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灯台と秘密とコーヒー

ー/ー



 私たちの住む村の外れには古びた灯台がある。小さくて微かに光を零すだけの灯台だ。まだ使われているようにはとても見えないだろう。お隣のノエルさんが管理していたけれど、そのノエルさんもこの前亡くなった。
 私たちの住む村は大きな大陸の東端……のそのまた東に浮かぶ小さな島にある。真ん中に山があってそれを囲むように海辺に家が並んでる、漁業が盛んな小さな島だ。
 島の人たちはみんな知り合いで仲が良かった。ま、それも、つい先日までの話だけれど。
 私は今、灯台の上にいる。
 のぼれる灯台なのだ。元は真っ白だったけれどいつしか焦げ茶色になってしまった外壁。入口をくぐると木の螺旋階段がある。木の螺旋階段を登ると――展望台に出る。
 展望台は良い。1番好きだ。海の風を感じながら景色を楽しめる。星空を眺めるのも良いけれど1番は村のみんなの生活を一望出来ることだ。それも、もう今は出来ないのだけれど。
 私の人生ももう終わりなのだろうけれど、不思議と悪い気分じゃない。ただ、夜風に当たっていると母が好きだったコーヒーが飲みたくなってくる。出来ることなら温かいコーヒーカップで冷えた私の手のひらを温めながら誰かと話すことが出来たなら最高だろうに。
 そんなことを考えていると天の恵みか、海の向こうに小さなイカダに乗った来訪者が見えた。これが神様の介入なら少々遅すぎる。
 イカダはゆっくりとこちらにやってきた。男の人が1人乗っていた。その人はこちらにイカダをつけると私の隣に腰を下ろした。
「俺は海賊だ」
 そう言うと海賊さんは私の返事を待たずに話し始めた。
「……まさかあんな嵐が来るとはな。俺でも読めなかった。お嬢さんも大変だったろうに。まるで神から挑戦を受けている気分だったぜ」
 海賊さんは続ける。
「船は壊れちまったが、俺は運がいい、命がまだある。動かない右腕とこんなボロっちいイカダじゃこの海を渡るのは無理だがこうして頑丈そうな船に乗れたうえ、こんな可愛らしいお嬢さんと出会えた。お嬢さんもこんなイケメンに会えて嬉しいだろう?それなのにどうしてそんな浮かない顔をしているんだ?」
 せっかちな海賊さんは勘違いをしている。私は浮かない顔をしている気はない。それはそうと、ここは船じゃない。それだけは伝えようと思って、私がそのことを伝えると最初は驚いていたが変な海賊さんは直ぐに納得したようだった。伝えている途中で海賊さんが怒り出したらどうしようって怖くなったのだけれど、大丈夫だったようだ。
「なるほどな」
 そして可笑しそうに笑った。
「まさか船だと思ったものが灯台の展望台だったとはな」
 そうだ。私は今、灯台の上にいる。海賊さんが灯台の展望台を船だと思ったのは、灯台の展望台の部分だけが海の上に出ているからだろう。先の嵐で私の村は()()()()。海が高くなったのだ。私の家も村のみんなも全ては海の藻屑となって流れていってしまったのだ。
「となると手段は変わらずイカダだけか。はは。浮かないのはお嬢さんの顔だけじゃなくて、この船モドキもそうだったってワケだ」
 それは知らない。
 これは噂に聞く程度だが、と言って海賊さんは色々と話を始めた。水位の上昇だとか異常気象だとか北国での戦争がどうとか、言っていたが難しいことはよく分からなかった。
 よく分からない。
 知らない。
 いつもそうだ。私の人生のはずなのに、分からないまま、私の時計の針は進んでいく。母も嵐もそう。この男もそう。いっそのこと私もみんなと一緒に海の藻屑になりたかった。
 そう、私は海の藻屑になりたいのだ。この海に身体を投げ入れて水の流れに身を任せて……そしてみんなの所へ行くんだ。
 流れに身を任せる……? 嫌だ。それは違う。私は自らの意思で皆の所に行くんだ。海に身を投げ入れるなんてそれこそ自らの意思によるものじゃないか。なんの問題もない。私は私の意思で死ぬ。
 次の瞬間、私は私の意思で冷たい海に飛び込もうとした。しかし私が立ち上がったときには海賊さんが私の腕を強く掴んでいて少しも動けない。
「長く海賊やってると分かるんだ。あんた死のうとしてるだろ。つまらねぇことはするな」
