【留守番】ダメです

ー/ー



「ふえぇ……? なんれふか、これ?」
 ミモザはポカンと口を開けて唖然としていた。
 というのも、目の前には豪勢な料理、その身には豪華なドレス、ついでに周りには使用人もついて、どんな要望でも直ぐさま叶える体制が整っていた。

 ここはパエデロスでも有数の資産家、令嬢フィーのお屋敷。
 決してミモザのお屋敷ではない。

 ただ、令嬢フィーと最も親しい間柄であるミモザはこれまで何度かこの屋敷を訪れ、それはそれは大層なおもてなしを受けたことはあった。
 それにしたって、この待遇はそれまで以上だ。

「ミモザ様、いえミモザお嬢様。何かございましたらすぐにお申し付けください」
 使用人たちがズラリと並び、ミモザの顔色をうかがう。
 これではまるで、この屋敷の主はミモザだと言わんばかりだ。

 実のところ、本来の屋敷の所有者である令嬢フィーはちょっとした用事で留守にしており、もうしばらくは帰らない予定となっている。
 傍から見たらこれは乗っ取りのようにも思われかねない。

「悪いれすよぉ……こんなにおもてなしなんて」
「いえいえ、お気になさらず。これはフィーお嬢様のご要望ですので」
 使用人の一人がそう答える。
 その回答は半分正解ではあったが、事実はもう少し込み入ってる。

 令嬢フィーは自分が不在の間、親友のミモザの身の回りの世話も見るようにと使用人たちに指示を残していた。
 使用人たちも勿論、ミモザが令嬢フィーにとってどれだけ掛け替えのない親友であるか理解している。
 ミモザに何かあれば令嬢フィーがどれだけ怒り、どれだけ悲しむことか。

 ところが、ついぞ前。ミモザは自分の持つ店の工房で延々と作業に没入しすぎるあまり、危うく心身ともに疲弊して完全にぶっ壊れる寸前まで至っていた。
 下手をしたら命を失う事態にも陥っていたかもしれない間一髪の話だった。

 使用人たちは一様に皆、心臓に鋭く大きな針を突きつけられたかのような心地だっただろう。こんなことはあってはならない。そんな反動で、今こうしてミモザはこれまでにない最上級のおもてなしを受けているということだ。

「まあま、使用人さんたちの言うように気にしなくていいのよ。どうせフィーはしばらく留守なんだから気楽にさ」
 同じテーブルについていたダリアが楽観的な態度で声を掛ける。
 一応、今回の一件の功労者だ。

 作業に没頭した壊れかけの暴走ミモザを、使用人は止めることも説得することもできなかった。そんな折、このダリアが少々荒っぽいやり方ではあったが、どうにかミモザの暴走を食い止めたのだ。

 本当なら屋敷の主である令嬢フィーの言葉に従い、ダリアは歓迎されない招かれざる客人ではあるのだが、ミモザの命の恩人となれば話は別だ。
 ミモザほどではなかったが、ダリアもまたおもてなしを受けていた。

「フィーしゃんに怒られないれしょうか?」
「いいのよいいの。フィーだって使用人たちにあなたの面倒見るようにって言われているんだから。ね?」
「左様でございます。私どもはフィーお嬢様の言伝通り、ミモザお嬢様の身の回りのお世話も致します故」

 そうは言われても、やはりミモザとしては釈然とはしない。
 本人がいないという不安もあるだろうが、いつも以上に贅沢な接待にはさすがのミモザも気が引けてしまう。

「えぇと……じゃあ工房に行ってもいいれふか? ちょっとまだ作りたいものが」
「ダメです」
 ぴしゃりと即答される。

 ミモザの今の一言には、使用人一同、何かにピキッと亀裂が走るような衝撃を受たに違いない。もう脊髄反射的にそう答えていた。

「道具の調整もしないと……」
「「ダメです」」
 やはり使用人は即答。

「そろそろ店を開ける頃なのれ……」
「「「もうしばらくお休みいただいてもよろしいかと」」」
 素晴らしく一致団結。
 右の使用人も左の使用人も後ろの使用人も打ち合わせなしに声を揃え、答える。

