桜の駆け引き
ー/ー 僕の彼女は、何を考えているのかわからない。
交際を始めてからそこそこ経つけれど、つんと澄ましたその表情は未だに読めない。
それに彼女は、突然不思議なことを言う。
さっきも、突然――
「桜は駆け引きをしているんだよ」
と、公園の桜を見て、独り言のように呟いた。
やっぱり僕には、ベンチで隣に座る彼女の顔を間近で見ていても、その表情からは何の感情も読めないし、先の言葉の真意もさっぱりわからない。ただ、彼女が僕に何かを伝えようとしていることだけは確かにわかる。
僕は訊いた。
「誰と駆け引きしているの?」
彼女は答える。
「人間と」
彼女の視線の先では、新婚夫婦と思わしきカップルが、満開の桜の下で写真撮影をしていた。最近流行りの、フォトウェディングというやつだろう。ふたりは洋装の婚礼衣装を身に纏い、カメラマンの指示を受けながら恥ずかしそうにポーズを取っている。
微笑ましい限りだ。
恋人が隣にいる僕は、自然と考えさせられる。
僕らにもあんな未来があるのだろうか。
わからない。
彼女は、僕らの将来をどう考えているのだろう。
交際を始めてからそこそこ経つけれど、つんと澄ましたその表情は未だに読めない。
それに彼女は、突然不思議なことを言う。
さっきも、突然――
「桜は駆け引きをしているんだよ」
と、公園の桜を見て、独り言のように呟いた。
やっぱり僕には、ベンチで隣に座る彼女の顔を間近で見ていても、その表情からは何の感情も読めないし、先の言葉の真意もさっぱりわからない。ただ、彼女が僕に何かを伝えようとしていることだけは確かにわかる。
僕は訊いた。
「誰と駆け引きしているの?」
彼女は答える。
「人間と」
彼女の視線の先では、新婚夫婦と思わしきカップルが、満開の桜の下で写真撮影をしていた。最近流行りの、フォトウェディングというやつだろう。ふたりは洋装の婚礼衣装を身に纏い、カメラマンの指示を受けながら恥ずかしそうにポーズを取っている。
微笑ましい限りだ。
恋人が隣にいる僕は、自然と考えさせられる。
僕らにもあんな未来があるのだろうか。
わからない。
彼女は、僕らの将来をどう考えているのだろう。
僕と彼女は付き合ってもう五年になるけど、結婚はまだしていない。
それどころか同棲すらしておらず、月に数回、僕の家に彼女が泊まりにくる程度に留まっている。
一度だけ、同棲を提案したことがあるけれど、そのとき彼女は何も答えることなく、ただなんとなく不機嫌そうにしていた(気がする)から、それからその話はしないようにしている。
とは言え、別に彼女が僕との付き合いに消極的であるというわけではないのだ。
先ほども言った通り、月に数回、僕の家に泊まりに来るし、彼女からデートのお誘いがくることだってある。
だからこそ、彼女の考えていることがわからないのだけれど、結婚が全てではないし、関係の在り方だって様々だろう。
僕はそれで納得している。
「桜は飽きられることが怖いんだと思う」
彼女はぼんやりとカップルを眺めながら、やっぱり独り言のように呟く。
僕はまた訊いた。
「どうしてそう思うの?」
彼女は平坦な口調で答えた。
「だって、飽きられたらそこでおしまいだから」
「おしまい?」
首を傾げる僕に、彼女はこう続けた。
「桜がすぐに散るのは、人に飽きられないようにするためなんだよ。飽きる前に散って、次にまた咲く時期を期待させる。そうすれば、人は桜を好きであり続けてくれて、大切にしてくれる。でも、飽きられたらもう大切にされないから、種の存続ができない。つまり、おしまい」
「なるほど、大胆な発想だね」
彼女は変わらぬ表情で、静かに言った。
「だから、桜がすぐに散るのは駆け引きなんだよ」
「……そっか」
彼女は変わらぬ表情で、静かに言った。
「だから、桜がすぐに散るのは駆け引きなんだよ」
「……そっか」
このとき僕は、恥ずかしながら、初めて彼女の考えていることがわかった。
彼女は、僕に飽きられることを恐れているのだ。
だから付き合いには積極的で、同棲には消極的だった。
つまり、ふたりの関係が日常になることを避けていた。
それが、彼女の駆け引きだったのだ。
それを知って――
僕は、安心した。
なんだ。
彼女は、僕らふたりのことについて、真剣に考えていてくれたんだ。
恋人と一緒にいるうえで、これほどまでに心強いことがあるだろうか。
むしろ、自分が情けなかった。
僕は、彼女を不安にさせてしまっていたのだ。
であれば、僕にできることはひとつだろう。