 続けてこう言った。
「村のみんなの後を追ってなんて飽きてんだよこっちは。どうせ死ぬなら面白く劇的に死ね」
 その芯から冷たい声にゾッとした。忘れていたわけではないけれど、結局のところこの男は海賊なのだ。
「だがお前はつまらない。なら俺の元で働け。満足に腕の動かない俺の代わりにイカダを漕いで俺を大陸まで送れ。そして俺の生活の手助けをしろ。年頃の女だ。金の稼ぎ方はいくらでもある。なに、楽な仕事だ。それすら嫌だと言うのなら仕方ない。俺はお前の死体を食料として海を漂流することになる」
 宣言した通りのことをやるだろう、と思わせるほどの迫力が男にはあった。
「そ、そんなの嫌だ……」
「嫌でも仕方ないさ。つまらない自分を恨むんだな」
 私は海の藻屑になりたいのだ。大陸での生活も海賊さんに殺されるのも絶対に嫌だ。私は、みんなのいるあの場所で海の藻屑になるために海に飛び込んで死にたい。
「……面白く劇的だったら私は私の意思で死んでいいってことだよね」
 なら――ある。とっておきの……私が死にたい秘密の理由。
 そして私はこう言った。
「私ね。村が大きな波に飲み込まれたとき思ったの。島の真ん中にある山を崩しながらこっちに向かってくる濁流が()()()()みたいだなって。それでね。面白いの。濁流って時間が経つと水中の土砂がどんどん下に行って表面に土砂が少なくなって色が薄くなっていくの。濁流は村のみんなを飲み込みながら薄くなっていったんだよ。これってまるで……コーヒーに砂糖を入れたときみたいじゃない? 村のみんな、砂糖になってコーヒーの海に溶けちゃったんだよ」
 私は続ける。
「私、お母さんが何を考えてるのかよく分からなかったけど、コーヒーが好きなのは知ってた。だからもし、このまま、海に飛び込んで私もみんなと同じように、砂糖になって……溶けて消えてなくなっちゃえば、私もコーヒーのように、お母さんに愛される存在になれると思うんだ。だから私、海に飛び込んで死にたいんだ」
 私がそう言うと海賊の男は愉快そうに笑った。
 私は飛び込んだ。


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 私たちの住む村の外れには古びた灯台がある。小さくて微かに光を零すだけの灯台だ。まだ使われているようにはとても見えないだろう。お隣のノエルさんが管理していたけれど、そのノエルさんもこの前亡くなった。
 私たちの住む村は大きな大陸の東端……のそのまた東に浮かぶ小さな島にある。真ん中に山があってそれを囲むように海辺に家が並んでる、漁業が盛んな小さな島だ。
 島の人たちはみんな知り合いで仲が良かった。ま、それも、つい先日までの話だけれど。
 私は今、灯台の上にいる。
 のぼれる灯台なのだ。元は真っ白だったけれどいつしか焦げ茶色になってしまった外壁。入口をくぐると木の螺旋階段がある。木の螺旋階段を登ると――展望台に出る。
 展望台は良い。1番好きだ。海の風を感じながら景色を楽しめる。星空を眺めるのも良いけれど1番は村のみんなの生活を一望出来ることだ。それも、もう今は出来ないのだけれど。
 私の人生ももう終わりなのだろうけれど、不思議と悪い気分じゃない。ただ、夜風に当たっていると母が好きだったコーヒーが飲みたくなってくる。出来ることなら温かいコーヒーカップで冷えた私の手のひらを温めながら誰かと話すことが出来たなら最高だろうに。
 そんなことを考えていると天の恵みか、海の向こうに小さなイカダに乗った来訪者が見えた。これが神様の介入なら少々遅すぎる。
 イカダはゆっくりとこちらにやってきた。男の人が1人乗っていた。その人はこちらにイカダをつけると私の隣に腰を下ろした。
「俺は海賊だ」
 そう言うと海賊さんは私の返事を待たずに話し始めた。
「……まさかあんな嵐が来るとはな。俺でも読めなかった。お嬢さんも大変だったろうに。まるで神から挑戦を受けている気分だったぜ」
 海賊さんは続ける。
「船は壊れちまったが、俺は運がいい、命がまだある。動かない右腕とこんなボロっちいイカダじゃこの海を渡るのは無理だがこうして頑丈そうな船に乗れたうえ、こんな可愛らしいお嬢さんと出会えた。お嬢さんもこんなイケメンに会えて嬉しいだろう?それなのにどうしてそんな浮かない顔をしているんだ?」
