第56話 ただ、立ち去った

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 そのとき、我の中にあった感情とは何だっただろう。
 怒りか、悲しみか、憎しみか。
 いずれにせよ、それが負の感情であったことを否定できない。

 このレッドアイズの隠していた秘密が、こんなものだったとは。
 予想できていなかったわけではないが、予想以上だったと言わざるを得ない。

「どうしました? 一体何を見たのですか?」

 真後ろからこっそりと我の耳元まで近寄ってきたオキザリスが、声を掛ける。
 我はソレを答えるべきなのだろう。
 だが、自分の口から出してしまうことが怖かった。

 何故って、もしソレを答えたときに返ってくる言葉が、我の思うような言葉だったとしたら、我はこの国のことが、もっと嫌いになってしまうからだ。

「――――誰か来ます。一度退散しましょう」

 オキザリスが我の肩を叩く。コリウスを引きずるようにして二人はその場から忍び足で立ち去っていく。だが、我はその場から動く気力がなかった。

 遠くまで距離を置いたオキザリスがこちらを振り返り、ギョッとしている。どうして逃げないんだ、とでも言いたげな表情で。
 ははは、こんなものを見てしまったらさすがの我だって足が竦んでしまうわ。

「誰だ、キサマ! おい、何処から侵入してきた!?」

 逃げ遅れた、というべきなのか、それともわざと見つかったというべきなのか、無数に並ぶ巨大な球体の窯の向こうから男たちが姿を現す。

 その中には、先ほどコリウスやオキザリスが国王だと認識した奴も混じっていた。我の中の負の感情が、その男に向くのが自分でも分かった。

「よう、国王様。お会いできて光栄だ」

 きっと後ろの方ではコリウスとオキザリスが仰天した顔をしていることだろう。あれだけ慎重にことを進めろと言っていた我がこんな行動をとっているのだから。

「何者だと聞いている! 何が目的だ? 他国のスパイか?」

 向こうも警戒心も剥き出しだ。あれよあれよという間に、我の周囲は取り囲まれる。ハッと見たときには魔導機兵(オートマタ)もそこに加わっていた。
 分かりやすいくらいに四面楚歌だ。状況だけ言えば逃げ場無し、形勢は不利。

「訊きたいのは我の方だ。この窯の中身は、一体何処で調達してきた?」
「な、中身を見たのか? くっくっく……愚かな女だ。そこまで知ってしまったのなら問答無用だ。命乞いすら許さないぞ、このドブネズミめが!」

 国王が、合図を送る。我の周囲の連中が一斉に襲いかかってくる。
 無論、我は無抵抗のまま殺されるわけがない。

叢雲の彼方を辿り超えてゆくもの(ウサギトネコトショウネンノユメ)ッ!!!!」

 我の身体から解き放たれた黒き光の柱が天井まで届き、槍となって再び下に落ちてくる。この無数の雨の如き降り注ぐ魔法を回避する手段は、多くはない。
 周囲の全てを巻き込んで、床ごと破壊する。国王も、魔導機兵も、取り囲う連中も、そして我自身も、下の階層へと落ちた。

 一瞬にして、我の周囲は酷い有様に成り果てる。
 くず鉄の山、がらくたの山、ゴミの山だ。

 先ほどまで酷い轟音に包まれていたが、響いてくるのは少し距離を置いた遠くに巻き添えを食らわなかった機械の音だけ。驚くほど静かになったように思う。

 国王ご自慢の護衛部隊は全滅してしまったようだな。

 だが、どうやら国王は何か魔法に耐性のある魔具を身につけていたらしい。我の魔法を直撃しておいて、それほどダメージを食らった様子はない。

「ぐぐぐ……やってくれたな」

 破壊したのは、床だけではない。周りにあった窯もだ。
 穴の空いた窯からはソレが外へと流れ出していく。
 あの窯も、その窯も、皆、同じようなものが入っていた。

 ソレは、人の形をしているようで、人間ではない。
 人間たちの言葉でいうところの亜人。そう、亜人の亡骸だ。
 もはや残骸といってもいいのかもしれない。

 そして、我はその亜人にどういうわけか、見覚えがあった。
 辺りにゴミのように散乱する亜人の亡骸を横目に、我は拳を握る。

「おい、国王。この亜人たちは何処から連れてきた?」
「そんなことを知って何になるというのかね。ソレはただの素材だ」
 怒りを露わにする国王が掃き捨てるように言う。

