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(六)

ー/ー



 「すまないが、知客を呼んで来てくれんか」
 入り口の前で箒をかけていた寺男に声をかければ、目を丸くして頭の天辺から足の先までじろじろ智深を眺めまわした彼は、まるで獅子に睨まれた兎のごとく身震いした後、中から青白く覇気のない顔をした知客を連れて戻ってくる。
 「そちらさまは、どちらからお越しに?」
 もごもごと聞きづらい声の男に微かな苛立ちを覚えながらも、ここで怒鳴りつけては智真長老の顔がたたぬとぐっとこらえ、荷物と禅杖を下ろした智深は丁寧に合掌礼拝した。
 「拙僧、五台山から参った者でして、ほら、ここに、智真長老の手紙を携えております。こちらのお寺の智清大師様のもとで働くようにと仰せつかってきた次第」
 「……なるほど、これは確かに智真長老様の御筆跡。そういうことでしたら、方丈へご案内いたします。こちらへどうぞ」
 青白い顔に怪訝な表情を浮かべながら、寺男と同じくこちらをじろじろと眺めていた知客は、差し出された手紙を見てようやく納得がいった様子で、足早に智深を方丈へと案内する。
 「……あなた、何をぼうっとしているのです」
 方丈で智清大師を待つこととなり、手紙を握りしめてぼんやり座っていた智深は、知客の棘のある声にむっと顔をあげた。
 「何だ、ぼうっとしているのが悪いことか」
 「智清大師をお迎えするのですよ、それなのにあなたは、作法というものを知らないのですか。はやく戒刀を外して礼拝の準備をされてはいかがです」
 「なんだ、そういうことは早く言ってくださいよ」
 知客の冷たい眼差しに急かされるように戒刀を外し、荷物の中を漁ったが、五台山から持たされたこれらの道具の使い方など知るわけがない。
 とりあえず道具を出してふたたびむすっと動きを止めた智深の様子に呆れたように目を回しながら、知客はてきぱきと智深の肩から袈裟をかけ、座具を敷いて、香炉を準備した。
 「僧侶だというのに、これしきのこともわきまえぬとは……さあ、智清大師様がいらっしゃいましたよ」
 偉そうな知客の話しぶりに、さらに口をへの字に曲げていた智深は、しかし、静かな足音とともに現れた智清大師の姿を目に止め、つとめて明るい顔を浮かべようとした。この寺さえも追い出されたら、また腹を空かせて行脚の旅に出るはめになる。
 「智清大師、拙僧、法名を魯智深と申します」
 「大師様、この者は五台山より智真長老の手紙を携えて参った者です。手紙はここに」
 知客から手紙を受け取った智清大師は、智真長老の弟子とは思えぬほど、どこか威厳に欠けた風であった。
 「おお、兄弟子殿からの手紙は久しぶり」
 智深の携えた手紙を神経質に指でなぞりながら読む姿は、大寺院の長老というよりは、隠居した商人のようでもあった。
 「さ、大師に拝礼を」
 (ふん、いちいち指図せんでも、それくらいはわかっているわ)
 苛立ちを抑えながら香炉に香を焚き染め三拝する智深を見つめていた智清大師は、ふ、と小さく息を吐いた。
 「魯智深よ、遠路はるばるご苦労であったな。智真長老からの手紙、確かに受け取った。まずは斎などを用意するゆえ、御堂で休まれると良い。追って今後のことを話しましょう」
 「はは、そうだな、また寺で働くとなれば、腹が減ってちゃ何もできん」
 斎という言葉につられてそそくさと荷物を片付けた智深は、なおもねちねちと何事か言い募る知客の言葉を聞き流しながら、方丈を後にした。

 「まったく、兄者も何故こんな男を……」
 智清にとって兄弟子の智真は常に計り知れぬ人間であったが、この度のことはまさにその好例であった。
 あの魯智深とかいう生臭坊主が人を殺して出家し、清浄なる五台山を騒がせ、もう手元に置いておくことはできぬので慈悲をもって迎えてやってくれという、手紙に書かれていた依頼自体はなはだ不愉快なものであったが、わからないのはその手紙の最後に書かれていた一文だ。
