第44話 馬車に揺られて

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 馬車に揺られてガタゴトと、我は今、ある意味で絶望に向かって運ばれていた。
 ある意味で、という言い方をするのであれば、ある意味で今のこの状況は地獄とも言えるだろう。

 貴族御用達の馬車の中は言うほど狭くはなく、かといって広いかと言われたらそうでもない。そんなスペースの中で、我とロータス、そしてマルペルが同席していた。一体どうしてだろうな。

 ロータスはともかく、マルペルまでついてくるなんて聞かされていないぞ。

 元魔王と勇者と女僧侶。この組み合わせというだけで、なんだか護送されている気分になる。しかもこの馬車が向かう先があの軍事国家、レッドアイズなのだからなおのこと笑えない。

 よもやコイツら、我を売り飛ばすつもりじゃなかろうな。そんな不安も拭いきれない。かつて敵対していた魔王の首を持ち帰ったともなれば、それまで以上に勇者の貫禄もつくというものだ。

 大体、前にもコイツら、ダリアを使って我をおびきだして殺そうとしてきた前科もあるしな。どうして我もそんな連中を信じてしまったのやら。
 我は選択肢を間違えたのかもしれん。

 どうしよう。レッドアイズ国に捕らわれてしまったら。
 鎖を付けられて地下の牢獄で飼われてしまうかも。

 最悪、公開処刑。下手したら見世物にされるかもしれん。
 レッドアイズ国の名物として何百年も無様な恰好を晒すことに、なんて……。

「フィーちゃん、やはり不安ですか?」
 こちらの顔を覗きつつも、マルペルが何度目かの問いかけを投げる。

「向こうはかつてのパエデロスとは違い、治安こそ優れた都会ですが、種族差別の絶えない土地。ひょっとしたら街を歩いているだけで酷いことをされるかもしれません。ですが、私たちが同行している以上、安全は保証します」
 それは果たして勇気づけているのか、不安をより一層煽っているのか分からん。

「我のことはそう気にするな」
 そういう返事の仕方しかできない。

 まあロータスにせよマルペルにせよ、まさか今さら本気で我を生け捕りにしてレッドアイズ国に突き出しはしないだろう。チャンスなどいくらでもあったし。こんな悪手ともいえるやり口で我を誘いだそうとする方がおかしい。

 第一、レッドアイズ国で何が行われると思っているのだ。
 魔王討伐記念感謝祭だぞ。

 さぞかし盛大なパレードも催されているのであろうな。
 ソレノス王子と会う前に過剰なストレスで倒れるかもしれん。

 しかしまあ、「かつての」パエデロスか。
 あの街も我にとっては居心地が良いくらいに治安の悪い場所だったのだがな。
 それこそ毎日のようによく分からん連中がギャーギャー喧嘩しまくるくらいに。

 じゃあ今はすっかりキレイなのかと言われたらあまり即答はできないが、少なからずとも、目の前にいる勇者とその仲間たちの献身的な努力の末、この度は国家として認められるところまで成り上がっているのだから大したものよ。

 一応、各所から冒険者どもが集まったり、商人どもが金の匂いを嗅ぎつけてきたり、貴族どもが面白がって別荘建てたりと、欲望の滲み出てくる辺りは以前とそうは変わっていない。それも我にとっては糧となる負の感情ではある。

 それでも、我がメキメキと力を取り戻すほどにはもう届くことはない。ぶっちゃけ幸せ指数の方がずっと高い。いくらなんでも平和になりすぎだろ、パエデロス。

 こないだもちょっとミモザお手製の真実を見る透鏡(トゥルーグラス)で確認してみたらものの見事にレベル0に引き戻されていたしな。
 蜂どもに襲われたあの命がけの冒険は何だったんだ。

 ああ、ミモザ。どうせなら一緒に来てもらいたかったのだが、無茶は言うまい。
 我のもとに届いた招待状にはご友人もどうぞ的な文面もあるにはあったのだが、ミモザには店のこともある。主に商品開発の方面でな。

