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【留守番】どうしてこんなになるまで放っておいたんだ

ー/ー



 辺境の街、パエデロスを訪れた旅人がいたとして、もしオススメの道具屋を訊ねられたなら、大抵の者はそこを紹介するであろうお店がそこにあった。

 それは特殊な技術者にしか作れない魔具を専門に取り扱っている店であり、売っている魔具は一般的に流通されているものより格段に品質が高い。

 また、店員がエルフの少女であることも有名だ。

 エルフと呼ばれる種族は、魔素の濃い森の奥などで集落を作り生活している、森の民のことを指し示す。魔力の扱い方に長けているのが特徴として挙げられる。

 もし、森の外でエルフを見かけたとしたら、故郷の森の魔素が枯れ果てたか、あるいは森を焼かれたか、いずれにせよ住処を失ったものだと相場は決まっている。
 大概が生きるか死ぬかの瀬戸際を追われている身なのだ。

 故に、人間の里に下りてきたエルフは気難しいものだという印象が根強い。しかし、その店に限っては常連客の殆どがそのエルフの店について、こう答える。

 天使の店だ、と。

 そんな店先に、一人の女が訪れていた。どうやら客ではない様子。

 黒く長いローブを羽織り、黒く高い帽子を被る、赤く短い髪の女。
 それはかつて世界を恐怖に陥れたと云われている魔王と対峙し、勇者と共に戦い、魔王の野望を打ち砕いた伝説を持つ女魔法使い、ダリアだった。

「今日も魔具作りに勤しんでるのかなっと」

 ダリアが店のドアに手を掛ける。すると、鍵が掛かっていないのか、カチャリとノブが回り、ドアはすんなりと開いてしまった。
 確か、今日は営業の日ではなかったはず。そんな記憶を掘り起こしつつ、ダリアは店内へと足を踏み入れた。

 さて、店の中はというと、やはり営業中ではないようで、客の姿はない。
 しかしすぐさまハッと気が付く。店の奥にある工房の方から異様な臭いが漂ってくることに。

 鼻元に手をあてがいつつ、ダリアは店の奥へと進んでいく。
 ふと、何歩か進んだ辺りで、ソレが目に付いた。

「えっ!?」

 もしソレが等身大の人形か何かでないのであれば、見間違いようもない。
 何処ぞの貴族のお屋敷辺りに勤めていそうなエプロン姿に身を包んだメイド娘が、ばったりと床に倒れ込んでいた。

「ちょっとちょっと、アンタ、大丈夫?」
 思わずダリアも駆け寄る。まさか店に強盗でも入ったのか。
 そんな不安も過ぎってしまう。

「うぅ……ミモザ様、申し訳ございません……」
 意識も朦朧としているようで、うわごとのように誰かに対して謝っていた。
 ミモザというのはこの店の店主であり、天使と呼ばれている張本人の名前だ。

「アンタ、確かフィーのとこの使用人よね? どうしたの、ちょっとちょっと」
 ぺしぺしとやさしく頬を叩き、しばしボーッとした様子だったメイド娘がようやく気が付く。

「はっ!? あ、あなたは……」
「何があったの? ミモザちゃんは無事なの?」
 状況の分からないダリアと、混乱しているメイド娘とで、些か話が噛み合っていない様子だったが、メイド娘は身体を起こし姿勢を正して、答える。

「ミモザ様はただいま魔具の製作をしております。ただ、もう四日は徹夜しておりまして、上からはそろそろお休みいただくよう説得しろと言われて、それで……」
「あー、そっちかぁー」
 その言葉だけでダリアは超速で理解したのか、ポンと手を叩く。