「素材……、素材だと? キサマが答えぬのなら我が答えてやろう。これは魔王軍の捕虜たち。そうだろう?」

 何故そんなことを知っているのか、とでも言いたげな表情で国王が怯む。
 それと同時に、そこまで知っているのなら尚のこと逃すまいと、国王が懐から何かを取り出す。

星々の挿入歌(エクラルミナ)っ!」
「ぐっ!」
 だが、我がそれを許すものか。魔法の弾丸が国王の手の中のものを弾く。
 確かアレは拳銃だったか。油断ならない男だ。

――――魔王軍の捕虜。

 これほど分かりやすい話はなかった。

 レッドアイズ国は軍事国家であり、魔王軍とは長いこと対立していた。
 ついぞ最近、魔王軍は全滅したとは聞かされていたが、その全てが殺されていたわけではなかったというわけだ。

 まさか、我の元・仲間たちとこんな形で再会するハメになろうとはな。
 もしかすると我も魔王軍から追放されていなければ、コイツらと同じように窯に閉じ込められて魔導機兵の素材にされていたのかもしれない。

 結果として、追放された我だけが生き残ってしまったわけか。ざまあないな。

 魔導機兵はゴーレムのようなもの、などではなく、ゴーレムだ。
 魂を封じ込めた人形。それは禁忌とされた秘術。
 魔力が豊富な亜人の魂を加工して機械の身体に組み込んでいたのだろう。

「反吐が出る。これが人間のすることか」

 コリウス王子は最近魔導機兵の生産数が増えていると言っていた。
 ゴーレムの魂、即ちコアとなる素材がこれだけ大量にあるのだから当然だ。
 本来なら造ることも憚られる代物だが、そこに躊躇がないのなら何も問題ない。

 ソレノス王子は魔導機兵が他国にも売られていると言っていた。
 こんなものを分解しても素材が素材だけに他国には造れないからな。
 禁忌であることもそうだし、亜人を大量に殺す必要がある。

 そして、この国王は、これまで一体何を計画していたのか。

 パエデロスを国家として認可させるための支援?
 王子を亜人と政略的結婚をさせて差別問題解消?
 そんな平和的なことを果たしてこの国王が望んでいたのだろうか。

 バラバラに分かれていたパズルのピースがはまっていくようだ。

 支援は、やはり金を搾取するための手段。
 差別解消は表沙汰で、パエデロスとレッドアイズの間を持って、差別のない国をアピールすることで亜人を受け入れる国としたかったのだろう。だが、この工場の様子を見る限りでは裏で何をしようとしていたのか、手に取るように分かる。

 なるほどな。これがレッドアイズ国王の計画の全容か。

 我は魔王――いや、魔王だった。
 我は人間どもにこれまでどんなことをしてきただろうか。
 それを思い返せば、この国王の所業を貶すことなどできまい。

 だが、ああ、我の中に沈み込ませていた感情が浮上してくる。
 やはり人間どもは存在を許してはいけないのだ。
 こんな醜い下等生物など今ここで――――……

「――父上ええぇっ!!」
「い、いけません、王子っ!」

 頭上からコリウスが落ちてくる。着地に失敗し転げるが、すぐさま立ち上がり、目の前の男のもとへと駆け寄った。

「こ、コリウス……お前もいたのか……」
 国王が信じられないものを見たような顔をする。

 今ここで、今ここで……。

 我は、何をすればいいのだ?
 この親子もろとも殺してしまえばいいのか?

