二話 ずるいわぁ

ー/ー



 天獄界の二王、リヴァイアサンとベルフェゴールは直樹と大輔の横をすり抜け、背後にいるティーガンとウィオリナへと襲い掛かった。

「グッ、なんのこれきしッ!」
「こんの、ですッ!」

 ティーガンとウィオリナに振るわれたのはただの拳。超常現象はない。しかし、音速を優に超えて放たれた拳は圧倒的な力を持つ。

 咄嗟にティーガンもウィオリナも血の盾でその拳を防ぐが、あまりの衝撃に押し負けてしまう。吹き飛ばされる。

 空中で錐揉(きりも)みするティーガンもウィオリナは、けれどバランスを取り、滑りながら着地する。

 が、リヴァイアサンとベルフェゴールの連撃は終わらない。

「ッ!?」
「ッッ!!」

 全てを無へと流す圧倒的な物量の海水。それがティーガンに降り注ぐ。相手はリヴァイアサン。

 立っているだけで骨が砕けるほどの超重力。それがウィオリナを圧し潰す。相手はベルフェゴール。

「ティーガンッ!」
「ウィオリナッ!」

 ティーガンもウィオリナもそれぞれの攻撃に飲まれる。

 直樹と大輔が焦燥に顔を歪め、助けに入ろうとした瞬間、

「お主らは行くのじゃ」
「そうです。行ってくださいです」

 膨大なエネルギーが爆発したかと思うと、海水と超重力が霧散する。

 上品なゴスロリ服に、血が流れる日傘。紫のドリル髪に鮮血の瞳。優雅に佇むティーガン。

 血のシスターワンピースに、血のヴァイオリン。茶髪のサイドテールに陽色の瞳。天真爛漫に笑うウィオリナ。

 直樹も大輔も振り返る足を止める。リヴァイアサンとベルフェゴールと戦うティーガンとウィオリナに目を奪われる。

「こやつらは最初から妾たちが狙いッ!」
「ここはわたしたちに任せてください!」

 凜ッと響く二人の声。直樹たちの心をビリリっと叩く。

 だから、

「任せた。勝てよ」
「頼んだよ。勝ってね」

 直樹も大輔も振り返る事はしない。

「うむッ!」
「はいですッ!」

 直樹は発動しかけていた“空転眼[黒門]”を完全に発動させ、雪たちがいる場所へ黒渦の転移門を繋げる。

「あ」

 その時、大輔はなんとなしに思い出した。それから手元を金茶色に光らせた。

「ウィオリナ、あげる。杏にもあげたからさ」
「え、あわっ」

 大輔は後ろを振り返ることなく、小さな金茶色の宝珠をウィオリナに投げた。ウィオリナは慌ててその宝珠をキャッチする。

「じゃあ、行ってくるよ」
「……行ってくる」

 それから大輔はウィオリナの困惑の視線から逃げるように黒渦の転移門へと足を踏み入れた。そんな大輔に呆れた視線を向けていた直樹も遅れて黒渦の転移門へと消えた。

 そして黒渦の転移門が閉じる。

 同時に、

「ティーガンちゃん、久しぶりにママとお話しましょう」
「するのは殺し合いじゃッ!」
「はぁ、何もしたくねぇ」
「なら邪魔するな、ですッ!」

 ティーガンはリヴァイアサンと、ウィオリナはベルフェゴールと一緒に分断される。異空間の如く強力な空間断絶の結界が二組それぞれを覆いつくす。

 一瞬だけ、ティーガンが手元を光らせて血界に繋がる小さな門を創り出し、ウィオリナに何かを渡したが、リヴァイアサンもベルフェゴールもそれに気が付かず。

 そして、予定通りの戦いが始まった。



 Φ


 
 直接会敵するのは二度。

「相変わらず厄介じゃのッ!」
「覚えてくれて、ママは光栄だわぁ」

 ティーガンは一度、リヴァイアサンと戦ったことがある。地球に来て間もないころだ。

 その頃には既に天獄界とエクソシストたちの戦いは始まっており、イギリスに降り立ったティーガンを含める始祖たちは天獄界の七王に目を付けられた。

 なんせ、自力で異世界転移を成し遂げるほどの実力を持ち、始祖たちは世界の根源的な理に干渉する力を持っていたからだ。

 根源的な理に干渉する力は、神という存在を目指す者たちにとってとても魅力的に映る。

 だから、襲われた。

 だが、当時、世界最強を誇っていたエクソシスト(アザゼル)によってその七王は退けられ、またティーガン達が使う血力自体に神になるための汎用性がないことが分かったため、それ以降七王たちは始祖はもちろん、吸血鬼(ヴァンパイア)に対しても干渉すことは殆どなくなった。

