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【使用人】新人の彼女は都会っ子

ー/ー



「オキザリスです。まだ右も左も分からない若輩者では御座いますが、ご指導、ご鞭撻のほどを宜しくお願いします」

 先輩メイドの面々の前でペコリとお辞儀して見せたのは、見るからに小さなメイド少女のオキザリスだった。そこは取り立てて年齢層の高い職場ではなかったが、それでも一際目を引く程度には幼く見えた。

 その屋敷は辺境の地にある異種族の交流が深い街に建っていた。こんな街で求職している者など大体限られており、そこにいるというだけで粗方の事情を察してしまうくらいには希有な場所だ。

 中でも、この屋敷に関して言えば、また格別。何といっても主は人間ではない、得体の知れない種族なのだから。様々な噂も飛び交ってはいるが、一般的に亜人たる存在が貴族であることは珍しい。

 酔狂な輩が異種族との子を授かろうものなら忌み嫌われる。ただちに捨てられるか、身分を隠して人知れぬ土地で生涯を過ごすものだと相場は決まっている。

 もしここが辺境の地ではなく、もっと都会であったなら亜人の下で働く使用人など汚物未満と言われてしまう可能性だってある。

 この新人メイドのオキザリスは、その辺りを汲んでいるのかいないのか、キリッとした刺さるような鋭い目つきで、何食わぬ顔でいた。

 おそらく先輩メイドたちの多くは、懐疑的には思っていたことだろう。
 こんな年端もいかない何も知らなそうな少女を亜人の下で働かせていいものなのだろうか、と。

「チコリーです。これからよろしくお願いしますね、オキザリスさん」
 そんな中、握手の手を差し伸べたのはメイドの中では若手に部類するチコリーだった。目つきの悪いオキザリスとは対照的に純朴な笑顔を浮かべて。

 なんやかんや、チコリーも複雑な事情を持ってこの屋敷に勤めている。同じ境遇かどうかはさておいて、オキザリスに対して共感していたものがあったのだろう。

「はい、今後とも宜しくお願い致します。チコリー先輩」

 オキザリスの言う先輩という単語にえも言われぬときめきのようなものを覚えたが、頬を緩ませるくらいに留め、チコリーは胸の奥にしまい込むことにした。

 ※ ※ ※

 新人メイドのオキザリスが、その屋敷の広いキッチンスペースで、今まさに簡単な雑用をさせられようとしていた、そんな頃合い。

 先輩メイドたるチコリーは、自分がしっかりと先輩として振る舞えるのかどうか、やや緊張した面持ちで、軽く呼吸を繰り返す。

「あの、チコリー先輩」
「は、はい、なんでしょうか?」

 息を飲んだ、という表現は的確ではないと思われるが、突然声を掛けられ、チコリーはヒックと喉奥を鳴らす。

「食器洗い機は何処にありますか?」
「え? 食器洗い……キ?」

 耳慣れない言葉に、チコリーは思考が止まる。この屋敷で食器を洗うためにあるものといえば水場くらいのものだ。それ以外に何があるのか。

「あと、調理器具はここにあるもので全てですか? 魔導グリルのようなものはないのでしょうか」
「ま、マドウ、グリル……?」
「ええ、見たところ、そういったものが見当たらなかったものですから」

 言葉の意味を溶かすのにチコリーは少々の時間を要す。

 それらがどういうものなのかまでは分からないが、きっとここにはないような道具なのだろうということを何となく察する。

 パエデロスは栄えた街ではあるものの、それは即ち文化レベルの高い都会とはイコールでは繋がらない。あくまでも辺境の地。各所から様々なものが飛び込んでくるだけの田舎にすぎない。

