第45話 魔導機兵

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 レッドアイズといえば軍事国家として名高く、世界でも有数の技術者を掻き集めてトンデモな都市を築き上げたということくらいなら流石の我でも知っていた。
 しかし、当然のことながら実際にレッドアイズを訪れたことはない。

 何故って、このレッドアイズは我が魔王軍と敵対関係にあり、長いこと戦い続けてきた歴史があったからだ。魔王の我がノコノコと出向くわけがなかろう。
 戦争している者同士の間で、お互いのボスたる存在が敵地に乗り込むと思うか?

 そして逆もまた然り。レッドアイズの国王や王子どもも魔王城に攻め入ったことはない。せめて王子の顔くらい情報として調べておくべきだったのかもしれない。
 知っていたからといってどうなったということもなかったのだろうが。

 まさか、まさかだ。レッドアイズの王子が我にプロポーズするなどという事態になるなんて、誰が予想できただろうか。
 今、こうして我がレッドアイズの領土を跨ぐのは、結婚を破談にするためだ。

 まあ、まだ王子が寝ぼけて勝手に口先だけで言っただけのこと。正式な婚約の段階ですらないし、ズバッと言ってやればそれで終わりだ。
 その心づもりでいたのだが、なんだか急に気分が縮こまってきた。

 それというのも――――……

「デッカっ?! というか、デッカっ!?」

 山の上からも一望してきたつもりだったが、いざ目前まで来るとその大きさに圧巻される。城壁がもう要塞だ。山のように高い壁が国全体を取り囲んでいる。
 大砲が十挺や二十挺あったとしても破壊できる自信がない。

 なんだったら全盛期の我の魔法をドッカンドッカンぶつけても城壁を破れるかどうか怪しいくらいだ。これを国全体だと?
 右を見ても端が見えない。左を見ても端が見えない。どんなスケールだ。

 まだ、国の中に入ってすらいないのに、足が震えそうだ。
 大丈夫だよな。我、魔王だということがバレないよな。
 国に入ったらどう足掻いても逃げられそうにないし、その時点で詰みなのだが。

 おいおい、どうするよ。いきなり「お前、魔王だな」とか言われたら。何をされるか分かったものではないぞ。

 さすがに我の今の顔は割れていないだろうし、実際に対面したロータスもパエデロスで再会したときには我だとは気付かなかった。

 が、あのレッドアイズの中には、勇者の仲間たちがいるのだ。
 ころっと我の正体をバラしている奴がいたらシャレにならん。
 ああ、あかん。我、もう、帰りたくなってきた。

 今からでもこの馬車の扉を蹴り開けて、猛ダッシュで逃げ出してもよいか?
 ガタンゴトン、と馬車は街道沿い、着々と国へと向かっていく。
 ひぃー……さながら処刑台を上らされている気分だ。

「フィーちゃん、大丈夫ですよ。私たちがいますから」
 こんなときに、マルペルがまた抱擁してくる。いつもなら突き飛ばしてやっていたところだったが、悔しいことに心が落ち着いてしまった。
 うぅ……、なんて情けない。このおっぱいの優しさに包まれてしまう。

「フィーの正体を知っているのは俺たちと、向こうに勤めているリンドーだけだ。勿論、リンドーには口止めしてあるし、情報収集をさせていた同僚たちも実際に分かっているのはお前が貴族ではないというところまでだ」

 頼んでもいないのにロータスがペラペラと解説してくる。
 なんだかそれだと我が国に入るのが怖くて怯えてるみたいじゃないか。
 いや、実際にそうなんだけどさ。

「むぐぐぅ……べ、別に我はふ、不安などでは、決してないぞ」
 マルペルのおっぱいから脱出して見栄を張ってみる。

「声も身体も震えてますよ、フィーちゃん」
 頭を撫でるなぁーっ! またちょっと気分が落ち着いちゃったじゃないか!