 こそこそと忍び寄るように、ダリアは工房の方へと歩を進める。
 同様に、メイド娘も息を潜めてダリアの後ろについてくる。

 この店の間取りはそう複雑ではない。
 普段、客との応対をするカウンターの向こう側にある廊下へ進み、左の階段を上ればキッチンスペースや寝室、真っ直ぐ進めば工房だ。

 工房に近づくにつれて、異臭が一層強くなり、異音も耳につく。
 そして、奇妙な声も。

「フヒーッ、ヒ、ヒ、ヒ、ヒ」

 ぬるぺちょぷとんぽん、ぺちょぺとぼりゅりゅ。
 そんな形容しがたい音を立てているのは、その工房に立つ、ただ一人の少女。
 ミモザ、その人だった。

 じゅんるるんぼぼぼ、きりきりしゃしゃしゃ。
 何をどうしたら、何を用いたらそのような音が発生するのか、皆目見当もつかないが、工房からは異音がリズミカルに響いてくる。

 ダリアは工房を覗き込んで見えたソレを天使と形容することも、ミモザと呼ぶことも躊躇った。
 あらゆる色が混ざった黒に近い黒ではない何色かに汚れた、デロデロどろどろの物体。シルエットかと思いきや、普通に実体だったことに驚くほど。

「ヒャッハーッ!!!! 汚物(おびゅちゅ)消毒(しょーりょく)らぁーー!!!!!!」

 アレは一体誰だろう。訊ねられたならあえてもう一度答えよう。それはこの店の店主にして天使と呼ばれたエルフの少女、ミモザである。

「あちゃー……完全にトランスに入ってるわね」
「ど、ど、どうしましょう? このままではミモザ様が倒れてしまいます。早く止めないと」

 そういってメイド娘が慌てて工房の中へと飛び込んでしまう。
 その次の瞬間、ぬるべちょん、と謎の異音とともにミモザが振り返り、名状しがたい踊りを舞う。

「あぎゃぁーーーーっ!!!!」

 今、何が起こったのだろうか。何をして、何をされたのが。
 ダリアの視界から見えたものは、工房から廊下を突き抜けて店内まで吹っ飛ばされるメイド娘の背中だけだった。

 ドッタンバッタン、またしても店内にメイド娘が転がる。なるほど、先ほどもこのように突き飛ばされたのか、とダリアは理解した。
 そして、この子、もしや学ばなかったのだろうか、と首を傾げた。

「ああもぅ~、完全に正気を失ってるじゃない」
 どうしてこんなになるまで放っておいたんだ。そう言いたくなるほど。
 いつもだったらミモザの親友、フィーがどうにか介入して止めるところなのだが、今はその親友も遠出していてすぐには帰れない。

 疲れ果てて倒れるか、魔具の完成を待つのが利口な判断に思われるが、前者は餓死寸前、瀕死の重態だった前科もある。
 後者に至っては順調に開発が進んでいるときに限る。

 今のこの状態を見て、順調だとは微塵も思えない。
 歯止めの利かない状況にまで追い込まれているようにしか見えない。
 おそらく親友のフィーならこうなる前に止めていたことだろう。

 親友の存在の大切さは、いなくなったときに初めて分かることもあるものだ。

「ミモザちゃ~ん、そろそろ休まない?」
 猫撫で声でダリアが呼びかける。
 すると、ぼちゃぺしゃぬろろ、という謎の異音と共に、あたかもポルターガイストの如く、得体の知れない物体が飛来してきた。

 さっきから一体全体何が巻き起こっているというのか。それを初見で全て把握できる人間はそう多くはないだろう。

 魔具というものは鍛冶屋のように金属を加工するようなものとは勝手が全く違う。魔力を秘めている特殊な素材を掛け合わせることにより魔力を持たない者でも魔法を使うことのできる道具を形成させる技巧が必要となる。

 本来であれば魔力に長けた魔術師が制御しながら素材の性質などの知識を持って慎重に行われる作業となる。ところが、ミモザはエルフでありながら生まれつき魔力を秘めておらず、力業で魔具を作っていた。

 魔力を持たない者が魔具を作るということはどういうことか。尋常じゃないほどの根気と集中力でカバーするしかない。
 普通なら工具を使って数時間で小屋を建てるところを、ミモザの場合は素手で不眠不休のまま家一軒作っているような状態なのである。
 端的に言って暴走だ。