 その点でいうとチコリーはこの屋敷でメイドとして経験を積み、ある程度の立ち振舞いは一人前ではあったが、元々はパエデロスに捨てられていた奴隷である。

 知識や教養は都会と比べてしまえば、かなり劣る。チコリーの持つ経験の中には、オキザリスの言葉に該当するものはない。

 一方で、オキザリスはパエデロスより遠く離れた国レッドアイズから来ていた。そこはまさに都会であり、そもそもレッドアイズの名前くらいしか知らないチコリーには想像もつかないもので溢れかえっている。

 ともなれば知らない、分からない、と言ってしまっても何ら問題はない。

 しかし、ここで先輩としての面目が立たないのも、それはそれでチコリーとしてはいたたまれない。田舎の小娘と、都会の淑女との差を見せつけられてしまっては、上下関係も危ぶまれるというもの。

「このお屋敷では、お皿洗いは水場で済ませ、調理に関してもそこのキッチン・ストーブくらいです」
「なるほど――では、ゴミの処理はどのように?」

 申し訳なさそうに説明するチコリーに対し、オキザリスはあくまでも淡々と質問を続ける。背丈ではチコリーの方がやや高いが、どちらかといえば、オキザリスの方がベテランの顔つきだ。目つきも悪いし。

 それでも、チコリーは先輩として真摯に後輩への指導に努めた。
 毅然とした振る舞いをしなければ。その一心で。

「ふむ、大体分かりました。有り難う御座います、チコリー先輩」

 キッチンまわりの簡単な説明だけで、チコリーはドッと疲れが押し寄せてきていた。改めて自分の世間知らずっぷりを思い知らされるかのように。

「それじゃあ、洗い物もたまっていますし、片付けましょうか」
 そういってチコリーが洗い場で水浸しになっていた食器の数々を前に、オキザリスに向け、仕事をうながそうとした、そのときだ。

 どういうわけか、チコリーの目の前にはすっかりキレイになった皿や食器がそこに並んでいた。何が起きたのかは分からない。確かにさっきの今まで、まだ誰も手を付けていなかったはずなのに。

 ハッとしてチコリーはオキザリスの方に向き直る。

 オキザリスの手には皿があり、そしてオキザリスは皿を拭いていた。
 ただ、それだけ。それだけのことだったのだが、あいにくとチコリーは頭がおいついていない。

「はい、終わりました」

 どうしたものだろうか。立ったまま眠りこけてしまっていたのだろうか。チコリーの脳裏にはそんな不安さえ過ぎっていた。

 ありのまま、今起こったことを解説すると、チコリーが皿洗いを頼んだと思ったら皿洗いは終わっていた。何を言っているのか分からないと思う。
 チコリー自身も何が起こったのか分かっていないのだから。

 チコリーは頭がどうにかなりそうだった。居眠りだとか魔法だとかそんなものでは断じてない。もっと恐ろしいものの片鱗を味わったような気分だった。

「仕方のない事ではありますが、やはり食器洗い機がないと不便ですね」

 そのとき、チコリーは袖まくりをしたオキザリスの露出した腕を見てしまった。どちらかといえば華奢な印象のある小柄なメイドだったが、それは一転する。

 異様なほど傷だらけで、それでいて鍛え抜かれたムキムキの筋肉。腕だけを別の人間と挿げ替えたのかと思わされるほどの強烈な違和感。
 三度(みたび)チコリーは混乱したが、紛れもない一つの確信を得た。

 オキザリスはチコリーの想像している以上に格の違うメイドだ。勝手に駆け出しの素人かと思い違いしていたが、知識も経験も遙かに上回っている。

「さて、チコリー先輩。次は何をなさいますか?」

 その目つきの悪いメイドの言葉には、謙遜すら感じられるほど。瞳の奥には純粋に仕事をこなすというプロフェッショナルな精神がギンギンに輝いてみえた。

 はたして、これから自分はこの後輩と上手くやっていけるのだろうか。
 チコリーはただただそんな不安を胸に抱き、自分よりも小さなメイドを前にして、今にも押しつぶされそうな圧を覚えた。


