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米屋のサブちゃんと小説みたいな恋したい!

ー/ー





「行ってきます」
 
 無人の室内へ向けて小さく呟く。
 返事がないことを耳と、心で感じた後、そっと玄関を開ける。
 冬は寒いけれども、空気が澄んでいてキレイ。朝早いから余計にそう思う。

 カチャリ、私が立てたほんの小さな鍵音の後、
 隣の部屋のドアがギィと開いた。

「おー、おはよう、(みさき)。今朝も可愛いな。寒いから風邪引かねぇように気を付けてな」
「サブちゃんおはよ、寒いね、寝癖すご過ぎて()
 首元ダルダルのスウェット姿で、サンダルを引っ掻けて出てきた無精髭の隣人にまるでなんでもないような顔で挨拶を返す。


──今日も可愛いな。

 なんの意味も持たないその言葉を心の中で繰り返す。
 胸の奥にポッと火が(とも)りかけるのを慌てて否定する。


 そうサブちゃんの言葉には意味なんてないのだ。
 これはただの契約なのだから。


 私が大人になって恋をして、いつの日か結婚して家族が出来るまで、毎日『可愛い』って言ってくれるって。
 そう約束をした日から、サブちゃんは律儀に毎日同じ言葉を繰り返してくれる。


 こんなの『可愛い』っていうコメントのサブスクじゃん。
 自虐気味にぼそりと呟く。


 小説や漫画の世界みたいに、好きな人が自分のことを本気で可愛いって思ってくれたらいいのに。

 そんなはずあるわけないか。
 私とサブちゃんにそんな奇跡は起こらない。


 実の親にさえ、要らないって言われてしまうような、
 そんな私のことを本気で好きになってくれる人なんてこの世の中にいるわけがない。


 サブちゃんの言葉に意味なんてなくても、
 それでもその言葉が、サブちゃんが毎日言ってくれる『可愛い』がなくなったら、
 私は多分息をすることができなくなってしまう。

 酸素不足の金魚が水面で口をパクパクするように、
 サブちゃんからの『可愛い』の言葉をいつも求めてしまう。



 学校帰りにスーパーでお醤油を2本買う。
 特売だったから。

 牛乳と明日の朝用の食パンと卵、今夜肉じゃがになる予定の玉ねぎとじゃがいもと豚肉、
 重みで細くなった持ち手部分のビニールが手に食い込む。かじかむ手が痛いくらいだ。

 ひょい、突然負荷がなくなり手が軽くなる。驚いて目が丸くなった。

「ったく、なんで手袋してねぇんだよ」
 私の左手が大きな黒い手袋で包まれる。……あったかい。

「サブちゃんっ!」
「貸してやるのは左手(そっち)側だけな」

 サブちゃんの右手にも私の左手とお揃いの手袋。
 当たり前だけど。
 片方ずつ違う手袋なんてするわけない。

 サブちゃんの左手が私の冷たい右手を掴んで自分のポケットの中へと連れていく。

「あったかーい、サブちゃん今日お店は? サボリング?」
「んー、中休み。もうちょいしたら店に戻る」
「そっか、荷物ありがと」

「それより、お前まだ人参(ニンジン)食えねぇのか? カレーの材料だろ、これ」
「ブッブー、違います。ノットカレー、これは今夜肉じゃがになるんですぅー」
「んで、肉じゃがに人参(ニンジン)入れねぇのかよ」

「……食べられない、わけじゃないもん」
「さいですか。したらうちの人参やるから、今夜、俺にも肉じゃが食わして」
「しょーがないなー」

 そう軽口を叩きながら、私の胸は高鳴った。

 私をマンションまで送り届けて、隣の部屋から持ってきた人参(ニンジン)舞茸(まいたけ)を手渡した後、
 サブちゃんはそのままお米屋さんに、お店へと戻って行った。
 返しそびれた黒の手袋をそっと頬に押し付けた。
 サブちゃんの匂いがする。土っぽいような、お陽様の匂い。

 宿題を片付けた後、お米を研いで、肉じゃがとお味噌汁を作る。舞茸はレンジでチンしてバターと塩昆布で和える。これもサブちゃんが教えてくれた簡単料理。
 お風呂から上がったちょうどのタイミングで玄関のチャイムが鳴った。


「うっまいなー、(みさき)、料理の腕上げたなぁ」
 サブちゃんの『可愛い』はウソでも、『美味(うま)い』は本当の言葉だ。

「毎日毎日、半年もご飯作ってたら腕なんか普通に上がるでしょ」
 可愛くない私はついそんな風に言ってしまう。
『ありがとう』って『嬉しい』って言えばいいのに。



 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・


「パパもママも、私のこと、要らないんだって、さ。えへへ」
「なっ、んだよ、それ。おじさんやおばさんがそう言ったのかよ」
「要らないって言うか、二人とも新しい家に、私は連れて行けないって、へへ」
「泣くの我慢して笑うな、泣けっ、泣いていいんだ」

 そう言ってくれたサブちゃんの前で泣いたのは梅雨の始まりの頃だった。


 元々会社の若い女と不倫していたパパとママの離婚が決まったことは別にそんなにショックではなかった。
 離婚の原因がパパなら慰謝料やら養育費やらでこのマンションはママのものになるだろうから、
 私はママと一緒に、二人でこの家で暮らすことになるんだろうと漠然と思っていた。

「離婚したとしても(みさき)の父親であることは変わりないからな、高校の授業料も今まで通りちゃんと払うし、
大学受験するならもちろんその費用だって用意するから」
 そう頭を下げたパパには何の感情も沸かなかった。へぇ、と思っただけだった。

「ママもね、このタイミングで新しい人生を歩んで生きたいと思っているの」
 へ?

