第1話:『AI宰相と、最後の探偵』
ー/ーその日、Jahoo!ニュースのトップに「日本列島、再起動」の文字が踊った。
『「分散から集約へ」 地方インフラ維持コスト、年間4兆円削減』 『指定区域住民へ「スマート居住区」無償提供 ―― “強制”ではなく“招待”』
地方町村におけるインフラ維持コストの増大は、少子高齢化と共に深刻な社会問題となり、連日紙面を賑わせていた。そこへAI宰相が大鉈を振るったと、ネットでは概ね歓迎の声が上がっていた。
◆
安っぽいインスタントコーヒーの湯気の向こうで、モニターの中のAI宰相が、相変わらず能面のような笑顔で「未来」を語っている。
『日本列島、再起動』 『地方インフラの“撤退”こそが、次世代への最大の投資である』
「『日本列島、再起動』ねぇ……」 記者だった頃の勘が働いたのか、俺にはどうにもこの記事がひっかかった。
経済関係の大手サイト「エグゼクティブ・オンライン」を見ても、「『“負の遺産”ついに精算』 限界集落のインフラ維持、AIが「停止」の最適解」、「『撤退戦』こそ最大の投資 ―― 建設・不動産株、軒並みストップ高」など、理屈としては正しい言葉が並んでいた。
しかし、俺には何かがひっかかり、もう一度俺の勤める「毎朝新聞」のサイトを隅々まで読み込み、解説欄に目を通した際に次の文章を見つけた。
『※指定区域(通称:返還区)の水道・電気供給は、半年後のXデーをもって「段階的停止」』
「うん……? 待てよ。これは……そこに住んでいる人たちはどうなるんだ? 電気はソーラー発電と電池があればなんとかなるかもしれんが……いやいや年寄りがそんなこと自分からやるか? 完全な追い出しじゃないか!」
俺、阿久津徹は、吸いかけのタバコを灰皿に押し付けた。反吐が出る。内容にではない。その「語り口」にだ。「撤退」を「投資」と言い換え、「切り捨て」を「再起動」と装飾する。この独特の欺瞞に満ちたレトリック。……嫌というほど見覚えがある。俺がかつて10年を捧げ、そして絶望して捨てた古巣――「毎朝新聞」の社説そのままだ。
ブルルッ。
デスクの上のスマホが震えた。画面には『今永(公安)』の文字。俺は眉をひそめつつ、通話ボタンを押した。
「……珍しいな。天下の公安様が、うらぶれた探偵に何の用だ?」
『ニュース、見てるか?』 今永の声は、相変わらず鉄板のように硬く、そして疲れていた。
「ああ。AI宰相の御高説を拝聴していたところだ。……どう思うって聞きたいのか?」
『察しが良くて助かる』
「どうもこうもねえ。きな臭えよ。綺麗な言葉で飾り立てちゃいるが、ありゃあ『死刑宣告』だ。裏でとんでもねえことが起きてる予感がする」
電話の向こうで、今永が短く息を吐いたのが分かった。
『……ああ、俺達もそう睨んでいる。だがあのAIは今や「神」だ。上層部は世論を恐れて、正規の捜査許可を出そうとしない』
「腰抜けが。で、俺に愚痴をこぼして終わりか?」
『まさか。……動けない俺たちの代わりに、手が空いている「外部の人間」が必要なんだよ』
嫌な予感がして、俺は身構える。
「おい、待て」
『ちょうど、使えそうな新人がいてな。扱いに困っていたところだ。「研修」という名目でそっちにやったから、よろしく頼む』 「はあ? 何だって? 俺は子守なんざ……」
ピンポーン。
タイミングよく、事務所のドアベルが鳴り響いた。
『もう着いたみたいだな。……頼んだぞ、阿久津』
一方的に通話が切れる。俺は舌打ちをし、乱暴にドアを開けた。
そこに立っていたのは、場違いにパリッとしたリクルートスーツの若い女だった。手にはタブレット。冷ややかな視線。女は警察手帳を提示することもなく、無愛想に言った。
「公安から来ました。橘理央です。……あなたが阿久津さんですね?」
『「分散から集約へ」 地方インフラ維持コスト、年間4兆円削減』 『指定区域住民へ「スマート居住区」無償提供 ―― “強制”ではなく“招待”』
地方町村におけるインフラ維持コストの増大は、少子高齢化と共に深刻な社会問題となり、連日紙面を賑わせていた。そこへAI宰相が大鉈を振るったと、ネットでは概ね歓迎の声が上がっていた。
◆