 ただ、一人の王を除いて。

「一つ聞いても良いか?」
「ええ、存分にママに聞いてぇ!」

 血を纏う日傘を振るえば、襲い掛かる無数の海水の触手が全て切り捨てられる。血の獣を創造すれば、無限に湧き出てくる海洋生物を喰らいつくす。

 ティーガンとリヴァイアサンの実力は互角。

 拮抗する戦いの中、ティーガンは鋭く目を光らせながら尋ねる。

「どこまでがお主の掌の上じゃ?」
「うんぅ? 言葉の意図が分からないわぁ」

 その豊かすぎる(からだ)を自然に強調しながら、リヴァイアサンはわざとらしく首を傾げる。間延びした声で答える。

 同時に光の空に雨雲が出来上がり、触れれば塩と化させられる海水の雨がティーガンに降り注いだ。

 ティーガンは慌てることなく血を創造して操作し、雨粒一つ一つに対応した血の水滴を創り出し、全ての雨粒にぶつける。

 海水の雨と血の雨が混じってその雨粒は塩の粒となり、ザザザァーーと闇の大地を打ち鳴らす。ティーガンとリヴァイアサンの体を打ち付ける。

「デジールとリシカについてじゃ。いや、それだけでない。今回の件も全てお主が奸計(かんけい)したであろう?」
「あら、違うわよぉ。ママは頼まれただけよぉ。サタンちゃんにぃ」

 地面に散らばった塩の粒が(おもむろ)に浮き上がったかと思うと、一気に収束。あらあらうふふと微笑むリヴァイアサンの上空に巨大なドリルを創り出す。

「まぁ、よい。死ね」

 そしてティーガンがニィッと嗤えば、その塩のドリルは超高速で回転しながらリヴァイアサンに落ちる。

 リヴァイアサンの周囲に漂う海水による防御は即座に貫通。海洋生物たちが肉壁になるが意味を為さず。

 されど、

「やはり固いか」
「ええ。ママの皮膚(うろこ)お父様()ですら砕けなかったわぁ!」

 リヴァイアサンが突き落ちてくる塩のドリルに片手をかざし、掌で防ぐ。

 まるで超高硬度で超靭性を持つ金属を切削しているのか、塩のドリルは簡単にリヴァイアサンの掌に負ける。

 女性の金切り声がスズメの鳴き声のように思えるほどの、甲高い音が響き渡り、火花がスパークし、塩のドリルが削れていく。

 リヴァイアサンは最強の悪魔()。天獄界のどの生物でも、それこそリヴァイアサン以外の七王ですら、リヴァイアサンを殺すことはできない。

 傷つけることは叶わない。

 鉄壁という言葉すら(かす)むほどの絶対の防御力を誇るからだ。

「あはっ!」

 リヴァイアサンを切削しようとした塩のドリルは逆に切削され、粉々に砕け散った。

 リヴァイアサンはまるで子供のような笑顔を浮かべる。今のティーガンの表情を見ようと、目を輝かせる。

「ッ」

 そして息を飲んだ。

「砕け」

 手に持つ日傘の先端をリヴァイアサンに向けたティーガンは無表情だった。

 極寒零度の如くその言葉が紡がれた瞬間、日傘の先端に膨大な血力が集まったかと思うと、遅れてその先端から鮮血が極光の槍となってリヴァイアサンに放たれた。

「結果は同じよぉ!」

 少しばかり動揺したものの、リヴァイアサンは王だといわんばかりに悠然とその鮮血の極光の槍に向かって片手をかざす。

 塩のドリルと同様に鮮血の極光の槍を逆に砕こうとして、

「変性」
「なッッッ!?」

 リヴァイアサンは鮮血の極光の槍に貫かれた。

 理屈は簡単。

 鮮血の極光の槍がリヴァイアサンの皮膚()に触れた瞬間、ティーガンの生命に干渉する力でリヴァイアサンの最強の皮膚()を最弱の皮膚()へ変性させたのだ。

 最初の塩のドリルはそのための下準備。ティーガンの血を混ぜた塩を付着させ、(ひそ)かに肉体へ浸透させることにより、ティーガンの生命干渉への抵抗力(レジスト)を削いだのだ。

