【後日談】偽令嬢魔王

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 軍事国家レッドアイズの名を知る者は多い。人類の叡智を束ねられた力によって国として発展し、かつて世界を恐怖に陥れたとされる魔王軍に立ち向かい、見事魔王の野望を打ち砕いたという生きた伝説を持っている。

 しかし、魔王軍という人類の共通の敵を失ってからは、レッドアイズこそが第二の脅威として恐れられるようになった。何せ、誰もが恐れた魔王よりも強大な力を有していることが、世界に知れ渡っているのだから。

 現実の問題として、レッドアイズ出身の冒険者は、他国では類を見ない兵器を持ち、魔王軍の残党狩りを始めとし、世界に誇る力を誇示するようになっていた。

 かつての名声が音を立てて剥がれ落ちていく様を、レッドアイズの国王は目の当たりにしていたことだろう。

 それが苦肉の策だったのかどうかは分からない。

 新たなる発明を、新たなる兵器を。
 さらなる発展を、さらなる栄誉を。
 レッドアイズという国は名誉挽回のために動き始めた。

 そして、あるとき、一つの禁忌に触れる。
 それは、命を素材に変える秘術。

 人類の手には届かなかったその禁断ともされるその秘術を、奇しくもレッドアイズ国王は魔王軍から持ち帰った書物の中より見つけ出してしまったのだ。

 その秘術を得てレッドアイズは、それまで試作機だった魔導機兵(オートマタ)に命を吹き込むことに成功。その大いなる貢献によって国王の思惑通りに発展していくことになる。

 レッドアイズは、恐ろしい力を持つ国ではない。素晴らしい技術革新を起こした国なのだと、認知が広がろうとしていた。

 ところが、全てが上手くいったわけではなかった。
 魔導機兵の性能にも限界があったからだ。
 完璧な命とするには、技術がまだ一歩、足りていなかった。

 だが、レッドアイズ国王は挫折しなかった。
 それどころか、さらなる禁忌に乗り出す。
 命を作ることが困難なのであれば、既にある命を使ってしまえばいい、と。

 レッドアイズには、魔王軍との戦争の際、捕虜として捕らえていた亜人という素材がいくらでもいた。
 加えて、魔王軍の残党狩りもまた国王の目論みに拍車を掛けた。

 元より、レッドアイズは人間族至上主義。他の種族に対する差別意識の強い国だった。それは勿論、国王とて例外ではない。
 亜人の命を使うことに躊躇いがなかった。

 それがレッドアイズ国王にとっての頓挫に繋がったのは、存外早い段階だった。
 技術革新によって汚名を返上できたが、差別大国であることが要因となって座礁に乗り上げてしまったのだ。

 崩れ落ちた名声を取り戻す執念こそあったレッドアイズ国王だが、今さら禁忌の秘術を捨てる選択肢もなければ、異種族差別の思想を捨てる選択肢もなかった。
 それは実に愚かしい苦悩だったことだろう。

 レッドアイズ国王の決断は極めて単純明快にして、邪悪なものだった。

 名声のために秘術による技術革新は秘密裏に継続し、名声のために体面上は異種族差別問題の解消に努める。そして差別のない国を主張し、異種族移民を募り、レッドアイズの糧とする、そんな計画が企てられた。

 それはそれは順調に進められていた計画だった。
 だがしかし、あろうことかレッドアイズ国王の企みは失敗に終わってしまった。
 それも、たった一人の存在によって。

 ※

 ※ ※

 ※ ※ ※

 夕暮れ時、町並みが赤く染まっていく頃合い。
 レッドアイズ国を一望できるその高台には、人気(ひとけ)は皆無だった。
 今日この国で年に一度開催されるお祭りがまさに目下に広がっていたからだ。

 見下ろした先の賑やかさは、その女にとっては疎ましいものだったのか、はたまた羨ましいものだったのか。
 何も知らない国民の呑気な様は、少なからずとも女の顔を微かに曇らせた。

「こんなところにいたのか、フィー。探したよ」

 その女に声を掛けたのは、このレッドアイズ国でもその名を知らぬ者はいないであろう英雄、ロータスだった。彼こそがレッドアイズの軍を率いて魔王に立ち向かい、そしてその手で魔王を倒した張本人。