「昔の同級生、あ、もちろん元カレとかではないのよ、本当にただの同級生だったんだけど、
悩みを聞いてもらったりしているうちに何となく、ね。彼の方も離婚して小学生の息子さんがいて……」
 ああ、新しいパパと小学生の弟が出来るって話か、小説や漫画みたいだな、そう思った。


 けれどもママの話はそうではなかった。


「でね、ママはそちらのお家に引っ越すんだけれども、一つ問題があって……そこには(みさき)を一緒に連れて行くことはできないの」
「ごめんな、父さんも新しい生活があるから、一緒に暮らすことは難しい。まぁもう高校生だし、一人で生活できないこともないよな、(みさき)はしっかりしているし」

 ……()()()()している私は、泣いたところで怒ったところで、この決定が覆されることはないのだろうと、即座に悟った。



 それからしばらくしてパパもママもそれぞれ家を出て行った。
 テーブルの上には当面の生活費だという数枚の一万円札と、銀行のキャッシュカードが置いてあった。

 呆然としていてもお腹は減る。
 味は全くしなかったけれどもテーブルの上の食パンをもそもそと(かじ)った。
 同じくテーブルの上にあったバナナやりんご、冷蔵庫の中の食材を食べ尽くした後、私はその一万円札を握りしめてスーパーへ向かった。

「お、(みさき)、久しぶりだなー、お使いか、エライエライ」
 スーパーからの帰り、玄関の前で、サブちゃんに声をかけられた。
 見上げた先の日に焼けた顔がニカっと笑ったのを見て、ふいに涙が溢れた。



 ひとしきり泣いた後、そう言えば今回のことで泣いたのは初めてだなと思う。

「ごめんね、泣いたりして。ホント全然平気だったんだよ、パパが出て行く時も、ママが出て行く時も、泣かなかったし、何なら『元気でね』って笑って送り出したし。お金もね、大丈夫なのたくさんあるの。多分、パパの罪悪感なのかな? 銀行にいっぱい。夜更かししても長風呂してもうるさくお小言も言われないし、このまま一人暮らしを満喫しちゃったりなんかして、サブちゃんも一人になった時、こんな気分……ごっ、ごめんなさい、違うの、そうじゃなくて」
「や、いいよ、もう何年も前のことだし」

 サブちゃんのご両親は、サブちゃんが中学を卒業する頃、交通事故に巻き込まれて二人同時に亡くなった。

 確か私が小学校に入る前だった、私は子供過ぎて事の重大さなんかよく分からなかったけれども、
 テンガイコドクとなってしまったサブちゃんは結局高校へは行かず、
 商店街のお米屋のおじいさんのお店のお手伝いをすることになった。


 ママがおかずをタッパーに入れて時々差し入れをしていたことや、
 お米の配達のついでみたいにうちに来て一緒に夕飯を食べたりしたことをうっすら覚えている。


「とりあえずメシ食おうぜ、人間腹減ってると考え方が縮こまっちまうからな、カレー作ってやるから食ってけ、な?」

 サブちゃんが作ってくれたカレーライスは人参(ニンジン)もじゃがいももゴロゴロと大きくて、そしてあったかくて美味しかった。
 そういえばママが出て行ってから、温かいものを食べたのは初めてだった。

「何だよ、(みさき)人参(ニンジン)嫌いか?ガキじゃねぇんだから」
 そう言ってサブちゃんは笑った。

 人参(ニンジン)は食べられないわけじゃないけれども、土っぽいような独特の香りや甘みなどがどっちかっていうと苦手だ。
 同じ土っぽいような匂いでもサブちゃんの匂いはいい匂いだって思えるのに、なんでだろう?


「さっき鍋で肉とじゃがいもとかの野菜煮ただろ? あの状態にカレールゥ入れたらカレーになるし、シチューの素を入れたらシチュー、醤油入れりゃ肉じゃがだ。こんだけバリエーションありゃ一人暮らし初心者には上等だ、いっぱいメシ食って、特に米をな、パンもうどんも旨いがとにかく米だ、日本人だからな。そんでいっぱいメシ食ったら、いっぱい寝ろ、そんで、いっぱい笑え」
「笑え……ないよ。私なんて、パパもママも、誰も必要としてない、いなくなっても誰も悲しまない……」
「んなこと言うな」

 怒ったような声を出したサブちゃんの右手が私の頭を撫でる。
 大きな手でわしわしと撫でられて私の髪の毛はぐちゃぐちゃになった。


「もう自己肯定感が下がりまくりでボロボロだもん」
「そのジコ、コーテー感ってのはどうやったら上がるんだよ」

 ──自己肯定感はどうしたら、上がるんだろう。

「えー、そりゃあ好きな人に『可愛い』とか言われたら、幸せだし、うん、自己肯定感も上がるな、きっと。好きな人なんていないけど」

 小説や漫画みたいな話だ。
 好きな人が自分のことを可愛いって、
 自分のことを好きだって言ってくれる世界なんて。


「そっか、じゃ好きなヤツが出来たら頼め、な?」
「それまで持たない、メンタルが。今もうボロボロだもん」

 実際には、そこまでボロボロってわけでもない。
 パパやママがいなくなっても『悲しくて死んじゃう』みたいな感情はない。

 けれども、『死んでもいいかな別に』みたいな気持ちはある。
 
 私が死んでも、別に誰も悲しまない。


「俺で良ければ毎日言うぞ、(みさき)は可愛いって、な」
「えーサブちゃんに言われてもなー、あんまり嬉しくな……」
「はいはいはい、そうかよ、そーですか」

 可愛くない私の言葉に被せるようにサブちゃんがいじけたような声をあげる。

「あは、ウソウソ、嬉しいよ、サブちゃんに言われても、上がる、多分」
「ん、じゃ、俺で我慢しとけ、(みさき)に好きなヤツが出来て、そいつと付き……合ったり、結婚、したりするまで、俺が毎日言ってやるから」

