第54話 やぶ蛇

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「やれやれ……安請け合いした我も悪かったがな。もう手遅れだ。この時点で引き返せるとも思えん」
 見てみろ、魔導機兵(オートマタ)の残骸が煙を噴いてぶっ倒れておるのだぞ。
 何事もなかったことにするのはもう無理だ。

「コリウス、いや、コリウス王子。発言を撤回することは許さないぞ。その口で、この国の秘密を暴くと言ったからには放棄するな。権力を持つ者の義務だ」
 などともっともらしいことを言ってみたが、そもそも魔導機兵が襲いかかってきたのは我の自業自得だし、コリウスに責任を押しつけるのも悪手ではある。

 案の定、コリウスは戸惑っていた。
 我は我でコリウスの味方という立場を装いつつ、うっかり破壊してしまった魔導機兵のことをどうにか不問にできるのならそれでいいのだが。

「わ、分かりました。ボクも自分の言い出したことは曲げません! オキザリス、ごめん。ボク、この先にある真実を確かめたいんだ!」
 そう言い切ってコリウスは走り出し、目の前の建物の怪しい階段を降りていく。
 おいおい、あの先が本当に秘密の工場だったらどうするつもりなんだ。

 呆気にとられてしまった我だったが、眺めている場合じゃなかった。
 行くにしたって潜伏しろ。突撃していく奴があるか!

「待て、コリウス!」
「お待ち下さい王子!」
 我もオキザリスも慌てて王子を追いかけ、階段を降りていくしかなかった。

 先行するコリウスの足音が聞こえてはいたが、随分と長い階段だった。
 一体どれだけ地下まで潜っていくんだ。
 これでは本当に何かを隠しているみたいじゃないか。

 コリウスの足音が止まったかと思えば、階段が途切れる。
 広めの部屋に出る。四方を鉄板に囲まれた異様な部屋だ。やたらと金属片みたいなゴミが箱に詰められている。廃棄品だろうか。

 そして、取っ手の付いた一枚の金属製の扉が正面に見えた。
 扉の向こうからはゴゴゴと、かなり酷い騒音が響いてくる。何の音だ、これ。

「はぁ……はぁ……、この先に……」
 息を切らせたコリウスが、その分厚く重そうな扉を開く。
 それはもう、爆音だったといっても過言ではない。

 ゴゴゴゴ、ガガガガ、と幾重にも重なる機械音が反響し、耳を強烈に刺激する。
 扉の先に広がっていた光景は、昨日レッドアイズ城で見た工場よりもまた一際規模のデカい巨大な工場のようだった。

 あまりの激しい音に意表を突かれたのか、コリウスが驚き、尻餅をつく。
 その隙をついて、我は扉をガッチャンと閉じた。
 えげつないほどの轟音は一先ず多少なりシャットアウトされる。

「馬鹿者! いきなり扉を開ける奴があるか! 向こうにも見張りがいたらどうするつもりだったんだ!」
「あ、すみません……そこまで考えてませんでした」
 この小僧、殴ってやろうか。だが、直ぐ後ろには城の従者であるオキザリスも見ていることだし、ここで王子を殴るのは気がひける。

 構えた拳が宙に浮いていたところだったが、そんな我の横をすり抜けてコリウスのもとまで駆け寄ってきたのはオキザリスだった。
 そしてそのまま屈み、あろうことかコリウスの頬にバシーンと高速の平手打ちを一発おみまいした。おいおい、城の従者。

 あまりにもパワフルだったせいか、コリウスの身体が宙を飛び、壁にバッコーンと激突。あえなくして頭から床に落ちる。大丈夫かよ。下手したら王子死ぬぞ。

「王子、行動は慎んで下さい。貴方の身に何かあったらどうするのですか」
「ごめんなしゃい……」
 顔が何かの果実のように真っ赤に腫れ上がっているが、一応生きているようだ。
 オキザリスがひょいと逆立ちで倒れる王子を持ち上げ、立ち上がらせる。
 パッパと王子についた砂ぼこりを手ではたきつつ、手元のハンカチで顔も拭う。

