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第四十四話 五行気の秘密

ー/ー



 朝廷の朝は早く、陰陽寮にも次第に人の声が聞こえてくるようになった。普段寮には顔を出さない私と違い、陰陽師たちは一度ここを訪れて今日の任務内容を確認するのである。
 ただし雅章(まさあき)殿の号令があるのか、まだ怪我人として寮内の平癒殿(へいゆでん)に身を置いているが、ここへ来る者は誰一人いない。

 暁と雫の二人はあの後、一旦屋敷へと帰した。雫を寮に置いておくわけにもいかぬし、何より一人きりの華葉(かよう)が心配であったからだ。何事もなければ良いが、後で暁が来たら確認してみるとしよう。

拓磨(たくま)様、その存在は危険ですわ。すぐに停止するよう帝へお申し付けください〟

 雫の言葉が蘇る。
 彼女があんなに拒んでいた外に出てまで、私に聞かせたかった話。

 雫には父上が記した安曇陰陽記の精読を任せていた。言われたとおり彼女が読み進めると、陰陽記の途中から父上が日記を書き残していたのを見つけたのである。その内容は驚くものであり、正しく〝(さきがけ)〟の解禁に関わる重大なことであった。

「さて……どうしたものか」

 途方に暮れながら私は昨日の話を思い返していた。
 それは、父上が陰陽頭(おんみょうのかみ)として全盛の活躍を果たしていた頃――。

◆◆◆


 時を遡ること、およそ十年前。
 拓磨の父・安曇尊(あずみのたける)はある目的のため、帝に謁見を申し込み清涼殿(せいりょうでん)を訪れていた。

「久しいな、尊。其方(そなた)の顔が見られて嬉しいぞ」
「はっ。陛下もお元気そうで何よりでございます」

 御簾越しに見える帝の影に、尊は深々と頭を垂れた。
 今この清涼殿にいるのは、帝と尊の二人のみである。

「して、余に聞きたいことがあるとな?」
「はっ。(かしこ)くも陰陽第一者の位・魁の停止についてでございます」

 尊が陰陽頭に就任する何年も前に、魁の位は停止されていた。だが尊はそれ自体に異論があったわけではなく、あることがきっかけで彼は〝停止されたのか〟という理由を知り得たかったのである。
 そしてこの理由を知るのは唯一帝のみであった。当然帝は「何故(なにゆえ)に知りたいのか」と訳を尋ねた。陰陽頭として尽力する尊を帝は信頼しているが、内密事情を安易に外部の人間に漏らすわけにもいかないだろう。

 尊は改めて姿勢を正した。
 
「私はこのところ、心力(しんりょく)生成についての研究を重ねておりました」

 正にそれは「相生(そうしょう)循環生成」のことである。拓磨が安曇陰陽記を流し読みした際に偶然目に付けた、心力を作り出すための技法だ。五行相生・(もく)()()(ごん)(すい)の順で気を取り込み、質の高い濃い心力を作るのだ。
 普段は皆、五行の中でも自分が感じやすい気を中心に取り入れて心力を作っている。それでも術を発動する上で何ら支障はないため、五行全ての気を取り込むという発想すらないだろう。

 相生循環生成で得た質の高い心力は、少しの量を使うだけで高い成果を生む。
 霊符ならば効力は上がり、陰陽術なら威力が上がった。

「しかしながらこの技法は、底なしの心力を生むのです」

 陰陽師は己が持つ心力量の最大値を、修行によって少しずつ増やしていく。つまり心力を溜める箱の大きさを拡張するのである。よって日常の気の収集だけでは、箱の大きさは変わらず上限に達せればそれ以上は増えることはない。
 だが相生循環生成は心力を作り上限に達しても、循環生成を続ければ上乗せしていってしまう副作用を持っていたのである。ただでさえ常用で使う心力量が減るのに、うっかり通常生成のつもりで循環生成を行えば、すぐに上限超過になってしまう。

「私は研究を進めることに没頭するあまり、己の心力がことに気づくのが遅すぎました。一度増えてしまったものは致し方ありません。今後は相生循環生成は自重せねばなりませぬが……」