 だから容易く鮮血の極光の槍がリヴァイアサンを貫いた。

 そしてほぼ一秒も満たない間に鮮血の極光の槍はリヴァイアサンの体全てを穿った。海水の血が飛び散る。

 それでもティーガンは表情を変えない。油断なく、鮮血の瞳を鋭く光らせる。

『やっぱりティーガンちゃんは凄いわぁ! だから、ママが教えてあげるわぁ!』
「やはりか」

 虚空から声が響き飛び散った海水の血が(うごめ)けば、いつの間にか湧き出ていた海洋生物たちがその血肉を覆いつくす。

 すれば、(またた)く間にいやらしさを一切感じない豊満すぎる肢体を持つ(リヴァイアサン)がそこにいた。

 ティーガンに驚きはない。

 そんな簡単に殺せる相手とは思っていないからだ。

「ねぇ、こんな殺風景な場所でお話してもつまらないでしょうぅ?」
「むしろ、お主がいなけば多少愉快になるんじゃが」
「分かったわぁ。じゃあ、場所を変えましょうぉ」

 ティーガンの皮肉を聞き流し、リヴァイアサンが近くに浮かんでいたヒトデを握りつぶす。

「チッ、やはりこういう相手は分が悪い」

 空間自体が書き換わる。荒れた海が現れたからだ。上空は相変わらず光に覆われているが、しかし闇の大地はどこまでも深い海になっていた。水平線も見える。

 ティーガンは舌打ちしながら、荒れる海の上で蝙蝠の翼を羽ばたかせる。

 ティーガンは世界の法則に干渉する権能を持つ。けれど、それは生命に干渉する力。

 空間を書き換えたり、超重力を発生させたり、圧倒的な火や水、風を生みだしたりする事は苦手だ。

 そう思いながら悪態を吐けば、海水のドレスを纏いながら海から飛び出てきたリヴァイアサンが嬉しそうに表情を緩ます。

「ママに嫉妬してくれたのぉ。嬉しいわぁ!」
「……嫉妬などしておらん」

 ティーガンは益々(ますます)表情を歪ませる。

 それを見てリヴァイアサンは更に嬉しそうに表情を緩ませながら、片手をティーガンに向ける。

「ティーガンちゃんに喜んで貰うために、ママは頑張ったのよぉ!」
「ッ!!」

 水砲(ブレス)

 一キロメートル立方の水量が髪の毛と同等の細さにまで無理やり圧縮され、超音速でティーガンに向かって放たれた。

 その水砲(ブレス)は、全てを穿ち、斬る。

 しかも、リヴァイアサンは海の王。母。下に無限の海がある限り、その水砲(ブレス)は尽きることはない。

 むしろ、

「やはり防げんかッ!」

 四方八方。

 下の大海から湧き出る無限の海洋生物からもその水砲(ブレス)がティーガンに向かって放たれる。

 日傘や血を硬化させた盾で無数に襲い掛かる水砲(ブレス)を防ごうとするが貫かれ、ティーガンを穿つ。

 もちろん、ティーガンのその肉体は不死。痛覚も操作できるし、瞬間再生もする。魂魄のひとかけらでも残っていれば、一瞬で再生する。

 それが吸血鬼(ヴァンパイア)の始祖。

 だから、物理的な攻撃でしかない細い水圧に幾度射貫かれようと、意味はない。ダメージにはならない。

 しかし、それでも鬱陶(うっとう)しさはある。

 そこにさらに鬱陶しい声が響く。

「色々したわねぇ。ティーガンちゃんの養子を吸血鬼(ヴァンパイア)に堕としたのはいつだったかしらぁ?」
「……四百年前じゃ。やはりあれもお主じゃったか」
「ええ、ええ、そうよぉ! 病魔の吸血鬼(ヴァンパイア)を使って黒死病も流行らせたわぁ! あれで何人の血闘封術師(ヴァンパイアハンター)が死んだかしらぁ! 迫害されたかしらぁ!」

