5 てんさいモード

ー/ー



「この間までカルチャースクールでピアノ講師をしてました……諸事情ありまして退職し、現在ニート歴約一ヶ月です」


 烏丸さんの時間を奪わぬよう、気を使ったためか、要約はそこそこ完璧だった。しかし自画自賛もつかの間、


「ピアノか!」
 
 食いつき気味な彼に、絶望を覚える。
 
「幼い頃、1週間だけピアノ教室に通ったことがある。右手と左手がバラバラで意味がわからない。俺にとって唯一の挫折だ。あれを極めるとは、君はすごいな」


「いえいえいえいえいえ、とんでもございません!」


 浮かれちゃ駄目だ、現実にもどれ。
 コンフォートゾーンへと引き戻そうとする私の右脳は勝利をおさめ、今の私は推しを前にタジタジモード。


(絶対に何かの罠よ! 助けて。ハローワークのお姉さん!)


 敵と認定していた彼女が今やむしろ懐かしい。


「くれぐれも、高望みなんてしないように」


 今の私なら、片手をピンと高らかにあげ、「はい!」と笑顔で応えられそう。


「ただ好きだから続いただけです。音大も出ていないのに、学生時代のバイトからそのまんま……就職活動もしていない甘ちゃんです」
 
 過度な自分下げには理由がある。烏丸さんだけではない。会場に来ている3000人ほどの時間を私なんぞのために消費させるのが忍びないのだ。
 頭にあるのは「私のことはほっといてください」。それだけだ。だってほら、時間は命なわけだから。
 しかし気遣いはカリスマに伝わらない。  


「バイトの拾い上げか。音大を出てないのに採用されるとは。珍しいな。よほどの逸材……天才って事か」
 
 感心したように呟くと、真剣な目で私を見る。
 天才……。
 持ち上げられた気がするけれど、無視しよう。
 推しの行動にいちいち反応するのは神の御業に一喜一憂するのと同じ。
 そうだ。今聞いたのは「天才」なんかじゃない。


(天災だ……受け流そう……)


 私は新たな視点に到達していた。
 台風や地震に逆らっても仕方ない。
 じっと時が流れるのを待っていれば、そのうち神も目の前から去るだろう。


 ところが。


「面白いな」


 防災頭巾を被った巣ごもりモードの私ですら、何等かの興味を与えてしまったらしく、彼はそんな事を言う。


(どこが? 私、何もしてませんけどっ!!!)


 背中に冷たい汗が流れる。


「この俺を前にして、落ち着き払ったその態度。只者じゃない」


 烏丸さんはにやりと笑った。


(只者ですっ!!!!!!)


 私は天災モードの失敗を悟る。
 なんということだ。推しを前にオロオロあたふた、素の自分を見せたほうが正解だった、ということか。
 愕然としている私に神は畳み掛けてきた。


「もしうちに来たら、どんな変革を起こす? プレゼンしてみろ」


 目を見ればわかる。
 烏丸さんはノリノリだ。


(プレゼンって……)
 
 私は恨めしげな目で烏丸さんを見てしまう。
 そんなシミュレーションしても仕方ない……。
 だって私は……。


次のエピソードへ進む 6 さよなら神様


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「この間までカルチャースクールでピアノ講師をしてました……諸事情ありまして退職し、現在ニート歴約一ヶ月です」
 烏丸さんの時間を奪わぬよう、気を使ったためか、要約はそこそこ完璧だった。しかし自画自賛もつかの間、
「ピアノか!」
 食いつき気味な彼に、絶望を覚える。
「幼い頃、1週間だけピアノ教室に通ったことがある。右手と左手がバラバラで意味がわからない。俺にとって唯一の挫折だ。あれを極めるとは、君はすごいな」
「いえいえいえいえいえ、とんでもございません!」
 浮かれちゃ駄目だ、現実にもどれ。
 コンフォートゾーンへと引き戻そうとする私の右脳は勝利をおさめ、今の私は推しを前にタジタジモード。
(絶対に何かの罠よ! 助けて。ハローワークのお姉さん!)
 敵と認定していた彼女が今やむしろ懐かしい。
「くれぐれも、高望みなんてしないように」
 今の私なら、片手をピンと高らかにあげ、「はい!」と笑顔で応えられそう。
「ただ好きだから続いただけです。音大も出ていないのに、学生時代のバイトからそのまんま……就職活動もしていない甘ちゃんです」
 過度な自分下げには理由がある。烏丸さんだけではない。会場に来ている3000人ほどの時間を私なんぞのために消費させるのが忍びないのだ。
 頭にあるのは「私のことはほっといてください」。それだけだ。だってほら、時間は命なわけだから。
 しかし気遣いはカリスマに伝わらない。  
「バイトの拾い上げか。音大を出てないのに採用されるとは。珍しいな。よほどの逸材……天才って事か」
 感心したように呟くと、真剣な目で私を見る。
 天才……。
 持ち上げられた気がするけれど、無視しよう。
 推しの行動にいちいち反応するのは神の御業に一喜一憂するのと同じ。
 そうだ。今聞いたのは「天才」なんかじゃない。
(天災だ……受け流そう……)
 私は新たな視点に到達していた。
 台風や地震に逆らっても仕方ない。
 じっと時が流れるのを待っていれば、そのうち神も目の前から去るだろう。
 ところが。
「面白いな」
 防災頭巾を被った巣ごもりモードの私ですら、何等かの興味を与えてしまったらしく、彼はそんな事を言う。
(どこが? 私、何もしてませんけどっ!!!)
 背中に冷たい汗が流れる。
「この俺を前にして、落ち着き払ったその態度。只者じゃない」
 烏丸さんはにやりと笑った。
(只者ですっ!!!!!!)
 私は天災モードの失敗を悟る。
 なんということだ。推しを前にオロオロあたふた、素の自分を見せたほうが正解だった、ということか。
 愕然としている私に神は畳み掛けてきた。
「もしうちに来たら、どんな変革を起こす? プレゼンしてみろ」
 目を見ればわかる。
 烏丸さんはノリノリだ。
(プレゼンって……)
 私は恨めしげな目で烏丸さんを見てしまう。
 そんなシミュレーションしても仕方ない……。
 だって私は……。