「わざわざご苦労なことだ。今日の主役ではないのか?」
「パレードはソレノス王子に任せておいたよ。それよりも――」

 ロータスは、高台の手すりの前で黄昏れる銀色の髪を持つ女に近寄る。

「国王の秘密を暴いてくれてありがとう」
「フン……コリウス王子の戯れに付き合ってやっただけだ」

 バツの悪そうな顔で銀髪の女が振り返る。それでもロータスの目を直視できないようで、何処かに向けて視線が泳ぐ。

「キサマの尻ぬぐいをさせられた気分だ」
「そんなつもりはなかった。本当なら俺がケリをつけるつもりだったしね」
「どうだか」

 ハァ、と息をつき、銀髪の女の方からもう一歩、ロータスに近づく。

「キサマはこの国の厄介ごとをどれだけ知っていた? その返答次第ではキサマとのくだらぬ契約をここで破棄するぞ」
「ははは……それは困るなぁ。だけど、俺も予定外の行動をとられてこれでもちょっと怒っているんだよ、フィー」
 到底怒っているようには見えない苦笑いを見せて、ロータスは肩を落とす。

「マルペルやメイド風情に拘束されて楽しく異国を観光できると思うな。それに、文句があるならクソガキ王子に言え。アイツと出会ってしまったのが誤算だった」
「あの逃げ上手の弟君には俺もソレノス王子も困ってたんだ。でも、弟君を守ってくれてありがとう。国王の命を奪わなかったことも、ね」

 ロータスの言葉尻に、銀髪の女の眉が少しひそめる。あたかも大きな失態を咎められたかのような、崩れた顔だ。

「あんなクソジジイ一人殺すのを躊躇うとはな。我もますます人間じみてきた。ハッ、これじゃあまたダリアの奴に笑われてしまうな」

 自嘲気味に銀髪の女が乾いた笑い声を虚しく響かせる。人気(ひとけ)のないこんな高台の広場では尚のこと、その声の苦々しさが明瞭だ。
 夕焼け色に身体を染め上げながらも、銀髪の女はロータスを真正面に構える。

 呼吸の仕方を思い出すように、すぅはぁ、と息をする。
 口の中で言葉を噛み砕くようにもごもごした後、銀髪の女はようやく口を開く。

「おい、ロータス。もう一度我にリベンジをさせろ」
「どういう意味だ?」

 当然の疑問を前にして、銀髪の女はその手にはめた指輪に触れる。
 次の瞬間、銀髪の女は光を放ち、容姿がほんの少しだけ変わる。

 今を生きる英雄ロータスの前に立っていたのは、かつて世界を恐怖に陥れたとされる魔王フィテウマだった。

 月の如き美しき銀の髪は風になびき、血の如き紅き瞳は夕焼けにも混ざらぬくらい妖しく光る。悠々としたマントを羽織って、禍々しい漆黒のドレスを身に纏い、勇者の前に立ちはだかった。

「ふははははははははははっ!!!! 我こそはこの世界に秩序を取りも戻さんとする常世の救世主、フィテウマ・サタナムーンなり!!!!!!」

 魔王が高らかに笑い、そしてその手を勇者ロータスに向けてかざす。
 その手から放たれるのは、魔力を凝縮させた拳大の魔法の弾丸。当たれば無論、ただでは済まされない兵器並みの威力を持つ、と思われる。

「何のつもりだ」

 ロータスはその弾丸を片手で掴み、そして握りつぶして消す。

「どうした勇者よ。その程度で呆気にとられている暇はあるのか?」

 続いて魔王の周囲につむじ風が舞う。それとともに魔王の身体も浮かび上がり、鳥の如く空を、風を切る。

 魔王の両手からは先ほどとは違う、光の粒のような魔法の弾が拡散するように飛び散り、そしてその無数の光の粒の一つ一つがロータスを捕捉する。
 だがこれも、ロータスの腰につけた剣の一振りでまとめて掻き消える。