 水砲(ブレス)に貫かれるが、ティーガンは静かだ。

 その様子にリヴァイアサンは頬を紅潮させ、高揚する。それに呼応するように、下の大海が荒れていく。

「魔女裁判を先導したのも楽しかったわねぇ。あの無限に焼かれて守るべき人々から石を投げ続けられるのはどういう気分だったかしらぁ?」
「あの坊も結局お主に踊らされていたわけか」
「そうよぉ。吸血鬼(ヴァンパイア)の殆どはママの駒だったわぁ! 育てて育てて力を付けさせて、ティーガンちゃんに歯向かわせるのぉ! そして負けて封印されるぅ!」

 リヴァイアサンは最高傑作の劇を見ているかのように、大声を上げる。

「気分が良かったわぁ! 戦うにつれて夢と力を徐々に失っていくティーガンちゃんを見るのが、とても嬉しかったわぁ! 呪い(反動)をこっそり強化した甲斐があったものよぉ!」

 大海から巨大な鯨やイカが現れる。リヴァイアサンは彼らを侍らせながら、上機嫌に宝物を自慢する。

「ここ最近の成功はリシカちゃねぇ! 本当の最高傑作はデジールちゃんだけど、彼はサタンちゃんに取られちゃったからねぇ。けど、リシカちゃんもママが手塩に掛けて育てたのよぉ!」

 そう言いながら、リヴァイアサンは海水でティーガンを模した模型を創る。

「<禁鬼(きんき)解放>! ティーガンちゃんに宿る権能が(ゴミ)になっていくその様は素晴らしかったわぁ! 特にあれでクロノアちゃんとプロクルちゃんの人間化が不可能になったのは傑作ねぇ!」
「……」

 ティーガンはやはり静かだ。ただ淡々と、何かを準備するようにリヴァイアサンの言葉を聞き流す。

 熱に浮かされたように笑っていたリヴァイアサンは、しかし一転する。海水で作りあげた<禁鬼(きんき)解放>姿のティーガンを握りつぶす。

「けど、本当はクライマックスはあそこじゃなかったのよぉ! 権能を失う(すん)でで<禁鬼(きんき)解放>が解け、ティーガンちゃんは力の殆どを失うぅ! だから、ティーガンちゃんが維持していた親友の命がそれと同時に消え去るぅ! その絶望ッ! 絶望が見たかったにぃ!」

 恐ろしい母。

 底知れぬ恐ろしさを纏うリヴァイアサンは、怒りのままに巨大な鯨とイカを殴り、穴をあける。

 しかし、巨大な鯨もイカも体に穴が開いたというのに、嬉しそうに鳴く。(うた)う。

 リヴァイアサンはその(うた)にうっとりと頬を紅潮させる。

 そんなリヴァイアサンをティーガンは冷めた目で見やる。

芽衣(めい)がトラックに()ねられたのもお主のせいか?」
「そうよぉ。スリルがあったでしょうぉ。デジールちゃんに見つかって力を奪われれば、維持していた親友の命が消え去るぅ。どうにか解決しても、デジールちゃんたちを封印するのに更に力を使ったティーガンちゃんでは、蘇生するほどの力が残っていないぃ。最初はそういう手筈だったのよぉ。途中でデジールちゃんからリシカちゃんに変えたけどぉ」

 リヴァイアサンは溜息を吐く。

「結局、変えた計画もサタンちゃんの計画に上塗りされちゃったしぃ、そのうえティーガンちゃんは予定よりも力を失わなかったしぃ、あのクソアマ(大皇日女)のせいで力を取り戻してしまったぁ」