 まるで思考が(あぶく)の爆ぜたように散る。
 何も分からなくなってしまった。

 その答えを出せず、我は、その場を、ただ、立ち去った。


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 そのとき、我の中にあった感情とは何だっただろう。
 怒りか、悲しみか、憎しみか。
 いずれにせよ、それが負の感情であったことを否定できない。
 このレッドアイズの隠していた秘密が、こんなものだったとは。
 予想できていなかったわけではないが、予想以上だったと言わざるを得ない。
「どうしました? 一体何を見たのですか?」
 真後ろからこっそりと我の耳元まで近寄ってきたオキザリスが、声を掛ける。
 我はソレを答えるべきなのだろう。
 だが、自分の口から出してしまうことが怖かった。
 何故って、もしソレを答えたときに返ってくる言葉が、我の思うような言葉だったとしたら、我はこの国のことが、もっと嫌いになってしまうからだ。
「――――誰か来ます。一度退散しましょう」
 オキザリスが我の肩を叩く。コリウスを引きずるようにして二人はその場から忍び足で立ち去っていく。だが、我はその場から動く気力がなかった。
 遠くまで距離を置いたオキザリスがこちらを振り返り、ギョッとしている。どうして逃げないんだ、とでも言いたげな表情で。
 ははは、こんなものを見てしまったらさすがの我だって足が竦んでしまうわ。
「誰だ、キサマ! おい、何処から侵入してきた!?」
 逃げ遅れた、というべきなのか、それともわざと見つかったというべきなのか、無数に並ぶ巨大な球体の窯の向こうから男たちが姿を現す。
 その中には、先ほどコリウスやオキザリスが国王だと認識した奴も混じっていた。我の中の負の感情が、その男に向くのが自分でも分かった。
「よう、国王様。お会いできて光栄だ」
 きっと後ろの方ではコリウスとオキザリスが仰天した顔をしていることだろう。あれだけ慎重にことを進めろと言っていた我がこんな行動をとっているのだから。
「何者だと聞いている! 何が目的だ? 他国のスパイか?」
 向こうも警戒心も剥き出しだ。あれよあれよという間に、我の周囲は取り囲まれる。ハッと見たときには魔導機兵《オートマタ》もそこに加わっていた。
 分かりやすいくらいに四面楚歌だ。状況だけ言えば逃げ場無し、形勢は不利。
「訊きたいのは我の方だ。この窯の中身は、一体何処で調達してきた?」
「な、中身を見たのか? くっくっく……愚かな女だ。そこまで知ってしまったのなら問答無用だ。命乞いすら許さないぞ、このドブネズミめが!」
 国王が、合図を送る。我の周囲の連中が一斉に襲いかかってくる。
 無論、我は無抵抗のまま殺されるわけがない。
「|叢雲の彼方を辿り超えてゆくもの《ウサギトネコトショウネンノユメ》ッ!!!!」
 我の身体から解き放たれた黒き光の柱が天井まで届き、槍となって再び下に落ちてくる。この無数の雨の如き降り注ぐ魔法を回避する手段は、多くはない。
 周囲の全てを巻き込んで、床ごと破壊する。国王も、魔導機兵も、取り囲う連中も、そして我自身も、下の階層へと落ちた。
 一瞬にして、我の周囲は酷い有様に成り果てる。
 くず鉄の山、がらくたの山、ゴミの山だ。
 先ほどまで酷い轟音に包まれていたが、響いてくるのは少し距離を置いた遠くに巻き添えを食らわなかった機械の音だけ。驚くほど静かになったように思う。
 国王ご自慢の護衛部隊は全滅してしまったようだな。
 だが、どうやら国王は何か魔法に耐性のある魔具を身につけていたらしい。我の魔法を直撃しておいて、それほどダメージを食らった様子はない。
「ぐぐぐ……やってくれたな」
 破壊したのは、床だけではない。周りにあった窯もだ。
 穴の空いた窯からはソレが外へと流れ出していく。
 あの窯も、その窯も、皆、同じようなものが入っていた。
 ソレは、人の形をしているようで、人間ではない。
