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遠い記憶

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 夢を見ていた。  白く染まった世界。音のない世界。  本土のビル群は雪に埋もれ、街を行き交っていたはずの人々はそのままで氷漬けになっていた。 「サンは、どこだ」  無意識に親友の姿を探す。太陽の色の髪はこの白い世界では目立つはずだ。  やがて、凍り付いた大画面の液晶ビジョンの前でその姿を見つけて叫ぶ。 「サン!」 「チル……」  振り返ったその瞳は暗く濁っていて―― 「……え……」  俺の体を、サンが手にした氷柱が貫いていた。 「……なんで世界を滅ぼしたんだ」  冷たく耳元で囁かれる。霞み始めて朧になる景色と逆に、声だけは鮮明で―― 「【ノクチルカ】……もっと早く気づいていれば……穢して……殺して……封印してやったのに」 (……これは……夢だ……サンはこんなこと……) 「げほっ……」  血の塊を吐いたことも気にせずに、サンは俺の体を引き寄せ、乱暴に服を脱がせた。 「俺はその一族だから知っている。その胸にある結晶石を壊せば、今度こそ【ノクチルカ】は消え失せる。この世界を――閉じることができる」 (世界を――閉じる?) 「……」  自分の胸を見た。そこには深い藍色の結晶があった。それこそが証。自分が世界を滅ぼす存在という真実。 「おやすみ、チル」 「……」  振り降ろされた短刀が、結晶を砕いて、体と心までを冷たく貫いて――  夢の中の俺の世界は終わった。  最後に鳴き声と嗚咽を聞いた。 「……まただ。また呑まれてしまった……【ノクチルカ】……いいや、チル……」  雪色のペンギンが悲しげに鳴く。 (どうしてだ?お前が殺したのにどうして……) 「もう許してくれ……助けてくれ。もう嫌だ……チル、どうか今度こそ俺を――」  殺してくれ。 ** 「……っ!」  目を覚ました俺はパジャマの前をはだけて、指でなぞってみる。  傷はない。出血してもいない。そして当然ながら結晶石もない。 「……最悪な夢だ」  そう呟いてベッドから降り、乾ききった唇をオレンジジュースで潤した。 「……サンは人外の血を持つと言っていたけれど」  それがどのようなものかは気にしたことも聞いたこともなかった。だが、夢が真実だとするならば  おそらく彼は【ノクチルカ】を封印した一族の末裔か何か。  そして間違いなく俺自身は【ノクチルカ】の生まれ変わりということになる。 「……本当に世界を滅ぼすのか、俺は」  正直、この世界が好きかと言われれば好きではない。理不尽に迫害され、大好きだった歌まで奪われて。だが、【洋上廃都】で過ごす日々は穏やかで悪くはない。それになんだかんだ言ってもサンのことは気に入っていた。 (夢の通りに殺されるとしても)  サンの手によるものならば悪くはないかもしれないとまで思える。 「……馬鹿か俺は。まるでサンに恋しているみたいじゃないか――」  そう呟いた時、胸に痛みが走った。 「くうっ!」  思わずその場に蹲る。幸い、痛みは少しして収まった。それよりも俺を絶望させたのは―― 「……嘘……だ……」  胸の位置に、小さな結晶の粒が現れていたことだった。  絶望に囚われていたから気づかなかった。鏡に映ったその姿を、いつものように顔を出したサンに見られていたということに。 ** 「……嘘だ……」  逃げるように自分の家に戻って床にへたりこんだサンは、こみ上げてくる吐き気と戦っていた。 「チルが……【ノクチルカ】の生まれ変わりだなんて……俺がまた、【殺す】なんて嫌だ……」  サンには人外の血が混ざっている。その血はかつて世界を作り替えた男の血。  封印などと伝承では美化されているが現実は違うことを、その血の記憶は知っていた。  サンの一族は元々この世界の外から来た存在で、【侵略者】だった。  自分たちが住める世界を求めて、この雪と氷の星に辿り着いたのだった。 【ノクチルカ】はこの星の創造主で、とても美しく穏やかで、優しい性格だった。  