 つまりこれが、尊が莫大な心力を持った理由である。
 尊は小さく溜め息を吐くと額を押さえて更に続けた。

「心力は我々陰陽師に不可欠な力の源。強い心力を生み出すこの技法は、必要な者にも勧めるべきと思う反面、副作用への懸念は避けられませぬ。皆に危険なことはさせられますまい」

 何故そんな副作用が生まれるのか、尊は考えた。そして一つの仮説を立てた。
 五行とは世の万物を構成するとされる五つの要素。気を取り込むだけでここまでの力を得るならば、よもや五行気の全てを扱うことは甚大な力を操ることになるのではないか、と。

 だからこそ、五気混合術の使用を許された魁は停止されたのは、と。
 そう思うと真相を確かめられずにはいられなかった。

 尊の話に帝は思わず頭を抱えた。目の前の男の話はあまりに鋭い核心を突いていたのである。しかし魁停止の背景を口にすることは、先代の帝に固く禁じられていた。
 悩む帝に、御簾の向こうから尊の真っ直ぐな瞳が届く。そこには邪な気持ちはなく、ただ純粋に〝五行気〟への飽くなき探究心と、陰陽頭の役目を果たしたいという思いが込められていた。

 帝は一時静かに目を閉じ、決意を固めると再びゆっくり開いた。

「其方の見解のとおりだ。五行気は絶大な力を持っており、故に上皇様(父君)は魁停止のご決断をなされた。それに気づいたのは初代にして最後の魁、安曇環喜(あずみのたまき)である」

 安曇環喜。
 陰陽一族として旗揚げした初代安曇家当主であり、尊の祖父……つまり拓磨の曾祖父に当たる人物である。

 陰陽連が創設されて以降、嘉納家や他の家系の陰陽師たちが粉骨砕身(ふんこつさいしん)の努力で研究を重ね、〝五行思想〟と〝心力〟の構造は生み出された。
 当時はまだ術の制限などもなく、開発された五気混合術も当たり前のように使用されていた。とは言え操るのは至難の業、誰もが使えたわけではない。それに大量の心力を消費するが故、扱える者でも頻用することは難しかった。

 環喜が陰陽師として活動し始めると、まだ経験が浅いにも関わらず、あることに気がついた。五気混合術を使った者――、取り立てて強い力を放つ攻撃系の術を使う者は、必ず体調を崩していたのだ。更にその数日以内には決まって気候が荒れた。

 何か特別な力が蠢いているに違いない。
 そう思った環喜は当時の陰陽頭にそう提言した。陰陽頭は「偶然だ」という言葉にも食い下がらない環喜に渋々観念し、陰陽師十八番の卜占で事の真相を占った。

「そこで陰陽頭は〝五行気は世の万物を構成する重要な気であり、その力を溜めて放出することは天地万物を破滅へ導く〟という結果を得たのだ」

 陰陽師たちは五行の〝気〟の力を借りているに過ぎない。

 五行要素の関係は相生も然り、相剋(そうこく)などの相対によって平穏が保たれている。一気や二気ならばその相対に準じているが、五気となれば全ての相対を乱すことになり調和が大きく崩れるのである。ましてやそれを造作なく放てば崩壊は必至。

 しかしこの結果は古くからの陰陽師たちの研究を否定するものである。そこで陰陽頭は「皆が使うから五行要素の怒りを買っているのだ。ならば一番聡い陰陽師だけが使えば問題なかろう」という結論を下した。
 同胞の競い合いは朝廷に禁じられていたが、陰陽頭が前帝に事の報告と相談を求めると、前帝は必要な争いと判断し〝勝者を陰陽の第一者とし、魁と称す〟と定めた。

 新たな称号の制定に名乗り出た陰陽師たちは、威信をかけて競い合った。だが陰陽頭を含む古参の者たちを押しのけ、勝ち残ったのは環喜であった。彼がこの競争に参加したのは、他の陰陽師たちを五行要素の怒りから守りたかったからである。

「新参者であろうと上皇様(父君)の定め。環喜は魁となり、陰陽師たちは各々が生み出した術をまとめ、その全てを彼に託した。環喜はその術を決して使おうとはしなかったが、体調を崩す者はいなくなり、天変地異も激減したのだ」

