第2話 :『聖域の容疑者たち』
ー/ー「……以上が、システム管理会社『ネクサス・フューチャー』へのヒアリング結果です」
橘理央は、挨拶もそこそこに、持参したタブレットを俺のデスクに叩きつけ、早口でまくし立てた。おいおい、客にお茶の一杯も出す隙がありゃしない。
「結論から言えば、今のところAIのアルゴリズムに改ざんの痕跡は見当たりません。ネクサス側も『外部からの攻撃』には神経を尖らせており、現在、学習データに作為的なノイズが混入していないか、総出で再精査中とのことです。結果が出次第、私と今永管理官にレポートが送られる手はずになっています」
俺はインスタントコーヒーをすする。
「つまり、技術屋はシロか、あるいは無能で気づいてないか、どっちかってことだな」
「現状では『シロ』の可能性が高いです。彼らにとってAI宰相は飯のタネです。自ら傷をつける動機がありません」
「ま、それもそうだな」
理央はタブレットの画面を切り替えた。画面には、AI宰相の思考プロセスを図式化したフローチャートが映し出されている。
「そもそも、AI宰相は独断で政策を決めているわけではありません。情報のソースとして、マイナンバー保有者から無作為に選ばれた1000人の『市民モニター』の意見やアンケートを最重要視し、政策の方向性を決定しています」
「1000人の市民、ねえ……」
「はい。統計学的に十分なサンプル数です。AIはこの1000人の声を『民意の縮図』として学習し、結論を出力します。……今回の秩父のインフラ停止命令も、このモニターの85%が『賛成』した結果です」
俺は鼻を鳴らした。
「85%か。隣国ならともかく、民主主義の国のアンケート結果とは思えない数値だな。念のために聞くが、市民モニターの“無作為”ってのは間違いないんだろうな?」
「はい。それも含めて精査しているところです」
俺は少し考えた。正直コンピューターだのシステムってのは苦手だ。
「……で? 技術的なハッキングがないなら、疑うべきは『その先』、つまり何らかの思想を誘導する団体の関与は?」
理央の表情が、一瞬だけ曇った。能面のような彼女が初めて見せた、悔しさのような感情。
「……おっしゃる通りです。我々公安も、システムへの直接攻撃ではなく、その『1000人の市民』の思考を誘導している外部組織の存在を疑いました。怪しい組織をいくつか洗い出し、内偵を進めていたんです」
「いたんです、ってことは、過去形か?」
理央は唇を噛み、視線を落とした。
「……『待った』がかかりました」
「誰からだ?」
「上からです。これ以上の捜査は『民間の正当な思想・言論活動への弾圧になりかねない』と」
「ハッ! 言論の自由ってやつか。便利な言葉だ」
俺はタバコに火をつけ、紫煙を吐き出す。
「で、お前らが目をつけたが、手を出せなかった『聖域』ってのはどこだ?」
理央は顔を上げ、二つの組織名を告げた。
「一つは、過激な環境保護団体『グリーン・アース』。……そしてもう一つは」
理央は俺の目を真っ直ぐに見た。
「あなたの古巣、『毎朝新聞社』です」
俺は、吸い込んだ煙を肺の奥で転がし、ゆっくりと吐き出した。やっぱりな。あの独特の「一見、正しそうでいて、単なる一方的な決めつけの文体」。AIの出力結果から漂う腐臭は、あのオフィスの匂いだ。
「なるほどな。警察権力が介入すれば『言論弾圧だ!』と騒ぎ立てて、政権ごとひっくり返せる相手だ。公安としちゃあ、うかつに手は出せねえ」
「……はい。だからこそ、『民間人』であるあなたの協力が必要なんです。元記者であり、内部の事情に精通しているあなたなら……」
「……『不法侵入』だろうが『盗聴』だろうが、警察の関知しないところで勝手にやれる、ってか?」
俺の皮肉に、理央は肯定も否定もしなかった。ただ、その瞳には「真実を暴きたい」という、青臭い熱が宿っていた。
俺は灰皿にタバコを押し付け、立ち上がった。 「いいだろう。俺も、あの薄汚い古巣には、まだ返し足りない借金があるんでな」
俺はジャケットを羽織る。 「行くぞ、新人。まずはその『グリーン・アース』とやらを洗う。本命はデザートにとっておくぞ」
