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第3話 :『踊るピエロたち』

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  都心の一等地に構えられた「グリーン・アース・ジャパン」のオフィス前で、理央が足を止めた。
「私はここで待機します。私の顔は、彼らのブラックリストに入っている可能性がありますから」
「公安が環境団体にマークされてるのか? 世も末だな」
「逆です。彼らが過激すぎるので、我々が監視しているんです。……私が同席すると、警戒されて本音を引き出せません」
「それもそうか。じゃあ、俺一人で『突撃取材』と行くか」

 俺はジャケットの襟を正し、オフィスへと足を踏み入れた。中は独特の熱気に包まれていた。「地球を救え」「AIはガイアの代弁者」といった極彩色のポスターが所狭しと貼られ、オーガニックコットンのTシャツを着たスタッフたちが忙しなく電話をかけている。

「ようこそ! 真実の探求者よ!」
 対応に出てきたのは、広報担当の鵜飼(うかい)という男だった。痩せぎすで、目が妙にギラギラしている。俺が「AI宰相のインフラ停止判断について取材したい」と告げると、彼は待ってましたとばかりに両手を広げた。

「素晴らしい決断です! AI宰相はついに、人類のエゴよりも『地球の痛み』を優先したのです!」 「……ほう。地球の痛み、ね」
「そうです! もはや人口の少ない村々は、母なる自然に返すべき聖域なのです。我々はずっと主張してきました。人間は撤退すべきだと! その祈りが、ついにデジタルの神に届いたのです!」

 鵜飼は唾を飛ばしながら熱弁を振るう。
「今回の決定に、あなた方が関与しているという噂がありますが?」
 俺がカマをかけると、鵜飼はキョトンとした顔をした。
「いや、たしかに昔のクマの騒動の時には、電話での抗議活動を行った者もおりますが、それはあくまで相手が人間だったからであって、AI相手では暖簾に腕押しというものではありませんか? せいぜいスパムを送ったところで、フィルターされてしまうでしょうし。だから、我々はただ、オフィスから愛と平和の波動を送っていただけです。具体的なロビー活動など不要。正しい思いは必ず伝播するのですから!」

 ……ダメだ、こいつら。
 会話が成立していない。俺はいくつかの質問を投げかけたが、返ってくるのは「SDGs」「サステナブル」「コズミック・コンシャスネス」といったカビの生えた耳障りのいい単語のパッチワークだけだ。こいつらには、AIのアルゴリズムを解析する知能も、世論を緻密に誘導する胆力もない。 ただ、自分たちの都合の良い結果が出たことに便乗して、お祭り騒ぎをしているだけの「無邪気な子供」だ。

「……よく分かりました。貴重なお話をどうも」
「おや、もう帰られるのですか? まだ『水のリテラシー』について語り足りないのですが!」
「いや、十分です。お腹いっぱいです」

 俺は逃げるようにオフィスを出た。通りで待っていた理央が、俺の疲弊した顔を見て小さく頷く。 「……徒労でしたか?」
「ああ。シロだ。いや、『限りなく黒に近い白』だろう。思考回路は危険極まりないが、高度な情報工作を仕掛ける能力はねえ」
 俺はタバコを取り出し、深く吸い込んだ。 「あいつらは黒幕じゃねえ。黒幕が流した音楽に合わせて、何も考えずに踊っているだけのピエロだ」

「同感です」 理央はタブレットを閉じた。
「今永管理官もそう言っていました。『奴らはただの拡声器(スピーカー)だ。マイクを握っている奴は別にいる』と」

 俺は紫煙を吐き出し、次の目的地――かつての古巣がある方角を睨みつけた。
「……消去法完了だな。残る容疑者は一つだ」
「はい。行きましょう、阿久津さん。……本丸へ」


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  都心の一等地に構えられた「グリーン・アース・ジャパン」のオフィス前で、理央が足を止めた。
「私はここで待機します。私の顔は、彼らのブラックリストに入っている可能性がありますから」
「公安が環境団体にマークされてるのか? 世も末だな」
「逆です。彼らが過激すぎるので、我々が監視しているんです。……私が同席すると、警戒されて本音を引き出せません」
「それもそうか。じゃあ、俺一人で『突撃取材』と行くか」
 俺はジャケットの襟を正し、オフィスへと足を踏み入れた。中は独特の熱気に包まれていた。「地球を救え」「AIはガイアの代弁者」といった極彩色のポスターが所狭しと貼られ、オーガニックコットンのTシャツを着たスタッフたちが忙しなく電話をかけている。
「ようこそ! 真実の探求者よ!」
 対応に出てきたのは、広報担当の鵜飼《うかい》という男だった。痩せぎすで、目が妙にギラギラしている。俺が「AI宰相のインフラ停止判断について取材したい」と告げると、彼は待ってましたとばかりに両手を広げた。
「素晴らしい決断です! AI宰相はついに、人類のエゴよりも『地球の痛み』を優先したのです!」 「……ほう。地球の痛み、ね」
「そうです! もはや人口の少ない村々は、母なる自然に返すべき聖域なのです。我々はずっと主張してきました。人間は撤退すべきだと! その祈りが、ついにデジタルの神に届いたのです!」
 鵜飼は唾を飛ばしながら熱弁を振るう。
「今回の決定に、あなた方が関与しているという噂がありますが?」
 俺がカマをかけると、鵜飼はキョトンとした顔をした。
「いや、たしかに昔のクマの騒動の時には、電話での抗議活動を行った者もおりますが、それはあくまで相手が人間だったからであって、AI相手では暖簾に腕押しというものではありませんか? せいぜいスパムを送ったところで、フィルターされてしまうでしょうし。だから、我々はただ、オフィスから愛と平和の波動を送っていただけです。具体的なロビー活動など不要。正しい思いは必ず伝播するのですから!」
 ……ダメだ、こいつら。
 会話が成立していない。俺はいくつかの質問を投げかけたが、返ってくるのは「SDGs」「サステナブル」「コズミック・コンシャスネス」といったカビの生えた耳障りのいい単語のパッチワークだけだ。こいつらには、AIのアルゴリズムを解析する知能も、世論を緻密に誘導する胆力もない。 ただ、自分たちの都合の良い結果が出たことに便乗して、お祭り騒ぎをしているだけの「無邪気な子供」だ。
「……よく分かりました。貴重なお話をどうも」
「おや、もう帰られるのですか? まだ『水のリテラシー』について語り足りないのですが!」
「いや、十分です。お腹いっぱいです」
 俺は逃げるようにオフィスを出た。通りで待っていた理央が、俺の疲弊した顔を見て小さく頷く。 「……徒労でしたか?」
「ああ。シロだ。いや、『限りなく黒に近い白』だろう。思考回路は危険極まりないが、高度な情報工作を仕掛ける能力はねえ」
 俺はタバコを取り出し、深く吸い込んだ。 「あいつらは黒幕じゃねえ。黒幕が流した音楽に合わせて、何も考えずに踊っているだけのピエロだ」
「同感です」 理央はタブレットを閉じた。
「今永管理官もそう言っていました。『奴らはただの拡声器《スピーカー》だ。マイクを握っている奴は別にいる』と」
 俺は紫煙を吐き出し、次の目的地――かつての古巣がある方角を睨みつけた。
「……消去法完了だな。残る容疑者は一つだ」
「はい。行きましょう、阿久津さん。……本丸へ」