 そしてリヴァイアサンはドロドロと濁った瞳を向ける。

「ずるいわぁ。ずるいわぁ!!」

 嫉妬。

『だから壊してあげるわぁ!』

 リヴァイアサンは全長数キロにも及ぶ巨獣と成り果てた。それはリヴァイアサンの本当の姿。リヴァイアサンは獣。最強の獣なのだ。

 そしてティーガンを喰らった。


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 天獄界の二王、リヴァイアサンとベルフェゴールは直樹と大輔の横をすり抜け、背後にいるティーガンとウィオリナへと襲い掛かった。
「グッ、なんのこれきしッ!」
「こんの、ですッ!」
 ティーガンとウィオリナに振るわれたのはただの拳。超常現象はない。しかし、音速を優に超えて放たれた拳は圧倒的な力を持つ。
 咄嗟にティーガンもウィオリナも血の盾でその拳を防ぐが、あまりの衝撃に押し負けてしまう。吹き飛ばされる。
 空中で|錐揉《きりも》みするティーガンもウィオリナは、けれどバランスを取り、滑りながら着地する。
 が、リヴァイアサンとベルフェゴールの連撃は終わらない。
「ッ!?」
「ッッ!!」
 全てを無へと流す圧倒的な物量の海水。それがティーガンに降り注ぐ。相手はリヴァイアサン。
 立っているだけで骨が砕けるほどの超重力。それがウィオリナを圧し潰す。相手はベルフェゴール。
「ティーガンッ!」
「ウィオリナッ!」
 ティーガンもウィオリナもそれぞれの攻撃に飲まれる。
 直樹と大輔が焦燥に顔を歪め、助けに入ろうとした瞬間、
「お主らは行くのじゃ」
「そうです。行ってくださいです」
 膨大なエネルギーが爆発したかと思うと、海水と超重力が霧散する。
 上品なゴスロリ服に、血が流れる日傘。紫のドリル髪に鮮血の瞳。優雅に佇むティーガン。
 血のシスターワンピースに、血のヴァイオリン。茶髪のサイドテールに陽色の瞳。天真爛漫に笑うウィオリナ。
 直樹も大輔も振り返る足を止める。リヴァイアサンとベルフェゴールと戦うティーガンとウィオリナに目を奪われる。
「こやつらは最初から妾たちが狙いッ!」
「ここはわたしたちに任せてください!」
 凜ッと響く二人の声。直樹たちの心をビリリっと叩く。
 だから、
「任せた。勝てよ」
「頼んだよ。勝ってね」
 直樹も大輔も振り返る事はしない。
「うむッ!」
「はいですッ!」
 直樹は発動しかけていた“空転眼[黒門]”を完全に発動させ、雪たちがいる場所へ黒渦の転移門を繋げる。
「あ」
 その時、大輔はなんとなしに思い出した。それから手元を金茶色に光らせた。
「ウィオリナ、あげる。杏にもあげたからさ」
「え、あわっ」
 大輔は後ろを振り返ることなく、小さな金茶色の宝珠をウィオリナに投げた。ウィオリナは慌ててその宝珠をキャッチする。
「じゃあ、行ってくるよ」
「……行ってくる」
 それから大輔はウィオリナの困惑の視線から逃げるように黒渦の転移門へと足を踏み入れた。そんな大輔に呆れた視線を向けていた直樹も遅れて黒渦の転移門へと消えた。
 そして黒渦の転移門が閉じる。
 同時に、
「ティーガンちゃん、久しぶりにママとお話しましょう」
「するのは殺し合いじゃッ!」
「はぁ、何もしたくねぇ」
「なら邪魔するな、ですッ!」
 ティーガンはリヴァイアサンと、ウィオリナはベルフェゴールと一緒に分断される。異空間の如く強力な空間断絶の結界が二組それぞれを覆いつくす。
 一瞬だけ、ティーガンが手元を光らせて血界に繋がる小さな門を創り出し、ウィオリナに何かを渡したが、リヴァイアサンもベルフェゴールもそれに気が付かず。
 そして、予定通りの戦いが始まった。
 Φ
 直接会敵するのは二度。
「相変わらず厄介じゃのッ!」
「覚えてくれて、ママは光栄だわぁ」
 ティーガンは一度、リヴァイアサンと戦ったことがある。地球に来て間もないころだ。