「じゃあ、桜に教えにいかなきゃだね」
彼女は首を傾げる。
そんな彼女に僕は言った。
「飽きてもおしまいじゃない。毎日咲いていたとしても、僕は桜が好きだってね」
僕は立ち上がり、彼女の前に手を差し出した。
彼女は、僕に飽きられることを恐れているのだ。
だから付き合いには積極的で、同棲には消極的だった。
つまり、ふたりの関係が日常になることを避けていた。
それが、彼女の駆け引きだったのだ。
それを知って――
僕は、安心した。
なんだ。
彼女は、僕らふたりのことについて、真剣に考えていてくれたんだ。
恋人と一緒にいるうえで、これほどまでに心強いことがあるだろうか。
むしろ、自分が情けなかった。
僕は、彼女を不安にさせてしまっていたのだ。
であれば、僕にできることはひとつだろう。
「じゃあ、桜に教えにいかなきゃだね」
彼女は首を傾げる。
そんな彼女に僕は言った。
「飽きてもおしまいじゃない。毎日咲いていたとしても、僕は桜が好きだってね」
僕は立ち上がり、彼女の前に手を差し出した。
「それに、散るから美しいなんて、そんな悲しいことは言わないよ」
言って、僕は微笑む。
彼女の表情は相変わらずだった。
何を考えているのか、さっぱりわからない。
けれど、彼女は確かに僕の手を取った。
彼女の表情は相変わらずだった。
何を考えているのか、さっぱりわからない。
けれど、彼女は確かに僕の手を取った。
手を取って、僕と一緒に歩き出した。
青空を切り取る梢は、ただ春の風を待っている。
桜はまだ散る由もない。
みんなのリアクション
まだリアクションはありません。最初の一歩を踏み出しましょう!
僕の彼女は、何を考えているのかわからない。
交際を始めてからそこそこ経つけれど、つんと澄ましたその表情は未だに読めない。
それに彼女は、突然不思議なことを言う。
さっきも、突然――
「桜は駆け引きをしているんだよ」
と、公園の桜を見て、独り言のように呟いた。
やっぱり僕には、ベンチで隣に座る彼女の顔を間近で見ていても、その表情からは何の感情も読めないし、先の言葉の真意もさっぱりわからない。ただ、彼女が僕に何かを伝えようとしていることだけは確かにわかる。
僕は訊いた。
「誰と駆け引きしているの?」
彼女は答える。
「人間と」
彼女の視線の先では、新婚夫婦と思わしきカップルが、満開の桜の下で写真撮影をしていた。最近流行りの、フォトウェディングというやつだろう。ふたりは洋装の婚礼衣装を身に纏い、カメラマンの指示を受けながら恥ずかしそうにポーズを取っている。
微笑ましい限りだ。
恋人が隣にいる僕は、自然と考えさせられる。
僕らにもあんな未来があるのだろうか。
わからない。
彼女は、僕らの将来をどう考えているのだろう。
交際を始めてからそこそこ経つけれど、つんと澄ましたその表情は未だに読めない。
それに彼女は、突然不思議なことを言う。
さっきも、突然――
「桜は駆け引きをしているんだよ」
と、公園の桜を見て、独り言のように呟いた。
やっぱり僕には、ベンチで隣に座る彼女の顔を間近で見ていても、その表情からは何の感情も読めないし、先の言葉の真意もさっぱりわからない。ただ、彼女が僕に何かを伝えようとしていることだけは確かにわかる。
僕は訊いた。
「誰と駆け引きしているの?」
彼女は答える。
「人間と」
彼女の視線の先では、新婚夫婦と思わしきカップルが、満開の桜の下で写真撮影をしていた。最近流行りの、フォトウェディングというやつだろう。ふたりは洋装の婚礼衣装を身に纏い、カメラマンの指示を受けながら恥ずかしそうにポーズを取っている。
微笑ましい限りだ。
恋人が隣にいる僕は、自然と考えさせられる。
僕らにもあんな未来があるのだろうか。
わからない。
彼女は、僕らの将来をどう考えているのだろう。
僕と彼女は付き合ってもう五年になるけど、結婚はまだしていない。
それどころか同棲すらしておらず、月に数回、僕の家に彼女が泊まりにくる程度に留まっている。
一度だけ、同棲を提案したことがあるけれど、そのとき彼女は何も答えることなく、ただなんとなく不機嫌そうにしていた(気がする)から、それからその話はしないようにしている。
とは言え、別に彼女が僕との付き合いに消極的であるというわけではないのだ。
先ほども言った通り、月に数回、僕の家に泊まりに来るし、彼女からデートのお誘いがくることだってある。
だからこそ、彼女の考えていることがわからないのだけれど、結婚が全てではないし、関係の在り方だって様々だろう。