「ごめんね、ミモザちゃん。手荒な真似はしたくないんだけど」

 そして、今、工房での攻防が開始されるのであった――――……


次のエピソードへ進む 第45話 魔導機兵


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 辺境の街、パエデロスを訪れた旅人がいたとして、もしオススメの道具屋を訊ねられたなら、大抵の者はそこを紹介するであろうお店がそこにあった。
 それは特殊な技術者にしか作れない魔具を専門に取り扱っている店であり、売っている魔具は一般的に流通されているものより格段に品質が高い。
 また、店員がエルフの少女であることも有名だ。
 エルフと呼ばれる種族は、魔素の濃い森の奥などで集落を作り生活している、森の民のことを指し示す。魔力の扱い方に長けているのが特徴として挙げられる。
 もし、森の外でエルフを見かけたとしたら、故郷の森の魔素が枯れ果てたか、あるいは森を焼かれたか、いずれにせよ住処を失ったものだと相場は決まっている。
 大概が生きるか死ぬかの瀬戸際を追われている身なのだ。
 故に、人間の里に下りてきたエルフは気難しいものだという印象が根強い。しかし、その店に限っては常連客の殆どがそのエルフの店について、こう答える。
 天使の店だ、と。
 そんな店先に、一人の女が訪れていた。どうやら客ではない様子。
 黒く長いローブを羽織り、黒く高い帽子を被る、赤く短い髪の女。
 それはかつて世界を恐怖に陥れたと云われている魔王と対峙し、勇者と共に戦い、魔王の野望を打ち砕いた伝説を持つ女魔法使い、ダリアだった。
「今日も魔具作りに勤しんでるのかなっと」
 ダリアが店のドアに手を掛ける。すると、鍵が掛かっていないのか、カチャリとノブが回り、ドアはすんなりと開いてしまった。
 確か、今日は営業の日ではなかったはず。そんな記憶を掘り起こしつつ、ダリアは店内へと足を踏み入れた。
 さて、店の中はというと、やはり営業中ではないようで、客の姿はない。
 しかしすぐさまハッと気が付く。店の奥にある工房の方から異様な臭いが漂ってくることに。
 鼻元に手をあてがいつつ、ダリアは店の奥へと進んでいく。
 ふと、何歩か進んだ辺りで、ソレが目に付いた。
「えっ!?」
 もしソレが等身大の人形か何かでないのであれば、見間違いようもない。
 何処ぞの貴族のお屋敷辺りに勤めていそうなエプロン姿に身を包んだメイド娘が、ばったりと床に倒れ込んでいた。
「ちょっとちょっと、アンタ、大丈夫?」
 思わずダリアも駆け寄る。まさか店に強盗でも入ったのか。
 そんな不安も過ぎってしまう。
「うぅ……ミモザ様、申し訳ございません……」
 意識も朦朧としているようで、うわごとのように誰かに対して謝っていた。
 ミモザというのはこの店の店主であり、天使と呼ばれている張本人の名前だ。
「アンタ、確かフィーのとこの使用人よね? どうしたの、ちょっとちょっと」
 ぺしぺしとやさしく頬を叩き、しばしボーッとした様子だったメイド娘がようやく気が付く。
「はっ!? あ、あなたは……」
「何があったの? ミモザちゃんは無事なの?」
 状況の分からないダリアと、混乱しているメイド娘とで、些か話が噛み合っていない様子だったが、メイド娘は身体を起こし姿勢を正して、答える。
「ミモザ様はただいま魔具の製作をしております。ただ、もう四日は徹夜しておりまして、上からはそろそろお休みいただくよう説得しろと言われて、それで……」
「あー、そっちかぁー」
 その言葉だけでダリアは超速で理解したのか、ポンと手を叩く。
 こそこそと忍び寄るように、ダリアは工房の方へと歩を進める。
 同様に、メイド娘も息を潜めてダリアの後ろについてくる。
 この店の間取りはそう複雑ではない。
 普段、客との応対をするカウンターの向こう側にある廊下へ進み、左の階段を上ればキッチンスペースや寝室、真っ直ぐ進めば工房だ。