 環喜の考えは正しかった。
 自分が魁である以上、誰一人として傷つく者はいないし、都の安泰も守られる。

 そう思った矢先のこと。

「環喜が魁であることの不満に耐えきれなくなった者が、禁令を破って五行気を使い、上皇様(父君)(しゅ)をかけたのだ」

 一人二人ではなかったのであろう。その呪は実に強力であった。

 まず先だって陰陽頭が呪詛(じゅそ)返しに挑んだが、全く歯が立たなかった。それどころか呪は陰陽頭までも巻き込み、その怨念を広げていったのだ。

 環喜は弟子として陰陽指導をしていた息子・助規(たすき)を従え呪に挑んだ。
 安曇助規、後の尊の父である。

「環喜の力を持ってしても通常術では無力だった。最終手段で彼も五気混合術を解放したのだ」

 それはすぐ傍で見ていた助規の目に酷く焼き付いた。

 全心力を解放し、五行気を巧みに操って唱えられた術は、都に蔓延った全ての呪を浄化しつくしたのである。
 だが同時に壮大に五行気を操った反動が身体を蝕み、環喜は大量の吐血をした。それだけに留まらず、天地がひっくり返ったように大地は揺れ、空は荒れ果てた。

<静まれ、万物の神々よ! もう其方らの調和を乱すことはせぬ、約束しよう!>

 ――急々如律令(きゅうきゅうにょりつりょう)陰陽葬忘(おんみょうそうぼう)……ッ!!