だから男にも優しく接したし、愛しているという男の言葉を信じたのだった。  しかし、男は狡猾で、下衆だった。彼の頭の中には居住区域を広げる事しかなかった。  男は本能のままに【ノクチルカ】を穢して貪った。そして最後には結晶石の核を砕いて殺した。 【ノクチルカ】は自分が何をされたのか長らくわからなかったが、雪色のペンギンがどこからかやってきて放置されていた核石に心と知恵を与えた。 【ノクチルカ】は全てを知った。  そして男の裏切りを憎んだ。  雪色のペンギンを遣わして、男の子どもを穢し、その血に【呪い】をかけた。 「お前たちの一族は私の生まれ変わりを愛す。しかし、その生まれ変わりもお前を愛したのなら、生まれ変わりは【ノクチルカ】となり、世界を雪と氷で滅ぼすだろう。そしてお前たちの一族は愛した【ノクチルカ】を自らの手で殺すことになる。記憶は残り、やがて一族の末裔はこの【箱庭】に囚われる。私の呪いは時を捻じ曲げ――やがては末裔がこの世界を閉じるだろう」  チルの体に現れていたのは間違いなく結晶石だ。  呪いは動き出している。本土の方でも首都に雪が降ったというし、世界の滅びも近づいている。 「今度はどうすればいい……?」  サンは事実上、不死だった。それは肉体が年を取らないというわけではなく、【ノクチルカ】が時の流れを捻じ曲げた箱庭ではサンが【ノクチルカ】を殺すたびに、世界がリセットされるという意味だ。  出会うまでの経緯はいくつかあったが、終わりはいつも白い世界の中。そして【ノクチルカ】の生まれ変わりはいつも雪色の髪に藍色の瞳。さらにここ数回は名前も姿も【チル】で固定されていた。 「それほどまでに俺が深くチルのことを愛したからだ」  数回とも同じ見た目で名前で性格の雪色の髪の青年。歌が好きだが様々な理由で歌を奪われて。  無理矢理嫌われてしまえば回避できるのかと思いわざと冷たくしたことも、無理矢理に体を穢したことさえもある。だが、変わったのはチルが生きている時間の長さだけだった。 「いっそ俺が血も涙もないような人間なら苦しくなかったのに」  愛が深ければ深いほど重さを増す残酷な呪い。 「……結末が変わらないのならせめて」  サンは決めた。  穏やかで優しい日々をギリギリまで続ければいいと。嫌われても結末が変わらないなら、幸せな時間が長いほうがいい。  チルの胸に結晶石が現れたということは裏を返せば、チルもサンを愛してくれたということなのだから。 ** 「うん、ちゃんと覚えてくれたね」 「チルの曲だし。俺本当にチルの曲好きだから頑張ったんだぜ?」  ライブ一日前。会場でのリハーサルは上手くいった。  少し不安だったけれど、サンは全ての曲を完璧に覚えて歌ってくれた。  夢のことは今は考えないことにする。ライブに集中したほうがいいし、サンが頑張ってくれたのも事実なのだ。 (俺も、歌えればよかったのに)  どうせ、殺される運命ならば喉が焼ききれたって歌ってしまえばいいのだ。  世界を滅ぼす前に、好きな歌を歌ってサンの隣で穏やかに死んでいけたらいいのに。 「っ」  また、胸が痛い。石が成長したのかもしれない。  サンのことを思うたびに、好きだと思うほどに多分この石は成長していく。  言葉や冷たい態度を取ることはできるかもしれないが、一度芽生えた想いは消えないだろう。  救われたのだ。あの日。  たった独りで【洋上廃都】で生きていくと決めたあの日、歌まで奪われたあの日。 「……チル、この【洋上廃都】にはいろいろな奴がいる。だから探そう。  チルの歌声を取り戻すんだ。時間がかかっても必ず――俺がいるから」  その言葉と、その存在に。 「っ……」  体が、疼く。それを、求めて。 「なあ、サン。全曲覚えたらご褒美が欲しいっていってたよな?素直に言ってよ。家に帰ったら」 「……お前、何言って……とりあえず片付けるぞ!」 「はいはい」  苦笑しながら、片づけを手伝う。ライブの本番は明日。 【洋上廃都】でのおそらく最初で最後の。 ** 「……んっ……」  柔らかな月の光だけが部屋に射し込んでいる。 「……よかったのか、チル」  サンの言葉に小さく頷いた。 