エヴァが目覚めるのを心待ちにしながら、どこからかやってくるであろう襲撃を、槍一本で防ぎにかかる綾部。
『手負いかあ。いたぶるの、趣味じゃアないんだけどなあ』
「なら、退いてくれるっての?」
『趣味じゃあない代わりに、『仕事ならしゃあない』だって言いたいだけ!!』
対英雄において、愛田は完全特効のかかる存在。実際にバフが掛かるわけではないが、心の問題として英雄嫌いの彼女は、どうあっても力に
特効が掛かりすぎる傾向にある。弱者をいたぶるのはスタンスに反するが、仕事だと命じられるならばそれは、結果論として致し方ない出来事になってしまう。
何重にも、罪の力を背負った物語たちを顕現させる。
『顕現 赤い靴』
『第二百三十五条・他人の財物を窃取した者は、窃盗の罪とし、十年以下の懲役又は五十万円以下の罰金に処する!』
『顕現 マッチ売りの少女』
『第二百十八条・老年者、幼年者、身体障害者又は病者を保護する責任のある者がこれらの者を遺棄し、又はその生存に必要な保護をしなかったときは、三月以上五年以下の懲役に処する!!』
『顕現 ロミオとジュリエット』
『第百九十九条・人を殺した者は、死刑又は無期若しくは五年以上の懲役に処するゥゥッ!!』
それらの物語が形を成し、二人の魔力にて作られた障壁ごと、破壊しにかかる。槍での防御が、ぎりぎり間に合わない。自らの命の危機を感じ取った綾部は、多少なり覚悟を決めた――のだが。
無限に生成される愛田の手段の数々を封じるは、たった一振りの刀。鞘はおろか、柄すらついておらず、完全に剥き身の状態であった。
『なに、遂にお目覚めって訳? 私以上の
主役に
成れるって訳?』
即座に虚空から六法全書を引きずり出し、罪の羅列と共にその罪の力を自身の脚に込める。「赤い靴」の効果を何倍にも膨れ上がらせ、そのたった一振りの刀を圧し折ってやろうと考えていたのだ。
しかし、エヴァの様子をうかがった瞬間に、愛田は背筋が凍った。そして、傍にいた綾部もまた、彼女の横顔を見て戦慄したのだ。
なんと、声を上げることなく「笑って」いたのだ。それは、『
罪の裁定、それは悦楽の時』によって強化されていく愛田に絶望した訳でも、ましてやそれ以外の要因で気が触れた訳でもない。
ただ、『もう一度暴れられること』が楽しみでしょうがなかったのだ。
自分の中での
蟠り。それこそが、他者からの妬み僻みによる力の抑圧。しかも、それは自分が必死に抑え込んだものでは無く、ただドアの前にストッパーを置いただけのもの。これまでも、その力はほんの少し漏れ出していた。
だが、ようやく。
自分に素直になれた。
偽りの恐怖心から解放された。
エヴァを縛るものは何もない、鎖から解き放たれた、暴れん坊の大罪人のようなものであったのだ。
綾部は、静かにエヴァの傍から身を引いた。それは、彼女のためでもあり、自分のためでもあった。これからの中で、サポートに回り愛田を沈黙させるのも悪くはないと考えたが、彼女の力に巻き込まれてしまうかもしれない危険を考えると、そんな命知らずのような振る舞いは出来やしなかった。
「――もう、いいの? レイジーは……いないけれど」
「うん、良いんです。本当は良くないけれど、もう自分に素直になることに決めたんです。それが――礼安さんの隣で戦う存在としての姿ですから」
「……新たな恋を知って……無双状態に入るって訳。
畜生、私以上に思春期謳歌してる上に……輝いてるじゃん。ちょっと妬くレベルに」
先ほどまで恐怖心を抱いていたはずの綾部は、そんなエヴァを見て苦笑していた。この状況が戦闘中であることを忘れているかのように、眼前の乙女に羨望の眼差しを向けていたのだ。
『……何それ、私もちょっと妬くんだけど。いや、妬くどころの話じゃあない、あまりにもの嫉妬に
憤死そう』
「そ? ならもっと悶えさせてあげる……刮目しなよ、恋する女の――『輝き』を」
手にしていたのは、レイジーの遺品であるデバイスドライバー。それを下腹部に装着し、『ムラマサ放浪記』のライセンスをかざし認証、装填するのだった。
『認証、ムラマサ放浪記! 著名な妖刀を生み出した刀工が、各地を放浪した結果己の内に視えたものは如何に!?』
辺りには、まるでスポットライトが複数照射されているかのような、目を潰すほどの眩い光にて包み込む。天使の羽のようなものも辺りに散らばり始め、今再びの戦場に降り立つ、しかし以前よりも力を増し帰還した、覚醒≪めざめ≫た英雄の生誕、その祝福を受けるのだった。
「
さあ、ショータイムだ!! ――変身!!」
凛とした
体勢を取り、そのまま光にて包み込まれたエヴァは、ベースの装甲を纏いながら、見目麗しい英雄としての装甲を身に纏っていく。しかもその姿は、綾部も知るような以前の装甲とは全く別のデザインとなっているために、目を丸くした。
あろうことか、まるで日本古来かつ格式高い結婚式時に新婦が着る、白無垢を思わせるようなデザインに、近未来を思わせるような水色のラインが入ったスマートな装甲が介在していたのだ。
一見喧嘩しそうなビジュアルであったが、角隠しを思わせる頭部装甲は、あまり頭でっかちに見えないよう通常よりも小さくなっており、本人が武器に携わる存在であるからこそ、愛用の鍛冶用小鎚だったり小道具だったりが内包されている腰のポーチも健在。
白無垢の純白に、メイン白色に差し色に水色を添えて。さらに元の白無垢のデザインを壊しきらないよう、純白の着物が形を変えたマントをたなびかせる。肩部装甲には、何と『誰か』を彷彿とさせるようなポップな雷模様のデカールがデコレーションされている。和洋折衷を地で行くスタイルであったのだ。
手元には、戻る鞘すら存在しない、ありとあらゆる不浄をぶった斬る『
新銘刀・ムラマサ』が握られており、鍛冶師であるはずが武将の頂点に立つような存在を思わせるビジュアルであった。
『……「嫁いだ先の家に染まる」って覚悟を示す和装をコンセプトにした訳。まるで私への当てつけみたい、なんですけど!!』
ドライバーに装填したフリップブッカーを操作し、複数の物語を同時顕現。さらにそれぞれに罪をあてがって、出力を向上。一斉に変身した英雄・エヴァに差し向けるも、エヴァは口角を上げるのみであった。
「――もう、私は今までの私じゃあないんですよ?」
愛田が瞬きした刹那、そこにエヴァは迫っていた。
たった一振り、刀を斬り上げただけで、尋常でないほどの斬撃波が愛田を襲う。瞬時に物語の力を盾にし致命傷を避けたが、それでも袈裟に薄く斬れていたのだ。
「んー、まだ力の精度には難がありそうだ……! 愛田さん、ちょーっとこの力の
実験、付き合ってくださいよ!!」
『はん、
嫌なこった!! 全力になる前に私の中にある『愛』で殺す!!』
「悪いですが――貴女に拒否権はありません! 自由はありません! だって……もうここは既に――私の納期マッハな『
独壇場』ですからァッ!!」
遂に英雄としての装甲を再び身に纏ったエヴァと、複数の物語の力を使役する、愛田。第二ラウンドと言える激しい戦いのゴングが、今鳴らされた。