 誰も聞いたことのない術だった。
 環喜は最後の力を振り絞り、敢えて再度五行気の力を借り、全ての陰陽師たちから五気混合術の記憶を消し去ったのである。

 それを最後に、環喜は狂ったように喚いた後、助規の腕の中で息を引き取った。

「助規は上皇様(父君)に魁の停止を求めた。もう二度と、誰も父のような目に遭わせぬようにな」

 帝が尊に真相を語り尽くした後、清涼殿には風が二人の間を吹き抜けていった。
 五行のいずれかの要素が、まるで〝哀れ〟と嘆くかのように。


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 朝廷の朝は早く、陰陽寮にも次第に人の声が聞こえてくるようになった。普段寮には顔を出さない私と違い、陰陽師たちは一度ここを訪れて今日の任務内容を確認するのである。
 ただし|雅章《まさあき》殿の号令があるのか、まだ怪我人として寮内の|平癒殿《へいゆでん》に身を置いているが、ここへ来る者は誰一人いない。
 暁と雫の二人はあの後、一旦屋敷へと帰した。雫を寮に置いておくわけにもいかぬし、何より一人きりの|華葉《かよう》が心配であったからだ。何事もなければ良いが、後で暁が来たら確認してみるとしよう。
〝|拓磨《たくま》様、その存在は危険ですわ。すぐに停止するよう帝へお申し付けください〟
 雫の言葉が蘇る。
 彼女があんなに拒んでいた外に出てまで、私に聞かせたかった話。
 雫には父上が記した安曇陰陽記の精読を任せていた。言われたとおり彼女が読み進めると、陰陽記の途中から父上が日記を書き残していたのを見つけたのである。その内容は驚くものであり、正しく〝|魁《さきがけ》〟の解禁に関わる重大なことであった。
「さて……どうしたものか」
 途方に暮れながら私は昨日の話を思い返していた。
 それは、父上が|陰陽頭《おんみょうのかみ》として全盛の活躍を果たしていた頃――。
◆◆◆
 時を遡ること、およそ十年前。
 拓磨の父・|安曇尊《あずみのたける》はある目的のため、帝に謁見を申し込み|清涼殿《せいりょうでん》を訪れていた。
「久しいな、尊。|其方《そなた》の顔が見られて嬉しいぞ」
「はっ。陛下もお元気そうで何よりでございます」
 御簾越しに見える帝の影に、尊は深々と頭を垂れた。
 今この清涼殿にいるのは、帝と尊の二人のみである。
「して、余に聞きたいことがあるとな?」
「はっ。|畏《かしこ》くも陰陽第一者の位・魁の停止についてでございます」
 尊が陰陽頭に就任する何年も前に、魁の位は停止されていた。だが尊はそれ自体に異論があったわけではなく、あることがきっかけで彼は〝《《何故》》停止されたのか〟という理由を知り得たかったのである。
 そしてこの理由を知るのは唯一帝のみであった。当然帝は「|何故《なにゆえ》に知りたいのか」と訳を尋ねた。陰陽頭として尽力する尊を帝は信頼しているが、内密事情を安易に外部の人間に漏らすわけにもいかないだろう。
 尊は改めて姿勢を正した。
「私はこのところ、|心力《しんりょく》生成についての研究を重ねておりました」
 正にそれは「|相生《そうしょう》循環生成」のことである。拓磨が安曇陰陽記を流し読みした際に偶然目に付けた、心力を作り出すための技法だ。五行相生・|木《もく》|火《か》|土《ど》|金《ごん》|水《すい》の順で気を取り込み、質の高い濃い心力を作るのだ。
 普段は皆、五行の中でも自分が感じやすい気を中心に取り入れて心力を作っている。それでも術を発動する上で何ら支障はないため、五行全ての気を取り込むという発想すらないだろう。
 相生循環生成で得た質の高い心力は、少しの量を使うだけで高い成果を生む。
 霊符ならば効力は上がり、陰陽術なら威力が上がった。
「しかしながらこの技法は、底なしの心力を生むのです」
 陰陽師は己が持つ心力量の最大値を、修行によって少しずつ増やしていく。つまり心力を溜める箱の大きさを拡張するのである。よって日常の気の収集だけでは、箱の大きさは変わらず上限に達せればそれ以上は増えることはない。
 だが相生循環生成は心力を作り上限に達しても、循環生成を続ければ上乗せしていってしまう副作用を持っていたのである。ただでさえ常用で使う心力量が減るのに、うっかり通常生成のつもりで循環生成を行えば、すぐに上限超過になってしまう。
「私は研究を進めることに没頭するあまり、己の心力が《《増えすぎている》》ことに気づくのが遅すぎました。一度増えてしまったものは致し方ありません。今後は相生循環生成は自重せねばなりませぬが……」
 つまりこれが、尊が莫大な心力を持った理由である。
 尊は小さく溜め息を吐くと額を押さえて更に続けた。
「心力は我々陰陽師に不可欠な力の源。強い心力を生み出すこの技法は、必要な者にも勧めるべきと思う反面、副作用への懸念は避けられませぬ。皆に危険なことはさせられますまい」
 何故そんな副作用が生まれるのか、尊は考えた。そして一つの仮説を立てた。
 五行とは世の万物を構成するとされる五つの要素。気を取り込むだけでここまでの力を得るならば、よもや五行気の全てを扱うことは甚大な力を操ることになるのではないか、と。