 その部分だけを切り取ってみると従者っぽいのだがな。
 直前の行動を知っているとギクシャク感がとんでもないぞ。

「――しかし、この様な場所にこの規模の工場があるとは聞いていません。地図にも記載されていません。記録にも残っておりません」
「それはつまり、レッドアイズ国が密造していたということか?」
「恐らくですが、ワタクシめ個人の見解では相違無し」
 そこは「そう思います」の一言でいいだろうが。

「じゃあ、やっぱりここは秘密工場だったんだ!」
 片頬をぷくぅと腫らしたままのコリウスがはしゃぐ。
「シッ、待って下さい。誰か来ます!」

 大喜びも束の間、コリウスの顔面にオキザリスの腕がぶちかまされ、そのまま物陰へと引きずられていく。我もそれに続き、身を隠す。
 しかし、人の気配などあっただろうか。そう思って耳を澄ますと、鉄板のような壁の向こうからウィィィンという何かの動く音が響いているのに気付く。

 あろうことか、取っ手もない鉄板は左右にスライドするように開き、中から数人の男たちが姿を現した。あれも扉だったのか。しかし、扉の向こうには狭い部屋しかないぞ。どういうことだ。転移魔法の類いか? 魔力は感じなかったのだが。

 考えてもらちが明かない。
 数人の男たちは特に周りを気にすることもなく、先ほどコリウスが開きかけた扉を開け、そのまま轟音の鳴り響く工場へと消えていった。
 重い鉄の扉によって、こちらと向こうが遮断される。

「どっから現れたんだ、今の連中……」
「エレベーターです。端的に申し上げますと滑車のような機構を利用した上下に移動する部屋です。いえ、そんなことはどうでもいいです。今のは……」
 オキザリスの目つきがますます悪くなる。そして、オキザリスの手で口をふさがれたコリウスは今にも窒息してしまいそうなほど青い顔をしていた。
 そっとオキザリスの手から解放されたコリウスが信じられないという顔をする。

「ち、父上……」
 ぼそりとコリウスが呟く。

「何? 今の中にいたのか?」
 コリウスはレッドアイズ国の王子。その王子の父親ということは、とどのつまり、国王ということだ。どの男だったのかは分からないが、一人だけやけに身なりのいいヒゲ面の男がいた。おそらくその男だろう。

 見たところ、誰かに連れてこられたというような様子ではなかった。自分の意思でここまで来ているようにしか見えなかった。
 だが、ここはオキザリスも認めたように、公的には存在していないことになっている工場。そこに国王が直々に現れるということは何を意味するのか。

 コリウスと、兄のソレノスが立てた仮説。国王が何かを企てているという妄言のような話が現実のものだったということに他ならない。

「やっぱり……父上は……」
 それまで半信半疑だったものが確信へと変わり、コリウスの表情は絶望に打ちひしがれた顔へと変わる。さっきまではしゃいでいた分、尚のこと気まずいぞ。

 コリウスの中ではまだ国王は関わっていないと予想していたのかもしれない。
 あくまで城の何者かの謀反であって、実の父親は濡れ衣だったという確証を得たくて、この場所まで突き止めたのだとすると、かなり酷な現実だ。

「まあ、なんだ。まだ魔導機兵の第二工場、第三工場を秘密裏に、あるいは試験的に建てている最中という可能性もあるだろう? お前が思うほど事は深刻ではないかもしれないぞ」
「魔導機兵の製造方法は国家機密。何より城内以外での製造を禁止させたのは他でもない国王様です。秘密裏であろうと何であろうと無視出来る話ではありません」

 我のフォローを容赦なしに切るな!
 国王が多くの国民、または城内の従者、はてや血縁者にまで隠れて工場を作っているのだ。この先には、より不都合な真実があるのは間違いないだろう。