 その日からサブちゃんは私に『可愛い』と言ってくれるようになった。毎日毎日『可愛い』って。



 そして、
 あろうことか……私は……。


 可愛いって魔法の言葉だ。


 毎日言われているうちに本当に自分が可愛くなったような錯覚を起こす。
 そんなはずなんかないのに。

 サブちゃんの言葉に意味なんかないのに。
 それなのにドキドキする。


 こんなの、反則だ。


 あくまでのコメントのサブスクで、契約で、
 私に彼氏や結婚相手が現れるまでの、そう言う約束で、
 サブちゃんの言葉に意味なんてないのに。

 それなのに私一人で勝手にドキドキして。


 これ以上『可愛い』って言われたら、
 どんどん好きになってしまうそうだ、義務感で言って貰う『可愛い』がツラい。



 夕飯の後片付けをしながら、思い切って私からサブちゃんに切り出した。

「ね、サブちゃん。もう毎日私に『可愛い』って言ってくれなくていいよ」
「なっ、好……きな男が出来たのか? そいつと、結婚……」
「けっ、こんなんてするわけないでしょ、やだなぁ、私まだ高校生だよ」


「そっ、そか、そうだな」
「……うん」
「そいつ、も、(みさき)のこと、……可愛いって言ってくれるのか? ジココーテー感は上がりそうなのか? 大丈夫なのか? ……か、彼氏」


 そいつなんていない。彼氏なんていない。
 私が好きなのは……、私の好きな人は……。


「サブちゃんもう心配しなくてもいいよ。もう私、大丈夫、だから」
「そっか、……もう(みさき)に可愛いって言えなくなるんだな。ちょっと寂しいな。最後に、言い貯めしておくかな。
(みさき)は可愛いな。本当に可愛いな。すごく可愛い……って、な、なんで、どうして泣……」


「ごめ、ん、違うの。違うの、ごめん」

 泣くつもりなんかなかったのに、勝手に涙が溢れた。止めなくちゃ、サブちゃんも困ってる。
 そう思えば思うほど、涙が出て止まらないのはなんでなんだろう?


「可愛いって毎日言ってくれてありがとう。言葉だけでも嬉しかったよ。サブちゃんの言葉で元気になれた。
でもね、もう……言葉だけじゃ苦しくなっちゃうみたい」
「え?」
「ごめんね、今日までありがとうね」
 
 
「ちょちょちょっと待って、待って待って。ごめん、流石に意味わかんな過ぎて()
「草って……使い方違うし」

「違うか、ごめん。俺はさ、(みさき)が元気で楽しく過ごせるなら、彼氏でも結婚相手でも、そいつに(みさき)のことよろしくな、って。泣かせないでやってくれよ、幸せにしてやってくれって、言うつもりで。でも苦しくなっちゃうとか言いながら泣いているのは、()()()()()、教えて()()()()()
「ちょっ……サブちゃんホント無理しなくていいって」

「これも違うか、前に(みさき)が言ってたから検索して調べたんだけどな」


 静かになった部屋で壁の時計の秒針の音だけがやけに響く。カッチッコッチ、カッチッコッチ
 
 サブちゃんが口を開かないのは、明らかに私の言葉待ちなんだろう。


「分かった、分かった。言うから、全部。言うけど、引かないで。明日っからも会ったら話しかけてね。可愛いって無理に言わなくてもいいけど、いきなり無視したりはしないで」
「無視なんかするわけないだろ」


「……」
(みさき)……?」
「ちょっと待って、勇気が……」

 いざ言おうとしたら心臓が、鼓動がドコドコと激し過ぎて痛いくらいだ。


 簡単にサラッと言ってしまえばいい。
 そうして笑って、「そう言うことだから明日からも挨拶だけは()()」ってお願いして。

 でも、露骨に困った顔や、嫌な顔をされたりしたら、立ち直れないなぁ。


 パパやママだって要らないって言うような私なのに。



 あの日、あの梅雨の日
 世界中で味方なんて誰もいないような
 私なんていなくなっても誰も悲しんでなんかくれないんじゃないかって、
 自己肯定感だだ下がりのボロボロの日、サブちゃんのカレーライスがあったかくて美味しかった。


 あの日から毎日言ってくれたサブちゃんの『可愛い』の言葉に救われた。


「俺はさ、お前のことが好きだよ。可愛くって仕方がない、ごめんな、こんなおっさんがキモいよな」
「は? え? あ? え? へ? え? な? は? へ?」


 突然過ぎる言葉に、予想もしていなかった言葉に、脳がバグる。


 私が今まで読んできた小説や漫画では、告白されたヒロインは一瞬ドキって、キュンって顔をして、すごく可愛い顔で、真っ赤な顔で「私も」って俯きながら呟いたりしていた。


 それなのに私ときたら、目をシロクロさせながら金魚のように口をパクパク、
 間抜けな顔をしてサブちゃんの顔と手元のお皿を交互に見つめているだけだった。


「流石にキモいな、でも大丈夫だ、お前が幸せになれる相手かどうかちゃんと見極めて、そいつにお前のこと引き渡してやるからさ、結婚式にバージンロード歩く時には俺が一緒に歩いてやってもいいぞ、父親がわりってことで」
「……もん」
「はっはっはー、流石に気が早いか、まだ高校生だもんな」