 その頃には既に天獄界とエクソシストたちの戦いは始まっており、イギリスに降り立ったティーガンを含める始祖たちは天獄界の七王に目を付けられた。
 なんせ、自力で異世界転移を成し遂げるほどの実力を持ち、始祖たちは世界の根源的な理に干渉する力を持っていたからだ。
 根源的な理に干渉する力は、神という存在を目指す者たちにとってとても魅力的に映る。
 だから、襲われた。
 だが、当時、世界最強を誇っていた|エクソシスト《アザゼル》によってその七王は退けられ、またティーガン達が使う血力自体に神になるための汎用性がないことが分かったため、それ以降七王たちは始祖はもちろん、|吸血鬼《ヴァンパイア》に対しても干渉すことは殆どなくなった。
 ただ、一人の王を除いて。
「一つ聞いても良いか?」
「ええ、存分にママに聞いてぇ!」
 血を纏う日傘を振るえば、襲い掛かる無数の海水の触手が全て切り捨てられる。血の獣を創造すれば、無限に湧き出てくる海洋生物を喰らいつくす。
 ティーガンとリヴァイアサンの実力は互角。
 拮抗する戦いの中、ティーガンは鋭く目を光らせながら尋ねる。
「どこまでがお主の掌の上じゃ?」
「うんぅ? 言葉の意図が分からないわぁ」
 その豊かすぎる|躰《からだ》を自然に強調しながら、リヴァイアサンはわざとらしく首を傾げる。間延びした声で答える。
 同時に光の空に雨雲が出来上がり、触れれば塩と化させられる海水の雨がティーガンに降り注いだ。
 ティーガンは慌てることなく血を創造して操作し、雨粒一つ一つに対応した血の水滴を創り出し、全ての雨粒にぶつける。
 海水の雨と血の雨が混じってその雨粒は塩の粒となり、ザザザァーーと闇の大地を打ち鳴らす。ティーガンとリヴァイアサンの体を打ち付ける。
「デジールとリシカについてじゃ。いや、それだけでない。今回の件も全てお主が|奸計《かんけい》したであろう?」
「あら、違うわよぉ。ママは頼まれただけよぉ。サタンちゃんにぃ」
 地面に散らばった塩の粒が|徐《おもむろ》に浮き上がったかと思うと、一気に収束。あらあらうふふと微笑むリヴァイアサンの上空に巨大なドリルを創り出す。
「まぁ、よい。死ね」
 そしてティーガンがニィッと嗤えば、その塩のドリルは超高速で回転しながらリヴァイアサンに落ちる。
 リヴァイアサンの周囲に漂う海水による防御は即座に貫通。海洋生物たちが肉壁になるが意味を為さず。
 されど、
「やはり固いか」
「ええ。ママの|皮膚《うろこ》は|お父様《神》ですら砕けなかったわぁ!」
 リヴァイアサンが突き落ちてくる塩のドリルに片手をかざし、掌で防ぐ。
 まるで超高硬度で超靭性を持つ金属を切削しているのか、塩のドリルは簡単にリヴァイアサンの掌に負ける。
 女性の金切り声がスズメの鳴き声のように思えるほどの、甲高い音が響き渡り、火花がスパークし、塩のドリルが削れていく。
 リヴァイアサンは最強の|悪魔《獣》。天獄界のどの生物でも、それこそリヴァイアサン以外の七王ですら、リヴァイアサンを殺すことはできない。
 傷つけることは叶わない。
 鉄壁という言葉すら|霞《かす》むほどの絶対の防御力を誇るからだ。
「あはっ!」
 リヴァイアサンを切削しようとした塩のドリルは逆に切削され、粉々に砕け散った。
 リヴァイアサンはまるで子供のような笑顔を浮かべる。今のティーガンの表情を見ようと、目を輝かせる。
「ッ」
 そして息を飲んだ。
「砕け」
 手に持つ日傘の先端をリヴァイアサンに向けたティーガンは無表情だった。
 極寒零度の如くその言葉が紡がれた瞬間、日傘の先端に膨大な血力が集まったかと思うと、遅れてその先端から鮮血が極光の槍となってリヴァイアサンに放たれた。
「結果は同じよぉ!」