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「やれやれ……安請け合いした我も悪かったがな。もう手遅れだ。この時点で引き返せるとも思えん」
 見てみろ、魔導機兵《オートマタ》の残骸が煙を噴いてぶっ倒れておるのだぞ。
 何事もなかったことにするのはもう無理だ。
「コリウス、いや、コリウス王子。発言を撤回することは許さないぞ。その口で、この国の秘密を暴くと言ったからには放棄するな。権力を持つ者の義務だ」
 などともっともらしいことを言ってみたが、そもそも魔導機兵が襲いかかってきたのは我の自業自得だし、コリウスに責任を押しつけるのも悪手ではある。
 案の定、コリウスは戸惑っていた。
 我は我でコリウスの味方という立場を装いつつ、うっかり破壊してしまった魔導機兵のことをどうにか不問にできるのならそれでいいのだが。
「わ、分かりました。ボクも自分の言い出したことは曲げません! オキザリス、ごめん。ボク、この先にある真実を確かめたいんだ!」
 そう言い切ってコリウスは走り出し、目の前の建物の怪しい階段を降りていく。
 おいおい、あの先が本当に秘密の工場だったらどうするつもりなんだ。
 呆気にとられてしまった我だったが、眺めている場合じゃなかった。
 行くにしたって潜伏しろ。突撃していく奴があるか!
「待て、コリウス!」
「お待ち下さい王子!」
 我もオキザリスも慌てて王子を追いかけ、階段を降りていくしかなかった。
 先行するコリウスの足音が聞こえてはいたが、随分と長い階段だった。
 一体どれだけ地下まで潜っていくんだ。
 これでは本当に何かを隠しているみたいじゃないか。
 コリウスの足音が止まったかと思えば、階段が途切れる。
 広めの部屋に出る。四方を鉄板に囲まれた異様な部屋だ。やたらと金属片みたいなゴミが箱に詰められている。廃棄品だろうか。
 そして、取っ手の付いた一枚の金属製の扉が正面に見えた。
 扉の向こうからはゴゴゴと、かなり酷い騒音が響いてくる。何の音だ、これ。
「はぁ……はぁ……、この先に……」
 息を切らせたコリウスが、その分厚く重そうな扉を開く。
 それはもう、爆音だったといっても過言ではない。
 ゴゴゴゴ、ガガガガ、と幾重にも重なる機械音が反響し、耳を強烈に刺激する。
 扉の先に広がっていた光景は、昨日レッドアイズ城で見た工場よりもまた一際規模のデカい巨大な工場のようだった。
 あまりの激しい音に意表を突かれたのか、コリウスが驚き、尻餅をつく。
 その隙をついて、我は扉をガッチャンと閉じた。
 えげつないほどの轟音は一先ず多少なりシャットアウトされる。
「馬鹿者! いきなり扉を開ける奴があるか! 向こうにも見張りがいたらどうするつもりだったんだ!」
「あ、すみません……そこまで考えてませんでした」
 この小僧、殴ってやろうか。だが、直ぐ後ろには城の従者であるオキザリスも見ていることだし、ここで王子を殴るのは気がひける。
 構えた拳が宙に浮いていたところだったが、そんな我の横をすり抜けてコリウスのもとまで駆け寄ってきたのはオキザリスだった。
 そしてそのまま屈み、あろうことかコリウスの頬にバシーンと高速の平手打ちを一発おみまいした。おいおい、城の従者。
 あまりにもパワフルだったせいか、コリウスの身体が宙を飛び、壁にバッコーンと激突。あえなくして頭から床に落ちる。大丈夫かよ。下手したら王子死ぬぞ。
「王子、行動は慎んで下さい。貴方の身に何かあったらどうするのですか」
「ごめんなしゃい……」
 顔が何かの果実のように真っ赤に腫れ上がっているが、一応生きているようだ。
 オキザリスがひょいと逆立ちで倒れる王子を持ち上げ、立ち上がらせる。
 パッパと王子についた砂ぼこりを手ではたきつつ、手元のハンカチで顔も拭う。