僕はそれで納得している。
「桜は飽きられることが怖いんだと思う」
彼女はぼんやりとカップルを眺めながら、やっぱり独り言のように呟く。
僕はまた訊いた。
「どうしてそう思うの?」
彼女は平坦な口調で答えた。
「だって、飽きられたらそこでおしまいだから」
「おしまい?」
首を傾げる僕に、彼女はこう続けた。
「桜がすぐに散るのは、人に飽きられないようにするためなんだよ。飽きる前に散って、次にまた咲く時期を期待させる。そうすれば、人は桜を好きであり続けてくれて、大切にしてくれる。でも、飽きられたらもう大切にされないから、種の存続ができない。つまり、おしまい」
それどころか同棲すらしておらず、月に数回、僕の家に彼女が泊まりにくる程度に留まっている。
一度だけ、同棲を提案したことがあるけれど、そのとき彼女は何も答えることなく、ただなんとなく不機嫌そうにしていた(気がする)から、それからその話はしないようにしている。
とは言え、別に彼女が僕との付き合いに消極的であるというわけではないのだ。
先ほども言った通り、月に数回、僕の家に泊まりに来るし、彼女からデートのお誘いがくることだってある。
だからこそ、彼女の考えていることがわからないのだけれど、結婚が全てではないし、関係の在り方だって様々だろう。
僕はそれで納得している。
「桜は飽きられることが怖いんだと思う」
彼女はぼんやりとカップルを眺めながら、やっぱり独り言のように呟く。
僕はまた訊いた。
「どうしてそう思うの?」
彼女は平坦な口調で答えた。
「だって、飽きられたらそこでおしまいだから」
「おしまい?」
首を傾げる僕に、彼女はこう続けた。
「桜がすぐに散るのは、人に飽きられないようにするためなんだよ。飽きる前に散って、次にまた咲く時期を期待させる。そうすれば、人は桜を好きであり続けてくれて、大切にしてくれる。でも、飽きられたらもう大切にされないから、種の存続ができない。つまり、おしまい」
「なるほど、大胆な発想だね」
彼女は変わらぬ表情で、静かに言った。
「だから、桜がすぐに散るのは駆け引きなんだよ」
「……そっか」
彼女は変わらぬ表情で、静かに言った。
「だから、桜がすぐに散るのは駆け引きなんだよ」
「……そっか」
このとき僕は、恥ずかしながら、初めて彼女の考えていることがわかった。
彼女は、僕に飽きられることを恐れているのだ。
だから付き合いには積極的で、同棲には消極的だった。
つまり、ふたりの関係が日常になることを避けていた。
それが、彼女の駆け引きだったのだ。
それを知って――
僕は、安心した。
なんだ。
彼女は、僕らふたりのことについて、真剣に考えていてくれたんだ。
恋人と一緒にいるうえで、これほどまでに心強いことがあるだろうか。
むしろ、自分が情けなかった。
僕は、彼女を不安にさせてしまっていたのだ。
であれば、僕にできることはひとつだろう。
「じゃあ、桜に教えにいかなきゃだね」
彼女は首を傾げる。
そんな彼女に僕は言った。
「飽きてもおしまいじゃない。毎日咲いていたとしても、僕は桜が好きだってね」
僕は立ち上がり、彼女の前に手を差し出した。
彼女は、僕に飽きられることを恐れているのだ。
だから付き合いには積極的で、同棲には消極的だった。
つまり、ふたりの関係が日常になることを避けていた。
それが、彼女の駆け引きだったのだ。
それを知って――
僕は、安心した。
なんだ。
彼女は、僕らふたりのことについて、真剣に考えていてくれたんだ。
恋人と一緒にいるうえで、これほどまでに心強いことがあるだろうか。
むしろ、自分が情けなかった。
僕は、彼女を不安にさせてしまっていたのだ。
であれば、僕にできることはひとつだろう。
「じゃあ、桜に教えにいかなきゃだね」
彼女は首を傾げる。
そんな彼女に僕は言った。
「飽きてもおしまいじゃない。毎日咲いていたとしても、僕は桜が好きだってね」
僕は立ち上がり、彼女の前に手を差し出した。
「それに、散るから美しいなんて、そんな悲しいことは言わないよ」
言って、僕は微笑む。
彼女の表情は相変わらずだった。
何を考えているのか、さっぱりわからない。
けれど、彼女は確かに僕の手を取った。
彼女の表情は相変わらずだった。
何を考えているのか、さっぱりわからない。
けれど、彼女は確かに僕の手を取った。
手を取って、僕と一緒に歩き出した。
青空を切り取る梢は、ただ春の風を待っている。
桜はまだ散る由もない。