 だからこそ、五気混合術の使用を許された魁は停止されたのは、と。
 そう思うと真相を確かめられずにはいられなかった。
 尊の話に帝は思わず頭を抱えた。目の前の男の話はあまりに鋭い核心を突いていたのである。しかし魁停止の背景を口にすることは、先代の帝に固く禁じられていた。
 悩む帝に、御簾の向こうから尊の真っ直ぐな瞳が届く。そこには邪な気持ちはなく、ただ純粋に〝五行気〟への飽くなき探究心と、陰陽頭の役目を果たしたいという思いが込められていた。
 帝は一時静かに目を閉じ、決意を固めると再びゆっくり開いた。
「其方の見解のとおりだ。五行気は絶大な力を持っており、故に|上皇様《父君》は魁停止のご決断をなされた。それに気づいたのは初代にして最後の魁、|安曇環喜《あずみのたまき》である」
 安曇環喜。
 陰陽一族として旗揚げした初代安曇家当主であり、尊の祖父……つまり拓磨の曾祖父に当たる人物である。
 陰陽連が創設されて以降、嘉納家や他の家系の陰陽師たちが|粉骨砕身《ふんこつさいしん》の努力で研究を重ね、〝五行思想〟と〝心力〟の構造は生み出された。
 当時はまだ術の制限などもなく、開発された五気混合術も当たり前のように使用されていた。とは言え操るのは至難の業、誰もが使えたわけではない。それに大量の心力を消費するが故、扱える者でも頻用することは難しかった。
 環喜が陰陽師として活動し始めると、まだ経験が浅いにも関わらず、あることに気がついた。五気混合術を使った者――、取り立てて強い力を放つ攻撃系の術を使う者は、必ず体調を崩していたのだ。更にその数日以内には決まって気候が荒れた。
 何か特別な力が蠢いているに違いない。
 そう思った環喜は当時の陰陽頭にそう提言した。陰陽頭は「偶然だ」という言葉にも食い下がらない環喜に渋々観念し、陰陽師十八番の卜占で事の真相を占った。
「そこで陰陽頭は〝五行気は世の万物を構成する重要な気であり、その力を溜めて放出することは天地万物を破滅へ導く〟という結果を得たのだ」
 陰陽師たちは五行の〝気〟の力を借りているに過ぎない。
 五行要素の関係は相生も然り、|相剋《そうこく》などの相対によって平穏が保たれている。一気や二気ならばその相対に準じているが、五気となれば全ての相対を乱すことになり調和が大きく崩れるのである。ましてやそれを造作なく放てば崩壊は必至。
 しかしこの結果は古くからの陰陽師たちの研究を否定するものである。そこで陰陽頭は「皆が使うから五行要素の怒りを買っているのだ。ならば一番聡い陰陽師だけが使えば問題なかろう」という結論を下した。
 同胞の競い合いは朝廷に禁じられていたが、陰陽頭が前帝に事の報告と相談を求めると、前帝は必要な争いと判断し〝勝者を陰陽の第一者とし、魁と称す〟と定めた。
 新たな称号の制定に名乗り出た陰陽師たちは、威信をかけて競い合った。だが陰陽頭を含む古参の者たちを押しのけ、勝ち残ったのは環喜であった。彼がこの競争に参加したのは、他の陰陽師たちを五行要素の怒りから守りたかったからである。
「新参者であろうと|上皇様《父君》の定め。環喜は魁となり、陰陽師たちは各々が生み出した術をまとめ、その全てを彼に託した。環喜はその術を決して使おうとはしなかったが、体調を崩す者はいなくなり、天変地異も激減したのだ」
 環喜の考えは正しかった。
 自分が魁である以上、誰一人として傷つく者はいないし、都の安泰も守られる。
 そう思った矢先のこと。
「環喜が魁であることの不満に耐えきれなくなった者が、禁令を破って五行気を使い、|上皇様《父君》に|呪《しゅ》をかけたのだ」
 一人二人ではなかったのであろう。その呪は実に強力であった。
 まず先だって陰陽頭が|呪詛《じゅそ》返しに挑んだが、全く歯が立たなかった。それどころか呪は陰陽頭までも巻き込み、その怨念を広げていったのだ。
 環喜は弟子として陰陽指導をしていた息子・|助規《たすき》を従え呪に挑んだ。
 安曇助規、後の尊の父である。
「環喜の力を持ってしても通常術では無力だった。最終手段で彼も五気混合術を解放したのだ」
 それはすぐ傍で見ていた助規の目に酷く焼き付いた。
 全心力を解放し、五行気を巧みに操って唱えられた術は、都に蔓延った全ての呪を浄化しつくしたのである。
 だが同時に壮大に五行気を操った反動が身体を蝕み、環喜は大量の吐血をした。それだけに留まらず、天地がひっくり返ったように大地は揺れ、空は荒れ果てた。
<静まれ、万物の神々よ! もう其方らの調和を乱すことはせぬ、約束しよう!>
 ――|急々如律令《きゅうきゅうにょりつりょう》、|陰陽葬忘《おんみょうそうぼう》……ッ!!
 誰も聞いたことのない術だった。
 環喜は最後の力を振り絞り、敢えて再度五行気の力を借り、全ての陰陽師たちから五気混合術の記憶を消し去ったのである。
 それを最後に、環喜は狂ったように喚いた後、助規の腕の中で息を引き取った。
「助規は|上皇様《父君》に魁の停止を求めた。もう二度と、誰も父のような目に遭わせぬようにな」
 帝が尊に真相を語り尽くした後、清涼殿には風が二人の間を吹き抜けていった。
 五行のいずれかの要素が、まるで〝哀れ〟と嘆くかのように。