「……いい。サンならいい。穢されても……殺されても……いい」  サンの求めたご褒美は、俺だった。俺は抵抗せずにすべてを受け入れて今、彼と溶け合っている。 「……俺は、夢で見たから……知ってる」 「……どこまで……」 「……あとで話すよ」  体を隠すようにシーツを巻き付けてから、俺は夢で見たすべてを告げた。  自分が【ノクチルカ】の生まれ変わりであること。夢の中でサンに殺されたこと。そしてサンの泣き声と悲しい願い。  サンはとても悲しそうな瞳で小さく、頷き、自分の背負っている呪いのことを教えてくれた。あまりの残酷さに息を呑む。 「サンが【ノクチルカ】を殺したわけじゃない。断罪されるべきはその男だけでいいだろ。なんで、サンがこんな……」  そっとサンを抱きしめて、キスを落とす。 「どうして、俺は何度もお前を……チルを……」 「俺には記憶は受け継がれてはないけど多分、どのチルも幸せだったと思うよ。終わりが絶望的でも。 【ノクチルカ】がお前を許さなくても、俺はお前を許す。そしてもう、サンは自由になっていいと思う」  ぽたり、とサンの眼から雫が落ちる。 「チル……零……俺は……俺は……」  胸に痛みが走る。結晶石はもうかなり成長していた。 「……好きだよ、サン……いいや、日向。だから、俺の事好きにして。今夜だけは全部あげる。きっとそれぐらいじゃ苦しみも心の傷も癒えないだろうけど」  強引に引き寄せられて、深く口づけられ、ふたたび溶け合う。 (なあ、【ノクチルカ】……きっとお前は想定してなかっただろうけど、俺はサンが好きだ。きっと前の俺もそうだった。だから箱庭のシステムで俺が何度も生まれ変わったんだろう。だから、【ノクチルカ】の子として俺はサンを許す。そして【歌】で全てを終わらせる。歪んだ箱庭は、俺が壊す)  熱さと温かさと、激しい胸の痛みが重なって、俺は意識を手放した。  **  雪が降る。  首都が白く染まっていく。  人々は思い出す。 【ノクチルカ】の伝承と、世界が滅びるという事実を。



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 夢を見ていた。  白く染まった世界。音のない世界。  本土のビル群は雪に埋もれ、街を行き交っていたはずの人々はそのままで氷漬けになっていた。 「サンは、どこだ」  無意識に親友の姿を探す。太陽の色の髪はこの白い世界では目立つはずだ。  やがて、凍り付いた大画面の液晶ビジョンの前でその姿を見つけて叫ぶ。 「サン!」 「チル……」  振り返ったその瞳は暗く濁っていて―― 「……え……」  俺の体を、サンが手にした氷柱が貫いていた。 「……なんで世界を滅ぼしたんだ」  冷たく耳元で囁かれる。霞み始めて朧になる景色と逆に、声だけは鮮明で―― 「【ノクチルカ】……もっと早く気づいていれば……穢して……殺して……封印してやったのに」 (……これは……夢だ……サンはこんなこと……) 「げほっ……」  血の塊を吐いたことも気にせずに、サンは俺の体を引き寄せ、乱暴に服を脱がせた。 「俺はその一族だから知っている。その胸にある結晶石を壊せば、今度こそ【ノクチルカ】は消え失せる。この世界を――閉じることができる」 (世界を――閉じる?) 「……」  自分の胸を見た。そこには深い藍色の結晶があった。それこそが証。自分が世界を滅ぼす存在という真実。 「おやすみ、チル」 「……」  振り降ろされた短刀が、結晶を砕いて、体と心までを冷たく貫いて――  夢の中の俺の世界は終わった。  最後に鳴き声と嗚咽を聞いた。 「……まただ。また呑まれてしまった……【ノクチルカ】……いいや、チル……」  雪色のペンギンが悲しげに鳴く。 (どうしてだ?お前が殺したのにどうして……) 「もう許してくれ……助けてくれ。もう嫌だ……チル、どうか今度こそ俺を――」  殺してくれ。 ** 「……っ!」  目を覚ました俺はパジャマの前をはだけて、指でなぞってみる。  傷はない。出血してもいない。そして当然ながら結晶石もない。 