「サブちゃんはパパじゃないもん」
「そらそうだな」

 あー、バカバカ私のバカ、パパじゃないことなんてわざわざ口にしなくてもサブちゃんだってもちろん私だって分かってる。
 言いたいことはそうじゃない、もっと、言いたいことが、聞きたい言葉があった。さっきサブちゃんの口から出た言葉。


「さっき私のこと好きって言った?」
「ああ、言った」
「好きって、どんな風に?」

 娘、っていうか妹みたいとか?

 私がサブちゃんを好きって思うみたいな気持ちとは違うよね。
 バージンロードを一緒に歩いてくれるんじゃなくて、
 
 それよりも、
 バージンロードを歩いた先に、サブちゃんがいて欲しい。


 でも、小説や漫画の世界みたいに、好きな人が自分のことを本気で可愛いって思ってくれるなんて、
 好きな人が自分を好きになるなんて、そんな奇跡みたいなことは起こるはずがない。



「どんな風に、って」
「私が、サブちゃんと一緒にいるとドキドキするって言ったら困る?」

「困らない、むしろ、嬉しい、な」
 サブちゃんが親指と人差し指で自分の顎を撫でる。


「可愛いって無理やり言わせてるのが、だんだん、だんだん苦しくなってきた」
「へ? 無理やり? 誰が?」
「私がパパやママのことで泣いたから、慰めてくれるために、毎日可愛いって言ってくれるって約束したでしょ?」
(みさき)は可愛いからな、俺が毎日言いたくて言ってるだけだから無理やりではないな」


「言いたくて?」
「自分が言いたいんじゃなきゃ高校生の登校時間なんつうクッソ早い時間に毎朝毎朝目覚ましセットして、半分寝ボケたまま眠い目擦って無理やり起きて、寒い中玄関開けて可愛いなんて言わないだろ」


「コメントサブスクだと思ってた」
「は? なんて?」
「サブスクリプション」
「や、それは分かるって流石に、おっさんだからってカタカナ言葉知らんだろって舐めんなよ」

「可愛いってコメントを、毎日言うって契約したから、私が結婚するまで。その間だけのサブスクサービスだって、思ってた、思ってる」
「は? んなわけあるか。可愛いって思ってもいないのに、毎日可愛いって言うってなんだよ」


 なんだろう?
 可愛いって思ってもいないのに、毎日可愛いって言うなんてことはあり得ないの?
 そしたらサブちゃんが毎日私に可愛いって言ってくれたのは?

 違う、都合良く考えたらダメだ。
 ママだって、私のことを『可愛い』って『大好きだ』って『宝物だ』って言っていた。
 ずっと小さい頃だけれども。


「親が二人とも、急に交通事故で死んで、俺がボロボロだった時な、それこそメシを食うのもしんどい時、お前がいつも隣にいてくれたんだ。俺が自殺とかそういうアホなこと考えないようにっておばさんが『俺にお前の世話を頼む』って名目で預けてくれたのかも知んないけど、お前に、お前の無邪気な笑顔に、すごく救われたよ」


「その時から私のことが好きだったの?」
「んー、それが本当なら俺はだいぶ変態だな、そん時のお前はまだ幼稚園児だったしな」
「そっか」
「でもお隣の可愛いちびっ子が、大きくなってどんどん可愛くなって、眩しいくらいにどんどんキレイになっていって、ってごめん。これもだいぶキモいよな」


「キモくない」
「そっちは? お隣のおっさんのことなんか全然意識してなかっただろ? 『アウトオブ眼中』とか言うんだっけか?」

「サブちゃんが毎日私に『可愛い』って言ってくれるから、だんだんドキドキするようになっちゃって」
「は? 可愛いって言われたら、それだけで好きになるのか? 簡単だなぁ、でも、言い続けるって大事なんだな、雨垂れ石を穿つってことか」



 小説や漫画の世界みたいに、
 好きな人が自分のことを本気で可愛いって思ってくれたらいいのに。
 好きな人が自分のことを好きになってくれたらいいのに。
 そうずっと思っていた。