 そんなバカなやり取りをやっている間に、馬車は国境の門の前まで辿り着く。
 これがまたデカい。なんだこの門は。巨人族でも往来するのか。

 門の前には巨人族というほどではないが、結構な背丈を持つ甲冑が立っていた。間違いなく門番だろう。だが、何かがおかしい。その甲冑からは複雑な魔力な気配を感じるのに、生きている感じがしない。なのに、普通に動いている。

 馬車が門番を前にしてヒヒーン、ブルルと嘶いて一旦止まる。
 そして、門番はガシャンガシャンと金属の音を鳴らしながらこちらへと近づき、乗客を確認するように窓越しに馬車の中を覗き込んできた。

 ウィーン、ウィーンと、聞いたことのないような音を立てる。
 甲冑の中からか? よくよく見てみると、門番の顔が人のソレではなかった。

 何と形容すればいいのか分からない。
 金属製の部品で組み立てられたかのような奇妙な出で立ちだ。
 何故か目も赤く光っているし、本当になんなんだ、コイツは。

『乗客・ヲ・確認・シマシタ。通行・ヲ・許可』

 これは人の声なのか? 不気味だ。こんな気味の悪い声、聞いたことがない。
 どうやって発声したのだろう。そんな疑問も沸いてくるくらい。

 あまりにも無感情な振る舞いで、門番が馬車から離れたかと思うと、正面にあった門がゴゴゴゴという地響きのような音を立てて、横に裂けるように開く。
 あたかも壁の中に収納されていく巨大な引き戸のようだ。

 あれ? 連絡が早いな。まだ門番はそこにいるのに、いつの間に連絡を。
 しかも、門の向こうには誰かが待機している様子もなかった。
 こんな大がかりな門を開くのには相当な準備や人数が必要なはずだが。

 サクサクっと開いた門を抜けて、馬車が国の中に入ったと思ったら、また門がゴゴゴゴと音を立てて閉じる。どういう仕組みなんだ?
 あの壁の中に何人もの兵士が待機してるのか?

「うふふ……フィーちゃん、驚いていますね。こういうものは初めてですか?」
 なんだか子供を見るような目でマルペルが微笑みかけてくる。

「どういうことなのだ?」
「実はですね。先ほどの門番の方は人間じゃないんですよ。魔導機兵(オートマタ)さんなんです。フィーちゃんにはゴーレムといった方が伝わりやすいでしょうか」

 ゴーレム。禁忌術の一種だ。生命を作る魔法といってもいい。まさかアレが?

「魔導機兵さんはですね、ただ自立的に行動できるだけではなく、通信という能力を備えているのですよ。遠くに情報を飛ばす力ですね。今、ほとんど合図も無しに門が開いたり閉じたりしたのは通信によるものなんです」
 ほえー、そんなことができるのか。念話のできる魔具みたいなものか。

「門もそれ自体が魔導駆動式で、人力ではありません。魔力を動力源として動いているんです。あれだけの大きい門を動かすには人の手では手間も労力も掛かりますが、これならこんなにもお手軽になっちゃうわけですね」
 なんだ、その未知の技術は。魔法で物体を動かすのは理解できるが、ほぼ全自動で開閉する門って聞いたことないぞ。さすがは軍事国家。やることが違う。

 パエデロスに馴染んでいたから忘れかけていたが、あそこって一応辺境の地だったわ。色々な連中が集まってくるとはいえ、割と田舎には変わりないのな。
 そうか、本物の都会は既に文化のレベルもグングン上がっていたのか。

『ヨウコソ・レッドアイズ・ヘ。歓迎・シマス』

 さっきの甲冑と同じ奴が数体現れる。まるで区別がつかない。
 ふむ、ゴーレムと言われて納得した。コイツら、人間じゃないのならこの奇妙な魔力の流れも超絶複雑な術式みたいなものだな。

 というか、巨大な城壁を見ただけでレッドアイズの軍事力にビビっていたが、こんなゴーレムみたいな連中も普通にうようよしているのか。想像してた以上にこれはとんでもない国じゃないか。