「……最悪な夢だ」  そう呟いてベッドから降り、乾ききった唇をオレンジジュースで潤した。 「……サンは人外の血を持つと言っていたけれど」  それがどのようなものかは気にしたことも聞いたこともなかった。だが、夢が真実だとするならば  おそらく彼は【ノクチルカ】を封印した一族の末裔か何か。  そして間違いなく俺自身は【ノクチルカ】の生まれ変わりということになる。 「……本当に世界を滅ぼすのか、俺は」  正直、この世界が好きかと言われれば好きではない。理不尽に迫害され、大好きだった歌まで奪われて。だが、【洋上廃都】で過ごす日々は穏やかで悪くはない。それになんだかんだ言ってもサンのことは気に入っていた。 (夢の通りに殺されるとしても)  サンの手によるものならば悪くはないかもしれないとまで思える。 「……馬鹿か俺は。まるでサンに恋しているみたいじゃないか――」  そう呟いた時、胸に痛みが走った。 「くうっ!」  思わずその場に蹲る。幸い、痛みは少しして収まった。それよりも俺を絶望させたのは―― 「……嘘……だ……」  胸の位置に、小さな結晶の粒が現れていたことだった。  絶望に囚われていたから気づかなかった。鏡に映ったその姿を、いつものように顔を出したサンに見られていたということに。 ** 「……嘘だ……」  逃げるように自分の家に戻って床にへたりこんだサンは、こみ上げてくる吐き気と戦っていた。 「チルが……【ノクチルカ】の生まれ変わりだなんて……俺がまた、【殺す】なんて嫌だ……」  サンには人外の血が混ざっている。その血はかつて世界を作り替えた男の血。  封印などと伝承では美化されているが現実は違うことを、その血の記憶は知っていた。  サンの一族は元々この世界の外から来た存在で、【侵略者】だった。  自分たちが住める世界を求めて、この雪と氷の星に辿り着いたのだった。 【ノクチルカ】はこの星の創造主で、とても美しく穏やかで、優しい性格だった。  だから男にも優しく接したし、愛しているという男の言葉を信じたのだった。  しかし、男は狡猾で、下衆だった。彼の頭の中には居住区域を広げる事しかなかった。  男は本能のままに【ノクチルカ】を穢して貪った。そして最後には結晶石の核を砕いて殺した。 【ノクチルカ】は自分が何をされたのか長らくわからなかったが、雪色のペンギンがどこからかやってきて放置されていた核石に心と知恵を与えた。 【ノクチルカ】は全てを知った。  そして男の裏切りを憎んだ。  雪色のペンギンを遣わして、男の子どもを穢し、その血に【呪い】をかけた。 「お前たちの一族は私の生まれ変わりを愛す。しかし、その生まれ変わりもお前を愛したのなら、生まれ変わりは【ノクチルカ】となり、世界を雪と氷で滅ぼすだろう。そしてお前たちの一族は愛した【ノクチルカ】を自らの手で殺すことになる。記憶は残り、やがて一族の末裔はこの【箱庭】に囚われる。私の呪いは時を捻じ曲げ――やがては末裔がこの世界を閉じるだろう」  チルの体に現れていたのは間違いなく結晶石だ。  呪いは動き出している。本土の方でも首都に雪が降ったというし、世界の滅びも近づいている。 「今度はどうすればいい……?」  サンは事実上、不死だった。それは肉体が年を取らないというわけではなく、【ノクチルカ】が時の流れを捻じ曲げた箱庭ではサンが【ノクチルカ】を殺すたびに、世界がリセットされるという意味だ。  出会うまでの経緯はいくつかあったが、終わりはいつも白い世界の中。そして【ノクチルカ】の生まれ変わりはいつも雪色の髪に藍色の瞳。さらにここ数回は名前も姿も【チル】で固定されていた。 「それほどまでに俺が深くチルのことを愛したからだ」  数回とも同じ見た目で名前で性格の雪色の髪の青年。歌が好きだが様々な理由で歌を奪われて。  無理矢理嫌われてしまえば回避できるのかと思いわざと冷たくしたことも、無理矢理に体を穢したことさえもある。だが、変わったのはチルが生きている時間の長さだけだった。 「いっそ俺が血も涙もないような人間なら苦しくなかったのに」  愛が深ければ深いほど重さを増す残酷な呪い。 