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第4話 :『廃墟の王たち』

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「……消去法完了だな。残る容疑者は一つだ」
 とは言ったものの、俺は毎朝新聞に行くのは気が進まなかった。それというのも、俺があの新聞社をやめた経緯が関係するからだ。



 そもそも俺は「毎朝新聞」の記者だった。社会部のエースなどと呼ばれ、がむしゃらになって働いていた。なぜ俺が新聞社に入ったのかといえば、社内で出世して、中から腐った報道を変えてやるという気概があったからだ。俺は入社前から気付いていた。新聞社の記事の多くが、ある意図を持った「偏向報道」であることを。

 なんとか周りを変えようと、10年間足掻いた。しかし、中間管理職以上の連中は頭がコンクリートのように凝り固まっていた。何かといえばネジ曲がったフェミニズムや、隣国礼賛、防衛力の否定の繰り返し。ただただ理念を振り回し、現実を受け入れることを拒否した。現場の事実よりも、編集局の「ストーリー」を優先し、デマと言えるような内容を平気で報道し続けた。

 だが、終わりは呆気なかった。SNSの普及で、新聞の嘘は瞬く間に暴かれるようになった。購読者数は激減し、若者はテレビすら見なくなった。まともな企業はスポンサーを降り、親会社だった新聞社も致命的な打撃を受けた。

 沈みゆく船から次々と同僚が逃げ出す中で、俺はなんとか踏ん張った。しかし、かつての俺の上司、江東(えとう)は、頑として編集方針を変えなかった。「大衆が愚かなだけだ」と(うそぶ)いた。それに嫌気がさした俺は、辞表を叩きつけ、探偵へと身をやつすことになったわけだ。



 気は進まずとも、俺達は「毎朝新聞」の前についた。以前、本社は東京の一等地に自社ビルを構えていたが、今では一等地とは到底呼べない場所の、雑居ビルの一室に収まっていた。

 狭いながらも応接室に通された俺と理央を出迎えたのは、かつての上司、江東だった。 10年ぶりに見る彼は、すっかり小さくなっていた。

「……AI宰相への工作? 資金援助? ……ハッ、そんな事ができる金があるなら、俺たちはこんな掃き溜めにいねえよ。阿久津、お前はまだ『新聞』に力があると思っていたのか? 買い被りすぎだ。俺たちはもう、ただ社会のゴミだよ」
「は? 10年前ですら、あんたらはゴミだったよ」
「……はっ、言ってくれるな。……だが、こうなってようやく分かったよ。俺達はまったく社会に相手にされてなかったんだったってな」
「……何を今更……」
「……そうなのかもな。なあ、阿久津。もし10年前、お前が言ってたように会社が変わることができていたなら……いや、よそう。無意味な仮定だ」
「ああ、そのとおりだ。あんたらは、とっくの昔にオワコンだったんだよ」

 一連のやり取りを見ていた理央が、気まずそうに割り込んだ。
「あの、すみません。お取り込み中のところ失礼します。AI宰相への工作がないということであれば、仕事の現場を少し見せていただけないでしょうか?」
「……ああ、すまん、すまん。詮無い話でしたな」

 江東のやつ、随分丸くなったもんだと思いつつ、俺たちは江東の後について行った。 ドアの向こうに広がっていたのは、編集局というよりは、うらぶれたネットカフェのような光景だった。

「……今現在の我々の業務は、有料コンテンツ作成者だよ。それもかつて散々バカにしていた、生成AIによる文章作成を行ってだ。というのも、2020年頃から記者へのなり手が激減してね……」

 江東に連れられて見たそこには、「世論操作をする黒幕」の威厳など微塵もなかった。 いるのは数人の疲れた老人――かつての同僚や上司だけ。彼らは生成AIを使って、ネットの無料投稿サイトに扇情的なコタツ記事を量産して、わずかな広告費を稼いで食いつないでいた。 カチャカチャという乾いたタイピング音だけが、墓場のように響いている。