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 レッドアイズといえば軍事国家として名高く、世界でも有数の技術者を掻き集めてトンデモな都市を築き上げたということくらいなら流石の我でも知っていた。
 しかし、当然のことながら実際にレッドアイズを訪れたことはない。
 何故って、このレッドアイズは我が魔王軍と敵対関係にあり、長いこと戦い続けてきた歴史があったからだ。魔王の我がノコノコと出向くわけがなかろう。
 戦争している者同士の間で、お互いのボスたる存在が敵地に乗り込むと思うか?
 そして逆もまた然り。レッドアイズの国王や王子どもも魔王城に攻め入ったことはない。せめて王子の顔くらい情報として調べておくべきだったのかもしれない。
 知っていたからといってどうなったということもなかったのだろうが。
 まさか、まさかだ。レッドアイズの王子が我にプロポーズするなどという事態になるなんて、誰が予想できただろうか。
 今、こうして我がレッドアイズの領土を跨ぐのは、結婚を破談にするためだ。
 まあ、まだ王子が寝ぼけて勝手に口先だけで言っただけのこと。正式な婚約の段階ですらないし、ズバッと言ってやればそれで終わりだ。
 その心づもりでいたのだが、なんだか急に気分が縮こまってきた。
 それというのも――――……
「デッカっ?! というか、デッカっ!?」
 山の上からも一望してきたつもりだったが、いざ目前まで来るとその大きさに圧巻される。城壁がもう要塞だ。山のように高い壁が国全体を取り囲んでいる。
 大砲が十挺や二十挺あったとしても破壊できる自信がない。
 なんだったら全盛期の我の魔法をドッカンドッカンぶつけても城壁を破れるかどうか怪しいくらいだ。これを国全体だと?
 右を見ても端が見えない。左を見ても端が見えない。どんなスケールだ。
 まだ、国の中に入ってすらいないのに、足が震えそうだ。
 大丈夫だよな。我、魔王だということがバレないよな。
 国に入ったらどう足掻いても逃げられそうにないし、その時点で詰みなのだが。
 おいおい、どうするよ。いきなり「お前、魔王だな」とか言われたら。何をされるか分かったものではないぞ。
 さすがに我の今の顔は割れていないだろうし、実際に対面したロータスもパエデロスで再会したときには我だとは気付かなかった。
 が、あのレッドアイズの中には、勇者の仲間たちがいるのだ。
 ころっと我の正体をバラしている奴がいたらシャレにならん。
 ああ、あかん。我、もう、帰りたくなってきた。
 今からでもこの馬車の扉を蹴り開けて、猛ダッシュで逃げ出してもよいか?
 ガタンゴトン、と馬車は街道沿い、着々と国へと向かっていく。
 ひぃー……さながら処刑台を上らされている気分だ。
「フィーちゃん、大丈夫ですよ。私たちがいますから」
 こんなときに、マルペルがまた抱擁してくる。いつもなら突き飛ばしてやっていたところだったが、悔しいことに心が落ち着いてしまった。
 うぅ……、なんて情けない。このおっぱいの優しさに包まれてしまう。
「フィーの正体を知っているのは俺たちと、向こうに勤めているリンドーだけだ。勿論、リンドーには口止めしてあるし、情報収集をさせていた同僚たちも実際に分かっているのはお前が貴族ではないというところまでだ」
 頼んでもいないのにロータスがペラペラと解説してくる。
 なんだかそれだと我が国に入るのが怖くて怯えてるみたいじゃないか。
 いや、実際にそうなんだけどさ。
「むぐぐぅ……べ、別に我はふ、不安などでは、決してないぞ」
 マルペルのおっぱいから脱出して見栄を張ってみる。
「声も身体も震えてますよ、フィーちゃん」
 頭を撫でるなぁーっ! またちょっと気分が落ち着いちゃったじゃないか!