「……結末が変わらないのならせめて」  サンは決めた。  穏やかで優しい日々をギリギリまで続ければいいと。嫌われても結末が変わらないなら、幸せな時間が長いほうがいい。  チルの胸に結晶石が現れたということは裏を返せば、チルもサンを愛してくれたということなのだから。 ** 「うん、ちゃんと覚えてくれたね」 「チルの曲だし。俺本当にチルの曲好きだから頑張ったんだぜ?」  ライブ一日前。会場でのリハーサルは上手くいった。  少し不安だったけれど、サンは全ての曲を完璧に覚えて歌ってくれた。  夢のことは今は考えないことにする。ライブに集中したほうがいいし、サンが頑張ってくれたのも事実なのだ。 (俺も、歌えればよかったのに)  どうせ、殺される運命ならば喉が焼ききれたって歌ってしまえばいいのだ。  世界を滅ぼす前に、好きな歌を歌ってサンの隣で穏やかに死んでいけたらいいのに。 「っ」  また、胸が痛い。石が成長したのかもしれない。  サンのことを思うたびに、好きだと思うほどに多分この石は成長していく。  言葉や冷たい態度を取ることはできるかもしれないが、一度芽生えた想いは消えないだろう。  救われたのだ。あの日。  たった独りで【洋上廃都】で生きていくと決めたあの日、歌まで奪われたあの日。 「……チル、この【洋上廃都】にはいろいろな奴がいる。だから探そう。  チルの歌声を取り戻すんだ。時間がかかっても必ず――俺がいるから」  その言葉と、その存在に。 「っ……」  体が、疼く。それを、求めて。 「なあ、サン。全曲覚えたらご褒美が欲しいっていってたよな?素直に言ってよ。家に帰ったら」 「……お前、何言って……とりあえず片付けるぞ!」 「はいはい」  苦笑しながら、片づけを手伝う。ライブの本番は明日。 【洋上廃都】でのおそらく最初で最後の。 ** 「……んっ……」  柔らかな月の光だけが部屋に射し込んでいる。 「……よかったのか、チル」  サンの言葉に小さく頷いた。 「……いい。サンならいい。穢されても……殺されても……いい」  サンの求めたご褒美は、俺だった。俺は抵抗せずにすべてを受け入れて今、彼と溶け合っている。 「……俺は、夢で見たから……知ってる」 「……どこまで……」 「……あとで話すよ」  体を隠すようにシーツを巻き付けてから、俺は夢で見たすべてを告げた。  自分が【ノクチルカ】の生まれ変わりであること。夢の中でサンに殺されたこと。そしてサンの泣き声と悲しい願い。  サンはとても悲しそうな瞳で小さく、頷き、自分の背負っている呪いのことを教えてくれた。あまりの残酷さに息を呑む。 「サンが【ノクチルカ】を殺したわけじゃない。断罪されるべきはその男だけでいいだろ。なんで、サンがこんな……」  そっとサンを抱きしめて、キスを落とす。 「どうして、俺は何度もお前を……チルを……」 「俺には記憶は受け継がれてはないけど多分、どのチルも幸せだったと思うよ。終わりが絶望的でも。 【ノクチルカ】がお前を許さなくても、俺はお前を許す。そしてもう、サンは自由になっていいと思う」  ぽたり、とサンの眼から雫が落ちる。 「チル……零……俺は……俺は……」  胸に痛みが走る。結晶石はもうかなり成長していた。 「……好きだよ、サン……いいや、日向。だから、俺の事好きにして。今夜だけは全部あげる。きっとそれぐらいじゃ苦しみも心の傷も癒えないだろうけど」  強引に引き寄せられて、深く口づけられ、ふたたび溶け合う。 (なあ、【ノクチルカ】……きっとお前は想定してなかっただろうけど、俺はサンが好きだ。きっと前の俺もそうだった。だから箱庭のシステムで俺が何度も生まれ変わったんだろう。だから、【ノクチルカ】の子として俺はサンを許す。そして【歌】で全てを終わらせる。歪んだ箱庭は、俺が壊す)  熱さと温かさと、激しい胸の痛みが重なって、俺は意識を手放した。  **  雪が降る。  首都が白く染まっていく。  人々は思い出す。 【ノクチルカ】の伝承と、世界が滅びるという事実を。



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