 「『この者、いずれ必ず悟りを開き、我々では及びもつかぬ者となる故、何とぞお断りなきよう』……兄者もついに耄碌(もうろく)したか、あのような荒くれ者が悟りを開くなど」
 「大師、いかがいたしましょう」
 智深が斎を食って休んでいる間に、この件を相談しようと智清が呼び寄せた寺中の役僧たちは、彼がやってきた経緯と手紙の内容を聞き、口々不安げな声をあげる。
 「あの五台山を滅茶滅茶にした怪物ですぞ」
 「それに人を殺したと」
 「皇帝陛下のお膝元で、もしまたそのようなことをされては」
 「われわれの面目もあったものでは……」
 「皆、聞いてくれ」
 手をあげ、僧たちのざわめきを鎮めた智清は、深いため息をついた。
 「皆の気持ちはわかるが、兄弟子たっての願いを無下に断ることもできんのだ。だからといって、この寺に置いて、皆の言うような騒ぎを起こされては困る。いったいどうすればよいものか」
 「まったく、心中お察しいたします。あのがさつな大男、とても心から仏に帰依するとは思えません」
 きんきんと文句を並べたてる知客の声を、今度は都寺(つうす)が右手をあげて遮った。
 「失礼、私にひとつ案がございます。皆さま、酸棗門(さんそうもん)外の菜園を覚えておいでですかな。あそこには、兵隊やら浮浪者やら、ならず者どもがしょっちゅうやってきては、勝手に羊を盗んだり、馬を放したり、飲み食いして大騒ぎしたあげく糞尿をまき散らしたりと無礼をし放題。今は老僧が一人で管理をしておりますが、とてもやつらを取り締まったりなどできないでおります。あの魯智深という男、人を殺したほどの力を持て余しているのであれば、あそこの見張りにつければ案外うまいこと立ち回るかもしれませんぞ」
 「なるほど、菜園の番か」
 それならば、いくら暴れようが、ならず者を取り締まっていると言い訳もたつ。これは妙案、と皆も一様に膝を打つのを見て、智清は何度も頷いた。
 「都寺よ、そちの妙案、さっそく魯智深に伝えようぞ。誰か、智深が食事を終えたらこちらへ連れて参れ」
 しばらくすると、智清の言葉に従った寺男たちが再び智深を連れて方丈に姿を現した。
 先ほど顔を見たときには旅の疲れか幾分おとなしめであったものが、斎を食って元気を取り戻したのだろう。まるまるとした体をふんぞり返らせ、粗削りの顔をてかてかと光らせた智深は、尊大な笑顔を浮かべていた。
 「智清大師、それで、拙僧の仕事は決まりましたか」
 「うむ。智深よ、そなたにぜひとも任せたい仕事がある。内城の北の酸棗門外には東嶽廟(とうがくびょう)があるのだが、その裏にこの寺の菜園があってな。そなたには、その菜園の管理をしてもらいたいのだ。畑を耕す者たちには毎日野菜を十荷納めさせておるが、そのほかはそなたのものにしてよいぞ」
 すると、智深の尊大な笑顔は、たちまち餌を奪われた獣のようにしかめられた。
 「智真長老は、俺に役僧になれと言いました。何故都寺だとか監寺(かんす)だとか役名のついた仕事じゃなく、畑の番なぞせにゃならんのです」
 「なんと傲慢な。あなたは今日こちらに来られたばかりだというのに、いきなり都寺になどなれるわけがないでしょう。菜園の管理とて、立派なお仕事なのですよ」
 「ふん、俺は野菜番などお断りだ。都寺か監寺じゃなきゃやらんぞ」
 穏やかな首座のたしなめにも、智深は歯茎をむき出して声を低めるばかりである。
 見かねた知客が、頭痛を堪えるようにこめかみを揉みながら智深を諭す。
 「智深とやら、お聞きなさい。私とて、知客という、いうなれば接待係の仕事を長年つとめて修行をしているのです。そもそもあなたは都寺や監寺がどのような仕事かもご存じないのでは? お寺の大事な品を預かるお役目を、新入りが担うことができるわけがないでしょう。もしもあなたが一年でも二年でも菜園の管理を立派に務めあげることができたら、そこで初めて次の位につくことができるのです。言い換えれば、一生菜園番をするか、位があがるかどうかは、あなたのおつとめ次第なのですよ」