 好きって気持ちは永遠なんかじゃない。
 それはもう知っている。

 好きな気持ちがなくなることだってある。


 パパとママは恋愛結婚で、最初は確かにお互い好きだったはずなのに。


 ママは私を宝物だって、大好きだって言ったけど、他に好きな人が出来たら、私のことはどうでもよくなったみたいだ。

 好きって気持ちは永遠なんかじゃない。



 でも出来ればサブちゃんにずっと私を好きでいて欲しい。
 私もサブちゃんのことをずっと好きでいたい。


 そんなこと小説や漫画の中にしかないのかもしれない。

 だけど……。


 サブちゃんと二人で
 そんな小説みたいな恋をしたい、って、
 今そう思っている。


「ねぇ、サブちゃん。さっき『もう毎日可愛いって言わなくていいよ』って言ったけど、やっぱり取り消したい。毎日言って欲しい、『可愛い』って……あと『好きだ』って」


 一生解約なしの幸せなコメントサブスクを♡






みんなのリアクション

「行ってきます」
 無人の室内へ向けて小さく呟く。
 返事がないことを耳と、心で感じた後、そっと玄関を開ける。
 冬は寒いけれども、空気が澄んでいてキレイ。朝早いから余計にそう思う。
 カチャリ、私が立てたほんの小さな鍵音の後、
 隣の部屋のドアがギィと開いた。
「おー、おはよう、|岬《みさき》。今朝も可愛いな。寒いから風邪引かねぇように気を付けてな」
「サブちゃんおはよ、寒いね、寝癖すご過ぎて|草《・》」
 首元ダルダルのスウェット姿で、サンダルを引っ掻けて出てきた無精髭の隣人にまるでなんでもないような顔で挨拶を返す。
──今日も可愛いな。
 なんの意味も持たないその言葉を心の中で繰り返す。
 胸の奥にポッと火が|灯《とも》りかけるのを慌てて否定する。
 そうサブちゃんの言葉には意味なんてないのだ。
 これはただの契約なのだから。
 私が大人になって恋をして、いつの日か結婚して家族が出来るまで、毎日『可愛い』って言ってくれるって。
 そう約束をした日から、サブちゃんは律儀に毎日同じ言葉を繰り返してくれる。
 こんなの『可愛い』っていうコメントのサブスクじゃん。
 自虐気味にぼそりと呟く。
 小説や漫画の世界みたいに、好きな人が自分のことを本気で可愛いって思ってくれたらいいのに。
 そんなはずあるわけないか。
 私とサブちゃんにそんな奇跡は起こらない。
 実の親にさえ、要らないって言われてしまうような、
 そんな私のことを本気で好きになってくれる人なんてこの世の中にいるわけがない。
 サブちゃんの言葉に意味なんてなくても、
 それでもその言葉が、サブちゃんが毎日言ってくれる『可愛い』がなくなったら、
 私は多分息をすることができなくなってしまう。
 酸素不足の金魚が水面で口をパクパクするように、
 サブちゃんからの『可愛い』の言葉をいつも求めてしまう。
 学校帰りにスーパーでお醤油を2本買う。
 特売だったから。
 牛乳と明日の朝用の食パンと卵、今夜肉じゃがになる予定の玉ねぎとじゃがいもと豚肉、
 重みで細くなった持ち手部分のビニールが手に食い込む。かじかむ手が痛いくらいだ。
 ひょい、突然負荷がなくなり手が軽くなる。驚いて目が丸くなった。
「ったく、なんで手袋してねぇんだよ」
 私の左手が大きな黒い手袋で包まれる。……あったかい。
「サブちゃんっ!」
「貸してやるのは|左手《そっち》側だけな」
 サブちゃんの右手にも私の左手とお揃いの手袋。
 当たり前だけど。
 片方ずつ違う手袋なんてするわけない。
 サブちゃんの左手が私の冷たい右手を掴んで自分のポケットの中へと連れていく。
「あったかーい、サブちゃん今日お店は? サボリング?」
「んー、中休み。もうちょいしたら店に戻る」
「そっか、荷物ありがと」
「それより、お前まだ|人参《ニンジン》食えねぇのか? カレーの材料だろ、これ」
「ブッブー、違います。ノットカレー、これは今夜肉じゃがになるんですぅー」
「んで、肉じゃがに|人参《ニンジン》入れねぇのかよ」
「……食べられない、わけじゃないもん」
「さいですか。したらうちの人参やるから、今夜、俺にも肉じゃが食わして」
「しょーがないなー」
 そう軽口を叩きながら、私の胸は高鳴った。
 私をマンションまで送り届けて、隣の部屋から持ってきた|人参《ニンジン》と|舞茸《まいたけ》を手渡した後、
 サブちゃんはそのままお米屋さんに、お店へと戻って行った。
 返しそびれた黒の手袋をそっと頬に押し付けた。
 サブちゃんの匂いがする。土っぽいような、お陽様の匂い。
 宿題を片付けた後、お米を研いで、肉じゃがとお味噌汁を作る。舞茸はレンジでチンしてバターと塩昆布で和える。これもサブちゃんが教えてくれた簡単料理。
 お風呂から上がったちょうどのタイミングで玄関のチャイムが鳴った。
「うっまいなー、|岬《みさき》、料理の腕上げたなぁ」
 サブちゃんの『可愛い』はウソでも、『|美味《うま》い』は本当の言葉だ。
「毎日毎日、半年もご飯作ってたら腕なんか普通に上がるでしょ」
 可愛くない私はついそんな風に言ってしまう。
『ありがとう』って『嬉しい』って言えばいいのに。
 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
「パパもママも、私のこと、要らないんだって、さ。えへへ」
「なっ、んだよ、それ。おじさんやおばさんがそう言ったのかよ」