 工房に近づくにつれて、異臭が一層強くなり、異音も耳につく。
 そして、奇妙な声も。
「フヒーッ、ヒ、ヒ、ヒ、ヒ」
 ぬるぺちょぷとんぽん、ぺちょぺとぼりゅりゅ。
 そんな形容しがたい音を立てているのは、その工房に立つ、ただ一人の少女。
 ミモザ、その人だった。
 じゅんるるんぼぼぼ、きりきりしゃしゃしゃ。
 何をどうしたら、何を用いたらそのような音が発生するのか、皆目見当もつかないが、工房からは異音がリズミカルに響いてくる。
 ダリアは工房を覗き込んで見えたソレを天使と形容することも、ミモザと呼ぶことも躊躇った。
 あらゆる色が混ざった黒に近い黒ではない何色かに汚れた、デロデロどろどろの物体。シルエットかと思いきや、普通に実体だったことに驚くほど。
「ヒャッハーッ!!!! 汚物《おびゅちゅ》は消毒《しょーりょく》らぁーー!!!!!!」
 アレは一体誰だろう。訊ねられたならあえてもう一度答えよう。それはこの店の店主にして天使と呼ばれたエルフの少女、ミモザである。
「あちゃー……完全にトランスに入ってるわね」
「ど、ど、どうしましょう? このままではミモザ様が倒れてしまいます。早く止めないと」
 そういってメイド娘が慌てて工房の中へと飛び込んでしまう。
 その次の瞬間、ぬるべちょん、と謎の異音とともにミモザが振り返り、名状しがたい踊りを舞う。
「あぎゃぁーーーーっ!!!!」
 今、何が起こったのだろうか。何をして、何をされたのが。
 ダリアの視界から見えたものは、工房から廊下を突き抜けて店内まで吹っ飛ばされるメイド娘の背中だけだった。
 ドッタンバッタン、またしても店内にメイド娘が転がる。なるほど、先ほどもこのように突き飛ばされたのか、とダリアは理解した。
 そして、この子、もしや学ばなかったのだろうか、と首を傾げた。
「ああもぅ~、完全に正気を失ってるじゃない」
 どうしてこんなになるまで放っておいたんだ。そう言いたくなるほど。
 いつもだったらミモザの親友、フィーがどうにか介入して止めるところなのだが、今はその親友も遠出していてすぐには帰れない。
 疲れ果てて倒れるか、魔具の完成を待つのが利口な判断に思われるが、前者は餓死寸前、瀕死の重態だった前科もある。
 後者に至っては順調に開発が進んでいるときに限る。
 今のこの状態を見て、順調だとは微塵も思えない。
 歯止めの利かない状況にまで追い込まれているようにしか見えない。
 おそらく親友のフィーならこうなる前に止めていたことだろう。
 親友の存在の大切さは、いなくなったときに初めて分かることもあるものだ。
「ミモザちゃ~ん、そろそろ休まない?」
 猫撫で声でダリアが呼びかける。
 すると、ぼちゃぺしゃぬろろ、という謎の異音と共に、あたかもポルターガイストの如く、得体の知れない物体が飛来してきた。
 さっきから一体全体何が巻き起こっているというのか。それを初見で全て把握できる人間はそう多くはないだろう。
 魔具というものは鍛冶屋のように金属を加工するようなものとは勝手が全く違う。魔力を秘めている特殊な素材を掛け合わせることにより魔力を持たない者でも魔法を使うことのできる道具を形成させる技巧が必要となる。
 本来であれば魔力に長けた魔術師が制御しながら素材の性質などの知識を持って慎重に行われる作業となる。ところが、ミモザはエルフでありながら生まれつき魔力を秘めておらず、力業で魔具を作っていた。
 魔力を持たない者が魔具を作るということはどういうことか。尋常じゃないほどの根気と集中力でカバーするしかない。
 普通なら工具を使って数時間で小屋を建てるところを、ミモザの場合は素手で不眠不休のまま家一軒作っているような状態なのである。
 端的に言って暴走だ。
「ごめんね、ミモザちゃん。手荒な真似はしたくないんだけど」
 そして、今、工房での攻防が開始されるのであった――――……