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2 耳がしびれるようなイケメンボイス

ー/ー



 格式高いホテルの迎賓館ホールはフレッシュな就活生たちでひしめいていた。

(白いワンピース、場違いだったかな……でも、私、就活に来たんじゃないし……)
 
 私のミッションは推しの生声を耳とスマホに保存すること。
 そう。単なる推し活だ。自分でも情けないほど邪道である。
 果たして、その推しの声はリアルだとさらに美しい。

「ビジネスを、そして人生を右肩上がりの成功へと導く、シンプルな技を今から皆さんにお伝えいたします。弊社の共通認識として心に刻みつけてほしい」

 烏丸さんはピッと人差し指を天に立てた。私の顔は指とともに上向く。

「それはゴミ時間をなくすこと」

 烏丸さんが指をさっと下ろし、私も倣う。
 猫じゃらしにあやされる猫になりながら、ひとりごちた。

(気がついた。烏丸さんは声だけじゃなく、所作まで美しいんだわ)
 
 だから、つい、目で追ってしまうのだ。
 生烏丸、恐るべし。これは沼の気配がする。

「どんなに長生きしたところで人の寿命はたった100年。人生には限りがある。その時間を使って、何をする? 誰と会う? よく考えてほしい。そうしたらわかるはずだ。無駄な事に費やす時間など、一秒もないってことを」

 首振り人形と化した私は心のメモ帳に推しの金言を刻みつける。
 所作、ルックス、声、そして言葉。
 彼が作り出す空間までもが、無駄をそぎ落とした芸術のよう。

 しかも、こっそり録音もしているから、アパートで何度でもこの感動を味わえるのだ。

(最高だわ……)

 私は多幸感にうち震えた。
 
「さて。今ここには様々な人が集まっている。この機会をただの説明会で終わらせてしまうのは……時間という命よりも大切な宝をドブに捨てるようなもの。というわけで」

 烏丸さんは演台に両手を置いて、にっこりと、美しい笑みを浮かべた。

「採用面接を始めようか」

 採用面接?
 一瞬意味がわからなかった。
 会場のあちこちでどよめきが広がっていく。
 烏丸さんは満足そうだ。

「ここには3000人もの就活生がいる。しかも弊社に興味しんしんな方ばかりだ。建前上はね。きっとダイヤの原石がまぎれている事だろう。拾わないのはもったいない」

 ダイヤの原石!
 
(す、すごい! 逸材がこの中にいるかも、ってことよね?)

 ワクワクしているのは私だけらしく、しーんとその場が静まり返った。

 舞台袖から茶系のスーツを着た男性が両手でバツ印を作っているのが見えた。しかし烏丸さんは完全に無視。
 つまりこれはとっさの思いつきらしい。

(あれ? あの人、どこかで見たことが……?)
 
 誰だろう、と記憶を手繰り寄せた時、最前列の男性が手をあげた。

「ファーストペンギンだな。素晴らしい。どうぞ」

 烏丸さんが、にこりと笑った。男性は立ち上がる。

「採用はどのような基準で判断されるんでしょう? 短時間でその人の価値を見抜けるとは思えないのですが」

 男性は抑揚のない声で言った。

「採用基準? そんなの、俺のカンに決まってるだろう」

 烏丸さんはあっさり答えた。

「カン? 私たちは人生をかけてここに来てるんですよ。エントリーシートも出してます。アピール力だけでジャッジされるのは心外です。もっと多角的に見ていただけないと」

 烏丸さんはふっと鼻で笑った。

「やり方に不満があるのかな? まあ、君の言い分もある意味正しい。だが」
 
 彼の目が、一瞬凄みを帯びる。

「自分に必要な相手は一目でわかる。俺がほしい人間と巡り合えば、自然と心が引き合うはずだ。ほら、恋愛と一緒だよ」
「ふざけないでください」
「……? 君はもしかして恋を知らないのか? それは失礼。でも、それ以上に適切な言葉が見当たらないんでね」

 ぐ、っと男性が言葉に詰まり、すぐに立ち上がった。

「私には無理でしょうから……失礼します」

 男性は一礼すると立ち上がりそのまま退出してしまった。

(チャンスがあったかもしれないのに、もったいない……)

 甘ちゃんな私はつい、そう思う。

(それにしても、さっきの烏丸さん……ドキドキしたなあ……)

 まさか、「恋愛」なんて単語が彼の口から飛び出すなんて。

(尊すぎる)