橘理央は、挨拶もそこそこに、持参したタブレットを俺のデスクに叩きつけ、早口でまくし立てた。おいおい、客にお茶の一杯も出す隙がありゃしない。
「結論から言えば、今のところAIのアルゴリズムに改ざんの痕跡は見当たりません。ネクサス側も『外部からの攻撃』には神経を尖らせており、現在、学習データに作為的なノイズが混入していないか、総出で再精査中とのことです。結果が出次第、私と今永管理官にレポートが送られる手はずになっています」
俺はインスタントコーヒーをすする。
「つまり、技術屋はシロか、あるいは無能で気づいてないか、どっちかってことだな」
「現状では『シロ』の可能性が高いです。彼らにとってAI宰相は飯のタネです。自ら傷をつける動機がありません」
「ま、それもそうだな」
理央はタブレットの画面を切り替えた。画面には、AI宰相の思考プロセスを図式化したフローチャートが映し出されている。
「そもそも、AI宰相は独断で政策を決めているわけではありません。情報のソースとして、マイナンバー保有者から無作為に選ばれた1000人の『市民モニター』の意見やアンケートを最重要視し、政策の方向性を決定しています」
「1000人の市民、ねえ……」
「はい。統計学的に十分なサンプル数です。AIはこの1000人の声を『民意の縮図』として学習し、結論を出力します。……今回の秩父のインフラ停止命令も、このモニターの85%が『賛成』した結果です」
俺は鼻を鳴らした。
「85%か。隣国ならともかく、民主主義の国のアンケート結果とは思えない数値だな。念のために聞くが、市民モニターの“無作為”ってのは間違いないんだろうな?」
「はい。それも含めて精査しているところです」
俺は少し考えた。正直コンピューターだのシステムってのは苦手だ。
「……で? 技術的なハッキングがないなら、疑うべきは『その先』、つまり何らかの思想を誘導する団体の関与は?」
理央の表情が、一瞬だけ曇った。能面のような彼女が初めて見せた、悔しさのような感情。
「……おっしゃる通りです。我々公安も、システムへの直接攻撃ではなく、その『1000人の市民』の思考を誘導している外部組織の存在を疑いました。怪しい組織をいくつか洗い出し、内偵を進めていたんです」
「いたんです、ってことは、過去形か?」
理央は唇を噛み、視線を落とした。
「……『待った』がかかりました」
「誰からだ?」
「上からです。これ以上の捜査は『民間の正当な思想・言論活動への弾圧になりかねない』と」
「ハッ! 言論の自由ってやつか。便利な言葉だ」
俺はタバコに火をつけ、紫煙を吐き出す。
「で、お前らが目をつけたが、手を出せなかった『聖域』ってのはどこだ?」
理央は顔を上げ、二つの組織名を告げた。
「一つは、過激な環境保護団体『グリーン・アース』。……そしてもう一つは」
理央は俺の目を真っ直ぐに見た。
「あなたの古巣、『毎朝新聞社』です」
俺は、吸い込んだ煙を肺の奥で転がし、ゆっくりと吐き出した。やっぱりな。あの独特の「一見、正しそうでいて、単なる一方的な決めつけの文体」。AIの出力結果から漂う腐臭は、あのオフィスの匂いだ。
「なるほどな。警察権力が介入すれば『言論弾圧だ!』と騒ぎ立てて、政権ごとひっくり返せる相手だ。公安としちゃあ、うかつに手は出せねえ」
「……はい。だからこそ、『民間人』であるあなたの協力が必要なんです。元記者であり、内部の事情に精通しているあなたなら……」
「……『不法侵入』だろうが『盗聴』だろうが、警察の関知しないところで勝手にやれる、ってか?」
俺の皮肉に、理央は肯定も否定もしなかった。ただ、その瞳には「真実を暴きたい」という、青臭い熱が宿っていた。
俺は灰皿にタバコを押し付け、立ち上がった。 「いいだろう。俺も、あの薄汚い古巣には、まだ返し足りない借金があるんでな」
俺はジャケットを羽織る。 「行くぞ、新人。まずはその『グリーン・アース』とやらを洗う。本命はデザートにとっておくぞ」
みんなのリアクション
まだリアクションはありません。最初の一歩を踏み出しましょう!