 無論、魔王もさらなる追撃をするべく、魔力を集中させる。
 しかし、ロータスがそれを許す隙を与えることはなかった。

 地上にいるはずのロータスを見据えていたはずの魔王の目の前には既に勇者の姿がそこにあり、鞘に収まったままの剣が魔王に叩き込まれた。

 呆気なく魔王はそのまま地面へと落下し、地面にベコリと多少なりの穴が空く。

「気が済んだか?」

 浮遊する力を持たない勇者は、重力のまま自然と着地し、そして地面に倒れる魔王を見下ろして、無感情な瞳でただ問い訊ねる。

「ああ……強いな、勇者……さすがだ」

 立ち上がる気力もない魔王は、ただ仰向けになり、勇者を見上げた。

「そんなオモチャで見た目を誤魔化して何をしたかったんだ?」
「何、我の無力さを今一度、確認しておきたかっただけだ」

 辺りに夜のとばりが降りていく。薄暗い街の高台には、魔力の火をともした街灯が勇者と魔王を照らす。
 魔王が自分の手にはめられた指輪にもう一度触れる。すると、今度は魔王の姿は銀の髪を持つ少女、フィーへと変貌する。

「我は偽の令嬢、そして偽の魔王、フィーだ。無力さゆえに魔王軍を追放されて、何一つ成し遂げることのできない、ただの偽物だ」

 自分にそう言い聞かせるかのように、フィーは弱々しく呟く。

「我は一体、何者なのだろうな。このレッドアイズ国を訪れてからというもの、我は我という存在がどんどん分からなくなってしまった。かつては人間を滅ぼそうとしてきて、この手で何人、何百人、何千人と葬ってきたこの我は、これからの時代をどうやって生きていけばいいのか」

 その小さな手のひらを見つめ、フィーは呆れかえるロータスの顔と見合わせる。

「ははは……、ロータス。こういうときこそ我に花を持たせろ。情けなくて、情けなさ過ぎて涙も出んわ」

 地面の上、仰向けになるフィーの横、ロータスがそっとそばに座り込む。

「どう生きればいいのかなんて、そのときに考えればいいさ」

 そういってロータスは、フィーの前髪を優しく撫でる。

「そんな簡単に言ってのけるな。今まで人間の敵として生きてきたのだぞ。それが今では人間たちにとって我はもはや天敵でも何者でもない。ああ人間たちは新しい世界を生きようとしておる。良くも悪くもな」