 かつて「第四の権力」と呼ばれた怪物の、これが死に体か。 俺の中でくすぶっていた、古巣への怒りすらも霧散していくようだった。

「……じゃあ、一体誰が……」
 ビルを出た俺の頭の中で、その疑問が巡っていたその時、
 トゥルル…… 電話の通知音が響き渡った。


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「……消去法完了だな。残る容疑者は一つだ」
 とは言ったものの、俺は毎朝新聞に行くのは気が進まなかった。それというのも、俺があの新聞社をやめた経緯が関係するからだ。
 そもそも俺は「毎朝新聞」の記者だった。社会部のエースなどと呼ばれ、がむしゃらになって働いていた。なぜ俺が新聞社に入ったのかといえば、社内で出世して、中から腐った報道を変えてやるという気概があったからだ。俺は入社前から気付いていた。新聞社の記事の多くが、ある意図を持った「偏向報道」であることを。
 なんとか周りを変えようと、10年間足掻いた。しかし、中間管理職以上の連中は頭がコンクリートのように凝り固まっていた。何かといえばネジ曲がったフェミニズムや、隣国礼賛、防衛力の否定の繰り返し。ただただ理念を振り回し、現実を受け入れることを拒否した。現場の事実よりも、編集局の「ストーリー」を優先し、デマと言えるような内容を平気で報道し続けた。
 だが、終わりは呆気なかった。SNSの普及で、新聞の嘘は瞬く間に暴かれるようになった。購読者数は激減し、若者はテレビすら見なくなった。まともな企業はスポンサーを降り、親会社だった新聞社も致命的な打撃を受けた。
 沈みゆく船から次々と同僚が逃げ出す中で、俺はなんとか踏ん張った。しかし、かつての俺の上司、江東《えとう》は、頑として編集方針を変えなかった。「大衆が愚かなだけだ」と嘯《うそぶ》いた。それに嫌気がさした俺は、辞表を叩きつけ、探偵へと身をやつすことになったわけだ。
 気は進まずとも、俺達は「毎朝新聞」の前についた。以前、本社は東京の一等地に自社ビルを構えていたが、今では一等地とは到底呼べない場所の、雑居ビルの一室に収まっていた。
 狭いながらも応接室に通された俺と理央を出迎えたのは、かつての上司、江東だった。 10年ぶりに見る彼は、すっかり小さくなっていた。
「……AI宰相への工作? 資金援助? ……ハッ、そんな事ができる金があるなら、俺たちはこんな掃き溜めにいねえよ。阿久津、お前はまだ『新聞』に力があると思っていたのか? 買い被りすぎだ。俺たちはもう、ただ社会のゴミだよ」
「は? 10年前ですら、あんたらはゴミだったよ」
「……はっ、言ってくれるな。……だが、こうなってようやく分かったよ。俺達はまったく社会に相手にされてなかったんだったってな」
「……何を今更……」
「……そうなのかもな。なあ、阿久津。もし10年前、お前が言ってたように会社が変わることができていたなら……いや、よそう。無意味な仮定だ」
「ああ、そのとおりだ。あんたらは、とっくの昔にオワコンだったんだよ」
 一連のやり取りを見ていた理央が、気まずそうに割り込んだ。
「あの、すみません。お取り込み中のところ失礼します。AI宰相への工作がないということであれば、仕事の現場を少し見せていただけないでしょうか?」
「……ああ、すまん、すまん。詮無い話でしたな」
 江東のやつ、随分丸くなったもんだと思いつつ、俺たちは江東の後について行った。 ドアの向こうに広がっていたのは、編集局というよりは、うらぶれたネットカフェのような光景だった。
「……今現在の我々の業務は、有料コンテンツ作成者だよ。それもかつて散々バカにしていた、生成AIによる文章作成を行ってだ。というのも、2020年頃から記者へのなり手が激減してね……」
 江東に連れられて見たそこには、「世論操作をする黒幕」の威厳など微塵もなかった。 いるのは数人の疲れた老人――かつての同僚や上司だけ。彼らは生成AIを使って、ネットの無料投稿サイトに扇情的なコタツ記事を量産して、わずかな広告費を稼いで食いつないでいた。 カチャカチャという乾いたタイピング音だけが、墓場のように響いている。
 かつて「第四の権力」と呼ばれた怪物の、これが死に体か。 俺の中でくすぶっていた、古巣への怒りすらも霧散していくようだった。
「……じゃあ、一体誰が……」
 ビルを出た俺の頭の中で、その疑問が巡っていたその時、
 トゥルル…… 電話の通知音が響き渡った。