「要らないって言うか、二人とも新しい家に、私は連れて行けないって、へへ」
「泣くの我慢して笑うな、泣けっ、泣いていいんだ」
 そう言ってくれたサブちゃんの前で泣いたのは梅雨の始まりの頃だった。
 元々会社の若い女と不倫していたパパとママの離婚が決まったことは別にそんなにショックではなかった。
 離婚の原因がパパなら慰謝料やら養育費やらでこのマンションはママのものになるだろうから、
 私はママと一緒に、二人でこの家で暮らすことになるんだろうと漠然と思っていた。
「離婚したとしても|岬《みさき》の父親であることは変わりないからな、高校の授業料も今まで通りちゃんと払うし、
大学受験するならもちろんその費用だって用意するから」
 そう頭を下げたパパには何の感情も沸かなかった。へぇ、と思っただけだった。
「ママもね、このタイミングで新しい人生を歩んで生きたいと思っているの」
 へ?
「昔の同級生、あ、もちろん元カレとかではないのよ、本当にただの同級生だったんだけど、
悩みを聞いてもらったりしているうちに何となく、ね。彼の方も離婚して小学生の息子さんがいて……」
 ああ、新しいパパと小学生の弟が出来るって話か、小説や漫画みたいだな、そう思った。
 けれどもママの話はそうではなかった。
「でね、ママはそちらのお家に引っ越すんだけれども、一つ問題があって……そこには|岬《みさき》を一緒に連れて行くことはできないの」
「ごめんな、父さんも新しい生活があるから、一緒に暮らすことは難しい。まぁもう高校生だし、一人で生活できないこともないよな、|岬《みさき》はしっかりしているし」
 ……|し《・》|っ《・》|か《・》|り《・》している私は、泣いたところで怒ったところで、この決定が覆されることはないのだろうと、即座に悟った。
 それからしばらくしてパパもママもそれぞれ家を出て行った。
 テーブルの上には当面の生活費だという数枚の一万円札と、銀行のキャッシュカードが置いてあった。
 呆然としていてもお腹は減る。
 味は全くしなかったけれどもテーブルの上の食パンをもそもそと|齧《かじ》った。
 同じくテーブルの上にあったバナナやりんご、冷蔵庫の中の食材を食べ尽くした後、私はその一万円札を握りしめてスーパーへ向かった。
「お、|岬《みさき》、久しぶりだなー、お使いか、エライエライ」
 スーパーからの帰り、玄関の前で、サブちゃんに声をかけられた。
 見上げた先の日に焼けた顔がニカっと笑ったのを見て、ふいに涙が溢れた。
 ひとしきり泣いた後、そう言えば今回のことで泣いたのは初めてだなと思う。
「ごめんね、泣いたりして。ホント全然平気だったんだよ、パパが出て行く時も、ママが出て行く時も、泣かなかったし、何なら『元気でね』って笑って送り出したし。お金もね、大丈夫なのたくさんあるの。多分、パパの罪悪感なのかな? 銀行にいっぱい。夜更かししても長風呂してもうるさくお小言も言われないし、このまま一人暮らしを満喫しちゃったりなんかして、サブちゃんも一人になった時、こんな気分……ごっ、ごめんなさい、違うの、そうじゃなくて」
「や、いいよ、もう何年も前のことだし」
 サブちゃんのご両親は、サブちゃんが中学を卒業する頃、交通事故に巻き込まれて二人同時に亡くなった。
 確か私が小学校に入る前だった、私は子供過ぎて事の重大さなんかよく分からなかったけれども、
 テンガイコドクとなってしまったサブちゃんは結局高校へは行かず、
 商店街のお米屋のおじいさんのお店のお手伝いをすることになった。
 ママがおかずをタッパーに入れて時々差し入れをしていたことや、
 お米の配達のついでみたいにうちに来て一緒に夕飯を食べたりしたことをうっすら覚えている。
「とりあえずメシ食おうぜ、人間腹減ってると考え方が縮こまっちまうからな、カレー作ってやるから食ってけ、な?」
 サブちゃんが作ってくれたカレーライスは|人参《ニンジン》もじゃがいももゴロゴロと大きくて、そしてあったかくて美味しかった。
 そういえばママが出て行ってから、温かいものを食べたのは初めてだった。
「何だよ、|岬《みさき》、|人参《ニンジン》嫌いか?ガキじゃねぇんだから」
 そう言ってサブちゃんは笑った。
 |人参《ニンジン》は食べられないわけじゃないけれども、土っぽいような独特の香りや甘みなどがどっちかっていうと苦手だ。
 同じ土っぽいような匂いでもサブちゃんの匂いはいい匂いだって思えるのに、なんでだろう?
「さっき鍋で肉とじゃがいもとかの野菜煮ただろ? あの状態にカレールゥ入れたらカレーになるし、シチューの素を入れたらシチュー、醤油入れりゃ肉じゃがだ。こんだけバリエーションありゃ一人暮らし初心者には上等だ、いっぱいメシ食って、特に米をな、パンもうどんも旨いがとにかく米だ、日本人だからな。そんでいっぱいメシ食ったら、いっぱい寝ろ、そんで、いっぱい笑え」
「笑え……ないよ。私なんて、パパもママも、誰も必要としてない、いなくなっても誰も悲しまない……」
「んなこと言うな」
 怒ったような声を出したサブちゃんの右手が私の頭を撫でる。
 大きな手でわしわしと撫でられて私の髪の毛はぐちゃぐちゃになった。
「もう自己肯定感が下がりまくりでボロボロだもん」
「そのジコ、コーテー感ってのはどうやったら上がるんだよ」
 ──自己肯定感はどうしたら、上がるんだろう。
「えー、そりゃあ好きな人に『可愛い』とか言われたら、幸せだし、うん、自己肯定感も上がるな、きっと。好きな人なんていないけど」
 小説や漫画みたいな話だ。