安っぽいインスタントコーヒーの湯気の向こうで、モニターの中のAI宰相が、相変わらず能面のような笑顔で「未来」を語っている。
『日本列島、再起動』 『地方インフラの“撤退”こそが、次世代への最大の投資である』
「『日本列島、再起動』ねぇ……」 記者だった頃の勘が働いたのか、俺にはどうにもこの記事がひっかかった。
経済関係の大手サイト「エグゼクティブ・オンライン」を見ても、「『“負の遺産”ついに精算』 限界集落のインフラ維持、AIが「停止」の最適解」、「『撤退戦』こそ最大の投資 ―― 建設・不動産株、軒並みストップ高」など、理屈としては正しい言葉が並んでいた。
しかし、俺には何かがひっかかり、もう一度俺の勤める「毎朝新聞」のサイトを隅々まで読み込み、解説欄に目を通した際に次の文章を見つけた。
『※指定区域(通称:返還区)の水道・電気供給は、半年後のXデーをもって「段階的停止」』
「うん……? 待てよ。これは……そこに住んでいる人たちはどうなるんだ? 電気はソーラー発電と電池があればなんとかなるかもしれんが……いやいや年寄りがそんなこと自分からやるか? 完全な追い出しじゃないか!」
俺、阿久津徹は、吸いかけのタバコを灰皿に押し付けた。反吐が出る。内容にではない。その「語り口」にだ。「撤退」を「投資」と言い換え、「切り捨て」を「再起動」と装飾する。この独特の欺瞞に満ちたレトリック。……嫌というほど見覚えがある。俺がかつて10年を捧げ、そして絶望して捨てた古巣――「毎朝新聞」の社説そのままだ。
ブルルッ。
デスクの上のスマホが震えた。画面には『今永(公安)』の文字。俺は眉をひそめつつ、通話ボタンを押した。
「……珍しいな。天下の公安様が、うらぶれた探偵に何の用だ?」
『ニュース、見てるか?』 今永の声は、相変わらず鉄板のように硬く、そして疲れていた。
「ああ。AI宰相の御高説を拝聴していたところだ。……どう思うって聞きたいのか?」
『察しが良くて助かる』
「どうもこうもねえ。きな臭えよ。綺麗な言葉で飾り立てちゃいるが、ありゃあ『死刑宣告』だ。裏でとんでもねえことが起きてる予感がする」
電話の向こうで、今永が短く息を吐いたのが分かった。
『……ああ、俺達もそう睨んでいる。だがあのAIは今や「神」だ。上層部は世論を恐れて、正規の捜査許可を出そうとしない』
「腰抜けが。で、俺に愚痴をこぼして終わりか?」
『まさか。……動けない俺たちの代わりに、手が空いている「外部の人間」が必要なんだよ』
嫌な予感がして、俺は身構える。
「おい、待て」
『ちょうど、使えそうな新人がいてな。扱いに困っていたところだ。「研修」という名目でそっちにやったから、よろしく頼む』 「はあ? 何だって? 俺は子守なんざ……」
ピンポーン。
タイミングよく、事務所のドアベルが鳴り響いた。
『もう着いたみたいだな。……頼んだぞ、阿久津』
一方的に通話が切れる。俺は舌打ちをし、乱暴にドアを開けた。
そこに立っていたのは、場違いにパリッとしたリクルートスーツの若い女だった。手にはタブレット。冷ややかな視線。女は警察手帳を提示することもなく、無愛想に言った。
「公安から来ました。橘理央です。……あなたが阿久津さんですね?」
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その日、Jahoo!ニュースのトップに「日本列島、再起動」の文字が踊った。
『「分散から集約へ」 地方インフラ維持コスト、年間4兆円削減』 『指定区域住民へ「スマート居住区」無償提供 ―― “強制”ではなく“招待”』
地方町村におけるインフラ維持コストの増大は、少子高齢化と共に深刻な社会問題となり、連日紙面を賑わせていた。そこへAI宰相が大鉈を振るったと、ネットでは概ね歓迎の声が上がっていた。
◆
安っぽいインスタントコーヒーの湯気の向こうで、モニターの中のAI宰相が、相変わらず能面のような笑顔で「未来」を語っている。
『日本列島、再起動《アップデート》』 『地方インフラの“撤退”こそが、次世代への最大の投資である』
「『日本列島、再起動』ねぇ……」 記者だった頃の勘が働いたのか、俺にはどうにもこの記事がひっかかった。