 店番くらいなら使用人を使えばどうとでもなるだろうが、あの店はミモザの作る優れた魔具によって成り立っているもの。見よう見まねでも、はたまた設計図を丸ごと手渡されてもミモザの魔具はミモザにしか作れない。

 おまけにここのところは例のプロポーズ事件のせいもあって、客が殺到し、魔具がごっそりと飛ぶように売れてしまっていた。店としては嬉しい悲鳴ではあるのだが、売り物の全てが手作りということもあり、かなり手こずっている調子だった。

 今頃、ミモザも店の中の工房で雄叫び声を挙げていることだろう。

「この山を越えればレッドアイズ国も見えてくる」
 窓から馬車の外を見てみれば、峠道に差し掛かろうというところだった。
 なかなか長い旅路だったような気もするが、馬車で飛ばせば存外直ぐだな。

 ガタンガタンと、馬車が坂道に登り始め、また少し揺れる。

「えぇと……レッドアイズ国は兵隊さんたちの指揮を高めるためにワインを作っているお酒の国でもあるんですよ。きっと美味しいお酒が振る舞われるでしょうね」
 気を遣っているつもりなのか、笑顔を取り繕いつつもマルペルが言葉を次ぐ。

 お酒か。そういえばパエデロスではあまり良い酒には巡り会えなかったな。
 アレはせいぜい水で薄めた果汁程度のものだった。

 久しぶりに酔えるほど飲めるかもしれんな。この姿で酒をガバガバ飲んでいると使用人たちも心配してしまうからある程度のセーブもしていたし。
 仮にも令嬢として振る舞っている以上、節度を考えていたところもある。

「フィーちゃんはお酒は強いのですか?」
「我を誰だと思っておる。我の瞳はワインレッド。生半可な酒なんぞ水も同然だ」
 それは何か関係あるのか、とでも言いたげな目でロータスに視線を送られたような気もするが、見なかったことにしよう。

「逆に聞くが、マルペル。キサマは酒を嗜むのか? 神職者なのに?」
「うふふ……何をおっしゃいますか。ワインとは神の血、生命の水なのですよ?」
 おしとやかそうな笑みを溢しながら言う。コイツ、相当の好き者と見た。

 見た目からはそんな印象も感じられないが、夜の寝静まった頃に教会の奥でワインを片手に顔真っ赤にして陽気な鼻歌を歌っている光景が目に浮かんでしまった。
 よもや、酒が飲みたくて同行してきたわけではあるまいな。

「一応言っておくが、二人とも、ハメは外しすぎないように頼む」
 やれやれと言いたげな顔で言われてしまった。我はともかくとして、マルペルを指してそう言うということは、やはりかなりの大酒飲みに違いない。
 対するマルペルも、うふふふふ、と妙に含みのある笑いで誤魔化しているし。

「ダリアさんもいらしたらもっと楽しかったのでしょうけど」
 とマルペルは付け加えた。ダリアまで来ていたら我も気が気でないわ。

 アイツはアイツでパエデロスの治安維持を引き続き頑張っている。
 今やパエデロスにもいつの間にやら自警団も結成されていたが、だからといって勇者一派全員が不在では回るものも回らないだろう。

「今頃、私たちがいなくて寂しくしているかもしれませんね」
「土産に酒でも持って帰ればいいだろう」
「あら、いけませんわ。ダリアさんはお酒が弱いのですから」
 別にそんな知りたくもない情報を知った。まあ、だったら今度我の屋敷に顔を見せにきたときにはたらふく酒を飲ませて無様な姿を拝むのもいいか。

 そういえば、ミモザには土産は何にするか。
 都会ならではの高度な魔具がいいかもしれん。きっと喜びそうだ。

「おっと、ようやく見えてきた。レッドアイズ国だ」
 そうこうしているうちに、ロータスが外に視線を送る。
 山の上からでも分かる、巨大な都市が窓の先から見下ろせた。




