへの入国には厳正な審査があります。あのとき、コリウス王子と共にいたお嬢様は不法入国でした。それは魔導機兵(オートマタ)の対応からみても明白。しかし、それ以上の目撃情報はありませんでした」
 キリっと一段と目つきを鋭くし、また言葉を続ける。

「つまり、何処からともなく現れて、何処かへと消え失せたことになります。あまりにも不可解でしたので、色々と推察した結果、この結論に至りました」

 あの日ってレッドアイズ国ではお祭りやってたし、何だったら他国から大勢の観光客だってきていたはずだ。
 不法入国者の一人や二人いそうなものだが、それでもその結論に至るということは、少なからずともそれなりの調査をしていたのだろう。

 やはり不用意な行動だったか。まさかそこまで我の正体に迫られてしまうとは。ロータスたちに我の正体が魔王であることがバレたのも必然だったな。

「ご心配には及びません。お嬢様がどのようなご身分であっても、ワタクシめは貴女様に仕えます故」
 心強い言葉なのか何なのか。そう、言い切られた。


次のエピソードへ進む 第63話 ヒゲ男、腰を抜かす


みんなのリアクション

 正味な話、我はオキザリスのことを理解しているとは言い難い。
 元は文明発達の著しいレッドアイズ国からやってきたメイドで、とてつもなくメキメキに鍛え抜かれているストイックな少女ということくらいか。
 おそらく我の抱えている使用人どもの誰よりも武闘派な淑女。炊事洗濯家事暗殺いずれも完璧にこなせるのは間違いない。
 しかし、我の抱えている問題としては、誰よりも扱いが難しいという点だろう。コイツがムキムキパワーで暴れたせいで、ミモザの久しぶりの開店は早々に閉店となってしまったのだからな。
 当人としては、多少なり反省はしているものの、仕事をこなしただけですが、何か? 的な空気を醸し出している。
 いやまあ、事実、万引き野郎を取り押さえたのは大手柄ではあるんだが、この日のために我はダリアと共にミモザにみっちり家庭教師をしてきたのだぞ。
 そこんとこ台無しにされたのはいただけんな。なんだったら今後「メイドに蹴り飛ばされる店」として客足が途絶えるかもしれん。
 悪漢を圧巻させるのはいいが、それはあかん。
 有能なメイドだから雇ったというのに、なんだってこうも、ジャジャ馬娘なんだ。
 思い返してみれば、オキザリスはあの軍事国家と名高いレッドアイズ国に仕えておきながら王子のコリウスを躊躇わずぶん殴っていたっけか。
 厄介極まりないな、オキザリス。かといって手放すような人材でもないし。どうしたものか。しばらく様子を見て、今後を考えるしかないか。
 ※ ※ ※
 パエデロスの市場まで足を運んだのは、実に久しぶりのことのように思う。なんといっても、記憶の中よりも随分と出店の展開しているスペースが広くなっているような気もするし、伴って前にも増して人通りが多い。
 思えば、ここの市場に片隅にミモザがちょこんと座っていたんだったな。思い入れ深いが、その面影はどうやらとうにないようだ。
 こんな日向にエルフがいたことにもそこそこ驚いたものだが、今は今で驚愕の光景がそこにあった。
 なんか、普通にエルフが出歩いてるし、普通に店出してるし、というか、オーガみたいな種族もチラチラ見かけるし、本当、ここは何処なんだ?
 おかしいな……いや、おかしくないのか?
 ここはパエデロス。何者も拒まない辺境の街。はぐれ者も異種族もなんやかんや流れ着く場所。その認識に相違ないのだが、こんなだったっけか?
 我の記憶が確かなら、人間以外の種族はもう少し顔を隠すなり日陰に隠れていた印象だったのだが。太陽の下を歩くエルフやオーガには違和感を覚えてしまう。
 それもこれも、パエデロスの治安を守っているロータスと、それが率いる自警団の功績なのだろう。本当ちょっと目を離した隙にいきなり変化しているからビビるわ。
「まるで魔境ですね」
 一言目の感想は、えらく警戒心のこもった言葉だった。その目付きの悪い新人メイドは、悪気のないつもりで言い放ったのだと思う。
「これがパエデロスだ。平和の象徴だろうよ」
 我の口から出る言葉でもないな、これ。
 今日、市場に赴くに辺り、ボディガードとして連れてきたのはオキザリスだった。