 好きな人が自分のことを可愛いって、
 自分のことを好きだって言ってくれる世界なんて。
「そっか、じゃ好きなヤツが出来たら頼め、な?」
「それまで持たない、メンタルが。今もうボロボロだもん」
 実際には、そこまでボロボロってわけでもない。
 パパやママがいなくなっても『悲しくて死んじゃう』みたいな感情はない。
 けれども、『死んでもいいかな別に』みたいな気持ちはある。
 私が死んでも、別に誰も悲しまない。
「俺で良ければ毎日言うぞ、|岬《みさき》は可愛いって、な」
「えーサブちゃんに言われてもなー、あんまり嬉しくな……」
「はいはいはい、そうかよ、そーですか」
 可愛くない私の言葉に被せるようにサブちゃんがいじけたような声をあげる。
「あは、ウソウソ、嬉しいよ、サブちゃんに言われても、上がる、多分」
「ん、じゃ、俺で我慢しとけ、|岬《みさき》に好きなヤツが出来て、そいつと付き……合ったり、結婚、したりするまで、俺が毎日言ってやるから」
 その日からサブちゃんは私に『可愛い』と言ってくれるようになった。毎日毎日『可愛い』って。
 そして、
 あろうことか……私は……。
 可愛いって魔法の言葉だ。
 毎日言われているうちに本当に自分が可愛くなったような錯覚を起こす。
 そんなはずなんかないのに。
 サブちゃんの言葉に意味なんかないのに。
 それなのにドキドキする。
 こんなの、反則だ。
 あくまでのコメントのサブスクで、契約で、
 私に彼氏や結婚相手が現れるまでの、そう言う約束で、
 サブちゃんの言葉に意味なんてないのに。
 それなのに私一人で勝手にドキドキして。
 これ以上『可愛い』って言われたら、
 どんどん好きになってしまうそうだ、義務感で言って貰う『可愛い』がツラい。
 夕飯の後片付けをしながら、思い切って私からサブちゃんに切り出した。
「ね、サブちゃん。もう毎日私に『可愛い』って言ってくれなくていいよ」
「なっ、好……きな男が出来たのか? そいつと、結婚……」
「けっ、こんなんてするわけないでしょ、やだなぁ、私まだ高校生だよ」
「そっ、そか、そうだな」
「……うん」
「そいつ、も、|岬《みさき》のこと、……可愛いって言ってくれるのか? ジココーテー感は上がりそうなのか? 大丈夫なのか? ……か、彼氏」
 そいつなんていない。彼氏なんていない。
 私が好きなのは……、私の好きな人は……。
「サブちゃんもう心配しなくてもいいよ。もう私、大丈夫、だから」
「そっか、……もう|岬《みさき》に可愛いって言えなくなるんだな。ちょっと寂しいな。最後に、言い貯めしておくかな。
|岬《みさき》は可愛いな。本当に可愛いな。すごく可愛い……って、な、なんで、どうして泣……」
「ごめ、ん、違うの。違うの、ごめん」
 泣くつもりなんかなかったのに、勝手に涙が溢れた。止めなくちゃ、サブちゃんも困ってる。
 そう思えば思うほど、涙が出て止まらないのはなんでなんだろう?
「可愛いって毎日言ってくれてありがとう。言葉だけでも嬉しかったよ。サブちゃんの言葉で元気になれた。
でもね、もう……言葉だけじゃ苦しくなっちゃうみたい」
「え?」
「ごめんね、今日までありがとうね」
「ちょちょちょっと待って、待って待って。ごめん、流石に意味わかんな過ぎて|草《・》」
「草って……使い方違うし」
「違うか、ごめん。俺はさ、|岬《みさき》が元気で楽しく過ごせるなら、彼氏でも結婚相手でも、そいつに|岬《みさき》のことよろしくな、って。泣かせないでやってくれよ、幸せにしてやってくれって、言うつもりで。でも苦しくなっちゃうとか言いながら泣いているのは、|ワ《・》|ケ《・》|ワ《・》|カ《・》|メ《・》、教えて|ク《・》|レ《・》|メ《・》|ン《・》|ス《・》」
「ちょっ……サブちゃんホント無理しなくていいって」
「これも違うか、前に|岬《みさき》が言ってたから検索して調べたんだけどな」
 静かになった部屋で壁の時計の秒針の音だけがやけに響く。カッチッコッチ、カッチッコッチ
 サブちゃんが口を開かないのは、明らかに私の言葉待ちなんだろう。
「分かった、分かった。言うから、全部。言うけど、引かないで。明日っからも会ったら話しかけてね。可愛いって無理に言わなくてもいいけど、いきなり無視したりはしないで」
「無視なんかするわけないだろ」
「……」
「|岬《みさき》……?」
「ちょっと待って、勇気が……」
 いざ言おうとしたら心臓が、鼓動がドコドコと激し過ぎて痛いくらいだ。
 簡単にサラッと言ってしまえばいい。
 そうして笑って、「そう言うことだから明日からも挨拶だけは|よ《・》|ろ《・》」ってお願いして。
 でも、露骨に困った顔や、嫌な顔をされたりしたら、立ち直れないなぁ。
 パパやママだって要らないって言うような私なのに。
 あの日、あの梅雨の日
 世界中で味方なんて誰もいないような
 私なんていなくなっても誰も悲しんでなんかくれないんじゃないかって、
 自己肯定感だだ下がりのボロボロの日、サブちゃんのカレーライスがあったかくて美味しかった。
 あの日から毎日言ってくれたサブちゃんの『可愛い』の言葉に救われた。
「俺はさ、お前のことが好きだよ。可愛くって仕方がない、ごめんな、こんなおっさんがキモいよな」
「は? え? あ? え? へ? え? な? は? へ?」
 突然過ぎる言葉に、予想もしていなかった言葉に、脳がバグる。