次のエピソードへ進む 第61話 天使の店からメイドキック


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「オキザリスです。まだ右も左も分からない若輩者では御座いますが、ご指導、ご鞭撻のほどを宜しくお願いします」
 先輩メイドの面々の前でペコリとお辞儀して見せたのは、見るからに小さなメイド少女のオキザリスだった。そこは取り立てて年齢層の高い職場ではなかったが、それでも一際目を引く程度には幼く見えた。
 その屋敷は辺境の地にある異種族の交流が深い街に建っていた。こんな街で求職している者など大体限られており、そこにいるというだけで粗方の事情を察してしまうくらいには希有な場所だ。
 中でも、この屋敷に関して言えば、また格別。何といっても主は人間ではない、得体の知れない種族なのだから。様々な噂も飛び交ってはいるが、一般的に亜人たる存在が貴族であることは珍しい。
 酔狂な輩が異種族との子を授かろうものなら忌み嫌われる。ただちに捨てられるか、身分を隠して人知れぬ土地で生涯を過ごすものだと相場は決まっている。
 もしここが辺境の地ではなく、もっと都会であったなら亜人の下で働く使用人など汚物未満と言われてしまう可能性だってある。
 この新人メイドのオキザリスは、その辺りを汲んでいるのかいないのか、キリッとした刺さるような鋭い目つきで、何食わぬ顔でいた。
 おそらく先輩メイドたちの多くは、懐疑的には思っていたことだろう。
 こんな年端もいかない何も知らなそうな少女を亜人の下で働かせていいものなのだろうか、と。
「チコリーです。これからよろしくお願いしますね、オキザリスさん」
 そんな中、握手の手を差し伸べたのはメイドの中では若手に部類するチコリーだった。目つきの悪いオキザリスとは対照的に純朴な笑顔を浮かべて。
 なんやかんや、チコリーも複雑な事情を持ってこの屋敷に勤めている。同じ境遇かどうかはさておいて、オキザリスに対して共感していたものがあったのだろう。
「はい、今後とも宜しくお願い致します。チコリー先輩」
 オキザリスの言う先輩という単語にえも言われぬときめきのようなものを覚えたが、頬を緩ませるくらいに留め、チコリーは胸の奥にしまい込むことにした。
 ※ ※ ※
 新人メイドのオキザリスが、その屋敷の広いキッチンスペースで、今まさに簡単な雑用をさせられようとしていた、そんな頃合い。
 先輩メイドたるチコリーは、自分がしっかりと先輩として振る舞えるのかどうか、やや緊張した面持ちで、軽く呼吸を繰り返す。
「あの、チコリー先輩」
「は、はい、なんでしょうか?」
 息を飲んだ、という表現は的確ではないと思われるが、突然声を掛けられ、チコリーはヒックと喉奥を鳴らす。
「食器洗い機は何処にありますか?」
「え? 食器洗い……キ?」
 耳慣れない言葉に、チコリーは思考が止まる。この屋敷で食器を洗うためにあるものといえば水場くらいのものだ。それ以外に何があるのか。
「あと、調理器具はここにあるもので全てですか? 魔導グリルのようなものはないのでしょうか」
「ま、マドウ、グリル……?」
「ええ、見たところ、そういったものが見当たらなかったものですから」
 言葉の意味を溶かすのにチコリーは少々の時間を要す。
 それらがどういうものなのかまでは分からないが、きっとここにはないような道具なのだろうということを何となく察する。
 パエデロスは栄えた街ではあるものの、それは即ち文化レベルの高い都会とはイコールでは繋がらない。あくまでも辺境の地。各所から様々なものが飛び込んでくるだけの田舎にすぎない。
 その点でいうとチコリーはこの屋敷でメイドとして経験を積み、ある程度の立ち振舞いは一人前ではあったが、元々はパエデロスに捨てられていた奴隷である。