 少しばかり動揺したものの、リヴァイアサンは王だといわんばかりに悠然とその鮮血の極光の槍に向かって片手をかざす。
 塩のドリルと同様に鮮血の極光の槍を逆に砕こうとして、
「変性」
「なッッッ!?」
 リヴァイアサンは鮮血の極光の槍に貫かれた。
 理屈は簡単。
 鮮血の極光の槍がリヴァイアサンの|皮膚《鱗》に触れた瞬間、ティーガンの生命に干渉する力でリヴァイアサンの最強の|皮膚《鱗》を最弱の|皮膚《鱗》へ変性させたのだ。
 最初の塩のドリルはそのための下準備。ティーガンの血を混ぜた塩を付着させ、|密《ひそ》かに肉体へ浸透させることにより、ティーガンの生命干渉への|抵抗力《レジスト》を削いだのだ。
 だから容易く鮮血の極光の槍がリヴァイアサンを貫いた。
 そしてほぼ一秒も満たない間に鮮血の極光の槍はリヴァイアサンの体全てを穿った。海水の血が飛び散る。
 それでもティーガンは表情を変えない。油断なく、鮮血の瞳を鋭く光らせる。
『やっぱりティーガンちゃんは凄いわぁ! だから、ママが教えてあげるわぁ!』
「やはりか」
 虚空から声が響き飛び散った海水の血が|蠢《うごめ》けば、いつの間にか湧き出ていた海洋生物たちがその血肉を覆いつくす。
 すれば、|瞬《またた》く間にいやらしさを一切感じない豊満すぎる肢体を持つ|母《リヴァイアサン》がそこにいた。
 ティーガンに驚きはない。
 そんな簡単に殺せる相手とは思っていないからだ。
「ねぇ、こんな殺風景な場所でお話してもつまらないでしょうぅ?」
「むしろ、お主がいなけば多少愉快になるんじゃが」
「分かったわぁ。じゃあ、場所を変えましょうぉ」
 ティーガンの皮肉を聞き流し、リヴァイアサンが近くに浮かんでいたヒトデを握りつぶす。
「チッ、やはりこういう相手は分が悪い」
 空間自体が書き換わる。荒れた海が現れたからだ。上空は相変わらず光に覆われているが、しかし闇の大地はどこまでも深い海になっていた。水平線も見える。
 ティーガンは舌打ちしながら、荒れる海の上で蝙蝠の翼を羽ばたかせる。
 ティーガンは世界の法則に干渉する権能を持つ。けれど、それは生命に干渉する力。
 空間を書き換えたり、超重力を発生させたり、圧倒的な火や水、風を生みだしたりする事は苦手だ。
 そう思いながら悪態を吐けば、海水のドレスを纏いながら海から飛び出てきたリヴァイアサンが嬉しそうに表情を緩ます。
「ママに嫉妬してくれたのぉ。嬉しいわぁ!」
「……嫉妬などしておらん」
 ティーガンは|益々《ますます》表情を歪ませる。
 それを見てリヴァイアサンは更に嬉しそうに表情を緩ませながら、片手をティーガンに向ける。
「ティーガンちゃんに喜んで貰うために、ママは頑張ったのよぉ!」
「ッ!!」
 |水砲《ブレス》。
 一キロメートル立方の水量が髪の毛と同等の細さにまで無理やり圧縮され、超音速でティーガンに向かって放たれた。
 その|水砲《ブレス》は、全てを穿ち、斬る。
 しかも、リヴァイアサンは海の王。母。下に無限の海がある限り、その|水砲《ブレス》は尽きることはない。
 むしろ、
「やはり防げんかッ!」
 四方八方。
 下の大海から湧き出る無限の海洋生物からもその|水砲《ブレス》がティーガンに向かって放たれる。
 日傘や血を硬化させた盾で無数に襲い掛かる|水砲《ブレス》を防ごうとするが貫かれ、ティーガンを穿つ。
 もちろん、ティーガンのその肉体は不死。痛覚も操作できるし、瞬間再生もする。魂魄のひとかけらでも残っていれば、一瞬で再生する。
 それが|吸血鬼《ヴァンパイア》の始祖。
 だから、物理的な攻撃でしかない細い水圧に幾度射貫かれようと、意味はない。ダメージにはならない。
 しかし、それでも|鬱陶《うっとう》しさはある。
 そこにさらに鬱陶しい声が響く。
「色々したわねぇ。ティーガンちゃんの養子を|吸血鬼《ヴァンパイア》に堕としたのはいつだったかしらぁ?」