 せっかちな海賊さんは勘違いをしている。私は浮かない顔をしている気はない。それはそうと、ここは船じゃない。それだけは伝えようと思って、私がそのことを伝えると最初は驚いていたが変な海賊さんは直ぐに納得したようだった。伝えている途中で海賊さんが怒り出したらどうしようって怖くなったのだけれど、大丈夫だったようだ。
「なるほどな」
 そして可笑しそうに笑った。
「まさか船だと思ったものが灯台の展望台だったとはな」
 そうだ。私は今、灯台の上にいる。海賊さんが灯台の展望台を船だと思ったのは、灯台の展望台の部分だけが海の上に出ているからだろう。先の嵐で私の村は|水《・》|没《・》|し《・》|た《・》。海が高くなったのだ。私の家も村のみんなも全ては海の藻屑となって流れていってしまったのだ。
「となると手段は変わらずイカダだけか。はは。浮かないのはお嬢さんの顔だけじゃなくて、この船モドキもそうだったってワケだ」
 それは知らない。
 これは噂に聞く程度だが、と言って海賊さんは色々と話を始めた。水位の上昇だとか異常気象だとか北国での戦争がどうとか、言っていたが難しいことはよく分からなかった。
 よく分からない。
 知らない。
 いつもそうだ。私の人生のはずなのに、分からないまま、私の時計の針は進んでいく。母も嵐もそう。この男もそう。いっそのこと私もみんなと一緒に海の藻屑になりたかった。
 そう、私は海の藻屑になりたいのだ。この海に身体を投げ入れて水の流れに身を任せて……そしてみんなの所へ行くんだ。
 流れに身を任せる……? 嫌だ。それは違う。私は自らの意思で皆の所に行くんだ。海に身を投げ入れるなんてそれこそ自らの意思によるものじゃないか。なんの問題もない。私は私の意思で死ぬ。
 次の瞬間、私は私の意思で冷たい海に飛び込もうとした。しかし私が立ち上がったときには海賊さんが私の腕を強く掴んでいて少しも動けない。
「長く海賊やってると分かるんだ。あんた死のうとしてるだろ。つまらねぇことはするな」
 続けてこう言った。
「村のみんなの後を追ってなんて飽きてんだよこっちは。どうせ死ぬなら面白く劇的に死ね」
 その芯から冷たい声にゾッとした。忘れていたわけではないけれど、結局のところこの男は海賊なのだ。
「だがお前はつまらない。なら俺の元で働け。満足に腕の動かない俺の代わりにイカダを漕いで俺を大陸まで送れ。そして俺の生活の手助けをしろ。年頃の女だ。金の稼ぎ方はいくらでもある。なに、楽な仕事だ。それすら嫌だと言うのなら仕方ない。俺はお前の死体を食料として海を漂流することになる」
 宣言した通りのことをやるだろう、と思わせるほどの迫力が男にはあった。
「そ、そんなの嫌だ……」
「嫌でも仕方ないさ。つまらない自分を恨むんだな」
 私は海の藻屑になりたいのだ。大陸での生活も海賊さんに殺されるのも絶対に嫌だ。私は、みんなのいるあの場所で海の藻屑になるために海に飛び込んで死にたい。
「……面白く劇的だったら私は私の意思で死んでいいってことだよね」
 なら――ある。とっておきの……私が死にたい秘密の理由。
 そして私はこう言った。
「私ね。村が大きな波に飲み込まれたとき思ったの。島の真ん中にある山を崩しながらこっちに向かってくる濁流が|コ《・》|ー《・》|ヒ《・》|ー《・》みたいだなって。それでね。面白いの。濁流って時間が経つと水中の土砂がどんどん下に行って表面に土砂が少なくなって色が薄くなっていくの。濁流は村のみんなを飲み込みながら薄くなっていったんだよ。これってまるで……コーヒーに砂糖を入れたときみたいじゃない? 村のみんな、砂糖になってコーヒーの海に溶けちゃったんだよ」
 私は続ける。
「私、お母さんが何を考えてるのかよく分からなかったけど、コーヒーが好きなのは知ってた。だからもし、このまま、海に飛び込んで私もみんなと同じように、砂糖になって……溶けて消えてなくなっちゃえば、私もコーヒーのように、お母さんに愛される存在になれると思うんだ。だから私、海に飛び込んで死にたいんだ」
 私がそう言うと海賊の男は愉快そうに笑った。
 私は飛び込んだ。