「だったらフィー。キミも新しい世界を生きてもいいはずだ。そんなに自分を卑下にすることはない。キミ自身がキミの生き方を考えればいい」

 ロータスは見下ろし、フィーは見上げた。


次のエピソードへ進む 第57話 帰る場所


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 軍事国家レッドアイズの名を知る者は多い。人類の叡智を束ねられた力によって国として発展し、かつて世界を恐怖に陥れたとされる魔王軍に立ち向かい、見事魔王の野望を打ち砕いたという生きた伝説を持っている。
 しかし、魔王軍という人類の共通の敵を失ってからは、レッドアイズこそが第二の脅威として恐れられるようになった。何せ、誰もが恐れた魔王よりも強大な力を有していることが、世界に知れ渡っているのだから。
 現実の問題として、レッドアイズ出身の冒険者は、他国では類を見ない兵器を持ち、魔王軍の残党狩りを始めとし、世界に誇る力を誇示するようになっていた。
 かつての名声が音を立てて剥がれ落ちていく様を、レッドアイズの国王は目の当たりにしていたことだろう。
 それが苦肉の策だったのかどうかは分からない。
 新たなる発明を、新たなる兵器を。
 さらなる発展を、さらなる栄誉を。
 レッドアイズという国は名誉挽回のために動き始めた。
 そして、あるとき、一つの禁忌に触れる。
 それは、命を素材に変える秘術。
 人類の手には届かなかったその禁断ともされるその秘術を、奇しくもレッドアイズ国王は魔王軍から持ち帰った書物の中より見つけ出してしまったのだ。
 その秘術を得てレッドアイズは、それまで試作機だった魔導機兵《オートマタ》に命を吹き込むことに成功。その大いなる貢献によって国王の思惑通りに発展していくことになる。
 レッドアイズは、恐ろしい力を持つ国ではない。素晴らしい技術革新を起こした国なのだと、認知が広がろうとしていた。
 ところが、全てが上手くいったわけではなかった。
 魔導機兵の性能にも限界があったからだ。
 完璧な命とするには、技術がまだ一歩、足りていなかった。
 だが、レッドアイズ国王は挫折しなかった。
 それどころか、さらなる禁忌に乗り出す。
 命を作ることが困難なのであれば、既にある命を使ってしまえばいい、と。
 レッドアイズには、魔王軍との戦争の際、捕虜として捕らえていた亜人という素材がいくらでもいた。
 加えて、魔王軍の残党狩りもまた国王の目論みに拍車を掛けた。
 元より、レッドアイズは人間族至上主義。他の種族に対する差別意識の強い国だった。それは勿論、国王とて例外ではない。
 亜人の命を使うことに躊躇いがなかった。
 それがレッドアイズ国王にとっての頓挫に繋がったのは、存外早い段階だった。
 技術革新によって汚名を返上できたが、差別大国であることが要因となって座礁に乗り上げてしまったのだ。
 崩れ落ちた名声を取り戻す執念こそあったレッドアイズ国王だが、今さら禁忌の秘術を捨てる選択肢もなければ、異種族差別の思想を捨てる選択肢もなかった。
 それは実に愚かしい苦悩だったことだろう。
 レッドアイズ国王の決断は極めて単純明快にして、邪悪なものだった。
 名声のために秘術による技術革新は秘密裏に継続し、名声のために体面上は異種族差別問題の解消に努める。そして差別のない国を主張し、異種族移民を募り、レッドアイズの糧とする、そんな計画が企てられた。
 それはそれは順調に進められていた計画だった。
 だがしかし、あろうことかレッドアイズ国王の企みは失敗に終わってしまった。
 それも、たった一人の存在によって。
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 夕暮れ時、町並みが赤く染まっていく頃合い。
 レッドアイズ国を一望できるその高台には、人気《ひとけ》は皆無だった。
 今日この国で年に一度開催されるお祭りがまさに目下に広がっていたからだ。
 見下ろした先の賑やかさは、その女にとっては疎ましいものだったのか、はたまた羨ましいものだったのか。
 何も知らない国民の呑気な様は、少なからずとも女の顔を微かに曇らせた。
「こんなところにいたのか、フィー。探したよ」
 その女に声を掛けたのは、このレッドアイズ国でもその名を知らぬ者はいないであろう英雄、ロータスだった。彼こそがレッドアイズの軍を率いて魔王に立ち向かい、そしてその手で魔王を倒した張本人。
「わざわざご苦労なことだ。今日の主役ではないのか?」
「パレードはソレノス王子に任せておいたよ。それよりも――」
 ロータスは、高台の手すりの前で黄昏れる銀色の髪を持つ女に近寄る。
「国王の秘密を暴いてくれてありがとう」
「フン……コリウス王子の戯れに付き合ってやっただけだ」
 バツの悪そうな顔で銀髪の女が振り返る。それでもロータスの目を直視できないようで、何処かに向けて視線が泳ぐ。
「キサマの尻ぬぐいをさせられた気分だ」
「そんなつもりはなかった。本当なら俺がケリをつけるつもりだったしね」
「どうだか」
 ハァ、と息をつき、銀髪の女の方からもう一歩、ロータスに近づく。