 その部分だけを切り取ってみると従者っぽいのだがな。
 直前の行動を知っているとギクシャク感がとんでもないぞ。
「――しかし、この様な場所にこの規模の工場があるとは聞いていません。地図にも記載されていません。記録にも残っておりません」
「それはつまり、レッドアイズ国が密造していたということか?」
「恐らくですが、ワタクシめ個人の見解では相違無し」
 そこは「そう思います」の一言でいいだろうが。
「じゃあ、やっぱりここは秘密工場だったんだ!」
 片頬をぷくぅと腫らしたままのコリウスがはしゃぐ。
「シッ、待って下さい。誰か来ます!」
 大喜びも束の間、コリウスの顔面にオキザリスの腕がぶちかまされ、そのまま物陰へと引きずられていく。我もそれに続き、身を隠す。
 しかし、人の気配などあっただろうか。そう思って耳を澄ますと、鉄板のような壁の向こうからウィィィンという何かの動く音が響いているのに気付く。
 あろうことか、取っ手もない鉄板は左右にスライドするように開き、中から数人の男たちが姿を現した。あれも扉だったのか。しかし、扉の向こうには狭い部屋しかないぞ。どういうことだ。転移魔法の類いか? 魔力は感じなかったのだが。
 考えてもらちが明かない。
 数人の男たちは特に周りを気にすることもなく、先ほどコリウスが開きかけた扉を開け、そのまま轟音の鳴り響く工場へと消えていった。
 重い鉄の扉によって、こちらと向こうが遮断される。
「どっから現れたんだ、今の連中……」
「エレベーターです。端的に申し上げますと滑車のような機構を利用した上下に移動する部屋です。いえ、そんなことはどうでもいいです。今のは……」
 オキザリスの目つきがますます悪くなる。そして、オキザリスの手で口をふさがれたコリウスは今にも窒息してしまいそうなほど青い顔をしていた。
 そっとオキザリスの手から解放されたコリウスが信じられないという顔をする。
「ち、父上……」
 ぼそりとコリウスが呟く。
「何? 今の中にいたのか?」
 コリウスはレッドアイズ国の王子。その王子の父親ということは、とどのつまり、国王ということだ。どの男だったのかは分からないが、一人だけやけに身なりのいいヒゲ面の男がいた。おそらくその男だろう。
 見たところ、誰かに連れてこられたというような様子ではなかった。自分の意思でここまで来ているようにしか見えなかった。
 だが、ここはオキザリスも認めたように、公的には存在していないことになっている工場。そこに国王が直々に現れるということは何を意味するのか。
 コリウスと、兄のソレノスが立てた仮説。国王が何かを企てているという妄言のような話が現実のものだったということに他ならない。
「やっぱり……父上は……」
 それまで半信半疑だったものが確信へと変わり、コリウスの表情は絶望に打ちひしがれた顔へと変わる。さっきまではしゃいでいた分、尚のこと気まずいぞ。
 コリウスの中ではまだ国王は関わっていないと予想していたのかもしれない。
 あくまで城の何者かの謀反であって、実の父親は濡れ衣だったという確証を得たくて、この場所まで突き止めたのだとすると、かなり酷な現実だ。
「まあ、なんだ。まだ魔導機兵の第二工場、第三工場を秘密裏に、あるいは試験的に建てている最中という可能性もあるだろう? お前が思うほど事は深刻ではないかもしれないぞ」
「魔導機兵の製造方法は国家機密。何より城内以外での製造を禁止させたのは他でもない国王様です。秘密裏であろうと何であろうと無視出来る話ではありません」
 我のフォローを容赦なしに切るな!
 国王が多くの国民、または城内の従者、はてや血縁者にまで隠れて工場を作っているのだ。この先には、より不都合な真実があるのは間違いないだろう。