「……四百年前じゃ。やはりあれもお主じゃったか」
「ええ、ええ、そうよぉ! 病魔の|吸血鬼《ヴァンパイア》を使って黒死病も流行らせたわぁ! あれで何人の|血闘封術師《ヴァンパイアハンター》が死んだかしらぁ! 迫害されたかしらぁ!」
 水砲《ブレス》に貫かれるが、ティーガンは静かだ。
 その様子にリヴァイアサンは頬を紅潮させ、高揚する。それに呼応するように、下の大海が荒れていく。
「魔女裁判を先導したのも楽しかったわねぇ。あの無限に焼かれて守るべき人々から石を投げ続けられるのはどういう気分だったかしらぁ?」
「あの坊も結局お主に踊らされていたわけか」
「そうよぉ。|吸血鬼《ヴァンパイア》の殆どはママの駒だったわぁ! 育てて育てて力を付けさせて、ティーガンちゃんに歯向かわせるのぉ! そして負けて封印されるぅ!」
 リヴァイアサンは最高傑作の劇を見ているかのように、大声を上げる。
「気分が良かったわぁ! 戦うにつれて夢と力を徐々に失っていくティーガンちゃんを見るのが、とても嬉しかったわぁ! |呪い《反動》をこっそり強化した甲斐があったものよぉ!」
 大海から巨大な鯨やイカが現れる。リヴァイアサンは彼らを侍らせながら、上機嫌に宝物を自慢する。
「ここ最近の成功はリシカちゃねぇ! 本当の最高傑作はデジールちゃんだけど、彼はサタンちゃんに取られちゃったからねぇ。けど、リシカちゃんもママが手塩に掛けて育てたのよぉ!」
 そう言いながら、リヴァイアサンは海水でティーガンを模した模型を創る。
「<|禁鬼《きんき》解放>! ティーガンちゃんに宿る権能が|塵《ゴミ》になっていくその様は素晴らしかったわぁ! 特にあれでクロノアちゃんとプロクルちゃんの人間化が不可能になったのは傑作ねぇ!」
「……」
 ティーガンはやはり静かだ。ただ淡々と、何かを準備するようにリヴァイアサンの言葉を聞き流す。
 熱に浮かされたように笑っていたリヴァイアサンは、しかし一転する。海水で作りあげた<|禁鬼《きんき》解放>姿のティーガンを握りつぶす。
「けど、本当はクライマックスはあそこじゃなかったのよぉ! 権能を失う|寸《すん》でで<|禁鬼《きんき》解放>が解け、ティーガンちゃんは力の殆どを失うぅ! だから、ティーガンちゃんが維持していた親友の命がそれと同時に消え去るぅ! その絶望ッ! 絶望が見たかったにぃ!」
 恐ろしい母。
 底知れぬ恐ろしさを纏うリヴァイアサンは、怒りのままに巨大な鯨とイカを殴り、穴をあける。
 しかし、巨大な鯨もイカも体に穴が開いたというのに、嬉しそうに鳴く。|謳《うた》う。
 リヴァイアサンはその|謳《うた》にうっとりと頬を紅潮させる。
 そんなリヴァイアサンをティーガンは冷めた目で見やる。
「|芽衣《めい》がトラックに|撥《は》ねられたのもお主のせいか?」
「そうよぉ。スリルがあったでしょうぉ。デジールちゃんに見つかって力を奪われれば、維持していた親友の命が消え去るぅ。どうにか解決しても、デジールちゃんたちを封印するのに更に力を使ったティーガンちゃんでは、蘇生するほどの力が残っていないぃ。最初はそういう手筈だったのよぉ。途中でデジールちゃんからリシカちゃんに変えたけどぉ」
 リヴァイアサンは溜息を吐く。
「結局、変えた計画もサタンちゃんの計画に上塗りされちゃったしぃ、そのうえティーガンちゃんは予定よりも力を失わなかったしぃ、あの|クソアマ《大皇日女》のせいで力を取り戻してしまったぁ」
 そしてリヴァイアサンはドロドロと濁った瞳を向ける。
「ずるいわぁ。ずるいわぁ!!」
 嫉妬。
『だから壊してあげるわぁ!』
 リヴァイアサンは全長数キロにも及ぶ巨獣と成り果てた。それはリヴァイアサンの本当の姿。リヴァイアサンは獣。最強の獣なのだ。
 そしてティーガンを喰らった。