「キサマはこの国の厄介ごとをどれだけ知っていた? その返答次第ではキサマとのくだらぬ契約をここで破棄するぞ」
「ははは……それは困るなぁ。だけど、俺も予定外の行動をとられてこれでもちょっと怒っているんだよ、フィー」
 到底怒っているようには見えない苦笑いを見せて、ロータスは肩を落とす。
「マルペルやメイド風情に拘束されて楽しく異国を観光できると思うな。それに、文句があるならクソガキ王子に言え。アイツと出会ってしまったのが誤算だった」
「あの逃げ上手の弟君には俺もソレノス王子も困ってたんだ。でも、弟君を守ってくれてありがとう。国王の命を奪わなかったことも、ね」
 ロータスの言葉尻に、銀髪の女の眉が少しひそめる。あたかも大きな失態を咎められたかのような、崩れた顔だ。
「あんなクソジジイ一人殺すのを躊躇うとはな。我もますます人間じみてきた。ハッ、これじゃあまたダリアの奴に笑われてしまうな」
 自嘲気味に銀髪の女が乾いた笑い声を虚しく響かせる。人気《ひとけ》のないこんな高台の広場では尚のこと、その声の苦々しさが明瞭だ。
 夕焼け色に身体を染め上げながらも、銀髪の女はロータスを真正面に構える。
 呼吸の仕方を思い出すように、すぅはぁ、と息をする。
 口の中で言葉を噛み砕くようにもごもごした後、銀髪の女はようやく口を開く。
「おい、ロータス。もう一度我にリベンジをさせろ」
「どういう意味だ?」
 当然の疑問を前にして、銀髪の女はその手にはめた指輪に触れる。
 次の瞬間、銀髪の女は光を放ち、容姿がほんの少しだけ変わる。
 今を生きる英雄ロータスの前に立っていたのは、かつて世界を恐怖に陥れたとされる魔王フィテウマだった。
 月の如き美しき銀の髪は風になびき、血の如き紅き瞳は夕焼けにも混ざらぬくらい妖しく光る。悠々としたマントを羽織って、禍々しい漆黒のドレスを身に纏い、勇者の前に立ちはだかった。
「ふははははははははははっ!!!! 我こそはこの世界に秩序を取りも戻さんとする常世の救世主、フィテウマ・サタナムーンなり!!!!!!」
 魔王が高らかに笑い、そしてその手を勇者ロータスに向けてかざす。
 その手から放たれるのは、魔力を凝縮させた拳大の魔法の弾丸。当たれば無論、ただでは済まされない兵器並みの威力を持つ、と思われる。
「何のつもりだ」
 ロータスはその弾丸を片手で掴み、そして握りつぶして消す。
「どうした勇者よ。その程度で呆気にとられている暇はあるのか?」
 続いて魔王の周囲につむじ風が舞う。それとともに魔王の身体も浮かび上がり、鳥の如く空を、風を切る。
 魔王の両手からは先ほどとは違う、光の粒のような魔法の弾が拡散するように飛び散り、そしてその無数の光の粒の一つ一つがロータスを捕捉する。
 だがこれも、ロータスの腰につけた剣の一振りでまとめて掻き消える。
 無論、魔王もさらなる追撃をするべく、魔力を集中させる。
 しかし、ロータスがそれを許す隙を与えることはなかった。
 地上にいるはずのロータスを見据えていたはずの魔王の目の前には既に勇者の姿がそこにあり、鞘に収まったままの剣が魔王に叩き込まれた。
 呆気なく魔王はそのまま地面へと落下し、地面にベコリと多少なりの穴が空く。
「気が済んだか?」
 浮遊する力を持たない勇者は、重力のまま自然と着地し、そして地面に倒れる魔王を見下ろして、無感情な瞳でただ問い訊ねる。
「ああ……強いな、勇者……さすがだ」
 立ち上がる気力もない魔王は、ただ仰向けになり、勇者を見上げた。
「そんなオモチャで見た目を誤魔化して何をしたかったんだ?」
「何、我の無力さを今一度、確認しておきたかっただけだ」
 辺りに夜のとばりが降りていく。薄暗い街の高台には、魔力の火をともした街灯が勇者と魔王を照らす。
 魔王が自分の手にはめられた指輪にもう一度触れる。すると、今度は魔王の姿は銀の髪を持つ少女、フィーへと変貌する。
「我は偽の令嬢、そして偽の魔王、フィーだ。無力さゆえに魔王軍を追放されて、何一つ成し遂げることのできない、ただの偽物だ」
 自分にそう言い聞かせるかのように、フィーは弱々しく呟く。
「我は一体、何者なのだろうな。このレッドアイズ国を訪れてからというもの、我は我という存在がどんどん分からなくなってしまった。かつては人間を滅ぼそうとしてきて、この手で何人、何百人、何千人と葬ってきたこの我は、これからの時代をどうやって生きていけばいいのか」
 その小さな手のひらを見つめ、フィーは呆れかえるロータスの顔と見合わせる。
「ははは……、ロータス。こういうときこそ我に花を持たせろ。情けなくて、情けなさ過ぎて涙も出んわ」
 地面の上、仰向けになるフィーの横、ロータスがそっとそばに座り込む。
「どう生きればいいのかなんて、そのときに考えればいいさ」
 そういってロータスは、フィーの前髪を優しく撫でる。
「そんな簡単に言ってのけるな。今まで人間の敵として生きてきたのだぞ。それが今では人間たちにとって我はもはや天敵でも何者でもない。ああ人間たちは新しい世界を生きようとしておる。良くも悪くもな」
「だったらフィー。キミも新しい世界を生きてもいいはずだ。そんなに自分を卑下にすることはない。キミ自身がキミの生き方を考えればいい」
 ロータスは見下ろし、フィーは見上げた。