 人間たちの言葉でいうところの亜人。そう、亜人の亡骸だ。
 もはや残骸といってもいいのかもしれない。
 そして、我はその亜人にどういうわけか、見覚えがあった。
 辺りにゴミのように散乱する亜人の亡骸を横目に、我は拳を握る。
「おい、国王。この亜人たちは何処から連れてきた?」
「そんなことを知って何になるというのかね。ソレはただの素材だ」
 怒りを露わにする国王が掃き捨てるように言う。
「素材……、素材だと? キサマが答えぬのなら我が答えてやろう。これは魔王軍の捕虜たち。そうだろう?」
 何故そんなことを知っているのか、とでも言いたげな表情で国王が怯む。
 それと同時に、そこまで知っているのなら尚のこと逃すまいと、国王が懐から何かを取り出す。
「|星々の挿入歌《エクラルミナ》っ!」
「ぐっ!」
 だが、我がそれを許すものか。魔法の弾丸が国王の手の中のものを弾く。
 確かアレは拳銃だったか。油断ならない男だ。
――――魔王軍の捕虜。
 これほど分かりやすい話はなかった。
 レッドアイズ国は軍事国家であり、魔王軍とは長いこと対立していた。
 ついぞ最近、魔王軍は全滅したとは聞かされていたが、その全てが殺されていたわけではなかったというわけだ。
 まさか、我の元・仲間たちとこんな形で再会するハメになろうとはな。
 もしかすると我も魔王軍から追放されていなければ、コイツらと同じように窯に閉じ込められて魔導機兵の素材にされていたのかもしれない。
 結果として、追放された我だけが生き残ってしまったわけか。ざまあないな。
 魔導機兵はゴーレムのようなもの、などではなく、ゴーレムだ。
 魂を封じ込めた人形。それは禁忌とされた秘術。
 魔力が豊富な亜人の魂を加工して機械の身体に組み込んでいたのだろう。
「反吐が出る。これが人間のすることか」
 コリウス王子は最近魔導機兵の生産数が増えていると言っていた。
 ゴーレムの魂、即ちコアとなる素材がこれだけ大量にあるのだから当然だ。
 本来なら造ることも憚られる代物だが、そこに躊躇がないのなら何も問題ない。
 ソレノス王子は魔導機兵が他国にも売られていると言っていた。
 こんなものを分解しても素材が素材だけに他国には造れないからな。
 禁忌であることもそうだし、亜人を大量に殺す必要がある。
 そして、この国王は、これまで一体何を計画していたのか。
 パエデロスを国家として認可させるための支援?
 王子を亜人と政略的結婚をさせて差別問題解消?
 そんな平和的なことを果たしてこの国王が望んでいたのだろうか。
 バラバラに分かれていたパズルのピースがはまっていくようだ。
 支援は、やはり金を搾取するための手段。
 差別解消は表沙汰で、パエデロスとレッドアイズの間を持って、差別のない国をアピールすることで亜人を受け入れる国としたかったのだろう。だが、この工場の様子を見る限りでは裏で何をしようとしていたのか、手に取るように分かる。
 なるほどな。これがレッドアイズ国王の計画の全容か。
 我は魔王――いや、魔王だった。
 我は人間どもにこれまでどんなことをしてきただろうか。
 それを思い返せば、この国王の所業を貶すことなどできまい。
 だが、ああ、我の中に沈み込ませていた感情が浮上してくる。
 やはり人間どもは存在を許してはいけないのだ。
 こんな醜い下等生物など今ここで――――……
「――父上ええぇっ!!」
「い、いけません、王子っ!」
 頭上からコリウスが落ちてくる。着地に失敗し転げるが、すぐさま立ち上がり、目の前の男のもとへと駆け寄った。
「こ、コリウス……お前もいたのか……」
 国王が信じられないものを見たような顔をする。
 今ここで、今ここで……。
 我は、何をすればいいのだ?
 この親子もろとも殺してしまえばいいのか?
 まるで思考が泡《あぶく》の爆ぜたように散る。
 何も分からなくなってしまった。
 その答えを出せず、我は、その場を、ただ、立ち去った。