みんなのリアクション

 馬車に揺られてガタゴトと、我は今、ある意味で絶望に向かって運ばれていた。
 ある意味で、という言い方をするのであれば、ある意味で今のこの状況は地獄とも言えるだろう。
 貴族御用達の馬車の中は言うほど狭くはなく、かといって広いかと言われたらそうでもない。そんなスペースの中で、我とロータス、そしてマルペルが同席していた。一体どうしてだろうな。
 ロータスはともかく、マルペルまでついてくるなんて聞かされていないぞ。
 元魔王と勇者と女僧侶。この組み合わせというだけで、なんだか護送されている気分になる。しかもこの馬車が向かう先があの軍事国家、レッドアイズなのだからなおのこと笑えない。
 よもやコイツら、我を売り飛ばすつもりじゃなかろうな。そんな不安も拭いきれない。かつて敵対していた魔王の首を持ち帰ったともなれば、それまで以上に勇者の貫禄もつくというものだ。
 大体、前にもコイツら、ダリアを使って我をおびきだして殺そうとしてきた前科もあるしな。どうして我もそんな連中を信じてしまったのやら。
 我は選択肢を間違えたのかもしれん。
 どうしよう。レッドアイズ国に捕らわれてしまったら。
 鎖を付けられて地下の牢獄で飼われてしまうかも。
 最悪、公開処刑。下手したら見世物にされるかもしれん。
 レッドアイズ国の名物として何百年も無様な恰好を晒すことに、なんて……。
「フィーちゃん、やはり不安ですか?」
 こちらの顔を覗きつつも、マルペルが何度目かの問いかけを投げる。
「向こうはかつてのパエデロスとは違い、治安こそ優れた都会ですが、種族差別の絶えない土地。ひょっとしたら街を歩いているだけで酷いことをされるかもしれません。ですが、私たちが同行している以上、安全は保証します」
 それは果たして勇気づけているのか、不安をより一層煽っているのか分からん。
「我のことはそう気にするな」
 そういう返事の仕方しかできない。
 まあロータスにせよマルペルにせよ、まさか今さら本気で我を生け捕りにしてレッドアイズ国に突き出しはしないだろう。チャンスなどいくらでもあったし。こんな悪手ともいえるやり口で我を誘いだそうとする方がおかしい。
 第一、レッドアイズ国で何が行われると思っているのだ。
 魔王討伐記念感謝祭だぞ。
 さぞかし盛大なパレードも催されているのであろうな。
 ソレノス王子と会う前に過剰なストレスで倒れるかもしれん。
 しかしまあ、「かつての」パエデロスか。
 あの街も我にとっては居心地が良いくらいに治安の悪い場所だったのだがな。
 それこそ毎日のようによく分からん連中がギャーギャー喧嘩しまくるくらいに。
 じゃあ今はすっかりキレイなのかと言われたらあまり即答はできないが、少なからずとも、目の前にいる勇者とその仲間たちの献身的な努力の末、この度は国家として認められるところまで成り上がっているのだから大したものよ。
 一応、各所から冒険者どもが集まったり、商人どもが金の匂いを嗅ぎつけてきたり、貴族どもが面白がって別荘建てたりと、欲望の滲み出てくる辺りは以前とそうは変わっていない。それも我にとっては糧となる負の感情ではある。
 それでも、我がメキメキと力を取り戻すほどにはもう届くことはない。ぶっちゃけ幸せ指数の方がずっと高い。いくらなんでも平和になりすぎだろ、パエデロス。
 こないだもちょっとミモザお手製の|真実を見る透鏡《トゥルーグラス》で確認してみたらものの見事にレベル0に引き戻されていたしな。
 蜂どもに襲われたあの命がけの冒険は何だったんだ。
 ああ、ミモザ。どうせなら一緒に来てもらいたかったのだが、無茶は言うまい。
 我のもとに届いた招待状にはご友人もどうぞ的な文面もあるにはあったのだが、ミモザには店のこともある。主に商品開発の方面でな。