 「なんだ、あんただって今の地位に満足していないような言いぐさだな。俺は地位に興味があるわけじゃない。力に見合った仕事をできんのが不満なだけだ。だが、あんたの話を聞けば、いつかは認められる日も来るってわけだな。よろしい、それじゃあ、明日から畑の番をいたしましょう」
 「ふん、生意気な口を聞く」
 知客だけはねちねちと文句を言い続けていたが、智清本人も含め、一同に会した僧侶たちは、ひとまず智深が納得した様子を見てほっと胸を撫でおろしたのであった。

 「おい、野郎ども、見てみろよ」
 日ごろしょぼくれた老僧が自分たちを恐れて一切口出し手出しをしてこないのをいいことに、天下の大相国寺の菜園から好き勝手野菜を盗んでいる連中は、その日菜園の入り口に貼りだされた掲示を見て騒然とした。
 「兄貴、なんだい、なんて書いてるのか読んでくれよ」
 「『明日より菜園の管理は僧魯智深に命ず。無断で園内に立ち入って狼藉を働く者は、即ち魯智深によって処分せしめらる』……魯智深っていう坊主が明日からここの番人になるらしいぜ」
 博徒や強盗、浮浪者といった、この菜園を盗みの根城にしている連中は、この突然の交代劇の意味するところを思案した。
 「どうやら坊主どもも、ようやく重てぇ腰をあげたらしいな」
 「へへ、何をいまさら」
 「なあ、俺、思いついたんだけどよ」
 掲示を見上げていた連中の一人が、にたりと笑う。
 「その新人の坊主、どんなやつかァ知らねえが、せっかくお近づきになるんだし、ちぃと()()()仲になってもらおうじゃねえか。そら、肥溜めンとこにおびき寄せて、就任祝いと言い含めてさ、俺たちの両手でこいつの足をすくってぶん投げて、糞の中に投げ込んでやるんだよ」
 「ハハ、そいつぁおもしれえ!」
 男たちは、まさか新たな菜園の番人が、泣く子も黙るどころか気を失うような物凄い荒くれ坊主だとはつゆ知らず、明日の「お祝い」を楽しみに大声をあげて笑うのであった。

〈第六回 了〉


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 「そちらさまは、どちらからお越しに?」
 もごもごと聞きづらい声の男に微かな苛立ちを覚えながらも、ここで怒鳴りつけては智真長老の顔がたたぬとぐっとこらえ、荷物と禅杖を下ろした智深は丁寧に合掌礼拝した。
 「拙僧、五台山から参った者でして、ほら、ここに、智真長老の手紙を携えております。こちらのお寺の智清大師様のもとで働くようにと仰せつかってきた次第」
 「……なるほど、これは確かに智真長老様の御筆跡。そういうことでしたら、方丈へご案内いたします。こちらへどうぞ」
 青白い顔に怪訝な表情を浮かべながら、寺男と同じくこちらをじろじろと眺めていた知客は、差し出された手紙を見てようやく納得がいった様子で、足早に智深を方丈へと案内する。
 「……あなた、何をぼうっとしているのです」
 方丈で智清大師を待つこととなり、手紙を握りしめてぼんやり座っていた智深は、知客の棘のある声にむっと顔をあげた。
 「何だ、ぼうっとしているのが悪いことか」
 「智清大師をお迎えするのですよ、それなのにあなたは、作法というものを知らないのですか。はやく戒刀を外して礼拝の準備をされてはいかがです」
 「なんだ、そういうことは早く言ってくださいよ」
 知客の冷たい眼差しに急かされるように戒刀を外し、荷物の中を漁ったが、五台山から持たされたこれらの道具の使い方など知るわけがない。
 とりあえず道具を出してふたたびむすっと動きを止めた智深の様子に呆れたように目を回しながら、知客はてきぱきと智深の肩から袈裟をかけ、座具を敷いて、香炉を準備した。
 「僧侶だというのに、これしきのこともわきまえぬとは……さあ、智清大師様がいらっしゃいましたよ」