 なんというか、我もオキザリスも背の高さについては心もとなく、視界が酷く遮られてしまっている。
 端から見たら、女の子二人が市場で迷子になっている、そんなシチュエーションだろう。多分、そう認識するものはこの街にはいないだろうが。
「とても異様な光景です。これが勇者ロータス様のお力ですか」
 オキザリスのいたレッドアイズ国では人種差別が著しかった。人間と亜人が笑顔で会話している光景など見る機会はなかったことだろう。
 かなりいぶかしんでいる様子が見てとれる。元より目付きが悪いからなおのこと際立つ。
 なんだったら、オキザリスにとっての「勇者ロータス様のお力」なるものは崇高なる洗脳魔法か何かに置換されている可能性すらあった。
 無論、そんなものあるわけないがな。勇者の地道な努力の積み重ねの結晶が目の前の光景なのだから。
 さて、なんだってオキザリスを連れて市場までやってきたのか。
 ついぞ先日、どったんばったん大騒ぎで客が逃げてしまったこともあり、また万引きした不届きな輩をお縄につかせて、ミモザの店は一旦休業。
 その間に、また次の仕込みをするべく、魔具のために色々と材料を買い漁ることになった。
 ……というのは、建前。
 材料が必要なのは事実だが、そんな買い出しなんて使用人に任せておけばいいし、そもそもわざわざ我が直々に出向く必要もなかろう。
 この買い物の目的はいたってシンプル。我の使用人としてのオキザリスを見極めるためのテストなのだ。こういう機会でも設けないとなかなか使用人と一対一で会話することも面倒臭いしな。
 面接のときはその場でアッサリ合格としてしまったのだがな。先日のようなことがあっては、今一度、こいつの扱いを考え直さねばならん。
 ミモザのお客をついうっかり殺しちゃったぁ~☆
 じゃ済まされぬのだ。そんなことをされた日にゃあ、我までロータスに殺されちゃったぁ~てへぺろ☆
 になりかねぬのだからな。
 勇者ロータスの築き上げたこのパエデロスの平穏を保つのが奴との契約。我の従者がそれを破れば、我自身が破ることと同義よ。
「ところで、オキザリスは聞いておるか。我が一体何者であるかを」
 一応念のために聞いておこう。まさか亜人だから忠義がないなどと言われてしまえば本末転倒だしな。それならそれでこのテストはここまでということになるが。
「ワタクシめは主《あるじ》の詮索は致しません。しかし、存じ上げております。お嬢様は亜人であり、そして爵位を持たないということ」
 概ね無難な回答が返ってくる。聞いておいてなんだが、元魔王とまで知ってたら口から心臓が飛び出しそうだったな。
「そして、ミモザ様の姉上を演じていたということも」
「ぬぺぃ?」
 思わず鼻から脳みそがはみ出るかと思った。というか、変な声を出してしまった。
「な、な、な、なして? そそそ、そげなことばおっしゃる? あ、じゃ、じゃなく……こ、こ、荒唐無稽ではないか。何を持ってそう思ったのだ」
 咄嗟にオキザリスの口元に手を当て、周囲で誰か聞いていないかを確認する。
 ……どうやら大丈夫のようだ。
「顔つきも声も一緒でしたし、何でしたら特徴的な喋り方から察しておりました」
 なんという鋭さ。目つきだけではなかったのか、その鋭さ。
「さらに付け加えますと、レッドアイズへの入国には厳正な審査があります。あのとき、コリウス王子と共にいたお嬢様は不法入国でした。それは魔導機兵《オートマタ》の対応からみても明白。しかし、それ以上の目撃情報はありませんでした」
 キリっと一段と目つきを鋭くし、また言葉を続ける。
「つまり、何処からともなく現れて、何処かへと消え失せたことになります。あまりにも不可解でしたので、色々と推察した結果、この結論に至りました」
 あの日ってレッドアイズ国ではお祭りやってたし、何だったら他国から大勢の観光客だってきていたはずだ。
 不法入国者の一人や二人いそうなものだが、それでもその結論に至るということは、少なからずともそれなりの調査をしていたのだろう。
 やはり不用意な行動だったか。まさかそこまで我の正体に迫られてしまうとは。ロータスたちに我の正体が魔王であることがバレたのも必然だったな。
「ご心配には及びません。お嬢様がどのようなご身分であっても、ワタクシめは貴女様に仕えます故」
 心強い言葉なのか何なのか。そう、言い切られた。