経済関係の大手サイト「エグゼクティブ・オンライン」を見ても、「『“負の遺産”ついに精算』 限界集落のインフラ維持、AIが「停止」の最適解」、「『撤退戦』こそ最大の投資 ―― 建設・不動産株、軒並みストップ高」など、理屈としては正しい言葉が並んでいた。
しかし、俺には何かがひっかかり、もう一度俺の勤める「毎朝新聞」のサイトを隅々まで読み込み、解説欄に目を通した際に次の文章を見つけた。
『※指定区域(通称:返還区)の水道・電気供給は、半年後のXデーをもって「段階的停止」』
「うん……? 待てよ。これは……そこに住んでいる人たちはどうなるんだ? 電気はソーラー発電と電池があればなんとかなるかもしれんが……いやいや年寄りがそんなこと自分からやるか? 完全な追い出しじゃないか!」
俺、阿久津徹は、吸いかけのタバコを灰皿に押し付けた。反吐が出る。内容にではない。その「語り口」にだ。「撤退」を「投資」と言い換え、「切り捨て」を「再起動」と装飾する。この独特の欺瞞に満ちたレトリック。……嫌というほど見覚えがある。俺がかつて10年を捧げ、そして絶望して捨てた古巣――「毎朝新聞」の社説そのままだ。
ブルルッ。
デスクの上のスマホが震えた。画面には『今永(公安)』の文字。俺は眉をひそめつつ、通話ボタンを押した。
「……珍しいな。天下の公安様が、うらぶれた探偵に何の用だ?」
『ニュース、見てるか?』 今永の声は、相変わらず鉄板のように硬く、そして疲れていた。
「ああ。AI宰相の御高説を拝聴していたところだ。……どう思うって聞きたいのか?」
『察しが良くて助かる』
「どうもこうもねえ。きな臭えよ。綺麗な言葉で飾り立てちゃいるが、ありゃあ『死刑宣告』だ。裏でとんでもねえことが起きてる予感がする」
デスクの上のスマホが震えた。画面には『今永(公安)』の文字。俺は眉をひそめつつ、通話ボタンを押した。
「……珍しいな。天下の公安様が、うらぶれた探偵に何の用だ?」
『ニュース、見てるか?』 今永の声は、相変わらず鉄板のように硬く、そして疲れていた。
「ああ。AI宰相の御高説を拝聴していたところだ。……どう思うって聞きたいのか?」
『察しが良くて助かる』
「どうもこうもねえ。きな臭えよ。綺麗な言葉で飾り立てちゃいるが、ありゃあ『死刑宣告』だ。裏でとんでもねえことが起きてる予感がする」
電話の向こうで、今永が短く息を吐いたのが分かった。
『……ああ、俺達もそう睨んでいる。だがあのAIは今や「神」だ。上層部は世論を恐れて、正規の捜査許可を出そうとしない』
「腰抜けが。で、俺に愚痴をこぼして終わりか?」
『まさか。……動けない俺たちの代わりに、手が空いている「外部の人間」が必要なんだよ』
『……ああ、俺達もそう睨んでいる。だがあのAIは今や「神」だ。上層部は世論を恐れて、正規の捜査許可を出そうとしない』
「腰抜けが。で、俺に愚痴をこぼして終わりか?」
『まさか。……動けない俺たちの代わりに、手が空いている「外部の人間」が必要なんだよ』
嫌な予感がして、俺は身構える。
「おい、待て」
『ちょうど、使えそうな新人がいてな。扱いに困っていたところだ。「研修」という名目でそっちにやったから、よろしく頼む』 「はあ? 何だって? 俺は子守なんざ……」
「おい、待て」
『ちょうど、使えそうな新人がいてな。扱いに困っていたところだ。「研修」という名目でそっちにやったから、よろしく頼む』 「はあ? 何だって? 俺は子守なんざ……」
ピンポーン。
タイミングよく、事務所のドアベルが鳴り響いた。
『もう着いたみたいだな。……頼んだぞ、阿久津』
一方的に通話が切れる。俺は舌打ちをし、乱暴にドアを開けた。
タイミングよく、事務所のドアベルが鳴り響いた。
『もう着いたみたいだな。……頼んだぞ、阿久津』
一方的に通話が切れる。俺は舌打ちをし、乱暴にドアを開けた。
そこに立っていたのは、場違いにパリッとしたリクルートスーツの若い女だった。手にはタブレット。冷ややかな視線。女は警察手帳を提示することもなく、無愛想に言った。
「公安から来ました。橘理央です。……あなたが阿久津さんですね?」