 とはいえ、会場にいる少なくない人数が、今の会話に違和感を覚えているようで、数人の頭が不思議そうに左右に揺れているのがわかる。
 でも私には、とても共感できる例え話だった。
 だって、私も、烏丸さんを……。
 運命の推しを。
 一目で見つけたから。

「過去を悔やむのは大いなる無駄だ。今すぐ目的に向かって舵をとれ」

 どん底だったあの日、スマホから流れてきたその言葉。
 その瞬間、電気に打たれたような気分になった。詳しいプロフィールを知ったのは、すっかり落ちてしまった後。

 そう。
 自分の人生に必要な存在は一目、いや、一声聞いただけで、センサーが反応するものなのだ。
 それは私自身が体験したからよくわかる。

「彼は有能だな。これ以上ここにいても無駄だと判断し自分の時間を守った。正しい選択だ」

 烏丸さんは、ネクタイの結び目に指を入れシュッと緩め、第一ボタンを外し、にやりと笑った。色っぽい仕草。フェロモンの飛び散る音を聞いた気がした。

「ここからは俺も素顔で行く」

 ラフな口調になった烏丸さんに、会場にかすかなざわめきが走る。
 無関係にも関わらず、私までドキドキしてしまった。

(……王子様に見初められるシンデレラ。一体誰なんだろう)

 こんな沢山の人が見ている場所で、あの烏丸怜に「君がほしい」と言われる誰か。
 男性なのか女性なのか、複数人なのかたった一人なのか私にはさっぱり分からないけれど……。

(羨ましいな……)

 彼に手を差し伸べられたら、きっと、すごく特別でキラキラした気持ちになるんだろうな。心臓が止まりそうになるくらい、早鐘をうち……天にのぼるような気持ちになるだろう。
 
「高望みはやめてくださいね」

 ショートボブ職員の苦言が蘇り、私は妄想の扉をそっと閉じる。
 私が4大をでていたら。せめて20歳の就活生だったら。
 ピアノ講師なんて寄り道をしてなかったら。

 ああ、タラレバなんていくら並べても仕方ないのに。

(わかってますよ。私はただの傍観者。でも……)