「……以上が、システム管理会社『ネクサス・フューチャー』へのヒアリング結果です」
橘理央は、挨拶もそこそこに、持参したタブレットを俺のデスクに叩きつけ、早口でまくし立てた。おいおい、客にお茶の一杯も出す隙がありゃしない。
「結論から言えば、今のところAIのアルゴリズムに改ざんの痕跡は見当たりません。ネクサス側も『外部からの攻撃』には神経を尖らせており、現在、学習データに作為的なノイズが混入していないか、総出で再精査中とのことです。結果が出次第、私と今永管理官にレポートが送られる手はずになっています」
俺はインスタントコーヒーをすする。
「つまり、技術屋《ネクサス》はシロか、あるいは無能で気づいてないか、どっちかってことだな」
「現状では『シロ』の可能性が高いです。彼らにとってAI宰相は飯のタネです。自ら傷をつける動機がありません」
「ま、それもそうだな」
「つまり、技術屋《ネクサス》はシロか、あるいは無能で気づいてないか、どっちかってことだな」
「現状では『シロ』の可能性が高いです。彼らにとってAI宰相は飯のタネです。自ら傷をつける動機がありません」
「ま、それもそうだな」
理央はタブレットの画面を切り替えた。画面には、AI宰相の思考プロセスを図式化したフローチャートが映し出されている。
「そもそも、AI宰相は独断で政策を決めているわけではありません。情報のソースとして、マイナンバー保有者から無作為に選ばれた1000人の『市民モニター』の意見やアンケートを最重要視し、政策の方向性を決定しています」
「1000人の市民、ねえ……」
「はい。統計学的に十分なサンプル数です。AIはこの1000人の声を『民意の縮図』として学習し、結論を出力します。……今回の秩父のインフラ停止命令も、このモニターの85%が『賛成』した結果です」
「1000人の市民、ねえ……」
「はい。統計学的に十分なサンプル数です。AIはこの1000人の声を『民意の縮図』として学習し、結論を出力します。……今回の秩父のインフラ停止命令も、このモニターの85%が『賛成』した結果です」
俺は鼻を鳴らした。
「85%か。隣国ならともかく、民主主義の国のアンケート結果とは思えない数値だな。念のために聞くが、市民モニターの“無作為”ってのは間違いないんだろうな?」
「はい。それも含めて精査しているところです」
「85%か。隣国ならともかく、民主主義の国のアンケート結果とは思えない数値だな。念のために聞くが、市民モニターの“無作為”ってのは間違いないんだろうな?」
「はい。それも含めて精査しているところです」
俺は少し考えた。正直コンピューターだのシステムってのは苦手だ。
「……で? 技術的なハッキングがないなら、疑うべきは『その先』、つまり何らかの思想を誘導する団体の関与は?」
「……で? 技術的なハッキングがないなら、疑うべきは『その先』、つまり何らかの思想を誘導する団体の関与は?」
理央の表情が、一瞬だけ曇った。能面のような彼女が初めて見せた、悔しさのような感情。
「……おっしゃる通りです。我々公安も、システムへの直接攻撃ではなく、その『1000人の市民』の思考を誘導している外部組織の存在を疑いました。怪しい組織をいくつか洗い出し、内偵を進めていたんです」
「いたんです、ってことは、過去形か?」
「いたんです、ってことは、過去形か?」
理央は唇を噛み、視線を落とした。
「……『待った』がかかりました」
「誰からだ?」
「上からです。これ以上の捜査は『民間の正当な思想・言論活動への弾圧になりかねない』と」
「ハッ! 言論の自由ってやつか。便利な言葉だ」
「……『待った』がかかりました」
「誰からだ?」
「上からです。これ以上の捜査は『民間の正当な思想・言論活動への弾圧になりかねない』と」
「ハッ! 言論の自由ってやつか。便利な言葉だ」
俺はタバコに火をつけ、紫煙を吐き出す。
「で、お前らが目をつけたが、手を出せなかった『聖域』ってのはどこだ?」
「で、お前らが目をつけたが、手を出せなかった『聖域』ってのはどこだ?」
理央は顔を上げ、二つの組織名を告げた。
「一つは、過激な環境保護団体『グリーン・アース』。……そしてもう一つは」
理央は俺の目を真っ直ぐに見た。
「一つは、過激な環境保護団体『グリーン・アース』。……そしてもう一つは」
理央は俺の目を真っ直ぐに見た。
「あなたの古巣、『毎朝新聞社』です」
俺は、吸い込んだ煙を肺の奥で転がし、ゆっくりと吐き出した。やっぱりな。あの独特の「一見、正しそうでいて、単なる一方的な決めつけの文体」。AIの出力結果から漂う腐臭は、あのオフィスの匂いだ。
「なるほどな。警察権力が介入すれば『言論弾圧だ!』と騒ぎ立てて、政権ごとひっくり返せる相手だ。公安としちゃあ、うかつに手は出せねえ」
「……はい。だからこそ、『民間人』であるあなたの協力が必要なんです。元記者であり、内部の事情に精通しているあなたなら……」
「……『不法侵入』だろうが『盗聴』だろうが、警察の関知しないところで勝手にやれる、ってか?」
「……はい。だからこそ、『民間人』であるあなたの協力が必要なんです。元記者であり、内部の事情に精通しているあなたなら……」
「……『不法侵入』だろうが『盗聴』だろうが、警察の関知しないところで勝手にやれる、ってか?」
俺の皮肉に、理央は肯定も否定もしなかった。ただ、その瞳には「真実を暴きたい」という、青臭い熱が宿っていた。
俺は灰皿にタバコを押し付け、立ち上がった。 「いいだろう。俺も、あの薄汚い古巣には、まだ返し足りない借金があるんでな」
俺はジャケットを羽織る。 「行くぞ、新人。まずはその『グリーン・アース』とやらを洗う。本命はデザートにとっておくぞ」
俺はジャケットを羽織る。 「行くぞ、新人。まずはその『グリーン・アース』とやらを洗う。本命はデザートにとっておくぞ」