 店番くらいなら使用人を使えばどうとでもなるだろうが、あの店はミモザの作る優れた魔具によって成り立っているもの。見よう見まねでも、はたまた設計図を丸ごと手渡されてもミモザの魔具はミモザにしか作れない。
 おまけにここのところは例のプロポーズ事件のせいもあって、客が殺到し、魔具がごっそりと飛ぶように売れてしまっていた。店としては嬉しい悲鳴ではあるのだが、売り物の全てが手作りということもあり、かなり手こずっている調子だった。
 今頃、ミモザも店の中の工房で雄叫び声を挙げていることだろう。
「この山を越えればレッドアイズ国も見えてくる」
 窓から馬車の外を見てみれば、峠道に差し掛かろうというところだった。
 なかなか長い旅路だったような気もするが、馬車で飛ばせば存外直ぐだな。
 ガタンガタンと、馬車が坂道に登り始め、また少し揺れる。
「えぇと……レッドアイズ国は兵隊さんたちの指揮を高めるためにワインを作っているお酒の国でもあるんですよ。きっと美味しいお酒が振る舞われるでしょうね」
 気を遣っているつもりなのか、笑顔を取り繕いつつもマルペルが言葉を次ぐ。
 お酒か。そういえばパエデロスではあまり良い酒には巡り会えなかったな。
 アレはせいぜい水で薄めた果汁程度のものだった。
 久しぶりに酔えるほど飲めるかもしれんな。この姿で酒をガバガバ飲んでいると使用人たちも心配してしまうからある程度のセーブもしていたし。
 仮にも令嬢として振る舞っている以上、節度を考えていたところもある。
「フィーちゃんはお酒は強いのですか?」
「我を誰だと思っておる。我の瞳はワインレッド。生半可な酒なんぞ水も同然だ」
 それは何か関係あるのか、とでも言いたげな目でロータスに視線を送られたような気もするが、見なかったことにしよう。
「逆に聞くが、マルペル。キサマは酒を嗜むのか? 神職者なのに?」
「うふふ……何をおっしゃいますか。ワインとは神の血、生命の水なのですよ?」
 おしとやかそうな笑みを溢しながら言う。コイツ、相当の好き者と見た。
 見た目からはそんな印象も感じられないが、夜の寝静まった頃に教会の奥でワインを片手に顔真っ赤にして陽気な鼻歌を歌っている光景が目に浮かんでしまった。
 よもや、酒が飲みたくて同行してきたわけではあるまいな。
「一応言っておくが、二人とも、ハメは外しすぎないように頼む」
 やれやれと言いたげな顔で言われてしまった。我はともかくとして、マルペルを指してそう言うということは、やはりかなりの大酒飲みに違いない。
 対するマルペルも、うふふふふ、と妙に含みのある笑いで誤魔化しているし。
「ダリアさんもいらしたらもっと楽しかったのでしょうけど」
 とマルペルは付け加えた。ダリアまで来ていたら我も気が気でないわ。
 アイツはアイツでパエデロスの治安維持を引き続き頑張っている。
 今やパエデロスにもいつの間にやら自警団も結成されていたが、だからといって勇者一派全員が不在では回るものも回らないだろう。
「今頃、私たちがいなくて寂しくしているかもしれませんね」
「土産に酒でも持って帰ればいいだろう」
「あら、いけませんわ。ダリアさんはお酒が弱いのですから」
 別にそんな知りたくもない情報を知った。まあ、だったら今度我の屋敷に顔を見せにきたときにはたらふく酒を飲ませて無様な姿を拝むのもいいか。
 そういえば、ミモザには土産は何にするか。
 都会ならではの高度な魔具がいいかもしれん。きっと喜びそうだ。
「おっと、ようやく見えてきた。レッドアイズ国だ」
 そうこうしているうちに、ロータスが外に視線を送る。
 山の上からでも分かる、巨大な都市が窓の先から見下ろせた。