 ミモザを工房に向かわせてはいけない。
 それがどんな惨状になるかと使用人たちは理解している。

 そうでなかったとしても、今の工房は荒れ果てており、別の使用人たちが急ピッチで清掃中だ。すぐには使える状況ではない。

 おそらくミモザ自身には記憶はないのだろうが、暴走していたときに手当たり次第に素材やら魔具やらをそこら中に撒き散らかしており、工房も半壊状態。
 とてもではないがそんな場所にミモザを連れていくわけにもいかなかった。

「ミモザちゃん、しばらくは仕事のことを考えるのはやめておきましょう? ほら、フィーがいないと売り上げも落ちちゃうだろうしさ」
「ぇぇー……れもぉ……」
「それにほら、使用人さんたちが用意したご飯も冷めちゃうよ。こんなに腕によりを掛けて作ってくれたんだから残したら悪いって」

 ダリアも一押しする。暴走ミモザと対峙して、実際にその脅威を味わった当人なのだから必死にもなるというもの。

「ぅー……、むぅー……」
 ミモザとしてもあまり納得がいかないようで、小さく唸る。

 とりあえず自分が頑張りすぎて倒れたことは聞かされていたし、その間の記憶もぽっかりと抜け落ちていたからよっぽどだったんだろう、というところまではミモザも自覚できていたが、それでも魔具が作れないことにはうずうずしていた。

「この野菜スープ美味しいよ。甘くてヘルシーだし」
 白々しくもダリアはスープを飲んでみせてよいしょする。ミモザもしぶしぶスープを飲み、とりあえず美味しそうな笑みをこぼす。

 ミモザにこれ以上を無茶をさせて、暴走させてはいけない。
 ミモザの身に何かあろうものなら、誰よりも令嬢フィーが悲しむ。

 ここにいる全ての使用人たちと、ダリアはそれを確信していた。
 心は一つだったといっても過言ではない。

 ミモザには、今だけでも平穏な日々を過ごしてもらいたい。
 そんな同じ思いを抱き、ミモザへのおもてなし祭りが今、ここに開催された。

 手を伸ばそうとするならば皿が目の前に運ばれ、料理を口に運ぼうものなら口元にはナプキンが。うっかり食器を落とした次の瞬間には新品の食器が手元にある。

 颯爽と現れるイケメン執事たち。そして、手際よく補助するメイドたち。
 見事な連係プレーで、ミモザの一挙手一投足、全てがカバーされる。

 それはまさにミモザのためだけにあるミモザハーレム。
 なんだったら本来の主であるフィーよりも優遇されているレベルだ。

「「「ミモザお嬢様、なんなりとお申し付けください!!!」」」
「ふ、ふええぇぇ~……なんれえぇ~?」
 どうしてそこまで世話を焼かれてしまっているのか。
 これにはミモザ、困惑せざるを得なかった。

 ※ ※ ※

 大理石の大浴場、パエデロスに住む貴族の誰よりも贅沢をしているであろうそんな湯船で、ミモザは数人のメイドたちに囲まれ、身体中をあますところなく、あたかも陶器を磨き上げるが如く丁寧に洗われていた。

 その様子をほのぼのしい笑顔で見届けるのはダリアだ。

「ミモザお嬢様、今日もしっとりと美しい髪でございますね」
「ああ、ミモザお嬢様。なんとお美しい玉のような肌でしょう」
 メイドたちは口々にミモザに優しい言葉をかける。