 知識や教養は都会と比べてしまえば、かなり劣る。チコリーの持つ経験の中には、オキザリスの言葉に該当するものはない。
 一方で、オキザリスはパエデロスより遠く離れた国レッドアイズから来ていた。そこはまさに都会であり、そもそもレッドアイズの名前くらいしか知らないチコリーには想像もつかないもので溢れかえっている。
 ともなれば知らない、分からない、と言ってしまっても何ら問題はない。
 しかし、ここで先輩としての面目が立たないのも、それはそれでチコリーとしてはいたたまれない。田舎の小娘と、都会の淑女との差を見せつけられてしまっては、上下関係も危ぶまれるというもの。
「このお屋敷では、お皿洗いは水場で済ませ、調理に関してもそこのキッチン・ストーブくらいです」
「なるほど――では、ゴミの処理はどのように?」
 申し訳なさそうに説明するチコリーに対し、オキザリスはあくまでも淡々と質問を続ける。背丈ではチコリーの方がやや高いが、どちらかといえば、オキザリスの方がベテランの顔つきだ。目つきも悪いし。
 それでも、チコリーは先輩として真摯に後輩への指導に努めた。
 毅然とした振る舞いをしなければ。その一心で。
「ふむ、大体分かりました。有り難う御座います、チコリー先輩」
 キッチンまわりの簡単な説明だけで、チコリーはドッと疲れが押し寄せてきていた。改めて自分の世間知らずっぷりを思い知らされるかのように。
「それじゃあ、洗い物もたまっていますし、片付けましょうか」
 そういってチコリーが洗い場で水浸しになっていた食器の数々を前に、オキザリスに向け、仕事をうながそうとした、そのときだ。
 どういうわけか、チコリーの目の前にはすっかりキレイになった皿や食器がそこに並んでいた。何が起きたのかは分からない。確かにさっきの今まで、まだ誰も手を付けていなかったはずなのに。
 ハッとしてチコリーはオキザリスの方に向き直る。
 オキザリスの手には皿があり、そしてオキザリスは皿を拭いていた。
 ただ、それだけ。それだけのことだったのだが、あいにくとチコリーは頭がおいついていない。
「はい、終わりました」
 どうしたものだろうか。立ったまま眠りこけてしまっていたのだろうか。チコリーの脳裏にはそんな不安さえ過ぎっていた。
 ありのまま、今起こったことを解説すると、チコリーが皿洗いを頼んだと思ったら皿洗いは終わっていた。何を言っているのか分からないと思う。
 チコリー自身も何が起こったのか分かっていないのだから。
 チコリーは頭がどうにかなりそうだった。居眠りだとか魔法だとかそんなものでは断じてない。もっと恐ろしいものの片鱗を味わったような気分だった。
「仕方のない事ではありますが、やはり食器洗い機がないと不便ですね」
 そのとき、チコリーは袖まくりをしたオキザリスの露出した腕を見てしまった。どちらかといえば華奢な印象のある小柄なメイドだったが、それは一転する。
 異様なほど傷だらけで、それでいて鍛え抜かれたムキムキの筋肉。腕だけを別の人間と挿げ替えたのかと思わされるほどの強烈な違和感。
 三度《みたび》チコリーは混乱したが、紛れもない一つの確信を得た。
 オキザリスはチコリーの想像している以上に格の違うメイドだ。勝手に駆け出しの素人かと思い違いしていたが、知識も経験も遙かに上回っている。
「さて、チコリー先輩。次は何をなさいますか?」
 その目つきの悪いメイドの言葉には、謙遜すら感じられるほど。瞳の奥には純粋に仕事をこなすというプロフェッショナルな精神がギンギンに輝いてみえた。
 はたして、これから自分はこの後輩と上手くやっていけるのだろうか。
 チコリーはただただそんな不安を胸に抱き、自分よりも小さなメイドを前にして、今にも押しつぶされそうな圧を覚えた。