 偉そうな知客の話しぶりに、さらに口をへの字に曲げていた智深は、しかし、静かな足音とともに現れた智清大師の姿を目に止め、つとめて明るい顔を浮かべようとした。この寺さえも追い出されたら、また腹を空かせて行脚の旅に出るはめになる。
 「智清大師、拙僧、法名を魯智深と申します」
 「大師様、この者は五台山より智真長老の手紙を携えて参った者です。手紙はここに」
 知客から手紙を受け取った智清大師は、智真長老の弟子とは思えぬほど、どこか威厳に欠けた風であった。
 「おお、兄弟子殿からの手紙は久しぶり」
 智深の携えた手紙を神経質に指でなぞりながら読む姿は、大寺院の長老というよりは、隠居した商人のようでもあった。
 「さ、大師に拝礼を」
 (ふん、いちいち指図せんでも、それくらいはわかっているわ)
 苛立ちを抑えながら香炉に香を焚き染め三拝する智深を見つめていた智清大師は、ふ、と小さく息を吐いた。
 「魯智深よ、遠路はるばるご苦労であったな。智真長老からの手紙、確かに受け取った。まずは斎などを用意するゆえ、御堂で休まれると良い。追って今後のことを話しましょう」
 「はは、そうだな、また寺で働くとなれば、腹が減ってちゃ何もできん」
 斎という言葉につられてそそくさと荷物を片付けた智深は、なおもねちねちと何事か言い募る知客の言葉を聞き流しながら、方丈を後にした。
 「まったく、兄者も何故こんな男を……」
 智清にとって兄弟子の智真は常に計り知れぬ人間であったが、この度のことはまさにその好例であった。
 あの魯智深とかいう生臭坊主が人を殺して出家し、清浄なる五台山を騒がせ、もう手元に置いておくことはできぬので慈悲をもって迎えてやってくれという、手紙に書かれていた依頼自体はなはだ不愉快なものであったが、わからないのはその手紙の最後に書かれていた一文だ。
 「『この者、いずれ必ず悟りを開き、我々では及びもつかぬ者となる故、何とぞお断りなきよう』……兄者もついに|耄碌《もうろく》したか、あのような荒くれ者が悟りを開くなど」
 「大師、いかがいたしましょう」
 智深が斎を食って休んでいる間に、この件を相談しようと智清が呼び寄せた寺中の役僧たちは、彼がやってきた経緯と手紙の内容を聞き、口々不安げな声をあげる。
 「あの五台山を滅茶滅茶にした怪物ですぞ」
 「それに人を殺したと」
 「皇帝陛下のお膝元で、もしまたそのようなことをされては」
 「われわれの面目もあったものでは……」
 「皆、聞いてくれ」
 手をあげ、僧たちのざわめきを鎮めた智清は、深いため息をついた。
 「皆の気持ちはわかるが、兄弟子たっての願いを無下に断ることもできんのだ。だからといって、この寺に置いて、皆の言うような騒ぎを起こされては困る。いったいどうすればよいものか」
 「まったく、心中お察しいたします。あのがさつな大男、とても心から仏に帰依するとは思えません」
 きんきんと文句を並べたてる知客の声を、今度は|都寺《つうす》が右手をあげて遮った。
 「失礼、私にひとつ案がございます。皆さま、|酸棗門《さんそうもん》外の菜園を覚えておいでですかな。あそこには、兵隊やら浮浪者やら、ならず者どもがしょっちゅうやってきては、勝手に羊を盗んだり、馬を放したり、飲み食いして大騒ぎしたあげく糞尿をまき散らしたりと無礼をし放題。今は老僧が一人で管理をしておりますが、とてもやつらを取り締まったりなどできないでおります。あの魯智深という男、人を殺したほどの力を持て余しているのであれば、あそこの見張りにつければ案外うまいこと立ち回るかもしれませんぞ」
 「なるほど、菜園の番か」
 それならば、いくら暴れようが、ならず者を取り締まっていると言い訳もたつ。これは妙案、と皆も一様に膝を打つのを見て、智清は何度も頷いた。
 「都寺よ、そちの妙案、さっそく魯智深に伝えようぞ。誰か、智深が食事を終えたらこちらへ連れて参れ」
 しばらくすると、智清の言葉に従った寺男たちが再び智深を連れて方丈に姿を現した。