 誰かにラッキーが落ちてきたら、ただ単に羨むだけじゃなくて、誰かの幸せに立ち会えたことを一緒に喜ぼうと、そう思った。


次のエピソードへ進む 3 サファリパーク


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 格式高いホテルの迎賓館ホールはフレッシュな就活生たちでひしめいていた。
(白いワンピース、場違いだったかな……でも、私、就活に来たんじゃないし……)
 私のミッションは推しの生声を耳とスマホに保存すること。
 そう。単なる推し活だ。自分でも情けないほど邪道である。
 果たして、その推しの声はリアルだとさらに美しい。
「ビジネスを、そして人生を右肩上がりの成功へと導く、シンプルな技を今から皆さんにお伝えいたします。弊社の共通認識として心に刻みつけてほしい」
 烏丸さんはピッと人差し指を天に立てた。私の顔は指とともに上向く。
「それはゴミ時間をなくすこと」
 烏丸さんが指をさっと下ろし、私も倣う。
 猫じゃらしにあやされる猫になりながら、ひとりごちた。
(気がついた。烏丸さんは声だけじゃなく、所作まで美しいんだわ)
 だから、つい、目で追ってしまうのだ。
 生烏丸、恐るべし。これは沼の気配がする。
「どんなに長生きしたところで人の寿命はたった100年。人生には限りがある。その時間を使って、何をする? 誰と会う? よく考えてほしい。そうしたらわかるはずだ。無駄な事に費やす時間など、一秒もないってことを」
 首振り人形と化した私は心のメモ帳に推しの金言を刻みつける。
 所作、ルックス、声、そして言葉。
 彼が作り出す空間までもが、無駄をそぎ落とした芸術のよう。
 しかも、こっそり録音もしているから、アパートで何度でもこの感動を味わえるのだ。
(最高だわ……)
 私は多幸感にうち震えた。
「さて。今ここには様々な人が集まっている。この機会をただの説明会で終わらせてしまうのは……時間という命よりも大切な宝をドブに捨てるようなもの。というわけで」
 烏丸さんは演台に両手を置いて、にっこりと、美しい笑みを浮かべた。
「採用面接を始めようか」
 採用面接?
 一瞬意味がわからなかった。
 会場のあちこちでどよめきが広がっていく。
 烏丸さんは満足そうだ。
「ここには3000人もの就活生がいる。しかも弊社に興味しんしんな方ばかりだ。建前上はね。きっとダイヤの原石がまぎれている事だろう。拾わないのはもったいない」
 ダイヤの原石!
(す、すごい! 逸材がこの中にいるかも、ってことよね?)
 ワクワクしているのは私だけらしく、しーんとその場が静まり返った。
 舞台袖から茶系のスーツを着た男性が両手でバツ印を作っているのが見えた。しかし烏丸さんは完全に無視。
 つまりこれはとっさの思いつきらしい。
(あれ? あの人、どこかで見たことが……?)
 誰だろう、と記憶を手繰り寄せた時、最前列の男性が手をあげた。
「ファーストペンギンだな。素晴らしい。どうぞ」
 烏丸さんが、にこりと笑った。男性は立ち上がる。
「採用はどのような基準で判断されるんでしょう? 短時間でその人の価値を見抜けるとは思えないのですが」
 男性は抑揚のない声で言った。
「採用基準? そんなの、俺のカンに決まってるだろう」
 烏丸さんはあっさり答えた。
「カン? 私たちは人生をかけてここに来てるんですよ。エントリーシートも出してます。アピール力だけでジャッジされるのは心外です。もっと多角的に見ていただけないと」
 烏丸さんはふっと鼻で笑った。
「やり方に不満があるのかな? まあ、君の言い分もある意味正しい。だが」
 彼の目が、一瞬凄みを帯びる。
「自分に必要な相手は一目でわかる。俺がほしい人間と巡り合えば、自然と心が引き合うはずだ。ほら、恋愛と一緒だよ」
「ふざけないでください」
「……? 君はもしかして恋を知らないのか? それは失礼。でも、それ以上に適切な言葉が見当たらないんでね」
 ぐ、っと男性が言葉に詰まり、すぐに立ち上がった。
「私には無理でしょうから……失礼します」
 男性は一礼すると立ち上がりそのまま退出してしまった。
(チャンスがあったかもしれないのに、もったいない……)
 甘ちゃんな私はつい、そう思う。
(それにしても、さっきの烏丸さん……ドキドキしたなあ……)
 まさか、「恋愛」なんて単語が彼の口から飛び出すなんて。
(尊すぎる)
 とはいえ、会場にいる少なくない人数が、今の会話に違和感を覚えているようで、数人の頭が不思議そうに左右に揺れているのがわかる。
 でも私には、とても共感できる例え話だった。
 だって、私も、烏丸さんを……。
 運命の推しを。
 一目で見つけたから。
「過去を悔やむのは大いなる無駄だ。今すぐ目的に向かって舵をとれ」
 どん底だったあの日、スマホから流れてきたその言葉。
 その瞬間、電気に打たれたような気分になった。詳しいプロフィールを知ったのは、すっかり落ちてしまった後。
 そう。
 自分の人生に必要な存在は一目、いや、一声聞いただけで、センサーが反応するものなのだ。
 それは私自身が体験したからよくわかる。
「彼は有能だな。これ以上ここにいても無駄だと判断し自分の時間を守った。正しい選択だ」
 烏丸さんは、ネクタイの結び目に指を入れシュッと緩め、第一ボタンを外し、にやりと笑った。色っぽい仕草。フェロモンの飛び散る音を聞いた気がした。
「ここからは俺も素顔で行く」
 ラフな口調になった烏丸さんに、会場にかすかなざわめきが走る。
 無関係にも関わらず、私までドキドキしてしまった。
(……王子様に見初められるシンデレラ。一体誰なんだろう)
 こんな沢山の人が見ている場所で、あの烏丸怜に「君がほしい」と言われる誰か。
 男性なのか女性なのか、複数人なのかたった一人なのか私にはさっぱり分からないけれど……。
(羨ましいな……)
 彼に手を差し伸べられたら、きっと、すごく特別でキラキラした気持ちになるんだろうな。心臓が止まりそうになるくらい、早鐘をうち……天にのぼるような気持ちになるだろう。
「高望みはやめてくださいね」
 ショートボブ職員の苦言が蘇り、私は妄想の扉をそっと閉じる。
 私が4大をでていたら。せめて20歳の就活生だったら。
 ピアノ講師なんて寄り道をしてなかったら。
 ああ、タラレバなんていくら並べても仕方ないのに。
(わかってますよ。私はただの傍観者。でも……)
 誰かにラッキーが落ちてきたら、ただ単に羨むだけじゃなくて、誰かの幸せに立ち会えたことを一緒に喜ぼうと、そう思った。