 そんなバカなやり取りをやっている間に、馬車は国境の門の前まで辿り着く。
 これがまたデカい。なんだこの門は。巨人族でも往来するのか。
 門の前には巨人族というほどではないが、結構な背丈を持つ甲冑が立っていた。間違いなく門番だろう。だが、何かがおかしい。その甲冑からは複雑な魔力な気配を感じるのに、生きている感じがしない。なのに、普通に動いている。
 馬車が門番を前にしてヒヒーン、ブルルと嘶いて一旦止まる。
 そして、門番はガシャンガシャンと金属の音を鳴らしながらこちらへと近づき、乗客を確認するように窓越しに馬車の中を覗き込んできた。
 ウィーン、ウィーンと、聞いたことのないような音を立てる。
 甲冑の中からか? よくよく見てみると、門番の顔が人のソレではなかった。
 何と形容すればいいのか分からない。
 金属製の部品で組み立てられたかのような奇妙な出で立ちだ。
 何故か目も赤く光っているし、本当になんなんだ、コイツは。
『乗客・ヲ・確認・シマシタ。通行・ヲ・許可』
 これは人の声なのか? 不気味だ。こんな気味の悪い声、聞いたことがない。
 どうやって発声したのだろう。そんな疑問も沸いてくるくらい。
 あまりにも無感情な振る舞いで、門番が馬車から離れたかと思うと、正面にあった門がゴゴゴゴという地響きのような音を立てて、横に裂けるように開く。
 あたかも壁の中に収納されていく巨大な引き戸のようだ。
 あれ? 連絡が早いな。まだ門番はそこにいるのに、いつの間に連絡を。
 しかも、門の向こうには誰かが待機している様子もなかった。
 こんな大がかりな門を開くのには相当な準備や人数が必要なはずだが。
 サクサクっと開いた門を抜けて、馬車が国の中に入ったと思ったら、また門がゴゴゴゴと音を立てて閉じる。どういう仕組みなんだ?
 あの壁の中に何人もの兵士が待機してるのか?
「うふふ……フィーちゃん、驚いていますね。こういうものは初めてですか?」
 なんだか子供を見るような目でマルペルが微笑みかけてくる。
「どういうことなのだ?」
「実はですね。先ほどの門番の方は人間じゃないんですよ。魔導機兵《オートマタ》さんなんです。フィーちゃんにはゴーレムといった方が伝わりやすいでしょうか」
 ゴーレム。禁忌術の一種だ。生命を作る魔法といってもいい。まさかアレが?
「魔導機兵さんはですね、ただ自立的に行動できるだけではなく、通信という能力を備えているのですよ。遠くに情報を飛ばす力ですね。今、ほとんど合図も無しに門が開いたり閉じたりしたのは通信によるものなんです」
 ほえー、そんなことができるのか。念話のできる魔具みたいなものか。
「門もそれ自体が魔導駆動式で、人力ではありません。魔力を動力源として動いているんです。あれだけの大きい門を動かすには人の手では手間も労力も掛かりますが、これならこんなにもお手軽になっちゃうわけですね」
 なんだ、その未知の技術は。魔法で物体を動かすのは理解できるが、ほぼ全自動で開閉する門って聞いたことないぞ。さすがは軍事国家。やることが違う。
 パエデロスに馴染んでいたから忘れかけていたが、あそこって一応辺境の地だったわ。色々な連中が集まってくるとはいえ、割と田舎には変わりないのな。
 そうか、本物の都会は既に文化のレベルもグングン上がっていたのか。
『ヨウコソ・レッドアイズ・ヘ。歓迎・シマス』
 さっきの甲冑と同じ奴が数体現れる。まるで区別がつかない。
 ふむ、ゴーレムと言われて納得した。コイツら、人間じゃないのならこの奇妙な魔力の流れも超絶複雑な術式みたいなものだな。
 というか、巨大な城壁を見ただけでレッドアイズの軍事力にビビっていたが、こんなゴーレムみたいな連中も普通にうようよしているのか。想像してた以上にこれはとんでもない国じゃないか。