 私が今まで読んできた小説や漫画では、告白されたヒロインは一瞬ドキって、キュンって顔をして、すごく可愛い顔で、真っ赤な顔で「私も」って俯きながら呟いたりしていた。
 それなのに私ときたら、目をシロクロさせながら金魚のように口をパクパク、
 間抜けな顔をしてサブちゃんの顔と手元のお皿を交互に見つめているだけだった。
「流石にキモいな、でも大丈夫だ、お前が幸せになれる相手かどうかちゃんと見極めて、そいつにお前のこと引き渡してやるからさ、結婚式にバージンロード歩く時には俺が一緒に歩いてやってもいいぞ、父親がわりってことで」
「……もん」
「はっはっはー、流石に気が早いか、まだ高校生だもんな」
「サブちゃんはパパじゃないもん」
「そらそうだな」
 あー、バカバカ私のバカ、パパじゃないことなんてわざわざ口にしなくてもサブちゃんだってもちろん私だって分かってる。
 言いたいことはそうじゃない、もっと、言いたいことが、聞きたい言葉があった。さっきサブちゃんの口から出た言葉。
「さっき私のこと好きって言った?」
「ああ、言った」
「好きって、どんな風に?」
 娘、っていうか妹みたいとか?
 私がサブちゃんを好きって思うみたいな気持ちとは違うよね。
 バージンロードを一緒に歩いてくれるんじゃなくて、
 それよりも、
 バージンロードを歩いた先に、サブちゃんがいて欲しい。
 でも、小説や漫画の世界みたいに、好きな人が自分のことを本気で可愛いって思ってくれるなんて、
 好きな人が自分を好きになるなんて、そんな奇跡みたいなことは起こるはずがない。
「どんな風に、って」
「私が、サブちゃんと一緒にいるとドキドキするって言ったら困る?」
「困らない、むしろ、嬉しい、な」
 サブちゃんが親指と人差し指で自分の顎を撫でる。
「可愛いって無理やり言わせてるのが、だんだん、だんだん苦しくなってきた」
「へ? 無理やり? 誰が?」
「私がパパやママのことで泣いたから、慰めてくれるために、毎日可愛いって言ってくれるって約束したでしょ?」
「|岬《みさき》は可愛いからな、俺が毎日言いたくて言ってるだけだから無理やりではないな」
「言いたくて?」
「自分が言いたいんじゃなきゃ高校生の登校時間なんつうクッソ早い時間に毎朝毎朝目覚ましセットして、半分寝ボケたまま眠い目擦って無理やり起きて、寒い中玄関開けて可愛いなんて言わないだろ」
「コメントサブスクだと思ってた」
「は? なんて?」
「サブスクリプション」
「や、それは分かるって流石に、おっさんだからってカタカナ言葉知らんだろって舐めんなよ」
「可愛いってコメントを、毎日言うって契約したから、私が結婚するまで。その間だけのサブスクサービスだって、思ってた、思ってる」
「は? んなわけあるか。可愛いって思ってもいないのに、毎日可愛いって言うってなんだよ」
 なんだろう?
 可愛いって思ってもいないのに、毎日可愛いって言うなんてことはあり得ないの?
 そしたらサブちゃんが毎日私に可愛いって言ってくれたのは?
 違う、都合良く考えたらダメだ。
 ママだって、私のことを『可愛い』って『大好きだ』って『宝物だ』って言っていた。
 ずっと小さい頃だけれども。
「親が二人とも、急に交通事故で死んで、俺がボロボロだった時な、それこそメシを食うのもしんどい時、お前がいつも隣にいてくれたんだ。俺が自殺とかそういうアホなこと考えないようにっておばさんが『俺にお前の世話を頼む』って名目で預けてくれたのかも知んないけど、お前に、お前の無邪気な笑顔に、すごく救われたよ」
「その時から私のことが好きだったの?」
「んー、それが本当なら俺はだいぶ変態だな、そん時のお前はまだ幼稚園児だったしな」
「そっか」
「でもお隣の可愛いちびっ子が、大きくなってどんどん可愛くなって、眩しいくらいにどんどんキレイになっていって、ってごめん。これもだいぶキモいよな」
「キモくない」
「そっちは? お隣のおっさんのことなんか全然意識してなかっただろ? 『アウトオブ眼中』とか言うんだっけか?」
「サブちゃんが毎日私に『可愛い』って言ってくれるから、だんだんドキドキするようになっちゃって」
「は? 可愛いって言われたら、それだけで好きになるのか? 簡単だなぁ、でも、言い続けるって大事なんだな、雨垂れ石を穿つってことか」
 小説や漫画の世界みたいに、
 好きな人が自分のことを本気で可愛いって思ってくれたらいいのに。
 好きな人が自分のことを好きになってくれたらいいのに。
 そうずっと思っていた。
 好きって気持ちは永遠なんかじゃない。
 それはもう知っている。
 好きな気持ちがなくなることだってある。
 パパとママは恋愛結婚で、最初は確かにお互い好きだったはずなのに。
 ママは私を宝物だって、大好きだって言ったけど、他に好きな人が出来たら、私のことはどうでもよくなったみたいだ。
 好きって気持ちは永遠なんかじゃない。
 でも出来ればサブちゃんにずっと私を好きでいて欲しい。
 私もサブちゃんのことをずっと好きでいたい。
 そんなこと小説や漫画の中にしかないのかもしれない。
 だけど……。
 サブちゃんと二人で
 そんな小説みたいな恋をしたい、って、
 今そう思っている。
「ねぇ、サブちゃん。さっき『もう毎日可愛いって言わなくていいよ』って言ったけど、やっぱり取り消したい。毎日言って欲しい、『可愛い』って……あと『好きだ』って」
 一生解約なしの幸せなコメントサブスクを♡


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