「はひゅうぅぅぅ~……」
 のぼせ上がりそうなほど顔を真っ赤にしながらも、ミモザはメイドたちに身体を委ねるしかなかった。

「日頃の疲れをしっっっっかりと落としましょうね」
 やや強めの口調でダリアが言う。何処まで徹底する気なのか。

 ミモザは今日ほど長い一日を味わったことはなかった。そしてまだしばらく、フィーが帰ってくるまでミモザのおもてなしの一日は続くのだった。


次のエピソードへ進む 第53話 王子とメイドと極刑と


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「ふえぇ……? なんれふか、これ?」
 ミモザはポカンと口を開けて唖然としていた。
 というのも、目の前には豪勢な料理、その身には豪華なドレス、ついでに周りには使用人もついて、どんな要望でも直ぐさま叶える体制が整っていた。
 ここはパエデロスでも有数の資産家、令嬢フィーのお屋敷。
 決してミモザのお屋敷ではない。
 ただ、令嬢フィーと最も親しい間柄であるミモザはこれまで何度かこの屋敷を訪れ、それはそれは大層なおもてなしを受けたことはあった。
 それにしたって、この待遇はそれまで以上だ。
「ミモザ様、いえミモザお嬢様。何かございましたらすぐにお申し付けください」
 使用人たちがズラリと並び、ミモザの顔色をうかがう。
 これではまるで、この屋敷の主はミモザだと言わんばかりだ。
 実のところ、本来の屋敷の所有者である令嬢フィーはちょっとした用事で留守にしており、もうしばらくは帰らない予定となっている。
 傍から見たらこれは乗っ取りのようにも思われかねない。
「悪いれすよぉ……こんなにおもてなしなんて」
「いえいえ、お気になさらず。これはフィーお嬢様のご要望ですので」
 使用人の一人がそう答える。
 その回答は半分正解ではあったが、事実はもう少し込み入ってる。
 令嬢フィーは自分が不在の間、親友のミモザの身の回りの世話も見るようにと使用人たちに指示を残していた。
 使用人たちも勿論、ミモザが令嬢フィーにとってどれだけ掛け替えのない親友であるか理解している。
 ミモザに何かあれば令嬢フィーがどれだけ怒り、どれだけ悲しむことか。
 ところが、ついぞ前。ミモザは自分の持つ店の工房で延々と作業に没入しすぎるあまり、危うく心身ともに疲弊して完全にぶっ壊れる寸前まで至っていた。
 下手をしたら命を失う事態にも陥っていたかもしれない間一髪の話だった。
 使用人たちは一様に皆、心臓に鋭く大きな針を突きつけられたかのような心地だっただろう。こんなことはあってはならない。そんな反動で、今こうしてミモザはこれまでにない最上級のおもてなしを受けているということだ。
「まあま、使用人さんたちの言うように気にしなくていいのよ。どうせフィーはしばらく留守なんだから気楽にさ」
 同じテーブルについていたダリアが楽観的な態度で声を掛ける。
 一応、今回の一件の功労者だ。
 作業に没頭した壊れかけの暴走ミモザを、使用人は止めることも説得することもできなかった。そんな折、このダリアが少々荒っぽいやり方ではあったが、どうにかミモザの暴走を食い止めたのだ。
 本当なら屋敷の主である令嬢フィーの言葉に従い、ダリアは歓迎されない招かれざる客人ではあるのだが、ミモザの命の恩人となれば話は別だ。
 ミモザほどではなかったが、ダリアもまたおもてなしを受けていた。
「フィーしゃんに怒られないれしょうか?」
「いいのよいいの。フィーだって使用人たちにあなたの面倒見るようにって言われているんだから。ね?」
「左様でございます。私どもはフィーお嬢様の言伝通り、ミモザお嬢様の身の回りのお世話も致します故」
 そうは言われても、やはりミモザとしては釈然とはしない。
 本人がいないという不安もあるだろうが、いつも以上に贅沢な接待にはさすがのミモザも気が引けてしまう。
「えぇと……じゃあ工房に行ってもいいれふか? ちょっとまだ作りたいものが」
「ダメです」
 ぴしゃりと即答される。