 先ほど顔を見たときには旅の疲れか幾分おとなしめであったものが、斎を食って元気を取り戻したのだろう。まるまるとした体をふんぞり返らせ、粗削りの顔をてかてかと光らせた智深は、尊大な笑顔を浮かべていた。
 「智清大師、それで、拙僧の仕事は決まりましたか」
 「うむ。智深よ、そなたにぜひとも任せたい仕事がある。内城の北の酸棗門外には|東嶽廟《とうがくびょう》があるのだが、その裏にこの寺の菜園があってな。そなたには、その菜園の管理をしてもらいたいのだ。畑を耕す者たちには毎日野菜を十荷納めさせておるが、そのほかはそなたのものにしてよいぞ」
 すると、智深の尊大な笑顔は、たちまち餌を奪われた獣のようにしかめられた。
 「智真長老は、俺に役僧になれと言いました。何故都寺だとか|監寺《かんす》だとか役名のついた仕事じゃなく、畑の番なぞせにゃならんのです」
 「なんと傲慢な。あなたは今日こちらに来られたばかりだというのに、いきなり都寺になどなれるわけがないでしょう。菜園の管理とて、立派なお仕事なのですよ」
 「ふん、俺は野菜番などお断りだ。都寺か監寺じゃなきゃやらんぞ」
 穏やかな首座のたしなめにも、智深は歯茎をむき出して声を低めるばかりである。
 見かねた知客が、頭痛を堪えるようにこめかみを揉みながら智深を諭す。
 「智深とやら、お聞きなさい。私とて、知客という、いうなれば接待係の仕事を長年つとめて修行をしているのです。そもそもあなたは都寺や監寺がどのような仕事かもご存じないのでは? お寺の大事な品を預かるお役目を、新入りが担うことができるわけがないでしょう。もしもあなたが一年でも二年でも菜園の管理を立派に務めあげることができたら、そこで初めて次の位につくことができるのです。言い換えれば、一生菜園番をするか、位があがるかどうかは、あなたのおつとめ次第なのですよ」
 「なんだ、あんただって今の地位に満足していないような言いぐさだな。俺は地位に興味があるわけじゃない。力に見合った仕事をできんのが不満なだけだ。だが、あんたの話を聞けば、いつかは認められる日も来るってわけだな。よろしい、それじゃあ、明日から畑の番をいたしましょう」
 「ふん、生意気な口を聞く」
 知客だけはねちねちと文句を言い続けていたが、智清本人も含め、一同に会した僧侶たちは、ひとまず智深が納得した様子を見てほっと胸を撫でおろしたのであった。
 「おい、野郎ども、見てみろよ」
 日ごろしょぼくれた老僧が自分たちを恐れて一切口出し手出しをしてこないのをいいことに、天下の大相国寺の菜園から好き勝手野菜を盗んでいる連中は、その日菜園の入り口に貼りだされた掲示を見て騒然とした。
 「兄貴、なんだい、なんて書いてるのか読んでくれよ」
 「『明日より菜園の管理は僧魯智深に命ず。無断で園内に立ち入って狼藉を働く者は、即ち魯智深によって処分せしめらる』……魯智深っていう坊主が明日からここの番人になるらしいぜ」
 博徒や強盗、浮浪者といった、この菜園を盗みの根城にしている連中は、この突然の交代劇の意味するところを思案した。
 「どうやら坊主どもも、ようやく重てぇ腰をあげたらしいな」
 「へへ、何をいまさら」
 「なあ、俺、思いついたんだけどよ」
 掲示を見上げていた連中の一人が、にたりと笑う。
 「その新人の坊主、どんなやつかァ知らねえが、せっかくお近づきになるんだし、ちぃと|く《・》|さ《・》|い《・》仲になってもらおうじゃねえか。そら、肥溜めンとこにおびき寄せて、就任祝いと言い含めてさ、俺たちの両手でこいつの足をすくってぶん投げて、糞の中に投げ込んでやるんだよ」
 「ハハ、そいつぁおもしれえ!」
 男たちは、まさか新たな菜園の番人が、泣く子も黙るどころか気を失うような物凄い荒くれ坊主だとはつゆ知らず、明日の「お祝い」を楽しみに大声をあげて笑うのであった。
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