 ミモザの今の一言には、使用人一同、何かにピキッと亀裂が走るような衝撃を受たに違いない。もう脊髄反射的にそう答えていた。
「道具の調整もしないと……」
「「ダメです」」
 やはり使用人は即答。
「そろそろ店を開ける頃なのれ……」
「「「もうしばらくお休みいただいてもよろしいかと」」」
 素晴らしく一致団結。
 右の使用人も左の使用人も後ろの使用人も打ち合わせなしに声を揃え、答える。
 ミモザを工房に向かわせてはいけない。
 それがどんな惨状になるかと使用人たちは理解している。
 そうでなかったとしても、今の工房は荒れ果てており、別の使用人たちが急ピッチで清掃中だ。すぐには使える状況ではない。
 おそらくミモザ自身には記憶はないのだろうが、暴走していたときに手当たり次第に素材やら魔具やらをそこら中に撒き散らかしており、工房も半壊状態。
 とてもではないがそんな場所にミモザを連れていくわけにもいかなかった。
「ミモザちゃん、しばらくは仕事のことを考えるのはやめておきましょう? ほら、フィーがいないと売り上げも落ちちゃうだろうしさ」
「ぇぇー……れもぉ……」
「それにほら、使用人さんたちが用意したご飯も冷めちゃうよ。こんなに腕によりを掛けて作ってくれたんだから残したら悪いって」
 ダリアも一押しする。暴走ミモザと対峙して、実際にその脅威を味わった当人なのだから必死にもなるというもの。
「ぅー……、むぅー……」
 ミモザとしてもあまり納得がいかないようで、小さく唸る。
 とりあえず自分が頑張りすぎて倒れたことは聞かされていたし、その間の記憶もぽっかりと抜け落ちていたからよっぽどだったんだろう、というところまではミモザも自覚できていたが、それでも魔具が作れないことにはうずうずしていた。
「この野菜スープ美味しいよ。甘くてヘルシーだし」
 白々しくもダリアはスープを飲んでみせてよいしょする。ミモザもしぶしぶスープを飲み、とりあえず美味しそうな笑みをこぼす。
 ミモザにこれ以上を無茶をさせて、暴走させてはいけない。
 ミモザの身に何かあろうものなら、誰よりも令嬢フィーが悲しむ。
 ここにいる全ての使用人たちと、ダリアはそれを確信していた。
 心は一つだったといっても過言ではない。
 ミモザには、今だけでも平穏な日々を過ごしてもらいたい。
 そんな同じ思いを抱き、ミモザへのおもてなし祭りが今、ここに開催された。
 手を伸ばそうとするならば皿が目の前に運ばれ、料理を口に運ぼうものなら口元にはナプキンが。うっかり食器を落とした次の瞬間には新品の食器が手元にある。
 颯爽と現れるイケメン執事たち。そして、手際よく補助するメイドたち。
 見事な連係プレーで、ミモザの一挙手一投足、全てがカバーされる。
 それはまさにミモザのためだけにあるミモザハーレム。
 なんだったら本来の主であるフィーよりも優遇されているレベルだ。
「「「ミモザお嬢様、なんなりとお申し付けください!!!」」」
「ふ、ふええぇぇ~……なんれえぇ~?」
 どうしてそこまで世話を焼かれてしまっているのか。
 これにはミモザ、困惑せざるを得なかった。
 ※ ※ ※
 大理石の大浴場、パエデロスに住む貴族の誰よりも贅沢をしているであろうそんな湯船で、ミモザは数人のメイドたちに囲まれ、身体中をあますところなく、あたかも陶器を磨き上げるが如く丁寧に洗われていた。
 その様子をほのぼのしい笑顔で見届けるのはダリアだ。
「ミモザお嬢様、今日もしっとりと美しい髪でございますね」
「ああ、ミモザお嬢様。なんとお美しい玉のような肌でしょう」
 メイドたちは口々にミモザに優しい言葉をかける。
「はひゅうぅぅぅ~……」
 のぼせ上がりそうなほど顔を真っ赤にしながらも、ミモザはメイドたちに身体を委ねるしかなかった。
「日頃の疲れをしっっっっかりと落としましょうね」
 やや強めの口調でダリアが言う。何処まで徹底する気なのか。
 ミモザは今日ほど長い一日を味わったことはなかった。そしてまだしばらく、フィーが帰ってくるまでミモザのおもてなしの一日は続くのだった。